曽米さんの『世界史』愛が強すぎる!   作:公私混同侍

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クリスマス・シンフォニー その1

 

期末テストを無事に乗り切り、ついに冬休みを迎えた。

そして今日はクリスマス。

本来なら朝から浮かれるべき日なのだろうが、僕は自室で頭を抱えていた。

原因は服だ。

制服なら何も考えなくていい。

毎日同じものを着れば済む。

しかし私服となると話は別だった。

クローゼットを開けても、出てくるのは無難を通り越して地味な服ばかり。

 

「高校生のデート服って何を着ればいいんだ……」

 

スマホで検索する。

 

『高校生 クリスマス 服装 男子』

『冬 高校生 デートじゃない 私服』

『ダサく見えない服』

 

検索履歴が情けないことになっていく。

結局、ネットで最近流行っているという服装を参考にしながら、無難そうなコートとセーターを買った。

鏡の前で確認する。

似合っているかは分からない。

少なくとも犯罪者みたいには見えない。

それで十分だ。

 

「もうどうにでもなれ……」

 

僕は半ば開き直った。

そして待ち合わせ場所の駅前へ向かった。

 

時計を見る。

午前八時。

約束通りの時間だった。

しかし到着した瞬間、僕は目を瞬かせた。

 

「……多くない?」

 

まず目に入ったのは曽米さん。

これは当然だ。

しかしその隣には那智君。

さらに日向さん。

そして大堤君までいる。

 

「なんでこんな大所帯なんだ……」

 

なんだか拍子抜けしてしまう。

クリスマスだぞ。

修学旅行じゃないんだぞ。

僕は思わず周囲を見回した。

そして気付く。

伊藤がいない。

 

「あれ?」

 

僕はもう一度確認する。

曽米さん。

那智君。

日向さん。

大堤君。

そして僕。

五人。

やはり伊藤がいない。

寝坊だろうか。

いや。

それはない。

断言できる。

伊藤が遅刻するくらいなら、地球の自転が遅刻する方がまだ可能性が高い。

だが現実にいない。

もしかして急用か。

体調不良か。

何か家の都合でもあったのだろうか。

僕は勝手にそう結論付けようとした。

その時だった。

 

「リチャード!」

 

那智君が大声で呼ぶ。

 

「獅子御君!」

 

日向さんも続く。

 

「え?」

 

二人とも妙な顔をしている。

何かを堪えているような。

笑いを我慢しているような。

そしてなぜか僕の後ろを見ろと言わんばかりに視線を動かした。

僕は首を傾げながら振り返る。

すると。

駅前の柱の陰。

人影が見えた。

誰かが隠れている。

僕は目を凝らした。

見覚えのある背格好。

見覚えのある髪型。

まさかと思いながら声を掛ける。

 

「伊藤……?」

 

人影がびくりと肩を震わせた。

やっぱりだ。

 

「なんでそんなとこに隠れているの?」

 

僕がそう言うと、人影はしばらく動かなかった。

しかし観念したように小さく息を吐き、ゆっくりと姿を現した。

そして僕は固まった。

 

「え……」

 

理解が追いつかない。

頭の中が真っ白になる。

伊藤は確かに伊藤だった。

顔も。

髪も。

表情も。

間違いなく伊藤だ。

しかし。

服装が違う。

決定的に違う。

足元を見る。

ズボンじゃない。

いや。

ズボンじゃないぞ?

スカート?

いや、ワンピース?

僕は何度も瞬きを繰り返した。

見間違いだと思った。

目を擦る。

もう一度見る。

やっぱりスカートだった。

伊藤が。

スカートを。

穿いている。

僕の脳が処理を拒否する。

目の前の光景と今までの記憶が全く噛み合わない。

学校でいつも男子制服を着ていた伊藤。

冷静で。

理知的で。

男子生徒より男子らしい伊藤。

その伊藤が。

今。

普通の女の子みたいな服を着ている。

僕はただ呆然と見つめることしかできなかった。

すると伊藤の耳が少し赤くなった。

視線を逸らしながら言う。

 

「そんなにジロジロ見るな……」

 

その声にはいつもの鋭さがなかった。

むしろ明らかに照れていた。

僕は反射的に目を逸らそうとした。

しかし再び見てしまう。

そしてまた目を逸らす。

脳が混乱している。

今まで男友達として接していた相手が、突然女の子の格好で現れたのだ。

混乱しない方がおかしい。

 

「いや、その……」

 

言葉が出てこない。

何か言わなければ。

だが何を言えばいい?

似合ってる?

可愛い?

そんなことを言ったら絶対に変な空気になる。

かといって何も言わないのも不自然だ。

僕が必死に言葉を探していると、後ろから那智君が肩を震わせていた。

日向さんは口元を押さえている。

大堤君は遠くを見ている。

どうやら全員、僕の反応を面白がっているらしい。

僕だけが状況についていけず、クリスマスの冷たい朝の空気の中で完全に思考停止していた。

僕が完全に思考停止していると、曽米さんが一歩前へ出た。

そしてなぜかハンカチを取り出す。

目元に当てる。

もちろん涙など一滴も出ていない。

だが本人は悲劇のヒロインを演じるつもりらしかった。

 

「伊藤ちゃん……」

 

声まで震わせている。

嫌な予感しかしない。

 

「ついに宦官になる決意をしたんだね……」

 

駅前に静寂が訪れた。

数秒後。

 

「何が宦官だ……元々伊藤枢という人間は女だ……!」

 

伊藤の拳が震えた。

怒りで。

分かりやすく怒りで。

普段は冷静な伊藤だが、曽米さん相手だと感情表現が豊かになる。

 

「そもそもこんな格好する必要はなかったんだ!」

 

「えー?」

 

曽米さんは全く反省していない。

むしろ楽しそうだ。

 

「別に遊ぶ時ぐらい好きな格好したっていいじゃん」

 

そして僕の方へ振り返る。

嫌な予感が的中した。

 

「ねっ、リチャード君もそう思うよね?」

 

全員の視線が僕へ集まった。

逃げ場がない。

僕は正直に答えることにした。

 

「伊藤はどんな格好していても似合うと思うよ」

 

伊藤が固まる。

日向さんも固まる。

那智君が「おっ」と声を漏らす。

大堤君が眼鏡を押し上げた。

僕は続ける。

 

「そのワンピースも良く似合ってる」

 

沈黙。

伊藤の顔がみるみる赤くなった。

耳まで赤い。

冬なのに。

 

「そ、そういうことを平然と言うな……」

 

小声だった。

いつもの伊藤からは考えられないほど弱々しい。

そして視線を逸らしながら言う。

 

「これは日向が選んでくれたんだ。己の意思で選んだわけじゃない」

 

まるで言い訳だった。

その姿を見た日向さんが楽しそうに笑う。

 

「そう照れなくてもいいじゃない」

 

そしてスマホを構える仕草をした。

 

「普段見慣れない格好をしてるんだし、いっそのこと写真でも撮っちゃう?」

 

「やめろ!」

 

伊藤が即座に反応する。

スマホを向けられると慌てて顔を隠した。

両手で。

完全防御である。

その仕草が妙に可愛らしかった。

学校での伊藤しか知らない人間が見たら、同一人物とは思わないかもしれない。

僕の頬が自然と緩んだ。

伊藤はそんな僕を見つけると、

 

「獅子御、君も笑うな……」

 

と抗議する。

だが無理だ。

面白いものは面白い。

伊藤はますます不満そうな顔になった。

そんなやり取りを見ていた那智君が話題を変える。

 

「それでこれからどうするんだ?」

 

現実的な問題だった。

 

「六人で行動するのか?」

 

確かに。

改めて人数を数える。

僕。

曽米さん。

伊藤。

日向さん。

那智君。

大堤君。

六人。

普通の休日ならともかく、クリスマスの人混みの中を六人で移動するのは結構大変そうだ。

すると大堤君が顎に手を当てた。

 

「二手に分かれた方が効率よく目的の場所を巡れると思いますが」

 

さすが大堤君。

話が急に会議っぽくなる。

 

「なれば、どう二手に分かれるかが肝要になりますな」

 

「確かに」

 

僕も頷く。

六人全員が行きたい場所を回るのは難しい。

分かれる案は合理的だった。

しかし。

その瞬間。

 

「はいはーい!」

 

明るく通る声が響いた。

曽米さんだった。

しかも満面の笑みで手を挙げている。

 

「それなんだけど!」

 

その顔は自信満々だった。

 

「私から一つ妙案がありまーす!」

 

全員が曽米さんを見る。

那智君は半笑い。

日向さんは少し警戒気味。

伊藤は明らかに嫌そうな顔。

大堤君は興味深そうに耳を傾けている。

 

そして僕は――

 

何故だろう。

胸騒ぎしかしないはずなのに。

この時ばかりは少し頼もしく見えてしまった。

世界史に関しても。

イベント事に関しても。

曽米さんは妙な行動力を発揮する。

ろくでもない案の可能性も高い。

だが停滞した状況を動かす力だけは本物だった。

クリスマスの朝。

雑踏の中で堂々と胸を張る曽米さんを見ながら、

――今度は何を言い出すんだろう。

僕は半分期待し、半分不安になりながら次の言葉を待った。

曽米さんは人差し指を天へ向けながら、自信満々に宣言した。

 

「午前中は私、リチャード君、ピョートル君グループと、柚乃、アゴヒゲ、伊藤ちゃんのグループで分けたいと思います!」

 

なるほど。

三人ずつか。

人数的には丁度いい。

大堤君のことが苦手な日向さんが別グループに入ってる。

珍しくまともな案かもしれない。

しかし曽米さんはそこで終わらなかった。

 

「その名も……」

 

来た。

絶対に来ると思った。

曽米さんがこちらを向く。

期待に満ちた目だ。

完全に僕へパスを出している。

答えろ。

当てろ。

そう言っている。

普段なら分かる。

曽米さんの思考回路はある程度理解しているつもりだ。

世界史絡みならなおさらだ。

なのに。

頭が回らない。

僕は黙った。

おかしい。

何故だ。

いつもなら何かしら浮かぶはずなのに。

さっきから妙に集中できない。

原因は分かっていた。

伊藤だ。

正確には伊藤のワンピース姿だ。

視界の端に入る度に思考が乱される。

学校では絶対に見られない格好。

そのせいで脳の処理能力がどこかへ飛んでいってしまっている。

僕は結局何も言えなかった。

沈黙。

曽米さんの期待が少しずつ萎んでいくのが分かる。

すると助け舟を出したのは伊藤だった。

 

「日向、那智、この伊藤グループは恐らく日独伊三国同盟だろう」

 

「あっ」

 

僕も同時に理解した。

確かにそうだ。

日向さんの「日」。

ナチ――いや那智君の「那智」とドイツ。

そして伊藤の「伊」。

完全に曽米さんが好きそうな語呂合わせだった。

しかし那智君は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「ここでも世界史かよ……」

 

(ここでも世界史だよ)

 

僕は心の中で同意した。

日向さんは首を傾げる。

 

「でもどうしてニチドクイ?三国同盟なの?」

 

その疑問は当然だった。

僕は説明しようと口を開く。

だが。

 

「頭文字でございませんかな?」

 

先に声を上げた人物がいた。

大堤君だ。

後手を踏んだ気がした。

大堤君は得意げに続ける。

 

「日向殿の『日』」

 

指を一本立てる。

 

「ナチス独志殿の『独』」

 

「誰がナチス独志だ」

 

那智君が即座に突っ込む。

しかし大堤君は止まらない。

 

「そして伊藤殿の『伊』」

 

三本目の指が立つ。

 

「どうでしょう、ヒミコ様?」

 

完璧だった。

説明として。

そしてタイミングとして。

僕が言おうとしていたことを全部持っていかれた。

 

「あ……」

 

僕は肩を落とした。

先を越された。

完全に越された。

しかも曽米さんは。

 

「正解!」

 

と満面の笑みで拍手している。

その顔を見て、僕はさらに落ち込んだ。

本来なら僕が答えるはずだったのだ。

いつもなら。

曽米さんの無茶振りに付き合う役は僕だった。

なのに今日は違った。

僕が答えられなかった。

曽米さんも少しだけ不満そうに見える。

いや、間違いなく不満そうだ。

 

『なんでリチャード君が答えてくれなかったの?』

 

そんな心の声が聞こえてきそうだった。

僕は何とか挽回しようとする。

 

「べ、ベルリン・ローマ枢軸も……」

 

苦し紛れだった。

自分でも分かっている。

しかし曽米さんは容赦なかった。

 

「それじゃ柚乃が仲間外れみたいじゃん!」

 

即死だった。

 

「しまった……」

 

さらに追撃が来る。

 

「それならせめて日独伊防共協定ぐらいじゃないと正解にできないよ!」

 

完全論破だった。

確かにその通りだ。

ベルリン・ローマ枢軸ならドイツとイタリアだけで、日本が入っていない。

日向さんを除外するどころか、むしろ那智君と伊藤だけになってしまう。

僕は何も言い返せなかった。

 

「うぅ……」

 

情けない声が漏れる。

そんな僕の横で、大堤君は満足そうに胸を張っていた。

 

「ふふふ」

 

今にも軍師の勝利ポーズを取りそうな勢いである。

一方。

那智君はというと。

 

「ふぁ~あ……」

 

盛大な欠伸をしていた。

全く興味がないらしい。

クリスマスの朝から日独伊三国同盟について議論している高校生たち。

冷静に考えるとかなり異様な光景だった。

そして僕はというと。

曽米さんに期待を裏切った罪悪感と、大堤君に先を越された悔しさと、そして隣にいるワンピース姿の伊藤が気になって仕方がないという感情が全部混ざり合い、なんとも言えない気分になっていた。




①宦官
古代中国では多くの女性が住む男子禁制の後宮があり、皇后や側室と関係を持たれないよう去勢した役人や官僚のことを宦官(かんがん)と呼んだ。
時代を経るごとに発言力や権限が強化されていくと、権力闘争や政治腐敗などが目立つようになり、皇帝と同等の権力を持つなど国政を不安定にすることも少なくなかった。

②ベルリン・ローマ枢軸
ナチス・ドイツとイタリアが結んだ協力関係のこと。
「枢軸国」の由来。

③日独伊防共協定
世界の共産主義運動を支援するために作られたコミンテルンに対抗するため日本、ドイツ、イタリアが結束。
のちに第2次世界大戦でドイツがイギリス・フランスに宣戦布告されると、相互の勢力圏を定めた「日独伊三国同盟」に発展した。
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