曽米さんの『世界史』愛が強すぎる!   作:公私混同侍

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『7』番目の加盟者

 

夜。いつものようにオンラインゲームで日課のミッションをこなしてから、ベッドに潜り込もうとした時だった。スマホの通知が鳴る。画面を覗くと、「聖海高校常任理事会」のグループチャットに新着メッセージが届いていた。

 

『常任理事会っちゅうのは、ここで合うとるんか?』

 

……目を疑った。送り主の名前は「すえっち」。アイコンはなぜか源義経。関西弁の文章、そして何よりこの妙なテンション……まさか。

 

すぐに曽米さんが反応する。

 

「もしかして末長先生ですか?お待ちしておりました!」

 

画面越しにも曽米さんの満面の笑みが見える気がした。いや、きっと今、両手を上げて飛び跳ねてる。

 

続いて伊藤が淡々と書き込む。

 

「末長先生、こんな子供だましみたいな場所に顔を出さなくても良かったのでは?」

 

伊藤らしいというか……僕も正直、似たような感想だった。あの末長先生が、こんなふざけた名前とアイコンで、僕たちのグループチャットに来るなんて。

 

理由が気になっていると、末長先生――いや、すえっちから再びメッセージが届いた。

 

「曽米の熱意に根負けしたわけやないんやけどな、ピョートル(大堤)からナッチがおるって聞いて、ちょっと気になって興味湧いたんや」

 

ナッチ?……って、まさか。

 

そこに、ぽんっと那智くんが加わる。

 

「末長先生?こんなとこに監督がくるわけないよな?冗談だろ?」

 

やっぱり、そうか。末長先生は那智君の所属するサッカー部の監督だったんだ。那智君のこの反応で、僕は確信した。

 

どうして参加してくれたのか。その答えは、曽米さんの熱意でも、僕たちの未来でもなかった。

 

……たぶん、部活の教え子が関わってるから。それだけの理由で、先生はこのふざけた常任理事会に一歩、足を踏み入れてくれたんだ。

 

意外だったけど、どこか嬉しかった。

その夜は、何かと話題が絶えなかった。

 

チャットに、日向さんが珍しくテンション高めで登場した。

 

「初めまして、末長先生。いつも那智君がお世話になってます」

 

礼儀正しいけど、なんだかちょっと緊張してるようにも見えた。

 

すると、すぐさま末長先生――いや、すえっちから返事が来た。

 

「なんやナッチ、最近やたら体のキレがええと思たら、彼女おったんかいな。水くさいなあ、そんなん最初から言うたらええやろ。この色男が!」

 

うわぁ……。画面を見た瞬間、僕は思わずスマホをちょっと遠ざけた。面倒見がいいのか、ただ面倒くさいのか……判断がつかない。でも変に絡んだら火の粉が飛んできそうで、メッセージを打つ手が止まった。

 

すると、那智君から返信。

 

「監督、このご時世セクハラ発言は命取りっすよ。しかもグループチャットじゃ誰かに魚拓でも取られたら教師生命だって一瞬で絶たれちゃうかもしれないっす」

 

一文一文、慎重に言葉を選んで送ってるのが、見ていてわかる。さすが運動部、上下関係の修羅場をくぐってきた人間の喋り方だ。

 

そして、日向さんがぽつんと送った一言。

 

「……」

 

え、え? なにこの「……」って。どう受け止めたらいいのか分からなくて、グループ全体が凍りついた。

 

数分間、誰も何も言えない沈黙が続いた後――末長先生が、ふいにメッセージを送ってきた。

 

「遊びも大事やけどな、勉強も運動も、やりたいことがあるんやったら最後までやり通すんや。困ったことがあったら、この末長源九郎……ちゃうちゃう、末長元(すえなが はじめ)が相談乗ったるさかい」

 

さっきまでの軽口が嘘のように、落ち着いた、大人の言葉。場の空気が和らいでいくのを感じた。

 

……なんだかんだ言って、この人、ちゃんと見てくれてるんだな。

 

僕はそっとスマホを握りしめながら、画面に映る「すえっち」という名前に、ちょっとだけ親しみを感じていた。

 

「それじゃリチャード君、すえっちの歓迎を祝して新しい常任理事会の名前出してみて!」

 

曽米さんがそう言ってきたとき、僕の頭は真っ白になった。急な無茶振りに、心の中で「ムリムリムリ!」と叫びながら、部屋を見回した。でももちろん、誰もいない。

 

焦っていたそのとき、ずっと沈黙を保っていた大堤君が、不意に口を開いた。

 

「ヘプターキー(七王国)というのはどうでしょう?七つの国が集まった常任理事会ということで」

 

……うわ、カッコいい。何その中二感と知性を両立させたネーミング。正直、嫉妬した。だって大堤君って、世界史が得意じゃないはず。きっと曽米さんに喜んでほしくて、ずっと考えてたんだろうな。

 

そんな僕の嫉妬心をさらに刺激するかのように、末長先生のメッセージが飛び込んできた。

 

「なんやピョートル、さっきから黙ってる思たら急にしゃしゃり出てくんなや。曽米はリチャードに聞いとるんやろ?」

 

……うわ。本気で怒ってる。たぶん大堤君、スマホ握ってる手が震えてると思う。僕もビビったけど、それ以上に彼を庇いたくなって、必死で頭を回転させてメッセージを打った。

 

「七選帝侯がいいと思います」

 

送ったあと、少しだけ沈黙が続いた。でも、不思議と不安はなかった。もう一年も、曽米さんの世界史講座を受けてきた。何が返ってきても、僕は受け止められる。

 

そして、末長先生の反応。

 

「ええやないか!ツッコミどころもない完璧な解答やないか!君主の代わりにワシらで議長を選ぶんやな。カァー、この()九郎(げんくろう)、一本取られたわ!」

 

なぜか自分の名前を名乗りながら、めちゃくちゃ褒めてくれた。関西風のテンションも手伝って、こっちが照れるほどだった。

 

――が、そこで空気を一変させたのが曽米さんだった。

 

「そこは竹林の七賢でしょ!」

 

……いや、違うでしょ。それ、絶対違うでしょ。

 

僕は笑えなかった。そして、たぶん他のメンバーも笑ってない……大堤君を除いて。

 

末長先生が、急に長文のメッセージを送ってきた。

 

「そうそう最近、竹林で酒飲みながら物思いにふけるんが日課に……って、誰が隠居した老人やねん!ワシはまだ三五やぞ!ちょっと老け顔なだけやっちゅうねん。ていうか同級生を老人扱いするって、曽米の感性はどうなっとんねん……」

 

ノリツッコミを交えながらの長文。しかも、変換ミスも誤字もない。あの勢いでここまで送ってくるなんて、やっぱりこの人、せっかちな人間性そのまんまだ。

 

そんなメッセージに対して、曽米さんがすぐに返す。

 

「ということで、これからもよろしくお願いします。チンギス先生」

 

正直、もはや誰に向けてのボケなのかわからない。でも、末長先生は間髪入れずにツッコむ。

 

「ボケ倒しすぎやろ。それに義経がチンギス・ハンと同一人物なわけあるかいな。そんなん都市伝説や。チャットやと味気ないから、ちょっと外に出てしゃべろか……って、もうこんな時間やないか!」

 

画面越しなのに、笑い声が聞こえてきそうな勢いだった。

 

気がつけば、曽米さんと末長先生の掛け合いは深夜まで続いていた。僕はうとうとしながらも、通知音に目を覚まし、そのやりとりを目で追っていた。

 

明日は、もっと楽しくなる気がした。

 

そんな予感に包まれながら、僕はスマホを握ったまま、眠りについた。




①ヘプターキー(七王国)
中世初期のイングランドに存在していた7つの主要なアングロサクソン王国の総称。
ローマ帝国がブリテン島から撤退。空白地帯になったところに、ゲルマン人が入植し建国した。

②七選帝侯
皇帝カール4世が「金印勅書」で定めた、神聖ローマ帝国の君主に対する選挙権を有した諸侯のこと。
マインツ大司教、トリーア大司教、ケルン大司教の三大司教とファルツ(プファルツ)、ザクセン、ブランデンブルク、ベーメン(ボヘミア)の有力諸侯が選ばれた。

③竹林の七賢
三国時代の魏の末期から西晋の初期にかけて、中国の乱世を生きた、自由を愛する文人たちを指す言葉。
儒教の礼法や官僚主義を否定して、世俗を離れ道教や老荘思想(自由・無為自然)に傾倒。
実際には全員が無官だったというわけではなく、政治とも無縁ではなかった。

④チンギス・ハン
モンゴル帝国の創始者。
西夏(タングート)から金(中国北部)に侵攻し、ホラズム朝(中央アジア)を崩壊させ領土を広げる。征服した土地を分割し子孫たちに統治させた。
孫に元(げん)の皇帝となり、東アジアに君臨した「フビライ(クビライ)・ハン」がいる。
源義経が兄頼朝の追手から生き延び、中国に渡りチンギス・ハンとしてアジアを席巻したとする伝説が現在もなお語り継がれている。
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