登り始めてから三十分ほど経っただろうか。
最初はまだ余裕があったはずなのに、気づけば足がじわじわと重くなっていた。
山道はきちんと整備されていて、初心者向けという内地先生の言葉に偽りはなかった。急斜面というほどではないし、道幅もそれなりにある。
それでも、普段ほとんど運動らしい運動をしていない僕にとっては十分きつい。
しかも時間が経つにつれて、じわじわと気温が上がっていくのがわかる。
朝の涼しさはとうに消え、木々の隙間から差し込む日差しがじりじりと肌を焼いていた。
額から汗が流れ、背中に張りついたシャツが気持ち悪い。
息を整えようとしても、思った以上に呼吸が乱れる。
……きつい。
正直、かなりきつい。
そんな僕の様子を、先頭を歩いていた内地先生は何度も気にかけてくれていた。
数分おきに振り返っては、
「大丈夫?」
「水分ちゃんと摂ってる?」
と声をかけてくれる。
その気遣いがありがたかった。
対して隣の曽米さんはというと……。
「ナポレオンのアルプス越えも有名だけど、実は軍事史的にもっとインパクトがあるのは――」
ずっと歴史講義を続けている。
しかも元気いっぱいだ。
どうしてそんなに体力があるんだろう。
歴史への情熱だけで登ってるんじゃないかと思えてくる。
やがて内地先生が足を止めた。
僕もほっとしてその場で立ち止まり、膝に手をついて呼吸を整える。
先生は少し考えるような顔をしたあと、僕に向かって言った。
「帰りはロープウェイにしましょう」
その一言が、まるで天からの救済みたいに聞こえた。
さらに先生は曽米さんへ視線を向ける。
「曽米さんもそれでいいわね?」
当然、曽米さんも了承すると思った。
けれど彼女は腕を組み、なぜか納得いかなそうな顔をする。
「そんなモダンな乗り物で山を下りるんですか?」
その言い方だとロープウェイが文明の堕落みたいに聞こえる。
そして案の定、歴史の方向へ話が飛んだ。
「オスマン帝国の艦隊は船で山を越えたというのに」
出た。
しかもよりによってコンスタンティノープル攻略戦の、あの有名な逸話。
陸路に丸太を敷いて船を滑らせ、艦隊を山越えさせたメフメト二世の奇策。
たしかにすごい話だ。
でも今それを持ち出す必要ある?
僕は即座に曽米さんを無視し、内地先生へ向き直った。
「先生、ロープウェイがいいです」
きっぱり言い切る。
迷いはない。
すると内地先生は満足そうに頷いた。
「ええ、そうしましょう」
そして少しだけ口元を緩めながら続ける。
「自分の力量がわかってる人ほど登山を楽しめるというものよ」
そこまでは優しい言葉だった。
けれど次の瞬間、先生はちらりと曽米さんを見やる。
「どこかの歴史狂の人と違ってね?」
その一撃は見事に曽米さんへ突き刺さった。
……かと思いきや。
当の本人はまるで気にしていない。
「でも山越えっていうほどの山じゃなかったんだよ。言い換えると丘越えの方がしっくりくるんだよね」
目を輝かせたまま、なおもオスマン艦隊の山越えについて語り続けている。
「敵が絶対に想定しないルートから奇襲する発想力!しかもあれって単なる力技じゃなくて、事前準備と兵站管理が――」
完全に自分の世界に入っていた。
僕と内地先生は顔を見合わせる。
そして無言のまま、小さくため息をついた。
もはや止めるだけ無駄だ。
僕たちは曽米さんの講義をBGM代わりにしながら、再び山道を登り始めた。
木漏れ日の中を歩きながら、僕はぼんやり考える。
たしかにこの人の話は騒がしいし、しんどいし、たまに意味がわからない。
でも、不思議と退屈はしない。
息を切らしながらも、そんなことを思ってしまう自分に少しだけ苦笑した。
そこからさらに一時間ほど登り続けただろうか。
もう時間の感覚はかなり曖昧になっていた。
足を前に出して、息を整えて、また一歩進む。
その繰り返しに意識のほとんどを持っていかれていて、時計を見る余裕なんてなかった。
ただひとつ確かなのは、僕の脚が確実に限界へ近づいているということだった。
太ももがじんじんと熱を持ち、ふくらはぎはじわじわ張っている。
それでも歩みを止めなかったのは、さっき内地先生が言ってくれた言葉のおかげだ。
「もう少しよ、ゴールは近いわ」
その一言だけを支えに、僕は黙々と足を動かしていた。
その言葉が嘘じゃないと信じたい。
いや、信じないと心が折れる。
隣を歩く曽米さんも、さすがに疲れが見え始めていた。
ここまでずっと歴史講義を続けていた彼女だったけれど、今は沈黙する時間の方が増えている。
さすがに喋りながら登り続けるのはきつかったんだろう。
いくら体力があって運動神経が良くても、それは別問題だ。
むしろよくここまで喋り続けられたものだと感心する。
時折「メフメト二世……」とか「フンボルト……」とか断片的な単語が漏れてくるあたり、頭の中ではまだ歴史が渦巻いているらしいけれど。
そんな中、ふと空気が変わったのを感じた。
ひんやりとした風が頬を撫でる。
さっきまでの蒸し暑さが嘘みたいだった。
山頂が近づいているのかもしれない。
木々の間を抜ける風はかなり冷たく、汗をかいた体には少し寒いくらいだった。
シャツが肌に張りついているせいで、余計に体温が奪われる。
思わず腕をさすると、前を歩いていた内地先生が振り返った。
「着替えはちゃんと持ってきてるわね?」
その確認に、僕は頷く。
「もちろんです……って言っても、曽米さんが必要なものを全部ピックアップしてくれたんですけど」
出発前、僕が何を持てばいいかわからず困っていた時、曽米さんがメッセージで細かくリストを送ってくれたのだ。
飲み物。
タオル。
軽食。
レインウェア。
着替え。
最初は「大げさじゃない?」と思ったけれど、今となっては完全に彼女の判断が正しかった。
内地先生は少し驚いたように目を瞬かせる。
「ふ~ん、そういうところはしっかりしてるのね」
その言葉に、曽米さんがふっと顔を上げた。
そしてなぜか弱々しい声を出す。
「寒い……寒すぎる……」
ぶるっと大げさに身震いする。
さっきまで普通に歩いていたのに、急にどうしたんだろう。
内地先生は本気で心配したらしく、すぐ足を止めた。
「え、大丈夫?風邪でも引いたのかしら?」
曽米さんは肩を震わせながら、か細い声で言う。
「たぶん……急激な気温低下で……」
その演技じみた言い方を聞いた瞬間、僕は察した。
あ、これ嘘だ。
長い付き合いではないけれど、一年以上の付き合いでなんとなくわかるようになってきた。
曽米さんが何か企んでいる時の空気だ。
案の定、彼女はふらりと僕の方へ寄ってきた。
そしてぴたりと肩を寄せてくる。
近い。
普通に近い。
僕の心臓の鼓動が速くなる。
「リチャード君……」
やけに芝居がかった声。
「これはあれが来るかも」
曽米さんは空を見上げる。
その視線の先には、たしかに少し厚めの雲が広がっていた。
「山を覆う分厚い雲」
次に足元を見下ろす。
「そして冷え込む大地」
さらに僕へぐっと身を寄せながら、深刻そうな顔を作る。
「迫りくるお山の大将……もしや」
そこまで言われた瞬間、僕の口は条件反射のように動いていた。
「冬将軍でしょ?」
言った直後、しまったと思う。
また乗せられた。
でも時すでに遅し。
曽米さんの顔がぱっと輝く。
「正解!」
満面の笑み。
やっぱりだ。
最初からこれが言いたかっただけなんだ。
ナポレオンのロシア遠征を象徴する“冬将軍”。
歴史好きならではの寒波ネタ。
僕が呆れていると、内地先生がきょとんとした顔で僕たちを見比べる。
「……何の話?」
僕は思わず苦笑した。
「たぶん、世界史です」
すると内地先生は額に手を当てて深くため息をつく。
「こんな状況でも歴史ネタを仕込むのね……」
曽米さんはけろっとした顔で、
「寒さを楽しむには知識が必要なんです」
と胸を張った。
いや、絶対違う。
でもそのやり取りのおかげで、不思議と疲れが少しだけ和らいだ気がした。
気づけば、山頂はもうすぐそこまで迫っていた。
最後の坂を登り切った瞬間、視界が一気に開けた。
それまで木々に囲まれていた景色が嘘みたいに消え、目の前に広々とした山頂のスペースが広がる。
思わず足を止めた。
空が、近い。
遮るもののない青空が頭上いっぱいに広がっていて、その下にはさっきまでいた街並みが遠くまで続いている。
右を向けば都会のビル、左を向けば海までも小さく見えた。
さっきまで自分がいた場所が、まるで別世界みたいだ。
山頂にはすでに何組かの登山客がいて、それぞれ景色を眺めたり、写真を撮ったり、ベンチで休んだりしている。
達成感に満ちた空気が、その場全体を包んでいた。
内地先生は「着いたわね」と満足そうに微笑むと、慣れた手つきでリュックから水筒を取り出した。
蓋を開け、湯気の立ちのぼるスープを一口飲んでから景色へ目を向ける。
その横顔はどこか晴れやかで、本当にこの時間を楽しんでいるのが伝わってきた。
やっぱり山登りが好きなんだろう。
僕はというと、
「はぁ……」
そこで完全に力が抜けた。
達成感と疲労感が同時に押し寄せてきて、その場にへたり込む。
もう立っている気力すらない。
足はじんじんするし、全身から汗が噴き出している。
でも不思議と嫌な疲れじゃなかった。
やり切った、という実感がちゃんとある。
こんな感覚は久しぶりだった。
たぶん小学校の運動会以来かもしれない。
僕がそのまま地面に座り込んで呼吸を整えていると、曽米さんはというと、さっきまで「寒い……」なんて言っていたのが嘘みたいに元気いっぱいだった。
あちこちをきょろきょろ見回しながら、山頂をうろうろしている。
こっちへ行ったかと思えば反対側へ走り、また別の場所へ移動する。
落ち着きがない。
その様子を眺めていた内地先生が、呆れ半分に呟いた。
「あの子、さっきまで疲れた表情をしていたわよね?」
僕は疲れ切ったまま、乾いた笑いを漏らした。
「たぶん……気のせいだったんだと思います」
そうとしか説明がつかない。
あの演技力を別の方向に活かしてほしい。
するとその時だった。
曽米さんが何かを発見したようにぴたりと足を止める。
そして次の瞬間、山頂の中央あたりへ躍り出ると、ばっと両腕を大きく広げた。
風が彼女の髪を揺らす。
そのまま誇らしげに胸を張り、こちらを振り返る。
「ほらほら、写真を撮るなら今のうちだよ!」
何が“今のうち”なのかまったくわからない。
でもその妙な勢いに押され、僕は反射的にスマホを取り出していた。
言われるがままカメラを向ける。
画面越しに見る曽米さんは、やたらと堂々としていた。
腕を広げ、顎を少し上げたそのポーズは、どこか得意げで、いかにも「どうだ」と言わんばかりだ。
隣でその様子を見ていた内地先生が、僕に小声で尋ねる。
「ドヤ顔で古臭いポーズをとってるけど、若い子の間ではああいうのが流行ってるのかしら?」
僕は即座に首を横に振った。
「いえ」
そしてため息混じりに付け加える。
「あれも世界史ネタです」
先生は数秒考え込み、それから小さく「ああ……」とだけ呟いた。
理解することを諦めたらしい。
僕はスマホの画面を見つめながら、心の中でその写真にタイトルをつける。
――山頂でセシル・ローズポーズを決める曽米さん。
アフリカ縦断政策を掲げた帝国主義者さながらに、大地を支配したかのようなあのポーズ。
たぶん曽米さんのことだから、そこまで意識してやっているんだろう。
そう思うと少しだけ可笑しくなった。
シャッター音が鳴る。
その一枚に収められた曽米さんは、いつものように得意げで、どこまでも楽しそうだった。
その後も僕たちは、しばらく無言で景色を眺めていた。
吹き抜ける風が心地よく、登山で火照った身体をゆっくり冷ましてくれた。
僕は軽く息を吐く。
疲労感はある。
けれど、不思議と嫌な疲れじゃなかった。
隣では曽米さんが、持参していたクリームパンの袋を開けている。
そして何の躊躇もなく、もそもそと食べ始めた。
僕は思わずその様子を見つめてしまう。
というか、目についてしまう。
登山直後にクリームパン。
しかも結構大きい。
絶対喉が渇くやつだ。
そんなことを考えていると、視線に気づいたのか曽米さんがこちらを向いた。
「もしかして食べたいの?」
僕は即座に首を横に振る。
「食べたいんじゃなくて」
少し呆れながら答えた。
「登り切った後なのに、喉が渇くような食べ物を持ってきてたんだって思っただけだよ」
すると曽米さんは「ふーん」とだけ言い、そのまま残っていたクリームパンを一気に口へ放り込む。
ほっぺたがリスみたいに膨らんだ。
その姿に少し笑いそうになった瞬間。
曽米さんは空になった袋をひらひら揺らしながら、さらっと言った。
「リチャード君が正直に答えなかった罰としてこのゴミ、山に捨てていくから」
僕は一瞬、耳を疑った。
「……え?」
風の音で聞き間違えたのかと思った。
だが曽米さんは真顔だ。
しかも妙にこちらを見ている。
僕は慌てて言葉を返す。
「曽米さんの気遣いを台無しにしたのは僕のせいだ。お詫びじゃないけど、そのゴミは僕が持ち帰るよ」
すると曽米さんは、なぜか不満そうに眉をひそめた。
「私が聞きたいのはそんな言葉じゃないんだけど?」
「え?」
「ゴミをポイ捨てしないで持ち帰ってほしいんだよね?」
曽米さんは袋を指先でくるくる回しながら続ける。
「それならちゃんと言葉にして」
僕は意味が分からず固まった。
言葉にして?
何を?
普通に「捨てちゃ駄目だよ」と言えばいいのか?
いや、違う。
曽米さんの顔を見る限り、そういうことじゃない。
どこか試すような目をしている。
僕は困惑したまま、ふと空を見上げた。
頭上には、すっかり高く昇った太陽。
その瞬間、山を登り始めてから今に至るまでの記憶が鮮明に蘇る。
山頂、キャプテン、先駆者、征服、将軍そしてセシル・ローズ。
これらには類似性がある。
そこから導き出されるものといえば。
――「君臨すれども統治せず」。
ずっと曽米さんは僕にヒントをくれていた。
そして僕はようやく理解した。
曽米さんは、ただ注意してほしいわけじゃない。
“それっぽい歴史ネタ”で返してほしいのだ。
僕は軽く咳払いをしてから口を開く。
「探検すれども投棄せず」
自分でもかなり無理やりなアレンジだと思った。
けれど。
曽米さんの表情がぱっと明るくなる。
「うん、完璧!」
満足そうに頷くと、曽米さんはクリームパンの袋をリュックへしまい込んだ。
どうやら正解だったらしい。
僕は小さく息を吐く。
歴史好きとの会話には、時々こういう暗号解読みたいな工程が必要になる。
僕たちは山頂で少し休んだあと、予定通りロープウェイで下山した。
窓の外に広がる景色を眺めながら、僕はぼんやり思う。
正直、登る前は気が進まなかった。
体力的にもきつかったし、歴史講義も相変わらず容赦なかった。
でも、終わってみれば悪くない一日だった。
いや、かなり楽しかった。
たぶんこれが、僕にとって人生最初の“冒険”だったんだと思う。
少しだけ世界が広がったような、そんな気がした。
こうして、僕の人生最初の冒険は静かに幕を閉じた。
―――
その日の夜。
シャワーを浴びて夕食を済ませる頃には、山登りの疲れがどっと押し寄せてきていた。
足はまだじんわり重いし、肩にも妙な張りが残っている。
たぶん明日は筋肉痛だろう。
それでも、不思議と嫌な疲れじゃなかった。
むしろ心地いい達成感みたいなものが体の奥に残っていて、僕はいつもより少しだけ機嫌よく自室へ戻った。
机に向かい、スマホを手に取る。
今日撮った写真を改めて見返してみたくなったのだ。
画面をスクロールすると、次々に山での景色が現れる。
登山口の看板。
木漏れ日の差す山道。
途中で見かけた小さな沢。
山頂から見下ろした街並み。
どれも自分が本当にあそこを歩いたんだと思うと、なんだか少し誇らしい。
普段なら絶対に選ばない休日の過ごし方だった。
曽米さんに半ば強引に連れ出された形だったけれど、結果的には行ってよかったと思う。
そんなことを考えながら写真を眺めていると、やっぱり指が止まるのはあの一枚だった。
山頂で曽米さんが両腕を広げ、堂々とポーズを決めている写真。
風に揺れる髪。
得意げに上がった口元。
背後に広がる青空と山並み。
そして何より、あの妙に自信満々な立ち姿。
どう見ても普通の記念写真じゃない。
なのに、不思議と目を引く。
見れば見るほどじわじわ笑えてくるし、なぜか見飽きない。
やっぱりこれだな。
僕は家庭用プリンターを立ち上げ、その写真を印刷することにした。
機械が低い駆動音を立てながら紙を送り出していく。
やがて、つややかな写真用紙に鮮やかな色が浮かび上がった。
手に取って改めて見る。
……うん。
タイトルをつけるならやっぱり、
『山頂でセシル・ローズポーズを決める曽米さん』
だ。
誰が見ても意味不明な題名だろうけれど、僕にとってはしっくりくる。
僕は机の引き出しから空いている写真立てを取り出し、その写真を丁寧に収めた。
それからふと視線を横へ向ける。
そこには、以前から置いてあるもう一つの写真立て。
白いワンピース姿の伊藤。
ルノワールの『可愛いイレーヌ』を模した、あの柔らかな写真。
静かで上品で、どこか儚げな雰囲気をまとった一枚。
その隣に、今しがた印刷した曽米さんの写真を並べる。
片や、しっとりとした気品に満ちた絵画のような伊藤。
片や、山頂で帝国主義者みたいなポーズを決める曽米さん。
並べてみると、その落差があまりにも激しかった。
僕は思わず吹き出す。
「なんだこれ……」
我ながら妙な机だ。
勉強机の上に、美術館の名画と珍妙な歴史再現写真が並んでいるようなものだ。
でも、不思議としっくりきてしまう。
どちらも僕にとって大切な一枚だからだろうか。
伊藤の写真を見れば、美術室で助けてもらった日のことを思い出す。
曽米さんの写真を見れば、今日の山登りの騒がしさや達成感が蘇る。
どちらも、ここ最近の僕の日常を象徴している気がした。
机に座って二枚を見比べていると、なんだか少しだけ落ち着かない気持ちになる。
……もし誰かにこの机を見られたら、どう思われるだろう。
そんなことを考えてしまう。
けれど結局、片づける気にはなれなかった。
僕は二つの写真立てを少しだけ整えて並べ直し、満足して頷く。
そして勉強机の椅子に腰を下ろした。
明日からテスト勉強だ。
ふと顔を上げれば、白いワンピース姿の伊藤と、山頂で腕を広げる曽米さんが並んでこちらを見ている。
なんだか妙に賑やかな視線だ。
僕は苦笑しながら教科書とノートを開いた。
たぶんこの先も、僕の日常はこんな風に騒がしく続いていくんだろう。
①メフメト2世
オスマン帝国の皇帝。
「ファーティフ(征服者)」と恐れられ、「オスマン艦隊の山越え」という奇策と常備軍イエニチェリを用いて、千年の栄華を誇ったビザンツ帝国(東ローマ帝国)を滅ぼした。
オスマン帝国の最盛期を象徴する人物。
②冬将軍
主にロシアの厳しい寒さを表した言葉。
ロシア帝国時代では大北方戦争、ナポレオンのロシア遠征、対ソ干渉戦争。ソ連時代では独ソ戦で敵軍に甚大な被害をもたらした。
③セシル・ローズ
イギリスの政治家。
南アフリカの植民地政策に関わり、莫大な富を得る。
アパルトヘイト(人種隔離政策)の原型となる法律を制定し、黒人の人権を大幅に制限した。
④君臨すれども統治せず
イギリスは名誉革命が起きると、亡命したジェームス2世に代わりオランダから迎え入れたウィレム(ウィリアム3世)を即位させる。
ウィリアム3世亡き後、跡継ぎがいなかったためドイツのハノーヴァーからジョージ1世を新たに王として迎える。しかし、ジョージ1世は英語を喋れず政治に関与できなかったため、イギリスは立憲君主制の礎を築くことになり議会政治の発展に寄与することになった。