曽米さんの『世界史』愛が強すぎる!   作:公私混同侍

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打ち上げは王様気分 中編

 

気づけば、ファミレスに入ってから一時間ほど経っていた。

テーブルの上には空いた皿が増え、ジョッキの中のビールもずいぶん減っている。

店内の混雑は相変わらずだったけれど、僕たちの席だけは時間の流れが少しゆっくりになったような気がした。

先生たちの話もひと区切りついたらしく、末長先生がジョッキを空けると、

 

「ちょっとトイレ行ってきますわ」

 

と言って席を立った。

末長先生が離れると、四人席が少し静かになる。

さっきまであれだけ盛り上がっていたのに、不思議なものだ。

残された僕と曽米さん、それから宋金先生。

宋金先生は背も高いし表情も鋭いから、向かいに座っているだけで少し緊張する。

僕が水を飲んで間をつなごうとしていると、沈黙を気にする様子もなく曽米さんが宋金先生に身を乗り出した。

 

「柚乃から聞いたんだけどさ」

 

曽米さんが目を輝かせる。

この顔は、何かに食いついた時の顔だ。

 

「宋金先生って、マジック得意なんだよね?」

 

「……マジック?」

 

僕は思わず聞き返しそうになった。

日向さんから仕入れた情報らしい。

宋金先生とマジック。

頭の中でまったく結びつかなかった。

僕はそっと宋金先生を見る。

切れ長の目に整った顔立ち、無口でクールな雰囲気。背筋も伸びていて、どこか近寄りがたい空気がある。

そのうえマジックまでできるとなると……。

なるほど。

女子から人気がある理由が少しわかった気がした。

見た目だけじゃなく、そういう特技まであるのか。

宋金先生は曽米さんの問いに、少しだけ口角を上げた。

どうやら酔いも回っているらしい。

さっきより表情が柔らかい。

 

「よく知っていたナ」

 

そう言うと、宋金先生はジャケットの内ポケットに手を入れた。

次の瞬間だった。

 

「えっ」

 

僕は声を漏らした。

宋金先生が口元に手を添えたかと思うと、唇の隙間から、するりとトランプが現れたのだ。

赤いカードが一枚。

そしてもう一枚。

さらにもう一枚。

まるで口の中から無限に出てくるみたいに、トランプが次々と引き出されていく。

曽米さんが目を丸くした。

 

「うわっ!?すごっ!」

 

僕も言葉を失う。

いや、本当にどうなってるんだ。

テーブルマジックとか、手の中でコインを消すくらいならまだわかる。

でも、口からトランプが出てくるのは意味がわからない。

しかも妙に滑らかで、無駄に手慣れている。

トランプを取り出し終えた宋金先生は、それを指先で器用に広げながら淡々と言った。

 

「日本の女は、マジックでイチコロみたいな情報を知人から聞いてナ」

 

一度区切って、ビールをひと口飲む。

そして真顔のまま続けた。

 

「日本に来てから毎日のように、世界中の有名なマジシャンのユーチューブを観てたゾ」

 

「……」

 

「……」

 

僕と曽米さんは顔を見合わせた。

情報源が偏りすぎている。

どこの誰からそんな話を聞いたんだろう。

しかも、それを真に受けて毎日世界中のマジシャンの動画を観る行動力がすごい。

けれど、目の前で披露されたマジックは本物だった。

周囲の席でも、小さな子どもが「あっ」と声を上げてこちらを見ている。

向かいの席の大学生らしきグループもちらっと視線を向けていた。

マジックってすごいな、と僕は思う。

学校でも、宴会でも、こういうファミレスの一角でも、一瞬でその場の空気を変えられる。

誰でも驚いて、笑って、自然と視線が集まる。

もし僕にもこんな特技があったら、もう少し人前で気楽に話せたんだろうか。

そんなことを考えている横で、曽米さんがすっかり身を乗り出し、

 

「宋金先生!もう一個!もう一個見たい!」

 

と、子どものような声ではしゃいでいた。

宋金先生のマジックは、それからもしばらく続いた。

選んだカードが一瞬で一番上に戻ってきたり、山札の真ん中に差し込んだはずのカードがいつの間にか先生の手の中に移っていたり。

そのたびに曽米さんが大げさなくらい声を上げる。

 

「えっ、待って待って!今どうやったの!?」

 

「企業秘密ダ」

 

「絶対見てたのに!」

 

僕も曽米さんの横で何度も首を傾げていた。

目の前で見ているのに、まったくわからない。

手元から一瞬も目を離していないはずなのに、気づけば結果だけが変わっている。

まるで当たり前みたいな顔でカードを操る宋金先生は、やっぱりどこかずるいと思う。

その時だった。

 

「お、盛り上がっとるやないですか」

 

トイレに立っていた末長先生が戻ってきた。

椅子を引きながら席に着く。

 

「なんや、ワシがおらん間に宴会芸大会ですか?」

 

「宋金先生のマジック、めっちゃすごかったんですよ」

 

僕が思わずそう言うと、末長先生は「ほぉ」と笑った。

すると、隣で曽米さんがぱっと手を挙げた。 

 

「じゃあ次は私の番ね」

 

「え?」

 

僕は思わず曽米さんを見る。

曽米さんは得意げに胸を張っていた。

 

「私も、とっておきのマジックを披露しちゃいまーす」

 

そう言いながら、宋金先生の手元にあったトランプをひょいと受け取る。

僕は目を丸くした。

曽米さんにそんな特技があったなんて知らなかった。

正直、少し意外だった。

普段の言動からすると、マジックより「見せてもらう側」のイメージが強い。

でも本人はやる気満々らしい。

カードの束をテーブルに広げながら、妙に堂々としている。

 

「じゃあみんな協力してね」

 

曽米さんはそう言うと、カードの中から四枚だけ抜き取った。

その動きはぎこちないけれど、なぜか自信だけはある。

まず僕に一枚。

 

「はい、リチャード君」

 

続いて宋金先生に一枚。

 

「宋金先生」

 

そして戻ってきたばかりの末長先生にも一枚。

 

「末長先生も」

 

最後に残った一枚を、自分の前に置いた。

テーブルの中央に四枚。

それぞれ一枚ずつ手元にある。

曽米さんは自分のカードだけそっと持ち上げ、表を確認する。

その瞬間、口元がにやっと緩んだ。

どうやら準備は整ったらしい。

カードを伏せたままテーブルに戻し、わざとらしく咳払いをする。

 

「えー、ではこれから」

 

曽米さんが指先を広げ、舞台のマジシャンみたいに言った。

 

「皆さんが持つ三枚のカードを――私が考えた独自のマジックで当てちゃいまーす」

 

「独自なんや」

 

末長先生がすかさず突っ込む。

 

「既存じゃありません」

 

「そこ強調するんやな」

 

宋金先生は腕を組みながら静かに様子を見ている。

僕は自分の手札を見下ろした。

何の変哲もないトランプ。

だけど曽米さんが何をするつもりなのか、まったく予想がつかない。

さっきまであんなに宋金先生のマジックに驚かされていたせいだろうか。

僕は気づけば少し身を乗り出していた。

……なんだろう。

妙にワクワクしている。

曽米さんが本当にマジックを披露できるのか。

それとも、何かとんでもないことが起こるのか。

期待と不安が半分ずつ入り混じる。

曽米さんはテーブルの上に指を置き、もったいぶるように僕たちを見回した。

店内のざわめきの中、その小さなテーブルだけが少し静まり返る。

いたずらっぽく笑いながら、曽米さんは真っ先に宋金先生の方へ体を向けた。

 

「宋金先生が持っているカードの絵柄の人物は、髭を生やしてる?」

 

「……ん?」

 

思わず僕は間の抜けた声を漏らした。

隣の末長先生も同じだったらしく、露骨に眉をひそめている。

髭?

そんなのでカードを当てるの?

宋金先生は手元のカードを少しだけ持ち上げ、絵柄を確認する。

そして首を傾げながら言った。

 

「生えていないと言えば生えていないガ……それが何ダ?」

 

その答えを聞いた曽米さんは、待ってましたと言わんばかりに人差し指を突きつけた。

 

「その手に持ってるのは――ハートのキング。カール大帝!」

 

僕は目を瞬かせた。

……いやいや。

意味がわからない。

髭があるかないかだけで?

それにトランプのキングなんて、どれも王冠をかぶった似たようなおじさんにしか見えない。僕なんてスペードとハートの違いすら怪しいのに、そこから人物名まで当てるなんて無茶苦茶だ。

 

「そんなわけ――」

 

僕が言い切るより先に、宋金先生が静かにカードを表に返した。

赤いハートのマーク。

中央には剣を持った王の絵。

間違いなく――ハートのキングだった。

 

「ふぇっ!?」

 

思わず声が漏れた。

背筋がぞわっとする。

本当に当たった。

末長先生は目を見開き、椅子から半分立ち上がりながら叫んだ。

 

「ウソやろ!?なんでや!?」

 

その声は店内でもかなり大きかったらしく、近くの席の客がちらっとこちらを見る。

けれど末長先生は構わず続けた。

 

「髭があるかないかで絵柄が分かるわけないやろ!それに似たようなオッサンしか描かれてへんのに、なんで名前まで分かんねん!」

 

僕も完全に同意だった。

だって、僕にはただのキングのカードにしか見えない。

なのに曽米さんだけは、当然の結果みたいな顔で胸を張っている。

 

「フフフ……歴史好きの観察眼、甘く見てもらっては困ります!」

 

得意げにそう言って、曽米さんは前髪をふわっと払った。

いや、絶対それだけじゃない。

僕は自分のカードを握りしめながら、目の前のハートのキングと曽米さんの顔を何度も見比べた。

この人……やっぱり、どこかおかしい。

宋金先生のカードを言い当てて、店内の空気がざわついたまま、曽米さんは満足げに指先でトランプをくるりと回した。

 

「さーて、次の標的は……」

 

宋金先生のカードを言い当てたあと、テーブルの空気は一気にざわついていた。

末長先生はいまだに納得していない顔で腕を組み、宋金先生は感心したようにハートのキングを指先でひらひら揺らしている。

そんな二人の反応を楽しむように、曽米さんはくるりと僕の方へ向いた。

 

「じゃあ次はリチャード君ね」

 

「えっ、僕?」

 

曽米さんはわざとらしく咳払いして、人差し指を一本立てた。

 

「リチャード君に質問。そのカード、絵柄の人物に特徴的な部分はある?」

 

僕は一瞬きょとんとした。

歴史の話題で来ると思っていたからだ。

“王冠をかぶってる?”とか、“武器を持ってる?”とか、せめて“ヨーロッパの人物?”みたいな質問ならまだ分かる。

なのに――特徴的な部分。

それは急にマジックらしい質問だった。

僕は手元のカードを少し持ち上げて、絵柄を盗み見る。

……改めて見ても、やっぱりキングだ。

王冠をかぶっていて、服は派手で、手には剣らしきものを持っている。

 

「ええと……」

 

僕はカードとにらめっこしながら答える。

 

「僕のカードの人物に特徴的な部分は……」

 

末長先生も身を乗り出して僕の答えを待っている。

 

「髭はあるし……顔は普通に描かれてる」

 

言いながら、自分でも「なんだその説明」と思った。

曖昧すぎる。

これじゃ情報になっていない。

でも曽米さんは、その言葉だけでぴたりと動きを止めた。

まるで答えが見えたみたいに、口元をわずかに持ち上げる。

 

「なるほどね」

 

その表情に、僕の胸が少しざわついた。

そして曽米さんは、自信満々に僕を指差した。

 

「ズバリ!」

 

店内のざわめきの中でも、その声だけが妙にはっきり聞こえた。

 

「スペードのキング――ダビデ王だ!」

 

ドクッ、と心臓が跳ねた。

僕は反射的にカードをひっくり返した。

黒いスペードのマーク。

中央に描かれた王の姿。

間違いない。

スペードのキングだった。

 

「……え」

 

声が漏れる。

さっきよりも大きく、間抜けな声だった。

どうして。

今の僕の説明なんて、“髭がある”“顔が普通”だけだ。

そんな曖昧な情報で分かるわけがない。

それなのに、また当たった。

僕が固まっていると、すぐ横で椅子がガタンと鳴った。

末長先生が勢いよく身を乗り出していた。

 

「こんなのインチキや!」

 

ファミレス中に響きそうな勢いの大声だった。

周りの客がまたこちらをちらちら見ている。

末長先生はそんなことお構いなしに、曽米さんをびしっと指差した。

 

「曽米!リチャードと組んで大人を欺こうとしてるんやろ!」

 

「えぇ~?」

 

曽米さんは楽しそうに首を傾げる。

末長先生はさらに畳みかけた。

 

「それにまた人名まで言い当てるってなんやねん!大人なめとんのもいい加減にせえ!」

 

満載のオチに入るツッコミより、ずっと鋭く、ずっと本気の声だった。

僕はスペードのキングを持ったまま、曽米さんと末長先生の顔を交互に見る。

疑っている末長先生の気持ちは、痛いほど分かる。

僕だって同じだ。

でも――

カードは、たしかに僕の手の中にあった。

誰にも見せていない。

それなのに当てられた。

曽米さんは僕の視線に気づくと、いたずらが成功した子どもみたいににやっと笑った。

その笑顔を見て、僕は思った。

やっぱりこの人、歴史が好きなだけじゃない。

時々、本気で魔法でも使ってるんじゃないかって。

スペードのキングを当てられた僕は、しばらくカードを見つめたまま固まっていた。

黒いスペードのマーク。

中央に描かれた王の姿。

何度見返しても、曽米さんの言った通りだ。

やっぱり納得がいかない。

僕はカードをテーブルに置き、曽米さんの方を見た。

 

「曽米さん……なんで分かったの?」

 

「おっ、気になる?」

 

曽米さんは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。目がきらきらしている。

 

「気になるよ。さすがに今のは分からないって」

 

僕がそう言うと、曽米さんは得意げに自分のカードをひらりと表にした。

クラブのキング。

 

「まずね、私が持ってるカードはクラブのキング(アレクサンドロス大王)

 

僕と末長先生、それに宋金先生もテーブルに視線を落とす。

曽米さんはカードの絵柄を指先で軽く叩きながら続けた。

 

「それで、宋金先生が持ってたカール大帝――ハートのキング。ここまではもう確定」

 

「う、うん」

 

「そしてもう一枚、特徴的なカードがあるんだよ」

 

曽米さんはそう言って、僕のスペードのキングを指さした。

 

「キングの中でね、構図がすごく似てる絵柄が二枚あるんだよ。見比べると『ほぼ同じじゃん』って思うくらい」

 

たしかに言われてみれば、僕のスペードのキングと、曽米さんのクラブのキングはどこか似ている気がする。人相や持ち物もほぼ同じだ。

 

「でも、その片方は私が持ってるんだよねぇ」

 

曽米さんはクラブのキングをひらひら揺らす。

 

「だから残るもう一枚は、リチャード君の答え――『髭がある』『顔は普通』っていう情報で導き出せたってわけ」

 

そこまで言うと、曽米さんは胸を張り、満面の笑みを浮かべた。

 

「私って天才?」

 

僕は思わず苦笑した。

理屈は分かった。たぶん、本当にそうなんだろう。

でもその理屈にたどり着く観察力がまずおかしい。

案の定、隣で黙って聞いていた末長先生が耐えきれずテーブルを軽く叩いた。

 

「何が天才や!」

 

ファミレスの空気がまた少し揺れる。

 

「種も仕掛けもあるんやったら、それはもうマジックちゃうやろ!」

 

末長先生は大げさに椅子へもたれながら頭を抱えた。

 

「真面目に聞いて損したわ!」

 

その言い方があまりにも本気だったので、僕は吹き出しそうになるのをこらえた。

曽米さんは「え~」と口を尖らせている。

宋金先生は腕を組みながら「なるほどナ……」と感心していた。

僕はそこでふと思う。

 

……待てよ。

 

曽米さんがクラブのキング(アレクサンドロス大王)

宋金先生がハートのキング(カール大帝)

僕がスペードのキング(ダビデ王)

そうなると――。

残るキングは一枚だけだ。

つまり、末長先生の持っているカードは僕でもわかる……はず。

そこまで考えたところで、僕は末長先生の手元の伏せられたカードをちらっと見た。

でも、それ以上に気になったのは別のことだった。

曽米さんは、ここからどうやってその答えにたどり着くつもりなんだろう。

最後のカードを、今度はどんな論理で当てるのか。

末長先生は簡単に口を滑らせないよう、曽米さんに警戒感を露わにしている。

僕は口を挟まず、カードを指でなぞりながら、黙って曽米さんの様子を見ることにした。




①カール大帝(シャルルマーニュ)
フランク王国の国王。
現在のドイツ・フランス・イタリアを支配し、西ヨーロッパを統一。
ローマ教皇レオ3世から皇帝冠を授けられ、西ローマ帝国滅亡により失われた皇帝の権威が復活。死後、国家は分裂するが(ヴェルダン条約)、のちの「神聖ローマ帝国」に引き継がれていく。

②ダビデ王
古代イスラエルの国王。
エルサレムを征服し首都に定め、イスラエル黄金時代の土台を作ったとされる。

③アレクサンドロス3世(大王)
古代マケドニアの国王。
哲学者アリストテレスに学び、父ピリッポス2世が亡くなると王位を継いだ。
軍事的才能に秀でており、「イッソスの戦い」や「ガウガメラの戦い」でダレイオス3世の軍勢を壊滅させ、アケメネス朝ペルシアを滅亡させる。しかし、大王の死後、後継を巡り争った結果(ディアドコイ戦争)国家は分裂した。
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