借りたビデオを悠真の部屋で一緒に見ようということになり……。
六分街にあるビデオ屋の店内は、少しばかり人で賑わっている。
そんな中、一番奥のスペースで陳列されているビデオと睨めっこをしている少女が一人。
「――うーん、こっちにしよっかな。でもさっきのも面白そうだったし……あ、こっちはパッケージ裏にいっぱいお菓子を食べてるシーンがある! うう~どれにしよう~……」
一人唸り声を上げ悩む蒼角。
そんな彼女の来店にようやく気が付いたのか、このビデオ店の店長であるリンが近寄ってきた。
「いらっしゃい、蒼角。何を探してるの?」
「あ、プロキシ!」
「しーっ! もう蒼角ってば、ここでは私は店長!」
「あ、そうだった! えっと、店長!」
「それで? 何をお探しですか、お客様」
ふふっと笑いながらリンが訊くと、蒼角は腕を組んで眉をぎゅっと寄せた。
「あのね、今日はお休みだから何か面白いビデオはないかなーって探しに来たの。あ、いつもお休みの時はナギねえと一緒にお出かけしたりビデオ見たりいろんなことしてるんだけど、でも今日はナギねえはお休みじゃなくってだから蒼角は一人でおうちにいなきゃいけなくてー……」
「えーっと……ビデオを探しに来たんだよね? どんなのが見たいの?」
「うーんと、えーっとねぇ……こないだはエリーガイドを見たから、今日は違うのにしようかなぁって……でも迷ってるの。このボンプがいっぱい出てくるっていうやつも気になるし、こっちのスナイパー?が主人公のもかっこよくて楽しそうだし、あとはこのエイリアンが出てくるっていうのも怖そうで面白そう!」
「そっかそっか、たくさん悩んでくれて嬉しいな~。どれも面白い作品だから、私としては全部借りてって! って言いたいくらいなんだけど……」
リンも同じく悩むようにして腕を組む。
蒼角はと言うと、少し恥ずかしそうにもじもじとし始めた。
「あのね、ここでビデオを借りたら、お菓子を買って帰りたいの。だから借りるビデオは一本にしようって思ってて……」
「なるほど、そういうこと! ビデオ鑑賞にお菓子は絶対必須だもんね~。特に蒼角は!」
「ねえねえ店長~、蒼角どれを選んだらいいかな!?」
「そうだねー、それじゃあ……」
その時、カウンターの方から「あれ? いらっしゃい」とアキラの声が聞こえた。
来店者にわざわざ声をかけるということは知り合いだろうかとリンは入り口の方へと目を向けた。
「……あ、悠真!」
リンが呼ぶと、カウンター横に立つ悠真が振り向いた。
「や、来ちゃった。なんか面白いビデオ入荷してる?」
そこまで言った後で、悠真はリンの隣に立つ同僚に気が付いた。
「あれぇ? 蒼角ちゃん。ここで会うなんて珍しいね」
「ハルマサもビデオ借りに来たの?」
「休日のお供になんかいいのないかなーと思ってね~」
そう言って蒼角の近くの棚からひょいとビデオを手に取る。
「ディメンショナル・スナイパーでも見てたの? これ面白いよ~。そんなの現実でありっこないってことがいっぱい出てきてさ~。2000メートル離れたホロウの中心にいるエーテリアスに向けて狙撃する、とかさぁ。あ、でもウチの課長ならそれに近しいことやりかねないけど」
「そんなにかっこいいシーンがあるの!? すごいすごい! でも2000メートルってどのくらい離れてるんだろ」
「め~っちゃくちゃ離れてるんだよ。め~~~っちゃくちゃ」
「へぇー! じゃあじゃあこっちは!?」
「え、ザ・カールズ? それはー……」
話し始めた悠真と蒼角を置いて、リンはそっとその場を離れてカウンターにいる兄の元へと近寄っていく。
「――蒼角が借りるビデオで迷ってたみたいなんだけどー、私はもういらないかも」
リンが少しばかり残念そうに言うと、アキラは肩をすくめた。
「助けを求められたらいけばいいさ」
***
「……ふふっ、借りちゃったー! 今日はこれ見ながらお菓子食べるんだ!」
蒼角はそう言いながらビデオ屋の前でくるりと身体を一回転させた。
遅れてビデオ屋から出てきた悠真がその横に並び、蒼角と同じように地下鉄を目指し歩く。
「ハルマサは何借りたの?」
「僕? 僕はねー、『定時の神話』だね」
「定時? 定時はハルマサが大好きなやつだ!」
「うんうん僕は定時退勤がだーいすき。……って、それで蒼角ちゃんは帰って副課長と『ザ・カールズ』を見るわけ?」
「ううん、ナギねえは今日いないの。だから蒼角一人で観るよ?」
「あららー、寂しいねぇ」
「大丈夫、お菓子たーーーっくさん買って帰るから全然さみしくないよ!」
「お菓子は友達じゃないでしょ蒼角ちゃん」
呆れた様子の悠真と、ニコニコと笑う蒼角。
対照的な二人だったが、ふと、蒼角の表情から笑顔が消えた。
「……この前ねぇ、プロキシと一緒にポテトを半分こしたの」
「うん?」
唐突な話題の切り替わりに悠真は少々追いつけずにいた。
「それでね、あのね、わたし前まではご飯って一人で食べないと、誰かと食べると減っちゃうからやだなぁって思ってたの。でもプロキシと一緒にポテト食べたらね、いろんな味を一緒に分けっこして食べれてね、楽しかったんだ!」
「美味しかった、の間違いじゃなくて?」
「間違いじゃないよ、楽しかったの!」
ぱあっと顔色を明るくして、蒼角はまたにっこりと笑った。
そんな彼女に、悠真は思わず笑みを浮かべる。
「そりゃよかったね。そっかー、じゃあやっぱり一人でビデオ見ながらお菓子食べるってのは寂しいんじゃない?」
「あ、そっか! うー……たしかにそう考えると、さみしい、かも?」
しゅん、と肩を落とし、蒼角は眉を下げる。
――コーヒーショップの角を曲がると地下鉄駅の入り口が見えてきた。
「……そうだ」
悠真はそう呟いて立ち止まる。
蒼角も一拍遅れて足を止め、振り返った。
「どうしたのハルマサ?」
「蒼角ちゃんが寂しくないようにする方法、一個だけあるけど聞く?」
「えっ、聞く聞く!」
蒼角は目を輝かせ、近寄ってくる。
悠真は少し腰を折り曲げ、蒼角の目線に合わせるようにした。
「――僕んちで一緒にビデオ見るってのはどう?」
「……ハルマサのおうちで、一緒に?」
きょとん、としたのも束の間。
蒼角は今日一番顔色を明るくさせると首がちぎれそうなほど何度も何度も頷いた。
「うんうんうんうん! わたし、ハルマサと一緒にビデオ見たい! ハルマサのおうちってどこ? ハルマサって一人暮らしなんだよね? どんなお部屋? 一人暮らしってどんな感じ? お菓子は毎日食べ放題!?」
「好きなもの食べれるって点ではその通りかもだけど、別に僕は毎日お菓子食べてるわけじゃないよ」
「ハルマサのおうち、お菓子ないの!?」
大ショック、というように蒼角は青い顔色を更に青ざめさせ、塞がらない口に手を当てた。
「じゃあいっぱいお菓子買ってかなきゃだね!?」
「いや、そこは蒼角ちゃんが食べる分だけでいいって。あ、じゃあ地下鉄乗っちゃう前にさ、そこでお菓子とジュース買ってっちゃおっか」
そう言って悠真は背後にある雑貨店を指差す。
蒼角はそれを見て嬉しそうに目を輝かせ、「うん!」とまた大きく頷いた。
――嬉しそうな蒼角と悠真が入店してから十五分後。
雑貨店141のお菓子とジュースのほとんどがなくなったという注意書き看板が店舗前に置かれたことは、後日プロキシ兄妹からの連絡で二人は知ることとなるのだった。
***
「……ここがハルマサのおうち?」
どうぞと案内されて蒼角が足を踏み入れたのは、マンションのとある一室。
室内は簡素で物も少なく、真っ白な壁にはひやりとした冷たさを覚える。
装飾が少ないからだ、と蒼角が気づいたのはテレビの前に座らされぐるりと辺りを見回した時だった。
「蒼角ちゃんさぁ……さっきも言ったけどお菓子買い過ぎでしょ」
そう言って悠真はお菓子とジュースが詰め込まれた袋を二つ、床に下ろす。
蒼角も手に持っていた買い物袋を三つ床に下ろした。
「えへへ、今日はたくさん買うつもりだったから~」
「ほら、ひとまず副課長に連絡して。無断で僕んちに連れてきたなんて後から知られたら絶対怒られそうだから」
「え? 怒られちゃうの? どうして?」
「どうしてってさぁー、そりゃ怒るでしょ。君のママ過保護だもの」
悠真の呆れ顔を横目で見ながら、蒼角はすぐさま柳へとメッセージを打った。
実際にはキーボードを操作するのではなく音声入力なのだが。
『ハルマサのおうちでビデオ見て遊んでくるね!』
と送信すると蒼角は待ちきれないというようにスマホを放り投げた。
「ハルマサハルマサー! 蒼角が借りたビデオ見てもいーい!?」
「あーいいよ、ちょっと待ってね」
そう言うと悠真は奥の部屋へと移動し、何か片付けでもしていたのかしばらくすると戻ってきた。
「……?」
「どしたの、蒼角ちゃん」
「ハルマサ、あっちに誰かいる?」
蒼角はすんすん、と鼻を鳴らして首を傾げた。
「うん。うちの猫がねー、いるんだけど。蒼角ちゃんにビビって奥の部屋に逃げちゃったみたい」
「え!? そ、蒼角ネコちゃん怖がらせちゃったの!?」
「警戒心強い子だからね~。ま、気にしないで」
「ううー……」
申し訳なさそうな表情。
蒼角は優しい子だ。
それを悠真もわかっている。
ぽんぽん、
と優しく頭を撫でると
「ほら、借りてきたビデオ貸してごらん」
いそいそと鞄から取り出した蒼角からビデオを受け取り、悠真はビデオデッキにそれをセットした。
テレビの電源も入れる。
しばらくすると、画面には複製禁止などの警告の文章が流れた。
「――猫って生き物は警戒心が強いからさぁ」
本編が始まるまでの少しばかり退屈な時間。
悠真は話し始めた。
「本当に大丈夫なのか、怖いものじゃないのか、自分を傷つけるものじゃないのか、時間をかけて観察したり、考えるんだ」
悠真の視線は暗い画面に注がれる。
蒼角は金色の瞳を横から眺めていた。
「……そしてようやくこれが大丈夫なものなんだって信じることができたら、優しく寄り添ってくれるんだよ」
「……わたし、大丈夫って思ってもらえるかな?」
悠真の視線が一瞬蒼角へと向く。
しかしすぐにまた前を見た。
「ほら、始まるよ」
画面がパッと明るくなる。
本編が始まった。
ザ・カールズ。
キャストは全員ボンプのホームコメディドラマ。
この物語が好きな子どもは多い。
始まってすぐボンプたちが食卓につくと、実際には彼らが食べることのできない美味しそうな朝食が並んでいた。
「わああ……!」
蒼角は食事のシーンで感嘆の声を上げると目を輝かせてテレビに釘付けになった。
テーブルに手をついて身を乗り出すようにしている。
その様子を見ていた悠真は苦笑いをした。
「蒼角ちゃんってば、よだれが落ちそうだよ」
「ふえっ!?」
慌ててじゅるりとよだれを吸い込む蒼角。
しかしまたしばらくして食べ物が映るシーンになると、たまらずよだれが垂れてきた。
「あのさぁ……空腹でもなくお菓子もジュースも目の前にある状態なのになんでよだれが出るかね?」
「はわっ、じゅるる……だ、だってぇ……すっごくおいしそうなんだもん!」
蒼角がよだれをまた啜った。
しかし口から垂れてしまっているよだれは口の中へと戻っていくことはない。
悠真は呆れたようにポケットからハンカチを取り出すと蒼角の口を拭った。
「んむっ!」
「全く赤ちゃんなんだから」
「むむむむ」
「ほらほら、美味しそうな食事のシーンになったらよだれが出ないようにドンドンお菓子でも突っ込んでなさいよ」
「ふぁーい」
蒼角は買ってきたお菓子やジュースに端から手を伸ばす。
もぐもぐと咀嚼し、
ごくごくと喉に流し込み、
そうしていれば必然的に、彼らは特に会話をすることもなく黙ってビデオを見ることとなった。
ザ・カールズはキャスト全てがボンプではあるが、それは目まぐるしく展開される『人間』ドラマだ。
笑いを誘う演出は多岐に渡り、
可愛らしい演技はもちろん魅力的。
ニコニコ笑ったり怒ったり泣いたり
飛んだり跳ねたり転んだり。
そして最後には全てが丸く収まり、
幸せな家庭の様子を映す。
「………………」
それを、
蒼角は表情を変えることなくじっと見ていた。
繰り返されるコメディドラマ。
淡々と口に運ばれるお菓子。
減りゆくジュース飲料。
静かな呼吸音と、
何かを想う瞳。
「……ハルマサ」
「ん?」
「この子たち、楽しそうだね」
「そうだね」
「おうちがこーんなに楽しいなら、この子たち、みーんな幸せだよね」
「………」
ポテトチップスの大袋を抱えた蒼角と、
テーブルに肘をついた悠真は、
ただ静かに画面を見つめていた。
***
蒼角が悠真の部屋に来てから数時間が経っていた。
大量にあったはずのお菓子とジュースはあっという間に底をつき、蒼角は満足そうにお腹を摩っている。
「ぷはぁー、たーくさん食べちゃった!」
「相変わらず良い食べっぷりだね」
「ハルマサ、ほんとに食べなくてよかったの?」
「僕は隣で蒼角ちゃんが食べてるの見てるだけでお腹いっぱい」
「? 食べてないのに、お腹いっぱいになるの? ふしぎだねぇ~」
よくわかっていない様子で笑う蒼角に、悠真は諦めたように肩をすくめる。
ふと、蒼角のスマホが音を鳴らした。
気が付いた蒼角はそれをすぐさま手に取ると、顔をぱあっと明るくさせる。
「ナギねえ、お仕事もう少しで終わるって!」
「ほ~、そりゃよかったね。それじゃそろそろ帰る支度でもする?」
そう言って悠真は立ち上がったが、自身のスマホがバイブレーションの唸りを上げテーブルの上から拾い上げた。
「……あらら、君のママがここまで迎えに来るってさ」
「ママ? もしかして、ナギねえのこと?」
「なーんか僕怒られそうな雰囲気~。やだなぁ」
「なんでハルマサが怒られるの?」
「そりゃあ副課長からしたら、蒼角ちゃんが男の家に一人で上がり込んでたりしたら心中穏やかじゃないでしょ」
「? どーゆーこと? あ、もしかしてたくさんお菓子買ったのにわたし一人で食べちゃったこと怒られるのかな!? ハルマサのおうちにおじゃましたのに、おみやげも持ってこなかったから!? わわわっ、どうしよ~~!!!」
「いやそうじゃないっての」
二人ともそれぞれの悩みの種によって頭を抱える。
ふいに、奥の部屋から視線を感じた。
扉の陰からこちらを見ている小さな目が二つ。
「あ、ネコちゃん!」
蒼角が興奮のあまり声を上げると、猫はさっと隠れてしまった。
「あ~あ、逃げちゃった……」
「蒼角ちゃんのこと少し気になったのかもね~」
「ううー、ネコちゃんと仲良くなりたいなぁ。ねぇハルマサ、わたしが何回もハルマサのおうちに遊びに来たら……いつかはネコちゃんお友達になってくれるかな?」
不安そうな、それでいて少しだけ期待を隠せない様子の蒼角。
悠真は笑った。
「そうだね、いつかあの子にもお友達が増えるといいな」
悠真の言葉に、蒼角は笑顔を咲かせた。
「じゃあ、次来る時はネコちゃんにおみやげ買ってくるね! た~~~くさん!」
「いや、少しでいいから。蒼角ちゃんみたいには食べないからね」
「え~~~!?」
――それからしばらくして、月城柳がやってきた。
出迎えた悠真はその冷たい瞳でじろりと睨まれたが、喜び飛びついた蒼角によって柳の表情は溶かされた。
蒼角は今日見たビデオの話をそれは楽しそうに伝え、柳はほっとしたように胸を撫で下ろしている。
そんな二人に手を振り、悠真は玄関先で見送った。
部屋の外の廊下が、蒼角の楽しそうな声でいっぱいになる。
その後ろ姿を見つめ、悠真は静かにドアを閉めた。
「にゃあお」
ふいに聞こえた声。
見ればすぐそこに、悠真の飼い猫がいた。
「そんなに怖がらなくたって大丈夫だよ」
悠真の右手がそっと小さな頭を撫でる。
「はは、ほんと僕らは警戒心が強くっていけないね」
***
「――浅羽隊員、遅刻ですよ」
翌日出勤した悠真に月城柳がぴしゃりと毎度の挨拶を放った。
「いやー副課長、僕昨日一日保育士やったんで疲れちゃってるみたいなんですよ~。休暇取ってもいいですか?」
「何を言っているんですか、浅羽隊員。昨日はとても充実した休日だったはずですよね? 十分に休息は取れているかと。蒼角と一緒にいれば仕事の疲れなんて全て吹っ飛んでしまうんですから」
カチャリ、と眼鏡を上げる音が響く。
付け入る隙なし、と判断し悠真は早々に諦めて柳の横を通って行った。
「いやー、それは副課長だけじゃないですかねー……」
「蒼角は浅羽隊員との休日はとても楽しかったみたいですから、またおうちにお邪魔する際はよろしくお願いしますね」
「え? あー……ハハハ、はいはい。僕でよければいつでも~」
そう言ったものの
悠真は喉元に何かが詰まるような感覚にむず痒さを感じた。
その違和感の正体に気づくこともなく、悠真は自分の椅子に深く腰掛ける。
「……あー、今日も今日とて体が重い」
午後からのホロウ入りを思い、悠真はため息を吐いた。