曽米さんの『世界史』愛が強すぎる!   作:公私混同侍

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打ち上げは王様気分 後編

 

僕のカードまで言い当てられたことで、テーブルの上には妙な緊張感が漂っていた。

……いや、緊張しているのは僕だけかもしれない。

曽米さんは相変わらず得意げに椅子にもたれ、宋金先生は面白そうに目を細めている。そして末長先生だけが、どう見ても納得していなかった。

末長先生はダンッとテーブルに手をついた。

 

「そしたら、ワシのカード当ててみいや!」

 

ファミレスのグラスがかすかに揺れる。

末長先生はカードを胸の前に隠すように持ち、子供みたいに口を尖らせた。

 

「質問されても一切答えへんけどな!」

 

「……」

 

僕は思わず曽米さんと目を合わせた。

いや、それもうゲームとして成立してない。というか曽米さん独自のマジックだからゲームと呼ぶのもおかしい気がする。

さっきまで「インチキだ」と騒いでいたのに、急に自分が挑戦者になるとルールを変えてくる。教師というより、駄々をこねる小学生だった。

だけど曽米さんはまったく動じなかった。

むしろ「望むところです」と言わんばかりに腕を組み、余裕の笑みを浮かべている。

不思議だった。

理由は分からないのに、僕の中では「曽米さんなら当てる」という根拠のない確信が生まれていた。

さっきまで半信半疑だったのに。

曽米さんはしばらく黙ったまま末長先生を見つめ――いや、正確にはカードではなく、その頭をじっと見つめていた。

ふさふさの黒髪。

年齢のわりに驚くほどボリュームがある。

そして曽米さんは唐突に、ぽつりと言った。

 

「内地先生って、ハゲで女たらしは苦手らしいよ」

 

「は?」

 

空気が止まった。

僕は瞬きを忘れる。

末長先生の眉がぴくりと跳ねた。

そしてカードを握る手にぎゅっと力がこもる。

 

「誰のことを言ってるんや?」

 

声のトーンが一段低い。

 

「ワシのことか?」

 

末長先生は椅子から乗り出し、自分の髪を両手でわしゃわしゃとかき上げた。

 

「ワシは高校の教師になってから、聖海高校のナイチンゲールこと内地先生一筋やぞ!」

 

店内の隣の席の女子高生がちらっとこちらを見る。

末長先生は気づかない。

 

「それにワシは見ての通りフサフサの剛毛や!ハゲてへん!断じてハゲてへん!せやろ?リチャード」

 

「そ、そうですね……」

 

僕は曖昧にうなずくしかなかった。

どう反応するのが正解なんだろう。

否定しすぎても失礼な気がするし、かといって曽米さんの話に乗るわけにもいかない。

そんな僕をよそに、曽米さんは名探偵みたいに顎へ手を当てた。

 

「……その態度が証拠だ」

 

「何ィ?」

 

曽米さんは勢いよく末長先生を指差した。

 

「末長先生の持ってるカードは――ダイヤのキング!」

 

その瞬間、末長先生の顔色が変わった。

目が見開かれる。

手元のカードを見る。

そして肩がぴくりと震えた。

 

「ま、まさか……」

 

震える指で、末長先生はカードをひらりとテーブルへ置いた。

赤いダイヤの紋章。

中央には王の姿。

ダイヤのキング。

 

「……当たってる」

 

僕は思わずつぶやいた。

確かにダイヤのキングだった。

そして僕の頭に曽米さんの言葉がつながる。

――ハゲで女たらし。

それってつまり。

 

「……ユリウス・カエサルか」

 

曽米さんは満足そうにうなずいた。

たしかにカエサルは女性関係の逸話も多いし、髪を気にして月桂冠で隠していたなんて話も残っている。

でも、だからって普通そこから当てられる?

僕の頭は混乱したままだった。

末長先生はしばらく魂が抜けたようにカードを見つめていたけれど、不意にハッと顔を上げた。

そして蘇生したみたいな勢いで叫ぶ。

 

「というか、これマジックちゃうやろ!!」

 

店内に声が響く。

 

「メンタリズムやないか!」

 

その瞬間、曽米さんも机を叩いて立ち上がった。

 

「ちがーう!これは立派なマジック!」

 

「どこがやねん!」

 

「心理と歴史的知識を組み合わせた、れっきとした知的エンターテインメントです!」

 

「それを世間ではメンタリズムって言うんや!」

 

「言いません!」

 

「言う!」

 

「言いません!」

 

二人とも譲らない。

顔を突き合わせて言い争うその姿は、教師と生徒というより――

親子喧嘩だった。

僕はストローをくわえたまま、ぽかんとその様子を見つめる。

宋金先生は腕を組んで「フム……」と何かを考え込んでいた。

ファミレスのテーブルの上には、キングのカードが三枚並んでいる。

その中心で続く大人げない口論に、僕はもう笑うしかなかった。

親子喧嘩みたいな口論がしばらく続いたあと、それを見ていた宋金先生が、不意にハンカチを取り出した。

 

「……?」

 

僕が視線を向けると、宋金先生は目元をそっと拭っていた。

泣いてる……?

僕が驚いていると、宋金先生は少し鼻をすすってから言った。

 

「二人を見ているト、中国にいる両親を思い出してしまっタ……」

 

「えぇ……」

 

僕は思わず曽米さんと顔を見合わせた。

宋金先生は日本人だけど、中国で育ったと前に聞いたことがある。だから中国にいるご両親の話なのだろう。

……いや、それは分かる。

分かるけど。

このカオスな状況でそこに思いを馳せるんだ……。

末長先生は「誰が親や!」とまだ抗議しているし、曽米さんも「私のお父さんはこんなモジャモジャしてない!」と反論している。

その騒がしさの中心にいながら、宋金先生だけが遠い目をしていた。

僕は苦笑しながら、さっきまで曽米さんが持っていたハートのキングのカードを手に取る。

 

「はい、宋金先生」

 

「ああ……すまなイ」

 

宋金先生はいつもの穏やかな顔に戻り、カードを受け取った。

テーブルの上に散らばったトランプが片づけられていく。

ガラスの向こうには夜の街の明かりがぼんやりと滲んでいて、ファミレスの店内はすっかり夜の空気に包まれていた。

 

―――

 

家に帰った僕は、なぜか眠る気になれなかった。

机の上にスマホを置きながら、さっきのことを何度も思い返していた。

ハートのキング。

スペードのキング。

ダイヤのキング。

本当にただの偶然だったんだろうか。

気になって仕方なくなった僕は、スマホで検索を始めた。

「トランプ キング モデル」

画面にはいくつもの解説サイトが並ぶ。

ハートのキングはカール大帝。

スペードのキングはタビデ王。

ダイヤのキングはユリウス・カエサル。

 

「……ほんとだ」

 

僕はベッドに腰かけながら、小さくつぶやいた。

しかも人物ごとに顔の向きや持っている武器にも微妙な違いがある。

曽米さん、本当に見分けてたのか……?

いや、それでも末長先生のは心理誘導も混じっていた気がする。

考えれば考えるほど訳が分からなくなってくる。

そして気づけば、僕は無意識にSNSアプリを開いていた。

曽米さんに聞きたかった。

――あれ、本当にどうやって当てたの?

そうメッセージを送ろうとして。

僕は曽米さんのアイコンをタップした……つもりだった。

送信。

次の瞬間。

画面を見た僕の背筋が凍った。

 

「…………え?」

 

送り先。

個人トークじゃない。

曽米さん、伊藤、大堤君、那智君、日向さん、そして末長先生が入っているグループ――

 

『聖海高校常任理事会』

 

だった。

 

「うそだろ……」

 

血の気が引いた。

しかも送った内容は、

 

『先生たちとファミレスで見せてくれたトランプのやつ、特徴的な絵柄と歴史上の人物を当てはめて覚えてたんだよね?』

 

完全に先生たちと食事してたことが伝わる内容だった。

取り消し――と思った時には、もう遅かった。

 

既読 1

既読 2

既読 3……

 

「終わった……」

 

僕はベッドに倒れ込んだ。

真っ先に既読をつけたのは伊藤だった。

けれど――返信なし。

既読無視。

その沈黙が逆にありがたい。

頼む、このまま流れてくれ。

そう願った次の瞬間。

スマホが震えた。

 

那智君:

『オレたちを差し置いてヒミコとリチャードを誘うなんて見損なったッス!』

 

「うわぁ……」

 

続けて通知。

 

大堤君:

『ライオンハート殿、怪我を理由にヒミコ様と抜け駆けとは、これは裏切りに等しい所業ですぞ!』

 

「違う……そうじゃない……」

 

僕は顔を覆った。

さらに通知。

画面に表示されたのは、日向さんのメッセージだった。

 

日向さん:

『二人とも落ち着いて。今度みんなで行けばいいじゃない。ねっ、末長先生?』

 

その一文に、僕は少し救われる。

さすが日向さんだ。

この混乱を収められるのは、もう日向さんしかいない。

僕は祈るような気持ちで画面を見つめた。

末長先生がなんて返すのか。

僕は布団に入ったあともしばらく、スマホの画面をぼんやり見つめていた。

通知はまだ止まらない。

もうここまで来たら、誰かが「この話はまた今度」で締めて終わるだろうと思っていた。

けれど――そうならなかった。

曽米さんが、まったく止める気配を見せなかったからだ。

しかも送っている内容が予想の斜め上だった。

 

曽米さん:

『ちなみにクラブのジャックのモデルはランスロット。アーサー王伝説の円卓の騎士』

 

「……まだ続くの?」

 

僕は思わず声に出していた。

数秒後。

 

曽米さん:

『スペードのジャックはオジェ。シャルルマーニュ伝説に登場する騎士』

 

続けざまにまた通知。

 

曽米さん:

『ハートのクイーンはジュディス。旧約聖書に登場する女性』

 

なんで急に講義が始まったんだろう。

グループ名は『聖海高校常任理事会』のまま。

深夜のトーク画面に、トランプの人物史だけが淡々と積み上がっていく。

誰も頼んでいないのに。

それなのに曽米さんの文体は妙に落ち着いていて、まるで授業の補足資料でも送っているみたいだった。

そして、人名が出るたびに――案の定、僕より先に反応する人がいた。

 

末長先生:

『知らんわ!!』

 

数秒後。

 

曽米さん:

『ダイヤのクイーンはラケルとも言われていて――』

 

末長先生:

『せやから誰やねん!!』

 

また通知。

 

曽米さん:

『ただし諸説ある』

 

末長先生:

『諸説あるなら言うなや!!』

 

僕はベッドの中で吹き出してしまった。

もう会話のテンポが完全に出来上がっている。

曽米さんが豆知識を投下して、

末長先生が全力でツッコむ。

その繰り返しだ。

しかも、末長先生の返信が異様に早い。

ずっとスマホを握って待ち構えているんじゃないかと思うくらいだ。

僕もさすがに既読だけつけて黙っているのは気まずくなって、合間にそれっぽい返信を送った。

 

『へぇ……知らなかった』

『たしかに言われてみると、武器にも色んな特徴あるね』

『トランプ以外にもあったりするのかな?』

 

自分で打ちながら、我ながらずいぶん無難だと思った。

でも本当に少し感心していたのも事実だった。

さっき検索したばかりの内容とつながって、曽米さんの言っていたことが一本の線になっていく。

トランプって、ただの遊び道具だと思っていたのに。

まさかあんなに人物や伝承が詰め込まれていたなんて。

画面を見ながらそんなことを考えているうちに、まぶたがだんだん重くなってくる。

スマホの明かりがぼやける。

通知音が遠くなる。

曽米さんの長文。

末長先生の「なんでやねん」。

その繰り返すメッセージが子守歌みたいに続いて――

僕はいつの間にか寝落ちしていた。

 

翌朝。

目が覚めて、枕元のスマホを手に取る。

画面を見た瞬間、僕は無言になった。

通知件数――『87件』。

 

「……まだやってたの?」

 

恐る恐るグループを開く。

そこには深夜二時を過ぎても続いていたやり取りが、そのまま残っていた。

曽米さんがクイーンのモデルについて語り、

末長先生が全力でツッコミ、

曽米さんが訂正し、

末長先生がさらに反論する。

途中から日向さんが「二人ともそろそろ寝ないの?」と送っていて、

伊藤は相変わらず既読だけついていた。

それでも止まらなかったらしい。

まるで親子喧嘩だ。

しかも、誰も勝っていない。

僕はスマホを見ながら苦笑した。

昨夜ファミレスで見たやり取りの続きが、そのままSNSに場所を移しただけだった。

リアルでも、オンラインでも。

曽米さんと末長先生は、今日も変わらず騒がしい。

 




①アーサー王伝説
中世ブリテンに起源をもつ、円卓の騎士や聖杯伝説で知られる騎士道文学。
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