北の渓谷に入る頃には既に西側にある太陽はさっきよりもだいぶ低くなっていた。
夜は悪魔達も力を増す。休むにせよ迎え撃つにせよ、早いうちに拠点を作っておくべきだと、フータが提案してくれた。
あたし達は進むべき道とは反対…川下へともう少し歩き、比較的流れの穏やかな川辺に拠点を置くことにした。
2人用の簡易テントを準備している内に、フータはいつの間にか拾っていた枝木を口で咥えて器用に組んでいた。
あたしだって、お父さんからキャンプの仕方は教わっていた。それなりに練習だってしたのに、杭を打ち終えた頃にはもうフータが火の粉を吹いて火まで熾してくれていた。手際の良さが違うなと言うべきなのか、あたしの段取りが悪いのか、どちらにしてもちょっと悔しい。
荷物を中に入れて、調理道具だけ持ってテントから出た頃には、彼は火が弾ける音を後目にじっと水面を見つめていた。どうやら今夜の食事を調達しようとしているらしい。
声を掛けずに見守っていると、瞬きした瞬間に彼はその短い尾の先に結び付けられた白い布切れを水面へと伸ばす。幾筋にも分かれたそれは、鋭い先端で夕食を調達しにきた川魚達を逆に2人の夕食に変えてしまった。
焼く前の下拵えをしている内に、フータがまだ時折うごく魚にそのまま齧り付いている。彼はお喋りではないけれど、きっとあたしと同じでお腹が空いていたんだろう。
一緒に食べるまで待ってて欲しいと思ったけど、数匹くらいは良いかと許しながら私は内臓と血合いを取り出し、塩を振って焼き始めた。
魚が焼けるまでの間、沸騰させておいた鉄鍋に塩とお米を入れて、それから乾燥肉とお母さんお手製の乾燥野菜を少しだけ入れる。おじやを作っていると、ちょうど魚も仕上がってきた。
「フータ、魚が1匹焼けたよ?」
「ボクはさっき食べたから、それはアサハが食べて。」
先に食べたことを悪びれはしないが、この子は気を遣ってはくれるのだ。そういうフータの優しさは魔獣には奇特だぞ、とお父さんが言っていた。そこまでするなら先に食べないで欲しいのに。
あたしは手を合わせてから魚の塩焼きを一本取ると、遠慮せずに背中から齧り付いた。お腹がペコペコだったから、淡白な味で好みとは違くてもペロリと平らげてしまった。串を地面にぽいと投げてしまうと、フータの分をよそわずに自分の分だけおじやをよそって一口食べてしまった。
「あ、ごめん…はい、これフータの分ね。」
「うん、ありがとう。」
彼は別に何も気にせず、少しだけ冷めるのを待ってからおじやに口を付け始める。魚もどんどん焼けてきて、交代交代で1尾ずつ食べていった。
あたしの図々しさをフータは別に気にしない。逆に彼は彼なりに私に気を遣ってくれて、気がつく度に申し訳なさや自分の鈍感さを気まずく思うのだけれども、彼はそれに気休めの言葉をかけたり、説教垂れたりもしない。
後で思うとお互いにこれはこれでやりやすかったんだと思う。マイペースだけど優しい彼と、鈍感で我儘なあたし2人の、冒険の始めの頃はそれはそれで気楽だった。少なくともあたしはそう思わせてもらえていた。
食事も済ませると、鍋や食器を洗うのは明日にしてさっさとテントの中に入ってしまった。
テントの中に寝袋は敷いていない。フータが尾の先の布切れを渦を巻く様に伸ばすと、テントいっぱいに毛布のクッションが出来上がった。
私はそれに戸惑いも無く身体を放り投げて、ふかふかのベッドに思わず声を上げて頬擦りする。
フータが後からゆっくりと隣にやってきて、大人しく眠る姿勢になる。あたしは彼に許可も得ず、無遠慮に抱き枕代わりにした。
「……フータ…ちょっと臭い…」
「…流石にそれはないんじゃないの?」
抱き枕にされるのは慣れている彼でも、その上臭いまで言われると呆れた声で返してきた。
「だって…ここ4日はお風呂に入ってないじゃない…」
「それはアサハもでしょ…君だって正直臭うよ…?」
お互いこの数日はほぼ歩きっぱなし、戦いっぱなしだった。川もあるにはあったが、武器の血を洗い流すので精一杯な位にはいつ悪魔に襲われてもおかしくなかった。死角が多い森は、敵の強さ以上に気持ちの消耗が激しかった。
「…女の子に…くさ…だ、なんて…デり、か…し…………。」
自分を棚に上げて文句を垂れる最中で、あたしは臭いも気にせずに暖かさに包まれて眠りに落ちてしまう。
「……やれやれ…。」
既に首元辺りに涎を垂らされているフータは、それでも文句は言わずに大人しく抱かれていた。
時折、鈍い音の後に何かが飛び散る音がしたのを彼は片耳だけ上げて聞いていた。開けた場所に陣取ってさえいれば、一見、ここに居ますよと言わんばかりの場所でも、攻め込む方も動きが単調な2次元的になる。テントの中だけで無く周囲にも張り巡らせた白布は、そんなカモを自動で攻撃してくれる。それに、どうやらこの辺りの悪魔はそこまでの強敵ではないらしい。
油断は出来ないが、アサハを起こすまでもないなと、彼自身も目を閉じる。本人は気付いていない様だが、16歳の少女の疲労は実際限界に近かったのだ。
今はお休み、と彼はその極端に短い"元々"の尾の部分で彼女の身体をとんとんする。
あたしが次に目を覚ましたのは、太陽がちょうど東から西に移るその間の刻だった。