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その日は朝っぱらからギルドの酒場で本を読んでいた。資料室の魔法関係の本とかつてギルバートさんから買った教本の内容をもう少し理解しようとしているのだ。いやあ……渋るラーハルトさんは強敵でしたね。本来なら資料室から本を持ち出しちゃいけないんだが。
張り出された依頼も俺がやらなきゃならない面倒ごとはなかったから悠々自適に本を読めるぜ……。
こういう本の写し作業の仕事もあるらしいが俺には無理だな。普段わざと汚く書いているから受注できないってのもあるが、絶対誤字脱字
無駄なことを考えながら本に書かれたまるでわからん表現に悩んでいると、サリーが近付いてきた。娘のモモもいないオフのようだ。
「モングレル、まだその本を読んでいたのかい?」
「おう。少しだけ興味が戻ってな」
「でも継続しないじゃないか」
「良いんだよそれで。人生ってのは無駄を楽しむもんだぜ」
「うーん、そういう考えもあるんだね」
そう言ってさっさとギルドの受付に行ってしまった。別に良いけどな。今日は目新しい情報がなくとも難解な魔法の本と
と思ったらエールを片手に俺のテーブルに戻ってきた。どうも飲み物の注文だけだったようだ。相変わらず炭酸を抜くために振ってやがる。
「モモの発明品はどうだった?」
「また
「面白い恰好になるねぇ」
「不格好かもしれないけどそっちの方が良いだろ。目を保護してくれるゴーグルとかも欲しいな」
モモの発明品は既製品に近いところを除けばかなり優秀だ。失敗作だったらしい自動で加熱し続ける魔除けの香炉も、香炉部分をなくして温度を多少下げてカイロ代わりにできないかと思いつくくらいだ。
後は顧客が本当に必要だったものを提供できるかどうかだろう。カイロ作ってくれるならお安くしてくれ。俺は買うから。
「その本の内容は理解できた?」
「自由人だなお前。全然だよ。実は最近、魔法の詠唱で気になることがあって読み返しているんだが」
「気になること? ああ、だから読み返していたんだ」
「そうだ。水魔法で“クオート”っていう詠唱があるだろ。俺は今まで水を出す詠唱だと思っていたんだが、この前それで氷を出す奴がいてな。よくわからねえから専門家に聞きたいってずっと考えてたんだ。ちょっと教えてくれよ」
あくまで俺の経験上だが、水魔法使いは“クオート”で流水を出していた記憶がある。聖堂騎士のミシェルが放った“
ところがこの前ザヒア湖に行った際、ナスターシャは“
「僕も確実なことは言えないけど、詠唱って時代や学習環境によって変わるよ。水魔法詠唱は特に多いかな」
「やっぱりそうか。“キュー”と“キュート”とか
「簡単だと思うけどなぁ。氷を出した魔法使いって誰?」
「そこは秘密にしておくぜ」
サリーはナスターシャとはそれなりに長い付き合いのようだから話しても問題ないかもしれないが念のためだ。あいつの場合、ギフトの影響かもしれないし軽々しく口に出せない。
「モングレルは魔法使えないくせに詠唱に興味を持つんだね」
「当たり前だろ。今まで見てきた魔法のことはばっちり覚えてるぜ。お前の光魔法も結構謎だからな」
「謎」
「治癒魔法や闇魔法は漂着者の神々の名前が由来だなってわかる詠唱が多いけど、光魔法は肌感覚で全然違う」
最近は自称神のこともあって神様関係についても関心を高めていた。特に普段から気になっていた魔法詠唱と神々の名前には敏感だった。
カスパルさんが使う“
蟻人間が使った“アトラ・カダル・アクレイシア”も
対して光魔法は全然ライカールっぽくない。対応する神様がいるのに似ていない詠唱はむしろ頭に残りやすかった。
「それなら普通にライカール由来の“ライト”って詠唱があるよ」
「え、マジ?」
「うん。光というより輝きを意味して、多人数を相手にする時は使ってる」
なるほど、それなら知らないはずだ。俺が本気を出す時は決まって多対一の状況、ソロのブロンズギルドマンが戦場の前線に立つはずもないから見る機会ねえわ。
そうそう、ライカールの名前が出てもギルドの中は特に変わることはない。俺がいても声が女性のものであるとすぐにわかるし、実際サリーの変人ぶりは知られているのでスルーされる。
「火や水の属性魔法だと詠唱の
「火魔法は“アイス”で炎出したりしているからな……」
「それがどうかしたの?」
「いいや何でも。しかし俺もまだまだ知らないことばっかりだ」
「僕なら教えられるんだけどね」
「サリーは説明が下手だからなぁ。もうちょっと順序立てて話してくれよ」
なんて言ってもこいつが教えてくれた知識は時たま役立つこともあるので
そうしてサリーを交えて魔法のお勉強会をしたのだった。実のところサリーに無料で教師役やって貰えるの本当にお得すぎる。……結局よくわからなかったことには目を
夢を夢だと自覚できる夢、それを
今俺がいるこの場所もそんな夢の中の産物だろう。ほとんど何もないまっさらな世界。前世じゃ映画やドラマでよく見た場所によく似ている。
この夢にいる者はたった二人だけ。俺と目の前にいる魔女のような人物だ。
「ごきげんよう。このような夢の中で出会うなんて、そちらは想定してませんでしょうね」
先端が尖った魔女の帽子を目深に被った女性はゆったりとした口調の日本語で話しかけてきた。どうやらご年配らしい。
「わたくしはあなたと現実の方でもお会いしたい。もちろん要件は殺し合いです」
とんでもなく物騒なデートのお誘いだった。クロバルのタリスマンみたいなのを全身に付けている女性は趣味じゃないので断っちゃ駄目か?
こちらは金縛りにあったように全く動けず口も
「明日、バロアの森の北部第二作業小屋まで来ていただきたい。ドアを開ければわたくしの作った異空間にご招待しますので、どうぞ準備は万全にしてくださいね」
準備、準備ねえ。要はあの蟻人間達のお仲間であり、奴らと戦った時よりも装備を整えておけということだろう。
舐められてるとは言うまい。実際に戦った三人、いや二人と一柱はそれだけの実力を持っていたし、この婆さんも相応の実力者なのだろう。人の夢に入り込んだり、現実の扉から異空間に繋げられるってことだからな。
「それでは後ほど」
魔女の言葉に何らかの力があったのか、次第に意識が現実へと浮上していった。
女将さんに大荷物なことを
一応ギルドで作業小屋の利用許可を貰って東門からバロアの森まで移動し、人がいなくなるところまで進むと早足で駆けていく。北部第二作業小屋はそれなりに距離があるが、俺の健脚だったら一、二時間程度で着ける。前世だったら強化魔力がなくて無理だったが、今の俺は転生特典なのか楽ができるんでね。
念には念を入れて周囲を探るが誰もいない。ドアをノックしても声をかけても小屋から反応はなかった。手早く防具を身に着け、ギフトを宣言する。
「“
漏れ出た魔力が草木を揺らし、それが終わるとランタンシールドやトサカのような斧の付いたプレートヘルムを装備したシュトルーベの亡霊が立っていた。
『さて、鬼が出るか蛇が出るか……』
できればもう神様は遠慮したい。着替えを小屋の
中に入るとそこは作業小屋ではなく、多少木々がまばらに立っている平野だった。遠くに山のようなものは見えるけれど俺が全然知らない土地だった。空には太陽も月もその他の天体もないが昼間のように明るい。
そこに一人
「ようこそいらっしゃいました。わたくしの
『……俺はモングレルだ』
二メートル以上ある高身長だが威圧感はない。俺のこの姿を見ても動じず、日本語で話している。明らかに最近の襲撃者達と同類だった。
魔女は被り物を取っているため先端が黒みがかった灰色の髪の毛が見えた、と思ったらそれは髪ではない。羽だ。鳥類の羽毛のようなものが髪の代わりに生えているのだ。手の甲には鱗のようなものがびっしりと覆っていた。彼女も単純な人間じゃない。
クロバルが持っていたような魔道具タリスマンを全身にじゃらじゃらと身に着け、魔女を思わせる黒を基調としたゴシック系のドレスを着こなしていた。スカート丈がふくらはぎの半ば辺りまでで、最低限戦いで足を取られることはなさそうだ。唯一装束と調和していない
「存じておりますとも。ああ、やはり
アウサリィ。それが羽人間、いやグレナデンのギフトなのか。まだ決めつけるな、スキルや魔法ということも考えられる。
グレナデンは器用に背嚢から魔法の杖を取り出し、マジシャンのステッキのようにくるくると回し始めた。
「それでは始めましょう」
――何の前触れもなく、俺の周りを囲むように大量の魔物が出現した。
オーガ、コルティナメデューサ、ジャイアントゴーレム、サンライズキマイラ、ハーベストマンティス、クレセントグリズリー、ヴァンパイア。
見知らぬ巨大なゾウの魔物やサングレール最強のクラゲ、デュラハンじみた首なし騎士のアンデッドに真紅の鎌を持った死神のような怪物、黒い一本角の猪と獰猛そうな表情の熊の魔物、大型に変異したハルパーフェレット……。
他にも数多くの怪物達が取り巻いていた。思わず背後を振り向くと、入ってきた扉は消失していた。
グレナデンの周りにも魔物はいるはずだが全く動揺を見せない。つまり奴が使役しているのだ。
「ご安心を、たとえばサンライズキマイラを倒してしまわれてもバロアの森に何の影響もありません。それにベヒーモス、レイス、アステロイドフォートレス、シルバーウルフ、星竜、キマイラ、ワイルドベア、スカルベ・ガイダル……他にも強力な魔獣はたくさんいます。ご自身の心配をなさってくださいね。さあ、者どもやれ!」
角が、牙が、爪が、尾が、腕が、棍棒が、剣が、鎌が、炎が、魔法が、俺に殺到する。
……なんだかな。舐められたもんだぜ。
『“
その一言で全てが焼き切られた。
圧倒的な破壊力の魔法攻撃を放とうとしたサンライズキマイラも、恐ろしい負のエネルギーを凝縮させた魔力の球を生成した王様のようなアンデッドも。
鋭利な牙を突き立てようと飛びかかったシルバーウルフも、高速で両腕の鎌を振り落とそうとしたハーベストマンティスも。
そこにいたあらゆる魔物が全方位に放たれたスキル攻撃の前に無残に八つ裂きになって、ばらばらになった肉と骨が辺りに飛び散り、種々の鮮血が地面を染め上げた。
俺はハルぺリア最強のギルドマン、モングレルだ。
装備が十分ならどんな相手だろうが一撃で潰せる。たとえそれが一つの国、一つの大陸で最強と呼ばれるような魔物であってもな。
「グウ、ウルルゥ……」
『お前には“
後は首を斬られても再生するヴァンパイアのような奴だけ魂を断ってやれば良い。正直、本気を出すとVRゲームの世界に入ったみたいに人間も魔物も簡単に殺せてしまうんだ。
にしても辺りの惨状はとてもじゃないか足を踏み入れたくない。グレナデンが死んだとは思えないが探すか。
「『レッサー・フレア』発動」
などと考えていたら魔物の出現と同じく、突如左横から炎が投射される。
バスタードソードで切り払って
「“レッサーフレア”」
『うおっ』
杖から放たれた火魔法に驚くも火傷自体はせずに済んだ。お返しに剣を振るうが人間を斬った感触はなかった。
いつの間にか距離のある地点まで移動していたグレナデンに残していたランタンシールドの刃を向ける。
『“
しかし俺の投射は対象が突如消えたことによって空を切った。
そしてグレナデンは音もなく別の地点にいきなり出現した。
『“
炎上し続ける頭蓋骨でグレナデンを睨みつつ、消費した魔力を回復する。
間違いない。グレナデン・グレンゴインのギフトは空間干渉
だとするならやりようはある。直接異物を俺の体内に転移させられる力があるならどうしようもないが、してこないところを見るにそこまで強力無比ではないのだろう。自称神やガンマン魔人の時よりもやりやすい。
「はぁ、まただ……」
グレナデンは肩を落として
「中点のあるなしってどう思いますか?」
『は? 中点?』
何が何やらさっぱりだ。これまで戦った蟻人間達も日本語は通じているとは思うんだが、内容が今一よくわからん。
「
『本当に何のことだ?』
「この世界の言語を理解したら魔素と自由魔力みたいな言い方の違いに気を付けなきゃいけなくなるし、レゴールの綴りがrとlを取り違えている時もあってむかつくし……ああもう、全ては
『もしかしてこの世界に転生する奴は皆頭がおかしいのか……? そうなると俺も該当するから違うな』
「でもそんな間違いの校正も楽しい! そうは思いませんか!?」
『知らねえよ! 勝手に一人で納得してんじゃねえ!』
人を殺そうとする連中なんて皆頭がいかれている。まともに対応しちゃ駄目だ。情報は欲しかったが会話が成り立たない以上脅威を放っておけない。
バスタードソードを構え、グレナデンに肉薄する。
「ふむ、ご理解いただけませんか。ではそろそろ本気で殺して、故郷に還してあげます。“
疑問に思うよりも前に、俺自身が初めて味わった“
弾ける音を立てて純白に輝く人間の白骨に、それを絶やすことなく燃やし続ける漆黒の炎。杖と装飾品、背嚢は火に包まれているが全く形が損なわれない。身長の分だけ俺よりも大きいが、紛れもなく俺のギフトと同じだった。
しかしグレナデンはさらに暗黒に身を包んだ。“
腰の入っていない斬撃は火を纏った黒い鎧の左腕に止められ、黒い炎に包まれた杖の先端から魔力が
『“
至近距離からスキルの衝撃波と妙な音のする不可視の魔法攻撃を食らい、近くの大型魔物の死骸を巻き込みながら吹き飛んだ。
『ご、ふっ』
『“鹵獲の蔦”、“テールクウザッシア”』
鋭利な円輪の風魔法の追撃が繰り出され、同時に大量の死骸の隙間から伸びてきた
『“
すぐに高速で真っ直ぐ移動する効果のある格闘系スキルが雷魔法と一緒に飛んできた。いつの間にかグレナデンの杖はなくなり、代わりに暗闇の鎧と同じ材質のガントレットが装着されていた。
地面に満ちる魔物の血に足を
しかしガントレットが鉤爪を形成して黒い炎と共に俺に振り下ろされる。
『“
『ぐう!』
同化していた鎧を引き裂かれる。同時にバスタードソードで反撃したものの、フリーな片方の腕のガントレットを槍に生成し直され止められる。
槍で突かれる前に不格好に転がり、血肉に塗れても何とか立ち上がる。
『“
通常なら剣で受けて問題ない攻撃を神経を尖らせて受け流す。腕力はロボットになった蟻人間と同じ、いやそれ以上だ。自称神の拳と同様、どう甘く見積もっても俺が強化したバスタードソードで受けたら折られる。
真っ黒な槍と鎧の材質は全く
一瞬の隙をついてグレナデンを蹴り、後ろに跳躍する。槍と剣ではリーチに差がありすぎるが、真正面から戦ってもスキルを放つ前にやられる。
『“キュールズミドヘテルディアモット”』
俺の蹴りにも微動だにしなかったグレナデンは杖もなしに頭上に巨大な水の塊を生み出し、こちらに向かって投げつけてくる。横に
直撃は避けたが質量も水圧も馬鹿にならない。今しがた乱れ水流を食らっても“
『はぁ、はぁ……』
『“
『ちっ!』
魔物の死骸という遮蔽物すら押し流され、間髪入れずにグレナデンの槍が迫る。バルガーも習得している槍投げのスキルは主武装以外使えないが、そもそも槍を生成する力のお陰で何度も使えるんだろう。恐ろしいぜ。
何とか流れ星の如く放たれた燃え盛る暗闇の槍をやや大振りに避けた――はずだった。
『
黒い槍は深々と刺さったが、すぐに溶けるように消えた。
“
『『バインダー・オープン』。『サーチ・大雷撃』、『サーチ・フェザー・ウェイト』』
グレナデンは再び空間干渉で召喚したのか、突然バインダーをその手に出現させて数枚のカードを取る。そっちに気を割く余力はなかった。
いきなり軌道が変わって正確に敵を狙い抜くような効果は“
『……まさか』
『ようやく気付かれましたか。“
バインダーが消失すると、黒い鎧を突き破るようにグレナデンの背中から蝋でできた大きな両翼が生え、形成されるそばから“
その翼は、直近の戦争で戦った聖堂騎士のピエトロが使用したギフトと同じだった。
二枚のカードを持った骨の両手に暗闇の長剣がそれぞれ生み出されると、燃える背嚢からロングカトラスとグレートシミター、二本のロングレイピアが念力で操られるかのように取り出され、黒の長剣よりも高い位置で構えられると黒い魔力の炎が付与される。
その構えは、かつて俺が殺した聖堂騎士達が持っていたギフトと同じだった。
『わたくしは魔法、スキル、加護、強化魔力、ギフト……あらゆる異能を十全に使いこなせます』
『嘘、だろ』
『ふふふ。“霊力喚起”、“
余裕ありげに次々と魔力回復のスキルを宣言した。
通常、ギフトは一人につき一人しか持っていない。加えてギフトを持っているかは生まれつきの運次第。ギルドマンでも軍人でも持っていない奴が大半だ。もちろん頭角を現した奴や上の階級の連中の多くは持っているが、それでも複数持ちなんて聞いたことがない。
それが、あらゆる異能を、十全に使える?
おそらく俺の攻撃に
……勝てるわけがない。
『“イアニュオスウルズテルズ”、『フェザー・ウェイト』発動、“ロウガス”』
“
『“
上空からは幾本もの落雷が、正面からは飛ぶ斬撃がそれぞれやってくる。装備品も金属製だからか雷属性の魔法は避けようとしても誘導されて電撃に焼かれた。飛ぶ斬撃スキルだけはかろうじてバスタードソードやランタンシールドで防御する。
『“
俺が放たれた攻撃にやられている最中もグレナデンはスキルをいくつも使用していた。
まるで異能バトル漫画にありがちな黒の炎に水と風が足された刀剣は、しかしその程度では済まなかった。
バスタードソードの防御は捨ててとにかく少しでもダメージを少なくしようと動いたのに、足らなかったのだ。
『“
ギフトを使い全力で強化された俺の鎧と肉体は容易く切り裂かれた。当然のように“
『“
『“
破れかぶれの攻撃スキルよりも前にロングレイピアの突きとグレートシミターの斬りつけが入る。
だがそれでも。
『――“
『“
バスタードソード以外の全武装射出に対し、グレナデンは六本の剣全ての射出で答えた。“
『“タブゥナブゥデイルオン”、“
よろめき傷ついた体では起き上がることもままならず、漆黒の煙のような魔法の拘束で身動きを封じられる。高速移動スキルで詰められても何もできなかった。
『“
『ごふ!』
暗黒で鎌を作り出したグレナデンは月下の死神にも劣らない精度で身体を切り刻んだ。声にもならない
『“アイザックテフトペンタル”』
絡まり合った三色の光線をまともに浴びて闇魔法の拘束も完全に消え去った。だが右腕と左足首を“
だったらどうした。今更諦められるなら、シュトルーベでとっくに死んでいるさ。
アドレナリンでも抑えきれない激痛をそれでも堪えて右足と杖代わりの愛剣で立ち上がる。
『……“クオンタム”』
氷の魔法の直撃で倒される。しかしまた動ける部位で何とか
『“
光魔法に残っていた
『なら“ガラ”! “テルスティアー”! “ジキアテラー”! “イアノスウルテルズ”!!』
多種多様な属性魔法が降りかかり、何ならサンライズキマイラの光攻撃も混ざって命の灯火を奪わんとした。
けれど、俺はうずくまりつつも立とうと手と足を動かした。
グレナデンは焦ったように腕に闇の鞭を形成し、巧みに操ってその先端を背嚢の中に突っ込む。
『“
苛立ちを隠そうともしなかった。かすかな視界からは明らかに背嚢に収まりきらない量の装備品が暗闇製の鞭を
『“
炎を纏った
それでも俺は生きていた。
『なぜ? なぜ生きていられるんですか!? それほどの耐久力があるなんて思えません!』
『は、はは。簡た……なこ、ごほっ、ごほっ……だぞ』
どの攻撃だか忘れたが下顎の損壊が激しくて
体力を削って言ってやる。
『……ぉ前、は……ぎしゅつが、うぅ、……ねえ』
技術という言葉も満足に言えなくなっちまった。だがそれこそが真実だと思う。
戦闘技術を全く養っていないなんてことはない。幾度もこちらの行動を制限し、息もつかせぬスキルと魔法の連続には全然対応できなかった。対してグレナデンは俺の攻撃もちゃんと防げた。
けどなんていうのかな、命を奪うための技がまるで足りていない。俺程度でも何とか死なないだけの立ち回りが成立してしまう。
大前提としてどんな異能でも操る力はすげえよ。実際強化魔力でも俺よりずっと強く、蟻人間やガンマン魔人よりも厄介だ。それは素直に認める。
でも正直、ここで戦っているのがグレナデン・グレンゴインじゃなくてグレナデンの力を持ったダフネでも、俺はもう殺されているだろう。それくらいグレナデンには戦いのセンスがなかった。俺の方に勝ち筋がなくてこのままだと負けるのも事実だけどな。
『……わかりました。ならば確実な手段であなたを殺害します。『バインダー・オープン』、『トリプル・ダイス』『クリティカル』発動』
またバインダーを手に出現させる。最初の頁から二枚のカードを抜き取り、俺に向けて発動した。
グレナデンの骨の手に現れた三つの物体は一瞬だけ面が三つしかない名状し難いさいころだったが、すぐに正常な正六面体のさいころに変化する。手から地面に落として振ると、二つの白いさいころは六の目を、黒いさいころは一の目を出した。
途端にグレナデンの手に一枚のカードが出現する。今までの戦闘でも見てきたレアリティ2や3のカードとは格が違う光明が発されていた。
レアリティはざっと見ても10以上。分類はスキルカード。満天の星空のような美しい絵柄。
その名は……。
『『コーリング・ネリユロウタ』発動』
グレナデンの異空間が文字通り塗り潰された。
一瞬にして飲み込んできたその魔力の流れは濃いなんてもんじゃない。本当に一つの世界そのものだと思えるくらい壮大で揺るぎなく、俺の体は海に
自称神のような誰も知らない神ではない。漂着者の月面世界の神話に語られる、一つの世界ともされる輪廻転生の神、
まあでも、これで終わりか。正直レゴールの街にグレナデンが干渉しないとも限らないが、もうどうしようもない。祈れたら死後に祈るだけだ。神の
ああ、溶けて消えて魂に戻っていく。その魂でさえ浄化され、本来の俺を初期化していった。
レゴールでの日々。それまでハルぺリア各地を渡り歩いた記憶。シュトルーベの貧しい開拓村での生活。そしてその前にも及んだ。
まだあっちの世界で生きているかもしれない家族。一緒にフットサルをやった仲間。バンドを組んで文化祭を盛り上げた高校の友人達。幼少期たまに鴨を分けてくれた爺さん。棺の中で眠るように横たわっていた父。今でも夢に見るくらい心に刻まれた菜月。
消える。
きえる。
きえる?
どうしてだ?
なんでおれのたいせつなきおくをけそうとするんだ?
もうあえないかぞくを、ゆうじんを、あいしたひとを、おれの――俺の頭の中からさえ奪われなきゃならないんだ!?
「ふざけるな」
魂が激しく震えた。流体でありながら剛体ですらあっただろう濃密な魔力が一斉に周囲から
歩き出す。流れに沿うのか、逆らうのか、そもそも流れがあるのかすらもわからない。
だがたった一つだけわかることがある。このバスタードソードで、俺の大切なものを奪う奴を、絶対に斬る!
歩く。歩く。歩く。
走り始める。走る。走る。走る。
ずっとずっと前へと足を出す。
言葉が話せなくても、目が見えなくても、何も聞こえなくても、鼻が利かなくなっても、舌がなくなっても、何も感じなくなっても。
それでも俺は走り抜いた。
そして、今。
目の前に広がる光景はグレナデン・グレンゴインが創造した日のない明るい異空間で、そこには“
眼窩にないはずの目が大きく見開かれたような気がした。
『ばかな、“
もうそんなこと言っている場合じゃない。俺の肉体も“
このまま死ぬかい?
『“ジキアダウヘンディア”“
『――ぁっ!』
魔法、スキル、加護、ギフト。鎧、幕、盾、壁、柱。
その全てをネリユロウタの
グレナデンの“
が、グレナデンの手にはバインダーから取り出されたカードが握られていた。
「……『ピュア……・イリクサ』、発動」
右手に出現した薬の瓶に俺の左手が伸びる。しかしグレナデンはお得意の空間転移で薬を左手に転送し、そして――俺の手は伸ばされる先を変えることなく奪い取った。
「な、に?」
バレバレなんだよ。わざと力が尽きかけた俺に奪うような動きを取らせて残り少ない体力を失わせ、確実に薬を飲もうなんてな。
こんな状況で今にも死にそうな俺に飲ませる毒を呼び出すってこともないだろう。顎が損壊した状態だが躊躇なく飲んでやった。
さて、これで何とか相打ちまで……。
あれ?
「右腕がある……」
右腕だけじゃなった。潰された左目も、砕かれた下顎も、身体全部が元通りになっている。さすがに服はぼろぼろでみっともないが、五感も骨も臓器もすっかり健康な状態になっていた。
グレナデンが飲もうとして俺が奪った薬はまさしく万能の霊薬だったのかもしれない。だとすればこの状態で取り出すのも頷ける。
「おい、お前……」
そう言葉をかけようとしたが、既にグレナデン・グレンゴインは死んでいた。屈んで顔を近付け、息や脈拍を
俺が勝って生き残った。代わりに、一人の人間を殺して。
改めて周囲を見回したがネリユロウタの濃い魔力はどこにも見当たらず、また魔物達の死骸もなくなっていた。戦いでどこかに押し流されたかと思ったが、足元にあったはずのグレナデン・グレンゴインの死体もまた蟻人間達と同様に消えていた。
唯一の変化といえば入ってくる時に使用した扉がもう一度出現していたことだ。俺は再度“
扉をくぐるとそこは北部第二作業小屋から出た光景と同じだった。扉も閉めずに振り返るが、そこには小さな囲炉裏や道具の修繕ができる作業台が並ぶ普通の作業小屋の内装があるのみ。辺りをもう一度探すが何も変化らしい変化は見当たらない。
来る時に小屋の傍に置いていった着替えを確認し、中に入ってからギフトを解除して着替える。
「やっぱり、夢じゃないよな」
グレナデンに穴だらけにされ切り裂かれた服装を見て一人
この服、結構気に入ってたんだけどな。
VS魔女会のアリアネ終了
VS埋没殿のサイレントリッチに続く