VS聖神の異世界   作:殺鼠剤

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「定められた戒律は決して絶対ではない。変わることすらなく超えられてしまう可能性もあるのだ。」
 ――啓戒神(けいかいしん)ヘスト


VS「クァルケル=ガ=クェチカ」

 今日は(きこり)の護衛をやる日だった。ヴィルヘルムがバロアの森に入って目印の色紐を木に付ける仕事をすると耳にしたので、俺も手隙だからと受けることにした。

 本当の懸念はあの(あり)人間だ。他にもいるならさすがにどこかのギルドマンや狩人から目撃情報もあるとは思うが、今のところそれらしい話は聞かない。が、万が一ってこともある。ヴィルヘルムは荒事方面からっきしだし、いざという時守れる方が良い。

 

「良いのかいギルドマンの兄ちゃん、そんなに持って貰って」

「こいつなら構わないぞ。いつも剣一本しか持ってきてないし、もっと運ばせても問題ないくらいだ」

「ま、ヴィルヘルムの言う通りだ。力が自慢なんでね」

「へえ、そいつはありがたい」

 

 レゴール在住の樵から色紐を受け取る。スキル用の弾には残念ながらならないが、これくらいやった方が樵達の仕事も(はかど)る。

 ヴィルヘルムも馬車から降りると森の奥を指し示した。

 

「割り振りだが、モングレルは俺と一緒に来い」

「わかった。何が出てもしっかり討伐するよ」

「信頼してるぞ」

 

 俺にとって幸運なことにヴィルヘルムと一緒の班になった。旧知の仲だし、ギフトを使っても秘密を守ってくれそうだしありがたい。できれば秘密を守らせる負担なんてかけたくないが、仕方ないと割り切って貰うしかねえ。

 と気軽に考えていたが樵の一人から待ったがかかる。

 

「待ってくださいヴィルヘルムさん。ブロンズ3一人だけじゃなくて、せめてもう一人護衛にした方が」

「モングレルの腕は知っている。誰よりも信じているし、昔は一緒に旅したこともある」

「伊達にレゴール最強の剣士を名乗っちゃいないぜ、任せてくれよ。」

 

 それだけじゃ不安が残ったようだが、一緒に来た俺の実力を知っているベテランのギルドマンの何人かからも太鼓判を押されて樵は納得したようだ。

 ヴィルヘルムと別れてから随分経つが、未だに信じてくれていると俺も張り切ろうって気分になれる。

 そういう期待はミレーヌさんやバルガーからも感じるんだが、どうにも昇格をせっつかれて困る。今回のやり取りだってブロンズだから実力を疑われたんだろうし、もしシルバーならしなくて良いはずだ。やっぱり社会的地位があるのはシルバー以上からだろう。だが俺は気楽なブロンズ3のままでいるさ。

 

 二人でバロアの森に入っていく。熟練した樵の手際は良く、見るべきところをさっと見て俺からどんどん色紐を取っては木に巻き付けていく。魔物は普通に出てくる季節だが今のところ小物ばかりで危険もなかった。邪魔な枝の切り払いもやっているがヴィルヘルムも持参した大斧で同じことをしているので出番もあまりない。

 

「なあヴィルヘルム、レゴールでの仕事はどうだ? 前にも大樹運びに抜擢されていたが」

「順調だよ。木材の減りを見てれば呼ばれた理由もわかるし、お前の言った特別な仕事も報酬は良い。やりがいがある」

「やりがいか……」

「お前の方はどうなんだ? ギルドマンでブロンズ、あまり稼ぎは良くないだろ」

「俺はソロだから報酬自体は独り占めできて、けがも基本しないからな。休息も十分取れる。強いて言うならあんまり贅沢はできてないな」

「本当に一人でやっているんだな。あのギルドにいた若い子達はパーティーじゃないのか?」

「あいつらは“アルテミス”っていうパーティーで、こっちはソロ。俺はハルぺリア最強だってことを忘れないでくれよ」

 

 結局は俺が強いというどうしようもない結論に至る。一人でどんな魔物にも軍隊にも勝てるなら誰かと組む必要はないんだ。

 

 バロアの森のクレイジーボアやチャージディアを倒すにしても、普通は仲間との連携が必要になる。たまに出てくるサイクロプスや滅多に遭遇しないクレセントグリズリーになってくると通常はシルバーランクのパーティーが必要だし、単独ならゴールドランクは欲しい。

 だが俺はそれこそゴールド複数で当たるようなオーガすらバスタードソード一振りで倒せてしまう。つまりゴールドの仕事をこなせてしまうとなると、生きていく分は稼げてしまう。毎日綺麗な風呂に入るような豪勢な暮らしはできないけども。

 じゃあプチ贅沢の分はどうするのかというと、メルクリオの店に発明品を(おろ)したり串揚げやバロアソンヌの時のように大きく稼ぐのだ。申し訳ないが他の誰も真似できない方法だろう。後輩にとっては悪い見本だよ俺は。

 

「レゴールは良い街だな。活気もあって美味いものも多い」

「だなぁ。俺もしばらくはいるつもりだ」

「もうここに住んで長いんじゃないのか」

「宿暮らしだよ。毎日桶一杯のお湯を貰えればある程度は清潔にできるし」

「潔癖は昔から変わらんな」

 

 仮に家を作るとしたら拡張された新区画になるだろうか。にしても風呂の設置が大変だからな。“アルテミス”のクランハウスで入浴できるし、加えてテントサウナという代替手段を確保した以上、殊更(ことさら)に家持ちになる気はなかった。

 人には言えない秘密、たとえばサリーにバレたとはいえケイオス卿やらシュトルーベの亡霊といった特大級がある。しかも“(イクリプス)”は今も使用を覚悟しなきゃならないわけで、定住はしない。

 

「そうそう、カテレイネとは最近会っているのか」

「おう。最近はレゴールまで行商してるから頻度は高くないが、たまにな」

「そうかそうか。あいつも元気にやっているようで何よりだ」

「マクレニアとか、ピンクリリーバルブとか、今も結構美味い根菜を扱っている。レゴールなら高く売れるだろうし、商売上手になったもんだ」

「それはお前のお陰だろう。俺の仕事でも、教えられた算術は役に立ってる」

 

 友達から直球で褒められるとこそばゆいな。ギルドマン達だと俺に金を出させて酒を奢って貰おうって魂胆が見え見えだから何とも思わんが、ヴィルヘルムみたいな良い奴からの感謝は気分が良くなると共に少し照れる。

 

「俺も慣れない教師役をやって良かったよ。……そうだ、今度時間が合えば三人で集まるか? グレゴリウスはいないけど、まあ良いだろ」

「うむ、お前の言っていた美味い菓子店に行こうか」

「よし、ヴィルヘルムの(おご)りで頼む」

「するか!」

「稼いでいるんだろ! 良いだろ少しくらい!」

「お前だって金に困ってるわけじゃないとさっき言ってたぞ!」

 

 などと騒ぎつつもしばらく歩き回っていると、離れて林立したバロアの木の陰から茶色い毛皮の魔物が見えた。

 

「あ、クレイジーボア」

「何?」

 

 俺は即座に剣を構え、ヴィルヘルムは太い木の後ろに隠れる。かつての旅の役回りは変わらない。

 クレイジーボアもこちらを確認したようで、俺はヴィルヘルムの隠れる木から離れつつバスタードソードにチャクラムをぶつけて音を鳴らした。当然クレイジーボアは不快な音を出している俺の方に向き、興奮したように(うな)る。

 さっさと終わらせるために全力で身体強化して肉薄する。

 

「ブギ、ィ……!?」

 

 目の前の人間を殺そうと突進しようとしたクレイジーボアの頭部は全力で強化された剣によって切断し、ぱっくりと二つに割れて絶命する。返り血? 浴びる前に回避したよ。

 

「モングレル、無事だな」

「ヘマなんてしねえよ。……こいつどう運ぶかな。天秤棒で運びながら仕事しても大丈夫か?」

「いや、もう十分な範囲に目印を付けた。集合場所に戻ろう」

 

 おお、もうそんなに歩いていたか。

 蟻人間どころか虫系魔物とも出会わず、俺は天秤棒を手早く作ってクレイジーボアを(くく)り付けて戻っていった。

 ヴィルヘルム製の天秤棒は掴みやすいしクレイジーボアも吊るしやすく、作成も早かった。俺も何年も作ってはいるが、プロの力量にはアマは勝てないもんだな。

 

 森の入り口の溜まり場にいた“レゴール警備部隊”の人達の協力も得てクレイジーボアは速やかに解体された。一人で倒したことに樵や幾人かのギルドマンは感嘆したようだった。

 止まっている馬車の前で余った色紐もヴィルヘルムに返し、身軽になる。

 

 が、ここでちょっとした問題が発生した。

 

「あれ、チャクラムどこだ?」

 

 俺は服のポケットをまさぐって確かめる。

 

「おいモングレル、なくし物か?」

「さっき使ったチャクラムがない……多分クレイジーボアと戦った時に落としたんだ。取ってくるわ」

「あ、おい! 帰りはどうする!」

「問題ねえよ!」

 

 投げやりな返答をした時には既に獣道に入り始めていた。

 

 

 

 

 目印はある。あの金色に光る羽が俺を誘導していた。身体強化された全力の俺の走力にもかかわらず全く追いつけない。その上等間隔(とうかんかく)を維持している。

 少しばかり遠くまで来たところで開けた場所に出た。距離もあるし、ヴィルヘルム達が追いつくこともなさそうだ。

 金色の羽はこの場に待ち構えていた女の纏っている黄金の鎧に戻っていく。

 

 女性は蟻人間でもなく、ぱっちりした赤い目つきのハルぺリアにもよくいるような顔つきの人間だった。体形や身長から見れば女性ではあるだろう。顔は出ているものの、金色の兜が頬まで守っているせいで感情はあまり読み取れない。

 真っ先に目が行くのはその純金でできたかのような全身鎧。手足の先は鳥の爪のような形状になっており、鎧が攻撃用でもあることがわかる。よく見れば鎧も兜もあの金色の羽が何枚も連なり、それが層となって幾重にも重ねられている。特殊な魔道具か、あるいはスキルか。

 

「招待状はきちんと読んでくれたようだね」

 

 ちょっと意外にも思えるくらい可愛げのある明朗(めいろう)な声だった。蟻人間とは似つかないが、唯一の共通点は日本語を話すということだ。

 そして話せるだけではなかった。

 

「その招待状をどうやって彫ったのか想像もつかないけどな」

 

 この金ぴか鎧の女のメッセージはヴィルヘルムの作った天秤棒に彫られていた。“単独で森の奥まで来られたし”“金の羽が案内する”という文言が日本語で書かれていれば当然驚く。そのためチャクラムを紛失したと嘘をついて一人でここまで来たのだ。

 

「あんたは単なる人間に見えるけど……蟻人間の仲間か?」

「ふふ」

 

 いきなり笑われたんだが。

 

「確かにあなたの言う通り、ギンジさんの仲間だ」

「ギンジっていうのかあいつ。……あんたも俺を襲うつもりか?」

「もちろんだとも。我々全員の帰還を果たすため、まずは神自らあなたを殺しに来た」

「は? 神?」

「そうだ、私は神だ」

 

 ええっとぉ……もしかしてギンジとかいう蟻人間も怪しい宗教に入信していらっしゃる方ですか……? ハルぺリアにそんなもんあるのかよ。

 

「神といってもいわゆる地球の神仏ではない。この世界に準じた神、私達が気にする必要もない連中と同格ということになる。今は事情があって格の高い半神程度だがね」

「すまん言っている意味がよくわからん」

「わかる必要はない。私はただあなたと殺し合うためにここに来たのだから」

「……殺し合いが目的か」

「日本語を見た時からわかっていたことだろう。さあ始めよう」

 

 神を名乗る金色鎧の女がいきなり走り寄ってくると、速度の乗った拳を繰り出してくる。拳の殴打は鎧の手甲部分による鳥の爪状の武装に守られ、おそらく強化魔力も乗っている。馬鹿正直に受けたらどうなるかわかったもんじゃない。

 

「“(イクリプス)”!」

 

 こっちも舐めてかかれる相手じゃないので、素直にギフトを使用する。鎧の女の拳を避け、相手の腕に勢い良く禍々しく燃える剣をぶつける。

 バスタードソードの一撃は、しかし黄金の鎧に傷一つ付けられなかった。

 

『マジか……!』

「驚くのはまだ早い」

 

 金は主要な金属の中では柔らかく重い部類に入る。魔力の伝わり具合も他の金属と比べても高くない。それが俺の攻撃を受けても何ともないということはやはり何らかの異能の力だろう。

 再び繰り出される拳を回避しながら数歩分距離を取る。油断はできないが速度においては俺に優位がありそうだ。

 

『“金屎吐(コンフリクト)”』

 

 手持ちのチャクラムや投げナイフが魔力による光と炎と共に射出される。

 超高速の投擲スキルがいくつも金の鎧と兜に当たり、そして何の効果もなく弾かれる。

 

 ……完全防御スキル、か? だとすると結構面倒だな。効果持続時間を(はか)って隙を突く持久戦でもするか? ギフトだった場合どうするべきか。

 

 戦いの中で観察していると、手を守るように覆っていた黄金の鎧の爪部分が何枚もの羽に分かれて浮遊し始める。

 金の羽は“金屎吐(コンフリクト)”のお返しとばかりにこちらに向かって高速で放たれる。合唱のように羽が空気を切り裂く音が共鳴し、(はた)から聞く分にはとてもリラックスできる綺麗な音色にも聞こえただろう。“強射(ハードショット)”よりもずっと速いが躱せないほどでもなかったので一枚も当たることはなく、金の羽の攻撃と自称神の両方を注意できていた。

 俺を外した何千何万もの黄金の羽の攻撃は後方にあったバロアの木を直撃し、力任せなのに軽く()ぎ倒す。

 

『おっかねえ』

「戦いの最中に余所見か」

『そういうわけじゃ――!?』

 

 殴りかかってきた自称神の拳に対し体を半歩分ずらして食らわないようにした。そのままカウンターでバスタードソードを叩きつけてやろうとしたが、その意思は拳が当たったバロアの木のように雲散霧消(うんさんむしょう)した。

 言葉通りだった。自称神に殴られたバロアの木はたちどころにこの世から消えてしまったのだ。

 第六感でも働いたのか呆けることなく即座に離れると、鎧から分離した金色の羽が俺のいた場所に次々と降り注ぎ地面に突き刺さった。

 

 思わず、見やる。

 神を僭称(せんしょう)していると、俺が勝手に思い込んでいた女を。

 

「神の一撃の前にあらゆる生命体は無力だ。単なる道理として、霊星に近づいた下等生物のように消え去る」

 

 専門用語がわからなかったが、つまりどんな生物も殴られたら死ぬということだ。おそらく俺が攻撃を避けなきゃならないと感じたのもそれが理由だろう。手甲の爪部分が守っているのが自称神の手じゃなくて殴りかかる相手とか慈悲深いな。

 

 再度自称神が俺に向かって走り出し、兜からも金の羽が分離する。艶のある白髪が露わになり、兜を構成していた羽は地面に刺さっていた羽と合流して先行するように飛んでくる。こっちも左側に回避しスキルを放つ。

 

『“金屎吐(コンフリクト)”』

 

 射撃されたチャクラムは兜をなくした自称神の頭部に見事に直撃し、そしてかすり傷一つ負わせることはなかった。薄いカードが肌に当たったみたいにチャクラムが弾かれて地面に落ちる。

 

 ……速度という点においては上の実力者なんて腐るほどいるだろう。しかし単純な戦闘能力の評価において、神を自称するこの女を上回る者を俺は知らない。こいつの仲間らしい何とかっていう蟻人間や、この俺でさえ奴の足元には届かない。

 

 ただし絶望、というにはまだ早かった。

 俺は木に刺さって止まった一枚の金色の羽の近付き、白く輝く骨の手で掴んだ。

 

『“混合沌(コンフュージョン)”……ぐう!?』

 

 手にした時は何もなかったが一度吸収すると違った。

 焼けるようで、凍えるようで、溶けるようで、蝕まれるようで、切り裂かれるようで、押し潰されるようで、それでいてどれでもない激痛が全身に感じられた。

 

「神自らが使う神器をその身に吸収するとは、無茶をする」

『黙、れ、“金屎吐(コンフリクト)”ぉ!』

 

 “(イクリプス)”状態で消えているはずの目玉が破裂するような錯覚に襲われながらも宣言した。

 金色の鎧の女が本当に神なのか、それとも違うのかはわからん。だが身に着けている道具なら、もしかしたら殺せる武器になるかもしれない。正直金色の羽が“混合沌(コンフュージョン)”で吸収できるかどうかすらも怪しかったが、その賭けには勝った。

 

 黄金の羽は弾けて輝く白い光と黒い炎を纏って射出された。

 はずだった。

 

 なぜか羽は消えていた。いくら“金屎吐(コンフリクト)”が超高速とはいえ、俺自身はきちんと視認できる。なのになくなっていた。

 消失していたのは俺の吸収した羽だけじゃない。攻撃用に放たれてそこら中に散らばっていた物もなくなり、代わりに自称神の鎧と兜は完全な状態に戻っていた。

 いや、瞬間的に自称神の金色の鎧も消えていたような……?

 

「羽が気になるか?」

『ぐ、くそ!』

 

 またもそれなりの速さで迫ってきた自称神の攻撃をいなし、神経を尖らせる。攻撃に当たらなければ、攻撃最中の鎧に(じか)に触れても問題ないようだ。

 こちらからの攻め手はない。自称神の攻撃も単純なものが多いため(かわ)すだけなら当分は大丈夫だろう。でもこのままじゃどうしようもない。焦燥する気持ちと同じようにじりじりと相手との距離を調節し続ける。

 

「私のギフトは自身の年齢操作だ。肉体的なものであれ、精神的なものであれ、どの程度の年月を経た状態にでも変えられる。生まれたばかりの赤子でも十六歳になれるし、八十歳の婆になろうと二十代の若い肉体に戻れる」

『それが何だと?』

 

 その程度のギフトならありそうだと思いつつ、黒い炎で痛みにしかめた顔を隠していた。正直あの金色の羽を取り込んだ苦痛から回復していないが、嘘の可能性があろうとも突破口となる情報が欲しくて会話に応じた。

 

「こちらの世界の神は通常、人間達をはじめとする知性ある種族の信仰によって生まれるものだ。しかし中には古くから生きていたため神に変じた者がいる」

 

 少しずつ歩を進める自称神に対して同じ程度に後退する。ハルぺリア最強だと自称していたし実際そうだと思っていたが、神様クラス相手だとそうもいかないらしい。

 

「ミミズから変じた迷神(めいしん)ミミルドルス、クジラから変じた巨影神(きょえいしん)ノーレ・ノーストル。二柱も事例があるんだ。私のギフトの力を知ればどうするか、あなたならもうおわかりだろう?」

『まさか……』

 

 猛禽類(もうきんるい)のような獰猛(どうもう)な目と猟奇的な笑みを(たた)えて自称、いやこの世界の神は襲いかかってきた!

 

「二柱と同じように古い年月を経たとギフトで操作して成り上がった神、それこそが私だ!」

 

 そこからの戦いは防戦一方だった。放った投擲武器を回収しつつ、どうにか金の羽を“混合沌(コンフュージョン)”で手に入れても苦痛のうちに消えてしまう。おそらく自称神のギフトによって年齢を神ではない時期にまで一瞬下げている。羽とその鎧が神の使う神器だという言葉が真であるなら、神でなくなってしまえば消えてしまうものなのかもしれん。

 現状の打開策は一つだけ。鎧から分離して飛ばしてくる黄金の羽を吸収し、“金屎吐(コンフリクト)”すると同時に一瞬だけ神でなくなった自称神にバスタードソードを振るう。

 だがさすがにあからさまに狙いすぎたのか、金色の鎧から羽を放たなくなった。じゃあ常に密着するように距離を詰めておくのかって? 拳が少しでも当たったら消滅させられる相手に? 俺にそんな蛮勇はない。

 

『はぁ、はぁ……“坩納堝(コンセントレイト)”……』

 

 魔力を回復して、黄金の爪に守られた蹴りを転がるように避ける。

 

「よく粘るな。そんなに頑張って何になる?」

『死にたくはないんでな!』

「ああ、あなたもクライナと同じ口か。だとしても千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスを逃すわけにはいかない」

『どの口だよ、勝手に納得してんじゃ、!?』

 

 鉤爪の振り下ろしを咄嗟(とっさ)に回避する。直接手で殴られてないから受けても良いなんて考えじゃギルドマンはやっていけない。というか俺がスコップで土を掘るよりも簡単に地面や木にすっと爪が入っているし、“(イクリプス)”でもバターを切るみたいに引き裂かれそうなので回避一択だ。

 

『ちくしょうめ』

 

 悪態をつきながらも戦闘中ずっと得ていた違和感を推察する。とても単純な話だ。

 

 仮に黄金の鎧の女が本当に神であるとするなら、どうして俺は生きていられる?

 

 神様なんて俺の中では理不尽な存在でしかなく、人間なんかじゃ及びもしないはずだ。

 なのにだ。

 

『“金屎吐(コンフリクト)”』

「ちっ!」

 

 自称神の攻撃に合わせてチャクラムを視線を(さえぎ)るように投射した。もちろん傷がつくことはない。しかし、たったそれだけで奴の拳の軌道を変えられて、簡単に避けられた。

 どうもこの自称神は視覚に頼っている。そのせいで視認できないように障害物を投げるなり何なりすれば割と楽に戦えた。いやこっちから有効打はないんだけども。

 そもそも速いことは速いけど、神だというには遅すぎる。速度なんて度外視できるくらいどうにもならないような威圧感は皆無だ。

 

 全体的に全知全能の神様っぽくない。ゲームで縛りプレイでもしているかのような、それこそ普段の身体強化さえ抑えに抑えている俺のような戦い方に思える。

 

 この違和感が真実なら、そこから勝ち筋が見えてくるかもしれない。

 

 希望を垣間見たことに気取られたのか、自称神は攻撃をやめて立ち止まっていた。そして金色の兜から黄金の羽を四方八方へと散らせていた。先程からしなくなっていた羽の分離操作をまたやりだしたのだ。

 これを絶好の機会だと判断はできない。できないが、飛びつくしかない。変に留まって全方向から羽で攻撃されたくもないしな。

 俺が走ると同時に自称神も拳や蹴りを当てようと駆けてくる。警戒は(おこた)らずに黄金の羽の幾枚かが(うごめ)いている木に辿り着き、羽に向かって手を伸ばす。

 後ろからくる足技に気を付けつつも俺が羽を手に掴んだその瞬間、別の一枚が大きく動いて木の形状を一気に変えた。

 

 目を奪われた。

 自称神の一撃が当たらなかったのは事前に回避するように動いていたからだった。

 

 金色の羽は彫刻を作っていた。素材は何の変哲もないそこらのバロアの木。しかし題材がどうしようもなく俺の目を引き付けた。

 それは俺だった。モングレルと呼ばれる前の懐かしい前世。

 

 前世の俺がトラックに()かれて殺されていた。それが前世の死因だったのか? 確証はない。

 しかし彫刻は確かに俺に俺の死そのものを想わせた。

 

「怖くなったのか?」

『うわあ!』

 

 情けない声が出た。動きは鈍る、判断も鈍る。すぐにその彫刻から逃げた。自称神からじゃない。あんなものよりよほど恐ろしかった。

 (すが)りつくように他の木に隠れてそれを見る。

 

 通り魔に刃物で刺殺された俺だった。

 

『わああああ!? 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だぁあああ!!』

 

 森の木々が次々と彫られていく。病院のベッドの上で(わずら)った病によって死ぬ俺、生きたまま燃やされる俺、高所から飛び降りた俺、山崩れに巻き込まれて圧死する俺、銃殺される俺、雪山で遭難して凍え死ぬ俺、首を吊って自殺する俺……。

 

 逃げたかった。でも逃げられなかった。どれもが俺の死で、どれもが違った。なのに彫刻は全部俺の死そのものだった。いつの間にか手にあった羽を落として、“(イクリプス)”すら解けていた。

 気付いた時には練炭自殺をする俺の彫像の傍まで追い詰められていた。

 

「あ、あ、ああああああ!! た、助け、助けてくれえええええ!!?」

 

 逃れても逃れても視界の端に、時に真正面に(うつ)る俺の死。熊に襲われて食われる俺、脱水して死骸を横たえる俺、海で溺れて沈んでいく俺、感電死する俺、もうたくさんだ!

 両目をくり抜きたくなる衝動を抑えて、ついにはバスタードソードも投げ捨てて、手で目を覆って地面に(うずくま)ることしかできなかった。

 

「私には彫刻の才能がある。見るだけで死を想わせて、恐慌状態にできるほどの作品を生み出せる才能だ。あなたの言った死にたくないという気持ちを、こういう形で利用するくらい簡単なこと」

 

 まるで死を告げる大天使のように、自称神は翼を形成するように集まった黄金の羽を背負いながらすぐ傍にやってきていた。陽光を浴びた羽は輝かんばかりだが見惚(みと)れる余裕もなかった。

 

「ひ、ひゅ、う、ひひゅ、ふ、ひゅ、は、あ、ふ……」

呂律(ろれつ)も回らないようだな。だが安心してくれ。君はもう、還れる」

 

 黄金の鎧を纏った自称神の拳が振り上げられる音がした。

 

 ボォ……!

 

 そして更なる大音量に掻き消された。

 

 その鳴き声によって地震でもあったかのように俺と自称神の体が揺れ動かされる。一瞬、心の中で想わされた自分の死も見失った。

 鳴き声、少なくとも俺にはそう聞こえた。前世でテレビか動画サイトで聞いたクジラの鳴き声にとてもよく似ていた。

 

 僅かな間だけ恐れがなくなって頭を一度だけ上げると、なぜか自称神の金色の鎧が消えていた。間違いなくギフトの力で神でなかった頃に戻っていた。待ち望んでいた好機。無理に心を奮い立たせる。

 

「あああああっ!」

「む、効かん!」

 

 バスタードソードで斬りかかったが、剣を拾う分の手間のせいで再度神に戻る時間を与えてしまった。精神的にも立ち直れていないのにこの失態は致命的だぞ。

 

 ボォー……!

 

 自称神の反撃はまたも大きなクジラの鳴き声に阻まれた。金色の装備を消して俺と共にそこらを転がされる。正直こっちは座っているも同然だったのに、その姿勢すら満足に維持できなかった。単なる地震じゃないし、そもそもこの大陸には地震なんて起こったことがない。どうも火山もないようだし、大陸プレートなんて概念も存在しない。

 なのにこの現象は大陸や世界そのものが揺れているとしか表現できなかった。

 

「ノーレ・ノーストルめ、私が力をほとんど使っていないというのに邪魔をするのか」

 

 自称神が吐き捨てた言葉でようやく合点がいった。おそらくこのクジラの鳴き声は漂着者達の神話に出てくる海の神、巨影神ノーレ・ノーストルが発したものだ。どうやらこの自称神は巨影神と仲が大層悪いみたいだ。それこそ神の力をわずかでも使っていれば、補足されて邪魔されるくらいに。

 だから理不尽な力を持っていても全力を出せなかったし、介入されると慌てて単なる人間だった頃に戻らざるを得ない。

 

「“(イクリプス)”」

 

 空元気でも立ち上がった。神の御加護なんて信じちゃいないが、今回ばかりは利用させて貰うぜ。

 

「くっ、だがお前の心など容易く折れる」

 

 だろうな。たとえば自称神が俺の正面から退()けば首が折れて死んだ俺の彫像が目に入る。神の力が振るえなくともそれだけで俺は動けなくなる。

 だったら話は単純だ。

 

『目を閉じて彫像全部壊せばいい。“金屎吐(コンフリクト)”!』

「何!?」

 

 今回の“金屎吐(コンフリクト)”の射出方向は全方位だ。俺の死を彫った像は全てバロアの木を素材にしているので簡単に壊せる。

 たぶん自称神はギフトを使って黄金の鎧を装着し直して“金屎吐(コンフリクト)”を防いだだろう。

 

 ボオオォー……!!

 

 だがこれまでよりも更に大きな鳴き声と衝撃が俺達を襲った。

 みっともなく地面をのたうち回りながら(まぶた)のない白光の眼窩(がんか)の中で目を開く。目論見通り森の中に乱立していた彫刻は破壊されていた。粉々に砕かれたってわけじゃないが、自称神の彫刻の恐ろしいまでの魅力は精密性と緻密さに担保されていた。ほんの僅かな欠けでさえ死を想わせる魅力は喪失していたんだ。

 

「ままならない。このままだと……」

『おりゃあああ!』

「うおっ!?」

 

 渾身(こんしん)の一撃も瞬時に生み出された黄金の鎧の手甲に阻まれる。

 

 ボォーッ!!

 

 同時にクジラの大声が聞こえると、さながら波に(さら)われたような感覚に(おちい)る。そのせいで自称神との間に一歩分もない程度に距離が開いてしまった。

 

『逃がすか!』

「く、放せ!」

 

 情けなく横たわるようになってしまった自称神の左足を掴む。鎧のグリーブ部分も消えているため、(じか)に燃焼する骨の手が足を握り潰さんと力を込めると苦悶の声が自称神から上がる。人間の状態だと身体強化はあまり強くないようだ。

 今度こそ(とど)めを刺すためにバスタードソードを振り抜く。

 

『終われぇ!』

「この!」

 

 ボオオオオォーッ!!!

 

「ぐううううう!?」

 

 またも神に成り上がって無効化しようとする直前、バロアの森なのに海中に引きずり込まれたかのようにお互いの肉体が浮き、何か巨大な影が自称神を襲わんと彼方(かなた)から突進してきた。それは確かに恐ろしかったが、いくつもの木彫りの俺の死を見続けたからか動きを止めるには至らなかった。

 

「があああああ!!」

 

 突然現れた光の差さない深海のような異様な環境の中、俺は確かに神でなくなった自称神の断末魔を聞き届け、バスタードソードで首を半ばまで断ち切った。

 

 いつの間にか周囲は元のバロアの森深くに戻っていた。前世の俺の死を象った多くの彫像が残骸となって辺りに散らばり、“金屎吐(コンフリクト)”で投擲した武器も散見される。

 首が斬られた自称神の死体に近い地面には、金の糸で日本語が形作られていた。

 

“神ではなくあなたに殺されて良かった”

 

『……何だよそれ……』

 

 油断なく気配を探りながらも敵もいなければ戦闘の音でやってきた魔物もいないことを確認すると、蟻人間の時のように自称神の死体は消えていた。金色の糸もまた同様だった。

 “(イクリプス)”を解除して彫像の残骸を集めてからよく砕き、何とか深く穴を掘ってその中に埋める。投擲武器を集める作業も並行して行った。

 

 今回の戦いはけがしなかったものの、死線を潜り抜けた回数は蟻人間との戦闘よりずっと多い。

 

「俺は死んでやらねえからな」

 

 虚空に向かって言うと愛剣を納刀し、お手製方位磁石で確認しながら森の入り口まで戻っていった。

 

 後から聞いた話だがヴィルヘルム達は問題なくレゴールに帰還できていた。クジラの鳴き声なんて聞いておらず、いきなり水中に引き込まれるような異常事態も発生していないようだった。

 

 なお俺が討伐したクレイジーボアの報酬は(さば)いて解体処理場に持って行ってくれた“レゴール警備部隊”のものになっていた。いやロイドさんにも報告はしてくれたみたいだから良いけどね。せめて今度エールの一杯でも奢ってくれ。

 金で着飾ってても幸運は運んでくれなかったな、あの自称神……。




VS「クァルケル=ガ=クェチカ」終了
VSリチャードの習作に続く
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