VS聖神の異世界   作:殺鼠剤

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「嫌、もう痛いの嫌! 助けて、助けてシロ!! い、ぎ、ぎゃあああああぉぁぁ!!」
 ――真幸神(しんこうしん)ペクタルロトル


VSらん豚女神と縛りプレイ

 ジノから伝えられた真実は膨大であり完全に飲み込むまで時間がかかった。元の世界への帰還方法。俺が異世界転生した経緯。幸いなことに忘れることはなかった。衝撃的な内容だったからというのもあるが、何より手渡された本が優秀すぎた。

 本当の意味でこの世界全ての情報が閲覧できる。たとえばジノから聞いたことをより詳細に読めた。本に記述してあるというより、スマホで検索するような感じだろうか。各頁は何も書かれていないが、俺が知りたいと思った事柄を瞬時に把握して書き記してくれる。

 

 デーモンという言葉の詳細も判明した。どうも勇者召喚された一部の仲間がかなり過激な行動を取っていたようで、それを嫌悪した神々の一部が地球の言葉に(なぞら)えてデーモンと呼んだことが始まりだそうな。怒った仲間達がこっちの世界の人間達をヒトモドキと直接差別し始めてもっと凄惨(せいさん)なことになったらしい。

 

 それ以外にもハルぺリアやサングレールの本当の歴史や、冥界やモルドといった別世界の地理、俺に合わせた魔法の習得方法も(うつ)し出してくれた。

 でも個人情報なんて見るもんじゃねえな。サリーやロレンツォのギフト知ってしまったよ。本当にすまん。

 だが、誓って個人情報を見たかったわけじゃない。

 

符神(ふしん)ミス・リブン、肩書は腐心に、名前はカードを司ることからスリーブに由来。ハルペリアローリエ、月桂樹に由来。ノール・ジグラッド・イングローズ、巨影神(きょえいしん)ノーレ・ノーストルに(あやか)って名付けられたが、実際にはノーライフキングに変化することが運命付けられていたためノールと名付けられた……」

 

 得られた情報は他にもたくさんある。

 たとえば技神(ぎしん)ミス・キルンや法神(ほうしん)アトラマハトラ、慈聖神(じせいしん)フルクシエルの恩恵がこの世界まで届く理由は納得がいくものだった。

 仲間達の種族が下界にいる翼人族や獣人などだと知れて久しぶりに心躍った。

 サングレールでヒトデの卵や八角などの星形の食物が多いのかって話もとても面白かった。

 俺が精霊祭前にミセリナにギルバートさんの魔法用品店へ案内されたのに、精霊祭後にメルクリオの露店で魔法用品店の買い物のために小遣い稼ぎをしていた、なんて話はマジで自分の記憶力を心配したものだ。

 

 だがどうにも腑に落ちないことがある。

 ナスターシャの苗字のテティアエフが月の尾根に由来するのはまだわかる。サリーとモモの由来が魔法使いのアニメからって、そりゃないだろ……。ぶっちゃけギルドマン達の名前を見てしまった理由でもある。

 俺がよく会う人々の名前まで変に由来があるってなると何とも落ち着かない。おまけにスコルの宿でさえ北欧神話で太陽を食らう怪物狼のスコルが由来とか書かれているんだぜ? “(イクリプス)”を使える俺が宿泊することが運命付けられていたために決められたんだと。あまりにも作為的すぎる。

 

 実のところ原神をも超えた別の造物主でもいて、そいつがこの世界を描いているだけ……なんてことも考えてしまう。

 

「だとしたらどんな奴かな……生きている肉まんとか? フッ、それはないか」

 

 真幸神(しんこうしん)ペクタルロトルの口癖から来たあだ名、らん豚から何となく肉まんを連想しつつも否定する。

 

 まあ良い。この本で読める世界観関係は全部頭に叩き込んだ。これから何が起ころうとも対応できる。

 

 俺以外に残った最後の一人。神聖フンボルト帝国の勇者召喚の被害者。どこまでも苛烈にこちら側の世界を憎み続ける者。

 

「ともかく早めに接触して決着を付けないとな」

 

 長年使用しているスコルの宿の部屋から出ると、いきなり女将さんが包丁を俺に振りかぶった。この程度なら予期していたので軽く避けて脇を通る。宿の内部ではウィンもタックも宿泊客達も全員襲いかかってくる。

 だけど俺の身体強化はたかが月下の死神や聖堂騎士の範疇にも収まらない。難なく攻撃をいなして宿の正面から出る。

 

「“(イクリプス)”」

 

 チェルの魔法攻撃をまともに受けつつ、ギフトで強靭になった骨の素手でアレクトラやアレックスの斬りつけを弾く。

 

 ギルドマン以外にも街の人々がどんどん今の人外になった俺に向かってくる。ジュリアもシモンもいるし、ブロノアさんやデューレイみたいなギルドマンより腕の立つ人も混じっている。

 だからどうしたって話だが。すまんが軍隊の方が脅威だぞ。

 

 ミニールやフーゴ、ブライアンの攻撃を華麗に(かわ)して一路街の出入口へ。おお、トマソンさんもまだ戦えるじゃん。でもこの程度なら引退した方が良いかもしれん。

 

『あーこれ屋根を(つた)った方が早いか?』

 

 ウェビンやローエンさん、ジョゼット達も集まってきて、通りは混雑してしまった。それくらいなら民家の屋根を跳びながら一旦脱出しよう。

 

 ローザの棘もアモクさんの水魔法もさしたる脅威じゃない。というか今のところスキルやギフトで強化された遠距離攻撃を食らっているはずだが傷一つつかない。

 

「“光撃(レインボウ)”」

 

 サリーの光魔法が後頭部に直撃するが、別に反応することじゃない。屋根に上ってきたディックバルトやヴェンジをとっとと引き離して進む。……あ、シーナやライナが積み上げられてた果実入りの商品箱に足取られて転んでる。ナスターシャやウルリカも巻き込まれていたがまあ大丈夫だろう。死ぬようなことじゃない。

 

 余所見をしていると青空から拳が飛んできた。

 

『おお、さすがにやばそう』

「“刈人(ヘッドリーパー)”」

「“圧撃(スマイト)”」

 

 人のいない場所に降りてアーレントさんのパンチを回避したものの、別の二人が着地狩りしてくる。絵描きのギュスターヴさんが振るうグレート・ハルペによる鎌スキルと、面白芸人のピエトロが振るモーニングスターによる打撃スキルだ。

 バスタードソード一本でどちらも受け止めると直後に闇魔法が俺の意識を奪おうと襲ってくる。これはエドヴァルドさんの方だな。たぶんアーレントさんの呪いの腕輪も解いて全力を出して貰っているんだろう。……闇魔法が弱すぎて無視できるレベルだけどな。

 

『怖い怖い』

 

 続けざまのミシェルの水魔法を叩き落とした。月下の死神も聖堂騎士も追いつけない速度で東門まで到達する。途中ステイシー夫人やブリジットの部隊とかち合ったが全員蹴散らした。ステイシー夫人が妊婦なのでいつもの何倍も優しく倒さなきゃならなくて大変だぜ。妊婦まで戦わせるのはなしにならねえかな。

 門を開けずに外壁を登ってようやく外側へ。

 

 外壁を超えるとサンライズキマイラが待ち構えていた。当然撃たれる熱線。かなりの熱さを感じながらも剣で防御した俺はやはりこいつもスルーする。人も魔物も操られているだけだから傷つける必要はない。お前はバナナでも食ってろ。

 

 まだまだ敵はたくさんいた。

 ロイドさんはわかる。ここにいるはずがないクロンクルやマンドリーナさん。引退したはずのネッサ。死んだランディやギド。捕まったオルドールやメグ。レゴールにいるはずがない人々も襲ってくる。

 もうクレイジーボアやチャージディアも混じっているから、彼らが魔物の攻撃でけがしないようにするので精いっぱいだ。

 

 グナクやギン、レヴィの猛攻を躱し、ボーンウォリアーやトロールから逃げる。もはやこの世界にはいない人物や魔物が跋扈(ばっこ)し始めている。とにかくこの事態の下手人に会わねばどうにもならない。

 そう、俺はこんな異常事態が来ると予期していたからこそ対応できているのだ。人の名前や魔物の種類まで何とか頭に叩き込んだ。

 

「“逆流星(ヴォヤージュ)”」

『当たんねえよ』

 

 ネリダの投げ槍スキルを剣で逸らし、ジェノバが振るうドワーフの剣を受け流す。人狼になったから大丈夫だろとパイルをボルツマンの斬撃の盾にし、ゴーレムに軽く投げてやる。ゾンビ化ウィルスに感染したフンボルト王の飛びかかりに対応して身を引き、近くにいたグリムリーパーに激突させる。

 

「“アトラ・トランプル”」

『おっと』

 

 デイビットとモルセヌスの武器を強引に手放させていると、不可視の攻撃魔法で足を止められる。下手人は精霊人、要はエルフだ。厳密には精霊人と人族のハーフ。

 

 パトレイシア・アロフ・イングローズ。かつて下界にあった大国バビロニアの王家の血筋ながら、出自から宮廷魔法師を選んだ人物。彼女は今目の前で肉体を捨て去り幽体アンデッドのレイスとなった。

 

「“アトラ・プロミネンス”」

 

 上級の火魔法が放射されるが強化された俺の機敏な動きを捉えられなかった。それでも厄介であることに変わりはない。属性魔法は物理法則に近く霊界から遠いこの世界やモルドでも使える。がしかし、その法則を理解できるなら魔物でも使えてしまう。俺がアンデッドになってもシュトルーベを守るなら魔法を覚えないといけないってわけだな。

 

 ラハンとルゥジアルの生前を超えた連携剣術を受け切り、心の籠らないバンシーのエバンスの絶叫に耐え、リッチになったリチャードの対アンデッド戦法をいなす。

 いくら俺がスケルトンみたいな見た目していてもアンデッドじゃねえんだから効かない。いや転生しているからアンデッドなのか……? でも人間は皆、環神(かんしん)ネリユロウタに魂を洗浄されて転生しているからなぁ。

 

 ズルズル……。

 

 突如大地が鳴動(めいどう)し、蛇行するように隆起する。次の瞬間にはレゴールの街の外壁よりもずっと高い位置にいた。先程から戦っていた者達の姿は見えなくなっていた。

 足元にはあまりにも巨大な表皮があった。大海原のように果てが見えず、ところどころ人間を殺すに十分な突起が見えるこれはまさしく迷神(めいしん)ミミルドルスだ。ミミズだけど大きすぎて嫌悪感が湧かない。

 

 にしてもここはノーレ・ノーストルの胃袋の中の世界だ。なのにミミルドルスが姿を現してしまった。最後の仲間のギフトはあまりにも協力無比。神々さえも簡単に意のままにでき、世界観さえ容易く(いじ)る。

 

 ギフト“全能(ヤォマン)”。

 

 神々が俺達をデーモンと呼ぶようになった理由の一つだ。

 

 一先(ひとま)ず落ち着いて自分がどの位置にいるか確認する。推測するにミミルドルスの尻尾の方にいるようだ。

 このミミズの神様に乗っているのは俺だけじゃない。団体さんが立ち塞がるように(たむろ)していた。

 犬に似た頭部を持つ巨大な人型魔獣ゴブルトガイダル。骨の巨大蜘蛛に腕が四本もある骸骨剣士の上半身が合体したようなスカルベガイダル。バロアの森にも出没する(ふくろう)の魔物ガミガミストラス。

 そしてそれら眷属を従える強大な存在。今背に乗っているミミルドルスの体内異世界モルドでは蛮神と呼ばれ畏怖されるもの。力強い(けだもの)の力を信徒に授け、代わりに知能を失わせ野獣に変えてしまう暴食の神。

 卑神(ひしん)ガミガミガイダル。

 

「ガミ~!」

 

 ガミガミガイダルの号令に眷属達は反応し、俺目がけて一斉に突撃してくる。目指すところは一つ、倒している余裕はない。ゴブルトガイダルの棍棒や斧も、スカルベガイダルの骨の剣も、ガミガミストラスの(くちばし)や足爪も当たらないように神経を尖らせる。

 

 何とか傷一つ貰わずにガミガミガイダルの傍まで来た。俺も剣を構えて細心の注意を払う。

 そして。

 

『逃げるに決まってるだろ!』

 

 足を止めずに走り去った。

 

 相手は下位神といえど神格だ。戦ったらまずガミガミガイダルに殺される。勝つためには同じ神の力を借りるしかない。ネリユロウタに飲み込まれた俺が戻ってこれたのは奇跡だ。何度も狙って起こせるような現象じゃなかった。

 とにかく最速でミミルドルスの頭部まで行くしかない。どこに運ばれているか全くわからないが、世界全てと戦える力が必要だった。

 

 それに顕現(けんげん)している神は二柱だけではない。

 

『あっぶな!』

 

 病の洞窟を抜けて大きな水飛沫の波を伝搬させながらキリタティス海に突入すると、銀色の閃光が幾重にも空中に描かれる。魔法ではなく、人間では扱えない大剣によるものだ。同時に異様に頭が大きすぎる老人が何体も出現し、行く手を阻んでくる。連携は全く取れておらず、剣戟(けんげき)で老人は何体も斬り殺されているが問題はない。どちらも規格外だ。

 

 剣を振るってくる方は、灰色の肌と六本の腕を持つ戦神(いくさがみ)。サイクロプスよりも大柄な厳めしい剣の神。

 刀装神(とうそうしん)ガシュカダル。

 

 何体も分身を出している方は、眼窩(がんか)には何もなくただ闇を(たた)える闇の神の一柱。日の光を憎み嫌う暗神(あんしん)ザイニオルの眷属神。

 遮光神(しゃこうしん)タバカニオル。

 

 神なら神を倒しうる。だからといってガシュカダルを上手く利用して周囲の神々を倒すなんてできやしない。その前に斬り捨てられるのがオチだ。利用するにしても別の手段を講じるべきだろう。

 

「アイシング・モール」

 

 そうこうしているうちに新たな神格が魔法を放ってきた。どこまでも上へと続き、塔にも似た巨大な螺旋階段が氷で形作られていく。大きさもあって当然のように俺やタバカニオルの分身達が巻き込まれる。命からがら俺は脱したものの、相当数の分身が螺旋階段の材料になるかのように氷漬けにされた。

 これだけ大規模となると属性魔法を司る法神アトラマハトラの攻撃に間違いない。別に神様同士で協力しているわけじゃなく、互いに巻き込むように操られている。

 

 完成したと思ったのもつかの間、突然氷の螺旋が破壊されて大きな氷片がいくつも生まれ、矢の雨と共に降り注ぐ。弾弓神(たんきゅうしん)スバインが神業を連発し、周囲の神々諸共俺を射殺そうとしてきたのだ。強射(ヘビーショット)と“強射(ハードショット)”を交互に使い分け、正確にこちらを狙撃してくる。まだ何とか位置取りを工夫してタバカニオルの分身を盾にできているけど、一発でも当たればおしまいだ。とにかく逃げ続けた。最近こんな戦闘ばっかだよ。

 

 神々の猛追は留まることを知らない。拳神(けんしん)バゴーヌスや刃神(じんしん)ピナハが強いのはわかっているが、戦闘に全く関係ない下位神も(あなど)れない。

 通神(つうしん)ケノ、教布神(きょうふしん)エトラトジエ、誅征神(ちゅうせいしん)ツタニシオス、虫神(ちゅうしん)シャンバーナ……。あらゆる下位神が俺を滅ぼさんと一心不乱に仕掛けてくる。

 

 そして世界の全てを操る相手が、この程度で済ませてくれるはずもない。

 

『ついに上位神までお出ましか!』

 

 自身の身長ほども長い紅色の髪を持った上位神の鎌を間一髪避ける。時律神(じりつしん)スパロトルが俺に干渉してきていたことが逆に功を奏した形だ。赤と黒の奇抜なローブを纏った符神(ふしん)ミス・リブンの端正な顔は、普段の感情的な性格とは裏腹に何も浮かんでいなかった。代わりに瞳には目まぐるしくスペードやダイヤなどのトランプの柄が出現しては消えていた。

 今度は蔦植物を衣服のように纏った妹の技神ミス・キルンが強大なスキルを連続発射してくる。こちらも一際輝く光輝神(こうきしん)ライカールや手を合わせ胡坐(あぐら)をかいた蛇頭の暗神ザイニオルの攻撃とぶつかり合って届かなかった。

 

 神々の攻撃はあまりにも強すぎて打ち消し合ってしまい、かえって俺が生存できる確率を跳ね上げている。上位神が出てきたからにはこうするしかない。

 

 バビロニアの巨大な塔の中が終わると今度は魔大陸に入っていく。異なる世界同士の異なる場所が地続きになっていて俺の脳が光景の理解を拒んだ。その間も耕穣神(こうじょうしん)モビーや閉錠神(へいじょうしん)ギムタームの攻撃を紙一重で回避し続ける。よく背中で神々の争いやってるのに生きてられるなミミルドルス。

 さらに空の色が変わって、聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。

 

 ボォーッ。

 

 アステロイドフォートレスやイビルアリストが天から落ちてくる中、空には巨影神ノーレ・ノーストルが泳いでいた。この世界はもはやあのクジラの胃袋の中、という設定すら改竄(かいざん)されいいように使われていた。

 天海を遊泳する時のような雄大なノーレ・ノーストルはこちらに背を向けており、だんだんと高度を下げているようだ。

 

 ここままじゃミミルドルスとノーレ・ノーストルに挟まれて押し潰される。

 

『くそがあああ!!』

 

 既に全力だった身体強化を気合でさらに強め、ひたすらに頭部に向けて走る。幸いバゴーヌスの拳が当たる前に目的の物に到達し、その真鍮のような色の物体を駆け登った。はっきり言って登るような代物じゃないが、身体強化でごり押しだ。

 

 巨大なクジラの背が迫る中、アトラマハトラの魔法とスバインの矢がミス・キルンの攻撃スキルを邪魔して俺への狙いが逸れている間に到達距離を稼ぐ。遥か後方から有象無象の神々さえ超える気配が発せられて威圧してきた。

 

 長い黒髪と白と黒のオッドアイを持ち和服のような出で立ちの森羅万象を司る神、万神(まんしん)ヤォ。

 この世のものとは思えぬ美貌とブロンドヘアの女性のような神、真幸神(しんこうしん)ペクタルロトル。

 世界の全てと噛み合い止まることなく回り続ける歯車、啓戒神(けいかいしん)ヘスト。

 これまでの戦いで一度俺を飲み込んだ霊界そのものにも見えるほど巨大な霊力の渦、環神ネリユロウタ。

 ミミルドルスやノーレ・ノーストルが米粒にも思えるくらいどこまでも広がる壮大な石碑と碑文、周知神(しゅうちしん)プレイジオ。

 いわゆる世界の創造主、原初の神こと原神達だ。

 

 そんな奴らがすぐそこまで近づいてきて俺の命を奪おうとしてくる。あまりの恐怖に身が(すく)んだが、悪寒が走って思わず頭を引っ込める。

 

 いつの間にか逆さになったヤォが頭上に現れ、沈黙の煙草を手にして俺に食わせようとしていた。

 距離なんて原神の前では存在しないも同然。恐ろしいまでの理不尽がそこにあった。

 

『やられてたまるか!』

 

 沈黙の煙草を口にしたら声を出せなくなる。スキルも俺のギフトも名称宣言を必要とする。(くわ)えさせられたら敗北は必至だ。

 

 だが襲撃のお陰で逆に自分を奮い立たせることに成功し、何とかパルクールじみた妙技でヤォに接触せず上に行く。ヘストが今登っている物体に干渉してきたようだがネリユロウタの攻撃を逆に利用して回避する。

 

 どうにか(いただき)まで上り詰める。すぐ真上にも今登ってきた物と同じ物が見える。

 俺は二つに手を当てて叫んだ。

 

『“混合沌(コンフュージョン)”!』

 

 その言葉でミミルドルスとノーレ・ノーストルの頭部に刺さっていた歯車が耐えきれない負担と共に俺に吸収された。

 

 ジノから貰った本には下界が混沌としていた時代の記述もあった。単に古くから存在しただけで神となったミミルドルスとノーレ・ノーストルは終わることのない戦いを続け、ついにはヘストが強制的に終わらせた。二柱の頭部には互いに二度と会わぬよう効力を持ったヘストの歯車が突き刺さっている、と。

 

 神の道具、すなわち神器を吸収できることは把握していた。だけどずっと一体化していては身が持たない。

 だったら異物は吐き出せば良い。強大な標的はここにはたくさんいる。

 

『“金屎吐(コンフリクト)”ぉぉぉ!!!』

 

 二枚の歯車は心(もと)ない黒い炎と弾ける白い魔力を纏って全ての神を切り裂いた。万神、真幸神、啓戒神、環神、周知神。符神、技神、暗神、光輝神、時律神。迷神、巨影神、翼神、伏衆神、慈聖神、爪神、戴工神、婚合神、通神、祭器神……。原神の神器による攻撃はやはり全ての神に通用した。

 

 同時に何とかミミルドルスの頭部の先へと跳んでノーレ・ノーストルに圧死させられる未来は回避した。ただし、ノーレ・ノーストルや原神達が倒れ込んだ衝撃で地面を何度も転がった。くっそ痛い……。

 

『紐なしでこの高さを跳ぶんじゃなかったぜ。でもそれで生きていられるのか。ははっ、我ながら化け物じみてやがる。やっぱりデーモン……悪魔がお似合いかもな』

 

 ふと脇に鎮座された苔だらけの石を見た。それはかつてのシュトルーベ侵攻で立つ場所すら追われた、見覚えのある哀れな墓石だった。

 仲は良くなかった。村長の息子の一人で、俺のリバーシ開発の手柄を奪った子供。エルミート男爵に消され、遺体すら満足に墓の下に埋められなかった者。

 ルイオスの墓だった。

 

『ここはシュトルーベなのか?』

「その通りだ。地理はめちゃくちゃだがね」

 

 俺の両親の墓の前には白いジャージ姿の女性が立っていた。黒髪で背丈は一般の成人女性と変わらない。二本の歯が異常に発達した犬歯になっており、素肌には傷一つない。鞘のない剥き出しのバスタードソード、いや下界ではロングソードを腰に下げている。手にはペクタルロトルの神器宝玉が抱えられていた。

 仲間の医療技術発展のため自らをヴァンパイアと化し、血を吸わぬまま人狼となったもの。彼女こそ“全能(ヤォマン)”の所有者ステラだ。

 

『ようステラ、だいぶ手荒な歓迎だったな?』

「しょうがないだろ。これまで仲間達を退けてきたあなたと戦うなら、世界全てをぶつけないといけなかった」

『買い被りすぎだ。俺だって世界全てを敵に回したら無様に負けるよ』

「どうだか」

 

 ステラは乾いた笑みを見せる。まあ俺だって原神含めた全部の神様相手に大立ち回りして勝つなんて信じられねえよ。

 

「原神どもに保護された仲間のほとんどは無事に帰還できた」

『わかるのか?』

「俺の“全能(ヤォマン)”ならね。工夫は必要だがこちら側の世界から魂と肉体を構成していた物質が消失したとわかるんだよ」

『そう、か。……やっぱりさ、かなり辛かったんだ。自分と同じ境遇の地球人を殺すなんて……。だから、荷が下りたって言うのか、まあそう感じるわけ』

「だろうね。(はか)らずもあなたには辛い役目を押し付けてしまったから……」

 

 優しく頷いてくれたが、次には真剣な顔でロングソードの柄に手をかけていた。

 

「でももう終わる。本格的に最後の殺し合いをしよう」

 

 勇者召喚で異世界に強制的に連れてこられた十人の地球人。その全員を地球に帰還させるための壮大で血生臭い儀式。これまでの長い戦いに終止符を打つことは俺としても望むところだ。

 しかし。

 

『……嘘だな』

「何?」

『あんたはただ俺を殺すだけ。自分は俺の剣にやられない。そう目論んでいるんだろ』

 

 目の前の世界最強に対し、果敢に言葉で挑んだ。

 最後だから、辛い役目だから、だからこそ逃げてやらない。ステラだって元の地球に還してやろう。

 

 そもそも“全能(ヤォマン)”を使用したこの戦闘には一つ矛盾が生じている。

 

『たとえば仲間の……そうだな、リディアが魔物を操って俺を殺害していたとしても、俺は問題なく元の世界に帰還できていた。そういうものなんだろ』

「その通りだ。だから俺は神々をあなたに差し向けた。原神に連なる全てをぶつければ確実に勝てると思ったんだ」

『だがそうなると、あんたは俺に致命傷を与えられることなく俺だけを帰還させようとしたことになる。地球人で残っているのは俺とあんたの二人だけ。あんただけがこっちの憎むべき世界に取り残され、全員の帰還は果たせない』

 

 俺達の戦いが殺し合いである理由だ。経緯がどうであれ、必ず最後に残った二人は同士討ちしなければならない。最後の一人になるまで戦い、その一人が生き残ってしまったら帰還する手段がなくなってしまう。だから“殺す”のではなく“殺し合う”のだ。

 

「さっきも言ったが、あなたはさして強くないギフトの力で勝ち進んだ。俺も万全を期すために動いただけだよ」

『お互いを一緒に殺し合うのにそんな力が必要か? 言っちゃ悪いが俺がヴァンパイアの、あんたが人間の致死毒になる何かを用意すれば良いだけだろ。それをお互いに飲む』

「あなたにそれが用意できるわけがないじゃないか」

『ならあんたが人間に戻れば良い。血を吸わずに人狼になっても生き続けていられるのは“全能(ヤォマン)”があるからだ。そのギフトなら人間に戻ることも簡単だ。原神に連なる全てを都合良く改変できるんだから』

 

 事前に全部調べがついていた。あの本は優秀すぎた。ステラの隠し通したかった心境すら書き記してしまうほどに。

 

『当初の計画予定ではあんたが力を行使して同時に九人を殺し、そのうちの誰かも同時にあんたを殺す。最も確実なやり方で全員が地球に戻れるはずだった。だがあんたは人を、地球人の仲間を殺したくなかった。たとえ地球に戻れば元の形で蘇生できるとしても』

「……」

『だからずっとずっと先延ばしになってしまった。あんたの負担をどうにかできないかと考えた仲間達は無断で殺し合いを始めた。そんなことであんたが殺す人数が減っても全然助からないと悟った上で、それでも行動を起こした』

 

 “全能(ヤォマン)”というギフトは文字通り全能だ。森羅万象を掌握し、超越したことを成せる。既に死した人間を蘇生させたり、時空間を飛び越えてめちゃくちゃにしたり、造物主たる神々も思いのままに操れる。

 そんな力があって、なぜすぐに動かなかったのか? その理由は当たり前の人の感性がどうしても手を止めさせたからだ。原神に連なるこちら側の世界では通じない、殺人への忌避(きひ)。ある意味で俺が失ってしまった人間らしい価値観がステラを何もできなくさせた。

 

『だからあんたは的外れな罪滅ぼしを考えた。本当は一人でこの世界に残るつもりなんだろ?』

「やめてくれ」

『二度と悲劇を繰り返さないために、どんなに辛くても残ることにしたんだろ』

「やめろ」

『ペクタルロトルの零落でも、勇者召喚でも、他の何かでも。もう地球の人々がこっちの世界で苦しまないように番人となる。それがあんたのやろうとしていることだ』

「それがどうした!」

 

 嘘を暴かれた人狼の目には憎しみの色しかなかった。

 

「いきなり知らない世界に召喚され、戦争への協力を強要され、人として尊重されることなく死んで……それで神々は変わったか!?」

『魂という形でも助けてくれた。それは否定できないぞ』

「だからどうしたって言ってるんだよ!? あの邪神は、ペクタルロトルは何も反省などしていなかった。自分の所業をどんなに攻められようとも、ちっとも成長しない!」

 

 それは正しい見立てだ。神とは世界の根幹であり、規格。本来不変であるべき存在だ。ペクタルロトルのように零落したり、何らかの原因で消滅すればこちら側の世界は大きく変化する。

 

「当時の蘭鉢(らんばち)八代(やつしろ)さんは突然家族と離されて異世界に飛ばされ、わけもわからぬままに身を危険に(さら)して凶悪な魔獣と戦わねばならず、しまいにはこっちの世界の倫理観で殺すべき相手だと殺人まで強要された!!」

 

 下界ではザイニオルをはじめとする闇の神々の信者を闇の信徒と呼び、魔物扱いしている。無論闇の信徒は夜に人々を襲って害する犯罪者ばかりだ。

 だがそれは、殺人なんてしてはいけない現代日本人にとってすぐに飲み込める事情ではない。ましてや、自身に非がなく連れて来られた異世界の倫理で殺人などさせてはならなかった。

 

 けれど蘭鉢八代はさせられた。周囲の神も人々もそれを当然だと受け取った。

 

「あなただって人殺しは嫌だろう!? なのにこの世界はそれを当然のように強いてくる! サングレールやハルペリアも、人を襲う悪党だから殺して構わないと、逆に殺してしまえとあなたに押し付けてくる!!」

『それは……』

 

 確かにそういう一面もある。シルバーランクに昇格しない理由の一つに戦争の前線で敵兵を殺したくないという考えがある。それがあるから“アルテミス”の度重なる勧誘にも色好い返事をしていない。

 俺は大量殺人鬼だ。生まれ故郷のシュトルーベを守るために大勢のサングレール人を殺してきた。そんな俺が前線で殺人を犯したくないなんて今更だとは思う。

 

 それでも俺は嫌だった。兵站の輸送任務でミシェルとピエトロを殺さずに済んでどこかで安心した。正直誰であっても傷つけることすらしたくない。危険なオーガのグナクですら殺せないのだから。

 

「魂の状態で何度訴えかけても神々は変わってくれなかった。“全能(ヤォマン)”を手に入れてからも、同じだった……」

 

 そうしてステラは仲間達で最もこちら側の世界を憎むに者に変わり果てた。

 虚ろな目に怨嗟(えんさ)の炎が灯る。

 

「だからあの屑どものやり方に習った。神なら、強い存在なら居丈高(いたけだか)に振舞い人間を傷つけても良いと思い上がる屑どもをギフトで苦しめ、(いじ)め、拷問して責め立ててやった!!」

『そんなこと、して良いわけねえだろ! 神であっても、俺達の人生を狂わせた元凶だったとしても、なおのこと俺達が……』

「あなたと同じように仲間の何人かもうるさかった。だけど最終的に妥協して認めてくれたよ。あのままにしておけば再び地球人が被害を(こうむ)るって彼ら自身もわかってしまったからね。神を抹消できなかったのは残念だが」

 

 口惜しいと表情が語っていた。

 実際、ペクタルロトルがまた何かしでかす可能性は十分にあり得た。またそうやってこちら側の世界に飛ばされた地球人が事情を考慮しない神々に殺されることも考えられる。そういう意味ではステラの言うようにペクタルロトルを抹消するか、拷問してでも性格や行動を変えてしまうのも間違ってはいない。

 たとえどれだけ助けてくれようとも、予防策自体はしてくれないのだから。

 

「この(けが)れた世界に君臨し、神を(しいた)げ続けるを(もっ)て地球の人々をこちら側に来なくて済むようにする。そのためには私一人がいれば良い」

 

 それがステラの答えだった。悲劇を繰り返さないためにいたくもない世界に残って地球人を救い続ける。苦痛と悲嘆と不幸を一身に背負うことこそが望みになってしまった。

 

 手にした宝玉を握り締め、完全に砕く。原神以上の力を秘めた神器の破壊に一瞬だけ驚いた。

 今度こそこちらに敵意を向ける。しかしその感情は俺の背後に横たわる数多くの神々に対するものだった。

 

「だから無事に還って貰うぞ、モングレルさん!」

「それは俺の台詞だ! あんたの勘違い、止めてやるよ!」

 

 違和感がありながらも俺もバスタードソードを構え、攻撃に備える。二人の墓前を僅かな間でも死体で汚したくはなかったが、配慮する余裕もない。

 が、俺にできたのはそこまでだった。

 

「動けねえ!?」

 

 俺の体の自由が利かなくなり、微動だにしなくなっていた。それだけじゃなく俺の“(イクリプス)”は望んでいないのに解除されていた。

 ステラは異常に発達した犬歯を見せつけるように口角を吊り上げる。

 

「“全能(ヤォマン)”は原神に連なる全てをコントロールできる。あなたの肉体も、ギフトやスキルも、やろうと思えばいつでも止められる」

 

 この力があるからこそ九人を殺す役回りに選ばれてしまったのだ。決意を固めたステラに死角はない。

 俺の意思に背いて両腕が動き、バスタードソードの刃を首筋に当てる。本来自殺では地球に帰還できないが、別の地球人の仲間が俺の体を操作しているため帰還方法の条件を満たしていた。

 “全能(ヤォマン)”の支配力がさらに強まる。もう、駄目だ。

 

「抗い、きれねえ……!!」

「還りなさい。偽りじゃない本当の故郷、本当の家族の下へ! こんなところじゃ掴めない本来の幸せを手に入れるためにも!」

 

 そんな言葉を吐かれて、バスタードソードが振るわれた。

 

 

 

「そん、な」

 

 首を斬られたのはステラの方だった。

 

「なぜだ……?」

 

 斬られたステラは俺の視線を追う。確かに彼女の方に向けられていたが、もう少し下がっていた。

 墓碑銘も刻まれていないちっぽけな石。年一だがしっかりと磨かれたそれは周囲の残骸よりも幾分かましに見えるもの。

 ヴァンとイア。今生の両親の墓。

 

 偽りじゃない本当の故郷? 本当の家族? 本来の幸せ? なんだそれは。シュトルーベでの九年間は偽物だったとでも言いたいのか。父と母を所詮は文化文明の低い無知な蛮族とでも見下しているのか。

 

「あんたが、俺のもうたった一人の同胞だとしても……俺の故郷を、家族を、馬鹿にしてんじゃねえ!!」

 

 それだけで十分だった。気が付いたら“全能(ヤォマン)”の支配を破り、ステラに剣を振るっていた。

 

「“幽雅刀(ゆうがとう)”!」

 

 続けてヴァンパイアの桁違いの再生力にも通じる魂への直接攻撃スキルを浴びせる。ステラのギフトはあまりにもチートだが、原神を由来とするものでなければ上手く干渉できない。今致命傷を負わせたものもまた、原神と関わりのない地球人の魂だった。

 俺の勝ちだ。

 

 命は風前の灯火だ。ステラは目に見えない重傷を負ったが、かすかに息はあった。

 

「そうか……あなたはこんな人殺しを強要する世界を、それでも愛しているんだな……」

 

 まともに立っていられなくなって崩れ落ち、紐で縛られていたロングソードがずり落ちる。

 

「……俺は、嫌だけど……あなたがここにいたいと望むなら……それも良いかもしれない……」

 

 だんだんと(まぶた)が閉じていく。止めることはできない。

 

「さよなら……」

 

 その言葉を最後に、ステラは死んだ。

 俺は一人、この世界に取り残された。

 

 しばらくの後、これまでの仲間達と同じように彼女の肉体や持ち物は消え去った。ステラも無事に地球に還れただろう。

 

「俺だって」

 

 シュトルーベに残った亡霊は墓の前で膝をつく。

 

「俺だって大嫌いだよ!!」

 

 大粒の涙が抑えられなかった。

 

「この世界は全然価値観が違って、人の命を軽んじやがる! 教育なんて全然受けられない! 貧しくてひもじくて、這い上がれもしない劣悪な環境でそれでも生きていかなきゃいけない!」

 

 ずっと心の奥底に押し込んでいたものが、(せき)を切ったように溢れ出す。今わの際のステラの言葉は何よりも俺の心を抉った。

 

「あんた達が日本語話せるってだけで凄く嬉しかったよ! もっときちんと話していたかった! 酒だって飲み交わしたかった! 遊びたかった! だから戦わなきゃならなくて、殺さなきゃならなくて辛かった! この世界の誰とよりあんた達と一緒にいたかったんだ!!」

 

 そう、俺だってどこかでは思っていたんだ。

 一緒に生活するなら日本人が良い。同じ価値観で、同じ言語を使えて、だけど多様な生き方を良しとできる。宗教や信条が違ってもただの友達や隣人でいられる。そんな誰かが欲しかった。

 

 その誰かになれないハルぺリアやサングレールの人々をどうしようもなく拒絶していた。

 

「何もなくて不便な世界で、生きようと足掻(あが)いても貴族や立場の強い奴に素知らぬ顔で(かす)め取られて!」

 

 唯一受け入れられた村でも、リバーシなんて作ったせいで一人の子供が死んだ。ロビンがルイオスの墓の前で謝罪しながら泣いているのを今でも覚えている。俺が愚かだったせいで殺してしまったんだ。

 

「ただシュトルーベで平穏に生きることも許さず、ハルぺリアもサングレールも村から命も何もかも奪って!」

 

 エルミートの領軍は戦争が勃発(ぼっぱつ)した時、使えそうな物資は何もかも徴発(ちょうはつ)していった。サングレールの侵略軍は開拓村の人々を殺して回り、家屋の屋根や柱すら略奪した。

 

「ハーフだからって年端もいかない子供を差別し、迫害し、社会全体で排斥しようとしてきて!」

 

 九歳でハルぺリア王国中を旅せざるを得なかった俺に伸びた手は殴るための拳と金目の物を奪う盗人のものだった。地球で大人になるまで生きた経験やギフトの使い方の理解がなければ社会に殺されていた。

 

「ただのギルドマンでいたいのにミレーヌもライナも他の奴らも皆シルバーに上がれって、シルバーのいるパーティーに入れってせっついてくる! そんなの戦争で人を殺せって強いてるのとどう違うんだよ!!」

 

 親しい人達の言動は当たり前のことだろう。俺だって侵略者に抵抗せず屈するべきなどとは思わない。だけど迫害してきた国家を守るために命がけで人を殺せなんて、どうしても飲み込めない。銃後に何の罪もなく戦う力もない人々がいるとしても、シュトルーベ開拓村を助けてくれなかった理屈でしかない。

 前線に立つ前にハルぺリアに落とし前をつけてやりたい。だけどできない。

 

「誰であっても殺したくねえよ……こんな世界、いたくねえ……優しさの足りない世界なんて嫌なんだ……」

 

 優しさがない世界で、だからこそ自分は捨てたくない。シュトルーベでサングレール軍を壊滅させるなんて矛盾をし続けようが、いつでも暴力に訴える屑になりたくない。表面しか取り(つくろ)えなくても、この世界の標準に染まりたくない。ハルぺリア人にもサングレール人にもなりたくない。

 

 顔を隠すように掌で覆い、懇願(こんがん)するように地に伏せった。実際にそうだったんだと思う。子供のように泣きじゃくり、どうにもならないことを解決してくれと親に叫ぶ。みっともない男の姿がそこにあった。

 

「帰りてえ、還りてえよ……」

 

 力なく地面を叩く。

 彼女に話した言葉は本音だ。だが今、口を開いてとめどなく溢れてくるこれも、どうしようもない俺の本音だった。

 

「会いたい……俺に会ってくれ、菜月……お前ともう一度……」

 

 土を指で少しずつ()(むし)って醜悪に菜月に(すが)った。決して愛なんかじゃない。ただ逃避するためにあいつの体を思い返しているだけ。肉欲のままに(むさぼ)って快楽に逃げたかった。そうであることを誰かに許して貰いたかった。何年も、何十年も前に分かれた元恋人にそんな都合の良い女を求めていた。最低の男だ。

 

 俺はずっとその場に伏せたまま、鼻水を垂らして嗚咽(おえつ)を上げ続けた。

 ふと懐かしい二人の(かす)かな温もりが、そっと体を抱き締め続けてくれた気がした。図体だけが大きくなった男が泣き止むまで、ずっと。




VSらん豚女神と縛りプレイ終了
VSバスタード・ソードマンに続く
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