蒼角と悠真   作:nifrec.

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H.A.N.D.を飛び出して六分街のビデオ屋にやってきた蒼角。
「ナギねえとけんかしちゃったの」と、リンとアキラに相談をすることになり……。


14.お話と仲直り

 

「……プロキシぃ」

「ん?」

「今日、ここにお泊りさせて」

 

 沈みきった声。

 眉間に皺を寄せ、不安そうな表情。

 きゅっとスカートの裾を握る様子に、リンは眉を下げた。

 

「……蒼角、こっちおいで。今あったかい飲み物入れてあげる」

「いいの?」

「うん。ついでにお兄ちゃんも呼んでくるね」

 

 

 

 ――柳に怒りの言葉をぶつけてしまった蒼角は、H.A.N.D.を飛び出し馴染みのビデオ屋へとやってきた。

 リンに一階奥の部屋へと案内されると、蒼角はとぼとぼとした歩調で中へ入っていく。

 見張り番をしていた06号(レム)は少し驚いたように蒼角とリンを交互に見ると、元座っていた場所へ再度腰を下ろした。

 

「ココアと紅茶どっちがいい~?」

「えっと……ココア!」

「じゃ、待っててね」

 

 リンが部屋から出ていくと、蒼角はソファに腰を下ろした。

 階段を上っていく音が聞こえ、その後天井がミシミシと鳴る。

 リンがアキラと話している様子も会話の内容までわからないが、少し漏れ伝ってきた。

 そんな『人のいる感覚』に蒼角は安堵し、ソファに横になる。

 ギッ、とスプリングが軋むとすぐに蒼角の身体はソファに支えられた。

 

 

(……ナギねえ、びっくりした顔してた。そりゃそうだよね、わたし、ばかなんて言っちゃった。とってもひどい言葉だよね。わかってる。わかってるのに……)

 

 じわり、と涙が浮かぶ。

 目の前に置いてあるテレビが滲んで見えた。

 

(あんなふうに怒る蒼角のこと見て、ハルマサ、ゲンメツしちゃったかな? 蒼角かわいくないって、思ったかな? せっかく恋人になれたのに、やだな。もしもこれで別れちゃったら……『スピード破局』ってやつだよねぇ)

 

 雑貨店かどこかで見かけた週刊誌の表紙にあった言葉を使い、蒼角はふふっと思わず笑ってしまう。

 

(こんな言葉、使う日が来るなんて思ってもなかったなぁ~。変なの)

 

 

 その時、ドアが開いた。

 

「蒼角、ココア入ったよ!」

 

 そう言ったリンの後ろからはアキラも続いて入ってくる。

 蒼角は横たえていた体を起こすと、リンからマグカップを受け取った。

 

「ありがと!」

「どういたしまして~」

 

 蒼角はマグカップの中を覗き込み、スンスン、と匂いを嗅いだ。

 ふわりと甘い香りが漂い、顔が綻ぶ。

 それから火傷しないようにゆっくりとそれを口に含んだ。

 

「ん、おいしい!」

「いくらでも入れてあげるから言ってね!」

「わーい!」

 

 蒼角はソファに座り直すと、もう一口、二口とココアを飲んだ。

 リンも蒼角の隣に座り、カップに口を付けた。

 アキラはH.D.Dの前に座っている。

 

「――それで、どうしたんだい蒼角」

 

 アキラに尋ねられ、蒼角はマグカップから顔を上げた。

 

「あ……」

「もーお兄ちゃんすぐ本題に移ろうとするんだから! 蒼角が話し始めてからでいいでしょ~!?」

「えっ、ご、ごめん。悪気はなかったんだ」

「ううん、いいの! 蒼角お話するよ!」

 

 蒼角はそう言うとマグカップを手に持ったまま太ももの上に置く。

 すでに空になったカップの底を見つめて、小さな口を開いた。

 

「あの、ね。わたし……ナギねえとけんかしちゃったの」

「え!?」

「柳さんと? それはまた珍しいね。何が原因だい?」

 

 驚くリンとアキラの顔を一度見て、蒼角は少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「……ハルマサ」

 

 彼女の同僚である人物の名前が出て、リンとアキラは顔を見合わせた。

 

 

 

「ハルマサ、のこと」

 

 

 

 ***

 

 リンは何かに勘づいたように目を見開き、

 アキラはそれを諫めるように目を細めている。

 

「……あのね、えっとね、どこから話せばいいのかな」

「だ、大丈夫だよ蒼角落ち着いて! 全部聞くから最初からゆっくり話してね!」

「リン……君の方が落ち着く必要があるよ」

 

 呆れ顔でアキラが言うと、リンはぷぅと頬を膨らませた。

 

「……うう、わ、わたしね、昨日からハルマサと恋人になったの」

「ほんと!? じゃあ私と火鍋食べた後から!? やったー! ね、お兄ちゃん!?」

「こら、リン!」

 

 見かねたアキラはリンの手を引いてソファから立たせ、作業台の方の椅子に座らせた。

 リンは不服そうに頬を膨らませながらも、何も言わないよう両手で口元を覆っている。

 アキラはまたH.D.Dの前の椅子に座ると、蒼角に「続けて」と言った。

 

「……そ、それでね、恋人になったことナギねえにはすぐ言えなかったの。い、言っていいのかよくわかんなくて。もしかしたら怒られたりするのかなって、思って」

「うーん……なるほどね。それで、何かのきっかけでバレてしまった、というわけかい?」

 

 アキラの問いに、蒼角はこくりと頷いた。

 

「今日、ハルマサと二人で治安局の応援に行ったの。その時ね、着くまでのちょっとの間お散歩デートって、手つなごうって、手つないだの。それがね、ナギねえに知られちゃったの。お仕事中にそんなことしちゃだめでしょ、っていうんじゃなくってね、ただ、手をつないだのが悪かったの。わたしがハルマサの恋人になったことがね、きっとだめだったの」

 

 そこまで言うと、蒼角の目にじわりと涙が溜まる。

 零れ落ちてきそうだったのか、蒼角は目元を拭った。

 リンやアキラからはその横顔が見え、心配そうにため息をつく。

 

「……それでね、そのことハルマサにばっかり怒るの。だからわたしも一緒に謝るって言ったんだけど、ナギねえ、これは大人同士で話し合うことだって……わたし、思わず怒っちゃって、ナギねえに『ばか』って言っちゃった。ねぇ、こんな蒼角のこと、きっとナギねえは許してくれないよね?」

 

 蒼角がリンとアキラの顔を見る。

 プロキシ兄妹は互いに顔を見遣ったあと、蒼角の方を向いた。

 

「でも蒼角が怒っちゃったのは、悲しかったからでしょ?」

「えっ?」

 

 リンにそう問われて蒼角は目を丸くした。

 悲しかった、の理由がわからずに上手く返答できない。

 そんな彼女の様子に、リンは小さく笑った。

 

「……蒼角はさ、きっと柳さんにたくさん愛情かけてもらってるんだよね」

「? うん。ナギねえは蒼角にいろんなこと教えてくれるし、一緒にいろんなことしてくれるし、ご飯もいーっぱい食べさせてくれて……わたし、ナギねえ大好き!」

「うん。だからさ、そんな大好きな柳さんに対等に……というか、うーん、ちゃんと(、、、、)扱ってもらえなかったことが、悲しかったんじゃないかな」

「……?」

 

 蒼角は首を傾げた。

 アキラは「うん」と相槌を打つと、リンの代わりに答えた。

 

「柳さんから見れば、蒼角は大事な妹や娘みたいなものだからどうしても子ども扱いしてしまうんだと思う。けれど、蒼角はそういう扱いではなく、一個人として見てほしかったんだろうね。君が悠真と恋人になったのは……悠真が君を『妹のように思っているから』ではないだろう?」

「うん」

「悠真には一人の……『蒼角』として接してもらった、そして結果的に恋人になった。それなのにそのことを脇に置いて蒼角を子ども扱いしてしまえば……全部無かったことになってしまう。……まあ、柳さんもそれを認めたくないから蒼角を話の場に入れたくなかったのかもしれないけれど」

「………」

 

 蒼角は黙り込み、アキラの言葉を反芻するように何度も頷いた。

 

「……でもわたし、やっぱりまだ子どもなんだよね?」

 

 蒼角の問いに、リンは苦笑いをする。

 

「うーん、確かに蒼角は小さいし妹みたいに可愛がりたいけど……でも六課でのお仕事もちゃんとしてるわけだし、簡単に子どもとは言えないかなぁ。それに正直なところ、私だってお兄ちゃんだって、いつから自分が大人になったなんて明確には言えないもん。でしょ? お兄ちゃん」

「そうだね。免許を取った時はこれで自分も大人の仲間入りだな、なんて思ったこともあったけれど……どれだけ年を重ねても幼い頃の自分と何かが変わったかと言われると……ね。少しの変化があったとしても、昔の自分も今の自分も地続きだ。言ってしまえば、大人なんてものは年齢以外では自分で『大人です』と宣言しているだけのものかもしれない」

「そうだ! 蒼角は自分が成長したなってところ、ないの? こういうところ大人になった~みたいな!」

 

 リンがそう言うと、蒼角は「うーん」と宙を見つめて首を傾げる。

 

「えーっとねぇ……前よりもちょっとは漢字が読めるようになって……ご飯を買う時もちゃんと明日のことを考えて我慢できるようになって……あ、こないだ他の課のシッコウカンさんとお仕事する時、時間かかっちゃったけど難しい手続きもなんとかできたよ!」

「すごーい! ちゃんと成長してるじゃん蒼角!」

「えへへへぇ……あ、あとはね」

「うん」

「蒼角、ご飯を食べる以外にも幸せになる方法、知ったんだ」

「うん?」

「ハルマサと一緒にいたら、お腹減っててもね、幸せ。これって成長?」

 

 頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに目を伏せる蒼角。

 その表情はいつもの強くて元気溌剌(はつらつ)とした彼女の印象とは遠い――普通の、恋する少女の顔だ。

 それが心の成長でないというのなら、一体何だというのか。

 リンは口角を上げ、優しく微笑んだ。

 

「成長だよ。誰かを好きになることは、心がすっごく変化することだもん。そのおかげで強くなれたり、優しくなれたりするんだよ」

「……そっかぁ~」

 

 えへへ、と笑うと蒼角は「あ」と気づいたようにスマホを取り出した。

 

「わ、ハルマサとナギねえからメッセージ来てる。あれれ、ボスからもだ。みんな心配してる……」

「今日はうちに泊まるってちゃんと言っておきなよ! 私からもみんなに連絡しとくからさ」

「うん、ありがとプロキシ!」

 

 蒼角はメッセージの返事を返すと、リンとアキラの方を向いて笑った。

 

 

「わたし、やっぱりここに来てよかった!」

 

 

 

 ***

 

 ――お泊りさせてもらうお礼にと、蒼角はビデオ屋の仕事を少し手伝った。

 ビデオの陳列はどうやら楽しい作業だったようで、素早く終わらせると蒼角は次の仕事をせがんだ。

 その後リンとアキラの計らいでビデオ屋を早々に閉めると、夕飯は三人で隣の<滝湯谷・錦鯉>でラーメンを食べることに。

 蒼角の元気な食べっぷりに、店主は大層嬉しそうにして味玉を3つもおまけしてくれた。

 屋台での楽しそうな声は六分街に響き渡り、気になった人々が列を成し……三人は席を立ってビデオ屋へと戻った。

 

 リンもアキラも、楽しそうにしている蒼角を見てほっとした。

 彼女の笑顔は、多くの人を幸せにすることを二人は知っている。

 

 

「――それじゃ、蒼角は今日私のベッドで寝てね」

「わたし、ソファでも寝れるよ? 体小さいし」

 

 そう言ってリンの部屋の真ん中に立つ蒼角は眉を下げ、申し訳なさそうに人差し指同士を合わせた。

 

「いいのいいの! ほら、私のベッドの方がふかふかで良く眠れるでしょ~?」

「うーん、そうだけど……」

「私はお兄ちゃんの大きいベッドにちょっと詰めてもらって寝るからだいじょーぶ!」

「ほんと?」

「ほんとだよ~。ね、お兄ちゃん」

「ええっ、僕のベッドで寝るのかい? なら僕がソファで……」

「お兄ちゃん昨日もソファで寝てた! ちゃんとベッドで寝ないと体痛くするよ~!?」

「うーん……返す言葉もないな」

 

 苦笑いをするアキラと、ふふんと勝ち誇ったような顔のリン。

 そんな兄妹を見て、蒼角は思わず笑ってしまう。

 

「それじゃ、もう休んで蒼角。明日も仕事でしょ?」

「うん! それじゃー……ベッド借りるね! ありがとプロキシ!」

「どういたしまして~♪ あ、明かりはここで消すから。じゃあまた明日ね!」

 

 そう言うとリンはアキラの背中を押して部屋を出ていく。

 扉を閉める寸前、二人は隙間から顔を覗かせて言った。

 

 

「「おやすみ、蒼角」」

 

 

 扉がゆっくりと閉まっていく。

 それからリンとアキラの足音が一階へと向かって行った。

 このあとまだ残っている作業をするようだった。

 

 蒼角はリンに貸してもらったパジャマに着替えると、電気を消して早速ベッドに潜り込んだ。

 リンの匂いに包まれ、くすぐったさを覚えて「ふふふっ」と笑う。

 そして窓から差し込む月明かりに、ぱちぱちと瞬きをした。

 

「……明日、仲直りできるかな」

 

 目を瞑ると柳の顔が浮かび、蒼角は不安になった。

 その時スマホの通知音が鳴った。

 枕元に置いたそれを手探りで探し、画面の明かりを点ける。

 

「……ハルマサだ」

 

 メッセージの内容は、

 

 ――夕飯は何食べた?

 ――こっちは今帰ってきたとこ。

 

 それを見て蒼角は反射的に通話ボタンを押した。

 

 一回、

 二回、

 

 呼び出し音が鳴る。

 

 三回目が鳴るかというところで「はい」と声が聞こえた。

 

「! ……あ、ハルマサ、えっと」

『何? お話したくなっちゃった?』

「……うん」

『じゃあちょっとだけね~。さっさと寝ないと明日に響くからさぁ……ふぁ~あ』

「ハルマサ、残業だったの? 蒼角勝手に帰ったから?」

『あはは、別に蒼角ちゃんのせいじゃないって。それに残業っていうかー……ちょっとお話をしてただけだから』

「ナギねえと?」

『んーん、課長』

「ボス?」

 

 一体何の話なのか、聞いてもいいのか、蒼角は迷っていると耳元から咳が聞こえてきた。

 

「ハルマサ、大丈夫!?」

『けほっ……ん、だいじょーぶ。はーあ、疲れが溜まってんのかな~。どうせなら明日休みたいところだけど、さすがになぁ』

「お休みできないの?」

『蒼角ちゃんに会えなくなっちゃうじゃない』

 

 ね、と聞こえ蒼角の顔は少し遅れて熱くなった。

 

「わ……そ、そっかぁ。で、でもね! 具合が悪い時は休まなきゃなんだよ!」

『あはは、わーかってるって。だいじょぶだいじょぶ。ほんとにやばい時はちゃんと休むからさぁ』

「むぅ……そだよね。ハルマサいっぱいお休みするもんね」

『そう言われるとそれはそれで複雑だな』

「あ、あのね! 今日プロキシのお店いっぱい手伝ったの! 蒼角ビデオ屋さんでもお仕事できるよ!」

『へぇ~すごいじゃない。ちゃんとバイト代もらった?』

「バイト代? いらないよ、だって蒼角が今日ここに泊めてもらう為にお手伝いしたんだもん」

『そっかー、蒼角ちゃんはえらい子だねぇ。でもちょっとくらいぶんどってもいい気もするけどね。兄の方にはこないだしてやられたからな……』

「え? 何? して……?」

『あははは、何でもない何でもない。ん゛っ……げほっ、げほっ!』

「ハルマサ! やっぱり具合悪いんでしょ!? も、もう寝なよぉ」

『う、うーんそうするかぁ……』

「あっ」

『ん?』

 

 蒼角はふと思い出したことを口にしていいか考え、「うう」と唸った。

 

『何?』

「……あの、ハルマサ……蒼角のこと、嫌いになってない!?」

『……え。なんで?』

「蒼角、ナギねえにひどいこと言っちゃった。だから、そんな蒼角可愛くないしもう嫌いになっちゃったり、したかなって……それだけ最後に聞きたくて」

『ははっ、なんだそんなこと心配してたわけ?』

 

 大きなため息が聞こえる。

 蒼角はどくどくと不安に音を立てる胸を撫でながら言葉を待った。

 

『……大丈夫、好きだよ』

「………」

『だって僕と一緒に怒られようとしてくれたんでしょ~? 嬉しいし可愛いに決まってるじゃない。でも僕は別にへーきだよ』

「へーき?」

『月城さんには元から怒られるつもりでいたし。それでも……ちゃんと蒼角ちゃんと一緒にいられるようにする気でもいたからさ』

「……ええ、っと」

『ま、とにかくは明日職場で会おうよ。ああでも、明日は少し早く来てくれる? 月城さんとも話したいからさ』

「うん。明日はお昼からだもんね」

『そーそ。だからそれよりちょっと早くね。……それじゃ、もう寝ちゃおっか』

「ハルマサ、ちゃんとお薬飲んで寝てね。具合悪かったら蒼角を呼んでね! 病院まで連れてってあげるから!」

『……ありがと、蒼角ちゃん。それじゃおやすみ。良い夢を』

「おやすみ、ハルマサ……」

 

 通話が切れると、急に眠気が蒼角を襲った。

 緊張していた体が、悠真の声を聴くことで緩んだのかもしれない。

 

「……明日、仲直り……」

 

 ほとんど寝言のようにそう呟くと、蒼角はそっと瞼を落としていった。

 

 

 

 ***

 

 翌日午前中、リンとアキラにお礼を言ってビデオ屋を出ると蒼角はH.A.N.D.へと向かった。

 今日は午後からホロウでの任務がある。

 しかしそれよりも少し早くに職場へと着いた。

 蒼角が途中で買った朝ごはんのコロッケパンを自分のデスクで頬張っていると、廊下から静かな足音が聞こえた。

 

「――蒼角か、おはよう」

「おはようボス!」

 

 入ってきた星見雅に挨拶をすると、蒼角は口元についたパンくずをぺろりと舐めとった。

 

「……あ、昨日は途中で帰ってごめんなさい!」

「む、気にするな。私は怒ってなどいない」

「でもナギねえは怒ってるよね……」

「柳も、怒っていない」

 

 雅は自分のデスクに着くと、自身の妖刀を確認し置いた。

 そしてデスクの上に置いてある書類とメモ書きが目についたが、見なかったことにしたようだ。

 

「柳はもう来ているようだな」

「え! ナギねえもういるの? 蒼角さっき着いたけどまだ会ってないよ」

「呼び出しがあったのかもしれないな」

「そっか~」

 

 そこで会話が終わると、蒼角は少しそわそわとした様子になった。

 雅がそれを見つめていると、蒼角と目が合う。

 

「あ」

「……何だ」

「え、と、あのね」

「む?」

「昨日、蒼角……ナギねえと喧嘩しちゃったの」

「ああ、わかっている」

「……このあと、仲直りしたいの。ボスも一緒にいてくれる?」

「ああ、居よう」

「ほんと!?」

「私は皆を止める為にここにいる」

「止める?」

「誰かが感情的になった時、抑える役目だ。昨日悠真に頼まれた。ただ、上手く機を掴めるかはわからない。感情的になった時は、なった、と言ってくれるとありがたい」

「……あははっ、ボスってば変なの~!」

「変? そうか、やはり『空気を読む修行』というのは再度やっておかねばならないな」

「空気を読む修行ってどうやるの?」

「多くの人が行き交う街中などで人々の会話を聞き、どういう運びになるかを見る」

「見るの?」

「それを繰り返していけば、如何様なことかを言った時、如何なる反応になるかがわかるようになる」

「へぇー!」

「しかし私にはまだわからないことが多い。つい先日も柳からの問いかけに対し修行によって心得た返答をするも、呆れられてしまった。空気を読むというのは、至難の業だ」

「そっか~。私もちょっと難しいかも……あ!」

 

 蒼角の耳がぴくんと動く。

 廊下から聞こえる足音に反応したようだった。

 

「おはよーございまぁ~す」

「ハルマサ! おはよ!」

 

 ガタンッと音を立てて椅子から立ち上がり、蒼角が駆け寄る。

 いつものように抱き着こうとして、はっと気づいたように悠真の前で急ブレーキをかけた。

 

「? 蒼角ちゃん?」

「あ……」

 

 蒼角はもじもじとして「な、なんでもなぁい」と俯く。

 その様子に、悠真は一度雅の方へ顔を向ける。

 それに気が付いた雅はこくりと一つ頷いて見せた。

 

「……蒼角ちゃん、おはよ」

 

 そう言って、悠真は優しくぎゅっと蒼角を抱きしめた。

 

「!」

「職場だから遠慮したんでしょ? ちゃんと我慢しようとしてえらいね~」

「あ、うう」

「でも僕は我慢できなかったから僕の方が子どもだな~ハハハ」

「ハ、ハルマサ、あの」

 

 状況が呑み込めない蒼角を、悠真は抱きしめる腕から解放してやる。

 蒼角は困惑したように悠真を見上げた。

 

「……これから月城さんも来るからさ。お話しよっか」

「へ? え、うん……」

 

 そう言ってすぐ、聞き慣れたヒールの音が耳に届いた。

 蒼角は反射的に嬉しそうな顔をし、けれどもすぐに不安そうな表情になった。

 

「――皆さんおはようございます。蒼角、昨日はプロキシさんのところでよく眠れましたか?」

 

 部屋の入口までやってきた柳は、すぐそこにいた蒼角へと視線を向ける。

 いつもとは違う――どこか困ったような柳の表情。

 蒼角は「あ……」と言い淀み、それから「うん」と頷いた。

 

「そうですか。それならよかったです」

 

 そう言った柳は、安心したように頬の筋肉を弛緩させた。

 その様子にほっとした蒼角が口を開く。

 

「あのね、ナギねえ! 昨日はごめんなさい! 蒼角、ナギねえにばかなんてひどいこと言っちゃった……ほんとはそんなこと思ってないの! 蒼角、ナギねえのこと大好きだし、いっぱい優しくしてくれるし、ばかなんて、全然思ってない……」

「わかっていますよ、蒼角」

「ほんと……?」

「ええ。それに、謝らなければいけないのは私の方ですから」

「ナギねえの方……?」

 

 蒼角が首を傾げる。

 柳は一瞬悠真を見て、また蒼角へと視線を戻した。

 

「……蒼角、浅羽隊員とお付き合いしているんですよね」

「あ、う、うん」

「ふたりで話し合って決めたことですか?」

「そう、だよ」

「気持ちだけではなく、あなたの寿命や、浅羽隊員の身体のこと、今後のこと、全て考えた上でですか?」

「考えたよ! 考えたら、難しいこといっぱいあるけど、でも考えれば考えるほど、今ハルマサと一緒にいるって決めないとヤダって思ったの!」

「蒼角……」

 

 柳は眉を下げ、蒼角の頭を撫でようとした。

 だがその手は一瞬動きを止め、ゆっくりと蒼角の小さな肩へと載せられた。

 柳の瞳が悠真へと向く。

 

「――それで浅羽隊員も、同じようにこの子の将来のことは考えていただけたんでしょうか?」

「そりゃ考えましたよ? 僕なんかと一緒にいない方が絶対いいよなぁと元々思ってましたし。でもね、この子がこんなに僕のこと好きって言ってくれたら、僕だって我慢ならないですよ。僕の一生はきっと月城さんや雅課長よりも短いですけど……それでもこの一生をかけて、蒼角ちゃんを幸せにすることを僕は誓います」

「……浅羽隊員」

「この短い時間のことを、いつ思い出してもすごーくいいものだったって思えるように努力しますって」

 

 にこりと笑う悠真に、柳は眉間に皺を寄せた。

 決して怒っているのではない。

 ただ少し、彼がいなくなる未来を想像してしまっただけだ。

 

「……わかりました。蒼角の幸せは、私の幸せですから……この子が決めたことを私は否定しません。けれども浅羽隊員!」

「え、はい!」

「蒼角の負担になるようなことはなるべくしないこと。無理強いは絶対ダメです」

「ああ……はい」

「そして今後のお付き合いの仕方については……二人でよく話し合ってください」

「そりゃもちろん」

「あ、それから入籍届については――」

「待った待った! 月城さん! 入籍って急すぎません!?」

「しないんですか?」

「そうじゃなくて!」

 

 慌てる悠真と、眼鏡を押し上げて話す柳、二人を交互に見ると蒼角は首を傾げた。

 

「ニューセキってなに?」

「結婚のことよ」

「結婚!」

 

 あわわわわ、と蒼角は驚きながらもぽっと頬を赤らめた。

 結婚というものが自分に関わる言葉だと思っていなかったからだ。

 そんな蒼角を他所に、柳は悠真へ蒼角のことについて説明している。

 

「――というわけなので、すぐには入籍は難しいです。ですが、いつかそうできる日が来たら、浅羽隊員にはいち早くお伝えしますね」

「いやー……身も蓋もないこと言いますけど、多分蒼角ちゃんが入籍できる頃には僕はもういないんじゃ……」

 

 

「浅羽隊員」

 

 

 柳の眼鏡の奥の瞳が、じろりと彼を睨んだ。

 

「最後に、これだけは守ってください」

「はい?」

「……自分の命を軽く扱わないこと」

「………」

「そのせいで蒼角を悲しませるようなことがあれば、私はお付き合いに反対します」

「はあ、大丈夫ですよ。別に事実を言ってるだけであって僕は軽く扱ってるわけじゃ――」

「浅羽隊員」

「……わーかった、わかりましたって! 僕だって蒼角ちゃんを悲しませるのは嫌ですからね! 冗談でも下手なこと言いませんって」

 

 悠真は少しバツが悪そうに隣の蒼角を見た。

 蒼角は悠真を見上げ、にこりと笑う。

 

「――ふぅ、ではこの話はおしまいです。蒼角も、いいですか?」

「うん! あ、ナギねえ!」

「何ですか?」

「わたし、これから今までよりもたっっっくさんお勉強するね! お仕事もがんばるよ! いっぱいいっぱい成長して、ナギねえみたいに頼れるお姉さんになるから!」

 

 そう言うと蒼角は、ぎゅっと柳に抱き着いた。

 すりすりとする蒼角に、柳は今度こそ頭を撫でてあげる。

 

「……そうですね。蒼角もいつか、お姉さんになるんですよね」

「うん!」

「蒼角はずっとこのまま、なんて、もしかすると私は思っていたのかもしれません。今も毎日成長を続けてるというのに……」

「?」

 

 柳の両腕が、蒼角の身体をぎゅっと抱きしめた。

 蒼角は嬉しそうに頬を緩ませる。

 

 

「――成長しなきゃいけないのは私の方、ですね」

 

 

 柳の言葉に、それまで静かに聞いていた雅が「仲直り、完了だな」と呟いた。

 

 

「柳、蒼角の次は私を抱きしめても良いのだぞ」

「ええっ!? み、雅何を言って……」

「冗談だ」

「冗談?」

「泣きそうな表情をしているように見えたので……な」

 

 くすっと笑い、雅が席から立ち上がる。

 

「では皆、行くぞ。我々をホロウの混沌が待っている」

 

 刀を携えた雅がそう宣言すると、三人ともこくりと頷いた。

 それぞれが準備を済ませ、装備の確認。

 柳がデスクの上にある本日締め切りの書類を口頭で説明すると、雅は無表情ながらも「書類提出を断る修行だ」などと子どものようなことを言っていた。

 悠真が薬を飲み、蒼角が朝ごはんの残りを頬張る。

 それから四人は部屋を後にした。

 

 

「よーし出動だ~!」

 

 蒼角の元気な掛け声で、柳は笑みを浮かべる。

 また、悠真や雅も同様微笑ましく思いながら外勤へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――13:00 対ホロウ事務特別行動部第六課、ホロウ潜入。

 

 

 ――13:12 エーテリアス殲滅行動開始。

 

 

 ――13:46 第一ポイント殲滅完了。

 

 

 ――13:51 第二ポイントへ移動。

 

 

 

 

 

 ――14:17

 

 

 

 

 

 

「……ぅ」

 

 小さな呻きが、蒼角の耳に届いた。

 蒼角の前には、先を進む雅と柳。

 後ろには、悠真。

 

「……えっ?」

 

 振り返るのと同じくして、どさ、と音が鳴る。

 悠真が、地面に膝をついていた。

 

 

「……ハルマサ?」

 

 

 蒼角が駆け寄る。

 

 咳をし、口を覆った悠真の手。

 

 

 

 エーテルの漂うホロウ内で見る

 

 

 

 掌に張り付いた鮮血は

 

 

 

 現実感を伴わない。

 

 

 

 

 

「ハルマサ」

 

 

 

 

 

 ――14:24

 

 執行官一名の身体的異常の確認により、即時撤退。

 

 




柳が悠真へ「蒼角のことについて説明」の部分は、ストーリー上で語られてない鬼族のことで何かしらあるだろうなと思い書きました。蒼角は鬼族の長の子で、何かしらの制約などもあるだろうし、また鬼族と人間の婚姻自体が謎なので……。何を語ったかはそれぞれの御想像にお任せいたします。
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