ダンジョンロボ(仮)   作:トシアキウス

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小ダンジョンのマンアント

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 宝箱を発見したのは急勾配の下り坂を抜けた先の小部屋でのことだった。五匹のホワイトアントがたむろしている奥に、人間が丸々入るくらいの大きさの金具付きの木箱が置いてあった。日本という土地に合わせたのか見た目は洋風の宝箱というよりも千両箱に近い。

 

 奇襲で二匹斬り捨てる。三匹目を切り抜けて、四匹目の頭を片手突きで貫きつつ、横から迫り来る五匹目に手をかざす。

「フォトンバレット」

 手の平に渦巻くように光が生じ、光弾となって撃ち出されると、スズメバチを連想するような蟻面(ありづら)の頭半分を弾き飛ばした。僅かに散った光の破片が壁面にも着弾する。

 モンスターの消失光に照らされた手の平を見る。指ぬきグローブに損傷はない。感じたのは魔力の集まる感覚だけだ。

「スキル使用者に自傷ダメージはないというが」

 壁を見ると僅かに削れていた。貫通力はそれなりにあるものの、フォトンバレットの弾丸自体は柔らかいというか弾けやすい。それで周辺被害が出る。探索機で使う分には装甲があるので問題ないが、生身でパーティーを組んだ際などは、光の破片でフレンドリーファイアしないよう気をつけねばならないだろう。ヒールポーションで治せるとはいえ、剥き出しの顔を焼いたりしたら気不味くなる。

 

 生身で初めて使用したフォトンバレットの使い勝手はともあれ、宝箱である。

 バックラーを構えつつ、剣の先端でちょんちょんちょんと突っついた。微動も気配の変化もない。

「シッ!」

 不意に中段蹴りで蹴りつけた。宝箱が少し浮いてずれ、蓋ががたんと音を立てる。それでも反応はなかった。

「よし、ミミックじゃないな」

 やり方は乱暴だがこれが一番手っ取り早い。宝箱に偽装したいわゆる人食い宝箱、ミミックは変形(トランスフォーム)して襲いかかってくるという。激しい衝撃を与えれば分割線が見えるのである。

 

 蓋に両手をかけて持ち上げる。結構重いが、箱の中身自体はすかすかだ。額に付けたマナライトで内部を照らすと、緩衝材と思わしき木糸の中に、四本のアンプルが埋まっていた。

「エチポエムポヒルポスタポ。チュートリアルのちゃんポンセット?」

 昨日義経戦後に飲んだのと同じポーションセットである。RPGゲーム基準でいえば序盤のがっかり宝箱だが、現実の市場価格では二十万以上と、一層で出たと思えば中々の成果といえる。このまま引き返しても黒字になるだろう。

 宝箱から取り出すと、ポーションホルスターに空きはないので、背嚢から出したアンプルケースに入れておく。

「さて箱自体は……」

 金具も木目も落ち着いた色合いで、和風インテリアに良さげな千両箱である。けれどもしばらく経つと、緩衝材ごと光になって消えてしまった。地面には重い箱を置いてずらした跡だけが残っている。

「やはり消えたか」

 ダンジョンの宝箱はモンスターの一種であるといわれている。中身を取り出すと、モンスター同様に消えてしまうのである。しかしまた運が良ければモンスター同様に受肉体、実体の残る場合もあって、地上に持ち帰ることのできた宝箱はダンジョン産の美術品として結構な値段で取引されている。宝箱コレクターなんかもいるらしい。ミミックの状態の良い死骸なんかはトランスフォームギミック付きだからか、オークションでとんでもない値段がつくそうだ。箱が残るか残らないかは、宝箱ガチャの二次抽選といったところだろう。

 

 探索を続ける。それからも何度かホワイトアントの群れと遭遇したが、その数はかなりばらつきがある。二十匹以上の群れはあれからもう一度きりで、だいたいが十匹以下、一二匹だけのときもあった。三十匹五十匹と小部屋をぎちぎちに埋め尽くすような群れはなかった。火器と頭数があれば、レベル5以下の探索者でもどうにか進めるような難易度といえた。留年生呼ばわりされるような探索者であろうと、パニックを起こしでもしないかぎり、死なずに攻略できるだろう。

 それに迷宮としての難易度も高くはない。

「もしやここ、一本道タイプか?」

 洞窟は上り下りが激しく曲がりくねってはいるものの、分かれ道は一度もなかった。進む先を警戒するだけでいいのである。マナ濃度からして再出現の頻度は低い。よほどのろのろしないかぎり挟み打ちとはならない。

 

 ふと気付くことがあったので、メモ帳を出して鉛筆をさらさらと動かす。ページの半分にこの小ダンジョンの立体的な簡易マップを書き上げると、

「向こう側との中間点が近い」

 白紙のもう半分の端っこに印をつけた。もう少し行けば行き止まりか、あるいは合流地点になるのかもしれない。

 俺は気を引き締めた。ボス部屋にせよ他の探索者にせよ、小ダンジョンの攻略はここからが本番だ。

 

 

 そこは昨日見た二層ゲートの部屋を思わせる広間であった。横幅10、縦に30メートルといったところだが、天井まで高さは7メートルと、アイテムボックスの展開には僅かに足りない。

 無味乾燥に間取りだけでいうならそうだろう。しかし目の当たりにする光景はゲート部屋とはまるで違い、おどろおどろしいものがあった。

 まず目に付くのは卵とも繭ともつかない、白濁色をした皺だらけの肉塊である。形状でいうなら畑の白菜に似ているかもしれない。同じように脈が浮いていて、上部がべろりとめくれている。そして二メートル以上の大きさのそれらは広間の両壁に産み付けられ、ぎっちりと敷き詰めるように三段積みで規則正しく並んでいた。数は左右合わせて五十くらいあるだろう。鼻にむわっと当たる妙な臭いも相まって、6メートル幅の空間がまだ残っているというのに、ひどく息苦しい。

 光の当たり方も良くないのであろう。ヒカリゴケ自体はまばらである。が、恐ろしく高い濃度のマナに反応してぎらぎら瞬き、暗闇のなかに光源を投げ込んだように肉塊の上面だけを燐光で照らして、そこ以外は深い影を落としたままだ。

「女王部屋か」

 壁に並んだ肉塊が卵なら、部屋の奥には玉座、土を盛って作ったのであろうクイーンアントのベッドがある。

「そしてこっちが、向こう側と」

 俺の出てきた入り口のすぐ隣に、もう一つの同じような入り口があった。この女王部屋が合流地点ということだろう。

 

 足を踏み入れる。床は真っ平らだが所々にぬるりとした粘液の水溜まりが広がっている。ブーツに付いたぬめりを拭うように乾いた箇所を踏みしめるが、おそらく無駄な努力であろう。水溜まりが多すぎる。はじめから滑る足場だと念頭に置いて動いたほうが良い。なんだここは滑るぞズルズルッとなったら目も当てられない。

 足音をずちゃりと立て、粘液の糸を引きながら前に進む。

「孵化済みか」

 卵の()()()の内側を覗き込むと中は空洞だった。中に誰もいませんよと声が聞こえてくるくらい、きれいに空っぽになっている。()()()口から粘液が垂れているのを見るに、水溜まりで部屋を汚した元凶だろう。

 見渡したところ全て孵化済みかと思われたが、よく見ると一つだけめくれていないものがある。

「無精卵……いや死産か」

 心なし萎んで硬くなっているように見える。剣でつんつんしようかとも思ったがばっちそうなので止めておいた。

 奥へ進む。

「やはり」

 玉座にはクイーンアントの死骸があった。おそらくスラッグ弾を目茶苦茶に撃ち込みでもしたのであろう。辛うじて原形は留めているものの、ぐちゃぐちゃになっている。

「先客に攻略済みということだな」

 俺がのんきに状況検分などをしていたのはそれが理由である。この女王部屋ことボス部屋は、ボコボコテクニカのいた向こう側から入った探索者たちが先に攻略したのであろう。そして彼らは既に撤収している。もしかしたらこの部屋のどこかに宝箱があったのかもわからない。

「くたびれもうけか、まあいいさ」

 と言いながらぐるりと部屋を見渡したときである。とあるものが目にはいった。

「レミントン?」

 散弾銃である。卵の段差に引っかかっていた。歩いているときは隠れて見えなかったが、玉座の位置から見渡すことで発見した。

 

 銃を紛失すると繁雑な手続きがいる。故障したにせよ持ち主が捨てていったとは考えにくい。

 俺はクイーンアントの死骸をあらためて見た。

「そうだよボスだ、ボス部屋だ。なぜこのまま放置している?」

 クイーンアントの玉座を掘り返すと半々で、隠し部屋へ繋がる穴が見つかるといわれている。先客もそれは知っているであろうに、死骸はそのまま放置され、荒らされた痕跡が全くない。

 

 この部屋には今現在、()()()た卵が無数に並んでいる。クイーンアントが愛情をたっぷり込めたモンスターが、それだけの数、孵化しているということだ。

 ウォーターワームを倒せなければレベルはろくに上がらない。ゴブリンとホワイトアントをちまちま倒す程度ではいくら年月をかけたところで、レベルキャップどころかレベル4かそこらで頭打ちになる。あとはレベルダウンとレベルアップの繰り返しだ。経験値の()()に経験値稼ぎが追い付かないのである。そのような事情のせいでレベルの低いままの探索者集団が、銃があるとはいえ五十匹近い特殊モンスターに囲まれたらどうなるだろう。

 女王を殺した先客たちが、大事な銃を打ち捨ててどこへ行ったかというと、

「……お腹の中ということか」

 気配を感じ、武器を構えて振り向いた。視線の先には先ほど見つけた孵化していない卵がある。血が通い、どくどくと脈打つように震えていた。

 

 割れ目であろう十字の筋が呼吸するように伸縮し、皮の一部がぶつりと裂けて体液がたらりと落ちる。まもなく全体が膨らんで、筋の内側が盛り上がり、皮が伸びきったと思えば一挙に弾けた。

 生まれ出る。羊水を散らして肉の卵を突き破る。ホワイトアントと同じ白濁色の肌が空気に触れて硬質化する。寝ていた触覚がぴんと突き立ちしなって垂れる。

 それの上半身は人型をしていた。昆虫の六本足は二本の腕と二本の足に進化して、退化した残り二本はベルトのように腰で巻かれた。

 筋骨隆々たる体躯であった。鳴き声はない。顎をカチカチとも鳴らさない。ダブルバイセップスのポージングがそれの産声であった。肌を濡らしていた体液が、筋肉の圧力で弾け飛んだ。

「マッチョマンアント……!」

 マンアント系の物理特化型モンスター、ホワイトアントが人型に進化した小ダンジョン限定のレアモンスターである。

 マッチョマンアントはモアイ像に大顎を生やしたような顔をこちらに向けると、俺の小柄な体躯を見て鼻で笑い、これ見よがしに力瘤を作った。モンスター如きにチビ扱いされたのである。

「野郎ぶっ殺してやる!」

 俺は剣も盾も腰に戻すと、ナイフを構えて襲いかかった。

 

 

 

59

 マッチョマンアントが距離を詰めたのは一瞬のことであった。全身がばね仕掛けのような筋肉の塊である。動きが鈍いわけがない。丸太のような腕のラリアットが眼前に迫っていた。

 (はや)い、と心中で驚愕の声を上げながら、腕の軌道に浅い斬撃を置いてすれ違う。タイヤを切りつけたような手応えだ。もう少し深く切りつけたらナイフを持って行かれたかもしれない。やはり剣を使わないのは正解であった。先ほどの殺害発言は、別に逆上して漢比べのために武器を限定したわけではない。ちゃんとした戦術である。

 マッチョマンアントが斬られた己の腕を見る。前腕に走った線からぷつりと体液がにじみ出すと、ぐっとガッツポーズして、筋肉の圧力で止血した。そうしてそのままその腕を、俺の脳天めがけて振り下ろした。

 踏み込みは鋭いが拳自体の出足は遅い。力んでいるから当然だ。しかし飛び退って躱したところに、ちょっとしたクレーターを作るくらいの威力はある。轟音が連続して炸裂する。土砂混じりの拳圧が顔を撫でる。見せ筋とは決していえない怪力だ。今の俺の全力と数値だけなら同等だが、そこには全身の質量が乗っている。力比べしたら筋肉負けするだろう。防御の低さによるリミッターというハンデもある。

 拳撃の合間の動作の()()()にタイミングを合わせて、首筋に剣閃を差し込んだ。人体とは違って頸動脈が弱点とはならないだろうが、蟻の体型の名残であろうかみっちりむっちりした体躯のなかで最も細い部分である。手っ取り早く即死させるなら斬首狙いは有効だろう。

 分厚い表皮はするりと裂ける。しかしぶちちという手応えがあり、刃が途中で引っかかった。ワイヤーを束ねたようなすさまじい筋密度である。細いとはいえ、否、細いからこそ強靭に出来ているのは当然であった。

 斬首を断念して振り抜こうとする。が、

「白刃取りだと? 筋肉で!」

 筋肉をぎゅっとしめてナイフの刃を止められていた。モストマスキュラーのポーズであった。

 こちらは動作を中断され、向こうはポーズをとっている。お互いに硬直した一瞬間、剣同士のバインド状態に似た駆け引きが繰り広げられる。

 次の手をどうするか、向こうが選んだのはサイドチェストの肘打ちであった。武術の形のように心身に刻まれたそれこそが、最も速い攻撃動作だからだろう。

 けれどもそれは空振りする。ポーズが決まったときには既に、俺はナイフを手放して攻撃範囲の外へ逃れていた。同時に身体を深く沈め、いわゆる水面蹴りを相手の踵に向けて放つ。サイドチェストは重心が高い。しかも地面がぬめっている。俺の体格でもその巨体を転倒させるのは容易であった。首から外れたナイフとともに地面にごろんと転がった。

 

 飛び退って間合いを取る。マッチョマンアントは中々起き上がらない。ダメージを受けたのではなく、近付いたら組み付いて寝技に持ち込もうと誘っているのである。

 あれとぬるぬるレスリングなど御免蒙る。むさ苦しいのも無論だがこちらが不利になりすぎる。パワーもスピードもタフネスも筋肉を鍛えるほどに向上する。筋肉達磨というやつは、それだけでもう強い。物理特化というだけあって、真っ向勝負で殺しきるのは難しいだろう。

 

 無手となった。俺は剣の柄に手を、かけずにそのまま構えをとった。順手をくいくい動かして挑発すると、マッチョマンアントが立ち上がった。ぐわんぐわんと肩を回しながら近付いて来る。()()相手の殴り合いなど、警戒するまでもないらしい。カチカチカッチンと、鼻歌のように顎を鳴らして俺を見下ろすと、無造作にその腕を振り下ろした。

 大振りで振り回される豪腕を紙一重で躱し続ける。攻撃前も攻撃中も攻撃直後も隙だらけだが、あえて反撃は差し込まない。敵の姿を見聞きするのに集中する。筋肉量が多いだけに、予備動作などは分かりやすい。攻撃パターンも単調だ。こちらが足を滑らせでもしないかぎり、直撃することはまずないだろう。風切り音が通り過ぎる。

耳のすぐそばで、ガチリと噛み付く音が鳴る。壁際だ。追い詰められたようにぎりぎりの姿勢で回避する。視界いっぱいにその筋肉が広がって、ほとんど密着したからか、息遣いが聞こえて来た。ここだ、と俺は思い、掌底を軽く当てた。

 マッチョマンアントが硬直する。

「口ではなく気門なのは戸惑ったが、お前の呼吸はもう読めた」

 日本語が通じているかはわからないが、困惑しているのはわかる。呼吸のついでにその感情も、読めるくらいには分析が進んでいた。

 硬直の解けたマッチョマンアントが、肩を怒らせて再び攻撃しようとする。その前に掌底が突き込まれて、再び動作を中断させられた。

「気門を直接でなくっても、タイミングと透し方次第で、こういうこともできる」

 行動を悉く潰していく。打撃はいずれも弱々しく、ダメージ自体は大したことない。にもかかわらず思うように動けない。己の強みの筋肉が全く通用しなくなり、取り乱して触覚を振り回している。

「そして物理特化なら」

 寸勁を打ち込んで動きを止め、食いしばった顎の前に、もう片方の手の平を向けてやる。

「フォトンバレット」

 至近距離で硬直していては、いくら筋肉が(はや)かろうと躱せない。魔法スキルの光によって頭の大半が吹き飛んだ。顎の破片と頭皮の付いた触覚が、水溜まりにぼとりと落ちる。続けて頭を無くした本体が、胎児のように丸まり地面に転がった。

 

 マッチョマンアントは強敵であった。筋肉もとい身体能力でこちらを上回っていた。魔法に弱いとはいうものの、真正面から放つのでは、筋肉の瞬発力によって避けられる。純粋にフィジカルに特化した結果、弱点が弱点になっていない。最も厄介なマンアント系モンスターといわれるだけのことはあった。

 その巨体と、ついでにやつの出てきた卵が光になって消失する。どうやら受肉体ではなくて、しかも卵の残骸も肉体の一部扱いされるらしい。

 ドロップ品のアンプルを拾い上げた。

「エムポか」

 ポーション代の節約になるし、MP収支からみても黒字になる。

「ドロップ運はいいんだろうが……」

 広間を見渡す。同じ卵がずらりとあり、いずれもべろんと口を開けている。マッチョマンアントの消失法則と同様なら、これだけの数が今現在生きていて、小ダンジョンのどこかにいるというわけだ。これまでの道中でそれらしきモンスターは見ていない。先客を食い殺した後、ぼこぼこテクニカ側の入り口へと向かったのだろう。あるいは先客がまだ生存していて、今も向こうでモンスターパニックをやっているのかもわからない。

「撤退すべきか」

 さすがに五十近くのマンアントとやり合うのは厳しいだろう。小ダンジョン限定のレアモンスターの経験値は小型モンスターであるにもかかわらず例外的に高いといわれているが、しんどさとおいしさを比較すれば、前者のほうが上回る。なんせ生身でやり合うのである。探索機と違って肉体欠損なんかは取り返しが付かない。直接動く分、体力の消耗も激しい。

 ナイフを回収しながら女王のベッドを見る。隠し部屋があるかもしれない。夜這いではないが漁っておきたいところである。けれどもぐずぐずしていたら、マンアント集団が戻って来るかもしれない。

「悩むのは時間の無駄だ。こういうときはダイスで決めよう」

 愛用の鉛筆はサイコロ柄で、受験にだって使えるやつだ。取り出すべくメモ帳入れに手をつける。

 それ自体がぐずぐずした行為だと気が付くのには数秒もかからなかった。

 

 広間の外に気配を感じた。複数の、何十もの気配である。

 ポーションホルスターを手で探る。背嚢の()()()を確認する。バックラーに手をかけながら抜剣し、広間の地形を、天井を含めて頭に叩き込む。卵の残骸に隠れての奇襲は、戦術の幅が却って狭まるのでやめておく。最初の立ち位置は、入り口に近いほどいいだろう。駆け出して十メートルほど、広間の真ん中あたりで足を止める。入り口から足音が聞こえたからだ。

 ズチャ、ズチャ、というその重々しい足音には覚えがある。つい先ほどまで聞いていた。果たして、ヒカリゴケの燐光に照らされて現れたのはマッチョマンアントであった。俺を見つけて広間を進んで足を止める。しかし足音はなくならない。二体目、三体目、四体目のマッチョマンアントが続けて現れ、計五体で並び立つ。そして足音はなおも続く。

 白い身体に黒い腰足のブラックベルトが特徴的なカラテマンアント、同じくブラックベルトだが首元の襟と手首の袖があるヤワラマンアント、シャドーボクシングを繰り返しているパンチマンアント、キックボクシングの構えで進んでくるキックマンアント、ボイスパーカッションのように顎を鳴らして音楽を奏でているバンドマンアント、ナースマンアント、カバディマンアント、バードマンアント、その他様々なマンアントと、無駄に種類の多いマンアント系モンスターが勢揃いといった感じであった。

 個性豊かな計四九匹のマンアントが二つの入り口の前に陣取っている。もはや逃げられない。加えていずれも強敵だ。

 気配は感じていたから事前にわかってはいた。わかってはいたが、俺は思わず叫んでいた。

「ふざけんな!」

 これが柿本さんの言っていたダンジョンの試練だとでもいうのか、もはや惨いといっていいような難易度の上がり幅である。

 激戦が始まった。

 

 

 

60

 初手はスキルのデコイであった。五体のマッチョマンアントを足止めすべく、筋肉を多少盛ったマッチョマンアントの幻像をけしかけた。ゆらりと数歩の距離まで近づけて、おもむろにアブドミナル・アンド・サイのポーズをとらせる。駄目元の目眩ましであったが果たして彼らは食いついた。筋肉勝負を挑んできた小癪な幻像に、思い思いのポージングでもって対抗する。義経ゴブリンの鞍馬流のごとくボディビルが本能としてプリセットされているのであろう

 あえて幻像をややだらしない造形にするのが、自尊心と対抗心をくすぐるコツだ。アマチュアがこれ見よがしに稚拙なことをしていれば、プロの自分がやるなら当然勝てると、同じ土俵でぎゃふんといわせてやりたくなる。でかさばかりでキレの緩い幻像に、本物のマッチョマンアントたちはバッキバキの肉体美を見せつけていた。

 

 部屋の横幅は6メートルしかない。そんなところで身長2メートルの巨体五体にボディビル大会を始められてはたまらない。当然ながらマンアントの群れは渋滞する。俺はマッチョマンアントの分厚い身体を宙返りで飛び越えると、群れの頭上を頭や肩を足場にして駆け抜けた。狙いは後方のナースマンアントである。着地しながら盾で殴って怯ませると、足を断って姿勢を下げて首を刎ねた。特殊能力にリソースを裂いたのか肉体強度は低い。しかしそれだけ厄介な能力を持つ。ナースマンアントはギ酸の代わりに肉補填液とでもいうようなどろどろの物質を出すことができる。3Dプリンタのように形成しつつ傷口に充填して、仲間を回復するのである。

 ナースマンアントは一体だけだ。回復役を最初に潰せたのは僥倖だったと思いながら、カラテマンアントの正拳突きに盾を合わせたその反動で跳び退いた。ヤワラマンアント二体の同時の組み付きが空振りして勢い余り、仲間同士で組み合っている。三体をやり過ごしたとはいえ敵の攻撃は止まない。群れの中で囲まれているのである。

 キックマンアントのローキックを下段斬りで迎え撃ちつつ、パンチマンアントのジャブを盾で捌く。前者は足が、後者は拳が分厚い外骨格で覆われている。身体を回して左右を入れ替え、足を盾で拳を剣で受けてみるものの、いずれもダメージにはなっていない。

 人間の二本腕では二体同時対応が限界と見たのか、バードマンアントが頭上でホバリング飛行しながら、噛み付きをしかけるタイミングを顎を鳴らして計っていた。力の流れをコントロールして受けたキック力とパンチ力を変換し、跳躍力の足しにする。羽の羽ばたきでせこせこ滞空力を稼ぐより、足で直接地を蹴るほうが上昇速度は上である。逆に頭上をとってやり、「頭が高い」と頭を盾で打って下げ、背中に剣を突き立てた。そのまま剣を引き抜きながらバードマンアントを足場にして天井近い壁面へと飛び移り、剣を突き立てて取り付いた。

 

 小休憩だ。敵集団を見下ろしながらバックラーを腰にかけ、空いた片手でポーションホルスターからMPポーションを引き抜いた。

 口で折ったアンプルの首をぺっと捨てて中身をあおる。アンプルの首が真下のバンドマンアントの目の前に落ちた。

「ステータスオープン」

HP 58/78

MP 88/94

 MPは25消費して20回復し、直撃はないとはいえ、HPがじわじわと減っている。低防御、紙装甲の悲しさだ。何も考えずに全力を出して打ち合えば、たちまちゼロになってしまう。HPとHPポーションの残量は行動リソースでもあるわけだ。HPポーションの回復量は50、過剰回復で無駄にしないなら、使用するタイミングはHP28以下でなくてはならない。マッチョマンアントの全力攻撃が直撃すれば、おそらく30以上のHPダメージがある。HPがゼロになれば防御のステータスが働かずに生身の肉体強度となるうえに、生命力も低下する。当たり所によっては一撃死するだろう。敵陣のまっただ中で保険のない状態に陥って、ようやくポーションを使えるのである。

 空のアンプルを捨てる。バンドマンアントは気にせず音を鳴らしている。あれは戦場で歌を歌うだけなので放っておいていいだろう。歌の邪魔さえしなければ無害なままでいる。探索者録音によるCDなんかも売られているくらいだ。権利協会の回収した著作権利用料がどこに行っているかは不明である。

 同じく無害化していたマッチョマンアントらはというと、つい先ほどデコイの幻像がカバディマンアントのタックルによって消失させられていた。今度こそモンスターの本分を果たすべく、空の卵の埋まった壁をよじ登ろうとし、体重で卵の殻を潰したり足をめくれた穴に突っ込んだりしている。カバディマンアントが彼らの近くに控えているので、同じ手はもう通じまい。

 

 壁に刺した剣を抜くと重力加速で勢いづけ、卵の上を駆け下りた。軽身功だ。水面渡りや刃上組み手に比べれば余程やりやすい。

 卵に()()()()マッチョマンアントの三体の頭部をすれ違いざま、立て続けにフォトンバレットで弾き飛ばす。動きづらい上にほぼゼロ距離なので躱せない。

 マッチョマンアントの残った二体は地面をしっかり踏みしめているが、二体ならやりようがある。一体の気門を蹴りつつもう一体に浸透勁で、二体同時に動きが止まる。その間に踵を回す。体重移動と切っ先落としの工夫による渾身の兜割りが呆然顔を両断し、後ろ手のフォトンバレットが眉間を照らす。これでマッチョマンアント五体全てを撃破した。

 けれども一息つく暇はない。カバディマンアントのタックルを転がって避けた先に、踵落としとチョッピングライトが打ち込まれる。掻い潜って駆け出しながらMPポーションのアンプルを口に突っ込みかみ砕く。義経ゴブリンの仕方を真似た。行儀が悪いし口内もずたずたに切れるが、動きながらの補給なので仕方ない。

 敵集団は俺を包囲するように動き出していた。さすがに四体同時攻撃は捌ききれないので壁際に向かう。向かおうとして他のマンアントに阻まれる。デコイの分身を出して二手に別れた。互いに回避に集中すれば目眩ましになるだろうと、そう考えたが大して持たずに消失する。分身はもちろん、俺自身の身体も触れられていた。あくまでタッチでダメージはない。しかし回避に集中したにもかかわらず、当てられたのはたしかである。

 カバディマンアントの仕業であった。

 ここでようやく俺は気が付いた。最も警戒すべきはマッチョマンアントではなかった。

 計四体のカバディマンアント――この走る格闘技の使い手たちこそが、集団戦における最大の脅威なのである。

 

 

 

 

61

 格闘技の技術というのは基本的に一対一、個人対個人の戦いを想定している。

一対多の対集団技術はともかくとして、その逆の多対一の対個人、多人数でたった一人を上手に仕留めるという技術は、囲んで棒で叩くだけで十分というのもあってか、あまり研究されていない。昔ながらの個人道場やジムでは道場破りを袋叩きできるよう門下生にこっそり教えているものの、イメージが良くないからか大っぴらにはされていない。数の有利をより有利にするという、ある意味最も実戦的な技術であるにもかかわらずである。

 だがカバディは違う。古代の素手による猛獣狩りが起源とされるそれは、多人数の守備側(アンティ)がたった一人の攻撃手(レイダー)を捕えて倒す、多対一の格闘技(スポーツ)である。

 その技術は容易に実戦に適用できる。いかな達人であろうと、多人数で抑え込むなりつかみ倒すなりで動きを制限された状態なら、手透きの誰かが匕首を振るうだけで事足りる。一匹の猛獣を狩るように一人の人間を狩る。いうなればスポーツ化された多対一の組討術なのである。

 

 カバディマンアントはマッチョマンアントのように筋骨隆々ではない。他のマンアントのようにわかりやすく四肢を強化されていたり、羽や特殊能力を持っていたりもしない。退化した顎は噛み付きの役には立たず、『カチチィカチチィカチチィ』と時たま鳴らすくらいで、その音もバンドマンアントと違い、呟く程度の音量でしかない。

 特徴がないのが特徴といわれるような見た目だが、その身体は身軽かつ柔軟、そして粘り強かった。ある意味最も人間に近いマンアントといえるかもしれない。肉体を武器化せず殺傷力を捨てた代わりに――言葉の使い方は正しくないが――ストッピングパワーに優れている。

 つかんで止める、タックルでしがみつくなどの動作はいわずもがな、ここぞというときにちょうど嫌な場所にいるといった間の取り方も非常に上手い。回避能力はもとから高いうえに攻撃を仕掛けるとき以外は常にこちらの間合いの外にいるので、倒そうと思っても早々に倒せないしぶとさも備えている。

 攻撃力はないがとにもかくにもこちらの動きを制限してくる、ナースマンアントとはまた別なサポート特化のマンアントであった。

 

 戦闘の始まった当初、カラテマンアントたちはめいめい好き勝手に行動していた。個人プレーの格闘技をプリセットされているのだから仕方ないが、同時攻撃にしても敵が目の前にいるからやるといった場当り的な対応で、蟻の群知能をまともに活かせていなかった。

 けれども時間が経つにつれて連携が増えた。カバディマンアントが指揮を取り始めたのである。

 マッチョマンアントがでかい面をしていたのを見るに蟻社会は腕力至上主義であったろうが、おそらくデコイを消したり俺を逃げ回らせたりと成果を上げたことで『あんたほどの実力者がそういうのなら』と、指示を聞き入れられるようになったのだろう。その物分かりの良さのせいで、腕自慢の集まりに過ぎなかった集団が統率された群れとなる。人間の集団よりも柔軟だ。やられる側としてはたまったものではない。

 

 真正面から掴みかかるカバディマンアントを袈裟懸けに両断した。ようやく一体倒したが、片腕だけの上半身が背嚢のベルトを万力のごとき握力でつかんでいる。

「指揮官が自己犠牲をやれるなどっ」

 死体の重量でたたらを踏む。パンチマンアントが続けざまに襲い来る。

「意識が高すぎるだろうが!」

 コンビネーションを捌きながら全力で跳び退いた空中で、剣を閃かせて死体の腕をどうにか断つ。軽くなったが手首は未だベルトにぶら下がっていて、柄尻で叩いても外れない。

 邪魔なアクセサリーが出来たせいで、カラテマンアントの正拳突きにカウンターを合わせた際、姿勢が微かにずれてしまった。首を刎ねながら斬り抜けると、肋に鋭い痛みがあった。ベルトの手首が一足遅れで光になる。

「っ……」

 呼吸するだけでも走る激痛だ。精密動作は無理がある。眼前のヤワラマンアントは腕力尽くで迎え撃つしかない。つかみかかられながら剣を逆手に襟に突き立ててぐりぐりと押し込んだ。弛緩した体に足をかけて押し出したときに、衝撃が横合いから来た。

 カバディマンアントのタックルである。腰に抱き付かれ引き倒される。無理な姿勢でざくざくと背中を刺すが離れない。腰に回した両手をしっかり握っている。そうこうしているうちにマンアントが集まってくる。今の俺は完全な死に体だ。剣の持ち手の小指を立ててフォトンバレットを連射する。頭部を爆散させ、肩口を抉り、逆の肩も消し飛ばす。

 腕製ベルトを振り解いて転がり起きながら連射を続ける。マンアントの反応は早い。フォトンバレットの弾速では命中するかは半々で、命中したとしても致命傷には至らない。だが今は立ち位置を散らすだけで十分だ。回避空間、逃避空間を確保できれば立て直すことができる。

 けれどもあと一発といったところで光弾が途絶えた。MP切れである。俺は盾を投げつけて駆け出した。

 

 ステータスオープンは一瞬だけ出して消す。視界の邪魔になるからだ。

HP 18/78

MP 3/94

 ひたすら駆け回りながらヒールポーションを手探りで取り出して、口に突っ込み砕いて飲む。空のアンプルを投げつけると、HPポーション、MPポーションと立て続けてに嚥下した。一本50mlは動きながらだと量がきつい。しかし堪えた吐き気はあえて保持した。

 薬効が行き渡った。込み上げるもので頬をリスのように膨らませると、壁際のマンアントに躍りかかり、その顔に向けて吹き出した。人間ポンプ目潰しである。

「男前になったじゃないか」

 濡れた顔面を貫いた剣を引き抜くと、壁を背に、カバディマンアント二体の率いる群れに向き直った。

 

 マンアントたちは数を半分に減らしていた。壁の卵も半数が消失し、広間の数カ所の横幅が10メートルになっている。奇しくもカバディのコートと同じ幅である。床の所々に落ちている物の配置を記憶する。ヒカリゴケの燐光を反射してきらりと光るそれらはマンアントのドロップしたポーションである。つまり、現地調達でリソースを増やせるというわけだ。ざっと見たところHPMPスタミナに加え、ヒールポーションまである。

 これで長期戦の心配はなくなった。先ほどのように肋を折られようと気力の続く限り戦える。HPを消耗する全力だって出せるだろう。金銭換算すればもったいないが、テーマパークでの散財のようなものと考えれば良い。俺も親父もネズミの耳やかぶり物をつけて、アトラクションを回ったことが思い出された。

「来いよ。マイナースポーツは相手が貴重なんだろう? 最後まで遊んでやるさ」

 血とともにガラス片を吐き出すと、剣を突きつけて宣言した。

 バンドマンアントの曲調が激しいものに変わった。依然戦闘に全く加わろうとしないが、空気を読んではくれるらしい。

 

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