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無構えでふらつくように足を進める。曲は終わりかけていた。刀圏の数歩前で足を止める。曲も終わった。バンドマンアントは両腕を大きく開いて上を見上げた。ぼんやり開いた俺の口から、血の味の混じった涎がたらりと落ち、光芒とともにすり抜けた。
会心の一撃かと思いきや、斬り上げた瞬間に引っかかりが僅かにあった。振り向くと袈裟懸けに断たれた下半身だけが立っている。上半身はひゅるんと回って宙を飛び、落下してずちゃりという音を立てた。血脂ならぬ体液の消失光で瞬く刀身を見る。刃こぼれしていた。据物斬りにしくじったようになったのはそのせいだ。畢竟俺自身の未熟である。
戦いは終わった。バンドマンアントが最後の一体だった。最後まで邪魔されずに歌いきれたからか、満足そうに斬られて死んだ。ダンジョンに与えられたに過ぎずとも、音楽への情熱にはモンスターの殺戮本能を上回るほどの力があると、身をもって証明した。彼の歌にはスキルでバフが乗るとかそういった効果は全くない。そもそも一層のマンアントやホワイトアントはスキルを持たない。ギ酸もナースマンアントの肉補填液もあくまで身体機能である。
片膝をつき、立てた剣を支えにする。ハァハァと呼吸音を鳴らして酸素を取り込む。清浄な空気ではないので喉で漉すように力んで呼吸を浅くしている。飛散した体液は死骸とともに消失して、砂埃も治まっている。しかし広間には血の臭いが漂っていた。床のあちこちには、今では体液の水溜まりに代わって骨混じりの粗挽き肉の血溜まりがあった。
マンアントに食われた先客のなれの果てである。死体の消失現象により、ポーションのドロップとともに、胃と素嚢(社会胃)の中のものがそのままに残された。マンアントの咀嚼力なら人間の骨も芋堅干のようにかみ潰せるらしい。とはいえそうした食いしん坊のマンアントは二三割ほどだ。他は空きっ腹で、カバディマンアント四体と、おそらくバンドマンアントもその中に入っている。両者ともアイデンティティの音を発する、そのための口なのだろう。
息が完全に整う前に、バンドマンアントが消失した。すると女王の死骸とその
「全体で一つの、ボス扱いとか、そういうやつか」
広間の突き当たりの玉座が消える。洞穴が続いているのが見えると同時に、広間の中心に手の平大の宝箱が出現し、更に俺の身体がレベルアップの光を帯びた。
「いわゆるボス戦ボーナス、ドロップと、あれだけ倒せば、そりゃ上がるさ」
隠し部屋、ボーナスドロップ、レベルアップとお楽しみは三つもあるが、
「まずは回復……と、身だしなみか」
戦闘中に人肉のミンチを踏んだりその上を転がったり、手を突っ込んでポーションを回収したりと、土埃の汚れ以上に気になっている。死人を冒涜するつもりはないが、
ヒールポーションを飲み干す。打撲やかすり傷以外にも、全力の行使で傷んだ筋肉が修復されていく。骨のあちこちにも痛みがあった。激戦の反動だ。負傷自体はその場で癒やせるとはいえ、寿命のすり減る感じがする。まあ俺は十五歳でまだ若い。数ヶ月、数年、数十年と折り重なろうと、七十年分くらいなら問題ないだろう。ダンジョンで若くして老衰というのも、それはそれで大往生だ。
身体の痛みが消えたので、ポーションの飲み過ぎによるお腹のたぷたぷを解消する。
「失礼」
と近くのミンチに一声かけてから、広間の隅っこへ向かった。
「失礼した」
戻って来た。身体が少し軽くなった。
次はビー玉より少し小さい水玉を取り出した。後付けの保護シールを剥がして頭上に持ち上げると、上を向いて口を開けながら、窪みを指先で押し潰した。
バシャンと弾けた水をかぶる。水量は洗濯機一回分だ。タライをかぶるというよりも、水中を突き抜けるといった感覚である。一度だけで全身くまなく水を浴び、入った水で口をゆすいだ。
「っし、フー」
ごきごきと首を鳴らす。すっきりした。口内のガラス片もなくなった。ヘッドギアを外して前髪をかき上げると、防水の背嚢を下ろし、タオルを出して身体と装備を軽く拭く。
ヘッドギアを付け直すと探索者手帳を片手にステータスオープンを唱えた。
レベル 8
HP 37/85(+7)
MP 83/104(+10)
力 57(+3)
防御 22(+2)
魔攻 58(+6)
魔防 24(+1)
早さ 13
スキル
フォトンバレット Lv.1
デコイ Lv.1
魔法スキルを多用したからだろうか、力の上昇は控え目で、魔攻がその倍上がっている。防御はもはや何もいうまい。1でないだけましである。
HPポーションとMPポーションを一本ずつ飲んだ。出して入れることになったが、100ml程度なら水分補給の範疇だ。
回復と身だしなみを済ませたので、ボーナスドロップの小宝箱を拾い上げる。先だって見た千両箱の縮小版だが、金具のデザインが簡粗になっている。
蓋を開けた。緩衝材はない。箱の底に種が散らばっていた。ヒマワリのそれに似た形状で、焦げ茶色をしていた。俺は「おおっ」と声を上げた。
ステータス永続強化アイテムである。
「謎の種か」
ふざけているようだが正式名称である。中国経由のブラッシング詐欺は一切関係ない。
鑑定スキルでもないかぎりどのステータスが上昇するか見分けがつかない。口にして効果が出るまで謎であるから謎の種だ。
上昇値はHPMPが3で早さ以外の4値が1、早さの上がるものはない。18粒でだいたい1レベル分と考えるとわかりやすいかもしれない。
謎の種は十粒あった。半レベル強のステータスアップだ。おそらくこの小ダンジョンはマンアントの数からしてパーティによる攻略を前提としていたのであろう。五人パーティなら山分けして一人二粒、九分の一レベルというこつこつとした常識的な上昇値になる。だが俺は違う。ソロなので独り占めだ。激戦の疲れも吹き飛ぶというものである。
ちなみに謎の種は金にはならない。空気に触れてから数十分後には、効果がなくなってしまうのである。その場で取引するならともかく、地上に持って行って仲買人なりオークションなりで換金するには時間が足りない。消費期限は色が薄まり白くなるのでわかりやすく、こうして箱の中を覗き込んでいる間にも、微かに色あせている気がする。真っ白になった謎の種はただのおつまみでしかなく、取り分で揉めている間にそうなったという失敗談すらある。
俺はしゃがみ込んで小宝箱を地面に置き、謎の種十粒を、一粒一粒慎重に手の平に乗せた。
一番欲しいステータスは何かというと防御である。幸運に幸運が重なって防御が30以上になれば、全力を出す際にダメージは無くならないまでも寿命の削れる感覚を味わわずに済むだろう。
逆に一番いらないステータスはと問われるなら、最大MPであろう。俺のHPとMPの比率はほぼ魔法型だ。もとから潤沢なほうであり、スキル使用回数を伸ばすにしても、ある程度は合間合間のポーション服用でなんとかなる。現に先ほどの戦闘もそうだった。
俺は謎の種をまとめて口に放り込み、咀嚼した。味はヒマワリに近い。が、ヒマワリよりも非常に濃い。コーヒーに合いそうな味だった。
よく噛んで飲み込んだ。効果が出るまで少し時間がかかる。俺は鉛筆と探索者手帳を手にすると、声に出して祈った。
「防御こい防御こい防御こい防御こい防御こい防御こい防御防御防御防御防御――」
レベルアップと同じように肌が光って、おさまった。
「ステータスオープン!」
レベル 8
HP 85/85
MP 130/131(+27)
力 57
防御 22
魔攻 59(+1)
魔防 24
早さ 13
スキル
フォトンバレット Lv.1
デコイ Lv.1
「畜生め!」
鉛筆を地面に投げつけて俺は叫んだ。
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すんとなった。独りぼっちでオーバーなリアクションをあえてするのは、感情を消化できるので有用だ。
謎の種の入っていた小箱は消えていない。これもドロップ品に含まれているのだろう。売ればいくらになるのかはわからないが、見た目は中々小洒落ている。宝物入れにしたり手を加えて和風オルゴールにしたりできそうなので、いとこへのお土産にちょうど良い。けれども今あるのは一つだけだ。姉弟で差を付けるのはよくないだろう。
「もう一箱手に入れないとな」
当面の小目標としては悪くない。
気を取り直したので次は隠し部屋へと向かう、前に、人肉のミンチのほうを少し調べることにした。
やや厚手のニトリル手袋をはめ、ぐちゃぐちゃの塊を割り箸でかき分けてドッグタグらしきものが混じっていないかを探る。
ダンジョンで見知らぬ仏さんを見つけた場合は基本的に、遺品を匿名で届けはしても仏さん自体を持ち帰ったり遺族や協会と直接やり取りしたりすることはない。トラブル避けのためである。
大抵はほったらかしにするか、ゲート施設やベースキャンプにタグポストがあるので、発見場所や状況を記入した用紙とともにドッグタグをそこに入れておくだけで済ませる。
一時期は遺族の要望に応えて赤ちゃんポストならぬマグロポストが設置されたこともあったが、手間がかかるうえに当の遺族にも不評だったので撤去された。ダンジョンに綺麗な亡骸というものは滅多にないのである。遺骨ポストは一応まだある。
ちなみにダンジョン内で遺失物法は適用されないので持ち主の死んだ装備品の扱いは曖昧だ。登録の必要な火器や探索機の機体そのもの、アイテムボックスはともかく、他の装備品やポーションなどは回収して自分のものにしたところで、死体漁りなので大っぴらにはできないが、まあ問題ないとされている。パーツを剥ぎ取られた探索機の残骸なんかは大抵地形変動に飲み込まれてしまうので、長く放置されていることは滅多にない。人間の死体も同様だ。ダンジョンはきれい好きなのである。
所有権が曖昧で証拠も消えるなら殺略し放題ではないか、という当然の疑念はあるが、日本ではそもそも割に合わないとされている。探索機を襲うためには強盗側も探索機が必要で、得られるパーツや装備などは探索機本体よりも当然ながら価格が安い。ハリウッド映画のチンピラが百ドルを奪うために
水浴び前にやるべきだったかと思いながら割り箸を動かす。この山のマンアントはあまり噛まずに飲み込んだのか、白い目玉がぼろんと転がり出たりした。
金属が見えた。血肉がこびり付いて担々麺のようになっているが、たしかにボールチェーンである。割り箸でつまむが抜けない。これ以上力を込めたら折れてしまう。手で直接チェーンを握った。勢いを付けすぎるとカレーうどんのように跳ねるので、おっかなびっくりの力加減である。ドッグタグ本体をつぷんと引き抜いた。
結局、見つかったドッグタグはそれ一つだけであった。ミンチは一人分以上は確実にあり目玉も五つくらい見つけたが、どこかに食料庫でもあるのだろう。可食部以外は取り除いたとも考えられる。先ほどの水玉浴びでできた水溜まりでドッグタグを軽く洗うと、チャック付きポリ袋に入れた。
もう少し探せば他にも見つかるかもしれないが、あまり時間をかけてもいられない。
「薄情ですまんな」
一応、一山一山に手を合わせておく。
洞穴に入る。屈むくらいの小さい穴で、ヒカリゴケもない。マナライトの明かりと盾を前方に突き出して進む。気配は感じないが、マンアントの卵のときのようなことがあるかもしれないので警戒は緩めない。真っ直ぐ十メートルくらい進むと開けた場所に出た。高さ二メートル、四畳ほどの真っ暗な小部屋で、宝箱が置いてあった。それ以外は何もない。
蹴飛ばし確認の後、蓋を持ち上げるとアンプルが三つあった。無駄に飲み応えのあるポーションとは違い、容量数mlの一般的なサイズのアンプルである。マナライトに照らして色を見る。胸がとくんと高鳴って、震える声で呟いた。
「四百万円……」
毛生えポーション一本と、歯生えポーション二本である。二百万と百万二つで四百万円、一攫千金であった。
毛生え薬は古来より、人の夢、人の望み、人の業といわれていた。二十世紀末においても迷信が通用していたほどである。Quo Vadis、カミはいずこというふうに宗教的な意義すら帯び、
だが今は違う。カミにまつわるあらゆる迷信は駆逐され、不毛な大地に命が芽吹いた。ダンジョンの生み出す霊薬は元子羊らに光、否、黒々とした闇をもたらしたのである。もうまぶしくない。元子羊は子羊に戻った。
植毛業者がコンサルに事業転換したことやそれによるポーションシェアリングなどは割愛するが、ともかく新車と同じくらいの価格、部位の広さによってはもっと安い価格で、人はかつての繁栄を取り戻せるようになったのである。
歯生えポーションの歯科業界への影響は植毛業界ほどではない。虫歯のたびに大金をかけてはいられないし、現在では再生治療も実用化されている。ポーションで生え替わった歯が虫歯にならないわけでもないので、患者数自体はそれほど減っていないのである。
「二百万は惜しいがお土産行きだな」
歯生えポーション二つは祖父と祖母に渡すことにした。ご老人の喜ぶプレゼント第二位である。第一位は若返りポーションだが、孫の初任給のようなものでもあるので、同じくらい喜んでくれるだろう。
三本のアンプルを専用のケースに収める。ゴブリンが踏んでも壊れない頑丈なやつだ。
ケースを背嚢の奥にしまい込んだとき、宝箱が消失するのと同時に地響きがあった。広間のほうからである。
俺は即座に小部屋の入り口の脇、広間から見えない位置に移動した。
ミラーをかざす。巨大なものが広間の方で動いていた。距離があって見えづらいが、ゴブリンの下半身である。
柿本さんの予言が今さらながらに的中していた。宝箱を取った途端、ゴブリンが出現して広間を塞ぐという罠である。生身で巨大モンスターと対峙しなければ小ダンジョンを脱出できない。行きはキッツイ帰りも怖いというわけだ。四百万円という成果に難易度を合わせたつもりなのであろう。
俺は背嚢を担ぎ直すと剣を抜いた。刃こぼれのあるのは片刃だけだ。オーガを相手にした六十四郎氏のようなミスをしないよう気をつけねばならない。
「さて、やるか」
たかが四メートルの人型に過ぎない。五十匹のマンアント集団に比べれば余程容易い。意外とダンジョンも甘いようだ。
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ダンジョンに門番としての役目を与えられたのでなくただ出現させられただけなのであろう。ゴブリンはまだ俺の存在に気付いていない。気付いていたなら洞穴前で出待ちの姿勢をとるなり、洞穴自体を塞ぐなりしたはずだ。
ミラー越しにゴブリンを観察する。今の俺なら10メートルの洞穴を一秒以内に抜けられるので生き埋めにされることはまずないが、気取られるのはぎりぎりのほうがやはり良い。
ゴブリンが洞穴に背を向けてのっしのっしと歩き出した。血肉溜まりの前でしゃがむと、それを片手で少し掬い、ぴちゃぴちゃと舐めた。ゴブリンが鳴き声を上げる。グルメ漫画のような大げさな反応だ。今度はまとめて両手で掬うと、じゅるじゅる、ずずっと一気に啜った。マンアントの吐瀉物のようなものだがゴブリンはお気に召したらしい。げっぷをすると棍棒を拾い直すのも忘れて次の山に取りかかった。白い目玉をつまみ上げ、イクラのようにぷちゅりと噛み潰す。食感が気に入ったようで、二つ目も同じようにした。そして今度の山は一際大きい。手で掬わずに四つん這いになると、直接口を付けて食べ始めた。犬食いである。行儀が悪い。お尻をこちらに向けている。俺は気配を殺して洞穴を進んだ。
幸い、ここの地面は足音を消しやすい。広間に出て、ゴブリンの間合いのぎりぎり外まで近づけた。とはいえいきなり背中を切りつけるのは無策に過ぎる。魔力糸を伸ばしてデコイを発動した。発動までは約二秒だが、気付いてないならないのと同じだ。ゴブリンには目の前でいきなり現れたように見えたろう。等身大の義経ゴブリンが太刀を担いで睨め付けている幻像である。
サイズにリソースを割り当てたので効果時間は十秒足らずだ。それでも十分に過ぎる。ゴブリンがぎょっとして立ち上がるのを待って、義経ゴブリンが太刀を振り下ろす。血塗れの手で顔を庇ってゴブリンが硬直する。その一瞬の硬直が欲しかった。幻像の太刀が触れると同時に、俺はゴブリンの足を横薙ぎにした。膝から下がずるりとずれて転倒する。据物斬りである。足の太さは刃渡りいっぱいでも、硬直して動けないならこういうこともできる。
俺は軽い足取りで再接近すると、欠損と痛みに気が付いて暴れ出す直前、呆然顔のゴブリンの頸動脈に刃を通した。そして離脱する。ゴブリンの視界に入らぬ位置取りで気配を殺し、ゴブリンが激しく暴れて失血死するのを待った。
死体が消えてドロップ品が残される。通常のダンジョンのそれと同じスタミナポーションだ。
ゴブリンは何をされたのかわからないまま死んでいった。毎度毎度、機動戦でどったんばったん大騒ぎというのも芸がない。たまにはこういうスマートなやり方も良いだろうと、行動食の柿ピーボトルとドロップしたてのスタミナポーションを交互に口に含みつつ俺は思った。意外と合う。
小ダンジョンを脱出する。途中宝箱部屋で小用を足しつつ、来た道を戻って行く。道中で全滅させていたからかホワイトアントは出現しない。警戒は解かないが、休憩時間のようなものだ。
HP 85/85
MP 115/131
体力気力はまだまだあり、HPMPも余裕がある。ビギナーズラックが続くとまでは思わないが、小ダンジョンをはしごするのも悪くない。RPGゲームでレアアイテムを手に入れたら一旦帰還するのが定石だが、これは現実である。どうせ死ねば終わりなので、一度に行けるところまで行ったほうが時間対効果が高い。もし今回と似たような
「経験値的にもおいしいかもな」
と皮算用をしながら、すんなりと洞窟を出た。小ダンジョンの外にモンスターはいない。マナライトの光が弱いので、マナ濃度がかなり下がっている。地形変動か、ゲート出現の前兆かもしれない。
背嚢からアイテムボックスを出して展開を待つ。小ダンジョンではお荷物になると思ったが、アイテムボックスの重量自体がむしろ戦闘の役に立った。約十キロ分、ずいぶん鍛え直したなといわんばかりの体重増加分が、剣の威力に乗ってくれた。一々工夫は必要だが、体格を補うことができたのである。
米国製探索機のパワーが強いとよくいわれるのは、エンジン出力もあるがその機体重量が影響している。同じ低出力軽探索機でもテクニカとガンヘッドとでは、打ち合ったらスペック以上の力の差が出るのである。
とはいえ実のところ世界的な軽探索機のシェアでいうとテクニカ系探索機はガンヘッドを上回っている。なんとなればテクニカはデッドコピーを製造しやすいのである。機体重量の重いガンヘッドよりも、材料が少なくて済むのが一因だともいわれている。中国製テクニカコピーの
そうこうしているうちに展開が終了したので、空のアイテムボックスを手に機体に乗り込む。小ダンジョンではポーションを五十本以上手に入れた。がぶ飲みしてもまだまだ残り、ホルスターと背嚢のアンプルケースに入りきらない分をタオルにくるんでいるほどだ。なのでコックピットのポーションケースに移しておく。百万円分以上がずらりと並んでいる光景は圧巻だ。ポーションは消耗品なのでスタミナ以外はあえて売らずに金銭換算していなかったが、これだけでも小ダンジョンで当たりを引いたといえるだろう。しばらくはポーション代に悩まされずに済む。おかげで愛機のテクニカはノーマルに近くてもお高いロボになれてしまった。ユニコーンヘッドの角も誇らしげに輝いていることだろう。
マナ濃度の低さが心配なので、次の小ダンジョンはここから離れたところで探すことにしたが、
「一応確認しておかないとな」
小ダンジョンの逆側の出入り口、ボコボコテクニカのいた方へ向かう。あそこは砂時計形の岩柱も少なく、この辺りでは一番広い広間である。通りすがりに遠目でちらりと見るくらいなら言い訳も利くであろうし、様子が問題ないようなら当人にドッグタグを渡せば良い。
連続した小部屋を抜ける。
「ゲート部屋並み、か」
マナ濃度はまだ低く、ホワイトアントも見かけない。しかし例の広間の少し前に来ると、計器の針が平常値まで回った。
「ここは普つっ――!」
視界に動体はない。しかしヒリューズの弾倉を交換すると左手にブレードを装備し、右にヒリューズ、左手にブレードの戦闘態勢をとり、ステータスチェックの結果を再確認した。
フレームHP 1500/1500
機体MP 689/720
同調率 105.2
力 197
防御 198
魔攻 183
魔防 100
早さ 10
交換した弾倉の番号シールは、昨夜最後に弾込めしたものだ。試射はしていないが感覚は左程変わらないだろう。
広間に入る。ボコボコテクニカの姿はない。穴もなかった。塞がれていた。土砂を詰めた後に周囲ごとならされてあったが、よく見ればお粗末な偽装であるとわかる。
俺は武器を下げ、無防備な様子でそこへと近付いた。気配と位置取り、近くにおあつらえ向きの岩柱がいくつかある。
ペリスコープにスラスター光が映り、たった今駆動音で気付いたふうに向き直った。
接近してくるのはガンヘッド二機である。その名の通り頭部に砲口がある。二機ともカスタムされているが、その度合いは前を進む機体のほうが甚だしい。二層のゴブリンのドロップを流用したのであろう甲冑を装甲の代わりに纏っている。いうなれば武者ガンヘッドである。武装も腰に二本差で、ガンヘッドなので完全とはいえないが、いわゆるブレードオンリー機体である。
もう一機は線の走ったモールディング装甲という無難な見た目だが、セミオートライフルのマイティグリフォンを手にしている。使用弾丸は30mm、GAU-8アヴェンジャーと同じ物で、探索機による需要増加で昔より廉価になってはいるものの、それでも一発五千円はする。二層探索者基準なら金満装備だ。
オープン回線と外部スピーカーの両方で、武者ガンヘッドから声をかけられる。
『そのユニコーンヘッドは、相葉勝君だね』
聞き覚えがある。河合青年の声である。
俺は女声を出して答えた。
「人違いです」
『えっ? あっ、そ、そうか……佐奈さん、勝君じゃないみたいですよ。あの留年生はどうやら適当なことを――』
『嘘おっしゃいな裏声よォ! 柿本と一緒になって馬鹿にしてェッ!』
金切り声で叫びながら、もう一機のガンヘッドがグリフォンを両手で構えて発砲した。
『ちょっ!?』
相方の発砲後に慌てて武者ガンヘッドが銃身を押さえて逸らすが、威嚇射撃であった。テクニカの数歩手前で着弾した。
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一発だけなら誤射かもしれないとはいうが、探索者はむしろ闘争ボケしているので、はずみで戦端を開いてしまうにはそれで充分であった。人間を相手にする軍人と違ってモンスターと切った張ったをしているせいか、ひどくそそっかしいのである。
武者ガンヘッドが反射的に柄に手をかけ踏み込んだ。抜き打ちを飛び退ってやり過ごすと、地に足を付くより先にスラスターで前進し、切り返しの袈裟斬りが加速する直前に刀身をかみ合わせた。左手でブレードを伸ばすテクニカと両腕で日本刀を振りかぶる武者ガンヘッドとが、抱き合うのに似た格好で硬直する。腕力自体の差はあるが、姿勢の有利で釣り合いをとっていた。コックピットのある胸部装甲同士を打ち付け合う。
「追い剥ぎですか!」
火蓋は既に切られたが、ひとまずはこの襲撃に至ってしまった真意を問う。
『教育だ!』
無線とスピーカーと接触とで、三重の音声がコックピットに響き渡った。
「ルーキー相手に大人げない」
『君がルーキーだからこそ! ウォーターワームを倒せたからとダンジョンは甘くない! 先達の義務として、教えてやらなきゃならないだろ!』
「頼んでませんが善意とでも?」
『これは君のためなんだ! 無謀なままなら死ぬんだぞ!』
「死なされかけは今ですが」
『殺さない! 機体を駄目にするだけだ。修理代は出してやるから安心しろ』
スキルも密着状態での頭部砲も使用する気配がない。殺す気が無いというのは本心だろう。ようは決闘の申し込みだ。地上でやれば決闘罪が成立するが、ダンジョン内では目溢しされている。
このような一方的な襲撃から始まる決闘は、野蛮かつ時代錯誤かつ無法ともいえるダンジョン村の慣習である。ダンジョンでは法も権力も通用しない。畢竟頼れるのは己自信の暴力だけということを自覚させるのにちょうど良いと、場合によっては推奨されてすらいる。ダンジョン出現以前の平和な時代の人間には、理不尽すぎてありえないと思われるだろう。けれども今は上級国民制度なんてものが成り立つ世の中である。遵法精神を云々したところで気の毒そうな目を向けられるだけだ。地上社会で資本が倫理を蚕食したように、ダンジョン社会では力こそが全てとでもいうような先祖返りめいた人倫荒廃が起きているというわけだ。
襲撃側に上級国民がいれば、たとえやりすぎて第三者に発覚したとしても金で合法的に解決できる。それに襲撃される側が損をするばかりでもない。ダイブレコーダーを壊されないまま切り抜けることができたら、賠償金を分捕れるのである。逆にいえばダイブレコーダーという証拠がなければ泣き寝入りするしかなくなる。警察官は探索者ではないので、ダンジョンの中まで捜査に来てはくれないのである。
返り討ちのリスクを冒して実戦訓練をしてくれる。たしかに善意がなくてはやれない無益な行為に違いないが、やられる側にしてみればたまったものではない。
『ソウくんどいて! そっち狙えない!』
『駄目だ佐奈さんグリフォンは――くっ』
花沢さんが構わず銃口を向けると、武者ガンヘッドが射線から逃れるために跳び退いた。同時にこちらも地を蹴った。岩柱に弾丸が楔のように打ち込まれてひびを入れる。
連射されるグリフォンを、林立する岩柱を盾にしつつ動き回って回避する。
「不殺を謳っておきながら、30ミリをくれるのか!」
モンスターをずたずたにするガトリングとは違い単発ずつとはいえ、当たり所によっては装甲を貫通する威力がある。
『手足に当ててあげるわよ!』
と言いながらも、命中精度はあまり良くない。ブランクがあるのだろう。レベルもおそらく準探索者の1レベルだ。とはいえ機体性能のほうは侮れない。二層探索者時代のガンヘッドを当時のまま使っているなら、その機体ステータスは今現在の俺のテクニカに匹敵するかもしれない。レベル8分上乗せしたのと同等のチューンがされているということだ。やり合えばレベル差など関係ない。
通常、準探索者は探索機を所有せず、レベル維持の経験値稼ぎには協会の貸し出すノーマルテクニカなどを用いる。花沢さんはそうではないらしい。受付嬢なのに維持費はどうしたのかと思ったが、おそらく自前の格納庫を持っているのであろう。家賃がいらないなら、整備費のほうも機体自体をレンタルに回すなりすれば捻出できる。上級国民の親とはいえ、年間一千五百万もの無意義な脛囓りはさすがに看過しないと思いたい。
花沢さんの機体と親族の性能もそうだが、それ以上に警戒すべきは河合青年の武者ガンヘッドである。
古志野ちゃん様曰く見込みのある二層探索者で、学園エリートということは、レベルは最低でも15以上で同調率は70%超えであろう。それに加えておそらく花沢さん以上のチューンがされている。先ほど押し合ったときの感覚からして、力の値は250近い。200弱の俺のテクニカの2.5割増しだ。そこから逆算した感じ、俺のような極端なステータスではない。となれば防御にはもっと差がある。義経の源氏の鎧ほどではないが、100くらいの差、防御300弱といったところだ。
年収でも学歴でも女性経験でもスキルの数でも負けている。スペックで勝っているのは早さだけだ。こちらは10で向こうはおそらく6ほどだ。手数勝負に持ち込むのが無難だろう。
『なんで、どうして当たらないの、一昨日デビューしたばかりでしょうに!』
『ブランクですよ! 佐奈さんはやけにならずに下がって下さい!』
『私だってやれるのよ!』
所々の苔溜まりに薄ぼんやりと照らされた広間の中を、スラスターと壁蹴りを駆使した三次元機動で逃げ回る。追いかけ回す二つのスラスター光はぎこちなく明滅している。一方はひたすら追い縋っているが、もう一方は時折つっかえたような軌道を描く。
河合青年は花沢さんの射撃に割り込めないでいた。連携がとれていない。しかし彼らも学園出身者だ。ロッテ戦術が染みついているので、俺が花沢さんの射撃の癖を見切りつつあるように、いずれかみ合うようになるだろう。
今のうちに片一方を無力化すべく、俺は機体を反転させた。フェイントをかけて花沢さんのガンヘッドとすれ違う。すれ違いざま後ろ手に、ヒリューズの銃口を向けて指切りで発砲する。装甲が音を鳴らした。
『くっ、こんな豆鉄砲なんて探索機に通じない! まぐれ当たりも無意味なの!』
ガンヘッドが反転する。俺も銃口を向けた射線をそのまま、合わせるように機体を転換した。
『そんなこともわからない子供なんだから、教育してあげなきゃよね!』
グリフォンの射線は体捌きだけで躱す。空気ごと抉るように30㎜弾が通り過ぎる。それと同時に向けたままのヒリューズからフルオートで金属弾を連射した。
胸の透過装甲キャノピーに命中し、雨で打たれたように連続して火花が散った。
『いい加減学習――』
ガンヘッドが横移動の回避行動をとる。が、火花は止まない。
『佐奈さんは避けずに何を、命中精度か? いやまさかっ』
フルオート狙撃である。河合青年は気付いたようだがもう遅い。十発目を撃ち終えて、十一発目が放たれる。弾種が切り替わった。
『きゃあっ!?』
花沢さんが悲鳴を上げる。火花の代わりに黒々としたものが弾けていた。
『何、これ、見えない何!? いや! やめて!』
次弾、また次弾と命中するごとに、透過装甲キャノピーが真っ黒く塗り潰されていく。ペイント弾である。対人用の秘密兵器として弾倉に装填していた。
胴体をあっという間に黒塗りにされたガンヘッドが、動きを止めて転倒する。接近して背中側の透過装甲も塗り潰した。
「何でこうなったのか、闇の中で考えておいて下さい。それでは」
念のためマニピュレータを蹴りつけてグリフォンを手放させ、更に離れたところへと蹴飛ばした。花沢さんはこれでひとまず無力化できたろう。
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花沢さんのか細い声がオープン回線で聞こえてくる。
『嫌……とれない……なんでぇ……なんでとれないの……嫌ぁ……』
ひたすら身体を擦っても、汚れが広がるばかりであった。
模擬戦用など通常のペイント弾は落ちやすい水性塗料を使用するが、これは違う。 隠蔽力が非常に高く伸びも良い特殊塗料で、マナに反応して付着性が異様に高まるプライマー効果もある。これを使用したペイント弾は一般販売されていないため、おやっさんのところで設備を借りてハンドロードした。ダンジョン由来の特殊素材にしては安いほうだが、それでも材料費だけで一発千円ほどかかっている。海外製のお高い模型塗料瓶を撃ち出しているようなものである。とはいえ今こうして花沢さんを容易く無力化したように、対探索機用非殺傷兵器としては相当な優れものといえるだろう。
機体のマナエンジンを切るか時間経過でプライマー効果がなくならなければ、装甲の塗膜ごと削りでもしないかぎり、このペイント弾の汚れは落ちない。機体から出て水玉をぶちまけようが水性塗料ではないので、直接拭き取る必要がある。
どうにか取り出したハンカチで拭っても地べたにその身をこすりつけても真っ暗闇から抜け出せず、音声に涙声が混じり始めた。
河合青年は恋人を汚されて激昂するかに思われたが、
『佐奈さんに手心を加えてくれて感謝する』
と、こちらに躍りかかってくることもなく、思いの外落ち着いた調子で告げた。俺の間合いに近いというのに、なぜか構えを解いている。
おや、と俺は思った。気配が妙に薙いでいた。
武者ガンヘッドが刀を下ろしたまま背を向ける。
『こっちだ。ついてこい』
そう言って広間の中心へと向かって行った。心変わりにしても戦意は感じる。あっちで戦ろうということなのか、俺は警戒しつつ後を追った。
離れた間合いで向かい合う。
『ありがとう。佐奈さんを巻き込んだら危ないもんな』
押し付けがましさがなりを潜めていた。先ほどまでとは打って変わってこちらの言い分を聞き入れてくれそうな雰囲気であるが、むしろ怖い。恋人の花沢さんと同じく情緒が不安定なのではないかと疑ってしまう。
『まずは謝罪しよう、相葉勝君。いや、勝さん。あなたのことを、よくいる、半端な才能で調子に乗ったルーキーだと、僕は思い込んでいた』
ガンヘッドが深々と頭を下げた。そしてなぜかさん付けされた。なんだこの人と冷や汗が少し出た。
『だが違った。さっきの動きで確信した。あなたは聖琉以上の才能、否、あいつとは比べものにならないほどの実力者なのだと。刀を止められた時点で気付ける余地はあったんだ。エンジンチューンのパワーにしては滑らかすぎる。金に飽かせた改造の機体性能じゃない。パイロットのステータスによるものだ。バランスの良さからして機体自体はほぼノーマル。それが二層仕様並みになるほどのレベルが既にあると見た。デビュー二日でだ……義経を討伐したのは
正しくはかきもとさんではなくて、かき
と、河合青年の問わず語りを受けてつい思考を逸らしてしまった。観察力ありすぎキモいと俺に言っていた道場の高弟はこんな気持ちだったのかもしれない。
『極めつけはあの射撃、機動しながらされながら、ヒリューズを全弾命中させてしまう。フルオート狙撃とでもいうのか、そんな馬鹿げた芸当ができる探索者は、僕は一人しか見たことがない。田中十三郎――同調率120超えの七層探索者、怪物を超えた怪物、本物の天才だよ』
もの凄い人物を引き合いに出されたが、俺くらいの小才子は探せばいくらでもいる。三層探索者と違って二層探索者は地方止まりなので人脈が広くない。たまたま知った人物が、七層探索者だっただけだろう。
『そんな実力者に向かって基本がどうだの年功序列がどうだのと、居丈高にものを言う。二層で燻る僕程度の凡人がだ。滑稽すぎて相手にされないのも当然だ。侮っていた。年上だからと調子に乗った。僕が愚かで節穴だった。済まなかった』
ガンヘッドの頭部砲がもう一度真下を向く。謝意はある。態度も一変した。けれども戦意は消えていない。むしろ謝罪を済ませた途端に、つかえがとれたかのように噴き出した。
「襲撃については謝らないんですね」
『実力を知ったからといって取り消すのは、男らしくないだろう? 佐奈さんの望みでもある』
決闘はこのまま続行するというわけだ。前置きとしてわざわざ頭を下げたのは、糞真面目だからか、あるいは己の考えを知って欲しかったのか、ともあれこちらも本腰を入れて相手をせねばならないだろう。
機体ステータスで上回られているとはいえ、義経ほどではない。対人戦だ。殺し殺されとならぬよう気を遣うのが面倒で、賠償金目当てに
「花沢さんが恋人だからとはいえ、無意味で馬鹿げた襲撃に、どうして付き合うんです? メンヘラ起こして恥をかいた、その八つ当たりなんでしょう?」
俺にとっての本気とは、挑発で精神を揺さぶるという卑劣な手段も含んでいる。
『あなたが聖琉に似るからこそさ。実際は同じ中卒というだけで、あいつどころじゃなかったんだが。しかし佐奈さんはあなたに執着した。してしまった。元々しばらく前から佐奈さんは、少しずつおかしくなり始めていたんだ。同期でありながら華々しい成功を収めた柿本紫と、引退して受付嬢に甘んじる自分を比較して。不甲斐ない僕のせいでもあるが、己で己を追い詰めていた。そんなところに現れたのが勝さんだ。中卒だから世間知らずで懐柔しやすい。しかし才能に溢れている。一角の人物に支配力を及ぼすことで自信を回復しようとしたのさ。弟の聖琉に似てるだとかそういうのは、己自身を誤魔化すための口実だよ。亡くした弟の面影がちらついてあれこれと世話を焼く。いかにもロマンチックだろう? どうして付き合うのかと訊いたね? ロマンチックに付き合うのは恋人の義務じゃないか』
平静を失うどころか、恋人相手に容赦のない分析が返ってきた。花沢さんを毛嫌いする柿本さん以上に踏み込んでいる。色ボケしているように見えて恐ろしく冷めていた。糞真面目、実直な好青年だなんてとんでもない。内心で冷笑しながら愚行に付き合う異常者だ。俺は見誤ってしまったのかと後悔しかけて、こちらから挑発したのだと思い直した。俺がしたように河合青年もそうした。舌戦と解釈すれば、それらしく並べ立てた露悪的な物言いで、圧倒しようというつもりなのかもわからない。
「そんなのは言いなり彼ピというやつです。花沢さんの最初の人ではないのなら、負い目だってないはずです」
古志野ちゃん様が脳トレ君呼ばわりしていたのを思い起こして発言した。親父なんかには非人道的な口撃だと批難されるだろうが、ジュネーブ条約には違反していない。
『……十五歳だからかな。大人の恋愛のこと、知らないんだな。潔癖はいつも少年の気質だが、夢みたいな願望を持っているからいつも過激なことしか言わない。恋愛とはね、妥協だよ。相手の過去は関係ない。そういうのを全部ひっくるめて愛してあげることこそが、男の器、真実の愛情というものさ』
効いてしまった。器の広さや男気を見せつけるようでいて、その実どこか後ろ向きであった。
『他の男の手垢もですか』
『……修理費は出しても賠償金は支払いたくない。だからさ、そのユニコーン頭をさ、さっさとぶった切ってやろう!』
武者ガンヘッドが正眼に構え、殺気が叩きつけられた。
『今このときはあなたよりもだ勝さん! レベルも性能も僕のほうが上なんだ! 田中次郎に匹敵する天才にィ、勝ち逃げできる機会だろう! 凡人のこの僕が! スキル解禁! 殺す気でやってやる!』
逆鱗に触れてしまったのが吉と出るか凶と出るかわからない。ともかく戦闘開始であった。