52
茶碗にかけた茶こしの中に、抹茶を一杯、二杯、もう半分と掬い、茶杓を網に押し付けるようにふるって落とす。50mlのビーカーに湯冷ましも兼ねて計ってあったお湯を入れ、茶筅をさらさらと動かした。作法も何もない点て方だ。ひどくいけないことをしているような気持ちになる。泡立ちはほどほどに茶筅を抜くと、そのままぐいっと飲み干した。
口当たりは優しい。けれども胃に落ちると、そこから脳髄へと染み渡るように感覚される。体内の血管の流れから外界へと意識が拡張され、頭の中で宇宙が弾けた。カフェインで覚醒すると同時にテアニンによって沈静されるこの強烈な感覚は、抹茶でなければ味わえない。紅茶や煎茶では効果が薄く、コーヒーの効き目も単調だ。
「まずい、もう一杯」
別にまずくはないが、青い汁飲料と見た目が似ているので決まり文句――抹茶をキメるだけに――として言っておかねばなるまい。
追いギメすべく二杯目の茶を点てていると、テレビにプラカードを持って騒いでいる人々が映し出された。
『基地前の様子です。海兵隊派遣に反対するデモ活動が行なわれています』
米国海兵隊は世界最大最強のダンジョン攻略組織でもある。ダンジョン黎明期から常に最前線で活躍していた。とはいえ受け持つ任務が元から多く、ダンジョン攻略部隊はダンジョン攻略組織として独立させ、本来の軍事に集中させるべきだと、長年改革をせっつかれてもいる。権限の肥大化や組織の機能不全を危惧されているものの、なし崩し的に始まったダンジョン攻略はもはや海兵隊の伝統になってしまっている。ダンジョンプッシー云々のケイデンスコールは有名で、ゲート前基地でランニングする歩兵探索者の一団なども日本語訳の歌詞を口ずさんでいる。
政治的な事情はさておき、海兵隊と日本の探索者協会とは、持ちつ持たれつの関係である。今回のような大規模地形変動で被害があれば互いに救援部隊を派遣し、三層が不通でも攻略に滞りがないよう深層探索者が一時移籍することもある。
三層の立て直しに深層探索者は過剰戦力で、レベルダウンのデメリットもある。四層以降は同じダンジョンなので、国が別でも入り口が代わるだけ、税収を考えればいっそ己の探索に専念してもらったほうが良いというわけだ。
一時移籍する深層探索者に、空港で突撃インタビューが行なわれている。
『救出を待つ人々は今も苦しんでいます。 いかがお考えで?』
『自己責任だろ。知ったことじゃない』
『人の心とかないんですか?』
『道徳的優位に立つんなら代わりに税金払ってくれや』
幾つものアイテムボックスを手にした探索者たちが、インタビュアーの言葉を聞き流して通り過ぎて行く。
柿本さんに送ったメールの返事が来た。
『移籍はしません。しばらくは救出とルートの再構築に専念します。どうせ地形変動自体は十日もすれば落ち着くでしょうから』
『あと英語しゃべれん外人こわい(´・ω・`)』
付け足したのが本音であろう。彼女のようにホームを移したがらない深層探索者も大勢いる。深層探索者は翻訳用のマジックアイテムを持っているので、言語学習がおざなりになりがちだ。四層でならともかく、マジックアイテムを常用できない地上で外国人と交流するのはハードルが高いのであろう。
『This is a pen. I am a girl』
『Girl?』
『Kill you』
そんなしょうもないやり取りをしながら格納庫でテクニカを収納すると、俺自身の装備を確認する。今日は小ダンジョン攻略なので重装備だ。
「防具よし、剣よし、バックラーよし、ナイフよし、ポーションホルスターよし」
そして背嚢だ。アイテムボックスとドロップ品、その他細々とした物を収納する背嚢は、ドロップ品抜きでも結構な重量になる。筋力自体はステータスのおかげで問題ないが、重心が変化するので動き方を工夫しなければならない。ダンジョンに入ったら少し訓練したほうがいいだろう。
定期タクシーの時間になったので、親父に「行ってきます」をして家を出た。出た途端にブーツの紐がぶつりと切れた。
「むしろ吉兆だな」
縁起が悪いということは、試練の予兆というわけだ。成長の糧になるなら吉兆だ。運転手さんを待たせながら、俺はそう己に言い聞かせた。
協会の入場受付は、昨日とは違った感じに賑わっていた。三層専用窓口が設けられ、『ここは探索者専用受付です。一般の方は一般用受付にお回り下さい』という手書き看板も立ててある。
看板の前で救出を求める声かけをして警備員に窘められる人や、泣き崩れたままその場を動かず通行の邪魔になっている人もいる。
「タカシは? うちのタカシはどこですか?」
とお婆さんが警備員に詰め寄っていると、
「なにやってんだ婆ちゃん。恥ずいから止めろっての」
と泥まみれの青年が駆けて来るという再会の場面もあった。
世界樹崩壊に巻き込まれた三層探索者とその家族には悪いが、俺のようなルーキーや二層探索者はやれることもないので、平常通りに入場手続きを済ませる。
そして受付を出ようとしたところで、柿本さんとばったり出くわした。挨拶をするべきか俺は少し迷ってしまった。柿本さんは二十歳くらいの女性を連れていて、その女性がセーラー服を着ていたからだ。
柿本さんのゴスロリドレスも大概だが、その女性も大概である。着崩し方はスケバンというよりいわゆるギャル系で、名門女子高生が蓮っ葉にぐれたような格好という、ニッチというか個性的すぎるというか、ひどく趣味的なものであった。しかもスカートのスリットから覗く太股には『I'm a Virgin』というタトゥーが入れてある。探索機のコーションマークでもあるまいに、もはやファッションを通り越して、どうみても正気とは思われない。
もしかするとこの女性は、昨日柿本さんと電話で話していたちょっと気違いな後輩さんなのかもしれない。ちょっとどころではなかった。
教育に悪いそうなのでひとまずは他人の振りをしようとしたが、
「あっ」
「おん?」
と柿本さんばかりでなく、後輩さんとも目が合ってしまった。
俺は挨拶せざるを得なかった。
「……おはようございます柿本さん」
「お、おはっ……お早う少年。き、昨日ぶりだね」
「はぁ? なに? なんすかこのイケメン半ショタ? 姐さんに気安い、気安くない? ふざけないでありえない。だって姐さんはね、ボッチの内弁慶で、男とは敬語でしか喋れない、いい年こいてキャラ作りする拗らせた独身女じゃなきゃいけないんすよ?」
お早うと挨拶するなりこの癖の強さである。厄介さは花沢さんを上回るだろう。柿本さんが気まずそうに目を逸らした。
53
仲介抜きに喋らせるのはまずいと判断したのか、柿本さんから切り出した。
「一応紹介しておくよ。これの名前は
「弓の姫、ボウプリンセスと書いてユキと読むっす。おめーにはさん付けですら気安いから、呼ぶならちゃんと様付けな? 敬意を払えよ未成年」
「初めまして相葉勝です。古志野ちゃん様」
「うむん」
河合青年と同じく体育会系で上下関係にうるさいのであろう。言われた通りに挨拶すると、したり顔で頷いた。
「一応ボクの後輩。三層探索者でもある。今日からしばらく三層探索が続くから、一応パーティを組むことにしたんだ。一応ね」
しつこく一応と念押しする柿本さんの腕に、古志野さんが抱き付いた。
「つーわけで姐さんはあたしと百合百合するんすから、オスガキの挟まる余地は皆無っす。おねショタなんぞ所詮はフィクション。リアル世界のボクくんどもはせいぜい脳を破壊されてろッ!」
言いながら恋人のように密着する。見せつけているのであろう。背中に回した手が、腋の下からそろそろと胸の膨らみに伸びかけて、
「おセクハラ」
「おぶえあっ!?」
柿本さんの肘の一撃で振り解かれた。結構もろに入っていた。古志野さんは咽せながら、
「おえっぷ、ひどいっすよ。あたしと姐さんは百合営業する仲なのに」
「してねーから。君のノータリンな所業のせいで、ボクまでガチな人に目を付けられてるじゃないか」
「姫さんのことっすか? 大丈夫、しっかり煽っておいたっす。情熱を秘めた肉体……味わい深くて感動したぁってね」
「君のせいか猫ちゃん呼ばわりされたのは!?」
大人なやり取りである。十五歳の俺には刺激が強く、会話に混ざるのはためらわれた。挨拶は済ませたのでこのまま退散しようと思ったが、
「そんでこの半ショタとはどういったご関係でなんなんすか? 姐さんみたく同性受けもしそうな面だ。まさか紐だの燕だの、お貢ぎ相手じゃないっすよね」
「そうだと言ったら?」
「殺すっす。阿部定ごっこした後に」
俺は思わず半身に構えた。視線を向けていないにもかかわらず、殺意の輪郭が研ぎ澄まされている。所作の節々から察していたが、この古志野さんは相当な使い手だ。レベルを抜きにした近接戦の技量だけなら、柿本さんを優に上回っている。
「冗談だからね? きっかけがあって、ちょっとお節介をしただけさ。まだそういう関係じゃないからさ、ルーキー相手に勘違いして闇討ちとかはしないでくれよ」
古志野さんが殺気を俺だけに集中させ周囲には悟らせなかったので、柿本さんは行きすぎた割礼予告を冗談と判断していた。
「どうもお世話になったルーキーです。お手柔らかにしてもらえると助かります」
「とりあえずチンチンもご? そしたら仲良くしてやんよ」
思春期の始め頃、親父や師範に止められたので、去勢はしないと決めている。血縁上は忌むべき親に貰った体だが、それを育て上げたのは敬うべき人々だ。
柿本さんが顔を赤らめて注意した。
「めっ! 公共の場で下品な単語を言うんじゃない」
「フフフ……おちんちん。おリンガ、お男根、おマーラ様……!」
「やめないか!」
平手打ちをしかけて止めて、レバーブローが炸裂する。顔を避けたのは柿本さんの優しさであろう。
「ちょ、タンマ、今のツッコミガチで入った。もろキテる……石女になっちゃうす」
当たり所が良くなかったのか青ざめて蹲る。派手でありながら痛みの少ない突っ込みには技術がいる。道場に学びに来る芸人さんもいるくらいだ。
「ご、ごめんよ。やりすぎたかも。痛かった?」
「……責任とってくれるっす?」
「やだよ」
下心を見せた途端、背中をさするのを止めて突き放した。古志野さんもけろりとして起き上がる。いつものやり取りなのであろう。二人は何ごとも無かったかのように会話を再開した。
「ほんでこの
ざーさんとは花沢さんのことであろう。
「君、まだあれにしつこく絡んでいたのか」
柿本さんと花沢さんとは、犬猿もただならずとまではいかないが、言い争って嫌い合うくらいの仲である。柿本さんにべったりな古志野さんでは、どの面下げてと追い払われるだろう。
「あたしあの人好きっすよ。イカ臭ぇけどいじましくて。今も昔も男に頼らざるを得ない劣等感ってやつ? ルーキー時代にゃ、姐さんからざーさんサイドに引き込もうとちょいちょい親身にしてくれたっすが、あたしが三層に上がった途端、態度ががっつり変わりましたもん。敵意100パーにね」
「そういうのは悪趣味だから止めろって、前にも言ったはずだよね」
「女子社会の劣等生らしい発言っすね。そこが
「花沢
「ぶっちゃけあたしもそうっすけど、今時はキラキラネームがビーズ玉みたく増えすぎていちいち覚えてらんないすよ。変換汚しが嫌なんで、コピペしないと書けませんもん。その点姐さんは素敵っす。どっしりと歴史の重みに磨かれたキラキラネーム」
「褒められた気がしないのはなんでだろうね」
「大食らいの姐さんの体重はさておき、あいつかー。あたしが三年のときの新入生だから覚えてるっす。同調率でチョーシこいてるやつがいるから、架空のかわいそうな先輩女子作って釣ろうぜ、なんてやってたなー。ジャブみたいな美人局に、まさかマジで釣られるとは思わんかった。まあそれはそれとしてしっかり退学はさせたんだが」
「まさか君もかかわっていやしないだろうね」
弟の退学にかかわっていたとなれば、花沢さんにしてみればすさまじい面の皮の厚さとなる。古志野さんと仲良しの柿本さんにしても、因縁がより深まってしまうだろう。
「大丈夫っす。姐さんリスペクトで学園ではぼっちをやっていたっすから。あと脳トレ君も
「誰それ?」
「ざーさんの今カレピ。ほら、筋トレは筋繊維を傷付けるっすよね? 憧れのお姉さんの男性遍歴で、脳が鍛えられてそうだから脳トレ君っす」
河合青年のことだろう。ひどいあだ名であった。
「しかしざーさんも懲りないっすよね。いい加減パンピーの雌としての幸せを求めればいいのに、まだこっちの業界にしがみついてる。脳トレ君なんて超優良物件っすよ」
「あの万年二層がかい?」
「姐さんはそう仰るけど、あたしは評価してるっす。才能がある割に無茶はしない。職業探索者としては満点す。手堅くコツコツ蓄えた実力もそろそろ芽吹く頃合いなんで、ちょっしたきっかけだけでも、化けてプロになれるっすよ」
「きっかけ、ねえ」
柿本さんがちょっときまり悪そうにこちらを見た。女性二人、俺を放置して話を弾ませていたのが気まずいのかもしれない。
54
柿本さんに釣られて古志野さんもこちらへと目を向ける。するとあらためて値踏みしようというのか、舐めるような視線を俺の全身に這わせてきた。
唐突に銀光が一閃される。古志野さんの腰のナイフが抜き放たれ、俺の鼻先をかすめていた。しかしそれはフェイントで、本命はもう一本のナイフである。すれ違うように俺の体の裏へと回り込み、密着姿勢で背中よりの脇腹をざくざくと二度刺しする。
と、あくまでこれはイメージに過ぎない。面と向かったむかつく相手を頭の中でぼこぼこにする。それをそのまま気配として、こちらに浴びせてきただけだ。目線や重心、筋肉の微かな動きで、今自分は脳内でこうしている、現実でもこうすることができるのだと、言葉よりも雄弁に語っているのである。反応できるかできないか、イメージの中で反撃できるかできないかをちょっと知りたいだけだろうが、些かあからさまに過ぎる。本気で殺す算段をつけるなら、このような警戒を促す真似はしない。
俺は無抵抗で受け入れた。続けて肋の隙間から寝かせたナイフを心臓狙いで差し込まれる。骨を綺麗に避けている。ゼラチン製トルソーか何かでちゃんと練習したのかもしれない。
「えっと……」
俺が身体の反応を堪えながら居心地悪げに目を逸らすと、
「身体を観たいわ! あなたの裸をみせてちょうだい!」
古志野さんはそう言って、柿本さんに頭をはたかれていた。
「恥さらしでごめんね。後でしっかり躾けておく」
「いえ」
慕う相手にはこうした物騒なことはしないのだろう。柿本さんは気付いていない様子であった。
「てーか遠足装備で小ダン狙いはわかるっすが、チャカはどしたん? 底辺みたく金ねーの?」
ルーキーは最大MPが低くスキルの使用回数が少ないので、小ダンジョン攻略の際は遠距離攻撃用に散弾銃やセミオートライフル――フルオートは規制されている――などを装備するのが基本である。無論銃砲所持許可申請は必要だが、探索者ライセンスがあれば簡単な手続きで済む。ライフルを所持するのに散弾銃10年以上所持といった制限もない。
けれども俺は銃を購入できなかった。
「未成年なので……」
年齢制限に引っかかったのである。
「あー、銃刀法か。たしかにそっちは改正されてなかったね」
改正する必要がないともいえる。一般出身者も学園卒業者も皆十八歳以上で、十八歳以下の中卒探索者などレアケースである。
ちなみに銃の所持年齢制限自体は、昔は二十歳以上だったが現在は十八歳以上に緩和されている。それから刀剣類にはもともと年齢制限はない。
「十八禁、エッチな本と一緒すね。コンビニは年齢確認されるから、あたしもかつては自販機ユーザーだったっす」
「その情報はいらない」
「地上じゃ絶滅危惧種でも、三層のベースキャンプじゃバリバリ現役なんすよ?」
「なにそれ知らない。えっどこ? そんなのあるの?」
「鳥取キャンプっす。二十台くらいずらららっと。つっても半分は本じゃなくてジョークグッズでしたけど、薬機法的な意味で」
「へえ、アホはどこにでもいるもんだね」
なるほど、興味があるわけではないが覚えておこう。別に興味があるわけではないが、都道府県ごとでベースキャンプの施設に違いがあるというのは実に興味深い。
「まあ今頃は水没したか撤収してるでしょうけど、諸行無常ってやつっすね。っと、興味津々な姐さんはさておくとして」
「んなっ」
「この勝ボーイは飛び道具抜きの生身で、蟻どもとやり合える玉なんすか? 一昨日昨日今日ってことは三日目ルーキーなんすよね。ああ自己申告はどうでもよろしい。おめーが死のうが死ぬまいがあたしは知ったこっちゃない。がね、姐さんの精神衛生、ざーさんみたく無様な想いはさせたくない……中卒のこいつは、本当にやれるんすか」
「やれるさ、少年なら。それこそね、ステータス抜きなら弓姫、君より強いかもしれないよ」
「ほーん」
目つきも表情も変わらない。しかしその視線から感情が消え失せた。先ほどまでと違い、もはや僅かな敵意すら乗っていない。
「姐さんの目は割と節穴だが、贔屓目の数段分を抜いたとしても、それならたしかにやれるっすね。一層前半の小ダンならレベル5のあたしソロでも楽勝だった。でも忘れてないっすか? 今は時期が悪い」
「あっ」
「新卒の解禁日まであと一週、一層の小ダンに留年生の湧く時期っす」
「留年生?」
「正確には留年候補生かな。スラングだけど。去年の学園卒業生、一年で一層を卒業できなかった連中だよ。ウォーターワームを倒せずにね」
「金も才能も玉砕する度胸もなし。だから今年の新卒に言われんの。ちーすパイセン今日から同級生っすねー、あっもう敬語使わないんで、だってあんたらクソザコっしょ? それで先輩ぶられても、その、困る。無理に探索者を続けて貯金をすり減らすよりマナ奴隷に転向したほうがいいのでは? 奨ダン金の返済大丈夫ですか? とりまジュース買ってこいや。パシリ代時給千円ならそっちのほうが儲かるもんな。レーロレロレロレロペーロペロペロペロ」
「っていう感じになめくさった態度をとられる。それを嫌がって一発逆転狙いで徒党を組み、小ダンジョンを攻略するのさ。留年生になるようなのは大抵が低同調率だ。生身の探索ならそのハンデは関係ない」
「数打ちゃ当たるの宝箱ガチャっす。歯生えポーション百万円、毛生えポーション二百万。ただし人数分だからコンプガチャ」
数百万あれば機体をしっかりチューンできる。機体性能が上がれば、ウォーターワームを倒せるようになるかもしれない。
「ですがそれは」
「うん。現実的じゃない。たとえ運良くそれらを得たとしても、人数割りか奪い合いだ」
「それでもやつらはあがくんよ。才能も度胸もなくてアホだから。そのくせ探索者にしがみつく執念とプライドだけは一丁前っす」
「そこまではいわないが、面倒な手合いであるのはたしかだよ。追い詰められてぴりぴりしている人間の集団だ。接触は避けたほうがいいだろう」
「行くんならゲート付近の小ダンな。難易度が上がっけど、ウォーターワームが雑魚避けになってくれんよ」
「留年生を避けるなら弓姫の言った通り、二層ゲートの付近だね。ただしそこだとホワイトアントだけじゃなく、レアモンスターのマンアント系が出る可能性がある。少年ならうん、まあ大丈夫さ。対人戦は得意だろう?」
「得意なん? 対人戦」
「普通ですよ」
アドバイスはありがたいが、秋波を送るようにちらちら殺気を飛ばすのは止めて欲しかった。
その後、別れ際に古志野さんが提案した。
「まーさるっ、今度会ったらおねーさんと、ねえ、イイコトしよ? ゴム有りで」
「なっ!? 何を言い出すんだ淫行だぞ取り消したまえよ変態女!」
「ゴム製ナイフでの模擬戦ですね。機会があればお願いします」
己のナイフを撫でながら俺のナイフを見つめている。柿本さんはひどく取り乱していたものの、腕試しの誘いであるのは明らかであった。俺としても自分の技術がプロ探索者に通用するか知りたかったので、断る理由はなかった。
55
ダンジョンに入るとまずは駐機場ではなく基地外れにある訓練場へと駆け足で向かった。身体の慣らしをするためである。
基地の敷地には人間が探索機に踏まれぬよう歩道用の白線が引いてある。そこをダッシュとジョギングを繰り返すインターバル走で進んで行くと、訓練場の設備が目に入る。テレビでやっている忍者競争のそれに似た大がかりなアスレチック設備である。テレビのセットと違って安全性を考慮していないせいか野暮ったい。コンクリートや岩を多用し、クッションも水のプールも使っていない。ぶら下がり用の段差はぼろぼろに欠けていて、鉄パイプも所々が歪んでいる。可動ギミックなんかもないので、社会人忍者おじさんのお手製自宅セットを大がかりにしたという感じである。
幸い、俺が着いたときに使用者はいなかった。すぐにスタート地点に立ってタイムアタックを開始する。装備をしたままでないと意味がないので身軽になったりはしない。
まずは軽く流す感じに一周する。やはりアクロバティックな動きとなると、装備の重さや重心の違いが響いて来る。壁走りの持続距離も、いつもの調子で行えば短くなってしまう。筋力自体はステータスのおかげで十二分に足りているが、その過剰筋力で却ってバランスを崩したり、装備に振り回されて目測を誤ったりする恐れがある。
二周、三周と段階的にペースを上げる。四周目、ひとまずの自己ベストを出すつもりで駆け回っていると、途中で身体のリミッターが働くのを感じた。
ゴールしてストップウォッチを押しながら、ステータスオープンを唱える。
レベル 7
HP 76/78
MP 93/94
力 54
防御 20
魔攻 52
魔防 23
早さ 13
スキル
フォトンバレット Lv.1
デコイLv.1
MPマイナス1は起き抜けステータスオープンの消費なので問題ないが、HPが2減少していた。全力の一つ手前くらいでこれである。脳のリミッターを緩めてすらいない。力と防御の値に差があり過ぎるせいであろう。増大した筋力に身体が耐えられないのである。
探索機と同じだ。俺の場合は生身でも、全力で動くだけでダメージとなる。道場でしていたように脳のリミッターを外したりすれば、よりいっそうひどいことになるだろう。素振りだけで骨折しかねない。今現在の俺はいわばパワー系貧弱ボーイであり、火事場の馬鹿力を常時発揮していると心掛けて動かねば、自滅することになる。
おそらくは十五歳で身体が出来上がっていないことも影響している。帰宅したら師範と電話で栄養管理の相談をしようと、そう思いながらアスレチックのゴール地点を降りていると、
「君、いい身体してるね。ネイチャーチームに入らないか」
と、機動隊のような格好をした大柄のおじさんに勧誘された。見れば似たような装備の機動隊員もどきが三十人ほど、小銃とヘルメットを抱えて整列して、にっこりと真っ白い歯を見せて笑っている。
有名な小ダンジョン攻略専門の歩兵探索者クランであった。主に二層と三層で活動し、隊員数は一軍二軍合わせて百人以上、小ダンジョンのマップ情報の買取や、他のパーティへの傭兵派遣業のようなこともやっている。
軍隊のようだが坊主頭はひとりもいない。皆、その頭はふさふさであった。歯並びも良くて虫歯一つ無い。ネイチャーチームでは福利厚生として毛生え薬と歯生え薬が支給されるのである。
並んでいる隊員の中にとんでもない美少年やひどく胸の大きなローティーンの少女、身長243cmのマッチョマンやジャンクロード○ァンダムのそっくりさんがいるのを見るに、おそらく三層を担当する一軍隊員であろう。彼彼女(?)らはフィジカルエリートを通り越して、ダンジョン産の希少アイテムを用いることでフィジカルを己好みにカスタマイズしている。ダンジョンアイテムによる容貌の変化は遺伝子にも反映されるので、チーム名の
専門は探索機のほうなのでと丁重にお断りした後、毛生え薬の現在の相場を始めとして色々な話を聞いた。
銃も見せてもらった。
三十八式対魔銃、別名スーパーアリサカである。ダンジョン素材を使用したボルトアクションライフルで、見た目はかつて大日本帝国が使用していた三八式歩兵銃とほぼ同じである。ベースが百年以上昔の銃というのは時代遅れどころではないが、物理強化機能を備えた半マジックアイテムとして魔力浸透を簡易化するために構造を単純化する必要があり、試しに三八式歩兵銃の設計を流用したところ、それがうまくはまった、はまってしまったらしい。弾丸の種類によっては小銃であるにもかかわらず対物ライフル並みの威力が出るという。
とはいえ使用には相当な慣れが必要なため、このタイプの半魔法銃は海外ではあまり普及していない。一発必中精神を重視する日本人ならではの
別れ際に、
「君くらい動けるならいずれは助っ人でも歓迎だ。気が変わったら連絡してくれ」
と名刺をもらった。クランリーダーの名前が書いてある。リップサービスとはいえ、思いがけぬ大物に目をかけてもらえたようだ。
駐機場から機体を発進させる。今回は小ダンジョンの攻略がメインなので、モンスターとの戦闘はひとまず最小限に留める。
前のメインゲートが潰れて一日しか経っていないが、三層救援のためか今朝の時点で暫定的な新メインゲートと、最短でそこへ向かうメインルートが公開されている。
昨日と違い回り道はせずメインルートを進んで行くと、遭遇するのは取りこぼしであろう一二匹のホワイトアントばかりであった。
結構早い段階で、アタック初日に発見したのと同じような小穴を見つけた。あのときはまだ早いと断念したが今ならいける。けれども先客がそこにいた。
装甲の所々脱落したテクニカである。ヒリューズを手に穴の前に陣取っていた。
小ダンジョン攻略集団の見張りメンバーだろうかと、こちらが足を止めて見ていると、
『おいそこの角付き、何見てんだおい』
と銃口を向けられた。
『ここはオレらが攻略してんだ。近寄んなよ糞が』
スピーカーからは舌打ちを繰り返す音も聞こえてくる。チッチッチッと野良猫にかまうような音出しだが、向こうは威嚇のつもりなのかもわからない。
明確な敵対動作なので、ここでにゃーんと鳴きながら銃口を向け返したらどうだろうかと悪戯心が湧き上がる。しかしかまうだけ時間の無駄だ。
『ダイブレコーダー、映ってますよ』
と言い捨てて通り過ぎた。
『おまっ、ちょ待てや! 覚えたぞおい!』
ペリスコープに映るそのテクニカが一歩踏み出してヒリューズを構え直すが、射線がこちらに重なることはなかった。引き金を引くためらいもあるのかもしれないが、下半身の動作を見るにおそらく足のフレームにクラックが入っている。騙し騙しで乗れているのであろうが、あの状態ではゴブリンの棍棒を数回食らった程度で擱座しかねない。見張りすら危ういが、向こうも承知の上だろう。忠告したところで余計なお世話になってしまう。
56
その後はモンスターにほとんど遭遇することなくゲート部屋にたどり着いてしまった。ゴブリンは数体ほど、ウォーターワームはゼロである。道中では十回以上中探索機に追い越しされ、何度か見かけた小ダンジョンの入り口には決まって、先だってと同じようなテクニカが見張りとして陣取っていた。
おそらく彼らにとってメインルート沿いの小ダンジョンは狙い目なのであろう。モンスターが出現しても通り掛かりのプロ探索者に絶えず掃討してもらえるから、己が戦うリスクを冒さずに済む。整備不良の機体でも安全に小ダンジョンに辿り着けるというわけだ。わざわざ見張りを置いているのも、同じことを考えた同業者に横取りされぬためであろう。
いくらメインルートとはいえ昨日に比べモンスターが少なすぎる気がするが、
「マナ濃度が低い。出現頻度自体が下がっているのか」
三層の大規模変動の影響が一層にまで及んでいるのかもしれない。どうにも嫌な予感がする。
「ぶり返しのスタンピードか崩落祭か」
それを乗り越えてこそなので、撤退はしない。
ちょっと引き返してから道を逸れ、サブゲートが点在するエリアを探索する。
マップによればこの辺りは立体的に入り組んでいる。いくつかのサブゲートが今のメインゲートより距離的に近くとも選定されなかったのは、非常に迷いやすいからだろう。ほぼ垂直に上り下りした先が三つ叉の分かれ道になっていたり、広間の中が無数の砂時計形の岩柱で仕切られていたりと、穴あきチーズの内部を探検しているような気分になる。ヒカリゴケの分布にも隔たりがあって、ところどころが暗くなっている。
奇襲をかけるに絶好の地形といえる。登った先にゴブリンが待ち構えて、出会い頭に棍棒で打ち掛かる。頭上からぼとぼとと無数のホワイトアントが落ちてきて機体に纏わり付く。岩柱に隠れてやり過ごしてからの挟み打ちなんかもあるだろう。
しかしそういった遭遇戦は全くなかった。でこぼこの広間でくつろぐウォーターワームどころか、ゴブリンすらいない。五匹前後のホワイトアント集団を、ヒリューズのフルオートで何度か片付けたくらいである。
「蟻自体は多いのかもな」
地面のあちこちに、先客のものであろうヒリューズの弾痕があった。
「ふむ」
足の切れっ端や顎の欠片に白濁体液と、ホワイトアントの体の一部もちらほら見かけた。受肉モンスターの死骸で本体を回収した残骸であろう。軽探索機とはいえそのパワーが相手ではホワイトアントの体は脆い。上手に頭を打ち抜かねば死体の損壊が激しくなる。
「受肉率が高い?」
昨日二層で200匹以上と立ち回った際は、死骸は一二匹しか残らなかった。柿本さんがどうせ安いしばっちいしと言うのでうっちゃって置いたが、先客はもったいない精神でちゃんと回収しているのであろう。
ダンジョンが省エネしているのか通常のホワイトアントの受肉率は1%ほどとゴブリンなどと比べて非常に低い。とはいえその素材はレアとはいわれない。何となればとある条件下では受肉率が跳ね上がるのである。
「巣作りか」
ピンクアントこと
呟きながらフルオートでひと撫でして一掃する。ホワイトアント六匹集団のうち、一匹の死体が残った。足をつまんで持ち上げる。探索機基準では犬猫サイズだ。頭の穴から体液をぽとぽと垂らしてぐったりしている。
「回収は……しないでいいか」
バックパックに詰め込むのもアイテムボックスで334秒待つのも手間だ。塵も積もればとはいうが、同じ塵でも魔石だけで済ませるほうが余程効率が良い。
「誰かに拾ってもらえるといいな」
子猫ではないが、一応目立つところに捨てておいた。
スラスターの出力を弱め、縦穴をゆっくりと上昇する。あえてヒリューズの銃口は下げてある。果たして上昇した先には、事前に気配で感じた通り、テクニカの姿があった。やはり銃口を向けられるが、こちらが着地動作をとるとびくりとした。照準に迷いがある。
「こんにちは」
『ここんにちっ違う、こ、来ないで下さい! やっとここまで来れたんです! だから邪魔、横取りは止めて下さい!』
気弱そうな青年の声であった。俺はヒリューズをウェポンラックに収めた。ヒリューズの威力では撃ち合ったところで大したダメージにはならない。
「大丈夫です。ちょっと通るだけですから」
『へ? なっ、ならいいんです。はよ行って。僕もただ見張りなんです』
「警戒するのはわかりますが、銃は向けないほうがいいですよ。正当防衛が成立しますから」
『あっ!? ご、ごめんなさい! みんなに言われてその、でも僕はやめたほうがいいって言ったんだよ、です』
「落ち着いて、ここはダンジョンです。冷静に」
『はっはい……ごめんなさい』
見ればこの青年のテクニカは、全身の装甲がぼこぼこに凹んでいる。脱落しない程度の力加減で、ハンマーか何かを用い、念入りに打ち付けたような損傷であった。頭部のバイザーも割れていて、ダイブレコーダーのあるはずのところががらんどうになっている。通常の戦闘では決してそうならない。いわゆるフルボッコ機体いじめの痕である。男前にしてやると親切ぶって盛り上がったりしたのかもわからない。他人の教科書やランドセルへの落書きに熱中するような幼児性は、十九歳くらいの年頃では抜けきらないのであろう。
青年たちの関係に干渉するつもりは全くないが、あるいは彼がやたらとびくびくしているのは、最も簡単な解決策がすぐそこに転がっているからかもしれない。目の前の穴は入り口であると同時に脱出口でもあり、そばにはお誂え向きの土砂がこんもりと盛られている。洞窟タイプの小ダンジョン前に見張りを残すということは、生殺与奪の権を握らせるということでもある。攻略している青年の仲間たちが、それを理解しているかはわからない。
「向こう側に回りますんで、安心して下さい」
『う、うん。ありがとう』
ぼこぼこのテクニカに背を向けながら、俺は帰りにもう一度ここを通ることに決めた。協会に事情聴取を求められるかもしれないのである。
57
ようやっと良さげな穴を見つけたが、手書きマップを確認してみると、先ほどボコボコテクニカのいたところの裏側あたりに位置していた。距離は百メートル足らずで、高低差もあまりない。もしかしたら内部で合流する構造になっているかもしれなかった。
「いや、ここにしよう」
小ダンジョンを求めていつまでもうろつき回るのは時間の無駄だ。留年生に煩わされようと構うまい。銃弾弾きは道場で何度かやらされたことがある。ステータスのある今なら前より楽に行えるだろう。
機体を降りてアイテムボックスを起動すると、柔軟体操をしながら収納を待つ。
収納が完了するとアイテムボックスを背嚢に仕舞い、背嚢を担いでぴょんぴょん跳ね、ちゃんと固定されているか確認する。
いざいかんとわくわくしながら穴に向かうと、入り口付近にヒカリゴケがなく、真っ暗である。俺は金属ケースからコイン形のものをつまみ出すと、親指で軽く押し曲げた。ぱきりという感触の後、ぼんやりと光り出すと、その光がどんどん強まり、小型の懐中電灯くらいの光量で安定する。
マナライト――いわゆるケミカルライトの一種であるが、その光は化学発光ではなく、品種改良されたダンジョンのヒカリゴケがマナに反応することによる発光である。
小さなサイズで長時間大光量、中の薬液を口に入れても健康被害は全くなく、やろうと思えば光る目遊びもできてしまう。副次効果として光量の変化で大まかなマナ濃度を測定することもできる。
ただしケミカルライトに比べると高額で、コイン形マナライト一枚で1000円とちょっとした懐中電灯くらいなら買えてしまう。無論使い捨てである。原料の品種改良ヒカリゴケの培養はダンジョン内でしかできないこともあって、値段はこれ以上下げられないらしい。
台紙を剥がしてヘッドギアにぺたりと貼る。ヘッドライトと違い重さは全くない。防具や武器や靴に貼ったりもできるので、場合によって使い分けるのである。
「お邪魔します」
バックラーは下げたまま、ショートソードだけを構えて足を踏み入れた。
地上の洞窟や防空壕跡なんかは非常に歩きにくい。水溜まりが広がっていたり、そもそも歩けるような地面でなかったりと、コウモリとその糞なんかもそこかしこに見えて狂犬病にならないか心配になるほどで、観光地でもないかぎり、とにかくひどく不潔な印象がある。
だがここの洞窟は違う。多少でこぼこしているが歩ける道で、水溜まりも皆無である。少し進めばヒカリゴケもちゃんとあり、辺りを仄白く照らしている。洞窟内部の光景はわかりやすく汚いものが見えないので、神秘的というよりいっそ人工的といえるだろう。
気配もないので先へずんずん進んで行く度、マナライトの光量が微かに上下する。どうやらマナ濃度にムラがあるらしい。
気配を感じたので曲がり角の少し手前で立ち止まる。マナライトは外さない。ヒカリゴケが多いので目立たないだろう。
奇襲はしない。左手にバックラー、右手に片手剣を構えてゆっくりと歩み出る。
「へい蟻んこ」
声をかけるとホワイトアントが振り向いた。一匹であった。向こうの対人行動パターンの把握も兼ねて、真正面から戦ってみることにした。
ホワイトアントががちりがちりと頭を突き出し牙を鳴らすのを、紙一重で避け続ける。くの字の触角が意外と邪魔だ。
「頭の出来は虫相応か」
一度ワンパターンにはまると、結構な回数、同じ事を繰り返す。別な行動をするよう、こちらが促してやらねばならないくらいである。個々の行動パターンはあえて単純化されているのだろう。集団になることによってそれらが有機的に結びつき、頭の良さが発揮される。たしか群知能だったか、群馬と愛知が合体すれば食文化的な意味で最強に美味い完成というやつだ。となれば一体の行動パターンから集団の行動パターンを演繹しようとすれば、却って齟齬が出るだろう。集団は集団として見るべきかもしれない。
俺は壁を蹴って真横から接近すると、剣を振り下ろした。向こうが反応できるよう、やや遅い動作である。ホワイトアントは噛み付こうと首を曲げるが、可動範囲が届かない。鈴鳴りに似た微かな音とともに胸の部分が両断された。
しばらくうごめき萎むように手足が丸まると、光と化して消失する。
「よし、軽くでも通るな」
それなりに良い物を使っていることもあり、刃に痛みは全くない。ホワイトアントの外皮なら、余程刃筋を乱さない限り消耗はほとんどないだろう。
一応魔石を拾っておく。5㎝ほどの大きさは結構邪魔だが、投石用も兼ねている。
先へ進む。
いきなり難易度が上がったな、と内心で呟く。
ミラー越しに、二十体以上の蟻が見えた。先ほどのように足を止めての戦闘をしたら、こちらが非常に不利となる。地面に壁、天井の段差を把握してから飛び出した。
手早く行く。というより、手早くやらねばこちらがやられる。
戦時中のスローガンのごとく、突撃、突撃、突撃だ。後退したり躊躇えば、即座に体に組み付かれる。
ホワイトアントの武器は強力な顎だけではない。トゲのある六本足、丸まってしがみつける体の構造、そしてぐにぐにうごめく腹部の先端から、水鉄砲のように飛ばしてくるギ酸もある。
懐に飛び込むと同時にその体を断ち切らねば、逆にこちらが抱え込まれる。他の探索者ならともかく、俺の防御は低い。なので腕力比べをするつもりはない。とにかく先手必勝、もしくはカウンターだ。受けて勝つ、圧倒的なフィジカルで蹂躙するといった横綱相撲は俺には不可能であり、まずはそれを認めねば、無謀なクソザコルーキーとして蟻如きに食い荒らされる羽目になる。
俺は壁を走り、手頃なホワイトアントに躍りかかって首を刎ねた。斬線をそのまま延ばし、二匹目の胴を断つ。集団が一斉に動き出す。早速だが位置が悪い。跳躍し三角飛びで仕切りなおす。
多対一の状況にならないのが集団戦の基本であるが、その応用は一対一にすらならないことだ。攻撃を仕掛ける際は兎角死角に回り込む。そのための障害物は大抵向こうの仲間である。優先度は近くの敵より遠くの敵だ。遊兵でいるそのときこそが死に体で、機動で勝っているからこそ、一見不条理なその理屈を実行できるのである。
斬る、跳ぶ、蹴る、斬る、バックラーで殴りつける。狭い洞窟の空間内を跳ね回るようにかく乱しながら、地道に数を減らしていく。焦ってはいけないし、位置の把握を止めてはいけない。目の前の敵に集中せず、見るともなく集団全体を見る。そして斬ろうという意識の生じる一瞬前には、既に斬っていなくてはならない。考えるのは頭ではなく身体である。秒間16ビットしか想像できない意識より、手足のほうがずっと賢く判断も速い。意識が亀かナメクジなら、手足はプロングホーンである。意識などというものは所詮、一拍遅れで喧しく喚くだけの鰯の頭に過ぎない。
血振るいをする。死屍累々たる有様なのは一時だけで、殺した順から光になって片付いて行く。五匹残った。受肉分である。念のためハンカチを出して刀身を拭った。
「さて行こう」
俺は軽い足取りで先へ進んだ。今の戦闘を経て、身体のキレが高まった。実に調子が良い。戦うと元気になるというやつだ。