曽米さんの『世界史』愛が強すぎる!   作:公私混同侍

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クリスマス・シンフォニー その4

 

昼食を終えた僕たちは、午後の予定を話し合うためファミレスの外に出た。

クリスマスの街は相変わらず人で溢れている。

カップル。

家族連れ。

友人同士。

みんな楽しそうだ。

そんな中、曽米さんが突然パンと手を叩いた。

 

「よし!」

 

相変わらず切り替えが早い。

というか、今日一日だけで何度目だろう。

 

「私と伊藤ちゃんが入れ替わろ!約束だからね!」

 

その場の空気が一瞬止まる。

伊藤はきょとんとした顔をしていた。

一方で那智君は露骨に嫌そうな顔をする。

 

「はぁ?」

 

とても分かりやすい反応だった。

那智君からすれば、曽米さんという予測不能な存在が自分のグループに来ることになる。

警戒するのも無理はない。

 

僕はというと――

 

正直、少し寂しかった。

午前中ずっと一緒にいたせいか、曽米さんが別のグループへ行くことに妙な物足りなさを感じてしまう。

もちろんそんなことは表に出せない。

ましてや普段の装いとは真逆の伊藤の前だ。

僕は平静を装いながら、

 

「別にいいんじゃないかな」

 

と賛成の意思を示した。

すると伊藤が曽米さんへ視線を向ける。

 

「確認だが」

 

珍しく念押しするような口調だった。

 

「本当にいいのか?」

 

曽米さんは即答した。

 

「もちろん!」

 

そしてなぜか得意げな顔になる。

 

「密約を交わしたでしょ?」

 

場違いな単語が聞こえた。

 

「ロンドン密約」

 

僕は思わず反応してしまう。

 

(ロンドン?)

 

一瞬だけ自分のことかと思った。

リチャード一世の異名は「獅子心王」。

そして十字軍。

そしてイングランド。

そしてロンドン。

仮にイタリアを伊藤とすれば、第一次世界大戦で協商国に鞍替えした密約に置き換えているのだと僕は思った。

ただの歴史用語である。

しかし曽米さんのせいで脳が世界史仕様になっている僕は、つい勘ぐってしまった。

伊藤は小さくため息を吐いた。

 

「確かに約束した」

 

「でしょ?」

 

どうやら二人の間で本当に何か取り決めがあったらしい。

 

こうして午後は、

僕、伊藤、大堤君。

曽米さん、那智君、日向さん。

この二つのグループに分かれて行動することになった。

別れ際、曽米さんはなぜか僕に向かって親指を立てた。

 

「健闘を祈る!」

 

「何と戦うの?」

 

「色々!」

 

全く答えになっていなかった。

 

その後、僕たち三人は協議の末、遊園地へ向かうことになった。

クリスマスということもあり、園内はかなり賑わっている。

入口をくぐった瞬間から楽しそうな音楽と歓声が聞こえてきた。

 

「まずは何に乗る?」

 

僕が尋ねると、大堤君が即答した。

 

「定番から行きましょう!」

 

嫌な予感がした。

 

「お化け屋敷ですぞ!」

 

やっぱり。

僕は隣の伊藤を見た。

伊藤は一瞬だけ表情を固くした。

その変化に気付いたのはたぶん僕だけだった。

僕は慌てて口を開く。

 

「あー、その……」

 

大堤君の方を見る。

 

「伊藤が怖いもの苦手なんだ」

 

できるだけ自然に言う。

 

「だからお化け屋敷は――」

 

しかし最後まで言い切る前に、伊藤が口を挟んだ。

 

「いや」

 

僕は驚いて振り向く。

伊藤はいつもの無表情に近い顔だった。

 

「今回は大丈夫だ」

 

「え?」

 

「三人もいれば恐怖は和らぐ」

 

言葉だけ聞けば実に頼もしい。

だが僕は気付いてしまった。

いや、気付かない方が難しかった。

伊藤の右手。

その指先が僕の制服の袖を小さく摘んでいた。

本当に小さくだ。

大堤君からは見えない程度に。

まるで、

 

『絶対に一人にするな』

 

とでも言うように。

僕は思わず視線を逸らした。

何だろう。

少しだけ心臓が跳ねた気がする。

伊藤本人は平静を装っている。

 

「問題ない」

 

そう言いながらも、袖は離さない。

全然問題なさそうに見えない。

大堤君はそんな二人の様子に全く気付かず、

 

「さすが伊藤殿!」

 

と感心していた。

 

「恐怖に立ち向かう勇気!素晴らしい!」

 

伊藤は無言だった。

その代わり。

僕の袖を摘む力がほんの少しだけ強くなった。

僕は内心で苦笑する。

たぶん。

いや間違いなく。

今日のお化け屋敷で一番怖がるのは伊藤だろう。

そして僕は、そのことを誰にも言わないことにした。

お化け屋敷に入るまでは、僕は伊藤のことばかり心配していた。

怖いものが苦手なのは知っている。

だから途中で泣き出したり、入り口で引き返したりする可能性すら考えていた。

 

だが――

 

予想外だった。

本当に予想外だった。

最初のお化けが飛び出してきた瞬間。

 

「うおおおおっ!?」

 

大声を上げたのは大堤君だった。

僕と伊藤は同時に振り返る。

 

大堤君は胸を押さえながら後退していた。

 

「だ、大丈夫?」

 

僕が尋ねる。

 

「も、問題ありませんぞ!」

 

明らかに問題がありそうだった。

そして次の角。

壁の隙間から青白い顔が現れる。

 

「ぬおっ!?」

 

また大堤君だった。

さらに先へ進む。

今度は天井から髪の長い人形がぶら下がる。

 

「ひぃっ!?」

 

また大堤君だった。

さすがにおかしい。

僕は歩きながら問いかけた。

 

「もしかして大堤君、お化け苦手なの?」

 

すると大堤君は顔を引きつらせながら胸を張った。

 

「こ、これは武者震いですぞ……」

 

「武者震いって…無理しなくてもいいのに」

 

「気のせいですぞ……」

 

全然気のせいじゃなかった。

むしろどんどん震えている。

そして気付けば奇妙な隊列が完成していた。

先頭、僕。

その後ろ、伊藤。

さらにその後ろ、大堤君。

二人とも完全に僕を盾にしている。

お化けが現れる。

僕が最初に遭遇する。

その後ろから、

 

「獅子御!」

 

「ライオンハート殿!」

 

という声が飛んでくる。

理不尽だった。

僕は護衛ではない。

しかし二人とも本気で頼っているので文句も言えない。

結果として。

お化け屋敷は無事にクリアできた。

出口へ出た瞬間、冬の冷たい空気が頬を撫でる。

僕は振り返った。

伊藤は目元が少し赤くなっていた。

涙目だった。

一方の大堤君は、

 

「ふぅ……」

 

と言いながら肩を上下させている。

まだ震えている。

どう見ても勇敢な戦士の姿ではない。

 

「気分転換しようか」

 

僕が提案すると二人とも素直に頷いた。

そこで選んだのが観覧車だった。

観覧車のゴンドラに乗り込む。

座席配置は自然と決まった。

僕の隣に大堤君。

向かい側に伊藤。

ゆっくりと扉が閉まり、ゴンドラが動き始める。

地面が少しずつ遠ざかっていく。

先ほどまでの喧騒も徐々に小さくなっていった。

三人とも疲れていたのだろう。

しばらく誰も話さない。

聞こえるのは機械音と、ゴンドラの微かな揺れだけだった。

やがて伊藤が窓の外を見ながら口を開いた。

 

「獅子御はどうしてお化けに動じないんだ?」

 

僕は少し考える。

正直、自分でもよく分からない。

怖いと思ったことがないわけではない。

でもあのお化け屋敷では特に何も感じなかった。

 

「うーん……」

 

僕は頭を掻いた。

 

「ゲームのやり過ぎで目が悪いせいかな」

 

「目?」

 

伊藤が首を傾げる。

 

「お化けがハッキリ見えないんだよ」

 

「そんな理由があるのか……」

 

「それにベットフォンで大音量の音楽を聴いたりするから」

 

「イヤホンだろう」

 

即座に訂正された。

 

「そう、それ」

 

僕は苦笑する。

 

「叫び声とか物音にも慣れちゃったのかもしれない」

 

我ながら適当な説明だった。

聞きながら自分でも納得していない。

だが伊藤は真面目に聞いていた。

大堤君に至っては感心している。

 

「なるほど……!」

 

なぜか目を輝かせていた。

 

「つまりライオンハート殿は日々の鍛錬によって恐怖を克服したのですな!」

 

「いや、そんな立派な話じゃないよ」

 

「さすがですぞ!」

 

全然伝わっていなかった。

僕は苦笑する。

観覧車はゆっくり上昇する。

窓の外には冬の街並みが広がっていた。

その景色を眺めながら、僕は改めて思う。

伊藤が一番怖がると思っていた。

大堤君は平気だと思っていた。

結果は真逆だった。

人は見た目によらない。

少なくとも今日のお化け屋敷で学んだことは、それだった。

観覧車は上昇を続ける。

お化け屋敷で消耗した僕たちは、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになっている。

大堤君もようやく震えが収まり、伊藤も涙目から回復していた。

そんな中だった。

ふと大堤君の視線が伊藤の肩に向く。

 

「む?」

 

何かに気付いたらしい。

僕もつられて視線を向ける。

伊藤のショルダーバッグ。

そこに小さなキーホルダーが付いていた。

そして次の瞬間。

 

「それはもしや……!」

 

大堤君が身を乗り出した。

伊藤がビクリと肩を震わせる。

慌ててバッグを抱き寄せ、キーホルダーを隠した。

だが遅かった。

僕も見えてしまったのだ。

 

「あれ?」

 

僕は首を傾げる。

 

「今のってアプリゲーム『戦国クエスト』のキャラ?」

 

大堤君が勢いよく頷く。

 

「ええ!」

 

目を輝かせながら断言した。

 

「はっきり見ましたぞ!あれば上杉謙信ではございませぬか!」

 

伊藤はしばらく無言だった。

観覧車の揺れだけが静かに響く。

やがて小さくため息を吐いた。

 

「……バレてしまったならしょうがない」

 

観念したらしい。

バッグからキーホルダーを取り出す。

やはり上杉謙信だった。

 

「君たち二人がアプリゲームをやっていると耳にした時から始めてみたんだ」

 

伊藤は少し照れ臭そうに言う。

 

「まさか熱中するとは、この伊藤自身も思いもしなかったが」

 

僕と大堤君は顔を見合わせた。

正直かなり驚いていた。

伊藤とソーシャルゲーム。

あまり結び付かない。

というか勉強や読書ばかりしている印象だった。

 

「へぇ……」

 

僕は感心する。

 

「伊藤でもハマることあるんだ」

 

「ハマって何が悪い?」

 

「いや、だって意外だし」

 

伊藤は少しだけ視線を逸らした。

図星らしい。

その様子を見ていた大堤君は大喜びだった。

 

「素晴らしい!」

 

握り拳を作る。

 

「また同志が増えましたぞ!」

 

しかし僕は妙な違和感を覚えていた。

何かが引っ掛かる。

どこかで聞いた話と繋がりそうな気がする。

そして。

僕はある可能性に思い至った。

 

「待って」

 

伊藤を見る。

 

「もしかして僕たちを『同盟』に誘ったのも伊藤なの?」

 

伊藤は答えなかった。

窓の外を見る。

沈黙。

だが。

その沈黙こそが答えだった。

 

「あっ……」

 

僕は思わず声を漏らす。

全部繋がった。

あの日。

突然届いた同盟勧誘。

やたらと親切な支援。

絶妙なタイミングで現れる高レベルプレイヤー。

全部。

伊藤だったのだ。

大堤君は感極まったように胸を押さえた。

 

「そうでしたか……」

 

感動している。

何故か感動している。

 

「イベントが開かれると草葉の陰から助太刀して同志を救う姿に、多くの同志が憧憬を抱いたものですぞ」

 

伊藤は少し居心地悪そうにしている。

だが大堤君は止まらない。

 

「まさかその正体が伊藤殿……」

 

一拍置いて。

厳かに宣言した。

 

「いや、上杉謙信殿であったとは!」

 

「やめろ」

 

伊藤が即座に否定する。

 

「その呼び方はやめろ」

 

「しかし!」

 

「やめろ」

 

「承知しましたぞ!」

 

全然承知していない顔だった。

結局。

伊藤が『戦国クエスト』をプレイしていることは、僕たち三人だけの秘密になった。

学校でも誰にも話さない。

曽米さんにも。

那智君にも。

日向さんにも。

これは三人だけの秘密である。

そして。

僕はその秘密が後々とんでもない形で自分に返ってくることになる。

その日からだった。

伊藤の連絡手段が変わったのだ。

普通ならSNSを使えばいい。

実際、それまではそうだった。

だがなぜか伊藤は、

『戦国クエスト』

のチャット機能からメッセージを送ってくるようになった。

最初は偶然かと思った。

しかし違った。

完全に意図的だった。

夜。

スマホを見る。

通知なし。

安心する。

すると数分後。

ゲームを開いていないにもかかわらず、

 

『上杉謙信から個人チャットが届いています』

 

という通知が現れる。

心臓に悪い。

内容も普通ではない。

 

『明日の英語の小テストの範囲は確認したか?』

 

だったり、

 

『曽米と伊藤、どっちの教え方が理に適ってると思う?』

 

だったり、

 

『別に返信は急がなくていい』

 

と書かれているのに五分後には、

 

『既読になっているが間が悪かったか?』

 

と追撃が来たりする。

なぜSNSを使わないのか。

なぜゲーム内チャットなのか。

理由は最後まで分からなかった。

ただ一つ分かることがある。

僕は次第に、

ログインするたび現れる、

 

『上杉謙信からメッセージが届いています』

 

という通知に怯えるようになった。

敵襲警報より恐ろしい。

そんなクリスマスの秘密が、

僕と伊藤と大堤君の間に生まれたのであった。




①ロンドン条約
ドイツ帝国、オーストリア・ハンガリー帝国と同盟を結んでいたイタリアはオーストリアとの間に領土問題(未回収のイタリア)を抱えていた。
第1次世界大戦が始まると、イギリスが秘密裏に領土割譲をイタリアに持ちかけ同盟を破棄させた。
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