期末テストの結果が返ってきた。
…やった。
なんとか9位以内に入れた。中間テストは後ろから2番目だったのに。
曽米さんと一緒に勉強した甲斐があったな。あの時、無理やり連れて行かれたけど、
結果オーライってところか。
「リチャード君、9位だったんだね!私の教え方が良かったおかげだね!」
曽米さんが満面の笑みで言う。
自分のおかげだと言わんばかりの態度に、少しムッとしたが、まあ、事実だ。
反論はできない。
「うん、そうだね。ありがとう」
素直に礼を言うと、曽米さんはニッと笑って親指を立てた。
「でも、曽米さんは2位なんだ」
前回の中間テストでも2位だった。
世界史は圧倒的に強いのに、なんで1位じゃないんだろう。
…って、今さら聞けないか。
余計なお世話だよな。
1位は伊藤、2位は曽米さん。
5位は日向さんで、8位には那智君か。
改めて、自分の周りは頭がいいやつばかりだな。
…なんだか、場違いな気がしてくる。
でも、あの曽米さんのおかげで、世界史に少しだけ興味が湧いたのも事実だ。
次はもっと点を取ってやる。
そんなことを考えながら、昼休みになった。
すると、曽米さんがニコニコしながら近づいてきた。
「ねぇ、リチャード君!一緒にお昼食べようよ!私のグループに紹介するから!」
…紹介?
え、僕が?
正直、気が進まない。
大人数でいるのは苦手なんだよな…。
「いや、僕は――」
「決まりね!さ、行くよ!」
曽米さんは僕の言い訳を聞く耳も持たず、腕を掴んでずんずん廊下を進んでいく。
逃げられなかった。
―――
教室の隅にある、大きめの机を囲む形で、4人が集まった。
曽米さんの他に、伊藤、日向さん、那智君がいる。
クラスの成績上位者ばかりだ。
…ますます、場違いな気がする。
「さあ、今日からリチャード君もチーム『ファシスト』の一員だよ!」
曽米さんが、満面の笑みで宣言した。
…え?
ファシスト?
僕は、そんな恐ろしいチームに入らされたのか?
伊藤が眉をひそめて言う。
「…目的達成のためなら手段を選ばない全体主義者であることを、高らかに宣言するのはどうなんだろうね」
ああ、やっぱりそういう意味だよな。
曽米さん、何言ってるんだ…。
那智君は呆れ顔で続ける。
「三国同盟の次は全体主義者扱いかよ。どちらかといえば独裁者っぽいのはヒミコじゃねぇか?」
…ヒミコ?
誰のことだ?
僕が首を傾げていると、日向さんが苦笑いしながら答えた。
「『妃美華(ひみか)』って名前、『ヒミコ』っぽいじゃない?那智君は入学してから、ずっとそう呼んでるの」
ああ、そういうことか。
でも、ヒミコって…呼び方が独特だな。
曽米さんは、まったく気にする様子もなく、ニコニコしている。
どこまでもポジティブな人だ。
「ねぇ、リチャード君。何か良いグループ名、思いつかない?」
いきなり振られて、焦る。
僕が考えるのかよ。
しかも、こんなメンバーの前で…。
でも、黙っているわけにもいかない。
必死に頭をひねる。
何か、世界史に関係する名前…
「あ、あの…常任理事会とか…どうかな?」
…あ。
言っちゃった。
絶対、変な空気になる。
と思ったら――
「おお、いいじゃん!世界史っぽいし、シャレてるな!ライオンハートの名は伊達じゃねぇってか」
「なるほど、常任理事会か…確かに、曽米の全体主義よりはマシだ」
「流石リチャード君!やっぱり世界史のセンスあるよ!」
予想に反して、全員が感心している。
まさか、こんなにあっさり
受け入れられるとは…。
曽米さんが満足げに頷く。
「これで決まりだね!今日から私たちはチーム『常任理事会』だ!」
…なんだか、とんでもない集団に巻き込まれた気がする。
でも、嫌な感じはしなかった。
むしろ、ちょっとだけ、嬉しかったかもしれない。
こうして、僕は初めて仲間と呼べるグループに入ることになったのだった。
曽米さんの仲良しグループと、連絡先を交換してから数日が経った。
毎日のようにメッセージが届く。
内容は、授業の感想や先生の陰口、あとは、くだらない雑談がほとんどだ。
…僕が、こんな輪に入れるなんて、正直、思ってもいなかった。
それでも、放課後はいつものように図書室へ向かう。
曽米さんがチア部の活動で不在の間、一人で予習を済ませておかないといけない。
英語の先生は、予習してこない生徒には容赦がないからだ。
授業を放棄するなんて普通じゃないけど、あの先生に関しては例外だ。
…だから、サボるわけにはいかない。
夏休みが近づいているとはいえ、気が抜ける暇なんてなかった。
英語の教科書を開き、辞書を片手に黙々と進めていると――
「ここにいたんだね」
不意に声をかけられ、顔を上げる。
そこにいたのは、伊藤だった。
「…伊藤?」
意外だった。
図書室にいるのを見たことがなかったし、それに、僕に用事があるなんて。
伊藤は、無言のまま僕の隣に座った。
妙な緊張感が漂う。
――そういえば、
伊藤が女子だって知っているのは、僕だけなんだよな。
制服は男子と同じズボンを履いているし、髪も短いから、他の生徒はみんな男だと思っている。
でも、本当は違う。
伊藤枢(いとうかなめ)は、女の子だ。
それを僕が知ったのは、ある日の放課後だった。
教室に忘れ物を取りに戻った時、伊藤が一人で着替えていて、ブラウスのボタンを留めている姿を見てしまった。
あの瞬間、僕の頭は真っ白になった。同級生たちは一様に伊藤を奇異な目で見ていたけど、僕は普段と変わらぬ態度で接し続けた。同じクラスになることはなかったけど、顔を合わせば一言二言は会話できた。
その証拠に、中学の卒業式で伊藤がわざわざ感謝の言葉を僕に伝えるため会いに来てくれたくらいだ。その時の笑顔は普通の女の子だった。
だから、こうやって隣に座られるだけで、無駄に緊張してしまう。
心臓が、さっきからうるさいくらいに高鳴っている。
「君は、曽米のこと、どう思ってるんだ?」
突然の問いに、僕は一瞬、言葉を失った。
「えっと…どうって…?」
「そのままの意味だよ」
真剣な目で見つめられて、僕は正直に答えた。
「…頼りになる先生って感じだよ。世界史だけ、だけど」
そう言うと、伊藤の表情がわずかに曇った。
…なんだろう、この空気。
「君は、なぜ曽米が世界史でトップを取らないか、知らないだろう?」
…え?
唐突すぎて、思考が追いつかない。
なんでそんなことを聞くんだ?
「いや…知らないけど。ていうか、何でそんなことを気にするの?」
伊藤は小さくため息をつくと、静かに語り始めた。
「曽米は、わざと一問だけ間違えるんだ」
…わざと?
満点を取れるのに、あえて間違えてるってことか?
「理由を問い質したら、『満点だと満足して勉強を疎かにしちゃうから、わざと一問間違えれば悔しさが残るし、もっと勉強しよって気になるでしょ?』って、そう言ってたよ」
…そこまで考えていたのか。
正直、驚いた。
曽米さんらしいと言えば、らしいけど…。
「曽米は、君のことなんて、男として見てない。それどころか、君を都合のいい世界史仲間としか接していないんだ」
胸が痛んだ。
そんなこと…でも確かに伊藤の言う通りかもしれない。
曽米さんは、あんなに明るくて、誰にでも優しい人だ。告白されることも多く彼氏もいると専らの噂だ。
「…でもどうして、そこまで酷いことが言えるの?」
問いかけると、伊藤はしばらく黙ってから、ゆっくりと口を開いた。
「伊藤枢という人間に、偏見を持たず、対等に接してくれたのは、君だけなんだ」
その言葉に、胸が締め付けられた。
伊藤は、穏やかな表情で続けた。
「だから、曽米妃美華を頼るのではなく、伊藤枢という人間を頼ってほしい」
そう言って、伊藤は僕の手を優しく包んだ。
…ドクン。
――やっぱり、柔らかい。
男の手じゃ、ない。
図書室には誰もいない。
静寂の中、伊藤の手の温かさだけが、鮮明に伝わってくる。
…どうして、こんなことを言うんだ?
僕に、曽米さんと距離を置かせたいのか?
それとも、別の理由があるのか…。
「…僕には、よく分からない」
そう答えるのが精一杯だった。
伊藤は、それ以上何も言わずに、静かに手を離し、席を立った。
「来週から、曽米が部活の日は、この伊藤が君の勉強を見てあげるよ」
それだけ言って、伊藤は図書室を後にした。
…なんだったんだ、今のは。
嬉しいような、複雑なような、説明のつかない感情が、胸に渦巻く。
――僕だけが知っている、伊藤枢の秘密。
このことを、誰にも言えないまま、僕は、一人取り残された。
①ファシズム
反共産主義、反民主主義を掲げ国家と国民は強力な権力によって統制されるべきとする思想。全体主義、結束主義とも。
代表的人物にアドルフ・ヒトラー、ベニート・ムッソリーニがいる。
②日独伊三国同盟
日本、ドイツ、イタリアが結んだ軍事同盟。アメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国などと対立し第二次世界大戦への道を開いた。
③国際連合
世界の平和と秩序を守るための国際機関。
安全保障理事会の常任理事国は第二次世界大戦の戦勝国(アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国)によって構成されている。