夏休みも終わりに差し掛かった頃、スマホが震えた。
画面を見ると、日向さんからグループチャットの招待メッセージが届いていた。
グループ…?
今まで僕は、みんなとは個別にしかチャットをしていなかったから、「グループ」という言葉が、妙に新鮮に感じられた。
――もしかして、僕、仲間に認められたのかな。
そんな期待を胸に、メッセージを開いた。
でも、そのグループ名を見た瞬間、僕は思わず吹き出しそうになった。
『聖海高校常任理事会』
これを見て、誰がグループを作りたがっていたのか、すぐに分かった。
きっと、曽米さんに違いない。
招待を承認すると、早速メッセージが流れ始めた。
那智君:『このグループ作ったの、ヒミコか?』
日向さん:『そうなの。私はどっちでも良かったんだけど、妃美華がどうしても作りたいんだって』
伊藤:『このグループ名を考えたのも、曽米ってことだね。獅子御がつけた名前をそのまま使ったんだ』
そうだ。
確かに僕がこの名前を最初に言ったんだ。
でも、それは冗談半分で言っただけで、本当にグループ名にするなんて思っていなかった。
曽米さん:『今日から皆さんは常任理事会の構成員としての自覚を持ち、充実した高校生活を送るため知恵を出し合ってもらいます』
曽米さんの長ったらしいメッセージに、僕は少し驚いた。
でも、それ以上に、みんなのメッセージの速さに追いつけなくて、僕が送りたかったことは、全部先に言われてしまった。
――僕って、やっぱりちょっと鈍いのかな。
そんなことを思っていた時、曽米さんからさらに説明が続いた。
曽米さん:『常任理事会のルールを説明します。
まず月に一回、理事長を決めます。
理事長は持ち回り制です。
理事長は必ず議案を一つ以上、構成員に提示してもらいます。
その議案を議論し採決を取ります。そして全会一致で賛成となれば、その議案を構成員は翌日から実行しなければなりません』
――長い。
思わずそう思ってしまった。
案の定、他のみんなも同じように感じたのか、伊藤以外のメンバーは理解するのにしばらく時間がかかっていた。
伊藤:『全会一致で賛成ということは、拒否権を行使した場合、即廃案となるってことか。結構ハードルが高いように感じるけど、こんな勢いだけで作ったグループ、長続きするとは思えない』
那智君:『理事長が議案を出すのは月に一回でいいってことは、賛成しようが拒否しようが、その後は駄弁ってていいってことだろ?オレは構わないぞ』
日向さん:『私も特に言いたいことはないかな。妃美華、中学の時からこういう集まりみたいなもの作るの好きだったもんね。獅子御君はどう思う?』
――えっ、僕!?
急に話を振られて、僕は一瞬ドキッとした。
でも、日向さんの優しい気遣いが伝わってきて、少しだけ安心した。
きっと、空気を読んで僕に話を振ってくれたんだ。
日向さんって、本当に気配りができる人だな…。
でも、どう答えればいいんだろう。
僕はこういうグループに入るの、初めてだ。
――でも、正直に言うしかないか。
僕:『僕、こういうグループに入るの初めてだから、どうしたらいいかわからないけど、学校にいる時みたいにみんなの話がたくさん聞けるなら、僕は嬉しい』
送信した瞬間、曽米さんからすぐに返信が返ってきた。
曽米さん:『もう、リチャード君、真面目過ぎ。それじゃあ最初の理事長は私から始めるよ〜』
曽米さんらしい、明るくて前向きな返事だった。
僕は、ちょっと照れくさくなって、画面を見つめながら小さく笑った。
こうして、『聖海高校常任理事会』は正式に発足した。
正直、曽米さんの勢いに乗せられてる感は否めないけど、みんなと話せる機会が増えるのは、僕にとっては嬉しいことだった。
――僕も、もっとみんなと仲良くなれるかな。
曽米さんが最初に作った議案は「文化祭で出す飲食店のメニューについて」だった。
僕のクラスは飲食店の催しをするらしいけど、メニューについてはまだ決まっていなかったから、ちょうどいい議題だと思った。
でも、メッセージを見た那智君がすぐに反応した。
「ちょっと待て!なんでクラスでやる出店のメニューをオレたちだけ決めるんだよ!こんな大事なことはクラス全員で話し合って決めることだろ?」
那智君の言う通りだ。僕も同じ疑問を抱いたけど、どうしても曽米さんが「常任理事会」で決めたいって言い張ったのなら仕方がない。
そんな僕の心を見透かしたかのように、日向さんからメッセージが届く。
「妃美華がどうしても『常任理事会』で決めたいって、駄々をこねてクラスメートを説得したみたい。よくみんな許してくれたよね……」
曽米さんの行動力には毎度驚かされる。いや、呆れるという方が正しいのかもしれない。
伊藤も呆れた様子で言った。
「本当に曽米は図々しい女だ。一体、どんなメニューを提示するつもりなんだ?」
曽米さんのことをよく知る伊藤が言うんだから、きっとまた一筋縄ではいかない内容なんだろう。
曽米さんのメッセージが画面に現れる。
「私が考えたメニューはわたあめ、ハーブティー、焼き鳥(塩胡椒味)の3つから選ぼうと思います。皆さんのご意見はいかがでしょうか?」
その瞬間、僕の中で何かが繋がった。
「三角貿易」
反射的にメッセージを打ってしまった。送信ボタンを押した後に、これは言わない方が良かったんじゃないかと少し後悔したけれど、もう遅い。
妙な間があいた後、曽米さんからのメッセージが返ってきた。
「あっ、ホントだ。気づかなかった」
とぼけた絵文字まで添えてある。いや、絶対に気づいていたはずだ。
那智君がすぐに反応する。
「嘘つけ!ヒミコ、わかっててリチャードを誘導しただろ!ここでも世界史談義を繰り広げるつもりかよ!」
日向さんも僕をフォローするようにメッセージを送る。
「獅子御君も妃美華に訓練されすぎ」
自分でもそう思う。曽米さんと話していると、つい世界史の話題に乗ってしまう。
伊藤が冷静に指摘した。
「もし獅子御が三角貿易だと指摘しなかったら、曽米はどうするつもりだったんだ?」
曽米さんは悪びれる様子もなく答えた。
「いやぁ~、ホントはね、食べ物以外だったら黄色いハンカチや赤いタオルでもよかったんだけどぉ」
これは間違いなく僕に話を振っている。
逃げられない。僕は正直に答える。
「黄巾の乱と紅巾の乱……」
すると、曽米さんがすかさず返してきた。
「リチャード君、ダメだよ。私語は慎まなきゃ」
それを聞いた那智君が一気にキレた。
「もう二人だけでやれ!」
日向さんも曽米さんをたしなめる。
「妃美華も獅子御君が優しいからって、いじめちゃダメ」
伊藤が締めくくるように呆れた様子で言った。
「獅子御も大概だと思うよ」
結局、文化祭の催しは「わたあめ」で決まった。
最初はどうなることかと思ったけど、みんなで話し合って決められたのは少し嬉しい。
夏休みが明けるのが待ち遠しい。
今まではただ過ぎていく日々だったけど、今は違う。
「常任理事会」のグループチャットを見つめながら、僕はスマホを握りしめた。
曽米さんが無理やり進めた「常任理事会」だったけど、こうして何かを決める過程に関われたのは悪くない。
それに、僕自身が提案した「三角貿易」のネタで、みんなが反応してくれたのも少し誇らしかった。
那智君には「世界史談義を広めるな!」って怒られたけど、曽米さんは満足そうにしてたし、なんだかんだであの場の雰囲気は悪くなかった。
夏休みが明けるのが待ち遠しい。
今まではただ過ぎていく日々だったけど、今は違う。
曽米さんに振り回されるのは大変だけど、あのやり取りがちょっと楽しかったのも事実だ。
だけど、夏休みの間も「常任理事会」のグループチャットは動き続けている。
いや、正確には動いているというより、曽米さんがひたすら一人で呟いているだけなんだけど。
通知が鳴るたびに画面を見ると、曽米さんの長文メッセージが表示されていた。
「支払いはレンテンマルクに似せた紙幣か銀を使った貨幣にして、でも硬貨よりも紙の方が生産コストが――」
そのメッセージの後に、また長い考察が続いている。
どうやら文化祭の出店に関する話らしいけど、内容が歴史に寄りすぎている。
いや、むしろ経済史の講義でも始めるつもりなんだろうか。
一応、僕も既読はつけておくけど、他のメンバーはまったく反応していない。
曽米さんが間違った方向に暴走しているのを止められるのは、恐らく僕だけなんだろう。
いや、そもそもこのメッセージを見ているのは僕だけかもしれない。
画面をじっと見つめているうちに、思わずため息が漏れた。
「もはやSNSの使い方を間違っているとしか思えないな……」
それでも、既読をつけずにスルーするのはなんだか悪い気がして、僕は曽米さんのメッセージを最後まで読んでしまう。
本当に、なんで僕はこんなに律儀なんだろう。
ふと、曽米さんが満足げに笑っていた顔を思い出した。
あの笑顔をまた見られるなら、もう少し付き合ってみてもいいかもしれない。
僕はそう思いながら、続く曽米さんのメッセージを黙って読み進めていた。
①三角貿易
19世紀に行われたイギリス、インド、中国(清)の3国間貿易。
イギリスはインドに綿製品を、インドは中国にアヘンを、中国はイギリスに茶や絹織物を輸出した。この貿易によってイギリスは清に流失した銀を回収し、三角貿易によって財政の安定化を図った。
②黄巾の乱
中国(後漢)において、張角を指導者として起こした農民反乱。
反乱は失敗に終わるが後漢の衰退は避けられず、三国時代の契機となった。
③紅巾の乱
中国(元)において、白蓮教徒が目印に紅い布を身につけていたことに由来する。紅巾軍は意思統一が成されておらず、陸上で圧倒的な戦力を誇る元軍に鎮圧された。
④レンテンマルク
第1次世界大戦の敗戦国であるドイツは多額の賠償金を課せられ、破滅的な物価高が国民にのしかかる(ハイパーインフレーション)。この事態を解消するため、新貨幣レンテンマルクを発行し難局を乗り切った。