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あの後、世界は元通りになった。下界やモルドと混ざっておらず、原神がそこらで暴れるようなこともない。でかいクジラの胃袋の中ってわけだ。
俺もシュトルーベに独りぼっちということもなく、勝手知ったるスコルの宿の部屋に寝転がっていた。ステラが最後に完全な状態に戻してくれたんだろう。
長い夢を見ていたということはない。何でも教えてくれる分厚い本は残っている。女将さん達も視認していたし、この本は妄想ではなくきちんと存在する。見せびらかすようなもんでもないけど。レゴールでもこういう装丁が綺麗な本は盗人に目を付けられやすい。
さて、仲間達との戦いが終わり、ちょっとした不手際でこの世界に残ってしまった。となるとレゴールを離れる理由もなくなったわけで、しばらくはスコルの宿に泊まる生活を続けようと思っている。
今この世界をどう思っているか? そうだな、出かけるところだから歩きがてら“アルテミス”を例に挙げてみようか。
――宿で宿泊客達と多少世間話。レゴールの外から来た人の話は貴重な情報源になる。特にスコルの宿は多少お高めな個人泊なので色々知っている人も多い。逆に俺からはレゴールの観光スポットやお得情報をお返ししている。
“アルテミス”はレゴールで最も華やかなギルドマンパーティーだ。特徴としては基本女性が多く、優秀な弓使いが揃っていることだろう。
シーナをはじめ見た目も綺麗どころばかり。貴族の子女に弓を指導したり、報酬も高いが難易度も相応の任務を請け負っている。レゴールにかなり貢献している精鋭パーティーだ。
――メリルさんのところでパンを買う。どうして新商品アイデアを俺に聞くんだい? ううむ、揚げパンは砂糖が高いし、いや砂糖なしでも美味しいか? 後はホットサンドとか……。調理が面倒になるものしか浮かばない。さして力になれなかった。
俺としてもほどほどに仲良くさせて貰っている。バルガーやアレックスくらいには親しいんじゃないかな。何度か一緒に旅行兼護衛任務に出たが居心地も悪くない。悪縁じゃないなら維持しようと思う。
――東門の衛兵達と駄弁る。新しく配属された奴とは仲良くなれたようだ。だが俺みたいなサングレール系との折り合いはどうも悪いらしい。うーん、酒場で酒と美味い飯を
だけど何度かパ―ティーに勧誘されてるのだけはいい加減やめて欲しい。それなりに親しくて数日程度任務で一緒になれるからって、何も合う部分だけじゃないんだぜ。全体的に若いから甘えているところもあるんだろうが、距離感と節度は大事だ。
――用があって解体処理場のロイドさんに会いに行くと、丁度知り合いのギルドマンの相手をしていた。ヒースという以前俺が助けた年若い青年である。きちんと活動できているし、装備も整ってきたみたいで少しずつ自信と実力をつけてきているらしい。
ブリジットと初めて仕事をした時のことだ。ナスターシャは俺をかなり強く誘ってきた。俺が断る理由にサングレール系を示す頭髪の白メッシュを挙げたらあいつ、“隠せば良い”って言ったんだぜ?
たとえば肌の色が違うからって隠せって言ったらまずい、という感覚は理解してくれるよな。こんな時代だと思い至らないかもしれないが、人の身体的特徴、しかも人種的特徴を
――“最果ての日差し”もパイクホッパーの素材を卸しに来ていた。元気よく挨拶されれば悪い気もしない。ギドがいなくなっても狩猟への悪影響はもうない。フランクのパーティー運営手腕は目を見張るものがある。俺じゃ真似できねえ。
その後もブリジットの魔合金鎧を
ナスターシャがギフトだと思った強化魔力は実のところ的外れな部分も大きいが、人が隠していることをいきなり話題にして勧誘してくるのは俺じゃなくても躊躇するんじゃないかな……。同じことをしてこないから反省はしてるらしい。
あとはまあ、悪いことをしたと思うなら言える言葉があるんじゃないかとは思う。育ちのせいで庶民には言えないのかもしれないけどな。
――製材所でトーマスさんからヴィルヘルムの話題を振られる。あの人のことなら好物から少し恥ずかしいエピソードまで何でも知っているぜ。といってもヴィルヘルムの伐採した木材は加工しやすいという称賛が返ってきたので何も言わない。自分のことでもないのに、友人に友人を褒められただけで結構嬉しかった。
それにシーナやナスターシャが俺を貴族を恐れすぎているって評してきたこともな。
ウルリカやレオの出身ボリス村で何が行われたか知っているはずだろ。地位の高い奴が田舎の村人を食い物にして、時には命すら奪っている実例があるんだ。なのに俺が貴族を恐れすぎていると……。
あー、自分達の尺度を誰にでも当てはめると苦労するぜ。勧誘している人材が壁を感じたりとか。
――街の外から戻ってきたらしいガットとすれ違う。あいつ本当に足速いな。何かを小脇に抱えていたから荷物の配送でも請け負ったのかもしれない。誰かにぶつかるなよ。
シーナといえば俺は忘れてないぜ。あいつが俺のストラックアウトのプレートを矢でぶっ壊した時のことは。
良い感じのボールが手に入ったんで修練場にお手製ストラックアウトのボードを持って行ったんだが、シーナは勝手に矢を番えてプレートを次々と壊しやがった。しかも謝罪も弁償もなし。
俺だって修練場でやってるんだから流れ矢みたいなアクシデントで壊されるのはしょうがねえ。だけど普通にボール投げてもプレートは壊れない強度はあったし、頻繁に壊れるようなプレートは後片付けが大変なので持っていくわけがない。故意に破壊して何もしに来なかったのだけはさすがに……。
――脇目も振らずに駆け回る子供達のために道をどいてやる。子供は風の子、元気がありあまるくらいで良い。でも女将さんやジュリアはタックの面倒を見るの大変そうだったな……。独身で
最初にザヒア湖旅行に行った時は酷かったな。確かドライデンのギルドマン共に絡まれた時ライナが助けてくれたんだが、その時俺のことを“サングレール人なんかじゃない”って言っちまってな。
“サングレール人なんか”、要はサングレール人を見下す発言だ。俺は今でも母さんを愛しているが、意図していないとはいえライナはその母さんを差別してしまったわけだ。年齢や教育の受けられない環境だったこともあるし、仕方ない。俺も許しているし、あの場で反省を促せなかったのも俺だ。
だけど何も感じないわけじゃない。
――ミルコがルランゾやネイトに肩を貸して貰っている場面に遭遇する。何かと思えばギルドマンの友人達と朝まで飲んだらしく、朝帰りを女絡みだと誤解されて奥さんにこっぴどくやられたようだ。普段の信用ってのは大事だな。
俺がライナの言葉に怒らなかったし、その意を
だがその日のうちに俺を“受け入れられる”と勧誘するのは駄目だろ……。受け入れられるならせめてライナの発言はパーティーの方で
――金物屋の店主に呼び止められ、巧みな話術に乗せられてつい新しいフライパンを購入してしまう。バックラーのフライパンも使い慣れると悪くはないんだが……悪くは……うん、買い替え時だったな。やっぱり料理はちゃんとした道具でやらないと駄目だ。
そしてだ。ライナやウルリカが俺の張ったテントに忍び込んでいた一件。姪みたいに可愛がっている子供がやることだ。許してやるさ。
大人がやることだったら……正直怖かったよ。それなりに親しい異性の友人でも、招いてもいないのに朝起きたらベッドの隣にいれば怖いに決まっている。今までこの一件を忘れるようにしていたし、ライナの好意を懐いている程度だと思いたかったのにもこうした理由がある。
――モモとミセリナが実験器具らしき重たい物をえっちらおっちら運んでいた。見かねて声をかけると、ヴァンダールの手が新人のビタリの方に掛かり切りで借りられなかったらしく、自分達で何とかクランハウスまで運搬する途中だそうだ。しょうがなく手伝ってやったけど、治安が良いとはいえ街中でこういう高価な物を持ち運ぶと危ないぞ。
アーレントさんの一件を頼んだ時はまだ何とかなると思ったんだけどなー。正式な外交官相手にあの態度はいただけなかったが、それよりもアーレントさんの腕輪解析の方がずっと問題だ。
拘束具を解析するのはともかく、警告の呪いが出るまでやるあたり本当に馬鹿だと思う。何が酷いって、別にナスターシャはアーレントさんと一緒に仕事していないのに問題を起こしたことだ。何かあったらライナ達を守る約束はしたがな、ナスターシャの方がやらかしても“アルテミス”は責任取らないんだぜ。まあ今度から頼りにしないでおくよ。
――遠回りになったがその分街を歩けるってもんだ。魔法用品店を通り過ぎ、偶然出会った“デッドスミス”の夫婦とその娘ラーラの家族と軽く挨拶する。仲睦まじいようで何より。ミルコも見習え。
ナスターシャといえば氷室の拡張工事に出向いた時は突然下着姿で出てきたっけ。あれも俺とナスタ―シャの性別が逆だったらどれだけ失礼なことをしたかわかると思うんだが、本題は別だ。
以前シーナはレオが男性だから情欲関係含めて配慮するって話をしていた。しかしライナに聞く限りナスターシャは
シーナも恋人には甘いんだろうが、それで年下の仲間にセクハラし続けて改善できてないのは……。
――買い物中のジュリアと再会する。話をしているとどうも夫のシモンが自分の作った器をなかなか見せてくれないらしく、嘘を付かれているんじゃないかと疑いつつあるようす。適当にフォローしたが大丈夫だろうか……。
つーかライナが俺を蹴ってきたのも……。
ずっと前から蹴ってくるところは悪い意味で子供だと感じていたが、拡張工事の時はどう考えてもナスターシャが悪い。
子供のやることだから見逃しているが、だからこそ今の内から指導して直してやるべきだし、その役目は“アルテミス”が担うべきだ。それくらい大人になってくれよ。
――知り合いの精肉店の店主がご機嫌だ。来訪する人が増えたこともありボア肉の人気はさらに上がって繁盛している。けども同時にチャージディアの人気が相対的に落ちていることを嘆いてもいた。俺も嫌いじゃないが、元からボア肉の方が売れていたからなぁ……。
ああ、ライナは何回か俺に“アルテミス”の仕事内容を口滑らしてしまうことがあったな。シュトルーベの亡霊やケイオス卿といった数々の秘密を抱えている俺からすると信用できない。やっぱり一緒になるのは無理だ。
――診療所の近くで休憩から戻ってきたカスパルさんに心配される。近頃はポーション買いまくってたもんな。でも問題は解決したんで大丈夫です。いや本当だって! 信じてって!
二度目のザヒア湖旅行の時も大変だった。シーナ達が酔っぱらってまともに頭が働かない時の俺に真剣な話をしてきた。しかもライナが俺に打ち明けていない想いを勝手に伝えてきた。
俺はそういうところでもデリカシーがある方が好ましいかな。家族や親代わりだから結婚相手の
――
第一、ライナが俺に懸想しているだけで俺は恋愛も結婚も全然考えてない。早めにライナの気持ちにけりを付けよう。
――以前倉庫整理の仕事を依頼してきた商人達に別件を頼まれる。ギルドを介していないが内容は同じような力仕事なので大得意だ。今日すぐの話ではないが、なるべく早くやりたいね。こういう縁がケイオス卿の次の活動を決めることもある。
総合して“アルテミス”への加入は絶対にあり得ない。性格的に合わないところも含めて不利益が大きく、利益がなさすぎる。特に風呂は特製石鹸の入浴券やテントサウナという代替がある以上価値は下がった。
“アルテミス”的には腕力がある前衛が欲しい。要は年に幾度か受注する護衛任務で出くわした盗賊を殺して貰いたいわけだ。仮にシュトルーベの亡霊を止めても、殺人の回数は増えて精神的負担が大きくなるはず。じゃあ“アルテミス”が理解してくれて護衛任務から外すかと言われれば違うだろう。体力自慢は長距離を移動する仕事にこそ欲しい。
ぶっちゃけ実力的に“アルテミス”は足手纏いだし、ケイオス卿の活動にも支障をきたす。が、俺が我慢して加入する気はない。
――ジョゼットと話し込んでいるとジョスランに怒鳴られる。ちょっと装備の修繕状況とか確認してただけなんだが……。仲間達との戦いで色んな装備品が破損したので直して貰っている。すぐにとはいかないが、まあシュトルーベ哨戒がある7月までに何とかなってれば良いよ。
あー、だんだん難癖に近くなってきたな。そろそろやめよう。こういうのは忘れるに限る……。
“アルテミス”にも事情はある。女性が多いからどうしてもギルドという男社会では舐められがちだ。
シーナ達も若いから至らないことなんてたくさんあるだろう。ソロギルドマンじゃあ察せられない多くの苦労を背負っているはずだ。
――店先を掃除する従業員。レゴールの街並みを物珍しそうにする観光客。人も通れない建物同士の細い合間にするっと入る黒猫。大声で客を呼び込む商人。洗濯物を干す主婦。二人組で巡回中の衛兵。野外炊事場から料理を運ぶ親子。さえずる小鳥。変わり映えのしない大切な日常があった。
ま、それに俺に欠点がないかっていうといっぱいあるしな! シュトルーベで未だに
だが無理なものは無理だ。自分に駄目なところがあっても、譲れない何かがあるなら別に妥協する必要はない。
――やっと辿り着いたギルドの酒場スペースでは“収穫の剣”の連中を中心にちょっとだけ騒いでいる。暇すぎて集まるような時期じゃねえだろ。チャックの声がうるさいのなんのって……。
普段なら“アルテミス”の悪い点を列挙する思考はしない。視野が狭まり偏見が強くなるだけだ。それにこの世界では俺の価値観や考えの方が理不尽で間違っている。合わせるべきは俺の方で、この世界に生きている人々は何にも悪くない。
だけど何よりも大切で危害を加えたくなかった人々を殺してしまい、どうにも抑えられなくなった。
覚悟が決まった。神聖フンボルト帝国の被害者達との戦いは意識を変えるのに十分だった。
中途半端はもうやめた。俺は日本人だ。ハルぺリア人でもサングレール人でもない。良いところだってたくさんあるけど、現代日本の価値基準からするとこの世界は全然優しくない。たとえどんなにこの世界で過ごしても俺は日本人のままでいたい。矛盾ばっかりだろうがな。
――修練場から“アルテミス”の主力メンバーが現れる。トゥーちゃんがいるところを見るに芸でも教え込んでいたのかな。ギルドマンたちもトゥーちゃんに注目していた。だからチャックは馬鹿でかい声を上げるな。
ああ、だから。
――そのトゥーちゃんを片腕に乗せたライナは俺の来訪を認めると、ぱっと笑顔になって近寄ってくる。
俺は。
「モングレル先輩、待ってたっス!」
この世界を、受け入れられない。
VSバスタード・ソードマン終了
その後モングレルは終生一人で活動し、ケイオス卿の秘密とシュトルーベを守り抜いた。
実はモングレルの死因はステラの悪足掻きで“
そうしてモングレルとして転生した彼――