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人間は社会性を持った生き物だ。当然、自分以外の誰かと触れ合い、助け合っていかなければ暮らしていけない。いくら俺がシュトルーベの亡霊兼ケイオス卿だって例外じゃない。何気ない日常ってものを欲している。
俺にだって寂しいって感情はある。バルガーやアレックスなんかとだらだらゲームをしたり、ウェビンやトーマスさんと酒を飲み交わすだけじゃどうにもならない。誰とも話せない環境というのも
ギルドマンもソロでやる仕事じゃない。しっかりパーティーを組んで連携を取って危険を少しでも回避してやっていく……そんな職業だ。一人でやれてる俺やガットがおかしいだけで、友人達がしてくれるようなパーティー勧誘は本来とてもありがたいものだろう。
そんな俺にも寂しさを埋めてくれる人達がいる。騒がしくも慕ってくれる若者達と、それを見守りつつも悪いことをすると叱るお母さん。ある意味家族みたいな、そんな貴重な存在である。
それが、スコルの宿の女将さん一家だ。
「はい女将さん、頼まれていたミカベリーのジャムとクラゲの塩漬け」
「あらモングレルさんありがとう。今度は忘れなかったのね!」
「おいおい、いつも忘れるわけじゃないぜ」
「知ってる知ってる。次もまたお願いねぇ」
女将さんは
俺がもう何年も一室を借りているスコルの宿。そこを経営する女将さんことマリーさんは常に多忙だ。なにせ大人の従業員は自分しかいない上に、二人の子供を養っていかなきゃならない。そんな中で宿の切り盛りをしているから、以前も言った通りたまに俺も色々な仕事を任されることがある。
何にせよ俺はもう頭が上がらない。宿泊しているだけじゃなく、借りている部屋の扉の鍵を自前で変えちゃって良いなんて許可まで貰ってしまったしな。基本的にどんなことでも任せてくれ。さすがに金の管理はやりたくないけど。
二階の部屋に戻ろうとする前に、二人の子供が現れた。
「モングレルおじさん、何か俺にも頂戴!」
「私にも頂戴……」
「しょうがねえな。ケンさんのところで買ったクッキーを一袋やるよ。でもマリーさんに渡すからな」
「えぇー!?」
女将さんの子供達、次女のウィンと長男のタックである。今は洗い物の途中らしく両手が濡れていた。そんなんじゃ手渡せないだろ。
二人ともまだまだ遊びたい盛りだが、ウィンの方は大人しい性格でよく宿の手伝いをしている良い子だ。タックは少し生意気で要領も悪い方だが、悪戯好きとかそういうわけでもないのでまだましだろう。大人になるにつれて成長するはずさ、多分。
長い付き合いだから俺も甘やかしたくなる時もあるし、自分だけ良い物食べてると心象が悪くなってしまう。ブロンズギルドマンの稼ぎじゃ大したこともしてやれてないが、折を見てご機嫌取りする必要があった。
「あらまぁ、こんなものまで! 良いの、モングレルさん?」
「これくらいなら構いませんよ。まあ高すぎる土産とかは無理ですけど」
「お母さん、早く頂戴」
「まだ駄目。ほら、食器洗いをやっつけちゃって! そろそろ終わるでしょ」
「えぇー!」
今回ばかりは特別だぜ、ウィン、タック。俺がケンさんの店でミカベリーを使った新作スイーツを食べていなければ頼まれた買い物をすっかり忘れて帰ってきていたからな。いつもお遣いを忘れる鳥頭じゃないんだ。なりかけたが。
地味にクラゲの塩漬けは補充しておきたかったというのもある。ハルぺリア王国でも塩は安くないため、保存食に使われている塩分を料理に入れて味を調節する家庭も多い。俺自身は普通に塩を単体で買えるが酒のつまみによく食べているから底を突きかけていた。
「タック、ちゃんと言うこと聞きなさい!」
「そうだぞタック。今のうちから苦労しないとろくな大人になれないからな」
「その言い方、おじさん臭い!」
「ぐお、言葉が鋭すぎる……!」
実際おじさんで、転生前を含めるとそれでも若く思われてるから何も言えねえ。でもこの世界なら親の言うことよく聞いて手伝いした方が良いぜ。
「ごめんなさいねぇ。お茶の用意があるけど飲む?」
「ああ、ありがとうございます。まあタック達が元気なのは俺も悪い気はしないので」
「そう? 近頃はモングレルさんが作ったゲームで楽しんでいるから変に悪戯はしなくなったけどねぇ」
他の客がいない食堂スペースの一角でお茶を
バロアソンヌの製作者が俺であることは女将さんに知られていた。ギルドマンが作ったボードゲームって噂をご近所から聞きつけたようで、井戸端会議の情報網も侮れない。でもご近所さんや子供達にも話していないので助かっている。
「ウィンはあまりわがまま言わないんだけど、結構はまっちゃってねぇ。よくせがまれて大変なの」
「そう言われてみれば確かに」
俺もたまに相手してやる時があるけど、最近はバロアソンヌで遊ぶことも増えたなと思っていた。タックがまたギルドマンに興味を持って質問してくると感じていたがウィンの方の影響か。
「宿の方もね、最近バロアソンヌが流行ったからずっと繫盛期みたい。客足が途切れないのは良いけど、忙しくて忙しくて」
「俺もできる限り手伝いますよ」
「あっはっは! 今日みたいに買い物を忘れないようにしてくれれば良いのよぉ」
「言い返せねえなぁ」
今日みたいに土壇場で思い出すこともあるからいつもじゃないけど忘れてしまいがちだ。でも直そう直そうと思いつつ改善できてない。努力はしよう。
お茶を飲み干すと台所からウィンとタックが顔を出す。どうやら手伝いは本当にあと少しだったようだ。
「お母さん、終わったよ」
「お菓子!」
「はいはい、喧嘩せずちゃんと分けるのよ」
「やった!」
「ありがとう。ねぇモングレルさん、この後バロアソンヌ一緒にやろう?」
「お、良いぞ。俺もギルドでよく遊んでるからな。手加減はしないぜ」
こうして女将さんも巻き込んでバロアソンヌで遊ぶのだった。
ちなみに結果は最下位だった。やるじゃねえか……。接待した覚えはないんだがなぁ。
「じゃあ女将さん、俺はそろそろ部屋に戻るんで。何か用があればいつでも」
「あ、どうもありがとう、モングレルさん」
お菓子の美味しさもあって未だ少し騒いでいる子供達の声を聴きながら、階段を上って一階を後にした。
……女将さん達が俺みたいな中途半端な奴を受け入れてくれているってのは凄くありがたい。嫁いだ長女のジュリアも俺を兄代わりに思ってくれていたとシモンから聞いて結構嬉しかった。シモンからのお世辞かもしれないけどな。
ライナが俺を“アルテミス”に誘う理由には俺がソロなのもあるんだろう。ライナを最初に見かけた時だいぶ寂しそうだったし、その気持ちを俺に重ねるところもあるんだろう。だがここを出ていってクランハウスに住むというのも、それはそれで寂しい。
俺が転生してから九年はシュトルーベで過ごしたが、実はこのスコルの宿での生活もそろそろ同じくらいに差し掛かるところだ。それだけ愛着も沸くし、宿の営業者と宿泊客という関係であっても同じ屋根の下で暮らしている影響は自分が思っている以上に大きかった。
だから、家族みたいに想ってくれている人達から離れたくないって理由もあることだけは許してくれ。いい歳した大人がみっともない、とは自分でも思うけどな。
扉の前に立ち鍵を開けて中に入る。前の物取りのせいで修繕が大変だったが防犯を考えるとしょうがない。
最近考えるのはやはりあの蟻人間や自称神だ。戦闘力もそうだが、特に日本語を話していたことが気になる。
たとえばこの世界には俺みたいな転生者がいるのかとずっと疑問に思っていた。言語は全く違うのに、神話に登場するアルテミスやアポロとか、エルフやゴブリンという名詞は明らかに地球で聞ける言葉と同じだった。
だがそれにしては俺以外にケイオス卿のような活動をする奴が歴史に残っていない。正体を隠せるような奴じゃなかったとしても、何か影響を及ぼした技術的痕跡があっても良いはずだ。なのにそれだけはなかった。
俺だけが特別なのかとも考えていたが、あの蟻人間の登場がその誇大妄想を搔き消した。
できれば友好関係を結びたかったが、それもできなかった。
蟻人間と戦った後、ギルドで交換票を出して報酬を貰った後に資料室にも足を運んだ。蟻人間に関する記述が載った本がないか調べてみたが何もなかった。ゴブリンの突然変異ということもなかろう。
結論は出自不明の蟻人間ということになる。まさかあの日本語が鳴き声ということもあるまい。……デーモン。こっちも調べたがやはり成果を得られず。
あの戦闘が夢だったら良かったが、しかし使用済みのポーションの瓶が現実に起きたことを雄弁に語ってくれていた。
その後現れた自称神の方はさらに認識をややこしくしたし、調べ物ももっと難航した。ぶっちゃけ奴が話していた
“
にしてもマジで強かった。自称神は言わずもがな、蟻人間にも俺がほぼ押されていた。正直勝てたのは蟻人間のギフトと俺のスキルがたまたま相性が良かっただけに過ぎない。一国の軍隊程度なら十分に殲滅しきれるだろう。自称神戦の勝因はまんまノーレ・ノーストルの介入のお陰でしかない。
一番気になるのはあの蟻人間と自称神にまだ仲間がいるのか、ということだ。もしも奴くらいの実力者がまだレゴール近隣に隠れていて俺を狙っているとしたらとんでもないことだ。そしてその可能性は十分にあり得る。
……お菓子を子供達にあげたのは癒しを求めていたからだろう。
日本語を話せる相手をこの手にかけるなんて想像したこともなかった。けどそんなことをしなきゃならない現実があった。奴らとの戦いで疲弊した精神は現実から逃れたい一心で、ここにいられる理由を確認しようと女将さん達に良い顔をしたんだろう。他人の良心に付け込んで、やっぱり俺は屑なんだろうな。
「嫌になるなぁ……」
「それはすまない。だが仕方ないことは理解してくれているだろう?」
誰もいなかったはずの真正面からの声に俺は瞬時にバスタードソードを抜いた。
扉を開けて部屋に入って誰もいないことは確認できていた。窓も閉まっていたし隠れるような場所はない。
なのに扉を閉めて部屋の中の方へ振り向くと、一人の男が椅子に座っていた。
容貌は魔大陸のお客人、魔族に似ている。衣服は貴族のように
だがやはりというべきか、この不法侵入者の魔人も俺の日本語のぼやきを聞いて日本語で返してきた。おそらくあいつらの仲間だろう。
「ああ、私の種族は魔大陸の魔族ではなくてモルドに住んでいる方の魔人でね。どうでも良いことだが」
「……“
よくわからん説明を無視しギフトを使用する。スコルの宿で何やってんだと思われるかもしれないが、だからこそ多少騒ぎになってでも確実かつ早期にこの魔人を仕留めなければならない。女将さん、ウィン、タック、そして何の関係もない宿泊客達。彼女らの安全を考えれば“
たとえそれが、俺にとって何より価値があるかもしれない同胞であっても。
「せっかちだな。だが望むところだ」
拳銃を引き抜こうとした魔人の台詞が言い終わる前に黒い炎の剣筋が相手の頭部を半ばから切断した。
にもかかわらず、魔人の言葉は
『“
スキル発動は銃弾の発射とほぼ同じだった。全身に装着された鎧に前世でも今生でも感じたことのない衝撃が広がり、熱さと痛みとそれ以上の恐怖が襲った。
いってえ! 俺が“
幸い死ぬような傷は負っていないが、ますますこんなやつを野放しにはできなくなった。どうも消音銃のようで銃声が響くことはなさそうだが、威力のある拳銃を二丁も扱える魔人なんて厄ネタでしかない。
つーか斬った魔人の頭に全く損傷がない。肉と骨を断つ嫌な手応えが確かにあったにもかかわらずだ。斬る前と全く変わらず、まるで時間を巻き戻したかのようだ。
席から立った魔人の顔は綺麗なまま余裕の表情を浮かべていた。
「これでわかったはずだ。君の攻撃では私を殺せない。素直に殺されてくれ」
『攻撃が通じないのは金ぴかの神様相手だって同じだったのに、簡単に諦めるとでも?』
「私の心配などいらないよ」
噛み合っているようで噛み合わない会話。蟻人間や自称神の時と同じだ。明らかに日本語を話していて、雰囲気や口調からしても縄文時代や江戸時代の人間でもなさそうなのに、全然通じない。
「“レイ・ストライク”」
『くそ、まだだ!』
弾を剣で防いでから魔人に肉薄する。相手が殺せないならまずは武器を破壊しようと拳銃に剣を振るう。だが、壊すことも相手の手から取りこぼさせることもできなかった。
相手の武器は白銀に光る明らかに魔合金製で、間違いなく魔力伝導率もバスタードソードよりずっと良い。よく見ると魔法使いの杖に仕込まれているような魔石が
それにしたって俺の攻撃で拳銃に少しも傷が入らないところを見るに、強化魔力だけで俺を上回っているかもしれない。せめて特別頑丈ってことでもないと勝機が薄すぎる。
「“レイン”・ボウ」
『う、目が!?』
「ブラフだ」
『がはっ!?』
サリーが使う“
たたらを踏んだ俺だが、痛みは大したことない。また剣を振り上げる。
『はあ!』
「効かない」
『これならどうだ!』
「何度やっても同じだ」
首、腕、胴、腰、胸、足、どこを斬っても何事もなかったかのようにくっついたまま。蹴っても殴っても効果はなく、俺の炎で燃えるようなこともない。かすり傷程度なら回復しないようだが、不可逆な後遺症が残るレベルのダメージは与えようとしても無駄なようだ。
それにここは宿の一番大きな部屋だが、俺の溜め込んだ道具のせいで自由に剣も振るえず思うように戦えない。だからといって“
どうすりゃ良い!?
『“
「“レイ・エクスプロージョン”」
バックラーと盾部分のみのランタンシールドを吸収すると、右の拳銃から銃弾二発、左の銃弾から魔力の
『おおおおお!』
「なるほど、そうくるか」
防御を捨てて魔人に組み付き自由を奪う。こいつの身体強化も異常な強さだが、関節を
だが俺の見通しが甘かった。組み付いた相手の目はまるで困っちゃいなかった。
「“レイ・エクス”――」
その言葉だけで俺は悟った。と同時に奴の両手を俺に向けさせる。当然銃口もまたその方向だ。
「――“プロージョン”」
『ぎうぅ!?』
爆風を直接叩きつけられるような痛みと衝撃が伝わってくる。幸いにも大きな傷はつけられずに済んだものの、もう手段がなくなったことを理解する。
いくら俺が身体を抑え込んでも魔法の発動自体は止められない。魔法は杖がなくとも使えるからだ。何度も斬りつけたが痛がって集中が切れる素振りは一切なかったから、仮に苦痛を与えても簡単に拘束を解いてきただろう。そうなればスコルの宿に被害が及ぶ。俺の動きも制限される分だけスコルの宿を守りにくい。
脳裏には女将さん達の顔が浮かぶ。ついさっきまで一緒に遊び、お菓子を頬張って喜ぶ姿を見せてくれた大切な人達。もう得られないかと諦めかけていた居所を失いたくないと強く思う。
でも、どうやって? 有効なスキルも技術も何も持っていない。かつてのシュトルーベと同じく、守る力が足りていない。その上今度は敵を排除する力すら見つからない。
『モン……ルが――神ス……、『
久しく聞いていなかったかすかな声。
スキル取得を知らせる女神、
「……ミス・キルンだと?」
なぜか魔人も聞こえたようで
まずは破れかぶれの突撃を
魔人は突き立てられたバスタードソードに
『“
先程得たスキルを宣言。輝く頭蓋骨の
反応は劇的だった。
「があああああっ!」
切り裂かれよう貫かれようが燃やされようが、眉一つ動かさなかった魔人が絶叫する。俺が知る限り
とにかく、抜け殻となった不死の肉体の魔人はその場に倒れ込んだ。次の瞬間、魔人の身体はマジックショーのように文字通りなくなった。そして後を追うように上等な服装も、壊れた懐中時計も、魔合金の拳銃も消失した。
あの蟻人間や自称神と同じように、全て消え去った。
……俺の見間違えじゃなければ、叫ぶくらいの痛みを感じていたはずなのに、あいつは死を……喜んでいた。死んだ時の記憶がないとはいえ、俺だってまた死ぬのは寿命でだって割と怖いんだが……。
自称神も俺に殺されたことを受け入れていた記憶がある。俺を殺すのではなく、殺し合いが目的だというのもあながち間違いじゃないのかもしれない。
一体あの魔人は、いやあの蟻人間達も、何なんだ……?
部屋の中で立ち尽くしていると、どんどんどん! と扉が強くノックされる。
「モングレルさん、うるさいよ! 誰か大きな声を出していたけど、物取りでもいたの!?」
「あ、女将さん、すみません」
軽く部屋を見渡してから扉を開けた。既に“
「どうしたの、こんなに散らかして? 物音も下の階にも届いていたけど」
「いやあ、
「あらそう。いかがわしいことしても特に何も言わないけど、あんまり音を出さないで頂戴ね」
「いやいかがわしくは……あ、はい、以後気を付けます」
「それからちょっとスープの用意を手伝って貰えない? モングレルさん料理上手でしょ?」
「はい、誠心誠意務めさせていただきます……」
女将さんが見ても戦闘の跡とは思わなかったようで、そのまま一階へ戻って行ってくれた。部分的に鎧を付けていたのも傷を隠せて良かったのかもしれん。
……ふぅ、何とか自分も女将さん達も守れたか。正直レゴールで一番危機を感じたぞ。サンライズキマイラに攻撃された時ですらも思わなかったよ。
シュトルーベでは結局皆を守れなかった。俺も少しは成長しているといいんだが。
少しずつ静かに部屋の片付けを始めながら、ちょっとだけの誇らしい気持ちと人を殺した嫌な感触を嚙み締めた。
VSリチャードの習作終了
VS魔女会のアリアネに続く