曽米さんの妙案――という名のグループ分けは、意外にも全員から大きな反対を受けることなく決定した。
まず、日向さん、那智君、伊藤の三人組。
こちらはボウリングやスケートなど、身体を動かす遊びを中心に回るらしい。
僕はその組み合わせを見ながら自然と想像してしまう。
サッカー部の那智君。
テニス部の伊藤。
この二人は運動神経が良い。
一方の日向さんは、体育祭での様子を見る限り、そこまで運動が得意というわけではない。
きっと那智君が、
「ほら、もっとこう投げるんだって」
とか言いながら教えているのだろう。
伊藤も伊藤で、
「重心が後ろに残っている。もう少し前へ」
などと妙に理論的な指導をしていそうだ。
そして日向さんが、
「うぅ……二人とも鬼……」
と悲鳴を上げている姿まで想像できてしまった。
何だかんだで楽しそうである。
一方。
僕たち三人。
つまり。
僕。
曽米さん。
大堤君。
こちらは根本的な問題を抱えていた。
「運動……」
僕が呟く。
大堤君も頷く。
「不得手ですな」
「僕もだよ」
すると曽米さんが胸を張った。
「私も!体を動かすのは好きなんだけどね!」
なぜか誇らしげだった。
そんなわけで、こちらのグループはスポーツ路線を諦めることになった。
候補に挙がったのはカラオケやゲームセンター。
しかし僕は少し気になった。
「さすがにゲーセンはどうなのかな……」
二人がこちらを見る。
「みんなで遊ぶ機会なんてそうそうあるわけじゃないし」
せっかくのクリスマスだ。
もっと特別なことをした方がいい気もする。
すると曽米さんが真面目な顔になる。
「でも二人はスポーツ系が嫌なんでしょ?」
「うん」
「それなら歴史博物館とかにする?」
「なんでそうなるの!?」
危うく声に出しそうになった。
心の中で全力のツッコミを入れる。
選択肢が極端すぎる。
普通なら映画とかショッピングとか水族館とかあるだろう。
なぜスポーツの次が歴史博物館なんだ。
さすが曽米さんである。
発想が世界史中心に公転している。
すると今度は大堤君が提案した。
「それならこの近くに刀剣が拝める展示会場がありますぞ」
「刀剣?」
僕は少し興味を引かれる。
しかし曽米さんは首を横に振った。
「私とリチャード君は西洋武具にしか興味ないんだよね」
「えっ」
勝手に仲間扱いされた。
確かに僕はリチャード一世が好きだし、騎士の剣や甲冑には興味がある。でもそれは、曽米さんが毎日のように世界史ネタを聞かせてくれたお陰だからだ。
刀に全く興味がないわけではない。
というか勝手に思想を決めないでほしい。
しかし曽米さんは当然のように話を進める。
「だから日本刀だけだと弱いかなー」
「弱いって何だろう……」
歴史オタクの評価基準は時々理解できない。
結局。
誰も決定打を出せなかった。
僕たちは一旦カラオケへ向かい、その中で今後の予定を決めることになった。
そして移動を始める直前。
曽米さんが拳を天へ突き上げる。
「それじゃあ!」
嫌な予感しかしない。
「我が協商国グループ、出発!」
やっぱり世界史だった。
僕は一応理解できる。
曽米さん。
僕。
大堤君。
第一次世界大戦の協商国側ということなのだろう。
曽米さんが遅れて参戦したアメリカだろう。
リチャード一世はイングランドだけでなく、フランスにも領土を持っていた。その理由から恐らく僕がイギリスとフランスを兼ねいている。
大堤君は『ピョートル』と呼ばれているからロシア帝国のはず。
そして僕は隣を見る。
大堤君は腕を組んでいる。
そして、
「うむ!」
と力強く頷いた。
……理解しているのだろうか。
いや。
もしかしたら理解しているのかもしれない。
しかし理解していなくても雰囲気で頷きそうな人でもある。
その判断がつかない。
「行くよ、リチャード君!」
「はいはい」
「ピョートル君も!」
「承知しましたぞ!」
クリスマスの街を歩きながら、僕は少しだけ笑ってしまった。
日独伊三国同盟。
そして協商国。
世の中にはもっとクリスマスらしいグループ名があると思う。
けれど。
これが僕たちらしいと言えば、確かに僕たちらしかった。
僕たちは繁華街のカラオケ店へ入った。
クリスマスということもあって店内はかなり混雑していたが、幸い三人部屋ならすぐに案内できるらしい。
受付を済ませ、細長い廊下を進む。
そして部屋へ到着した。
ドアが閉まる。
ようやく落ち着ける空間になった。
「おおー!」
真っ先に反応したのは曽米さんだった。
まるで城を手に入れた王様みたいな勢いでソファへ飛び込み、そのままタブレットを確保する。
「よーし!」
そして選曲画面を開いた。
その目は獲物を探す猛禽類のように真剣だった。
僕はその様子を眺めながら苦笑する。
隣では大堤君が興味深そうに機械を見ていた。
そして不意に僕へ尋ねる。
「ライオンハート殿は楽に造詣があるのですかな?」
「楽?」
僕は首を傾げた。
「ああ、音楽のこと?」
「左様」
なるほど。
大堤君らしい言い回しだった。
僕は少し考える。
「歌を人前で歌うのは苦手だけど」
正直な感想だ。
学校の合唱くらいならいい。
しかしカラオケで一人歌えと言われると緊張する。
「中学の時に伊藤と来たことあるんだ」
「ほう」
大堤君の目が少し大きくなる。
「数回程度だったけど」
「それは意外ですな」
大堤君は感心したように腕を組んだ。
「あの伊藤殿が演舞を……ではなく、美声を披露なさるとは」
確かに。
学校の伊藤しか知らない人ならそう思うだろう。
僕も最初は意外だった。
伊藤は歌も結構上手かった。
しかも変に気取らず普通に歌う。
ただし採点機能を入れると異様に本気になる。
あれは少し怖かった。
そんなことを思い出していると、
「はい!」
曽米さんが勢いよく振り返った。
「リチャード君が歌えそうな曲入れといたよ!」
「え?」
僕は虚を突かれた。
てっきり曽米さんが最初に歌うものだと思っていた。
しかし画面を見る。
そして固まる。
流れ始めた映像。
聞き覚えのある旋律。
「これって……」
イントロが続く。
しかし。
待てど待てど一向に歌詞が表示されない。
僕は首を傾げた。
「歌詞あるの?」
曽米さんは不思議そうな顔をした。
「あるわけないじゃん」
当然のように言う。
「これトルコ行進曲だよ?」
「なんで入れたの!?」
思わず叫んでしまった。
モーツァルトである。
誰もが知る有名曲である。
しかしカラオケで歌うものではない。
少なくとも僕の知るカラオケでは。
曽米さんは平然としていた。
「いい曲じゃん」
「そういう問題じゃない!」
僕は画面を見る。
やはり歌詞はない。
当然だ。
クラシック音楽なのだから。
しばらく考えた末、僕は手に持っていたマイクを大堤君へ渡した。
「お願い」
「ワタクシに?」
大堤君は受け取る。
そしてゆっくり立ち上がった。
「歌詞がなければ己で言の葉をつけよと、ヒミコ様は申されるのですな」
誰もそんなことは言っていない。
「ならばここはワタクシ、大堤霸輝が一つ」
大堤君は胸を張った。
「舞をご覧に入れましょう」
そう宣言した。
僕の脳裏にある映像が流れる。
そしてその予感は当たった。
トルコ行進曲が流れる。
軽快なピアノの旋律。
それに合わせて。
大堤君が踊り始めた。
「なぜ!?」
思わず声が出る。
しかも妙に堂に入っている。
剣舞なのか。
武術演武なのか。
よく分からない。
だが本人は真剣そのものだった。
そして更に意味不明なことに。
「ヘイ!」
「オスマン!」
「コンスタンティノープル!」
曽米さんが合いの手を入れ始めた。
完全にノリノリである。
「スレイマン!」
「カピチュレーション!」
「イェニチェリ!」
もう滅茶苦茶だった。
トルコ行進曲とオスマン帝国知識が融合している。
カラオケの新ジャンルだった。
大堤君は踊る。
曽米さんは叫ぶ。
僕だけが取り残される。
数分後。
演目が終わった。
部屋には妙な達成感が漂っていた。
大堤君は満足そうに一礼する。
曽米さんは拍手している。
僕は呆然としていた。
そして一つ学んだ。
カラオケには色々な楽しみ方がある。
少なくとも。
僕が知っているカラオケとは別の文化圏がこの世に存在するらしい。
トルコ行進曲による謎の演舞会が終わった後、ようやくカラオケらしい時間が始まった。
僕と大堤君は交互にマイクを回しながら、日本の流行曲を歌っていく。
僕は無難なJ-POP。
大堤君は歌謡曲からアニメソングまで幅広い。
意外だったのは大堤君が結構歌えることだった。
声量もあるし音程も安定している。
何より本人が楽しそうだ。
一方で。
曽米さんはというと――
驚くほど静かだった。
ソファに座りながらジュースを飲んでいる。
時々スマホを弄る。
時々タブレットを眺める。
それだけだ。
さっきまで、
「オスマン!」
「イェニチェリ!」
と叫んでいた人物とは思えない。
僕は歌いながら何度も疑問に思った。
(あの合いの手はどこへ行ったんだ……)
僕の歌には反応しない。
大堤君の歌にも反応しない。
完全に無関心だった。
それどころか、
「あー、その曲知ってる」
くらいしか言わない。
まるで別人である。
二時間。
そんな調子で時間は過ぎていった。
そして。
部屋の電話が鳴った。
「おっと」
僕は受話器を取る。
店員さんからの連絡だった。
延長しない場合、まもなく終了とのことらしい。
僕は電話を置いた。
「曽米さん、もうすぐ時間だって」
すると曽米さんは待っていたかのように立ち上がる。
「締めの一曲は私がもらうね」
そう言ってタブレットを操作し始めた。
僕は少し安心した。
やっと曽米さんが歌う。
しかも最後の一曲だ。
さすがに今度は普通の曲だろう。
僕は密かに祈った。
せめて歌詞がありますように。
せめて日本語がありますように。
数十秒後。
イントロが流れ始めた。
僕は耳を疑った。
「……ん?」
聞いたことがある。
ものすごく聞いたことがある。
クリスマスの時期になるとどこかで流れている。
荘厳な旋律。
重厚なコーラス。
そして。
画面に表示されたタイトル。
『Hallelujah Chorus』
「ハレルヤ・コーラス……」
僕は呆然と呟いた。
クラシックだった。
しかも超有名なやつだった。
大堤君も首を傾げる。
「耳にしたことはありますが、何という曲目なのですかな?」
すると曽米さんがマイクを掲げた。
そして満面の笑みで答える。
「メサイア、だよ!」
メサイアの一部がハレルヤ・コーラスだったような……。
そんなツッコミを入れる余裕はなかった。
前奏が終わる。
そして。
曽米さんが歌い始めた。
"Hallelujah..."
その瞬間。
部屋の空気が変わった。
僕は目を見開いた。
流暢だった。
発音が。
英語が。
音程が。
何より歌声そのものが。
普段の曽米さんからは想像もつかない。
学校で騒いでいる時の声とは全く違う。
まるで別人だった。
高く伸びる声。
そして力強さ。
クラシック特有の壮大な旋律に全く負けていない。
僕も大堤君も言葉を失った。
ただ聞くことしかできなかった。
その姿を見ていると。
不意に伊藤を思い出した。
中学時代。
一緒にカラオケへ行った時のことだ。
伊藤も洋楽ばかり歌っていた。
英語の歌詞を当たり前のように歌い上げていた。
あの時も驚いた。
そして今も驚いている。
普段は見せない一面。
学校では分からない才能。
そういうものを見せられると、人は少しだけ相手を遠く感じる。
そして同時に。
もっと知りたくなる。
曽米さんの歌声を聞きながら、僕はそんなことを考えていた。
曲はクライマックスへ向かう。
"Hallelujah!"
曽米さんの歌声が響く。
僕も大堤君も完全に聞き入っていた。
だから。
最初は気付かなかった。
誰かがいる。
部屋の入り口付近に。
気配を感じた。
僕は反射的に振り返る。
(ああ、時間だから店員さんが来たのか)
そう思った。
しかし。
そこに立っていた女性店員さんは。
何故か。
泣いていた。
「えっ」
僕は固まる。
感極まったように目元を押さえている。
まるで感動映画を見終えた直後みたいな顔だった。
そして曲が終わる。
静寂。
その直後。
店員さんが勢いよく曽米さんへ駆け寄った。
「ブラボー!!」
「ありがとう!」
二人は熱く抱き合った。
なぜ。
どうして。
何が起きている。
僕の脳が処理を放棄する。
店員さんは感動している。
曽米さんは満更でもない。
まるで長年の親友が再会したかのような盛り上がりだった。
僕が呆然としている横で。
大堤君は満足そうに頷いていた。
「うむ」
なぜ納得しているのか。
「新たな出会いとは誠に素晴らしいものですな」
「いや、そういう問題なのかな!?」
思わず心の中で突っ込む。
だが。
当の本人たちはすっかり意気投合していた。
クリスマスのカラオケ店で。
歴史好きの女子高生と女性店員が。
ヘンデルを通じて友情を育んでいる。
そんな光景を見ながら僕は思った。
――今日一日、まともな出来事が一つもない気がする。
①協商国
「英仏協商」「英露協商」「露仏同盟」による軍事援助を相互に約束した国のことであり、ドイツ、オーストリア・ハンガリー帝国、オスマン帝国、ブルガリアの「中央同盟国」と対立する。
協商国側には、のちにイタリア・日本・アメリカが加わった。
②アンジュー帝国
プランタジネット朝のヘンリー2世はイングランドだけでなく、フランスの大部分にも領土を保持していた。しかし、ジョン王による失政やカペー朝のフィリップ2世の登場により瓦解した。
③第2次ウィーン包囲
オスマン帝国がハプスブルク家の拠点であるウィーンを包囲した事件。
ハプスブルク家を救うため結束したヨーロッパ連合軍がオスマン軍の包囲を打ち破った。これ以降、オスマン帝国は衰退に向かう。
「トルコ行進曲」はこの戦いでヨーロッパに広まったトルコ音楽を巧みに取り入れたモーツァルトが作曲したものである。
④スレイマン1世
オスマン帝国最盛期の皇帝。
「プレヴェザの海戦」でキリスト教連合軍を、「モハーチの戦い」でハンガリー王国を破り領土の最大版図を実現した。
⑤カピチュレーション
オスマン帝国のスレイマン1世がキリスト教国であるフランスに対して、国内における居住の権利と通商の自由を保障した。
この特権には共通の敵であるハプスブルク家に対抗するという目的があった。
⑥イエニチェリ
オスマン帝国皇帝ムラト1世が征服した領土からキリスト教徒を集め、イスラムに改宗させた兵士が起源。
のちの歴代君主の常備軍として国家を支え続けた。
⑦ヘンデル
ドイツの作曲家。
宗教的な物語を歌うオラトリオを中心に作曲活動を続けた。
特に「メサイア」の「ハレルヤ・コーラス」はクラシックの中でも著名な作品の一つ。