「父さんな、会社を辞めてダンジョンで食っていこうと思うんだ」
そう言ったひと月後に、父は命を落とした。ダンジョン探索とは一切関係のない暴走車による事故で、即死だった。
父を殺した運転手は上級国民だったので実刑を受けなかった。
父子家庭で、たった一人の家族を失った僕に残されたのは、幾ばくかの示談金と、父がダンジョン探索者になるために購入した人型ロボット、探索機だった。
ダンジョンに出現するモンスターは人間より何倍も大きく、生身ではとても相手にならない。人間が巨大モンスターと対等に戦うためには、巨大人型ロボットが必要だった。それが探索機である。
昔のロボットアニメが好きな父だった。探索者になるのが子供の頃からの夢だと語り、探索機を買うための資金をこつこつと貯めていた。事故に遭ったのは、ようやっと夢が叶うという矢先のことだった。
母はいない。おめでた婚の一年後に母の浮気が発覚して離婚していた。僕と父とは血が繋がっていなかった。それでも父は、僕を実の息子として育ててくれた。
親というものは子に幸福に生きることを願い、父もまたそうだと思う。
けれど、それは嫌だと僕は思った。
父の夢を、父に代わって叶えたい。父の無念を晴らしたい。
探索者とは、命がけの職業である。暴力を事とするため、世間からはやくざな人種と見なされている。普通想像する幸福な生活とは決して相容れない。ローンだって組めない。
父が生きていたら僕を止めるだろう。父は夢追い人だが、人の親としては真っ当に過ぎるところがあった。
それでも僕は探索者になると決めた。
高校へは進学しない。探索者学園にも通わない。一刻も早く探索者になりたくて、中学卒業、義務教育の終了後すぐに探索者資格をとった。
こうして俺、探索者相葉勝は誕生した。
父の残したロボを駆り、父の夢見た冒険の日々を始めたのである。
1
俺の名前は相葉勝。
未来の探索マスター、ダンジョン王、上級を超えた上級国民……ともかく、超スーパーグレートなダンジョン探索者になる予定の男だ。
今日この日は初ダンジョンアタックの日。偉大なる男が初めてダンジョンに足を踏み入れる、記念すべき日だ。俺にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩になるだろう。
だというのに俺は今現在、その一歩を踏み出す直前で足止めを食らっていた。
「悪いけど大人として、入場許可を出すわけにはいかないわ。あのね勝君、あなたまだ十五歳の子供でしょう? ダンジョンは子供の遊び場じゃないのよ」
俺は探索者協会の受付で、受付嬢に捕まっていた。名札を見るにこの受付嬢のおば……お姉さんは花沢さんというらしい。右も左も分からないド新人の俺は、警備のおじさんのオススメに従ってルーキー向けだという窓口に行った。しかしそこで、厄介なタイプの人に捕まってしまったのである。
花沢さんは俺の姿にはじめは怪訝顔を浮かべ、俺の渡した探索者ライセンスを見るなりぎょっとすると、そこからは子供にはまだ早い云々、ダンジョン危ない云々とまくし立てて俺を引き止めた。
俺こと相葉勝はコミュ障である。父を喪ってから半年以上、学校へ通わずにほとんど引き籠もって暮らしていた。コミュ強筆頭ジョブともいえる受付嬢相手には分が悪い。初対面でいきなり名前呼びしてくる彼女の説教・ラッシュの前では、話の切れ目を見計らってぼそぼそと言葉を挟むしかできない。
「あの、ライセンス……あ、あ、ありあす」
モマ? どもってちゃんと言い切れなかった。
「ライセンス? 個人でとったライセンスがあっても駄目よ。探索者学園は、一年生にダイブの許可は降りないもの。どんな有望株であってもね」
「学生……じゃ、ないっす」
「えっ、嘘」
花沢さんは端末を操作しだした。ライセンスから読み取った俺のデータを精査しているのだろう。
花沢さんが黙った隙に軽く見渡せば、俺の後ろに並んでいた探索者たちの幾人かが「また始まったよ」と呆れて列を離れていった。並んだままの探索者たちは俺と花沢さんを面白そうににやにや笑って眺めている。
俺にしてみればいきなり説教が始まってなんだこのおば……お姉さんとなったが、彼らの様子を見るに、花沢さんはお節介やら世話焼きやらで有名な名物受付嬢なのだろう。
「な、なら探索機は? 生身でダイブなんて無謀すぎるわ」
「あります。自前の」
十八歳以上でなければダンジョン探索者になれない、というのはよくある誤解だ。
まず原則として、探索者学園生徒を除く学生はダンジョンに入れないと決められている。高校生は言わずもがな、大学生や専門学校生も退学しなければ探索者をやれないから、アルバイト感覚のカジュアルなダン活や、ダンジョンで鍛えたパワーで同級生にマウンティングするといったことは不可能となっている。ちなみに一般企業は企業ごとに規定が異なるが、大抵の会社では探索者の副業は禁止とされている。常識的に考えればいつ死んでもおかしくない副業など、学校が学生に、会社が従業員に認めるわけがなかった。
次に初期費用の高さというハードルが挙げられる。ダンジョン探索者になるにあたって、探索機をはじめとした各種装備を揃え、かつ維持するのに一千万円以上の金額が必要となる。ダンジョン出現以来、貧富の差がますます広がり上級国民制度が生まれるほどとなった格差社会において、このハードルは非常に高い。それに探索者は荒っぽい職種なので、同じく金のかかる医者などとは社会的地位が比べるべくもない。一千万円という額は、一般家庭が子供に投資するには数字的にも良識的にもためらわれる額といえた。
よって探索者のなり方としては、以下の二つのルートが一般的である。
一つは中学卒業後、探索者学園に入学し、在学中にライセンスをとって卒業する。学園卒業者は奨ダン金ローンが組めるので、それで装備を調えて探索者となる。学生のうちから資質を認められた一部の者などは、融資を受けたりスポンサーがついたりする。ダンジョン専門誌で大型ルーキーとして特集されているのはそういった卒業生たちで、大抵が美男美女である。
二つ目は一般企業に就職して資金を貯めつつ勉強してライセンスをとり、退職して探索者を始めるルートである。俺の親父もこの脱サラ探索者になる予定だった。
学園卒業者は十八歳以上であるし、一般的な脱サラ探索者はもっと年上にならざるを得ない。しかし実のところ、ライセンス取得や探索機購入自体に年齢制限は定められていなかった。これは制度の単純な不備というより、学園生が授業でダンジョンアタックをするのも関係しているのかもしれない。なんせ十八歳以上に制限してしまえば、探索者学園のカリキュラムが畳水練でしかなくなる。
ともかく、義務教育という強制学生期間を終え、資金を用意し、独学でライセンス取得試験に合格すれば、十八歳以下であろうとダンジョン探索者になれてしまうのであった。
「ぼんぼんかよ。上級国民の遊びか」
「モンスターに金での示談は通用しねえぞ」
そんなつぶやきが聞こえた。強姦だろうと殺人だろうと金を払えば示談にできる上級国民は嫌われている。俺は上級国民ではない。合法的に仇討ちするためにいずれはなっておきたいが、今はただの一般市民だ。
そして金持ちとも小金持ちともいえない。万全を期すために装備や自己投資諸々に費やした結果、親父の遺産も親父の命の代金として押し付けられた示談金も残り少なくなっている。
だが俺には、ママの愛情がいらないくらいに愛されて育ったという自覚がある。そこらのお坊ちゃんなんかよりよほど恵まれているだろう。ライセンスをとるときの精神鑑定だって無事にクリアした。
花沢さんは外野のつぶやきに少し眉を顰めると、俺の目を見つめて言った。
「親御さんは? 保護者の許可は?」
妙齢の女性の真剣な表情に、コミュ障の俺は思わず目を逸らしてしまう。
「いないっす。死にました」
「えっ? あっ、ご、ごめんなさい!」
「……親の遺産で、その。探索機は、遺産と示談金で、あの、買いました」
受け付けジョーが罪悪感ダメージで怯んでいる隙に、大声で畳み掛けることにした。
「潜らせて下さい! お願いしゃす! 自分後が無いんです! お願いします! 願います!」
いかにコミュ力強者といえど、やけになった少年の気違いムーブなら効果があるだろう。いきなり大声で叫びだした俺の様子に、視線が探索者のみならず窓口の向こうの職員からも集まった。
ちなみに現在の保護者である父方の祖父母の許可はとってある。親父の無念を晴らすとごねにごねて勝ち取った。親不孝で哀しませてしまったが仕方ない。
少しすると、額の上に髪を散らしたおじさんがやって来て、「すみません花沢さん。交代しますね」と声をかけて退席を促した。肩を叩いたりせず指でカウンターをとんとん叩いたのはセクハラ避けのためだろう。
花沢さんは唇を噛み、深呼吸すると、
「わかりました。失礼します」
と立っていった。
受付を代わったおじさん――田中さんは席に着くなり深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした相葉さん。花沢はその、どうも若いルーキーというのに思い入れがあるようでして。ですが職員の個人的な判断で探索者のダンジョンダイブを阻むなど、あってはならないことです。大変失礼いたしました」
頭頂部に肌色が増しつつあるのがはっきりわかってしまった。こうも弱みを物理的に見せられては、却ってこちらが気後れする。
「いえ、大丈夫です」
そもそもこちらから文句を言う気はない。俺はダンジョンに潜れさえすればいいのであって、受付での揉め事なんて有耶無耶にするに越したことはない。
「それでその、自分は、ダイブさせてもらえるんでしょうか」
「はい、問題ありません。ところで、ルーキー向けのマニュアルに目は通されましたか?」
「熟読しました」
「でしょうね。今時はあなた方のようなルーキーのほうが、学園上がりの促成連中なぞより却ってしっかりされているものですから。これから手続きを始めますので少々お待ち下さい」
田中さんが端末を操作し始めて数十秒後、
「はい、これで入場手続きは完了しました。ゲート入場後は案内に従って、展開エリアに向かって下さい。それでは、お気を付けて」
「ありがとうございました」
頭を下げて窓口を去る。花沢さんでああも足止めされたのに、田中さんに代わるとあっさり終わってしまった。
受付にも当たり外れがあるのか、探索者協会のコンプライアンスは案外ガバガバなのだなと俺は思った。花沢さんはしつこいタイプの世話焼きお姉さんで、田中さんは昨今の探索者学園に思うところがあるらしい。まあ、ただのルーキーである俺には彼彼女らの込み入った事情に立ち入るつもりなど全くない。
そんなことよりダンジョンだ。
2
トンネルを抜けると地下空洞だった。
ほの明るい。
染みのように岩壁に生えたヒカリゴケが主な光源だが、ゲート付近では白々とした人工の照明が影法師の輪郭を目立たせていた。
飛行場のように舗装されてトーチカもある。いかにもアニメやゲームであるような地下秘密基地の一角といった感じで、警備用の探索機が大型銃を手にゆっくりと巡回している。とはいえ物々しさはあまりない。トンネル出口にある案内板では基地内の各施設の概要を親切に一つ一つ説明してくれているし、灰皿付きの休憩スペースでは探索者たちが缶コーヒー片手に煙草を吸い、その談笑に休憩中の協会職員も混ざっている。
駐車場のように白線の引かれたエリアに向かい、受付小屋の係員に声をかけて番号札をもらう。
番号札のスペースに着くと、一辺10メートルの四角マスの中心部に50センチほどの目印が書いてあるので、手にしていたアタッシュケースをそこに納まるよう下ろした。
このアタッシュケースはアイテムボックスといって、探索機を格納して携帯するためのマジックアイテムである。同名のスキル、アイテムボックススキルを人工的に再現したもので、物体を異空間だか亜空間だかに転送する機能があるらしく、探索機の巨体を手荷物サイズに縮小できる。とはいうもののアイテムボックス自体は重さ約10キロでそれなりに重くてかさばり、盗難防止のためとはいえ、ずっと持ち歩くのは少し骨だ。
肩を回して腕の感覚を戻しながらアイテムボックスを開いて中にあるスイッチを押す。カウントダウンが始まり、早歩きでマスの外に出る。
カウントが0になると立方体の光のラインが投影された。一辺8メートルのこれはアイテムボックス展開用のガイドで、ラインの内側に人がいたり空気以外の余計なものがあったりすると、安全装置が働いて展開が中止される。
ラインが出たまま10秒待つ。20秒待つ……まだ何もない。1分が過ぎて、2分経ち、334秒、5分34秒になってようやく変化が起きた。
立法体内部の空気が押し出され、その風圧で髪が揺れる。次の瞬間、ひざまずく鋼の巨人の姿がそこにあった。
トミタ社製軽探索機、テクニカ。国内軽探索機販売数第一位を誇る名機である。
全高6.2m。固定装備は腰部スラスターのみ。デザインや空力追求よりもとにかく生産性を追求したといわんばかりの無骨な装甲。
見た目通りの信頼性のみならず、拡張性にも優れている。日本製品らしからぬその割り切った設計は、ダンジョンのスーパーカブとも和製カラシニコフとも例えられ、販売開始から十年以上経ったにもかかわらず大きな変更もなくマイナーチェンジに留まっている。
さすがに探索機の本場である米国製の軽探索機ガンヘッドなどと比較すればパワーを始めとした基礎スペックで劣るものの、操縦性と燃費、国産機であるがゆえのアフターパーツとカスタムパーツの豊富さでは上回っている。本体価格も関税分、テクニカのほうが安い。ほんのわずかにちょっぴり安い。
探索機の個性はそのまま探索者の個性となる。どノーマルの探索機は高級機でもないかぎりむしろ珍しく、殊にテクニカの場合は予算の許す限り大抵が何かしらのカスタムが施されている。
俺の愛機も例にもれず、頭部を独自の形状のものに、左肩のアーマーをショルダータックル用のスパイク付きに換装してあった。
肩スパイクは俺が実戦を考えて追加したものだが、頭部は親父が生前、専用機らしくなるよう自らデザインした特注品だった。
かつては空想上の生き物で、現在はダンジョンのモンスターとして現実の存在となった角の生えた馬、ユニコーンをモチーフとした頭部である。
格好いいがなぜユニコーンと問うた俺に親父は語った。
「父さんはかつて戸籍に傷を受けてしまってな。駄目なんだ、恋多き女性が。このユニコーンヘッドは誓いの証さ。こいつで金と名誉をうんと稼いで、そしていつか理想の相手と再婚するんだ。生涯俺だけを愛してくれる金髪巨乳毒舌メイドを、勝のママにしてやるからな」
「父さん……」
いやー、きついでしょ。と思ったが口にはできなかった。夢見がちに過ぎる、現実を見ていないというのは思春期の俺でもわかる。しかし理解のある息子としては、
「ダンジョンで出逢えるといいね、父さん」
と返すしかなかった。親父の嗜好をこんなにも恥ずかしく拗らせて、俺の生みの母親は罪深いとしかいいようがなかった。
愛機を眺めて思い出に浸るのはほどほどにして、装備の確認を行うことにした。空のアイテムボックスを外付けの背負いベルトで担ぐと、機体を周囲をぐるりと回って目視する。近接武器のヒゴノガード社製片刃ブレード、遠隔武器の郷和工業製ヒリューズ軽機関杖、いずれともちゃんとバックパックのウェポンラックに収まっている。好みで装甲各所に増設した計4本のナイフシースも問題ない。いざというとき生身で剣としても使える予備武装だ。
俺自身の装備も一応指差し確認する。防具はボディアーマーとヘッドギア、武器はバックラーと片手剣だ。今日の探索で使用する機会がないよう祈っておく。
装甲の段差に足をかけてよじ登る。開いたままのハッチから、コックピットへと乗り込んだ。内部は暗い。手探りで電子機器のスイッチを入れると、液晶モニターと照明が起動した。それらとハッチから差し込むわずかな明かりを頼りに、アイテムボックスを専用スペースに収納し、身体をシートに固定すると、左右のレバーを握り、ペダルに足を着けた。
深呼吸する。ここからはある意味人力だ。
「同調開始」
二つのレバー、二つのペダルを一気に押し込む。機体側の感応増幅回路が全開にされ、こちらからは魔力感覚、仮想触覚ともいえるそれを体外に広げて行く。機体フレーム全体に血管を行き渡らせるように広がるとほぼ同時に、機体の心臓部、動力源に己の幽体の心臓を投げ落とすように重ねた。
心臓に火が入る。
「マナエンジン、起動完了」
魔力を通された透過装甲キャノピーが機能して内部がぱっと明るくなる。
視界が広がり、頼りなかった仮想触覚もはっきりとしたものになった。言葉にするならもとの肉体と探索機のフレームとで、大小二つの五体の感覚が、同時に存在しているといった感じである。
エンジンの振動はリズムは違えど心臓の鼓動に対応する。ダンジョンに漂うマナをダクトから取り込んで自らのエネルギーに変換し、フレーム全体に行き渡らせている。
無事起動に成功したので、重いハッチを手動で閉じる。自動開閉などといった洒落た機能はない。そもそも探索機にはダンジョンの環境やモンスターによる物理ハックへの対策で、電動・電子機器は最低限しか積まないようになっている。それは高級機であろうと変わらず、むしろ高級機になるほど時代に逆行するように内部機器のアナログ化が進む傾向がある。
「ステータスチェック開始」
コンソールを操作してから操縦桿を握り直し、機体を立ち上がらせると、四肢を順々に動作させ、腰もひねる。ステータスチェックの待ち時間に動作確認だ。
「マニピュレータ精度確認」
グーチョキパーにキツネさんと動かして、問題ないのを確認した。
ついでに武装も展開してみる。ウェポンラックから取り出し構え、戻す。取り出し戻し、取り出し戻しとしているうちに、モニターがステータスチェック終了を知らせた。
フレームHP 1500/1500
機体MP 629/720
同調率 89.3
力 150
防御 180
魔攻 140
魔防 80
早さ ‐
フレームHPと機体MPと同調率はモニターとは別なアナログ計器の表示なのでもとからわかっていた。動作チェック中に測定しモニターに表示したのは他の五つのステータスで、現在の機体性能を人間用のステータス数値で換算したものである。早さの数値がないのは搭乗者である俺のレベルが0レベル、ステータスを得ていない状態での仕様なのでエラーというわけではない。
機体の基本性能そのままの数値だ。前にチェックしたものと誤差はない。機体MP、機体を動かす燃料となるMPもあまり減っていないので補給は必要ないだろう。
「異状なし」
これで、マニュアル通りの安全確認が終わった。
いよいよだ。いよいよダンジョンアタックの始まりである。操縦桿に力がこもる。親父が叫びたかったであろう台詞が、自然と口をついて出た。
「相葉勝、テクニカ出ます!」
「出口はあっちだぞー、ルーキー」
「あっはい」
気合を入れたはいいがロボットアニメのようにカタパルトなんてものはない。外部スピーカーを切り忘れた俺は係員の誘導に従い、とぼとぼ歩いて展開エリアを出て行った。
3
洞窟を一歩一歩歩いて進む。天井はあまり高くない。無闇にスラスターを吹かして跳躍すれば、頭をぶつけてしまうだろう。顔をへこませた探索機というのはいかにもルーキーらしくて格好悪い。転倒による装甲のこすり傷もルーキーあるあるである。でこぼこの足場に慣れるまで走らないようにした。気を付けつつやや早歩きだが慌てない。学校での避難訓練が思い出された。
計器に目をやる。
機体MP 688/720
MP残量が出発時より増えている。激しい動きをしないから自動回復量が消費量を上回ったのだろう。
曲がり角に来たので出会い頭の警戒にヒリューズ軽機関杖を構える。
ブルパップ式サブマシンガンといった見た目どおり、これは
アタレ表記のセレクターは、単発のタ、セミオートにしてある。洞窟ダンジョンでの遭遇戦はほとんど近接戦なので、モンスターを倒すだけならフルオートの方が有利であるが、ダンジョンには他の探索者もいる。ここ第一層で活動するのは揉め事を起こしやすいルーキーばかりというのもあり、誤射には特に気を付けねばならない。それに昔から新聞などでいわれているように、一発だけなら誤射かもしれないが、連発したなら戦争だ。フルオート状態は害意ありと見なされる場合がある。
奇襲を警戒しつつ曲がり角に近付いて伸縮ミラー棒を取り出す。
「白アリか……」
モンスターを発見した。ミラーで見えた範囲で白い蟻が三匹ほど、ごそごそと首と触覚を動かしながら岩壁沿いを這い回っている。
ホワイトアント。成人男性を四つん這いにしたくらいの大きさの巨大蟻で、いわゆる最弱モンスター、有名なRPGゲームでいうところのスライムだ。
生身の人間でも戦え、探索機の踏みつぶしで倒せる程度の小型モンスターであるが、その攻撃力は決して侮れるものではない。ギ酸で装甲を溶かし、噛み付きでフレームを削り取る。群れに挑んだあげく愛機をぼろぼろにされて修理費がかさむルーキーや、何十匹ものホワイトアントに群がられて食い殺される者が毎年出て、注意喚起されている。
足回りにダメージを受けるリスクを避け、近寄らず射撃で仕留めるのがセオリーだ。
俺は両手で杖もとい銃を保持して身を出すと、足を止めたままホワイトアントを狙い撃った。探索機には基本的に、軍事兵器やアニメのロボットのような
引き金を引いた。マニピュレータから銃にマナが供給されるが、これは次弾用で、初撃用の起動マナは既に込められている。そのため、引き金から発射までのタイムラグは見かけ上実包銃の撃鉄と変わりない。
軽い音とともに射出された弾丸は、ホワイトアントの艶のある白い体表を突き破ると、体組織を破壊しながら反対側へと貫通した。岩壁に、白濁した体液が飛び散った。
「思ったよりも
念のための追撃で続けざまにもう一発撃つと、残る二匹に狙いを移す。
仲間をやられた二匹は戸惑ったように死体を見つめると、間を置いてからようやっとこちらへと振り向いた。
第一層のホワイトアントは攻撃性が低いと聞くが、たしかに随分のんびりしている。
振り向いたと同時、連続して放たれた弾丸が二匹目に命中する。首がもげて腹が裂けた。
三匹目が威嚇音を立てて外敵に立ち向かわんと踏み出した直後、ヘッドショットが命中する。今度は二発目は撃たない。ホワイトアントの生命力を実地で確かめておきたかった。
虫系モンスターは頭がもげても中々死なないと聞くが、一層のホワイトアントはヘッドショットだけで十分らしい。
一匹目と二匹目の死体が周囲の体液や肉片ごと、光の粒となって消失した。三匹目もそれに続いた。
死体が消失するという、現実ではありえないダンジョンのモンスター特有のファンタジーな現象だ。ダンジョンの外でもこの法則が適応されるなら、接客業なんかは嬉々としてモンスターカスタマー処理に勤しむだろう。R指定な死体を長時間目にしなくて済むので、俺のような青少年への悪影響も少ない。
死体が消え去ったあとには、その場にドロップアイテムが残る。ドロップアイテムは薬液の入った瓶であったり、人間用の武具であったり、安心安全な食用肉の塊であったりと様々で、ダンジョンの制作者、超越者ともいえるその存在が明らかに人間的な意志と思考を持っていることが察せられる。
周囲を警戒しつつ死体のあった場所へ近寄ると、バックパックから小箱を外した。探索機サイズの弁当箱といえるそれは小型ドロップ品収納箱で、その見た目通り弁当箱と呼ばれている。
ホワイトアントのドロップ品は三匹とも魔石だった。
大きさは5センチほどで、色は白い。一番安い魔石である。その売却価格は一個500円。ちなみにヒリューズ軽機関杖の弾丸は1発100円する。二発で仕留めて差し引き300円、一発で仕留めて400円が利益となるが、諸経費を考えたら黒字となるかは怪しいところだ。
探索機の指先サイズの魔石を慎重な手つきで拾い集めて弁当箱に入れる。カラカラとわびしい音がした。
むしろ回収の方が手間だと見なして放置するルーキーが多いのも納得する。第一層での戦闘は経験値稼ぎだと割り切ってドロップを拾わず、さっさとレベルをあげて第二層に移ったほうが時間対効果が高いだろう。
しかし500円玉を落としたまま放置できるかといわれれば、それもためらわれてしまう。俺の性根が卑しいのだろうか。探索者として大成するために、この類いの小市民根性は修正すべきかもしれない。
「せめてレベルが上がればな」
初めてのモンスターとの対峙、初めての勝利、初めてのドロップアイテム獲得。にもかかわらず気分が高揚しないのは、得た物の少なさもあるが、それ以上に戦った実感がないからだろう。
「だががっかりしている暇はない」
ホワイトアント相手でも数十匹倒せばレベルが上がる。経験値は溜まっている。独り言で嘆く前に、ダンジョンアタックを進めるべきだ。気持ちを切り替える。
俺は弁当箱をバックパックに戻し、再びヒリューズ軽機関杖を構えようとウェポンラックに手を伸ばした。その時だった。
風切り音が微かに聞こえた。同時に俺の、テクニカの身体はその場を跳び退いていた。
探索機のコックピットに戦闘機のそれのような搭乗者保護機能はない。機動の際、搭乗者にかかる
俺のレベルは現在0。並みの人間と変わらない。探索機が人間並みに機敏に動けば、巨人に振り回されるに等しい反動が、直接パイロットへと襲いかかる。事故車に乗っているようなものだ。
飛来した石が、先ほどまで俺の居たところに衝突していた。
内臓がひっくり返るような反動を堪えつつ、不意打ちしてきた相手をにらみ付ける。
ゴブリンであった。
中型モンスター、ゴブリン。身長およそ4メートル。
姿形は創作物での筆頭雑魚モンスターそのものであるが、現実となったダンジョンに現れるこれは、もとの創作物に出演すれば中ボス面できるような巨人である。
ダンジョン創造者がサイズ設定を間違えた、ゲームバランス崩壊のきっかけ、クソデカダンジョンのクソデカ尖兵とも呼ばれ、探索機のなかったダンジョン黎明期には数えきれぬほどの軍人・探索者を殺して食らい、ダンジョンの脅威を世界に知らしめた。
そしてそのゴブリンがダンジョンの序盤、第一層の雑魚モンスターに過ぎないことが知れ渡ると、当時の各国政府は宣言した。ダンジョンは人類にはまだ早い、と。そこに米国と日本が言い足した。だから巨大人型ロボットを実用化する、と。ゴブリンを雑魚モンスター扱いできるロボットに乗り込むことでようやく人類はダンジョン攻略のスタートラインに立てるという、当時の人間にしてみれば頭のおかしい、ストロングな発想であった。
このようにゴブリンは巨大人型ロボット、探索機開発のきっかけでもあり、ある種のロマンの産みの親ともいえる。
かつて最も多くの人命を奪ったとされる、最も有名な
そのゴブリンが、俺の視線の先にいた。
ゴブリンは投球後の姿勢でがらの悪いピッチャーのように舌打ちすると、次弾となる石、大きめの漬け物石くらいのそれを拾って振りかぶった。
「一層のゴブリンが投石だと? こんなの俺のデータにないぞ」
彼我の距離は飛び道具の距離だ。飛び道具の性能差はテクノロジーの差といえる。原始的な投石は文明的な銃撃に勝てない。
アタレセレクターを連射のレに切り替えて狙いを付ける。慌てず騒がず素早い動作
でそれを行い、投擲動作の直前に弾丸を連射した。指切りによる三点バーストである。
三発中二発が、ゴブリンの胸に命中する。ゴブリンは血を流し、呻いた。呻きはしたが、そのまま投石を実行した。気合と根性で耐えたのであろう。耐えられる程度のダメージしか、与えられなかったということでもある。
ヒリューズ軽機関杖の威力は低い。そもそもが対小型モンスター用で、中型以上のモンスター相手では牽制くらいにしかならない。豆鉄砲やら白アリ駆除機やらと呼ばれるように、それ単体では探索機を前提としたモンスターに対するメインウェポンとはなり得ない。人間基準でいうなら、鳥撃ち用空気銃や違法改造ガスガンくらいの威力だろう。痛いには痛いし怪我もするが命には届かない。
「豆鉄砲がっ」
ぼやきながら機体に回避動作をとらせる。鞭打ちになりそうな慣性を堪えながら、もしかしてこれ、避けずに受けたほうが良かったんじゃないか、と、避けてから気が付いた。
テクニカのスペックはゴブリンを圧倒している。投石程度で装甲は抜けないし、フレームHPの減少も軽微だろう。自然と回避を選んでしまったのは、シミュレータでついた癖のせいかもしれない。
まあいい。悔いるのは後だ。
「文明の利器じゃ負ける」
ヒリューズ機関杖をウェポンラックに戻すと、片刃ブレードを装備した。ゴブリンもまた、腰布に挟んだ棍棒を抜き放った。
「ここからは白兵戦だ」
より原始的なほうが勝つ。
剣と棍棒、中世のメインウェポンと第四次世界大戦の未来兵器、どちらが有利かは自明の理だ。
片手にブレードを構え、じりじりと間合いを詰めた。
4
俺のテクニカが一歩踏み出すと、ゴブリンが一歩下がる。
こちらが踏み出し、あちらが下がる。
「怯ませているのか、いや違う」
戦意は感じる。
「ゴブリンなりの戦術があるというのか」
スラスターを吹かして突撃すれば一刀で仕留められるだろう。が、その際の殺人的な加速に俺の身体が耐えられるとも限らない。
俺にとって最も警戒すべきはゴブリンの攻撃ではない。探索機の機体性能だ。
これは自慢じゃないといいつつ自慢だが、俺の探索機適性、同調率は非常に高い。
中堅探索者の同調率は40%前後、探索者学園入学の推薦条件が30%、奨学金全額免除対象とされるエリート学生がだいたい60%前後。同調率はレベルを上げれば上昇するので10%台でも探索者になるのは理論上不可能ではないが、実情としてはレベル0時点での初期同調率が探索者の素質のバロメーターとされている。
そして俺の同調率は89.3%、わざわざコンマ以下まで覚えているくらいには高い数値といえる。IQマウントみたいなものだ。ちなみに親父は91.1%、さすが親父だ俺よりすごい。
親父が夢を抱き続けたのも、俺が自分が大成すると大口を叩くのも、探索者としての己の才能に確信があったからだ。探索者界隈において並みの一流と超一流との違いは、同調率100%の壁を超えるか否かだといわれている。初期同調率90%前後の俺と親父にその壁は大したものではない。10レベル、ルーキー卒業くらいにレベルを上げれば超えられる程度のものである。
しかしその才能が今、俺の足を引っ張っていた。
同調率とは、パイロットが探索機をどれほど
ここで問題なのは、探索機を生身と同じように動かせてしまうという、その点である。同調率とはあくまでどれほど
レベルを上げて肉体の対G能力を高めたパイロットなら生身と同じよう探索機を動かしても問題ないが、レベルが0で対G能力が素の人間と変わらないパイロットがそうすればどうなるか、はしゃぎ回る子供の虫かごに囚われたようなものである。
今の俺はまさにそれだった。
普通のルーキーにそのようになる危険はあまりない。同調率30%以下の探索機の動きは、自然とロボットアニメの巨大感演出のようにのろのろとしたものになるため、パイロットにかかるGも小さくなる。
普通の感覚で操作するのが問題なら、意識してゆっくり動くよう力加減すればいいのではないかと問われるなら、実際俺もそうしている。そうしているが、右の頬を打たれたら咄嗟にアッパーカットが出るように、意識しようとしてしまう反射的な動作がある。
隙を見つけ、無意識に踏み込もうとして踏みとどまる。
息が漏れる。このまま行ったらちょっとまずかった。
「機体の反応が良すぎる」
俺自身の反応もそうだ。シミュレータのやり過ぎだった。
息を大きく吐く。奇襲を受け、強張っていた精神を解きほぐす。
「だったらさ、ここはあえて舐めプで行こう」
ここから先は縛りプレイだ。パワーもスピードも半分だけ、移動範囲も制限あり、そう自身に設定した。自己暗示には慣れている。
ブレードを大きく振りかぶり、すたすたと近付いていく。
「足元がお留守だぜ。俺の」
さあ来いと隙を晒して間合いに入ると、ゴブリンが膝を狙って棍棒を繰り出した。
ひょいと避ける。コックピットを揺らさぬように機体を回し、流れる動作でブレードを振り下ろした。
切り込むと同時にゴブリンが飛び退る。腕の振りを遅くしすぎて、肩の肉を削ぐにとどまった。
ぎゃあぎゃあと喧しく吠え立てながら後ずさる。目尻から涙が垂れている。痛くて悔しいのだろう。
「こいつも俺のデータにない」
ゴブリンがこんなに感情豊かだとは知らなかった。
だがやることは変わらない。ぶち殺して経験値とドロップ品を手に入れる。それだけだ。
ゴブリンは後退り続け、ついにその背が岩壁に当たった。
「後ろは壁だ。逃げ場はない」
俺がブレードを構えて踏み出すとほぼ同時に、ゴブリンがにやりと笑った。
数瞬後、ゴブリンの振り下ろした棍棒が眼前にあった。ゴブリンは跳躍し、岩壁を蹴って加速してこちらへと跳び掛かっていた。空中水平突撃とでもいうのか、急に身軽さを発揮してきたのである。
咄嗟にブレードをかざして棍棒の一撃を防ぐ。ゴブリンは猫のように身をひねって着地すると、再び跳躍し、今度はテクニカの頭上、天井すれすれまで飛び上がって棍棒を繰り出してきた。
「なんだこいつ、スキル持ちか、強化系の」
ゴブリンではありえない身体能力による軽業めいた連続攻撃だ。探索機では飛び上がれない狭い空間も、探索機基準で子供サイズのゴブリンにとっては有利に働く。
絶え間ない攻撃を避ける。受ける。捌く。
動作が最小限になるよう力を抜きつつ、攻撃を防ぎ続ける。
計器を見る。
フレームHP 1420/1500
直撃もないのにHPが減っていた。攻撃を受け止めたフレームにダメージを与えるくらいにパワーがあるらしい。
このパワーは、おそらくゴブリンが発動したスキルの効果だろう。ならばMP切れまで粘るだけで良い。スキルの発動には魔力すなわちMPが要る。MPが無くなればスキルも途絶える。思いがけない強さを発揮したこの特殊なゴブリンも、第一層のどこにでもいるただのゴブリン、雑魚モンスターに成り下がる。
しかしそうするのは、負けの気がする。相手が弱るのを待つなんて、男の戦いじゃない。繰り返せば心の
探索者は冒険者だ。自ら困難に挑むこと、それこそが冒険だ。
親父もそう言っていた。
このゴブリンは今この状態が一番強い。だからこそ打ち倒すに値する。
「初ダンジョンの初戦闘だ。付き合ってやるさ」
俺はホワイトアントとの初戦闘をなかったことにした。
5
下半身を執拗に狙われる。ストリートチルドレンが大人をリンチするときのように、膝を折らせることで脳天を殴りやすい位置に持っていきたいのかもしれない。
下段の防御はやりづらい。その場にとどまるという条件があるなら尚更だった。
肘を思い切り曲げてブレードの切っ先を下げる。見るからに無理な姿勢で、ゴブリンの全体重を乗せた棍棒の一撃を受け止める。
ゴブリンは伸び伸びと武器を振るい、探索機は窮屈そうに堪えるばかりという一方的な暴力の様相を呈していた。こうなるともはや学級崩壊の小学生と教師のようなもので、前者はますます調子に乗り後者はますます縮こまる。
そしてまもなく、勢いを増した攻撃を受け止めきれず、探索機が足をずるりと滑らした。体勢を崩しながらもどうにか次撃を防ぐが、片膝を着いてしまう。ゴブリンはその隙を見逃さず、はね上げるように棍棒を打ち込んだ。弾かれたブレードが宙を舞った。
武器を失い無防備となった敵の姿を目にして、ゴブリンはぎゃっぎゃぎゃっぎゃと声を上げる。その顔は醜悪ににやついていた。そしてバック転気味に大きく跳躍して天井で逆さまに着地すると、血管の浮いた脚をみしりと軋ませて、弾丸のごとく加速した。
腕力+重力+ジャンプ力、必殺の意志を込めた最大威力の一撃であった。直撃すれば頭が胴にめり込みかねない。脳天越しのコックピット潰しは探索者の死因としてありふれたものである。
はっきりと己の命を脅かされる感覚に身体の芯を貫かれながら、俺は操縦桿を強く握った。
決着は一瞬であった。
ゴブリンの鳴き声はもはやない。
棍棒は両手持ちで握られたままだが、片腕はへし折れ、もう片腕は途中で断ち切られている。胴体は地面に突き立ち、下半身は丸まるように脱力している。首から上はない。地面にめり込んでいるのではなく、少し離れた所で、にやけ面を貼り付けたまま転がっていた。
俺の機体の手にはナイフが握られていた。
向こうが跳躍した時点で後ろ手にナイフを抜くと、天井が蹴られるのと同時に回避動作をとりつつ、ゴブリンの首が断てるであろう位置にナイフを差し込んだのだった。軌道に刃を置くだけなので力はほとんど使っていない。ゴブリンはゴブリン自身の力で死んだ。
周辺警戒を終えると、操縦桿から手を離して体をほぐす。慣性によるダメージは許容範囲といったところだろう。俺の若さならこの程度は飯食って風呂入ってぐっすり寝れば治る。
「さてドロップ品は」とゴブリンの死体に目をやるが、
「……消えない?」
光の粒となる気配がない。
「やけに強いと思ったが、もしやこいつ、受肉モンスターか」
受肉モンスターとは、死体が残るモンスターだ。ドロップ品は得られないがモンスターの巨大な死体が丸々残り、大量のダンジョン由来素材を得られるので当たりモンスターとされている。反面、通常のモンスターとは行動パターンや強さが違い、思わぬ反撃を受けることがよくある強敵でもある。今回俺の戦ったゴブリンは、身体強化系のスキル持ちだったのだろう。シミュレータのゴブリンとは強さの格が違った。
「だったら」
受肉モンスターは素材が美味しいが経験値も美味しい。
「おっ? おっおっ、来たぜ」
ぬるりと、魔力感覚から逆流するように総身に熱が広がる。コックピットの明るさが増す。目を落とせば指ぬきグローブの指先の肌色が光を帯びていた。おそらく顔も同様だろう。俺の肌は今輝いている。十代中盤のぷるぷる肌の輝きではなく、レベルアップの輝きだ。
光と熱が収まると、早速俺は念願の呪文を唱えた。
「ステータスオープン!」
視界に文字列が表示される。光で描かれたこの文字列は本人だけにしか見えない幻覚のようなものなので、傍からは虚空を見つめてぼんやりしているように見えるだろう。町中でぼんやりしている女性を気遣って「どしたん、話聞こか?」と声をかけたら、その女性はおそらきれいという精神状態にあるのではなく己のステータスを眺めているに過ぎなかった、という勘違いもたびたびあるくらいだ。
余談はともあれ、俺のステータスを確認する。
レベル 1
HP 38/38
MP 32/32
力 25
防御 11
魔攻 25
魔防 16
早さ 13
スキル
フォトンバレット Lv.1
「俺のステータスは……紙装甲アタッカーといったところか」
若すぎることが影響したのかわからないが、どうにも尖っている。
ちなみにレベル1時点のステータスの平均値は以下のような感じだ。
HP 50/50
MP 20/20
力 20
防御 20
魔攻 20
魔防 20
早さ 10
これと比べると俺は低HP高MP、力と魔攻がやや高いが、防御と魔防が平均以下で、特に防御が低い。いかにも死にやすそうなステータスだ。しかし上がりにくい早さの初期値が13というのは非常に良い。
ネット掲示板の初期ステ晒しスレッドに書き込めば、羨望の反応とともに「はよ死ね」というアドバイスがもらえるだろう。
「スキルのほうは、まあ普通だな」
フォトンバレット、放出系の光属性単体攻撃魔法である。アイテムボックスや回復魔法といったレアスキルではなかったが、使い勝手は良いほうだ。ヒリューズ軽機関杖と違ってゴブリンにも通用する遠距離攻撃手段になるだろう。
ひとまずステータスの考察はこれくらいにして、ゴブリンの死体を回収するとしよう。
テクニカのバックパックにはバラバラ死体で詰め込もうと思えば詰め込めるだろうが、
「初っ端から血で汚すのもなんだかな」
探索機の日常整備は、基本的に自分で行う。機体自体の洗浄は無料で使用できる洗浄ブース――探索機サイズのシャワールームで水とエアーの二つがある――で大ざっぱに済ませられるものの、血肉まみれとなるだろうバックパックの内部の清掃などは、それ用の設備を借りてやらなければいけないわけだ。グロテスクなものへの耐性はあるにはあるが、げんなりするし手間も時間も結構かかる。協会の清掃サービスを利用するにしてもお金がかかる。
なので、テクニカを格納していたアイテムボックスを転用することにした。
なるべく平らな場所へとゴブリンの死体を運ぶ。胎児のような姿勢に丸めて生首をそばに添えると、アイテムボックスの範囲外になる位置に機体を移動させた。
「このあたりか」
片膝立ちの体勢をとらせると、コックピットハッチを開け、電池式の内部照明の明るさを強めておく。
「同調解除」
マナエンジンの火が落ちる。透過装甲キャノピーが機能停止して外部が見えなくなる。ここからは急ぎの作業だ。
身体の固定を外し、収納からアイテムボックスを取り出して担ぐと、コックピットハッチから外に出た。装甲の段差を慎重に伝って機体から降りると、ゴブリンの死体に向けて駆け出した。丸まった死体の中心部に着くと、そこの地べたにアイテムボックスを置いて開く。スイッチを押し、カウントダウンを背にしてテクニカのもとへと戻る。するすると登ってハッチにたどり着いたが、まだ乗り込まない。上半身を出しておく。
カウントダウンが終わってアイテムボックスが起動し、立方体ラインが投影された。
「エラーは出てない、ヨシ」
今度こそ乗り込んでテクニカを再起動した。
モンスターを警戒しながら、アイテムボックスの収納が始まるまで待つ。立方体ライン内に異物が入り込めば最初からやり直しとなる。蟻の子、ホワイトアント一匹でも侵入を防がねばならない。
「いちいち乗り降りするのは面倒だな」
探索機のマニピュレータに対応した死骸回収用のアイテムボックスが欲しくなる。予算の都合で買えなかったが、それがあれば機体に乗ったまま回収作業ができたはずだ。
今のような死体回収はこの先頻繁にあるだろう。受肉モンスターはレアといえばレアだが、遭遇率自体はソーシャルゲームのガチャの当選率よりだいぶ甘い。その日の運勢がちょっと良ければ、あるいは悪ければといった塩梅だ。
「それにしても……うん。思ったより凄いみたいだ、ステータスの効果は」
以前より機体をスムーズに乗り降りできた。腕力も身軽さも一回り上昇した実感がある。
試しに機体をステップさせてみた。ジャンプして雑な着地もさせてみた。
「よっ、とっ、ほっ、ほうほう」
体幹が慣性についていけている気がする。重力のずしんとした響きも緩和され、内臓ごと強化されているのが感じられた。
全力機動はまだきつそうだが、更にレベルを上げれば、いずれできるようになるだろう。ただ、ステータスの防御の低さが気がかりだ。防御の値が成長しないままだと、いつまで経っても全力で動くたび俺自身のHPをすり減らす羽目になるかもしれない。
ゴブリンの死体が消えて、アタッシュケースと血痕だけが地べたに残る。
探索機から見たアイテムボックスは、人間でいえばスマホくらいの大きさだ。だからやろうと思えば操作や回収は探索機の手でもできなくはないだろうが、俺はそうしなかった。なんとなれば、探索機のマニピュレータで扱わぬよう注意書きに書かれている。
俺は再び探索機を降りて、生身で直接、アイテムボックスの回収に向かった。