先ずはこの度は作品を手に取っていただきありがとうございます。
初執筆となりますので多分にお見苦しくまたきちんと風呂敷を畳めるか不安は尽きませんが…楽しんで頂ければ幸いです。
オリジナル作品では有りますが、元はと言えば某会社のゲーム群から発想を拡げています。中学生時代に妄想していたものを今になって再び形にしようと挑戦しますから、時代遅れな内容かもしれませんが…がんばります!
また、敢えて時系列をまとめずに思い付いたシーン毎に書いていきます。
話を追うのが難しくなってしまうかもしれませんが…それでも読んで頂ければ幸いです。
それでは、魔王アサハの戦いの日々、喜怒哀楽と悔恨と…きっと優しさに満ちた物語をお楽しみください。
うたた寝をしてしまっていたのは、きっとこの軽やかな陽射しのせいだ。
今日であの日からちょうど100年。この家はあの日と何も変わっていない。
変わらない様にこうして毎年努力をしにきているのだが。
それにしても、この日を自嘲気味に祝おうと思う様になったのは一体いつからだろう?
50年?60、70、90…それとも最近、90年から?
最近…最近なの?時間感覚がおかしくなってくる。
いいや、おかしくはない。
悪魔達は人間と比べて2桁程は年の感覚にズレがある。どちらかと言えばこの世界でズレているのは私の方だけれども。要するにまだ私は魔王1年目と言ったところだ。
ひょっとしたら同じ仲間が居るのかもしれないが、少なくとも私の知る限りではいない。
100年…長い時を生きてきた。少なくともそう思いたいし、人間としては確かにそうだ。
でも、どうやら私如きには仮に1000年、10000年と過ぎてもこのまま前に進めないんじゃないか、そんな不安が毎年この日は気怠く重くのしかかる。
だって朝は未だに、あんなにも泣き崩れてしまったもの。
ありがたいことに今日は2月の上旬。
これから冷え込む前の、木々や鳥達が私達よりもずっと敏感に長い冬の終わりを感じて闊歩する準備をしている、そんな時期。
そんな準備を軽く台無しにしてしまう横柄な寒波を目前に、踊らなきゃやってられないと言わんばかりの…そんな束の間の陽の光。
疲れに身を任せるには本当に都合がいい。全く。
私は渇いた目元を軽く擦って、独りには充分過ぎる位の大きなバルコニーを離れる。
部屋に入ってから半歩で、テーブルの上のカップがソーサーから離れて転がっているのに気がついた。
慌ててそれを拾い上げると、殆ど残っていない紅い液体に目を止める。
「お父さんはコーヒーが好きだったなあ。」
虚空に呟いているのに気付くと、恥ずかしがりながらも開き直る様に
「私は紅茶の方が好きなんだけど。」
と吐き捨てて、それで頭の中を埋める。
でもお父さんが淹れるコーヒーはたまにはとても美味しくて…だから毎朝、占い代わりに飲んでいた。
大抵はなんだか薄い、豆をケチった様な味。私は濃くてお砂糖をたっぷり入れたのが好きだった。
薄いと伝えるとその後すぐは濃く淹れてもらえたけれど、どうやらお父さんは薄い方が好みだった。またすぐ薄めのコーヒーに戻るのだ。
人それぞれ、好みのばらつきが大きいからコーヒーは難しい。それと比べれば紅茶の方はまだ簡単だ。
お湯の温度や蒸らす時間をそう気にしなくても、好きなフレーバーを使っていれば味はそれなりに万人の好みになる、と思う。拘っている人には申し訳ないが。私はまだ紅茶の世界を知らないのだから。
それに紅茶の時はお母さんがカットした果物を入れてよくフルーツティーにしてくれた。お母さんは特に柿が好きで、私はそこに更に砂糖を加えた。甘くて濃い味の紅茶は大好物だった。たまに入れ過ぎだと、お母さんに怒られたけれども。
脱線した頭が再び今に戻ってくる。
私は首元の白いマフラーに手を触れる。マフラーの先はみるみる伸びて、少しも汚れずに溢れた紅茶と果物を拭き取る。更にはテーブルの縁と床も、そしてカップまで綺麗にしてくれた。有るべき果物も茶染みもものの見事に消えてしまっていた。
「うん、これで大丈夫。」
後始末を終えて私は、再び部屋へと戻る。
白金のベルを鳴らすと、数回のノックの後にマリアが入ってきて、粛々とお辞儀をした。
「如何なさいましたか、ご主人様?」
「今日は2人だけなんだから、アサハで良いわ。紅茶…ううん、コーヒーを淹れてくれるかしら?」
「承知致しました、ごs...アサハ様。」
再び粛々とお辞儀をするのとは対照的に、彼女は私を名前で呼ぶのに慣れていない。きっとまたすぐご主人様と呼ぶだろう。
それが私にはなんだかコーヒーみたいで、微笑まずにはいられなかった。
「そうそう、カップは2つ用意して。今日は貴女も付き合ってちょうだい?それからお菓子は…」
「…アサハ様、また紅茶を溢されましたね。」
話を遮ってマリアは私が眠っていたことを指摘した。
「どうして?テーブルも床も汚れていなかったでしょう?」
「はい、テーブルも床もカップも、汚れてはいませんでした。ですが溢したのは直ぐに分かりました。さ、それよりコーヒーでしたね?」
「……ごめんなさい。カップは割れてない?」
一体どこでしくじったのだろう。後始末は完璧なはずだったのに。
「ええ、カップは無事でしたよ。それでは2人分…お言葉に甘えてご一緒させて頂きますわ。」
私の反応を予想していた様に、彼女は微笑むとまたお辞儀をして部屋を出ていった。
戻って来るまでの間、私は何故またいつもの失敗を見透かされたのかでいっぱいになる。
いや、毎年失敗しているから今回もそうだろうと、ブラフを掛けられたのかもしれない。それに乗ってしまって私は正直に語ってしまったのではないか?
ぐるぐると頭の中で自分の落ち度を探る。こんなどうでもいいことを考えたって疲れてしまうだけなのだが、どうやら私の頭はこれを砂糖だと誤認しているらしい。
再びノックの音が聞こえて、そんな砂糖は喉の奥へと流れてしまった。
「ご主人様、コーヒーとお菓子をお持ちしましたわ。」
もう少しは保つと思っていた。
マリアはハッと口を手で押さえてから、少し恥ずかしそうにテーブルにカップとお皿を並べ始める。どうやら不満が顔に出てしまったらしい。
「さあ…アサハ様、どうぞ召し上がれ。」
「…ありがとう、いただきます。」
お互い気恥ずかしくて空いた少しの間を埋める様に、コーヒーへと手を伸ばす。
「……薄い…。」
やっぱり。普段は私の好みに完璧に合わせてくれるのに、この日は決まってマリアはお父さんみたいなコーヒーを淹れる。
「あら、これは失礼致しました。今日は珍しく失敗してしまいましたね。」
そう言いながら隣に座っていたマリアは、淹れ直しにはいかずに和かに同じコーヒーを口元に運ぶ。
白々しさも、その仕草と笑顔で誤魔化されるといつも許してしまう。それが毎回悔しくて、私は決まってお菓子の方に手を伸ばす。
冬の寒さで白く甘く干した柿をたっぷり突き込んだ柿餅。魔界には存在しなかったお菓子を。
ほんのりと薄く甘く、焦げ目が香ばしい。私はそれを一口で食べてしまうと、もう一つとサッと手を伸ばす。
ぱしり。
優しく、けれど芯の通った白い細い手でマリアが私の手を止める。
「アサハ様、いけませんわ。」
こちらを見つめる表情は、一瞬だけいつもの柔和なマリアとは違って見えた。
「どうぞコーヒーも、柿餅も、もっと…よく、よく、味わってくださいね。」
マリアが本当は一体何を伝えたかったのか、この時の私には分からなかった。或いはただ言葉の通りに行儀の悪い私を窘めただけだったのか。
「ごめんなさい、マリア。」
私は急にこどもに戻った気分でしゅんとしてしまうと、彼女が止めた手をそのまま包んでくれた。
「アサハ様、焦る必要はございません。時間を掛けるからこそ、分かる味というものもあるのです。」
私はその時、彼女が私を普通に名前で呼んでいたことにやっと気が付いた。
目を丸くしながら、私は無意識にもう一方の手でコーヒーを啜っていた。
舌の上に微かに残っていた柿の甘さが、薄苦いそれを飲んで逆に深く感じられた。初めて薄いコーヒーを美味しいと思った。
「どうです、薄いコーヒーも良いものでしょう?」
ずっと手を重ねたまま微笑むマリアの半顔は、火傷痕で爛れていた。でも、今はその跡さえも…寧ろ跡があるこのマリアが、純粋に綺麗だった。またうっかり言葉に出すのか、むしろ言いたかったのに言葉が出てこなかった。
彼女はそれさえも分かっていたのだろうか?黙って私の手を握り続けていた。
「マリア…来年も一緒にここにきてくれる?」
夕焼けが差し込んでくる窓の方を見ながら、これまで当たり前にしてきたことを彼女に尋ねてみる。
「勿論でございます。アサハ様が私の主人である限り…魔王であることをやめない限り、わたくしはここに、貴女と一緒にきますわ。」
その声はこれまで闘ってきたどんな相手よりも力強く感じられた。
どうして、とそう言いそうになったのを、私はなんとか抑えて代わりに微笑んでみる。
「…それと、帰ったら紅茶の淹れ方を教えて欲しいな。」
彼女は一瞬驚いた表情を見せるも、直ぐにまた微笑んで自信満々に頷いた。
夕陽が私達を照らす。今にも沈む前のそれは、決してやけっぱちなんかではなく、隣の彼女の様にただただ強く、私達を照らし続けていた。