曽米さんの『世界史』愛が強すぎる!   作:公私混同侍

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華麗なる一族? 後編

 

曽米さんは、まだ切り札を隠し持っていたと言わんばかりに、さらに一枚の写真を取り出した。

その瞬間、僕と伊藤、それに日向さんの三人の表情が見事に一致する。

 

――まだあるの?

 

言葉にしなくても、全員がそう思っていたはずだ。

さすがにこれ以上はないだろうと思っていた。さっきのマザー・テレサもどき写真だけでも十分すぎるほどの破壊力だったのに、曽米さんはまるで「本番はここからだよ」とでも言いたげに、その写真を僕たちの前へ差し出してきた。

そして僕は写真を見た瞬間、吹き出した。

 

「ぶっ……!」

 

隣の日向さんも一拍遅れて写真を覗き込み、そのまま盛大に噴き出す。

写真の中央には、満面の笑みを浮かべた曽米さん。

その両脇を固めるように、見たこともないアジア人風の姉妹らしき女性二人。そして反対側には、やたらとハゲ頭が目立つ白人の兄弟らしき男性二人。

しかも全員で肩を組み、がっちりスクラムを組んでいた。

何なんだこれは。

どういう状況をイメージしたら、こんな構図になるんだ。

何より、曽米さんだけが異様に堂々としている。

まるで長年連れ添った戦友たちとでも言わんばかりの自然さだ。

 

「ひっ……ふふっ……な、なにこれ……!」

 

日向さんは耐えきれなかった。

最初は口元を押さえて肩を震わせていたのに、次の瞬間には「ひゃはっ!」と甲高い笑い声を漏らし、そのまま椅子からずり落ちる。

 

「む、無理……っ、妃美華……っ、これ反則……!」

 

笑いすぎて呼吸が乱れたのか、引き笑いのような声を漏らしながら床を転げ回っている。

僕も人のことを言えなかった。

 

「ごほっ……げほっ!」

 

変なところに息が入ってしまい、激しくむせ返る。

すると伊藤が呆れた顔のまま、無言で僕の背中を軽くさすってくれた。

 

「大丈夫か」

 

「あ、ありがと……」

 

どうにか呼吸を整えて再び写真を見る。

やっぱりおかしい。

じわじわくる。

というか、見れば見るほど意味が分からない。

なのに当の本人である曽米さんは、胸を張って得意げなドヤ顔を浮かべていた。

なぜそんな誇らしげなんだ。

普通なら多少は羞恥心を覚える場面じゃないのか。

僕が困惑していると、伊藤が冷ややかな視線を曽米さんへ向ける。

 

「こんなことをして何が楽しいんだ?」

 

低く、静かな声だった。

教室にまだ残っていた笑いの余韻がすっと引いていく。

伊藤は写真を指先でつまみ上げ、淡々と続けた。

 

「死者に対する冒涜だと思わないのか?」

 

その言葉にも、曽米さんはまったく動じない。

むしろ待ってましたとばかりに口角を上げた。

 

「そこまで言うなら――」

 

曽米さんは写真をひらりと僕たちの前で揺らしながら、挑発的に言い放つ。

 

「両隣の人物、当ててみてよ」

 

伊藤は写真をじっと見据えたまま、ほとんど間を置かずに答えた。

 

「特徴的な見た目に兄弟と言えば、恐らくライト兄弟だろうな」

 

さすが伊藤だ。

あの髪型もといハゲ頭だけでそこまで推理できるのか、と変なところで感心してしまう。

確かに、言われてみれば白人男性二人の顔立ちにはどことなく見覚えがある。教科書で見たライト兄弟の写真に雰囲気が似ている気もする。

伊藤はそこで視線をアジア人風の姉妹へ移し、わずかに眉をひそめた。

 

「だが姉妹の方は……」

 

そして僕へ顔を向ける。

 

「獅子御、君なら分かるか?」

 

急に話を振られ、僕は思わず背筋を伸ばした。

さっきまで笑いすぎてまともに見られなかった写真を、改めてじっくりと観察する。

アジア人風。

しかも姉妹。

服装は曽米さんの雑な合成のせいで判別しづらいが、なんとなく東南アジア系にも見える。

歴史上の姉妹……?

そんな有名人物、いただろうか。

僕は必死に記憶を掘り返した。

世界史の教科書。

参考書の資料集。

そして何より、曽米さんと出会ってからこれまでに散々聞かされてきた歴史雑学の数々。

曽米さんが妙に熱く語っていた女性史の話。

東南アジアの独立運動。

反乱。

蜂起。

断片的な単語が頭の中をぐるぐる巡る。

そんな僕たちを見て、曽米さんはニヤニヤと口元を緩めた。

 

「あの聖海高校の天才軍師と謳われた伊藤ちゃんが答えを導き出せないなんてねぇ」

 

勝ち誇ったような声音だ。

伊藤のこめかみにぴくりと青筋が浮かぶ。

曽米さんはさらに畳みかけるように言った。

 

「まぁ無理もないよ。この姉妹は私が想像力を働かせて作成したものだから」

 

その瞬間、伊藤の表情が変わった。

まるで散らばっていたパズルのピースが一気にはまったかのように、鋭い目が見開かれる。

そしてそれは僕も同じだった。

 

――イメージだけで作成した姉妹。

 

実在の写真が残っていない。

けれど歴史上、確かに存在したアジア系の姉妹。

写真の時代に生きた人物ではないから、曽米さんが勝手にビジュアルを補完した。

そこまで考えた瞬間、ひとつの名前が浮かび上がる。

僕は恐る恐る口を開いた。

 

「チュン姉妹……だよね」

 

あえて語尾を曖昧にしながら、隣の伊藤へ視線を向ける。

確認するような問いかけだった。

伊藤は静かに頷く。

 

「ああ。条件に当てはまる偉人といえば、それしかない」

 

その言葉で確信した。

やっぱりそうだ。

中国の後漢末ではなく、もっと古い時代。

ベトナム史に登場する、漢への反乱を起こした伝説的な姉妹――チュン姉妹。

実際の肖像が残っていないからこそ、曽米さんの脳内補完によってあの「見たことないアジア人風姉妹」が誕生したわけだ。

しかし正解を言い当てられたというのに、曽米さんはなぜかむっと頬を膨らませた。

 

「ねぇ、リチャード君」

 

じとっとした視線が僕へ突き刺さる。

 

「この問題作ったの私なんだけど?」

 

「え?」

 

僕は思わず間の抜けた声を漏らす。

 

「いや、その……確認のために」

 

「確認?」

 

曽米さんはさらに不満げに眉を吊り上げた。

 

「せっかく私が絶妙な難易度調整を施した珠玉の問題を出したのに、なんで伊藤ちゃんに答え合わせしてるの?」

 

どうやら僕が伊藤に意見を求めたのが気に入らなかったらしい。

いや、だって。

問題作成者本人に答えの真偽を尋ねるのって、なんだかズルをしている気がするし。

それに、さっき「私の想像が作成したものだから」なんて言い出した時点で、かなりトリッキーな問題だったじゃないか。僕としては慎重になるしかない。

そんな言い訳を口にする前に、日向さんが床に座り込んだまま、まだ笑いをこらえきれず肩を震わせていた。

 

「ふふっ……だめ……っ、妃美華が一生懸命写真を作ってるところを想像したら、また笑えてきた……」

 

チュン姉妹を言い当てたことで、ようやくこの奇妙な写真鑑賞会も終わる。

そう思った僕は、ひそかに安堵の息をついていた。

これ以上続けられたら、僕の腹筋が笑いで壊れるか、伊藤の堪忍袋の緒が切れるか、そのどちらかだろう。

 

しかし……。

 

「ふふふ」

 

曽米さんが不敵に笑った。

その笑みを見た瞬間、嫌な予感が背筋を走る。

次の瞬間だった。

 

バサッ――!

 

曽米さんが机の上に、分厚い束を叩きつけるように広げた。

大量の写真。

文字通り、山だった。

ざっと見ただけでも数十枚はある。

 

「…………」

 

僕は言葉を失った。

いや、待って。

まだあるの?

しかもこの量?

さっきまでの数枚ですら十分異常だったのに、これはもう個人の趣味とかそういうレベルを超えている。

もはや資料集だ。

僕は引きつった顔のまま、その写真の束を見つめる。

 

「こ、これ全部……」

 

喉がひくつく。

 

「曽米さんが撮った……じゃない、作ったの?」

 

危うく自然に「撮った」と言いかけてしまった自分が怖い。

あまりに堂々と提示されるせいで、一瞬だけ本当に現地で撮影してきたような錯覚を覚えてしまった。

曽米さんは胸を張り、いかにも誇らしげに頷く。

 

「もちろん!」

 

その満足げな様子を見て、伊藤が半眼になる。

 

「まさか中間テストの前日まで作成していたわけじゃないだろうな」

 

静かな問いかけだった。

けれどその声音には、「もしそうなら本気で軽蔑するぞ」という圧がにじんでいる。

曽米さんは悪びれる様子もなく、にこっと笑った。

 

「そのまさかだよ♪」

 

教室の空気が一瞬止まる。

僕と伊藤の視線が同時に固まった。

日向さんも「えっ」と小さく漏らす。

つまりこの人は、中間テスト直前の貴重な勉強時間を削ってまで、偉人との捏造家族写真を量産していたわけだ。

何をしてるんだこの人は。

伊藤が深々とため息をつく。

 

「……ある意味、尊敬に値する執念だな」

 

それは褒め言葉ではない。

完全に呆れ果てた声音だった。

少しだけ落ち着きを取り戻しのか、日向さんはハンカチで涙を拭いながら、写真の束から一枚をひょいと摘み上げた。

 

「これってどこの建造物なの?」

 

その写真には、巨大な石造りの建物が写っていた。

中央には例によって曽米さん。

そしてその周囲に、もはやお馴染みとなった歴史偉人ファミリー。

曽米さんは即答する。

 

「家族全員で行ったところだね。キャラバンサライっていう宿泊施設だよ」

 

あまりにも自然だった。

まるで本当に夏休みの家族旅行を振り返るみたいな口調だ。

歴史にそこまで詳しくない日向さんは、「へぇー」と適当に相槌を打っている。

 

いや、信じるな。

それはシルクロード沿いに存在した隊商宿であって、曽米家の思い出の旅行先じゃない。

伊藤も悪い意味で感心したような顔をしながら、別の一枚を手に取る。

僕も半ば諦めの境地で写真の束へ手を伸ばした。

そして、引いた一枚を見て固まる。

そこには。

曽米さん。

マザー・テレサ。

ケマル・パシャ。

ライト兄弟。

そしてチュン姉妹。

総勢七名が、ぎゅうぎゅう詰めになって何か狭い円形の空間へ押し込まれていた。

肩どころか顔面同士が接触しそうな距離感だ。

 

「……家族全員」

 

僕は写真を見つめたまま呟く。

 

「曽米さん、マザー・テレサ、ケマル・パシャ、ライト兄弟、チュン姉妹が写ってる写真もあるんだね」

 

自分で言っていて頭がおかしくなりそうだった。

 

「結構狭そうな場所にいるみたいだけど……」

 

その瞬間。

日向さんが写真を覗き込み、再び吹き出した。

 

「っ、ぶはっ!」

 

そして次の瞬間には机に突っ伏して震え始める。

 

「な、なんで……っ、こんな狭い場所に家族全員押し込まれてるの……っ」

 

肩を激しく揺らしながら、まともに息もできていない。

 

「ぶっ……もう、無理……笑い死にそう……!」

 

ついには椅子からずり落ち、そのまま床で笑い転げる。

教室中に日向さんの爆笑が響き渡った。

曽米さんは写真をひったくるように取り返し、顔を真っ赤にして抗議する。

 

「これはゲルって言うの!」

 

机をばんっと叩く。

 

「しょうがないじゃん!狭いゲルしか用意してくれなかった遊牧民が悪い!」

 

責任転嫁の方向性がおかしい。

そもそも誰も曽米家一行をモンゴルへ招待していない。

僕は思わず額を押さえた。

伊藤は無言で立ち上がり、次の授業の準備を始めた。

そしてそんな僕たちをよそに、日向さんの笑い声だけが、放課後の静まり返った校舎じゅうにいつまでも木霊していた。

 




①ライト兄弟
アメリカの発明家。
人類初の動力飛行を成功させた。

②チュン姉妹
後漢(中国)に支配されていたベトナムは郡県制や重税による監理強化に不満を募らせていた。
チュン姉妹は身内を殺されたことをきっかけに武力闘争を開始。直ちに鎮圧され、姉妹共々悲劇的な最期を遂げた。

③キャラバンサライ
シルクロード(絹の道)などの長距離移動をする商人たちが休息、取引のための宿泊施設又は中継基地のこと。

④シルクロード
中国・西アジア・ヨーロッパを結んだ巨大な交易ネットワークによって文化や交流が進んだ。
東から西に火薬、茶、陶磁器が西から東に馬、香料、宗教文化がもたらされた。
文明同士の交流が進み交易を盛んにさせたが、反面危険も多く孕んでおり、ペストをヨーロッパに運び込んだともいわれる。

⑤ゲル
寒暖差の激しいモンゴルでは遊牧民たちが馬や羊を生活の一部として扱っており、草などの食料を求めて移動しなければならなかった。そのためすぐに解体でき、簡単に組み立てられる移動式住居が求められ、遊牧民の文化として根づいた。
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