治安局からの応援要請があり、悠真と蒼角は一緒に外へ出ることになり……。
「え、応援ですか?」
浅羽悠真はげんなりとした顔で月城柳を見た。
「はい、治安局から要請がありました。現在縮小中の共生ホロウ付近の交通整理や安全確認の最中、どうやら少し離れた地域でエーテル反応に異常が見られたようで今後急激に活性化した場合に備えてうちの応援を頼みたいと」
「課長はいないんですか~?」
「課長は……もうすでに修行に行ってしまっていて」
「ちっ、逃げるのが早いな……」
「では浅羽隊員、蒼角を連れて向かってくださいますか?」
「うーんわかりましたよ~。その縮小中の共生ホロウって、今日の夕方にでも消滅寸前のやつですよね? 何事もなく終わると思うけどなぁ。あ、サクッと終わればそのまま直帰してもいいです?」
「だめです」
「ちぇー」
悠真は椅子から立ち上がるとうんと伸びをする。
そしてポーチの中身や武器の確認を一通りすると、気だるげに準備を完了させた。
「蒼角ちゃん行くよー」
「はぁーい!」
蒼角も準備を終え、ぱたぱたと悠真の元へと駆け寄っていく。
「治安局の応援かぁ。んじゃ何かが起きるまでは何にもせずに待機って感じですよねぇ。何もしないんだったらいっそコーヒーでも飲んでから行こうかなぁ」
「浅羽隊員、聞こえていますよ」
「おっと今のは幻聴ですよ! それじゃいってきま~す!」
「ナギねえいってきまーす!」
騒々しく部屋を出ていった二人を見送り、柳はため息を吐いた。
***
廊下を歩きながら治安局から要請のあった位置の確認をすると、悠真は腕を組んで唸った。
「うーん、悩ましいなぁ~」
「ハルマサ、どうしたの?」
「いやあ、今から行くとこの近くにコーヒー屋さんはあるかなぁと検索してみたんだけど」
「なかったのー?」
「五件くらい乱立してて迷っちゃうなって話」
「じゃあ全部回ったらいいよ!」
「あのね、蒼角ちゃんと違って僕は飲み物も食べ物もそんなにガブガブ摂取しないの!」
「ええ~?」
「僕がガブガブ摂取してんのは薬くらい!」
「あ、そっかぁ~!」
蒼角はけらけらと楽しそうに笑った。
――今日の蒼角の様子は至って普通だ。
昨日起こったことを考えれば目を合わせるのも
彼女は朝から元気に挨拶し、ぶつかるように悠真に抱きつき、そして仕事に励んでいる。
ここ最近の彼女と何ら変わりない。
「蒼角ちゃんは飲みたいものとかある~?」
「えー? コーヒー屋さんには蒼角の飲みたいものないけどー……」
「別にコーヒーじゃなくていいって。あ、ティーミルクでも寄ってく?」
「ティーミルクって、あれ? 反対方向だよ?」
「いーんじゃなーい? 早く着いたってどうせ暇するだけなんだから」
ね、と悠真がにっこり微笑んで見せる。
すると蒼角のきょとんとした顔が一瞬にして赤らんだ。
悠真はしばしそれを眺めていたが、ぷっと吹き出してしまう。
「っはは! なーにー蒼角ちゃん。顔赤くしてどしたわけ?」
「へっ!? だ、だいじょぶだよ! 赤くなんてないよ!」
「赤いって~。鏡でも見てくる?」
「ううー、ハルマサいじわる!」
「あはははっ」
ひとしきり笑うと、悠真は呼吸を整え咳払いをした。
「昨日のこと、気にしてる?」
「えっ」
「あーいや……
「あ、ああ、あの、あのね!」
「?」
「気にしてる、けど、でもずーっと気にしてたらお仕事できなくなっちゃうから、だからお仕事中は頭のすみっこにえーいっ! ってやってるの!」
「そっか~蒼角ちゃんはえらいねぇ」
「でしょ!?」
「じゃあ今は?」
「…………気にしちゃってる」
そう言うと蒼角はぷしゅ~っと音を立てるように顔を真っ赤にさせた。
その様子があまりにも愛らしく、悠真は思わず頬に触れそうになったが――ぴくりと動いてしまった手はすぐに引っ込めた。
「あー……僕も気にしちゃうからこの話やめよっか」
「う、うん。今は治安局のオウエンに行くんだもんね!」
「そーそ。あ、でも~……」
「でも?」
蒼角は目をぱちくりとさせる。
悠真はにやりと笑った。
「せっかく二人でいるんだから、ちょっとくらいは楽しいことしてもいいよね」
「……?」
***
治安局からの応援要請があった地点から――少し離れた場所。
そこは件の共生ホロウが出現した時から元々影響下ではなく、市民も変わりなく生活をしていた。
お店もたくさん営業をしており、最近は共生ホロウの縮小により更に賑わいが戻りつつある――。
「ってことで、目標地点までのーんびり歩いて、お散歩デートするってのはどう?」
「おさんぽデート……!?」
蒼角は目をキラキラさせ、悠真を見た。
「わああ、デート、デートだぁ! ドラマでしか見たことないやつ!」
「あはは。でもやることはいつもと一緒だけどね」
「いつもと一緒?」
「そーだよ。今までだって僕と出かける時ご飯食べたりいろいろ見て回ったりしたでしょ」
「うん」
「デートも一緒」
「じゃあわたし、恋人になる前からハルマサとずっとデートしてたの?」
首を傾げて訊ねる蒼角に、悠真は思わず
「……う、ん、言われてみるとそうだね。まあでもデート中に恋人同士じゃないとできないこともあるから」
「できないこと??」
わからない、という様子の蒼角に手が差し伸べられる。
悠真は「ほら」と促した。
「手を繋いで歩くのは、恋人の特権」
「わぁ……!」
蒼角は顔色を明るくさせると、悠真の手を取った。
「恋人のトッケン!」
「あはは、嬉しいの?」
「うれしい~!」
「そっかそっか、喜んでくれて嬉しいな~」
「でも誰かに見られたら、何か言われちゃう?」
「んー……」
悠真は少し考えるように宙を見ていたが、肩をすくめて答えた。
「いや~、うちの可愛い蒼角ちゃんが迷子にならないようにしてただけなんです~って言ったらみんな納得しちゃうと思うな」
「それって……どういうこと?」
「傍から見たら恋人には見えなさそうってこと」
「ええー!!」
蒼角が驚きの声を上げると、悠真は苦笑いをした。
「どうして!?」
「どうしてってそりゃー……蒼角ちゃんと僕じゃあ見た目がねぇ」
「ううー、じゃあそれって蒼角がもっと大人にならなきゃいけないってこと!?」
「そうは言ってないってば」
ぎゅ、と少し強く手を握る。
それに気づいた蒼角は握られた手を見て、悠真を見上げた。
「別に周りからどう見えても、僕たちが恋人になったのは事実でしょ」
「……うん」
「楽しくないこと考えるのはよしてさぁ、お店とか見て回ろうよ。このままだとあっという間に治安局のお仕事手伝わされちゃうよ」
ね~、と悠真が言うと、蒼角は少し考えたようにしてからこくりと頷いた。
「……あ!」
「ん? 何?」
「あそこにご飯屋さんがあるよ! 見に行こ!」
「いや今食べる気はないからね?」
そう言ったものの、蒼角は握った手をするりと抜け、お店に駆け寄っていった。
「ハルマサ~! ここ『1時間大食いチャレンジ』ってチラシ貼ってる~!!」
「大食い挑戦も今しないからね!?!?」
うっかりするとご飯に吸い寄せられる蒼角に、悠真は慌てて着いていくのだった。
***
「あれっ、応援って浅羽先輩だったんですか?」
治安局特務捜査班に所属するセス・ローウェルが目をぱちくりとさせてそう訊いた。
「そ、そう……僕だよ。あとうちの蒼角ちゃんね……」
「蒼角だよ! ふさふさお耳としっぽのお兄さんこんにちは!」
蒼角がニコニコと満面の笑みで挨拶すると、セスはその元気の良さに少したじろいだようにして「こ、こんにちは」と笑顔をぎこちなく浮かべた。
「というか浅羽先輩、なんでそんなに疲れてるんです? 到着が遅れたことと関係あるんですか?」
「関係は大いにあるね……蒼角ちゃんに引っ張り回されて……」
「ふさふさのお兄さん! わたしたちお仕事何すればいいの~?」
「ええっ、と、少し待っててください。今指示を仰ぐので」
セスはその場を離れると、他の治安官に確認に行った。
その背を見て、悠真はふぅと一息つく。
「まー予想通り今日は暇な日を過ごすことになりそうだよ」
「そうなの?」
「かなりの勢いで縮小してるし、僕たちの出番もなさそうだ。のんびりやってきて正解だね」
悠真の見解通りだったのか、セスは戻ってくると苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「すみません、別ポイントのエーテル反応異常も収まったようで、ここの縮小化にも影響はこのあと出なさそうです。なので……」
「そっか~残念~。あーあエーテリアスが出ないんじゃ、僕たち用なしだよね~。せっかくだし交通整理とかやってみよっかな~?」
「えっ、手伝ってもらえるんですか?」
「うそうそ、やるわけないじゃん」
悠真の返答に、セスはげんなりとした表情をする。
「ほんとこの人……」
「それじゃー僕たち帰ってもいいってこと~?」
「そちらの報告書もあるでしょうし、詳しい情報お伝えしますよ。少し待っててください」
「はーいはい」
――結局、その場で暇を持て余すことになった二人は道の隅の方で待つことになった。
柳から連絡を受けた悠真は再度「このまま直帰していいか」の確認をしている。
その様子を見ていた蒼角は、通話が終わると口を開いた。
「ねぇハルマサ」
くいっ、と袖が引っ張られ、悠真は隣を見た。
蒼角は少し心配そうな顔で彼を見上げている。
「あのね、まだナギねえに話してないの」
「ん? 何を?」
「……ハルマサと、こ、恋人になったんだよって」
蒼角は周りに聞かれないように少し小声でそう言った。
そんな彼女に合わせるように膝を折ると、悠真も小声で言った。
「……そっか。やっぱ話さないとダメだよねぇ」
「そ、そうだよね!? でもわたし、言ったらナギねえに怒られるのかもって思って……」
「うーん、怒られるのは僕かな?」
「蒼角は!? 怒られないの!?」
「いやー……全面的に僕の方が有罪だから」
「ゆーざい??」
蒼角が心配そうな表情をすると、悠真は笑って見せた。
「でも、認めてもらわないと困るよね。僕だってちょっとやそっとじゃ蒼角ちゃんを手放す気なんてないんだから」
「……わたし、ナギねえによかったねって言ってほしい」
「え?」
「初めて、すきなひとができて……それで恋人になることができて、これって幸せなことでしょ? お祝いしてもらえなくてもいいから、それでも『よかったね』って、言ってもらえたらいいんだけど……」
「うーん……どうだろうねぇ~。まあ、タイミング見計らって言うしかないかな」
「タイミング?」
「月城さんが怒らないようなタイミング」
悠真がそう言うと、蒼角は眉間にぎゅっと皺を寄せて考え始めた。
彼女の真剣そうな表情に、ぷっと思わず悠真は笑う。
「ま、ゆっくり考えていけばいいでしょ」
***
仕事を終え戻ってきた二人は、途中で課長の星見雅と会った。
廊下を歩く雅は二人を見るなり「今柳には近づかないことだ」と言った。
「え。課長、なんです?」
「柳は頭に血が上っている」
「ナギねえ、逆立ちしちゃったの~?」
「逆立ちではない。ただ……近寄りがたい雰囲気だ。私はもう一つ修行を終わらせてから戻ることにする」
「課長……朝から逃げ回ってばっかですね」
「用心するに越したことはない」
雅はそう言うと、悠真と蒼角とは反対方向へ歩いて行ってしまった。
「月城さん、どうしたんだか。あの人そんなわかりやすく怒ることあったっけ?」
「ナギねえはあんまり怒んないよ~。わたしが失敗しちゃった時も、優しくしてくれるもん!」
「それは蒼角ちゃん相手だからでしょ~」
和やかな雰囲気のまま、二人は六課の部屋へと戻った。
仁王立ちする柳がそこで待っていることも知らずに。
「――浅羽隊員、どういうことですか」
入り口に立つ柳に気圧され、二人はぴたりとそこに立ち止まった。
「え? どういうことって……あ、もしかして治安局への応援に遅れて行ったのバレてます? いやちょっとですよ~、どうせ早く行ったって目くじら立てられるだけなんだから――」
「治安局への応援が遅れたことを言ってるんじゃありません、うちの可愛い蒼角があなたとどうして手を繋いでいたのか聞いてるんです!」
そう声を張り上げた月城の手に握られているのは、スマホ。
そしてその画面に映し出されているのは――飲食店の前で楽しそうに話している様子の蒼角と、悠真。
その手はぎゅっと握られている。
「ええ……なんですかコレ」
「先ほどアップされた記事です。六課のファンが書いたもののようですが……タイトルは『六課のお兄ちゃんマサマサ、可愛い妹蒼角ちゃんの為にご飯を奢ってあげる』……ちなみに勤務中に私的な飲食は?」
「してませんよ!」
「よかったです。蒼角を怒る理由がなくなりました」
柳は悠真の横に立つ蒼角をちらりと一瞥すると、眼鏡を押し上げた。
「それで、どうして手を?」
「いやぁ、それはもちろん蒼角ちゃんが迷子にならないように……」
「本当にですか?」
「………」
「……ここ最近、浅羽隊員と蒼角の距離が以前よりも近いことには気づいていました。兄妹のように仲がいいだけなのかと思い、蒼角が挨拶で抱きつくのも親愛表現として大目に見てきましたが……。これはもう、恋人同士のすることじゃないですか……! もしかしてあなたたちは――」
「恋人だもん!」
「「!?」」
蒼角の声が部屋に響く。
柳も悠真も、驚いて息を呑んだ。
「わたし、ハルマサ好きなの! ハルマサも、好きって言ってくれたの。だから恋人になったの。手つなぐのは、恋人のトッケンって。だからつないだの。わたしもハルマサも、ナギねえが怒るようなことしちゃったの? それなら蒼角も謝るから……ハルマサばっかり怒んないで」
涙が落ちそうになるのを我慢しながら、蒼角は鼻を啜った。
悠真は蒼角を宥めようと肩に手を置こうとしたが、柳がそれを睨みつける。
「蒼角、これは大人同士で話し合うことですから……少し座って待っていて――」
「わたし、大人じゃないけど、もう子どもでもないもん!」
「!」
「大人にならなきゃ、恋人になっちゃいけないの? ハルマサが大人だから、大人じゃない蒼角じゃだめなの? でも蒼角が大人になるの待ってたら――ハルマサいなくなっちゃうよ!!!」
「そ、蒼角、そんなことを言ってるわけじゃ……」
「ナギねえの、ばかー!!!」
「ば……!?」
蒼角はそのまま自分の席まで小走りで行き、荷物をまとめ始めた。
帰り支度を始めた蒼角に、柳は慌てる。
「蒼角、どこへ行くんですか! 先に帰るんですか?」
「帰んない! わたし、違うとこ泊まる!」
「!? そ、それはもしかして浅羽隊員の部屋に――」
「違うもん! ハルマサんとこ泊まんない! 違うとこだもん!」
キッと涙が浮かんだ目で柳を睨むと、すぐに眉を下げて「ごめんなさい」と呟いた。
「……ナギねえが怒らないタイミング、見つけなきゃだったのに」
「え……?」
「……ハルマサも、わたしが悪い子でも、嫌いにならないで」
「蒼角ちゃん……」
しょんぼりとした様子の蒼角は、そのまま部屋を出て行った。
その後ろ姿を見て、柳と悠真は視線を交わす。
「……すみません、頭に血が上っていました」
「いえ、課長から聞いてたんで……」
「雅が? とにかく、この話はまた日を改めます」
「ええ、わかってますよ。僕もちゃんと話さないといけないなとは思ってましたし」
「……はぁ」
「?」
「蒼角のこともよく考えずに声を荒げてしまって……子どもは、私の方だったかもしれません」
柳はそう言うと、記事を開いたままだったスマホの画面を暗くした。
悠真はそれを見て、今日蒼角と繋いでいた方の手をぎゅっと握る。
「――ブレーキのかけ方をわかってる時だけですよ、大人なんて呼べるのは」
そう呟いて悠真も自分の幼さを恥じた。
***
キィ――とゆっくり扉が開いたのは、六分街にあるビデオ屋だ。
カウンターに立っていたボンプ――
「どうしたの
店長のリンは入ってきた蒼角に嬉しそうな声を上げた。
「どうしたの蒼角~、お仕事帰りにビデオ借りに来てくれたの? もしかしてまた柳さん待ち? あれ、でもまだこんな時間かぁ。もしかして早上がりだった?」
リンの立て続けの質問に、蒼角は反応を示さない。
静かな蒼角にリンは疑問を抱き、首を傾げた。
「蒼角……どうしたの?」
「……プロキシぃ」
「ん?」
「今日、ここにお泊りさせて」
――リンは目をぱちくりとさせ、目の前の蒼角を見つめた。