曽米さんの『世界史』愛が強すぎる!   作:公私混同侍

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体育祭は複雑怪奇

 

体育祭当日、強い風が吹きつけていた。空に掲げられた旗が激しく靡き、運営用のテントがガタガタと揺れる。風が冷たいのか、それとも緊張しているのか、自分の頬が妙にこわばっている気がした。

 

午前の徒競走では、那智君が三位に入る健闘を見せた。彼がゴールした瞬間、日向さんが大きな声で「やった!」と喜びを爆発させる。普段は落ち着いた印象が強いけれど、こういうときのリアクションは意外と大きいんだなと思った。

 

伊藤はというと、なぜか女子のダンス演目に混ざっていた。動きのキレが良すぎるせいで、男子の一部が、

 

「伊藤はどうして女に混ざってダンスをしてるんだ?」

 

と首を傾げている。いや、今さらか?保健室でのやりとりを思い出しながら、僕は何とも言えない気持ちになった。

 

そして、僕は曽米さんと一緒に綱引きに参加することになった。体育祭の中で、比較的得意な競技……とまでは言えないが、走るよりはまだマシだ。

 

「昔のオリンピックでは綱引きも種目として採用されたんだって。オリンピックはクーベルタンっていう―――」

 

綱を握りしめながら、隣の曽米さんが話しかけてきた。今、説明する必要ある?と思いながらも、僕は息を切らしながら「へぇ……」と相槌を打つのが精一杯だった。

 

そして案の定、僕たちのチームはあっさり負けた。相手チームが歓声を上げる中、僕は地面に手をついて肩で息をする。

 

「だから言ったのに……」

 

日向さんの冷ややかな視線が突き刺さる。

 

一方、曽米さんは「綱引きの勝利は、ただの力勝負じゃないんだよ。戦略が――」と話し続けていた。いや、もういいから……。

 

―――

 

昼になり、僕たちは弁当を広げることにした。外は風が強く、地面に広げたレジャーシートなんて一瞬で吹き飛ばされそうだったから、無難に教室で食べることにした。

 

那智君はサッカー仲間と食べているらしく、僕は曽米さん、日向さん、伊藤の三人と机を囲むことになった。特に約束したわけじゃないけど、このメンバーでいるのがいつの間にか自然になってきた気がする。

 

他愛もない話をしながら弁当をつついていると、曽米さんが話題を午後の騎馬戦に向けた。

 

「騎馬戦って戦場の華だよね!馬に乗って颯爽と野原を駆ける姿はまさに圧巻!でも大昔に使われていた動物って馬じゃなくてロバだったんだって。イッソスの戦いでは騎兵とファランクス(重装歩兵)を併用してペルシア軍を打ち破ったんだよ」

 

言っていることは勇ましいけど、僕らがやるのはただの学校の競技だ。それに騎馬戦は馬役の方が大変なんじゃないか?と思っていると、伊藤が冷静な声で口を挟んだ。

 

「獅子御を支える男たちは、あくまで馬の役をこなすだけだ。それに一番プレッシャーがかかるのは、支えられている騎手の方だろう」

 

「獅子御君、真に受けちゃダメよ。気合入れすぎて怪我でもしたら目も当てられないんだから」

 

日向さんも呆れたように言う。

 

「いや、僕がどうこう言うより、那智君が張り切りそうだから、僕の意思はあんまり関係ないんじゃないかな?」

 

そう言うと、三人は「確かに」といった表情で頷いた。まあ、那智君のことを知っていれば、誰でも同じ結論になるだろう。

 

そのとき、教室の扉が勢いよく開いた。

 

「おっ!やっぱりここにいたか!」

 

教室を見渡しながら、那智君がずかずかと入ってきた。息を弾ませ、何か急ぎの用件らしい。

 

「そんな血相を変えてどうしたのよ?」

 

日向さんが眉をひそめる。

 

「小泉の奴が綱引きで足を痛めたんだとよ。それで急遽、伊藤に代役を頼みにきたんだが……やっぱり無理か?」

 

小泉君は、僕と同じゲームや漫画好きのオタク仲間で、体型はどちらかというと肥満寄りだ。彼が綱引きのために張り切っていたのは知っていたけど、怪我とは……。

 

僕は伊藤の方をちらりと見る。彼――いや、彼女の表情は読めなかったが、那智君の話を聞いて少し考えているようだった。

 

伊藤の返事を待っていると、曽米さんが僕にすっと紙切れを差し出してきた。

 

「騎馬戦の作戦を考えてきたから、リチャード君に渡しておくね」

 

メモのようなものだった。どうやら、僕のためにわざわざ作戦を考えてきたらしい。曽米さんは、わざと伊藤にも見えるようにそのメモを僕へ手渡した。

 

すると、伊藤の眉がぴくりと動く。そして、ムッとした表情を浮かべたかと思うと、そのメモをさっと奪い取った。

 

「獅子御に曽米の複雑怪奇な作戦が理解できるとは思えない。仕方ない、この伊藤枢が騎馬戦の助っ人として参戦しよう」

 

なんでそうなるんだ。

 

でも、伊藤の言葉に那智君は「助かった!」とばかりに安堵の表情を浮かべている。たぶん、どちらにせよ戦力アップにはなると踏んでいるんだろう。

 

一方、曽米さんはというと――

 

「フフ……」

 

まるで思い通りになったとでも言うような、不敵な笑みを浮かべていた。もしかして、最初からこの展開を狙ってたのか?いや、まさか。

 

でも、曽米さんならやりかねない気がする。

 

――

 

午後の部が始まるころになっても、風は相変わらず強かった。グラウンドには砂埃が舞い、まるで戦場のような光景が広がっている。競技は順調に進み、ついに騎馬戦の時間がやってきた。

 

僕は伊藤と共に鉢巻きを巻く。僕が騎手で、那智君が馬役。伊藤は僕と同じ騎手を務めるようだ。

 

「ヒミコから騎馬戦で勝てる必勝法を伝授されたって日向から聞いてるんだが、本当か?」

 

那智君が伊藤にそう尋ねると、クラスメートたちがざわめいた。

 

――必勝法なんてあるわけない。ゲームじゃないんだから。

 

心の中でそう呟く。だが、伊藤はポケットから曽米さんからもらったメモを取り出し、真剣な表情で読み上げた。

 

「天気は快晴。戦場は視界不良。さすれば三十年戦争の戦いを再現せよ?」

 

……何を言っているんだ?

 

「三十年戦争?百年戦争とは違うのか?」と那智君が首を傾げる。

 

僕も思わず「これが作戦?」と声に出してしまった。

 

視界不良の戦場、三十年戦争……いやいや、どう考えても騎馬戦には関係ないだろう。でも、曽米さんのことだ。きっと何か意図があるに違いない。問題は、それが騎馬戦で役に立つかどうかだ。

 




①クーベルタン
フランスの教育者。
「近代オリンピックの父」と呼ばれる。

②アレクサンドロス大王の東方遠征
アレクサンドロスは、ギリシャを統一した後、ペルシア帝国を倒すために東へ勢力を広げる。ペルシアのダレイオス3世を「イッソスの戦い」で打ち破り、「ガウガメラの戦い」での決定的な勝利を挙げ、大王の名を歴史に刻むこととなった。

③ファランクス(重装歩兵)
重装備を施した歩兵を密集させ陣形をつくる。防御に特化し古代ギリシアで多用された。側面や背後からの攻撃に弱く、時代が進むごとに改良がなされる。

④欧州情勢は複雑怪奇
平沼騏一郎首相の名言。
ノモンハン事件でソ連と衝突していた日本はドイツ・イタリアとの軍事同盟を画策していた。ところが、ドイツがソ連と不可侵条約を結んだことで、日本政府は方針転換を余儀なくされた。

⑤百年戦争
イングランドとフランス間における王位継承に端を発する戦乱。
当初はイングランド優勢に進んでいたが、イングランド国内の失政とジャンヌ・ダルクの登場により形勢は逆転。フランスの勝利に終わり、イングランド国内は不穏な空気に包まれ、「薔薇戦争」で混乱は絶頂に達する。
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