曽米さんの『世界史』愛が強すぎる!   作:公私混同侍

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聖海高校常任理事会 その3

 

第四問は伊藤が出題した。

 

「夏休みの話なんだが、家族でプールに行ったんだよ。でも泳ぎが得意じゃなくて、乗り気じゃなかったんだが、渋々家族についていくことにした。しばらく足に水をつけて子どもたちがはしゃぐ風景を眺めていたら、どこからともなく飛んできた浮き輪が直撃してね、不覚にもプールに落ちてしまった。当然泳ぐことができない伊藤は、プールの深さも相まって溺れてしまった。監視員に助け出されたものの、記憶ははっきりしなかったが……さて、問題だ。昔、戦争中に溺死した国王がいるんだが、それは誰か?」

 

やけに唐突な質問だったが、僕にはすぐにピンときた。だって、これは十字軍に関する話だ。しかも、曽米さんなら瞬殺するレベルの問題。僕も答えはわかっていた。

 

……が、その前に日向さんが口を挟んだ。

 

「さっきから次の期末テストの範囲じゃないわよね?」

 

日向さんは答えにたどりついていないようだ。このメッセージが何よりの証拠だからだ。

 

「やっぱりそうか。どうりで難問ばかりだとは思ったぜ」

 

那智君も同調したが、曽米さんがすかさず、

 

「そいつはどうかな?今回の問題は次の期末テストに出てくる人物。だよね、リチャード君?」

 

名前を呼ばれて、僕は背筋が伸びた。今こそ、僕が存在感を見せる時だ。

 

「神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ一世。十字軍の遠征中に川を渡ってたら、落馬して溺れたんだ。そのまま死んじゃったけど」

 

「見事だ」

 

伊藤のメッセージは短かったが、その一言には、僕に対する信頼が感じられた。

 

少し、誇らしい気持ちになった。

 

最後の問題は、僕の番だ。……さて、どんな問題を出そうか。

 

「中学生の頃、ある部活に所属する女の子と知り合うんだけど、その女の子は『放課後、二人っきりで話したいことがある』と言って、とある場所で会うことを望んだんだ。でも当時の僕はゲームや漫画に熱中していたから、女の子との約束をすっぽかしちゃって……ずっと心に残ってた失敗談なんだけど、その約束を果たすはずだった場所ってどこだかわかる?ほとんどの学校にあると思うんだけど……」

 

僕がそうクイズを出したのは、伊藤がすぐに答えてくれると思ったからだ。だって、その“女の子”は伊藤枢――今、画面越しに向かい合っている本人なのだから。

 

けれど、いくら待っても伊藤からの反応はなかった。

 

「答えわかっちゃった」

 

曽米さんのメッセージが飛んできた。

 

「リチャード君の中学の時の話なんだから、伊藤ならすぐ答えられそうな感じがするんだけどぉ?」

 

まったくその通りだ。だからこそ、曽米さんの指摘が妙に引っかかる。どうして伊藤は何も言わないんだ?

 

「獅子御君、ヒントちょうだい」

 

今度は日向さんが助け舟を出してくれた。

 

「部活ってことは運動部か?」

 

続けて那智君が尋ねる。

 

「そうだよ。ラケットを使う部活、これがヒントだ」

 

僕が答えても、やはり伊藤は無反応のまま。

 

……まさか、寝落ちしたんじゃないか?

 

一瞬、そんな考えが頭をよぎった。いや、そんなはずはない。さっきまで普通に話していたし、伊藤はこういう時、無言で終わるタイプじゃない。

 

なんとなく胸がざわつく。まるで、自分の中学時代の後悔が、そのまま目の前に蘇ってくるような気分だった。

 

「バドミントン? 世界史と関係あるかな?」

 

日向さんがそう言ってきた。

 

「違う」

 

僕は即答した。

 

「卓球? 世界史とどう関係するかは知らん」

 

今度は那智君が言った。

 

()()……じゃない、違う」

 

わざと「違う」を「誓う」と打ち間違えて、ヒントにしたつもりだ。答えを知っているはずの曽米さんが、きっと薄ら笑いを浮かべているんだろうなと思う。

 

それにしても、どうして伊藤は黙ったままなんだ。僕は心の中で何度も叫んだ。だが、時間だけが虚しく過ぎていく。僕は諦めてメッセージを入力した。

 

「曽米さん、答えていいよ」

 

すると待ってましたと言わんばかりに、曽米さんが答えた。

 

「テニスコートの誓い。リチャード君と約束した女の子って伊藤じゃない?」

 

「そうなの?」

 

日向さんの驚いた声が飛ぶ。

 

「なんで伊藤が答えられないんだ? 約束した張本人なんだろ?」

 

那智君が当然のように疑問を口にする。

 

僕も同じ疑問を抱えていた。伊藤ならすぐに答えられたはずだ。それなのに、どうして――?

 

「なんのことだ?」

 

伊藤のメッセージに僕は困惑した。

 

「確かにテニス部だったが、獅子御と何か約束したのか? それもテニスコートで?」

 

……まさか覚えてないのか? それとも、僕を傷つけないように忘れたフリをしているのか?

 

画面越しでは伊藤の表情がわからない。真顔なのか、それとも戸惑っているのか。どちらにしても、彼女の言葉が本心なのかどうかは僕には判断がつかなかった。

 

「ごめん、伊藤。覚えてないかもしれないけど、僕はずっと心に引っかかっていたんだ」

 

できるだけ平静を装ったつもりだったけど、指が少し震えていた。

 

「そんなこともあったのかもしれない。獅子御を呼び出すくらいだ、きっと大事な話がしたかったんだろうね」

 

他人事のような口調。きっと本当に忘れてしまったんだろう。僕が勝手に引きずっていただけなのかもしれない。

 

「まさか告白とか?」

 

空気の読めない那智君が、ふざけたコメントを投げ込んできた。

 

「やめなさい、二人の関係に首を突っ込むなんて下品」

 

日向さんがきっぱりと那智君を咎める。

 

その直後、曽米さんのメッセージが届いた。

 

「クイズは私が二問正解したから、二月の常任理事会の議長は私、曽米妃美華が務めたいと思います。異論はありませんね?」

 

いつもより堅苦しい口調だった。きっと、気を利かせたつもりなのだろう。

 

僕、日向さん、那智君、そして伊藤。四人が一斉にメッセージを送った。

 

『ありません!』

 

こうして、新年最初の常任理事会は閉会した。

 

スマホの画面が消えると、僕は椅子の背もたれに体を預け、深く息を吐いた。心に引っかかっていた思い出は、なんだか少し薄れていったような気がした。

 

 




①十字軍
ヨーロッパのカトリック諸国が結集して聖地エルサレム奪還を目的とした遠征軍のこと。セルジューク朝やアイユーブ朝のイスラム教国と幾度となく干戈を交えた。

②フリードリヒ1世(神聖ローマ帝国皇帝)
イタリア政策や十字軍遠征で指導的立場を確立。勢いを増していたセルジューク朝を押しとどめ一定の戦果を挙げるも、川で落馬し命を落とすという悲運の最期を遂げる。
赤髭を生やしていたことでも知られ、バルバロッサ(赤髭王)の異名を持つ。

③テニスコート(球戯場)の誓い
国民議会(第三身分を中心とする議会)は憲法を制定するまで解散しないことを誓い合う。
第三身分とは平民のことであり、第一身分(聖職者)や第二身分(貴族)の政治的発言力を制限しようと試みるが、王党派議員の圧力を前に不満は解消されなかった。
三部会が国王ルイ16世の命令で解散させられると、国民議会と国王の対立は決定的となりフランス革命を引き起こすきっかけとなった。
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