蒼角と悠真   作:nifrec.

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※青年誌くらいの性表現有り(R18までいかないくらいだが割と露骨な描写)
悠真を休ませるために休憩にやってきた場所はラブホテルで――
何も知らない蒼角がわたわたする話。


12.約束と口づけ

 

「ボスー、あれなんて読むの~?」

「『休憩』だ」

「キュウケイ? ここ、キュウケイできるの?」

「ああ」

 

 六課課長の星見雅と蒼角が見上げているのは、<ホテル ラブスイート>と看板に書かれたホテルだ。

 建物の見た目はシンプルだが、名前からは字体のせいか妙な艶っぽさと華やかさが漂ってくる。

 

「……以前ここで私も休憩をしたことがある」

「ボスも? 休憩って何できるの? ご飯食べれる?」

「ああ、食べれる。ルームサービスというのがあった。入り口に豪華なデザートの写真が貼られていた」

「ほんと!?」

「ホテルと言うからには普通は宿泊で使うのだろうが、休憩で利用できるのはありがたいことだ。少し高いが、な。しかし三時間まではここで睡眠を取ることができる。部屋は広くふかふかのベッドがあった」

「ふかふか! ……あ、ほんとだ三時間いくらって書いてる!」

「修行で疲れた時にここをたまたま見つけ、休憩をしていったのだ。従業員と顔を合わせることなく料金を支払い部屋まで行けるシステムは初めてだったが、気を遣わなくて良いな。そして一時間程ベッドで横になれば疲れも取れ、次の修行へ向かうことができた。(いささ)か隣の部屋がうるさく感じた気もするが……苦言を呈するほどのことでもないだろう」

「そうなんだ! 蒼角ももし疲れちゃってご飯が食べたくなっちゃったら、ここでキュウケイしていけばいいってことだよね!?」

「ああ、そうだな」

 

 そこまで話したところで、ふたりはその場を後にした――それはつい先日のことであった。

 

 

 ――そして今、そのホテルの前に蒼角と悠真は立っている。

 

 

 顔面蒼白の悠真を引きずるようにして、蒼角は中へと入っていった。

 初めて入る内部に、蒼角は物珍しそうにきょろきょろとしている。

 

「あ、あれでお金を払うのかな?」

 

 ぱたぱたと自動精算機へと駆け寄っていく。

 最初は勝手が分からない為、まじまじとその機械を眺めた。

 

「すごーい、これでお部屋選ぶんだ! えーとえーと、ちょっと休憩するだけだから……この安い部屋にすればいいのかな。ここでもご飯頼めるよね??」

「……え、うん、そうだね」

 

 悠真は回らない頭のせいで生返事をしてしまう。

 蒼角はぽちぽちとパネルを操作し支払いを済ませると、ルームカードキーが出てきたことに喜んだ。

 

「203……あのエレベーターで行けばいんだよね、行こ! ハルマサ!」

 

 蒼角の小さな手が悠真の服の裾をきゅっと握る。

 引っ張られるようにしてエレベーターに乗り込むと、悠真はこの空間に二人だけのことに大変安堵した。

 

(……後ろから他のカップルが入ってこなくてほんとよかった)

 

 

 しかし安堵の気持ちなどすぐに消えていく。

 ラブホテルという空間から逃れられたわけではないのだ。

 

(変な気を起こさないようにしないと……蒼角ちゃんはまだ何もわかってないんだから)

 

 

 隣で楽しそうに鼻歌を歌う蒼角をちらりと見て、悠真はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ***

 

「うわあ~~~!!!」

 

 部屋に入るなり、蒼角は興奮したように飛び跳ねた。

 

「すごい、お部屋綺麗! おっきなテレビもある! なんかお風呂ガラス張りだ!? あ、ご飯のメニュー表!」

 

 ひとしきり部屋の中を駆け回った蒼角は、メニュー表を手にソファの上にぴょんと座った。

 悠真はひとまず誰にも見られずに部屋の中へ入れたことに胸を撫で下ろし、奥のベッドへと座った。

 そしてベッド脇に置かれた“行為の必需品”をさっと取るとポケットにしまう。

 

(蒼角ちゃんなら、これ何のお菓子だろ〜とか言って開けかねないからね……)

 

 見られていないことを確認して悠真は一息ついた。

 

「ハルマサ、わたしご飯頼んでもいい!?」

「はいはいどーぞ。何食べるの?」

「えっとね~……わわっ、これすごいよ! おおきなハンバーグもステーキも食べれる~!! あ、でもでもデザートも種類がいっぱい……ひゃあ~! なんかふかふかのパンケーキにいっぱいフルーツとアイスがのってる!?」

 

 歓喜する蒼角に、悠真は苦笑しつつごろんと体を横たえた。

 ベッドが彼を包み込むと、疲労には抗えないようで眠気が襲ってきた。

 

「ちょっと、寝るかな……」

「ハルマサ寝るの~?」

「ん……」

「あ、ねぇねぇテレビつけてみてもいーい?」

「――それはちょっと待った!!!!!」

 

 今まさに眠りに落ちようとしていた悠真だったが、がばっと勢いよく上半身を起こした。

 

「テレビは、だめ!」

「え、ええ? だめなの? 何かおもしろい番組やってるかなーと思って……あ、ちゃんと音量下げるよ!?」

「そうじゃない、そうじゃなくて……」

 

 

(ラブホでテレビなんて点けたらAVが流れるかもしれないでしょうが……!!!)

 

 

 全身の血の気が引いていくのを感じながら悠真はベッドから立ち上がった。

 そして今まさにテレビの電源を入れかねない蒼角の手元にあるリモコンをひょいと取り上げるとそれをテーブルの上に置いた。

 

「……どうしてだめなの?」

「あーっとねぇ……多分面白いものなんて今やってないだろうからさ」

「ええ~? 見てみないとわかんないよ?」

「いや、絶対やってない」

 

 冷や汗をだらだらと流しながら必死にそう言う悠真に、蒼角は困惑した様子で首を傾げた。

 しかし素直に「わかったー」と言うとまたメニュー表に目をやった。

 

「――とにかく、僕は寝るけど絶対テレビは点けないでね」

「はーい」

「ほんとにわかってる!?」

「わかってるってばぁ~。もー、ハルマサはシンパイショーだなぁ」

「はあ……それじゃ、一時間後に起きるから」

「はぁ~い。ハルマサおやすみ!」

「はいはい、おやすみ」

 

 そう言うと悠真はベッドへ潜り込んだ。

 

(僕が寝てしまえば何も起きやしないでしょ。とにかく起きたあとはさっさとここを出てホテルから離れて……)

 

 そこまで考えると、悠真の思考は止まった。

 眠りに落ちたのだ。

 

 ――蒼角は食べるものが決まったのか上機嫌で備え付けられた電話を手に取るとフロントへ注文をした。

 

「すみませんっ、るーむさーびすをたのんでもいいですか? えーっと……パンケーキひとつ!」

 

 本当はハンバーグが食べたかったようだが、先程ラーメンを食べたこともあり注文はパンケーキにしたようだった。

 注文出来たことに満足しニコニコとしたまま受話器を置くと、軽快な足取りでソファの方へと戻ってきて、隣に置かれたベッドで眠る悠真の様子をそっと伺う。

 

(……あれぇ? ハルマサ、もう寝ちゃったのかな)

 

 静かな寝息を立てている様子に、蒼角はとても感心した。

 

(六課のソファで仮眠取る時も、ハルマサはとっても寝るの早いもんね~。10秒もあれば寝ちゃうんじゃないかなぁ)

 

 蒼角は悠真の特技に感動すら覚えながらも、ソファに座り直した。

 

 ――ルームサービスはしばらくして届いた。

 蒼角はやってきたパンケーキをテーブルの上へと運ぶと、満面の笑みで「いただきまーす!」と食べ始めた。

 

「んん~~っ! 美味しい! ふっかふかだぁ!! こんなにおいしー食べ物があるなんて知らなかったよ~。ここ、本当はホテルじゃなくってご飯屋さんなんじゃないのかな?? 今度は一人で来てみよーっと!」

 

 はむはむと食べ進め、あっという間にお皿の上は何も無くなってしまった。

 満足したようにお腹を摩ると、蒼角はテーブルの上のメニューに目をやる。

 

「……あんまり食べすぎちゃ、だめだよねぇ」

 

 残金を確認し悩んだ末、蒼角はメニューから目を逸らした。

 

「はーあ、ハルマサ起きるまで暇だなぁ。一時間後に起きるって言ってたけどー……あと三十分くらい? うーん……あ」

 

 蒼角は目の前に置かれたテレビを見て、にやりと笑う。

 

「ハルマサは見ちゃダメって言ってたけどー……寝てる間にこっそりならいいよね! 静かにしてればきっとバレないもん」

 

 ふふふん、と鼻歌を歌うように蒼角はリモコンを手に取ると、それをテレビに向けた。

 

 そして電源をボタンを押す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――点けた瞬間、半裸の男女がドアップで映し出された。

 

 

 ***

 

 ブツン――と画面が暗くなった。

 

 否、急にそうなったわけではなく蒼角が電源ボタンを再度押したのだ。

 部屋の中に妙な緊張感が走り、蒼角はまるで油を差し忘れた知能構造体のごときぎこちなさでベッドの方を向いた。

 

 どうやら悠真は目を覚まさなかったようである。

 

 蒼角はそっと胸を撫で下ろした。

 そして恐る恐るテレビ画面の方へと顔を向ける。

 

「今のって、なんだろう……女の人と、男の人……が裸でいたのかな……えっと、なんで? うーん、でもドラマでも二人で裸でベッドに入ってるシーンちらっと見たことあるし……その時はナギねえがすぐ消しちゃったけど……今のはもしかしてドラマなのかな」

 

 蒼角は驚きのあまり高鳴る胸をどうにか落ち着かせつつ、握ったリモコンを見つめた。

 

「もう一回だけ、つけてみよっかな……?」

 

 ドキドキしながらも、もう一度リモコンをテレビに向ける。

 電源ボタンを押し、そしてすぐに音量を下げた。

 悠真を起こしてしまわないように。

 

 

 ――画面に映ったのは苦悶の表情を浮かべる女性。

 何が起こっているのか蒼角にはわからない。

 しばらく見ていると、女性から男性に顔を近づけ唇を寄せた。

 

 キスをするんだ、

 

 と蒼角が思ったのも束の間。

 思っていたキスとは違い、

 いつかドラマや映画で見たようなものとも少し違う、

 明らかに互いの舌がうねる様が見て取れた。

 

「ひゃぁ……」

 

 蒼角は思わず目を隠しそうになる。

 少しして場面が切り替わると、女性がなにかを咥えているように見えた。

 しかしモザイクがかかっていてそれが一体何なのかわからない。

 蒼角は目を細めてじーっと見つめた。

 だが見たことのない食べ物だ。

 

「なんだろあれ……おっきくて食べにくいならがぶって噛んじゃえばいいのに! 舐めて楽しむものなのかなぁ……。あ、もしかしておっきな飴!? でも飴よりはやわらかそう……? 蒼角が時々買うスティックパンにも似てる?? でもパンより硬そうだしパンはあんなふうに舐めないよぉ……」

 

 一体何なのかはわからないが、大きな飴やパンを想像すると蒼角はよだれをじゅるりと垂らしそうになった。

 しかし寄りで映っていた画面が少しずつ引きになり、

 

 その『見たことのない食べ物』が一体何なのか理解し、

 

 蒼角は青ざめた。

 

 

(こ、これ……食べ物じゃない!)

 

 

 その瞬間、隣のベッドから布が擦れる音が聞こえ蒼角はソファから飛び上がった。

 

「……!!」

 

 しかし悠真が寝返りを打っただけだとわかり、ほっとする。

 

 そしてもう一度テレビを見ると、ついには先程の『食べ物じゃなかったもの』を四つん這いになった女性に向け――

 

「………!!!!」

 

 蒼角は開いた口が塞がらなかった。

 

 音量の小さなテレビから女性のあられもない声がわずかに聞こえてくる。

 

 ゆさゆさと揺れる女性の体に、蒼角は一度だけ自分の胸を撫でた。

 そして全く違う体つきに思わず肩を落とす。

 

「………」

 

 黙ってテレビの電源ボタンを押し、

 画面は元の真っ暗に戻った。

 

 そして――蒼角はそこでようやく気がついた。

 

 

「……あれ、もしかして、恋人同士でベッドに入るのって……」

 

 

 その呟きは、二時間ほど前の記憶を呼び起こす。

 リンと火鍋屋で話した会話が頭の中で展開された。

 

 

 ――恋人のゴールってなんだろ!? 一緒にベッドで寝るのがゴール!? そしたらハルマサ安心するかな!?

 

 ――え、えええ~??????? ええーと、そ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないしー……

 

 ――あれれ、店長なんか変な顔してる? もしかして蒼角、間違ったこと言ってる!?

 

 ――いやいやいや、間違ってるとかじゃなくてね! あはははは……

 

 

 

 リンの様子がおかしかったのは『一緒にベッドで寝る』ということを正しく理解していたからだ。

 それに気が付き、蒼角は頭から湯気が立ち上る程顔を真っ赤にさせている。

 

「は、はわわわわ……」

 

 蒼角は両手で自分の顔をぱたぱたと扇いだ。

 しかし今しがた見てしまった映像は頭の中から離れない。

 再度テレビを点けてみようとまでは思わないが、興味は尽きない。

 

 

「さっきのお姉さん、すごく苦しそうに見えたけど……でも『いい』とか『やめないで』って言ってた……」

 

「苦しく……ないのかなぁ」

 

「でもなんだかあんまり楽しそうじゃなかった気もするし」

 

「行く、ってなんだろう。どこに行っちゃうの?」

 

「……怖い」

 

「でもやっぱり気になる」

 

「ハ、ハルマサも、あーゆーこと、したことあるのかな?」

 

「……女の人の身体を、あんなふうに触って……?」

 

「でも、想像は、したくないなぁ」

 

 

 ――頭の中でぐるぐるぐるぐると先ほどの映像が流れている。

 映像は自分の意思で止められず、ふとした瞬間に女性を組み敷いていた男が『悠真』へと姿を変えた。

 

 赤らんだ顔で、

 女性を見つめ、

 下腹部に手を伸ばし、

 蒼角が正体に気が付いた『食べ物じゃなかったもの』を――

 

 

 

 ――ぺちん!!

 

 

 蒼角は目をぎゅっと瞑って両頬を叩いた。

 

「だ、だめだめ! 変なこと考えたらハルマサに悪いもん! もうやめないと! あ、そろそろハルマサ起きる頃だ!?」

 

 時計を見て蒼角は立ち上がった。

 そのままテレビの前にいることがなんだかむず痒く感じ、画面からも目を逸らした。

 

 

「……だからハルマサ、テレビ点けちゃだめって言ってたんだぁ。私がびっくりしないようにだよね」

 

 そう口に出すと、なんだか悠真の優しさを無下にしたようで少しだけ胸がずきんと痛んだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 蒼角は悠真が眠るベッドの横に腰を下ろした。

 この妙な気分になってしまった中ひとりでいるのはどこか心細いのだ。

 

(それにちょっと、怖いし……)

 

「ハルマサぁ、もう一時間経つよぉ~?」

 

 そう声を掛けるも、ハルマサは穏やかな寝顔でそこに横たわっている。

 蒼角は頬を膨らませた。

 起きない悠真をじっと見つめていると、彼のまつげの長さに驚く。

 そしてふっくらとした唇はそっとつついてみたくなるのだ。

 そんなことを考えてしまう自分に、蒼角は少し体が熱くなった。

 

(うう、さっきのテレビ見ちゃったから、わたしなんか変だよぉ~……)

 

 ぎゅううと心臓が縮むように痛み、蒼角はため息を吐いた。

 悠真を見つめていると、ふいに先ほどの男女がキスをしていたのを思い出す。

 他はどれも苦しそうと思ったものの、その行為だけは蒼角にも少しだけ『幸せそう』に見えたのだ。

 

 

(ちゅーって、あんなふうに幸せになれるのかな)

 

 

 興味が湧き、悠真の唇に吸い寄せられそうになる。

 しかし蒼角はぶんぶんと頭を振ると深呼吸した。

 

(うう、何してるのわたし~! だめだめ、だめだってばぁ。ハルマサに怒られちゃうよ! それでもし嫌われたらやだよぉ~)

 

 またもや悠真が『離れていってしまう』想像をしてしまい、蒼角は目に涙を浮かべた。

 

「ハルマサ、ハルマサぁ~」

 

 そう言って彼の腕をゆさゆさと揺さぶる。

 しかしそれでもまだ起きない。

 蒼角はむすっとして、唇を尖らせた。

 

(こんなに起きないなら、ちょっぴりいたずらしたっていいよね)

 

 蒼角は一人頷くと、そっと悠真の顔に唇を寄せた。

 悠真の冷たい頬に蒼角の熱い唇がむにっと押し付けられる。

 すぐさま離れると、蒼角はにへらと笑った。

 

(えへへ、しちゃった~)

 

 そうして立ち上がろうとした時だった。

 悠真の目がぱちりと開き、蒼角を見た。

 蒼角は慌てて「お、おはよう!」と言ったが裏返った声に自分でも驚いた。

 

「蒼角ちゃーん……今寝込みを襲ったの?」

「へ!? お、おそってないよ! ただ、えーっと、そのー……」

 

 もじもじとする蒼角に、悠真はくすっと笑う。

 

「……はは、ごめんって。何? もう時間? そろそろ起きなきゃか」

「う、うん。一時間は経ったよ」

「ん、ふぁあ……」

 

 寝ぼけ眼で悠真が体を起こすと、うんと伸びをした。

 そして未だベッド横でしゃがみこんでいる蒼角に首を傾げる。

 蒼角は少しそわそわとした様子で手指を遊ばせている。

 

「蒼角ちゃん、どうかしたの?」

「え!? ど、どうもしないよ!?」

「怪しいな~。僕に何か隠し事~??」

「う、うう、そーゆーわけじゃなくってぇ……」

「?」

 

 顔を真っ赤にして慌てふためく蒼角に、悠真は首を傾げた。

 そしてふむと考えるように顎に手をやると、とんとんとベッドを叩いた。

 ここに座るよう促しているのだ。

 蒼角はそれに従うように、ベッドにちょこんと腰かける。

 

「ほら、怒らないから言ってごらんよ。もしかして持ってるディニー以上に食べ物頼んじゃった?」

「ち、違うよ! 足りるもん! ……あれ? 足りるかな……」

「じゃあどうしたってわけ~?」

「う、うう……」

 

 蒼角は目を逸らし、顔を背ける。

 いつもと違って恥じらう様子に悠真は驚きつつも少しだけどきりとした。

 そしてしばらく沈黙が流れたあとで、蒼角は口を開いた。

 

「……あのね」

「うん」

「……テレビ、つけちゃった」

「………………は?」

「………」

「もしかしてAV流れてるの見ちゃったわけ?」

「えー、ぶい? が何かはわかんないけど……お、女の人がすっごく苦しそうにしてるの、見ちゃった」

「………」

 

 少し顔を赤らめているものの、蒼角の様子は動揺一色だった。

 悠真はしばし考えたのち、蒼角の頭を撫でようとして手を伸ばした。

 その手が触れそうになると、蒼角の身体はびくっと震える。

 

「え」

「わ、ごめんっ! だだだだいじょぶだよ!」

 

 いつもと様子の違う蒼角に驚くも、悠真はゆっくりと彼女の頭を撫でた。

 

「……うんうん、怖かったねー。だから点けちゃだめだよって言ったのに」

「……うん、ごめんなさい」

「あれはね、作り物だから。苦しんでる女の人は実際にはいないからね~」

「作り物?」

「そうそう。あーその、ドラマや映画と一緒! 視聴者を楽しませる為に作ったお話だからー……」

「じゃああーゆーことは、ハルマサはしないの?」

「へっ?」

 

 顔を背けていたはずの蒼角がこちらを振り向き、上目遣いで悠真を見つめている。

 会話の内容からつい目の前の蒼角と『男女の行為』が脳で紐づいてしまい、悠真はぞわぞわと全身の毛が逆立った。

 

「……えー、なんで?」

「な、なんでって言われると、わかんない……ただそうなのかなって思っただけなの」

「いやあそのー……さすがにちょっと答えにくいな」

「もしかしてこーゆー話、あんまりしちゃいけない!?」

「まあ、ねー……僕はそう思うけど」

「そ、そっか。そうだよね! そうだよねぇ……」

 

 蒼角はまた人差し指同士をつんつんと合わせる。

 視線は下の方を泳ぐように動いていて、それからそうっと悠真の方を見た。

 

「でもわたし、知りたい」

「え」

 

 

 

 

「……ハルマサが好きだから、わたしが知らないこといっぱい知りたい」

 

 

 

 

 ***

 

 ――静けさが二人を包み込んだ。

 蒼角は恥じらいを感じているのか視線を逸らすと黙り込んでしまい、

 悠真は喉の奥から今すぐにでも本心が出てきそうになるのを堪えるのに必死だった。

 少しして蒼角がちらりと悠真を見て、一層顔を赤らめていく。

 

「え、えと、今のは、今のはね。あのー……」

 

 言葉が上手く続かない蒼角を悠真は見つめている。

 もしかすると彼女は青鬼ではなく赤鬼だっただろうか、というくらい顔を赤面させる様子に、悠真はそっと手を伸ばした。

 

「ふぇ……?」

 

 悠真の手が蒼角の両頬を包み込み、じっと目を合わせる。

 何が起こるのかわからず、蒼角は目をぱちくりとさせた。

 

「――蒼角ちゃんの好きって、何?」

「えっ?」

 

 その質問に、蒼角は疑問符をいくつも浮かべた。

 ただ彼の真剣な表情に、蒼角は少し困ってしまう。

 何も言えない蒼角に、悠真は目を細める。

 

「月城さんや課長に対する好きと同じ? 美味しいご飯が好きなのと一緒?」

「ち、ちがうよ! そうじゃなくて……」

 

 顔は悠真の方を向けられているが、蒼角はそれから逃れようと視線だけそっと外に向ける。

 しかし意を決したように瞼を下ろすと――悠真を見つめた。

 

 

「この好きは、ハルマサに、もっと近づきたい『好き』だよ……?」

 

 

 耳を澄ましてようやく聞こえる程度の、小さな声。

 潤んだ瞳は何度か瞬きすれば涙が零れ落ちてきそう。

 悠真はそんな彼女を見つめ――唇を噛んだ。

 

「……あーあ、困ったな」

「えっ?」

「キスしたくなる」

「!?」

「……でも、ちゃんとしないとだよね」

「ちゃんと? って?」

 

 蒼角が訊くと、悠真はそっと目を瞑った。

 

「僕も蒼角ちゃんが好きだ」

「わ」

「でもちゃんと言っておきたいことがある」

「言っておきたいこと? なに?」

「……僕といられるのは、とても短い時間かもしれない。前に百歳まで生きる、なんて約束をしたことがあったけど……僕は、そんなに長くはやっぱり生きられないと思う」

「………」

「だからね、蒼角ちゃんが僕を好きだと思えば思う程、いつか辛くなる時が来るかもしれないよ。それでも……僕を好きでいてくれる?」

「………」

 

 頬を包み込んでいた悠真の手から力が抜ける。

 そっと両手が離れていくと、蒼角は不安げに彼を見つめた。

 

 しばらく何も言わないままだったが、やがて小さな口から言葉が溢れた。

 

「ハルマサに会えなくなっても、蒼角はハルマサが好き」

 

 それから悠真の左手を取り、その掌に頬擦りをした。

 

「会えなくなることは考えたくないけど……でもそれならなおさら、ハルマサといっぱい一緒にいたいな」

 

 小さな唇が、大きな掌にキスをした。

 

「わたし、ハルマサの恋人になれる?」

 

 やんわりとした笑顔が向けられる。

 

 悠真は脱力したように笑った。

 

「――こんなに可愛いこと言われて、恋人にしない方がどうかしてるよ」

 

 

 ***

 

「わっ……」

 

 悠真の腕が、蒼角の小さな体を抱きしめた。

 

 ここ最近、蒼角から抱きしめることは幾度もあったが、悠真からこんなふうに抱きしめるのは久しぶりだった。

 あの熱を出した時以来と言ってもいいだろう。

 ぎゅううっと少しだけ力の入る腕に、蒼角の胸はどくどくと音を立てた。

 

「はあ……こんなに可愛い子が彼女だったら、僕いろんなこと耐えられる自信がないなぁ……」

「いろんなこと? って? あ、さっき蒼角がテレビで見たみたいな!?」

「そうだったこの子AV見たんだったよ……」

 

 思わず苦笑いをしてしまう悠真と、思い出して赤面する蒼角。

 そっと体を離すと、悠真は困ったように眉を下げた。

 

「あのさ、恋人にはなるけど、さすがにそーゆーことはしないよ。負担が心配だしさ。ってか、手出すのやっぱり罪悪感がたまらないっていうか……」

「ザイアクカン? もしかしてあれってやっちゃいけないことなの?」

「いや、やっちゃいけないわけじゃないけど蒼角ちゃんの成長具合的にそれはやっぱりやっちゃいけないことのような気がするし……」

「え? なに?」

「……だから! その、蒼角ちゃんが嫌がるようなことは絶対しないから!!」

 

 急に大声を出す悠真に、蒼角は両耳を塞ぐ。

 そしてむっとして目を据わらせた。

 

「ハルマサばっかり決めないでよぉ」

「ええ?」

「わたしだって、ハルマサが嫌がること、しない! 絶対!」

「あ、そう……」

「ハルマサが嫌なことってなに!? あ、逆にしてほしいことはあるの!?」

「いや……」

「あ、もしかしてここ、食べてほしかったりする!?」

 

 そう言って蒼角が指差すのは――悠真の下半身。

 悠真は青い顔で顔を押さえた。

 

「だから……嫌がることは、させないからね……」

 

 意気消沈の悠真の様子に、蒼角はきょとんとした。

 

「……そっか、しなきゃいけないことじゃないんだぁ」

「なんて?」

「あ、ううん!」

 

 えへへ、と笑うと蒼角は頬をぽりぽりと掻いた。

 それから自分の『してほしいこと』を少しだけ考える。

 思い出したのは、やはり先ほどの濃厚な口づけシーン。

 蒼角はおずおずと悠真を見上げた。

 

「あの、ね」

「ん?」

「わたし、してほしいことある」

「! ……何? 今できることならしてあげるけど」

「えっとね、そのぅ……ちゅー、したい」

 

 悠真の胸がドッと音を立てる。

 しかし、まあ軽くちゅってするくらいなら、とすぐに気持ちを落ち着けた。

 

「あー、うん。いいよ。じゃ、していい?」

「あ、あのね! あのね……」

「?」

 

 蒼角は視線を外しもじもじとすると、ちらりと悠真を見て――べろりと舌を出して見せた。

 

「舌」

「……え?」

「お互いの舌、たべてた」

「たっ……べてた?」

「うん」

「……AVの話?」

「うん」

 

 蒼角は興味津々と言った様子で目を輝かせている。

 悠真はしばしなんと言おうか迷っていた。

 

「あのね、エーブイ? はよくわかんないけど、そのちゅーだけはね、ちょっと幸せそうに見えた!」

「へぇ……?」

「蒼角も、幸せになれるちゅー……してみたい」

「ん゛っ……うん……そ、っか」

 

 悠真は口元に手を当て――目を閉じて深呼吸した。

 

「あー……今? するの?」

「うん。ハルマサが今できることはするって」

「スー……ハー…………うん、言ったねぇ」

 

 目を開け、蒼角が濃厚なキスを待ち望んでいる現実を改めて確認する。

 悠真はうんと一つ頷いた。

 

「どうしよう耐えられる気がしない」

「えっ?」

「ううんこっちの話」

 

 そう言うと悠真の手がそっと蒼角の頬を撫でた。

 指の腹で何度も何度も擦り、それがくすぐったいのか蒼角は目をぎゅっとつぶった。

 

「じゃあ、していい?」

「うん」

「……怖かったら、言ってね」

「? うん」

 

 悠真の唇が――蒼角の小さな唇に吸い付く。

 

 ちゅっ、と音を立てて触れるだけのキスを幾度か重ねた。

 

「んっ」

 

 初めての行為に蒼角は思わず体が強張った。

 唇を合わせるだけとはいえ、湿りを帯びたキスは蒼角には初めての経験だったからだ。

 

「ちゅっ……はぁ、ぁむ……」

 

(……でも、あれれ、言ってたのとちがうかも……このあったかいのは唇……だよね? けどなんか、頭ほわほわする。どうやって舌、たべたらいーんだろ)

 

 そんなことを思いながらキスをしていると、息が苦しくなって酸素を求めわずかに口を開けてしまう。

 

「っはぁ…………、ッ!?」

 

 急にぬるりとした何かが侵入してきて、蒼角の頭はパニックになった。

 

「んっあ、ぁ、っふ……」

 

 しかしそれが舌だということにすぐに気が付き、目を白黒させながらも絡めるように自分の舌を動かす。

 

(わ、わ、これ、こうやってするんだ……)

 

 悠真の舌先を撫でるようにすると、すぐさま絡めとられてしまう。

 

 時々感じる歯先に、自分の舌が噛みちぎられるんじゃないかとぶるりと震えた。

 

 口内を撫でられ、ぞわぞわとした感覚が蒼角の全身を包み込む。

 

「っ……ン、……ぁふ」

 

 苦しさと快感が同時に押し寄せ、涙が目の端に溜まっていく。

 すると唇が離れ、途端に呼吸がラクになった。

 

「はぁっ……はぁっ……ぅ、ハル、マサ?」

 

 見れば悠真も少しだけ上がった呼吸を整えている。

 目はどこか虚ろで、いつもと様子が違う。

 初めてみる艶っぽさを(まと)った彼に、蒼角は驚いた。

 

「……望んでたキスは、できた?」

 

 そう問われ、蒼角は呼吸を整えながら二、三度瞬きをした。

 

「ん……と、よく、わかんない」

「あらら、わかんないか」

「……わかんないから、もっかいしたい、な」

 

 蒼角の、懇願するような上目遣い。

 悠真は思わず笑みを引きつらせた。

 生唾をごくりと飲み込み、細く息を吐き出す。

 

「これでも平静を装ってるつもりなんだけどね……こうもかき乱されちゃたまんないや」

 

 悠真の腕が伸びてきて、蒼角をそっと抱きしめた。

 そしてそのまま蒼角の身体は後ろへと倒れていく。

 彼女の後頭部を抑えるようにして支えていた右手がそっと引き抜かれると、蒼角の耳を撫でた。

 

「キス以上のことは絶対しないから――それは安心して」

 

 蒼角の耳元でそう囁かれると、悠真の唇がそこにキスをした。

 

「ひゃんっ」

 

 体が痺れるような感覚が走り、蒼角は目をぱちくりさせた。

 驚く間もなく、また唇同士がくっつく。

 

 しかし先ほどとは違ってすぐに口内へと舌が入り込んできた。

 

「ぅ……んんっ……」

 

 艶めかしいリップ音が、

 ぬるりとした熱が、

 混じり合う息が、

 

 全てが二人の神経を(たかぶ)らせる。

 

「っん、ぁ……ッ……」

 

 キスに夢中になればなるほど、全身が熱くなっていく感覚に蒼角は身を(よじ)ってしまう。

 

 太ももを擦り合わせるその動作が、悠真の下腹部にトン――とぶつかった。

 

「んっ……蒼角ちゃ……」

 

「ハ、ルマサぁ……」

 

 一瞬唇が離れた隙に、互いの名前を呼ぶ。

 悠真は背中がゾクゾクする感覚に目を細めながらも彼女を見下ろした。

 

「な、に?」

 

 

「……ちゅー、こわい」

 

 

「……え。あ、」

 

 やばい、と思った悠真が離れようとしたが、蒼角は彼の服をぎゅっと掴んで逃がさなかった。

 潤んだ瞳は(すが)るように悠真を見つめ、

 そして湿った唇が小さく開いた。

 

 

 

 

「……ちゅー、ずっとしてたくなるから、こわい」

 

 

 

 

 困惑した蒼角の瞳からは、ぽろぽろと涙が溢れてくる。

 それを見て、悠真は全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。

 

 

(……これ、今やめないと――だめだ)

 

 

 悠真はぎゅっとシーツを握り、深呼吸する。

 そして彼女の頬を流れる涙を拭うと、にこりと笑って見せた。

 

 

「――部屋、そろそろ出よっか」

 

 

 

 

 

 ***

 

 ――残り時間がまだあることを確認すると、二人はソファの上に向かい合って座った。

 蒼角の表情は険しく、

 悠真の笑顔は引き攣っている。

 

「じゃあ蒼角ちゃん、これからお説教タイムね」

「お説教やだ!」

「だめ、聞いて」

「はーい」

 

 唇を尖らせる蒼角に思わず「可愛いな」と悠真は呟いてしまうが、咳払いで仕切り直す。

 

「蒼角ちゃん、いい? ここはね、さっき蒼角ちゃんが見たであろうAVみたいなことをするために使うホテルなわけ。ラブホテルっての、わかる?」

「そうなの!? じゃあ休憩ってなに!?」

「休憩はー……そういう休憩、だから……」

「わかんないけど、わかったよ! それでそれで?」

「まあ、最近は女子会とかで使ったりもするらしいから、一概にはエッチな目的で使うとは言い切れないんだけど」

「ふんふん」

「とにかく、ここに僕たちふたりで来るのはリスクが高いの」

「リスク?」

「誰かに見られたら、六課の良くない噂が立っちゃうかもしれないでしょ」

「そうなんだぁ」

「噂好きはいくらでもいるからね」

「あ、じゃあハルマサとわたしがえーぶいみたいなことしてるって思われるってこと!?」

「ゲホッ、ゲホッ!!!」

「ハルマサだいじょーぶ!?」

「だいじょーぶ……(むせ)ただけだから……」

 

 悠真の肩をそっと撫でると、蒼角は「あれ?」と首を傾げた。

 

「でもハルマサ」

「うん」

「わたしたち、さっきえーぶいみたいなことしたよ」

「……うん、それをね、人に知られるのは良くないって話」

「あ、そっかぁ!」

「蒼角ちゃん、もう少し危機感持ってほしい」

「危機感?」

「だから、そのね、疑いもなくこーゆーとこに来ちゃうのとか……」

「でもボスが休憩できるって言ってたもん」

「課長……。とにかく、今回は僕を休ませたくて蒼角ちゃんは連れてきてくれたわけだから」

「うん」

「もう終わったこととしてあーだこーだは言わないけど」

「うん」

「今後ここには来ません」

「ええ~~~!!!???」

 

 蒼角はひどく残念だというように声を上げた。

 悠真は何も聞こえないというように耳を塞いでいる。

 

「だってだって、おいしーご飯あるんだよ!?」

「ご飯屋さんに行けばいいでしょ」

「パンケーキは!?」

「パンケーキもここ以外いっぱいあるでしょうに!!」

「でっかいハンバーグまだ食べてなーい!!」

「今度どっか連れてってあげるから!!!」

「やったぁ!!」

 

 蒼角は両手を挙げバンザイすると満面の笑みで「ハンバーグ~♪」と歌った。

 

「じゃあこのあとは部屋出るからね」

「はーい」

「最後に質問ありますか」

「はい!」

「はい蒼角ちゃん」

「ハルマサ、ちゅーの後トイレ行ったけどなかなか出てこなかった! お腹痛いの!?」

「……んー……お腹は大丈夫だけど大丈夫じゃないところを治すためにトイレにこもってたの」

「どゆこと!?」

「質疑応答終わり!」

 

 悠真が勢いよくソファから立ち上がると、蒼角もそれに倣ってぴょんと立ち上がった。

 忘れ物がないかの確認をし、部屋の扉を開けようとする。

 

「あ、待ってハルマサ!」

「ん?」

「……ここ、もう来れないなら、ちゅーはもうできない?」

 

 きゅっ、と悠真の服の裾を握り、蒼角がもじもじとした様子で訊く。

 悠真はしばらくそんな彼女の様子を見つめ――そっと鼻の頭にキスをした。

 

 

「――次は僕の部屋に来たらいいでしょ。

 

 いつでもおいでよ、可愛い恋人ちゃん」

 

 

 部屋の扉が開き、二人は廊下へと出た。

 

 

 

 

 ***

 

 悠真に見送られながら、蒼角は地下鉄へと乗った。

 

 ――タタンタタン、という規則的な音が地下鉄車内に響き渡る。

 少し混みあった車内で蒼角は隅っこの方に立っていた。

 先ほどまで一緒にいた悠真の顔を思い浮かべながら、ぼんやりと今日の出来事を思い返す。

 そして、時々自分の唇に触れては耳を熱くさせるのだ。

 

「……っ」

 

 ガラスに映り込んだ自分の顔を見て、思わず目を逸らす。

 そこに映っているのが、今までと違う自分のように感じたから。

 

(わたし、ハルマサの恋人になったんだよね)

 

(恋人って、すごいなぁ)

 

(こんなに胸がぎゅっってなること、みんなしてるの?)

 

(ハルマサも、おんなじように胸がぎゅってなったのかなぁ)

 

 蒼角は周りに気づかれないようにため息を吐いた。

 

(ナギねえには、恋人になったんだよ! って教えてあげた方がいいかなぁ。ナギねえ喜んでくれるかな)

 

 うーんと考え、蒼角は眉を下げた。

 

(わかんないけど、今度ハルマサに訊いてみよっと)

 

 

 

 ――タタンタタン

 ――タタンタタン。

 

 

 

「早く会いたいなぁ」

 

 

 

 その呟きは走行音にかき消された。

 




シリーズ外にこれのおまけ話あります(R18)
https://syosetu.org/novel/367667/
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