カラオケが終わった後、僕たちは結局ゲームセンターで昼まで時間を潰すことになった。
最初はレーシングゲームやクレーンゲームを眺めていたのだが、いつの間にかエアホッケー台の前に集まっていた。そしてなぜか僕と曽米さんがペアを組み、大堤君と対戦することになった。
正直、変則的な組み合わせの意味はよく分からない。
「リチャード君!共に勝利を目指すよ!」
「う、うん」
曽米さんは妙にやる気満々だったが、僕は別の意味で不安だった。
試合開始のブザーが鳴る。
カコンッ!
勢いよく飛んできたパックを僕は必死に打ち返した。
大堤君も意外と上手い。パックが目にも留まらぬ速さで行き来する。
よし、このまま押し切れる――
そう思った瞬間だった。
「そういえばファシズムグループはスケートやってる頃かな?」
曽米さんが唐突に言った。
ファシズムグループとは那智君、日向さん、伊藤の三人組のことである。
どうしてそんな名前なのかは察しの通りである。
「え?ああ、そうなんじゃないかな!」
僕はパックを追いながら適当に返事をする。
すると曽米さんは何かを思い付いたように目を輝かせた。
「スケートと言えば氷!」
カコン!
「うん!」
ガコン!
「氷と言えば北方戦争!」
カコン!
「そうだね!」
ガコン!
「つまり氷上侵攻だよね!」
そう言った曽米さんは、なぜかエアホッケーのマレットではなく口を動かし始めた。
「スウェーデン王カール十世は――」
「曽米さん!パック!パック来てる!」
「ノルウェー侵攻を試みて――」
「だから来てるって!」
僕が叫んだ直後、曽米さんの横をパックが綺麗に通過した。
ゴール。
電子音が鳴る。
「しまった!」
「いや、今のは完全に曽米さんのせいだよ!」
しかし本人は全く気にした様子がない。
「それでね、リチャード君。氷上侵攻というのは軍隊を――」
「今それ聞いてる余裕ないんだけど……」
僕は必死にパックを追い続けた。
右へ左へ。
飛んでくるパックを打ち返しながら、曽米さんの北方戦争講義を聞くという離れ業を強いられていたのである。
そして、その光景を見ていた大堤君の様子がおかしくなってきた。
最初は普通に対戦していたはずなのに、次第に目の色が変わっていく。
「……」
無言。
しかし妙に気迫がある。
僕と曽米さんが並んでいるのを見て、何かに火が付いてしまったらしい。
「おおおおおっ!」
突然、大堤君が雄叫びを上げた。
パックが凄まじい勢いで飛んでくる。
「うわっ!」
僕は慌てて打ち返した。
だが次の瞬間、
「それでカール十世は――」
「曽米さん今それどころじゃない!」
気を取られた。
ほんの一瞬だった。
その隙を大堤君は見逃さない。
パックが僕の守るゴールへ一直線に突き刺さった。
ピピーッ!
試合終了の電子音が鳴る。
僕は呆然と立ち尽くした。
大堤君はマレットを天高く掲げ、戦国武将みたいな顔で叫んだ。
「獅子の首、打ち取ったり!」
周囲の客が何事かと振り返る。
僕は深いため息を吐いた。
負けた原因は明らかだった。
隣を見る。
曽米さんは悔しがるどころか、
「ちなみにカール十世の最期なんだけど――」
と、まだ北方戦争の続きを話そうとしていた。
僕はそっと天を仰いだ。
エアホッケーの敗因を歴史上の人物に求めるのは間違っていると思う。
でも今だけは言わせてほしい。
たぶん僕たちは、カール十世に負けたのだ。
お昼になる頃、僕たちはゲームセンターを後にして那智君たちとの待ち合わせ場所へ向かった。
クリスマスということもあり、駅前は家族連れやカップルでごった返している。
予約をしていなかった僕たちは、結局近くのファミレスに入ることにしたのだが――
「ただいま三組待ちでーす」
店員さんの言葉に、僕たちは大人しく待合スペースの長椅子へ腰を下ろした。
店内を見れば、サンタ帽子を被った子供や楽しそうに談笑するカップルの姿が目立つ。
そんな華やかな空間の片隅で、僕たち六人は立ったり座ったりしながら時間を潰していた。
「それで?スケートはどうだったの?」
僕が尋ねると、日向さんがすぐに不満そうな顔をした。
「聞いてよ、獅子御君」
頬を膨らませながら言う。
「那智君と伊藤君……じゃなかった、伊藤さんの教え方が厳しくて何度も転んだんだから」
その言葉に那智君が肩をすくめる。
「しょうがねぇだろ?」
まるで自分は悪くないと言わんばかりの口調だった。
「日向をオレと伊藤が両側から支えねぇと、一歩も踏み出せねぇんだからよ」
「だって怖かったんだもん!」
「怖い怖い言ってたらいつまで経っても滑れねぇだろ」
「だからって押すことないじゃん!」
「押してねぇよ。背中を軽く――」
「押した!」
二人の言い争いを見ていると、何となくその場面が想像できた。
日向さんが恐る恐る氷の上に立ち、那智君が「行ける行ける!」と言いながら半ば強引に前へ進ませる。
たぶんそんな感じだったのだろう。
すると隣で静かに話を聞いていた伊藤が口を開いた。
今はワンピースの上にコートを羽織っている。
普段の学校では男装に等しい格好をしているだけに、少し新鮮だった。
「日向の傀儡のような動きも滑稽だったが」
淡々とした口調で言う。
「那智のスパルタ指導にも問題があったように見える」
「あ?」
「事実だ」
那智君が不満そうに眉をひそめる。
一方で日向さんは大きく頷いていた。
「そうそう!伊藤さんだけは分かってくれる!」
「双方に問題があったと言っている」
「そこは私だけ味方してよ!」
いつもの調子で会話が進む。
しかし次の瞬間だった。
伊藤がふと表情を固めた。
しまった。
そんな顔だった。
僕は嫌な予感を覚える。
そして視線を横へ向けた。
案の定だった。
曽米さんの目が、獲物を発見した猛禽類のように輝いている。
「――スパルタ?」
静かな声だった。
だが僕には分かる。
これは危険な兆候だ。
非常に危険な兆候だ。
伊藤も同じことを察したのだろう。
わずかに目を逸らしている。
しかしもう遅い。
曽米さんはゆっくりと立ち上がった。
そして両手を胸の前で組みながら、期待に満ちた笑顔を浮かべる。
「今、誰かスパルタって言った?」
その場にいた全員が悟った。
ファミレスに入る前に、もう一つ世界史の授業が始まろうとしていることを。
曽米さんのスパルタ講義は、予想通り止まる気配がなかった。
「つまりね!スパルタは軍事国家として有名だけど、単純に戦争ばかりしていたわけじゃなくて――」
那智君は既に聞く気を失い、スマホを眺めている。
伊藤は腕を組んで静かに聞いていたが、たぶん半分くらいしか聞いていない。
日向さんに至っては、
「へぇー」
と相槌を打ちながらも、店内のクリスマス装飾を見ていた。
そして僕はというと、
(早く順番来ないかな……)
と考えていた。
その時だった。
店員さんが待合スペースに現れ、手元の端末を確認しながら少し困惑した様子で周囲を見回した。
「あの……」
店員さんは一度言葉を切る。
そして意を決したように呼びかけた。
「さ、三蔵法師様……?」
沈黙。
周囲の客までこちらを見る。
僕は思わず顔を覆いたくなった。
誰がやったのか。
そんなこと考えるまでもない。
予約受付のパネルに名前を書いていたのは曽米さんだった。
犯人は最初から分かっている。
すると曽米さんが勢いよく立ち上がった。
「ここにおります!」
満面の笑みだった。
店員さんが明らかに困惑している。
だが曽米さんは全く気付いていない。
むしろ楽しそうだった。
「皆のもの、行きますよ!」
そして高らかに宣言する。
「孫悟空、猪八戒、沙悟浄!」
僕たちは一斉に固まった。
一体誰がどの役なのか。
そもそも勝手に配役されている。
大堤君はなぜか真面目な顔で立ち上がり、
「早く行きますぞ、猪八戒殿、沙悟浄殿」
と言った。
完全に乗っかっている。
誰が猪八戒で誰が沙悟浄なのかは知らないが、少なくとも僕は複雑な感情を抱いた。
那智君は呆れたように頭を掻く。
「ヤベーだろ、あの女……」
ため息混じりに続ける。
「予約名簿にふざけた名前書くなんてよ」
まったく同感だった。
伊藤も小さく首を振る。
「曽米に常識を求めるのが間違いだ」
その言葉には妙な説得力があった。
日向さんは少し考え込むような顔をして、
「でも西遊記って四人よね?」
と首を傾げる。
「人数が合わない気がする」
僕は思った。
そこじゃない。
問題はそこじゃない。
まず三蔵法師様で予約していることを問題視してほしい。
というか僕たち六人いる。
どう考えても人数が合わない以前の問題だった。
しかし誰もその点を深く追及しない。
曽米さんは既に先頭を歩き始めている。
「さあ弟子たちよ!天竺……じゃなくてドリンクバーへ向かうのです!」
「目的地が近すぎるだろ」
那智君が即座にツッコミを入れた。
僕は苦笑しながら立ち上がる。
クリスマスのファミレスで「三蔵法師様」と呼ばれる高校生集団。
客観的に見ればかなり異様な光景だろう。
それでも今さら驚くことではない。
曽米さんと行動していると、こういうことは日常茶飯事なのだから。
僕は半ば諦めながら、その珍妙な西遊記一行の後を追って店内へ入った。
店員さんに案内され、僕たちは六人掛けのテーブル席へ向かった。
向かい合わせに三人ずつ座れる、ごく普通のファミレスの席だ。
ようやく昼食にありつける。
そう思った矢先だった。
「さて」
曽米さんが立ち止まる。
嫌な予感しかしない。
「各々が座る場所は非常に重要だと私は考えます」
案の定だった。
那智君が窓側の席に腰を下ろそうとしていたが、その言葉を聞いて動きを止める。
「今度は何だよ……」
うんざりした顔で振り返る。
「座る場所ぐらい好きにさせろ」
もっともな意見だった。
普通ならそう思う。
だが僕は曽米さんの表情を見て、何となく意図を察した。
曽米さんはふざけているようで、時々妙なところに気を回す。
そして今回もそうだった。
視線の先には日向さんと伊藤。
二人とも表向きは普通にしているが、大堤君に対して少し苦手意識を持っていることを僕は知っている。
大堤君自身は悪い人じゃない。
むしろかなり善良だ。
ただ距離感が独特というか、勢いが強いというか。
特に伊藤とは色々あったし、日向さんも少し構えてしまう部分がある。
だから曽米さんは、できるだけ自然な形で席順を調整しようとしているのだろう。
すると曽米さんが僕の方を向いた。
「この利害調整はリチャード君に一任したいんだけど」
「え?」
「鴻門の会の劉邦の部下になったつもりで一計を案じてみて」
無茶振りだった。
項羽の宴席から無事に脱出する策を考えろと言われても困る。
というか、ただのファミレスの席決めである。
そんな大層な話じゃない。
しかし改めて周囲を見渡してみる。
那智君。
日向さん。
伊藤。
大堤君。
曽米さん。
そして僕。
たしかに、それぞれの関係性を一番把握しているのは僕かもしれない。
那智君と日向さんは問題ないが、大堤君と日向さんは問題あり。
伊藤と日向さんも問題ない、伊藤と大堤君に問題あり。
大堤君と那智君も問題ないが、曽米さんと伊藤に問題あり。
問題というほどではないが、少し気を遣う組み合わせがいくつかある。
僕は少し考えてから口を開いた。
「まず窓側は那智君と大堤君が対面で座る」
「ラッキー、窓側ゲット」
「で、那智君の隣が日向さん」
日向さんが軽く頷く。
「日向さんの隣が伊藤」
伊藤も特に異論はないようだった。
「大堤君の隣が曽米さん」
「承知しました!」
曽米さんがなぜか元気よく敬礼する。
「最後に僕」
僕は自分の席を指差した。
「こんな感じでどうかな?」
しばらく沈黙。
全員が頭の中で席順を確認している。
やがて那智君が、
「別にいいんじゃね?」
と言った。
日向さんも、
「私は大丈夫かな」
と頷く。
伊藤も短く、
「視界に曽米が入らなければ異論はない」
と答えた。
曽米さんは満足そうに何度も頷いている。
問題は大堤君だった。
彼だけは席順を見ながら首を傾げていた。
「……?」
明らかに理解していない。
なぜこの配置になったのか。
なぜ自分の隣が曽米さんなのか。
なぜ僕がそこなのか。
全く分かっていない顔だった。
だが説明しろと言われても僕には無理だった。
「君は少し距離を置かれています」なんて言えるわけがない。
そもそも本人に悪気はないのだからなおさらだ。
結局、大堤君はよく分からないまま、
「ヒミコ様の隣に座することができれば恐悦至極」
と納得したらしい。
何も理解していない気がしたが、深く考えないことにした。
とりわけ不満の声も出なかったため、僕たちはそれぞれ指定された席へ腰を下ろした。
席に着くと、ようやく一息つくことができた。
こうして劉邦ならぬ獅子御理知弥による席順外交は、どうにか流血沙汰もなく成功したのであった。
テーブル中央のタッチパネルを囲みながら、それぞれがメニュー表を開く。
さすがクリスマスの昼時だ。
店内は賑やかで、あちこちから家族連れや学生たちの笑い声が聞こえてくる。
そんな中、僕たちも各自注文を決め始めた。
僕は無難にデミグラスソースのハンバーグを選ぶ。
向かいに座る伊藤も同じだった。
「僕はこれにするよ」
「獅子御と同じでいい」
僕は伊藤に疑問を投げかけようと思わなかった。
那智君は最初から決まっていたらしく、
「オレは特製ステーキ」
と即答。
日向さんは何ページも見比べた末に、
「うーん……カルボナーラパスタかな」
と注文を確定した。
大堤君は肉料理のページを熱心に眺め、
「私はおろしポン酢ハンバーグにしますぞ」
と満足そうに言った。
ここまでは普通だった。
問題は最後の一人である。
曽米さんは真剣な表情でメニュー表を見つめていた。
まるで国家の命運を左右する重要な決断でも下しているかのようだった。
そして数秒後、
「決めた」
ゆっくり顔を上げる。
何を選ぶのか興味はある。
「ビスマルク風ドリアにしよう」
沈黙。
誰も反応しない。
というか――
(そんなメニューあったっけ?)
僕は慌ててメニューを見返した。
あった。
本当にあった。
『ビスマルク風ドリア』
正確には料理名として載っている。
ただし僕は理由を知っている。
だから黙った。
伊藤も同じらしい。
しかし知らない人間は当然引っかかる。
那智君が眉をひそめた。
「何だよ、ビスマルク風って」
メニューを覗き込みながら言う。
「ドリアにビスマルクの顔でも描いてあんのか?」
その発想はなかなか酷い。
鉄血宰相がドリアの上で微笑んでいる姿を想像してしまった。
さらに大堤君も参戦した。
「なるほど」
妙に納得した顔で頷く。
「かつてビスマルクという料理人が発明したドリアなのでしょう」
それも違う。
そういう意味じゃない。
僕と伊藤は同時に水を含む。
しかしその前に曽米さんが答える。
「アゴヒゲ風なんて頼むわけないじゃん」
ぶっ――!
僕は思い切り吹き出した。
同時に向かいの伊藤も盛大にむせている。
「ごほっ!」
「けほっ!」
二人して咳き込む。
日向さんが呆れたような目でこちらを見た。
「二人とも知ってて黙ってたのね」
図星だった。
だって説明したら面倒なことになる。
絶対に歴史の授業が始まる。
そう思ったから黙っていたのだ。
那智君は納得がいかない様子でメニュー表をひっくり返し、料理の説明文を読み始めた。
そして数秒後、
「ああ」
小さく声を漏らす。
「半熟卵って意味かよ……」
どうやら答えに辿り着いたらしい。
ビスマルク風。
料理名では半熟卵を乗せたスタイルを指すことが多い。
その由来については諸説あるが、少なくとも鉄血宰相本人の似顔絵が描かれているわけではない。
「そういうこと」
僕は苦笑いしながら言う。
那智君はメニューを閉じ、
「紛らわしいだろ」
と呟いた。
すると曽米さんが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「ちなみにオットー・フォン・ビスマルクといえば――」
全員が同時に顔を上げた。
まずい。
始まる。
僕たちは料理が届く前に、再び世界史の授業が始まることを悟ったのであった。
①北方戦争
三十年戦争で勝者となったスウェーデンは、「大洪水時代」と呼ばれる未曾有の内戦に巻き込まれたポーランド・リトアニア共和国に介入する。
スウェーデン国王カール10世は凍った海を軍隊を率いて進軍するという氷上侵攻を敢行。意表を突かれたデンマークは敗北した。
デンマークが反スウェーデン的な動きを見せると再度軍事介入を行う。スウェーデンの強大化を恐れたロシア、オランダ、神聖ローマ帝国、プロイセンの反発を招く。野望は挫かれたもののバルト海の覇者としての地位を確立した。
②大北方戦争
バルト海の覇者として君臨していたスウェーデンに、ロシアを中心とした反スウェーデン同盟との間で起きた戦争。
この戦争によりスウェーデンは覇者として終焉を迎えた。新たな覇者となったピョートル1世(大帝)によるロシア帝国の成立、プロイセンの躍進によりヨーロッパの勢力図は塗り替わることになる。
③スパルタ
古代ギリシアの都市国家(ポリス)の一つ。
全市民が国家主導の軍事教育を施され、屈強な兵士を育成していたことで知られる。
過酷な環境に身を置き、心身を鍛え上げる指導法を意味する「スパルタ教育」の語源。
④天竺
インドのことであり、「西遊記」は経典を持ち帰るため天竺を目指して旅を続けた玄奘(げんじょう)三蔵法師がモデルである。
⑤鴻門(こうもん)の会
秦の始皇帝が亡くなると各地で反乱が起きた。
頭角を現した項羽は将来の憂いを断つため、劉邦を暗殺する計画を立てる。酒宴を開き劉邦を誘い込むことも、劉邦の部下の機転と項羽の判断に迷いが生まれ暗殺に失敗。
項羽は天下を取る千載一遇の機会を逃しただけでなく、自身の破滅までも招くことになった。