冬休みに入り、僕は特に予定もなく、宿題を片付けたり、オンラインゲームにのめり込んだりして過ごしていた。暇を持て余したときは、なんとなく世界史のことをネットで調べる。そんな日々の繰り返しで、気づけば年が明けていた。
元日の朝、スマホを見ると、聖海高校常任理事会のグループチャットに「あけおめ」メッセージが次々と流れていた。グループは五人――僕、曽米さん、伊藤、日向さん、那智君。
新年一発目の議長は僕だった。何か話題を出さないといけない。とはいえ、たいした案も浮かばず、僕は迷った末にこう送った。
「冬休みにみんなと旅行に行きたいんだ。難しいかもしれないけど、議案にしてもいいかな?」
すぐに反応があった。伊藤が即「賛成」と返信し、曽米さんは「歴史観光を条件に賛成」と続いた。日向さんは「那智君が賛成なら」という条件つき。
そこまでは想定内だった。問題は那智君だ。
「オレは部活で忙しいから、悪いけど拒否権を行使するわ。ごめんな、リチャード」
その返事を見て、やっぱりなとため息が出た。
「大丈夫。別の議案を考えるよ」
そう返信しながら、ふと、旅行以外でみんなが楽しめる案はないかと考え始めた。何かいいアイデア、思いつくかな……。
「最近、失敗したことを世界史の出来事に絡めてクイズを出すっていうゲームはどうかな? 正解数の一番多い人が次の議長になる……ダメかな?」
そう提案したものの、送信ボタンを押した直後から、グループチャットは沈黙に包まれた。まずかったかな……とスマホを握り直していると、曽米さんが最初に反応した。
「大賛成!」
即答だった。まあ、曽米さんはクイズ好きだし、予想通りの反応だ。
次に伊藤が「曽米が調子に乗るのが気に食わない。だけど賛成」と返してきた。相変わらず曽米さんへの対抗心が強い。
日向さんはしばらく反応がなかったが、やがて「クイズの範囲を次の期末テストに限定してくれるならいいかな」と送ってきた。これは賛成と見ていいんだよな……?
残るは那智君。正直、彼がどう反応するかが一番気がかりだった。
「まあ、リチャードが言い出したなら賛成するか。ヒミコだったら速攻拒否するつもりだったけどよ」
……よし、全員賛成だ。思わずガッツポーズしそうになるのを堪え、僕はスマホに向かって小さく頷いた。
さて、クイズを考えなきゃな。どんな問題にしよう……。
曽米さんが早速、一問目のクイズを出した。
「この前、お母さんからスマホに送られてきたメッセージをクイズにしちゃうぞ!『今日、スーパーで卵が最安値で売られてるから買ってきて』ってメッセージがきたから、私は急いでスーパーに向かったんだけど、卵が定価で山積みにされてたんだよ……私は思ったね。『やられた!』って」
……え? 僕は一瞬、曽米さんが母親の誤送信をネタにしてるのかと思った。チャットには日向さんや那智君の「これがクイズ?」みたいなメッセージが流れてきたから、二人も同じ考えだったらしい。
けど、次の瞬間、伊藤が即答した。
「デマゴーグだ。曽米のお母さんは意図せずデマを流してしまった。だから曽米の行動は骨折り損のくたびれもうけ、ということ」
……ああ、なるほど。卵の特売情報は誤情報だったってわけか。すぐに理解したけど、後の祭りだ。
「正解……リチャード君に答えてほしかったのに」
曽米さんの悔しがるメッセージを見て、僕は歯がゆい気持ちになった。次は僕が絶対に正解してやる。スマホを握る手に力が入った。
二問目は日向さんのクイズだった。
「私ってすごく心配性だから、家の鍵を閉めたのかいつも不安になっちゃうの。家を出てもすぐ引き返して鍵が施錠されてるか確認しちゃうぐらいだから。でもそんなある日、ママとパパが家にいると思い込んで、学校から家に帰ると鍵が開いていたの。慌てて家の中に入ったんだけど、誰も入った形跡はなくて盗られたものもなかった。私はホッとしてへたり込んで、妃美華にそのことを伝えたら『鍵の閉め忘れで滅んだ国があるんだよ』って脅されたの!ひどいでしょ?私がこんなに怖い思いをしたっていうのに……因みにその滅んだ国はどこでしょう?妃美華が教えてくれたんだから、答えちゃダメよ」
……長い。僕はスマホの画面をスクロールしながら、ゆっくり読み進めた。
「授業で習ったような気もする。獅子御はどうだ?」
伊藤のメッセージに僕は首をかしげた。鍵の閉め忘れで滅んだ国? そんな話、聞いたことがない。
考え込んでいると、那智君のメッセージが飛び込んできた。
「わかったぜ!ビザンツ帝国だ。さっきネットで調べたから、あっさり答えが見つかった」
……ネットか。
「正解……だけどルール違反じゃないの?」
日向さんの指摘に、那智君は悪びれもせず「ルールなんてどこにも書いてよな、リチャード?」と僕に同意を求めてきた。次の瞬間、伊藤と曽米さんの怒涛のメッセージが飛び交い始めた。
「那智、見損なったよ」
「検索するなアゴヒゲ・ヒトラー!」
那智君が「悪かったって!アゴヒゲ・ヒトラーは余計だろ!」と弁解していたが、二人の怒りは収まらない。僕はスマホを握りながら、少しホッとしていた。那智君が正解してくれたおかげで、自分が答えられなかった悔しさは薄れた。
だけど、次は……次こそは僕が答えてみせる。
三問目は那智君のクイズだった。
「失敗がどうかはわからねぇけど、オレが部活で休憩してる時に、ある女が『マジマジ?』って言いながら脅かしてくるわけ。別に変なことしてるわけじゃないんだけど、もう怖くてさ。ある飲み物がソイツの前じゃ飲めなくなった。その飲み物って何だ?」
「ある女」?「飲み物」?……なんだそれ。まるで謎々みたいな出題に、僕は答えが思いつかず、スマホを握りしめたまま考え込んでしまった。
伊藤が「答えは見当がつく。理由が思い浮かばない」とメッセージを送る。
日向さんも「私も無理!」と白旗宣言。
学校で飲める飲み物なんて限られてる。お茶?スポーツドリンク?自販機なら炭酸以外のジュースなら買えるけど……。
なんとなく「水」って単語が頭に浮かんだけど、伊藤と同じく理由がまるで見当たらない。
「こんなの簡単じゃーん、って教えたの私だけど」
突然、曽米さんのメッセージが飛び込んできた。
「答えは『水』だよーん。『マジ』はスワヒリ語で『水』って意味」
「ス、スワヒリ語?」
思わず声が漏れた。そんな知識、どこで覚えるんだよ……。
「これが
僕は頭を抱えた。クイズを提案したのは僕なのに、まだ一問も正解してない。自信があったわけじゃないけど、こんなに歯が立たないとは……。
「ある女とは曽米のことか。そんな気はしていたが、まあいい。次はこの伊藤が問題を出す」
伊藤のメッセージを見て、僕は思わずため息をついた。次こそは、絶対に当ててやる。
①デマゴーグ
人々の感情や不安を煽って人気を集めることで、政治的な目的を達成しようとする人物のことを指す。古代ギリシアから生まれた言葉。「デマ」の由来。
②ビザンツ帝国(東ローマ帝国)
ローマ帝国が東西に分裂し、東側が「東ローマ帝国」となる。
ユスティニアヌス1世の時代に最盛期を迎えるが、イスラム勢力の台頭により弱体化。十字軍に一時、首都を奪われ国力の衰退が顕著になる。急速に勢力を伸ばすオスマン帝国に攻め滅ぼされた。
千年の栄華を誇る城塞コンスタンティノープルは有事の際、通用口からのみしか出入りができなかった。しかし、通用口の鍵を閉め忘れ、オスマン軍がなだれ込む。三日間の攻防の末、孤立無援のローマ軍は奮戦するも陥落した。
③マジ・マジの反乱
現在のタンザニアで起きた反植民地運動。ドイツの植民地支配に反発したアフリカの現地住民が起こした大規模な反乱であり、多くの現地住民が犠牲となった。ドイツ帝国の植民地経営の見直しを迫る結果となる。