片や悠真は手伝いに行ったビデオ屋でアキラから言われたことは――。
「ふわぁ~~~!!!」
「ん~、美味しそ~!」
目の前に用意された火鍋から立ち上る湯気に蒼角が目を輝かせている。
そんな彼女を見つめるのは、機嫌を良くしたビデオ屋店長――リンだった。
――長らく忙しくしていた六課だったが、久々に休暇が取れると聞いてリンは蒼角と火鍋ランチの約束を取り付けた。
蒼角も火鍋を食べたいとここ数日ずっと思っていたようで、お誘いのメッセージには即答で承諾したわけだ。
そして当日――やってきた蒼角の姿に、リンは一瞬にしてパァッと顔色を明るくさせた。
「蒼角、可愛い!!」
「えへへ、ありがと~!」
リンが思わず叫んでしまう程本日の蒼角は可愛かった。
どうやら保護者である月城柳が「プロキシさんとお出かけですか? では先日買った可愛いお洋服を着て行ってください。きっと褒めてもらえますよ」と蒼角におめかしをしたようだった。
淡い黄色の小ぶりな花柄ワンピースは、普段の戦闘スタイルからは想像のつかない可愛らしい格好だ。(とはいえ蒼角の無垢な愛らしさは彼女に関わった誰もが知っている為、似合わないなど誰一人として言うわけがないのだが)
「髪の毛もね、あみこみ? ってのをナギねえが頑張ってやってくれようとしたんだけどー……普段そういうのあんまりやらないし、くすぐったくって結局やってもらわなかったんだぁ」
「ええ~? やってもらったらよかったのに! 絶対可愛いよ!」
「ほんと?? うーん、じゃあまた今度お願いしてみる!」
「その時は私とデートしてね~♪」
「はぁーい!」
そしてお昼時の少し混んだ地下鉄駅から二人で歩き、やってきた火鍋屋で二人はおしどり鍋を頼んだのだった。
味の違う二色のスープから上り立つ香りに蒼角はすでによだれを垂らしそうになっている。
「ほらほら、食べよ!」
「うん! いっただっきまーす!」
嬉しそうにお肉を箸で摘まむと、鍋の中へとくぐらせていく。
肉は最初からかなりの数注文しており、肉が入ったトレーはうずたかくテーブルに積まれていた。
「ん~~~おいしい~~~!!!!」
「ふふっ、蒼角の食べっぷり見てたら私も今日はたくさん食べちゃいそうだよ」
「食べたらいいよ! 美味しいものたっくさん食べたら幸せになるんだよ!」
「だよね~。じゃ、どんどん食べちゃおっ!」
「うんうん! 蒼角も~……っと、えーとそうだった忘れるとこだった」
「ん?」
蒼角は箸を一度置くと、持ってきていたトートバッグをそのままリンへと差し出す。
リンはそれを受け取ると「ああ~」と納得いったようにすぐに脇へと置いた。
「こないだはビデオたくさん貸してくれてありがと!」
「いえいえどういたしまして~。どうだった? 面白かった?」
「うん! すっごくおもしろかったよ! あっという間に見ちゃったもん!」
「そっかそっかぁ~。一人で観たの?」
「ううん、ナギねえも一緒! パッケージ見せたら見たいって言ってたから」
蒼角はそこまで言って箸を手に取るとまたお肉を摘まんで鍋の中へとくぐらせた。
リンは飲み物を飲んでバッグの中のビデオの本数を数えている。
これは全て同じシリーズの作品で、その昔テレビでやっていた連続ドラマのビデオだ。
「なかなかの悲恋だったでしょ? 泣いちゃわなかった?」
「ううー、いっぱい泣いちゃったよぉ~。だってだって、彼女の病気が治ってハッピーエンドかと思ったら、最後は主人公の方が死んじゃうなんて……悲しすぎるよぉ~!」
「だよね~! でも主人公は裏の社会に生きる人間だから……仕方ないってのもわかるんだけど、そのもどかしさがたまんないっていうか!」
「うんうん!」
二人は火鍋を食べ進めながら、長らくドラマについての感想を語り合った。
蒼角が泣きすぎてティッシュを合計で三箱も使ってしまい、柳に怒られたことは思わずリンも吹き出して笑ってしまった。
また蒼角は感想を伝える際につい大袈裟に身振り手振りをするのだが、あわやお肉でお手玉をするような恰好になりリンは大慌て。
しかし、どれも落とすことなく全て彼女の口の中へと収まっていったことは、二人の周りの席からも盛大な拍手が起こる程だった……。
「――ふふっ、楽しんでくれてよかった~。蒼角、ドラマ結構好きなんだね」
「大好きだよ! 毎週欠かさず見てるドラマ3本はあるし! ナギねえと一緒にビデオ借りに行くこともあるんだ。でも新しい映画とかはあんまり見ないかなぁ……古い映画なら結構見たよ! ナギ姉のお気に入りとか!」
「じゃあ、今度また私のお気に入り借りてってよ。いいの選んでおくから♪」
「わ~い! ありがとプロ――じゃなかった、えっと、店長!」
「あはは。リンでいいのに」
くすくすと笑うと、リンはようやく自分のお腹の空き具合が落ち着いてきたことに気が付いた。
手を止め、デザートは何にしようかとメニューへ手を伸ばす。
「あ、そうだ」
そう呟くと、リンはメニューの陰から蒼角を見つめた。
蒼角も「ん?」とお肉をもぐもぐとしながら見つめ返す。
「ねね、実は蒼角に聞きたいことがあるんだけど」
「ききたいこと?」
「うん。ちょっと前からかな、結構悠真と一緒にいること多い気がして~……あ、でも私が知り合う前から実は一緒にいたとかあるのかな? とにかく、二人って仲良いの?」
「ハルマサ?」
蒼角はもぐもぐごくんとお肉をお腹の中へと落とすと、にへっと笑った。
「……ハルマサはー、仲良いよ! 一緒に遊んでくれるし、一緒にビデオ見てくれるし、一緒にゲームもしてくれる!」
「そっかそっか~♪ それってお兄ちゃんみたいってこと?」
「ハルマサはお兄ちゃんじゃないよ?」
「あ、あはは、そりゃそうだけど。家族みたいに仲が良いってことかなーそれとも違うのかなーって……」
「家族……」
そこで言葉を切ると、蒼角は口元に人差し指を当て考え込む。
その表情が少し困ったような、何とも言えない様子で、リンは首を傾げた。
「……ね、わたしも店長にきいていい?」
「ん? 私? うん、何でも聞いて!」
「店長には、毎日ぎゅーする相手っている?」
その質問に、カランカラン、と皿の上へ箸が落ちる。
落としたのは口をあんぐりと開けたリンだ。
彼女は慌ててそれを拾い上げて持ち直した。
「え!? 毎日ぎゅーする相手……!? えーとわたしはー……じゃなくて。蒼角、急にどうしてそんなこと聞くの?」
リンはドキドキと高鳴る胸を押さえながら蒼角を見つめる。
蒼角が何を言おうとしているのか、想像通りなのかが気になり、思わず前のめりになった。
「………」
「蒼角?」
「……あのね、もしかしたらおかしいのかもしれないけど」
蒼角は二、三度瞬きをすると、少し恥ずかしそうに上目遣いでリンを見た。
「わたし、今ね、毎日、ハルマサとぎゅーしてるの」
***
――テーブルの上に両肘をつき食い入るように蒼角を見ていたリンは、目を見開いたまま唖然としていた。
そしてその数秒後、意識を取り戻したかのように目を輝かせ思わず立ち上がりそうな程に腰を浮かせた。
「どーゆーこと!?」
「あ、うう、えーと……」
「やっぱり悠真と付き合ってるの!?」
「やっぱり? うーんと……うまく、説明するのムズカシんだけど……」
蒼角の様子はどこか不安げで、リンはすとんと椅子に腰を下ろした。
興奮気味だった表情筋も元に戻り、首を傾げるリン。
「……なんか、あったの?」
リンの問いに、蒼角は伏し目がちになり少しだけ口を尖らせた。
「ハルマサとぎゅってするようになった理由は、えーっと、言えないんだけど、あ、蒼角がしたいって言ったの! とにかく蒼角からぎゅーしたいって言って、それで、それから毎日するようになって、おはよー! ぎゅっ! とか、ばいばーい! ぎゅっ! とか、いつものあいさつみたいな感じで、することが多くって、ええとね、とにかくぎゅーするとね、安心するの」
蒼角はそこまで一息に言うと、ふうと息継ぎをした。
「すっごく安心して、それでね、わあーもっとぎゅーしてたいっ、ぎゅううううーって強く抱きしめたいし、抱きしめて、ほしいなって、思ったり……するんだけど……」
ちらり、と蒼角がリンの表情を盗み見る。
リンは口元に両手を当て、「たまらない」といった様子でコクコクと頷いている。
続きを話してどうぞ、という意味だろう。
「……でもほんとは家族でもないのに毎日ぎゅーするのって、おかしいよね。ドラマで見る恋人同士がすることだもん。あ、お友達同士でももちろんぎゅーするけど! でも、毎日はしないよね。だから……」
「……だから?」
リンに促され、蒼角は少し照れながら小さな体をもっと小さくするように背中を丸めて言った。
「蒼角にだってわかってるんだ、これが“好き”なんだってことくらい。でもそれを言ったらね、ハルマサ、遠くへ行っちゃう気がするの。だからね、毎日ぎゅーしてくれるけど、ハルマサに好きだってことは言えないの」
そこまで言うと、蒼角は残り少ない水が入ったコップに口をつけた。
リンも自身のコップを手に取る、が飲もうとはしなかった。
「……言えないの?」
「うん」
「どうして? 好きって言われたらきっと嬉しいと思うけどなぁ。それに悠真が急に六課をやめるなんてことまずないと思うけど……」
「ううん、やめちゃうとかじゃなくて……そっと蒼角から離れてっちゃう気がするんだ」
「……離れてく?」
リンは訝し気に首を傾げる。
蒼角は唇を噛み、空になった肉のトレーを指で突いた。
「……うん」
「んー、悠真だってさあ、蒼角のこと満更でもないから毎日ぎゅーしてくれるわけでしょきっと。てかそうじゃん絶対」
「ううー……」
「それが気持ち伝えたら離れてくとかあるかなぁ~」
「あのね、ハルマサの考えてることは何にもわかんないよ。わかんないんだけど、でももし離れてっちゃったら……きっとわたし、いっぱいいっぱい泣いちゃうと思う」
蒼角の潤んだ瞳からは、今にも涙がこぼれ落ちそうに見える。
リンの胸が少し痛み、蒼角を今すぐにでも抱きしめてあげたい気持ちになった。
「なるほどねぇ。今の関係が壊れちゃうかもしれないって不安なんだ、蒼角は」
「……そうなのかな」
「毎日ぎゅーする関係かぁ~。それがずーっと続くなら蒼角は嬉しいってこと?」
「う、うーん……うん、多分」
「それ以上は望まないってことだ?」
「え?」
「ほら、恋人同士になってみたいとかさぁ。ドラマたくさん見るなら、蒼角だって恋愛して恋人がほしいって憧れること、ないの?」
「こいびと……なんていうか、ドラマはテレビの中のお話って感じで、蒼角がその主人公になるってイメージはあんまりなかったかも」
「そっかぁー……」
「でも、蒼角も主人公になることが……いつかあるのかな」
不安と期待が入り混じった瞳が、リンを見る。
リンはそれを見つめ返し、ふっと思わず笑みがこぼれた。
「……あるある! 蒼角が主人公の壮大でめちゃくちゃハッピーエンドなドラマ! だから安心しなって、蒼角だって、今よりもっと幸せになる権利があるんだよ!」
「今よりもっと……幸せになるケンリ?」
蒼角は胸がきゅっと締め付けられたような感覚になり、自分の胸に手を当てる。
今この瞬間火鍋屋で食事をしている蒼角は、自分が幸せだと知っている。
それでも、その幸せとは違う幸せを手に入れることができるかもしれないと、そう思うと胸がじんわりと暖かくなったように彼女は感じた。
「………」
「大体さー、よく考えてもみてよ。なーんとも思ってない相手と毎日抱きしめ合う関係って……それって不健全じゃない!?」
「フケンゼン?」
怒ったような表情でメニューを見始めるリンを見て、蒼角は首を傾げる。
リンはデザートの項目を探すと上から順に眺め始めた。
「だってさ、抱きしめ合うことでお互い心地良さとかを感じてるわけでしょ? それがさ、相手は『いや、あなたのことはどうとも思っていません』なんて態度取ったら怒っていいと思うの! そんな奴から心地良さなんて感じられるわけなくない!?」
「うん? ……えーっと、あ、そっか! 蒼角、ナギねえとも時々ぎゅーするけど、もしナギねえに蒼角のこと嫌いって言われたら次からぎゅーするの不安になる!」
「うんうん。だからね、やっぱり……悠真だって蒼角のこと、少なからず好きだと思うんだ。そういう気持ちが伝わってくるからこそ、蒼角は悠真とのぎゅーで幸せ感じるんじゃないかな?」
「……ハルマサの、好き、を感じてるってこと?」
そう呟くと、蒼角は急に顔を赤らめ、耳の先まで熱さを感じた。
リンはメニューを見終わるとそれを元の場所に戻し、今しがた沸騰寸前になってしまった蒼角の顔を見てにんまりと笑った。
「とにかく言ってみなよ。蒼角が不安に思ってることなんて起きないかもだしさ!」
「うん……うん、わかった。わたし、言ってみる!」
「……はー、蒼角が悠真と恋人になるかもしれないのかぁ~。なんか想像できないなぁ~」
「わたしも想像できない~。ねぇねぇ、恋人って、何するの? ドラマで見るようなことするの? ぎゅーとか、ちゅーとか、ベッドに一緒にはいったり???」
蒼角の質問に、リンは思わず視線を逸らしてしまう。
ベッドに一緒に入る、ということを蒼角がどれだけ理解しているのかリンにはわかりかねるからだ。
「……あー、えっとね、そうだけど、そこまでそんなに急がなくても大丈夫かなーと思ったり……」
「わたし、ドラマでは恋愛っていっぱい見てきたけどほんとの恋愛ってよくわかんないや。こんなふうに誰かを好きになったことも……はじめてだし」
「ふふっ、いいのいいの。ふたりにはふたりの歩調があるんだから。ゆっくり付き合っていけばいいんだよ!」
「そっかぁ。そういえばハルマサはわたしと歩く時ゆーっくり歩いてくれるかも」
「お、そうでしょそうでしょ? だから何にも気にしないで――」
「だから今度は蒼角がハルマサに合わせたいな!」
「ええ? ま、まあそういう考え方もある? かな?」
「恋人のゴールってなんだろ!? 一緒にベッドで寝るのがゴール!? そしたらハルマサ安心するかな!?」
「え、えええ~??????? ええーと、そ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないしー……」
「あれれ、店長なんか変な顔してる? もしかして蒼角、間違ったこと言ってる!?」
「いやいやいや、間違ってるとかじゃなくてね! あはははは……」
「お話したらお腹減ってきちゃった。追加のお肉たのもーっと!」
蒼角は手を挙げ店員を呼ぶと、先ほどよりもたくさんの種類の肉を注文したのだった。
***
「――悪いね、久々の休暇なのに」
アキラが声をかけると、棚のビデオ整理をしていた浅羽悠真が振り返って引き攣った笑みを見せた。
「ほんと、あんたって人使い荒いよねぇ」
「そんなことはないと思うけど……あ、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ~~」
――明日は休暇だ家でゆっくりのんびりしちゃうもんね~、と悠真が思っていた昨夜、突然ビデオ屋店長のアキラから連絡が来た。
どうも明日は妹店長がしばしの間留守にするらしく、その分手伝いをしてほしいとのことだった。
げんなりとした悠真だったが、『お昼からの二、三時間だけ』『ちゃんとバイト代も出す』『疲れたら奥の部屋のソファで横になってどうぞ』という言葉に仕方なく本日アルバイト出勤したわけである。
「……で? リンちゃんは健気に働くお兄ちゃんを置いてどこ行ってるわけ?」
「友達と火鍋を食べに行ってるんだ。僕も行きたかったんだけれど、さすがに僕ら二人とも店を開けるというのもね」
「ふ~ん。じゃ、リンちゃんが帰ってきたら僕と火鍋食べに行く?」
「それは良い提案だ。その為には悠真の仕事量を多少増やさないとね。でなければ今日のやることを終えられそうにない」
「うーんその提案はやめて僕一人で食べに行きまーす」
「つれないなぁ」
くすくすと笑うアキラに背を向け、悠真はまた棚整理の仕事に戻った。
ちょうどいま片付けたビデオが、先日蒼角と一緒になって見たビデオだということに気が付く。
悠真は一瞬手を止めたが――すぐにそれを棚に戻した。
「今日は他に予定ないのかい?」
「あったらそれもう僕にとってお休みじゃないってば~。疲れてくたくた、咳はゴホゴホ、さしずめ明日は病欠ってね」
「じゃあこのあとはまっすぐ家に帰るのかい?」
「もちろん。猫とベッドが僕を待ってるからね~」
「確かに猫はいい薬だ」
アキラはそう言うと、床に寝転がっている黒猫を見て微笑んだ。
ビデオ屋<Random Play>で飼われているその猫はアキラの視線に気づくも、体を起こすことなく自分の身体を舐めている。
――しばらくしてそれなりに賑わっていた店内の客が捌けると、アキラは時計を確認した。
そろそろ妹のリンが帰ってきてもおかしくない頃だ。
何かメッセージでも来ているだろうか、と確認しようとした時だった。
「はーあ、疲れた」
悠真がカウンターに肘をつき、寄り掛かっている。
アキラはふっと笑うと「お疲れ様、あともうちょっとだよ」と労った。
「なーんか今日お客さん多かったんじゃないのぉ~?」
「そりゃあ、今日のバイト店員にみんな興味津々なんだよ」
「もしかして僕がここに来ることでこのお店の売上上がってたりする?」
「ありがたいことにね。どうだい、退勤後毎日ここでバイトするっていうのは」
「あんたねぇ……僕に過労で死ねって言ってんの?」
悠真がじろりと睨むと、アキラは軽く笑った。
そしてふと思い出したように一点を見つめ、顎に手を添える。
「そういえば君に訊きたいことがあったんだ」
「え~? なになに、僕のスリーサイズとかぁ~?」
「それはファンクラブサイトでも開けばわかるから必要ないよ」
「いやいやいや、僕のスリーサイズってファンクラブサイトで公開されてんの!? なんで!?」
「あははは、それは冗談として……」
アキラがにこりと微笑む。
悠真は不思議そうに見つめ返した。
「悠真は、蒼角と一体どういう関係なんだい?」
「!?」
カウンターについていた肘がずるっと滑り、悠真は体勢を崩した。
どうにか立て直したものの、その表情はまだ困惑したままだ。
「え、蒼角ちゃん? 同僚ですけど? 知ってるよね?」
「知っているとも。悠真も蒼角も、対ホロウ事務特別行動部第六課のメンバーだ。ただ、僕にはどうもそれ以外の何か深い関係性があるように思えてならない……というのが、映画好きの僕の直感だ」
にこにこと笑っているアキラが得体の知れない生き物のように思え、悠真は口元を引きつらせた。
「……た、ただの同僚だって。その直感、もっと違うところで活かした方がいいんじゃないのぉ~?」
「まあ、それもそうだ。さして付き止めなければいけない真相というわけでもないしね。僕はここで引いてもいいのだけれど、ただしうちの妹は納得のいく答えがもらえるまでは掴んだら放さないタイプでね」
「リンちゃんは? まだ帰ってこないよね?」
「どうだろう、そろそろ帰ってくるかもしれないけれど」
「じゃあその前に僕はさっさと帰ればいいってことだ」
「そんなに聞かれるのが嫌なのかい?」
アキラが首を傾げ、悠真は目を細める。
「あのねぇ。逆に聞くけどあんたたちは僕と蒼角ちゃんが一体なんだと思って話してるわけ?」
「うーん……リンが何と言うかは断定できないけれど、僕からすれば君は随分と蒼角に優しいなと思うよ。まるで本当の妹か娘かのように」
「おっ? なーんだわかってるじゃない、そうだよ、蒼角ちゃんは六課全員の妹でありマスコットであるからね。可愛くて仕方ないんだって。あの純粋な目を見てよ。僕が何を思って話してるかなんてよく考えもせずに聞き入ってくれる。そして僕はあの子への『指導』という名の元職務から離脱して快適にズル休憩を取ることができる。ね、使い勝手のいい子じゃない。あ、こんなこと月城さんに聞かれたら殴られるな……」
「使い勝手、ね。僕には真逆に見えるんだけどな」
「真逆?」
きょとん、として悠真はアキラを見る。
アキラは視線を落とすと帳簿の確認をし始めた。
「悠真はいつも蒼角に振り回されているようにも見えるよ」
「あー……いやまあそういう場合もあるけどさぁ」
「蒼角のことを放っておけない、自分がなんとかしたい、近くにいたい、あるいは誰の手にも渡らないよう傍に置いておきたい――」
「ストップストップストップ! 待って! アキラくん、それは妄想がすぎるんじゃないのぉ!?」
「いやぁ、ついつい物語の主人公のごとく語りたくなってしまって」
「勝手な思い込みはやめてよね!? 大体蒼角ちゃんを傍に置いておきたいとか……」
「思っていないんだったらいいんだ。もしかするとこれは、悠真ではなくて僕が思ってることかもしれないね」
「はあ?」
素っ頓狂な声が悠真の口から出た。
それが可笑しかったのかアキラはくすくすと笑った。
「蒼角はとてもいい子だろう? 健気で、真っ直ぐで、いつもお腹を空かせている様は何かを与えたくなるし、そしてご飯を食べると至福の表情になってこちらも幸せになれる。傍において可愛がりたくなるのはごく普通の感情だ。ああいう純粋な子はなかなかいないし、もっと仲良くなれたらいいのになと常日頃思っているよ。そうだ、今度僕も火鍋にでも誘ってみようかな。蒼角は火鍋が好きだったよね。好物を奢ってあげれば僕にも良い感情を抱くかもしれない。今はまだ幼い蒼角だけれど、実際の年齢はそう幼いというわけでもない。これから成長していけばいつかもっと深い仲にも――」
「本気で言ってんの?」
悠真はじっとアキラを見た。
アキラは悠真の視線を感じ、帳簿から顔を上げて見つめ返す。
ふっと微笑んで見せれば、アキラは次に手元の返却済みビデオの集計作業を進めた。
「言っているとも。彼女の成長は誰だって楽しみだと思うよ。今だって魅力的なところがいっぱいあるだろう? それに気づいている人もたくさんいるさ。何より彼女のファンはたくさんいる。彼女とお近づきになりたい人間はわんさか――」
「……アキラがそんなことを言う奴だとは思ってもなかったな」
「おや、どうしたんだい悠真」
「気分が悪い、吐きそうだ。今日は帰るよ」
「約束していた勤務時間まではあと三十分あるけれど」
「残念でした~、残りはおひとりでがんばって。それじゃ」
「……悠真、やっぱり」
悠真がビデオ屋を出ていこうとした瞬間だった。
「――君は蒼角のことが好きなんじゃないか?」
***
背後から聞こえた言葉に、悠真はバッと振り返る。
カウンターに立つアキラがにこりと笑った。
「ごめんよ、今のは全部わざとだ」
「はあ……?」
「蒼角をいい子だと思っているのは本当だけれど、それ以上の感情はないよ。僕にとってもリンにとっても妹のような愛らしい存在だからね」
「それは僕だって同じ――」
「そうかい? さっきの君の目からは憎しみに似たものを感じたよ。余程の執着がないと、そういった表情はしないんじゃないのかな。もし柳さんに同じことを言えば、もっと怒りの方が前に出るだろうね。それでも君は違った。もしかすると僕や誰かに蒼角を取られるんじゃないだろうかという不安と、焦りと、そしてそうはさせたくないという全てに対する敵意のような感情が前面に出てしまったのではないかな。……どうだろう、これでも僕はたくさんの映画を観てきたからね、なかなかいい推理をしていると思うんだけど」
アキラの“推理”をそこまで聞くと、悠真は一気に脱力したようにそこに座り込んだ。
そして目を細めてアキラを軽く睨む。
「……はあー、僕に嫌われかねないようなことまで言っちゃってさぁ。結局、あんたは今日僕に何が聞きたいわけ? 蒼角ちゃんを好きかどうかってことだけ?」
「うーん、リンはそう言うかもしれないけれど……僕はちょっと違うんだ」
「え?」
想定しない返事だったのか、悠真はぽかんとした。
そして次にアキラから出てくる言葉を待っている。
アキラは考えるように視線を上へ向けていたが、少しして悠真の方を見て言った。
「もしかすると君は蒼角へのその気持ちを、きっかけがない限り彼女にずっと言うことはないんじゃないのかなぁと思ってね」
「………」
「僕から見れば蒼角は悠真のことをとても好いていると思う。両方の気持ちが相手を向いているのなら、気持ちを伝え合えばきっと君にも幸福が舞い降りてくるだろうと僕は考えているよ」
「……知ったような口を聞くね。でもあんただってわかってるだろ? 僕はそう長く生きられないとてもとてもか弱~い体だってさぁ」
「なら尚更気持ちを伝えた方がいいんじゃないのかな。君の身体のことはもちろんわかってるさ。それでもね、君がいつ死ぬかわからないのと同じように――この新エリー都で暮らす誰もが、いつその命を落とすかなんてわからないんだ。どこで、どうやって、『ああ良い人生だった』と思いながら幸せに死ねるかもわからない。それは……考えたことはあるかい?」
「………」
悠真は何も言わず、ただじっとアキラを見ている。
しかし頭に浮かんでいるのは蒼角の顔だった。
脳裏で彼女は屈託のない笑みを浮かべている。
「最後に聞くけれど、もしも明日、君ではなく蒼角の命の灯がフッと消えてしまうとしたら? 君は……君のその愛を伝えればよかったと後悔はしないのかい?」
「………」
「……悠真?」
「あーもーわかった、わかったって!!」
悠真は立ち上がると、ため息をついて顔に手を当てた。
「はいはいその通りです僕は蒼角ちゃんが可愛くて仕方ありませんー。なんであんたがそこまでせっつこうとするのかわかんないけどさぁ、要はさっさと告白しちゃいなさいよってことでしょ!? でも僕は蒼角ちゃんから何か言われない限り何も言わないからね! こっちだって大人のプライドがあるんだから! ……全くお節介にも程があるっての。あ、バイト代! 色付けてくんないと次から来ないからよろしくね!」
「あはは、少しくらいなら付けるとするよ」
「ってかさぁ、僕ってばそんなにわかりやすい……?」
「うーん、僕もリンも気づいたけれど……雅さんや柳さんはどうだろう、何か言われたことは?」
「今のところないですけど!?」
「ははっ、そうなのか」
多分言わないだけなんじゃないだろうか、とアキラは思ったが口に出すことはなかった。
その時、突然扉が開きリンの悲鳴が聞こえた。
「うわっ、悠真!? なんで入り口に突っ立ってんの!? 邪魔じゃん退いてよ~」
「あーららリンちゃん、お早いお帰りで」
リンは悠真の横を通り抜けると、アキラが立つカウンターに近寄っていく。
アキラが「おかえり」と声をかけると、リンは満面の笑みで「ただいま!」と答えた。
「はー、火鍋美味しかった~。あれ、悠真はもう帰っちゃうの?」
「ああ、少し早いけど帰るみたいなんだ」
「へぇ~手伝いは?」
「いいんだ、リン。もう君が帰ってきたしね」
「ええ~、それってたっぷりお仕事が待ってるってこと~? ……あ、そうだ。もう帰るなら悠真今からルミナに行ってみなよ! 蒼角一人でいるから、もしかしたら会えるかもしれないよ~?」
にやにやと笑うリンに、悠真は苦笑いで頬を掻く。
「……え、っと、なんで蒼角ちゃん一人で?」
「今私と火鍋食べてたんだけど、足りないからってラーメン食べて帰るんだってさ。でもさすがに行き違いになっちゃうかなぁ」
「それはなるでしょ~。それに僕はルミナの方通り道じゃな――」
「あ、でもでも! 今日の蒼角すっっっっごく可愛いから! ファンの人たちに見つかったら人だかりできちゃうかもね~!」
どこか誇らしげにリンは胸を張って言っている。
「すごく可愛い? 何かあったのかい?」
アキラが訊ねると、リンはふふんと笑った。
「今日の蒼角はおめかししてるからすっごく可愛いの。隣歩けてよかった~♪ あ、写真撮ったんだよ見る??」
リンがポケットの中を探ろうとするのを見もせずに悠真は背を向けた。
「……僕もう行くよ。今度来た時はビデオ借りてくからさ、それじゃね!」
バタン!
と、扉が閉まる。
リンはきょとんとした顔でそれを見つめ、すぐにアキラの顔を見た。
「写真見せてあげようと思ったのに、どうしたんだろ悠真」
「うーん、実際に見に行ったんじゃないかい?」
アキラは笑いながら今まで悠真が立っていた辺りを見つめた。
***
「いっただっきまーす!」
ルミナスクエアにあるラーメン屋<滝湯谷・錦鯉>で、蒼角は三度目のいただきますを言った。
火鍋のあとだから一杯だけ……やっぱりこっちのラーメンも食べたいからもう一杯……と気づけば現在三杯目だ。
たくさん食べすぎるとラーメン屋の店主が困ってしまうということをわかっている蒼角は、一杯一杯をゆっくりと味わって食べることにしている。
「ぷはぁ~! こっちも美味しいなぁ~。次は何食べ……ってちがうちがう! 食べ過ぎないように気をつけないとなんだから!」
蒼角は今一度自分の覚悟を思い出し、今目の前のラーメンスープをゆっくりと味わっている。
そして麺に手を付け始める頃、とんとんと肩を叩かれた。
「……あの、すみません!」
「ふぇ?」
もぐもぐと口を動かしながら蒼角が振り返ると、若い女性二人組がそこにいた。
「なんれふか?」
「あの、六課の蒼角ちゃんですよね!?」
「はむはむ……ごくん。うん、そうだよ! 蒼角に何か用事?」
「あの、こんなに可愛らしい格好の蒼角ちゃん初めて見ました! 一緒に写真撮っていいですか!?」
「ふぇ?? えーと、うーんと、いいよ! でもラーメン伸びちゃうしおじちゃんのメーワクになっちゃうから、ちょっとだけだよ!」
蒼角がそう答えると、女性二人組は「きゃあ」と嬉しそうな声を上げさっそく蒼角と一緒に自撮り写真を撮り始めた。
数枚撮影が終わると、女性二人組はぺこぺこと頭を下げ、蒼角にお礼を言って行ってしまった。
「えへへー、蒼角可愛いって言ってもらっちゃった~」
蒼角はにこにこ笑顔になると前を向きラーメンをまた啜り始める。
満面の笑みで食べる蒼角を見て店主もにこりと笑っていたが、すぐに何かに気が付いたように彼女の背後を見た。
「――すみません、蒼角ちゃんですよね?」
蒼角が振り返ると、今度は痩せた背の高い男性が一人。
そしてその後ろには三人組の女子高校生が、そしてその後ろに…………。
「うわわ、なんかいっぱい人集まってきちゃった!」
蒼角はあわわわ、と慌てふためき、「ちょっと待ってね!」とまずは目の前のラーメンを食べ進めた。
今や<滝湯谷・錦鯉>ルミナ店の前にはラーメンを待つ客なのか蒼角を待つファンなのかわからない程に人でごった返している。
「おじちゃんごちそーさま! えっとえっと、それであなたたちはどうしたの??」
蒼角がラーメンを食べ終えるのを待っていたファンたちはそれぞれ「写真を」「サインを」「このお菓子を君に」と言っている。
いつもならばたくさんのファンに囲まれる時は決まって他にも六課のメンバーがいる時なのだが、今日は蒼角一人。
数人のファンならまだしも、こんなにもたくさんの人数がいると捌くのも至難の業だ。
蒼角は「えっとえーっと順番に~」ともたもたしていると、ひょいとどこからか手が伸びてきて彼女の手首を掴んだ。
「!?」
蒼角は驚き、思わず臨戦態勢に入ろうとする――が、すぐにその警戒を解いた。
「……あ、ハルマサ」
彼女の見上げた先にいたのは、息の上がった様子の悠真だった。
「……ぜぇ、ぜぇ、蒼角ちゃ、うっ、げほげほっ……」
「ハ、ハルマサ大丈夫!?」
「いや、ごめ、全然大丈夫じゃな――ゲホッゴホッゴホッ!!」
蒼角は慌てて悠真の背中を摩り、「わーんだいじょばないの~!?」と泣きそうになった。
「えっと、ファンのみなさんごめんなさい! わたし、ハルマサ休ませてあげなきゃだからもう行くね! あ、一緒にはお写真撮れないけど、撮りたかったら今撮ってね! はい!」
にっと蒼角が笑うと、大勢のファンたちは慌ててカメラを彼女に向けて連写した。
たった数秒のことではあったが、ファンサービスを終えると蒼角は悠真を支えて歩き始めた。
ファンたちは遠巻きにそんな二人を見つめ、そして突然舞い降りた六課のアイドル二人に合掌したのだった――。
***
「ハルマサ、どうしてそんなに咳してるの?」
ルミナスクエアの歩行者広場にあるベンチまで行き、どうにか悠真を座らせると蒼角はその場にしゃがみ込んで不安そうに下から覗き込んだ。
「……はあ、いや……ちょっと、急いでて……げほっげほっ」
「急いで、どこかに行かなきゃいけないの? ならこの後は蒼角がおんぶして行ってあげるよ! どこまで行くの?」
「……はあ……はあ……はー………いや、もう、着いたから大丈夫」
「着いた? ルミナスクエアに来たかったってこと??」
蒼角が首を傾げる。
悠真は呼吸を整えると、落ち着いたようにベンチに手をついて上を見上げた。
「はあ、仕事でもないのにこんなに走ったの、久々だな~」
「? そーなの?」
「蒼角ちゃんは、ラーメンちゃんと食べれた?」
「え? うん、食べれたよ! 最後はファンのひとたち待たせちゃ悪いなって思って急いだけど……あれれ、私がラーメン食べに来たこと知ってたの?」
蒼角が不思議そうに悠真を見ると、彼は蒼角を見てにこりと笑った。
「実は僕、超能力が使えるんだ」
「え! 超能力!?」
「蒼角ちゃんが今日行ったところがわかるんだよ」
「そうなの!?」
「ラーメン屋に行く前……火鍋屋さんに行ったでしょ」
「すごい、当たってる!」
「しかもプロキシと一緒だった」
「ええ!? ハルマサすごーい!!!」
きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぐ蒼角に、悠真は堪え切れずに笑い出した。
「あははははっ! いや、ごめん。実は聞いたんだ。さっきリンちゃんと会ってね」
「え、そうなの? なーんだ、ハルマサほんとに超能力持ってるのかと思っちゃった! あ、ねえねえスプーンは曲げれる?」
「いやだから超能力者じゃないから」
咄嗟のツッコミに、蒼角は楽しそうに笑う。
そして立ち上がると悠真の隣に座った。
「ハルマサ、このあとどこに行くの?」
「え? あー……帰るだけだよ」
「え!? 帰るだけで、なんでそんなに急いでたの!?」
「いやだから……えーとね……蒼角ちゃんがここにいることを聞いて」
「わたし?」
「……もしかしたら、変なファンに絡まれてたりしないかなー、とか」
「えーと、大丈夫だよ?」
蒼角は訳が分からないようでにこりとした笑みのまま首を傾げた。
そんな彼女を見て悠真は力なく笑う。
「うん、ほんとだ。僕の徒労だったな」
「トロウ??」
「……あ、いやそうでもないか」
そう言うと悠真は蒼角の頭からつま先まで視線を往復した。
「うん、来た甲斐はあった」
「ええ~?」
「今日の蒼角ちゃんはとっても可愛いね」
にこりと微笑み、悠真は言う。
それを聞いて蒼角は――徐々に顔を赤くさせていった。
「え……え!? あ、蒼角のこのお洋服!? えへへへー……かわいいでしょ」
本日リンにもファンにも言われた『可愛い』という同じ言葉に、蒼角はこの上なく心臓を高鳴らせる。
そんな彼女の様子に悠真はつい、揶揄いたくなってしまう。
「そーんなに可愛い格好して、一体どこに行こうとしてるの?」
「え? えーと、ラーメンはもう食べたから帰るつもりだけど……」
「せっかくおめかししてるのに、もう帰っちゃうの?」
「ええ~? だって、火鍋の約束はもう終わったし、蒼角ひとりだし……」
「今もひとり?」
そう言われ、蒼角は目を丸くする。
そしてぶんぶんと首を振り、にっと笑った。
「ハルマサがいるー!」
「そうだね~」
つられて悠真も笑ってしまう。
ただ、その表情からは疲弊の色が見て取れる。
蒼角は彼の顔をじっと見て、「そうだ」と何か思いついたように顔を綻ばせた。
「ハルマサ疲れてておうちまで帰るの大変だよね?」
「んー、まあ……でも少し休憩してけばだいぶラクに――」
「あのね、蒼角いいところ知ってるよ!」
蒼角はぴょんと立ち上がると、ハルマサの手を掴んだ。
「こっちにね、いいとこあるの! ボスが教えてくれたんだよ!」
「課長が……?」
少し急かすように歩く蒼角の後ろを、悠真は手を引かれながら歩いた。
一体どこへ連れてってくれるのやらと蒼角のその健気さに悠真は癒しを感じてしまう。
(あー、やっぱ可愛いな。ほんと、好きになっちゃっても仕方ないでしょ、これは)
そんなことを考えていると、景色はどんどん奥まった場所へと変わっていく。
あまり来ない道に、悠真は辺りをきょろきょろとした。
「あのねー、ちょっとお高いけどちゃんとお布団で寝れるしご飯もあるんだよ!」
「え?」
「だいじょぶ! ディニーならちゃんと持ってるし、ハルマサがお金なくてもわたしにまかせて!」
「あー、えっと……」
「ほらあそこ、シュクハクとキュウケイ、書いてるでしょ!? キュウケイしてこ! ハルマサ!」
目に入った看板は<ホテル ラブスイート>
そのすぐ脇に見える案内板には――
『ご休憩:7,500ディニー』
『ご宿泊:25,000ディニー』
「蒼角ちゃんこれ……ラブホ……」
その呟きが聞こえていない蒼角は振り返って満面の笑みを浮かべ、
迫りくる現実を前に悠真は冷たい息を呑んだ――。