VS聖神の異世界   作:殺鼠剤

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「ごめんなさい……私が授けた力が、あなた達を傷つけてしまった……。」
 ――慈聖神(じせいしん)フルクシエル


VSゾンビから世界を救うはずだった男の異世界召喚

 出かける前に郵便受けを確認する。俺向けに色々入っていることも多く、取り付けを許可してくれた女将さんには頭が上がらない。といっても、もうそろそろやめる習慣だ。出発前に取り外しておかないとな。

 中を開けると白い便箋(びんせん)が出てくる。日本語で差出人と俺の名前が書かれていた。奴らの仲間のものだろう。

 

 まず危険物がないか俺の部屋で確認する。特に不審な点は見つからず、一枚の手紙が入っているのみだった。手触りは前世でよく触っていたが、この世界では話すら聞かないような上質の紙のものだ。

 内容は極めて簡潔。“これまでの非礼をお詫びさせて下さい。いかなる要求も受け入れます。ご質問がおありでしたら何でも答えさせていただきます。ご足労おかけしますが、レオミュール村の外れでお待ちしております。”

 差出人の名前はジノ・バサルウト。普通そっちが来るもんじゃねえのかとか思ったが、といって奴らを街に入れるのは不本意でもある。しょうがねえ。(くも)り空よ、雨は降らせないでくれよ。

 一応野外炊事場で(あぶ)り出しがないか確認してからレオミュール村まで向かう。石像を一瞥(いちべつ)し、東門近くの馬車駅で馬車を見繕った。完全武装を持ち込んで重たいけど何とか乗せて行って貰う。割高になってしまったが背に腹は代えられない。

 

 レオミュール村まで伸びているあまり整備されていない道の入り口で降ろして貰って、装備を着込んでから村に入った。ここには任務で来ることもたまにあるので顔見知りはいる。だがその人も全身鎧に盾まで装備した俺を見てぎょっといていた。時間的にも朝だから何の用なのかと驚くだろう。適当に言いくるめて村の外れを目指す。

 

 

 

 丁度塵雪が降り始めた。まだ雨の方がましだった。

 

 村人達が生活する範囲から少し外れたところに、少しだけ休憩できるようなスペースがあった。大人数が酒盛りできるような立派なものじゃない。本当に数人が食事を兼ねた小休憩を取れる程度の小さな空間だ。

 そこに白衣を着た何かがいた。姿は人間に近く、しかし頭部に生えた耳と臀部から伸びている尻尾が純粋な人間ではないことを物語る。特徴からすると猫の獣人とでも呼ぶべき者だろう。獣人なんていたのかこの世界。

 

「初めまして。モングレルさんでよろしいでしょうか」

「ああ、初めまして。あんたが手紙を送ってきたジノ・バサルウト、で合ってるな?」

「はい。どうも、モングレルさんは事情を理解せずに戦っていらっしゃったようだと判明したので、こうして謝罪させていただく機会を設けさせていただきました」

 

 立ち上がり日本語で語りかけてきた獣人の男性、ジノ・バサルウトには敵意も戦意もなかった。大きな鞄を地面に置いているが、そこから何かが飛び出してくる気配もない。かといって警戒を解くつもりもないが。

 

「まず、これまでモングレルさんに事情を説明せず殺し合いをさせてしまったこと、大変申し訳ありませんでした」

 

 ジノは深々と頭を下げてきた。塵雪が体にかかるのもお構いなしだ。このままそっ首を()ねることも簡単だが、とりあえずは様子見だ。

 

「事情を説明していたら殺し合いを認めていたとでも言いたいのか?」

「わかりません。ですが我々は地球に還るためにしなければなりませんでした」

「地球に?」

 

 わざと嫌悪と怒りを隠さなかったがジノは冷静なままだった。その態度も気に食わなかったが、地球に還るための殺し合いはとても気になる。……まだ剣を抜かないでおくか。

 

「とりあえず事情っていうのがわからないことには受け入れられねえな」

「ごもっとも。では私にご質問はありますか? 一番気になっていることから氷解させていきましょう」

「そうだな。じゃああんた達は何者なんだ?」

「私達はモングレルさんと同じく異世界転移者です」

 

 うん、異世界転生者じゃなくて転移者?

 

「どういうことだ。俺もあんたも生まれ変わったんじゃないのか? 少なくとも地球に獣人がいるなんて知らねえぞ」

「つまり、我々は一度こちら側の世界に召喚され、その後死してこの世界で転生を果たした、というわけです」

 

 なんだそれ。そんなこと記憶にはない。いやむしろ妥当なのか。

 こう考えよう。こっちの世界に転移してから死亡した、転移後の記憶が消えているから死んだ時の記憶もない。自称神の彫刻は全部でたらめだったってことか。むかつくなあいつ。

 

「順を追って説明しましょうか。世界の成り立ちも話さなければなりませんが、それだけ我々が召喚された経緯は複雑です」

「まあ聞いてやる。嘘つくなよ?」

「当然です。かつて原初の神、原神とも呼ばれる神々が、こちら側の世界を創造しました。神々が住まう霊界、人間や魔族、動植物が息づく下界などです」

 

 剣の柄にわざと触れてジノを脅すが取り乱す様子もない。

 にしても世界の創造の話か。スケールがでけえな。でも世界を(また)いでいるからには必然か。

 

「下界には古くからいたため神に変じた動物がいました。迷神(めいしん)ミミルドルス、巨影神(きょえいしん)ノーレ・ノーストルの二柱です。これらの神々は体内に異世界を持ちます」

「体の中に世界を? ちょっと想像付かねえな」

「私も頭の中で思い描けているわけではありません。ですが事実です。ミミルドルスは下界で地中に埋もれてしまった人や建物を体内世界モルドに転移させます。同様に、ノーレ・ノーストルも海中に没した人間や船を飲み込み転移させます」

 

 何でもありだな神様、と思うと同時にここまで言われてしまえば簡単に気が付いた。別の世界から転移してくる漂着者達。彼らは時たま、船を伴ってやってくる。

 

「じゃあ今、俺達がいるこの世界は……」

「はい。ここは巨影神ノーレ・ノーストルの胃袋に広がる異世界です」

「……まじかよ」

 

 衝撃の事実だった。何なら自分が転移した後に転生したという話よりも余程強かった。クジラの腹の中って……消化途中ってわけでもなさそうだが、気分が良くなる話じゃない。

 ジノは掌に振る塵雪を眺める。

 

「霊界とは距離がありすぎて神々の恩恵もほとんど届きません。なのに漂着者は信仰を捨てない人も多いですね。ノーレ・ノーストルが人を飲み込むと、マリンスノーのようなこの塵雪を自身の世界に振らせるそうです」

 

 視線を手に向けたまま、少しずつ傾けて塵雪を落とす。さっと払わないその仕草そのものが今の話の正しさを物語っていた。

 

「……塵雪にもそんな由来があったんだな。ならこの世界はゲームとかラノベみたいな作品の舞台じゃないって認識で合っているか?」

「その通りですが、一応アルテミスやアポロなど、一部の名称が地球のものと同じ理由もあります」

「へえ。気になるな、どんなわけだよ?」

「後で話すことにも繋がりますが、我々の宇宙からこちら側の世界に概念流出とでも呼ぶべき現象が起こったと判明しています。たとえば神々の肩書を日本語でご存じですか」

「神様達の肩書の日本語版か。そういや、頭の中で翻訳する時は妙にしっくりくるものが浮かんだな。それこそ巨影神とか技神(ぎしん)とか、色々とさ」

「最後に心という漢字がつく熟語で、きょえいしん、とか、ぎしん、と読むものを思い起こせますか?」

「虚栄心、疑心……え、そういうこと?」

 

 つまりこれまで認識していた数多くの神々の肩書が、概念流出によって日本語にすると最後に心がつく熟語と同じ読みのものになっているというのだ。確かに慈聖神(じせいしん)は自制心を思わせ、環神(かんしん)も関心を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 

「ハルぺリア王国関係は月に関連する言葉が由来であることが多いようです。このレオミュール村は月のクレーターレオミュールから来ています」

「月? まあハルぺリアは月神信仰が強いからそういうこともあるのか」

「レゴールは月の砂レゴリス、インブリウムは月の海インブリウム、シュトルーベはやはり月の海に同名のものがあります」

「太陽神のアポロは? シャルル街道とかは?」

「アポロも実は月のクレーターに同名のものがあり、シャルルも同様です。そういえばレゴール伯爵家のシャルル氏が由来だそうですね。シャルル街道が繋ぐエルミート領の由来は同名の月のクレーターですが、さらに由来を(さかのぼ)るとシャルル・エルミートという数学者になります。西のシャルル街道と東のエルミート領、繋げて読むとシャルル・エルミート。グレナデンさんはこういう符合を面白がっていましたね」

 

 長年の疑問が解けると同時に少しだけ拍子抜けする。何かあるだろうと思っていたが、違和感の正体が説明のつくものだったとは。

 

「イラルギやアリグナクも地球の神話宗教における月の神様です。魔物も月由来ですね。地球ではハーベストムーンやウルフムーンという言葉があって、ハーベストマンティスやウルフ系魔物が出現する理由です。クロステールスライムは巨大なミカヅキモですが、漢字で書けば三日月藻。つまり名前に月が入っています」

「クロステールスライムがミカヅキモってことも初耳だが、魔物まで月関係なのか。待てよ、サングレールの方はどうなんだ?」

「サングレール聖王国は太陽関係の用語が由来です。たとえばスピキュールは太陽表面で見られるジェットのような現象、ヘリオポーズは太陽風と宇宙の(ちり)やガスが干渉する境目です。エルミート領と隣接するフラウホーフ教区はフラウンホーファー線だけでなく、月のクレーターフラウンホーファーも由来とするようで。もしかするとハルぺリアの領土だった時期があるやもしれません。食習慣で言うと、マンボウを食べるのは英名でocean sunfish、つまり太陽の魚だからです。ヒマワリはもっとわかりやすいですね、漢字でも英名でも太陽を意味する言葉が入ります」

 

 ジノは傍らに置いてあった水筒のスクリューキャップを捻って中の飲料を口にする。

 

「いや、話が逸れましたね、ごめんなさい。ひとまずは最初に話した四つの世界を覚えておいて下さい」

「ああ、いやこっちこそすまなかった」

「いいえ、こちらが最初にご質問に答えさせていただきますと申し出たわけですから」

 

 一息ついてから口を開いた。

 

「話を戻しましょう。原神の中に人間の幸せを願う神がいました。因果律や運命論を司る真幸神(しんこうしん)ペクタルロトルです。彼女はより多くの人々を救うため特別な神器、宝玉を創ろうとしました。ですがその制御に失敗した」

「とんでもねえ大事件だな。世界の一つや二つ壊れたんじゃないか?」

「いいえ、原神に連なる全部が壊れそうになりました」

 

 思った以上に大事件じゃねえか。

 

「宝玉は下界に落ち、ペクタルロトルも霊界から零落、原神に連なる世界全てに過去改変を含む致命的な(ほころ)びが生じました。そしてペクタルロトルは原神が関わっていない宇宙からある人物を伴って下界に落ちました」

 

 ジノは俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 

「その不幸な人物とは、蘭鉢(らんばち)八代(やつしろ)

「それって……まさか!」

「ええ。概念流出が起こったのもこの時です。彼は彼の地に堕ちた真幸神ペクタルロトルを保護しつつ、原神の助力を得ながら元の世界に帰るため宝玉を探しました。クローネ、コヤン、ユナら現地の協力者と共についに宝玉を見つけ出し、ペクタルロトルとこちら側の世界を救って帰還しました」

 

 それだけならハッピーエンドだ。だが彼らが召喚された理由はまだ語られていない。

 

「ですが、過去改変の影響はあまりにも大きかった。概念流出とは元々、宝玉が世界の綻びに応急処置の()い留めを行うため、材料となる情報を我々の宇宙から取得して実行したものです。ですが完全な修復が終わってもなおレゴールやレオミュールのように我々の宇宙由来が残ったまま。全てが元通りとはいきませんでした」

「当然じゃねえのか。複数の世界が崩壊するかもしれない危機だったんだろ? 後から問題なんてごろごろ見つかるさ」

「そうした問題の一つこそが我々の存在でした」

 

 いよいよ本題だ。俺がどうしてこの世界に転生したのか、その真実が明らかになる。緊張からか、やけに喉が渇く。

 

「モルドに存在した神聖フンボルト帝国は、本来原神すら超えた力がなければできない我々の宇宙からの召喚魔術を扱えるようになってしまいました。そうして召喚された人々が、モングレルさんを含む我々です」

 

 宝玉の力が世界の綻びを作らなければ地球人はこっちの世界にやってこれなかった。だが過去すらも変わってしまったせいで人間の力で異世界召喚が可能になってしまったのだ。厳密には過去にも世界の綻びがあったという改変が発生してしまい、それを利用して勇者召喚が可能になってしまったんだとか。

 

「勇者召喚と称される大魔術によって、世界を救えるだけの人材が拉致される形で召喚されました。被害者達から技術や知識を吐き出させ、かの国はモルド全土の支配に王手をかけられるようになりました。だが、十度目の勇者召喚が国家の行く末を狂わせた」

 

 少しだけ声が震えていた。

 

「その時に召喚された私は、確かに世界を救える力を持っていました。あなたも映画やゲームで見聞きしているでしょう、人間をゾンビに変えるウィルスのことを」

「ゾンビ、ウィルス……このファンタジー世界にそんな生物兵器じみたものが?」

「いいえ、私達の地球で発生してしまったんです」

 

 荒唐無稽な話だったが、ここまでくると俺も素直に信じた。目の前の人物の顔を見れば心を覗くギフトがなくとも察せられる。俺達の世界にそんなものが蔓延(まんえん)しているなんて考えたくもなかったけどな。

 

「特効薬のワクチンがようやく完成した時に、私は召喚された。しかもゾンビ化ウィルスL-1に感染している状態で。なのにフンボルトの連中は無知に私を扱ってウィルスを国中にばら撒いた!」

 

 初めてジノが俺以外に強く意識を向けた。

 

「結果、神聖フンボルト帝国も魔王軍も滅んだ……。ああ、全く、嫌になる……」

 

 それだけで気が済んだのか、もう一度俺の両目をしっかりと見据えた。

 

「国の滅亡で勇者召喚の魔術も伝える者はなくなりました。その後、あなたの前世を含む死んだ十人の召喚被害者の魂は原神達に保護され、元の世界への帰還方法を探りました。宝玉による綻びは修復されていたので、別の方法を見つける必要があったためです」

「そして見つかった方法が、仲間同士の殺し合いだと?」

「はい。元の世界の魂を持ちながら、こちら側の世界の物質で構成した肉体を互いに殺し合うことで元の世界で元通りに再構築できるとか。熟慮と議論の末、我々は最後には同士討ちになる殺し合いを決定しました。しかし、ある事故が起こってしまいました」

「……俺のことか?」

「そうです。あなたが転生する際、誤って記憶まで消されてしまう初期化がなされ、しかも行方知れずとなってしまいました。どうもこちら側の世界での記憶のみ消されているようですが……」

 

 俺が環神ネリユロウタに飲み込まれた時何とかなったのも、転生時に耐性を付けていたからかもしれないってことか。

 

「我々がこの世界でモングレルさんを見つけ出した時には、一部の者が殺し合いを始めていました。その時にモングレルさんも巻き込んでしまったようです。本当に申し訳ありません」

 

 それこそが今回の一連のできごとの根幹だったのだ。自称神が力を落としてまでノーレ・ノーストルを避けていた理由も、万一敗北すれば元の世界に還れないからだろう。喋る馬が岩エルフを襲っていた理由も元の世界に還るため。岩エルフが俺を憎悪したのは地球人の魂を持っていない人間が殺したら喋る馬が元の世界に還れなかったと誤認したから。

 思えば襲ってきた連中にも、還る、という言葉を使う奴もいた。敵意がないのもわかる。彼らにとって俺は十人しかいない同胞で、共に元の地球に帰ろうとしていた。あまりにも乱暴だったが、それしかなかった。蟻人間が一番悪いなこれ。

 

「殺し合いなんて、死ぬのなんて……嫌じゃ、ないのか?」

「できるならもう死にたくありません。それでも、私達は帰りたい。還りたいんです!」

 

 その言葉を否定なんてできなかった。

 俺だって還りたい。開拓村が滅び、両親が死んでからずっとそう思ってきた。どんなに誰かと仲良くなれても、どうしたってその気持ちはなくならない。

 

「ここまで話せば、この後の展開もわかりますよね。頼みがあります」

「俺を殺すってことか」

「私には戦闘力がありません。転生時に得たギフトも(くだん)のゾンビ化ウィルスを癒すだけの“地球人類を救えなかった奇跡(キュアー・カプセルガン)”です。こうやって頼み込むしかない」

 

 ジノは再び頭を下げてくる。

 

「だからどうか、私に殺されて下さい」

「……断る」

 

 だけど頷くことはできない。

 信じられないわけじゃない。もう警戒心は完全に消えている。それでも黙って死を受け入れられるほど、今の人生に執着がないわけじゃない。

 

 ジノは答えを知っていたかのように穏やかだった。

 

「では、逆に私を殺して下さい」

「……良いのか?」

「良くないに決まっています。でも、モングレルさんに殺されれば元の世界、元の時間、元の場所に戻れます。ゾンビ化ウィルスの特効薬の精製方法は今でも覚えていますから、あちらできちんと感染者を治療できる」

「そうか、あなたは地球で絶対にやらなきゃならないことがあるんだな。すげえよ」

「褒められることじゃない。あなただって人殺しはしたくないだろうに押し付けるんですから。それに結局、私も他の人達と同じです。こちら側の世界の人々よりも、地球の人々を助けたい。救いたいんだ。その気持ちに嘘はつけない」

 

 そう自嘲して吐き捨てた。だが俺はそんな彼だからこそ信用できたし、(うやま)えた。

 

「返答はいかに」

「……しょうがねえ、やるよ」

「誠にありがとうございます」

 

 もう一度深々と頭を下げられる。

 

「現在、こちら側の世界に残っているのは私とモングレルさんを含めて三人。他の方々は皆地球に還りました。そして残る最後の一人こそ我々の中で最もこちら側の世界を憎み、また全能と表現できるギフトの持ち主です。あなたが戦うのであれば、それは承知して下さい」

「これまでの奴らだって十分強かったけどな。まあわかった」

 

 いややっぱわかりたくねえ。自称神やグレナデンですら全能と言われても納得できるくらいには強かったぞ。あの二人より上がいるのか。俺の仲間達強すぎる。

 

「セカンドプランももう不可能になりましたし、後伝えることと言えば……、ああそうだ。これを」

 

 白衣の懐から一冊の本が取り出された。厚みが割とあり、革表紙だ。

 

「この本は我々が作製したあらゆる知識を閲覧できる本です。検索機能も付いていて、こちら側のことだけでなく地球人類が培った技術や文化も学べるでしょう」

「そりゃありがたい。至れり尽くせりだな」

「これくらいしかできませんから」

 

 人間らしい微笑みを浮かべて、彼は頭の後ろで手を組んだ。リラックスした姿勢ではなく、自身の無抵抗を表す動作だった。これから俺が何をしようとも受け入れると如実に語っていた。

 バスタードソードを鞘から抜く。

 

「では、お願いします」

「ああ。さようなら」

 

 できる限り最速で、俺はジノの首を斬る。獣人の首はすとんと呆気なく落ちた。

 そしてジノの肉体も服装も消え去り、置かれていた鞄も剣に付着した血糊もなくなっていた。バスタードソードはまるで何も切ったことがないかのように新品同然に輝いていた。さっきまでいたはずの誰かを示してくれるものは託してくれた厚みのある本だけだった。

 

 ジノは、話を信じるなら地球に還れた。どこまでも恋焦がれた、生まれ故郷に。

 

「……羨ましい……」

 

 いつの間にか塵雪は()んでいた。

 

 俺は初めて人間を殺した。彼らのようにこの世界の人間をヒトモドキだなんて差別するつもりはない。それでも俺にとって、ここまで無防備で無抵抗な人間を自分の意志で殺害するなんて初めてだった。したくなかった。でもしなきゃならなかった。

 しばらくこの場から離れられず、剣を鞘に戻すことすら忘れていた。




VSゾンビから世界を救うはずだった男の異世界召喚終了
VSらん豚女神と縛りプレイに続く……?
「説明してくれてありがとう。これでセカンドプランを始められる……」
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