67
肘を突き出すように振りかぶり、武者ガンヘッドが地を蹴った。正面からの突進である。同時にこちらもスラスターで接地力を緩ませながらヒリューズのトリガーを引く。黒い塗料は狙い違わず弾けたが、
「シールドか」
肘の前方である。半透明の障壁が円形に展開され、それに阻まれていた。甲冑装甲の肘当てに魔法発動体を仕込んでいるのであろう。相手の飛び道具をシールドスキルで防ぎながら突撃する。刀使いの定石である。
『キァェエエエエエィ!』
猿叫とともに袈裟懸けで振り下ろす。声はたしかに示現流風だが、しかしチェストというにはその踏み込みはあまりに、
「温い」
圧が弱く、見様見真似の類いである。ブレードを合わせて逸らし、離脱するその間際、内側に銃身を差し込む余裕すらあった。この距離ならシールドは張れまい。手ぶれを抑えずばらけさせたペイント弾が炸裂し、胸部の片面が塗料にまみれた。男は黒に染まれである。一拍遅れでガンヘッドが振り解くように刀を振り、すかさず構え直すものの、こちらも旋回に合わせて死角に回り込むので正面に捉えられない。
『キャノピーが……ちぃっ』
殺すわけにはいかないので胴体以外、マニピュレータの欠損なんかを狙うのがいいだろうと、死角から斬りかかろうとする直前であった。スラスターを逆方向へ噴射して跳び退いた。予測通りに切っ先が掠める。
「誘いがあからさますぎます。キャノピークリーナーですね」
ガンヘッドは胸部に付着した塗料をびしゃんと弾き飛ばしながら、刀を振り切っていた。
『悪戯小僧が多くてね。対人戦の必須装備さ』
胸部装甲を塗り潰して視界を奪うペイント弾は対人戦に有効だ。有効に過ぎて対策がとられている。
キャノピークリーナーは表面からにじみ出すように障壁を発生させて、透過装甲キャノピーに付着した物質を引きはがす特殊装置である。墨やら粘液やらで目潰し攻撃をしてくるモンスターへの対策に開発されたものであるが、用途が限定的かつ、価格も重量もマナ消費もそれなりなので、大抵の探索者はこれを普段使いするくらいなら別な装置を搭載する。しかし俺のやったような自作ペイント弾でのキャノピー潰し戦術が流行ったことにより、対人戦の基本装備といえるものになってしまった。
二層に目潰し攻撃をしてくるモンスターはまず出現しない。にもかかわらずキャノピークリーナーを装備しているのは、
「慣れてますか、対人戦に」
『やんちゃなルーキーを躾けてやって秩序を守る! 元十傑の義務なのさ!』
学生時代は模擬戦で、二層探索者の現在はルーキー相手の実戦で、探索機対探索機の経験を積んでいる。自治行為の理非曲直はともあれ、経験値の足しにもならないのに勤勉ではある。あるいは引退後に競探選手への転向を考えているのかもわからない。
『だが今は違ァうッ! 挑戦者として、僕はあなたに挑んでいる!』
ガンヘッドはスラスターを微かに噴かしてふわりと浮くと、スラスター光を消したまま、空中で踏み込んだ。
空歩スキルである。加速力自体はスラスター併用の踏み込みにやや劣る。けれどもその無光加速は、スラスター光に目が慣れた相手の反応を一瞬ながら遅れさせる。
しかしそれは観察を怠けていればの話である。明滅する光ばかりに注目せず、機体自体の事前動作を捉えていれば、単調な突撃に過ぎない。ルーキーあるいは格下狩りの技である。
同時にこちらも前進して、向こうが武器を振るより一足先に、突き出した足刀が胴体に直撃する。
「逆効果ですよ! 挑戦者を名乗るなら、楽に逃げないで下さい!」
フレームHP 1472/1500
フレームHPがわずかに減少したが、ダメージは向こうのほうが大きいだろう。機体のみならず衝撃がパイロットに伝わったのか、武者ガンヘッドは咽せるような仕草をして、即座に立て直せなかった。
ペイント弾を無効化され無用の長物となったヒリューズを、その間にウェポンラックに収納する。
ブレードは左持ちのままで良い。少数派のサウスポーは相手が経験を積みにくいゆえに有利である。俺は元は右利きだが、一度左利きに矯正してから右利きを覚え直すことで両利きにしていた。親父曰く「そっちの方がカッコイイだろう?」とのことである。今思えばほぼ虐待といってもいいが、こうして役立っているので良しとする。
ようやく武者ガンヘッドが構え直した。
『だったらァ、ギアを一つ上げていくぞっ! 空《くう》ゥゥゥ
踏み込まずに刀を振る。素振りではない。空間を切りつけたような剣閃が、そのままこちらに迫っていた。
空閃スキル、いわゆる飛ぶ斬撃である。
ファンタジーな達人の使うような技であるが、あくまでこれはスキルである。魔法攻撃スキル、あるいは眼前で剣を振られたと考えれば対処は容易い。袈裟斬りから繰り出されたスラッシュ状の斬撃波を半身になって回避した。
男のロマンを体現したようなスキルであるというのに、単純な使い方をする。
「もったいない」
『そうともだから応用する!」
ガンヘッドは空閃を放つと同時に跳躍していた。今の一撃は目眩ましであった。空歩で転換加速して、斜め上方から奇襲する。
『
遠い間合いの空中で刀が振るわれると、視界いっぱいの斬撃が繰り出されて地を刻んだ。テクニカ数機分の長大な斬撃である。その技名の通り斬撃を延長したのである。
大きく躱したこちらを狙い、再び刃が閃いた。
『
斬撃波が鞭のようにしなる。スラスター移動しつつ地を蹴った二段加速でそれを逃れる。
『
ブーメランのように三日月型の斬撃が回り込むのを飛び越える。
『
刺突が矢のように飛来して、空中で四肢を振って身をひねる。
『
地を裂きながら走る斬撃が、逆さまの頭上に迫る。
『
一振り目は旋回し、二振り目は直進し、時間差が相殺されてこちらを挟み込む形になった。
『
今度は飛ばない。斬撃波自体を纏ってきた。剣を剣で直接受ければ防御をすり抜けるであろう一撃である。
空閃スキルの真価は河合青年の言った通り応用にある。いうなれば物理スキル版のライトニングボルトである。
斬撃を真っ直ぐ飛ばすばかりでなく、伸ばしたりしならせたり旋回させたり銃弾のような刺突にしたり、サメ映画の背びれのごとく地面を疾走させてみたりと、極めれば剣からビームを出せるようにもなるという。
消費は一閃3MPと空歩ほどではないが低めである。魔攻が乗らない物理攻撃で、威力は元となった斬撃よりやや弱く、発動するのに武器を振る必要もある。消費MP3が軽いか重いかは探索者によって評価が分かれるだろう。魔法型にとってはバレット系やボール系スキルのほうがコストパフォーマンスが良いが、物理型にとっては通常攻撃を飛び道具化する希少なスキルである。
纏空閃を放つとき以外は、武者ガンヘッドは空中で距離を保ち、多彩な空閃技を放ち続けた。
『旋空閃! 延空閃! 鞭空閃! 裂空閃! 貫空閃!』
斬撃が嵐のごとく入り乱れ、俺の通り過ぎた空間を地と壁と天井ごと刻んで行く。
『空閃空閃空閃空閃セェェェエン!』
『そんな無駄に連射して、格闘ゲームじゃないんですよ!』
同じコマンドを繰り返し入力しているかのごとくである。
『技名を、叫ぶと気合いが入るだろう! んぐ』
息継ぎに続いてポーションの嚥下音が聞こえた。
『純剣士としては格上でも、超剣士としてなら僕が勝るぞ勝さん! 空閃スキルを持たぬものにはわかるまい!』
けったいな専門用語が出た。
68
日本刀をはじめとした剣という武器は、戦場における主要武器であったことはほとんどないといわれている。
距離があったら矢弾を撃ち合い、接近戦では槍をつつき合う、合戦の一般的なイメージとしてはそんなところである。刀一本で矢を切り払いながら突撃して槍衾をなぎ払うなんてことはフィクションでしかあり得ない光景だと、誰もが理解している。剣術を学んだところで戦場では役立たないといわれるくらいだ。剣の腕前が役立つのはあくまで平時の斬り合いで、剣や刀そのものも、実戦向けではない象徴的な武器でしかないとすら思われていた。
かつての戦場がそうなら現代の戦場、すなわちダンジョンではどうだろう。
探索機黎明期の近接戦装備といえば槍や鈍器が中心で、近接ブレードにしてもナイフの延長に過ぎなかった。巨大な日本刀を携えてダンジョンに挑むのは一部の酔狂な日本人探索者くらいであり、彼らは海外の探索者からはサムライボーイだのカミカゼだのと囃し立てられ、同じ日本人からも頭
無論現在ではそんなことはない。様々な環境で様々なモンスターと戦う際には、剣という武器の備えた汎用性が何よりも役に立つ。そのことが実戦で証明され、探索機の武器といえばとりあえず剣というくらいには地位を確立した。
しかしそれは現在の話である。黎明期当時の剣術使いたちは口惜しくて仕方なかったろう。なにせ舐められている。軍人もどきや専門家気取りにあれこれ口出しされ、ぶった切ってやろうと思ったことは一度や二度ではあるまい。実際、道場に遊びに来た元探索者のお爺さんはそう言っていた。
そんな不遇の立場にあった彼らの転機の一つが、空閃スキルである。剣での遠距離攻撃が可能となったうえに様々な応用が利く。剣
スキル運というものがあるので、当時、空閃スキルを得られた剣士はごく一部であった。彼らは日本剣術の行く末を真に憂う、選ばれし者であると自負していた。しかし先ほど述べた通り、年月が経つにつれ無数の探索者による実戦証明で剣の復権の兆しが見えた。彼らに関係のないところで剣が主要武器として一般化し、剣術はミーハーの対象となったのである。
彼らは先鋭化し、自らを剣士を超えた剣士、超剣士と名乗り始めた。小学生めいたセンスだが、おそらく心の中に男の子を飼っていたのであろう。スキル運ばかりはどうにもならないこともあって、優勢思想は左程なかった。彼らは空閃スキルを使えない従来の剣士を純剣士と呼んで敬意を払った。まるで純文学のようであるが、定義としては幾分か分かりやすい。機動剣術も一応、純剣術の範疇になるそうだ。
さて現在である。彼らにとっての純剣術、本来の剣術の興盛により少数派の自称超剣士の活動は全盛期ほどではなくなった。以前のような思想の強さも薄れて探索機剣術の一ジャンル、空閃スキル使いのコミュニティ以上のものではなくなった。一般人にとっては面白カッコイイ集団であり、同業者にとってはたまによくいる変態剣術使いに過ぎない。ちなみに彼らによると空閃スキルだけでは半人前で、空閃空歩、両方のスキルを得て使いこなすことで、はじめて真の超剣士といえるそうだ。
河合青年の自称した超剣士について考えながら、次々と繰り出される斬撃波を避け続ける。
河合青年のレベルはおそらく15以上で、レベル20はまずない。階層×10のレベルキャップはあくまで理論値だ。となればスキルの所持数は四、シールドと空閃空歩で三つなので、あと一つ隠し球があるわけだ。
それにしても羨ましいスキル構成である。超剣士として完全にかみ合っている。低レベル時のステータスでしか判定できない学生時代より、評価はむしろ高くなるだろう。
言動はだいぶ高揚していたが、戦い方には安定感があった。無闇に接近せず遠距離からの空閃スキルで仕留める。離れていればシールドスキルで防御も固めやすく、機動性も空歩スキルで確保している。スキルを十全に活かすことで、剣士といいつつ典型的な射撃型のような戦い方だ。それでいて格闘戦能力も充分あって隙が無い。強いていうなら空閃スキルの威力不足で、一撃では義経や大名クラスの甲冑は抜けないが、強敵相手にはMPを大量消費した手数で補っているのであろう。ポーション補給のタイミングの取り方が中々上手い。
計器を見る。
機体MP 498/720
テクニカのマナ残量が500を切った。
武者ガンヘッドも軽探索機に過ぎない。いくらチューンしてあるとはいえ、エンジン性能の限界は低く、こちらの倍以上のマナ容量があるとは思えない。しかも二層仕様で、ここは一層だ。
空閃が3MPで空歩が2MPと低消費で多用でき、ポーションで回復もできる。パイロットはそうでも機体MPはそうはいかない。修理ロボの補給装置以外は、ダンジョンのマナを取り込む時間経過を待つしかない。ポーションがいくらあろうとマナ管理の重要性は変わらないのである。そして階層にそぐわない機体性能であるほどマナ管理はシビアになる。
機動による消耗と回復量不足、スキルによる使用量を踏まえれば、そろそろ武者ガンヘッドのマナ残量は危険域に差し掛かる頃合いだろう。
いちいち技名を叫ぶことは既になくなり、たった今テクニカを掠めた空閃の斬撃波にも焦りの感情が乗っていた。
引導を下すにしても下し方というものがある。マナ切れで自滅したとなれば感情の行き場があやふやとなり、第二の花沢さんになりかねない。
俺は距離を取って着地すると、その場でブレードを構えた。武者ガンヘッドもスキル発動を取りやめて刀を下ろすと、猫背になって動きを止める。
『フー、フー……うぷ、大口をぉ、叩いておいて当たらない、当てられない、余裕を見せたつもりかい。そいつはどうも、ぇほっ、ありがとうよ』
ポーションの飲み過ぎであった。動きに精彩を欠いたのは、胃の内部が落ち着かなかったせいでもあろう。
びちゃちゃっという音がした。思い切りが中々良い。武者ガンヘッドの背筋がすっと伸びる。
『だったらさ、社会人の常識を教育しなきゃならないよな。世の中は腐っていて慈悲をすれば仇すると。その下品なユニコーン頭を切り刻んでさ!』
言葉とともに太刀を跳ね上げる。三日月の斬撃波が回転しながら迫って来た。
避けない。スラスター光も点さない。踵を浮かせると、真正面に踏み込んだ。
斬撃がそよ風となって四散する。横薙ぎにした構えのままのテクニカを、ガンヘッドが呆然と見つめている。
『スキル無効化、だと?』
花沢さんのファイアボールにしたように、スキル自体の核を断った。
『……ありえない。魔法じゃなくて物理だぞ。ふざっ、ふざけ、っ……! ……なんでできたんだ。どうやった』
「物理であろうとスキルはスキル。核はやはり存在します』
元々いつか覚えられるかもしれないかと期待して、空閃技の動画を散々見ていた。それに加えて実際に見て、河合青年の癖も解析し終えた。無論ファイアボールより難易度は相当高かったが、針穴に糸を通すような気構えで一度成功してしまえば、あとは手癖で問題ない。
「こちらからも一つ質問が――どうしてもっと踏み込まないんです?」
戦闘の始まったときからずっと気になっていた。実のところ先ほど空閃を避け続けている間にも、危うい場面はいくつかあった。その際に自滅覚悟で踏み込まれればダメージを負っていたであろう。空閃にしてもきっちり振り切られていたら危うかった。にもかかわらず河合青年はそうしなかった。
『なにっ、この僕が、果敢に挑んだこの僕がっ! ビビリ散らしているとでも!?』
技量も機体性能も十分足りている。精神のほうも高揚感で上書きされていた。しかし身体が怖けていた。ここぞというときに限らず、常時ブレーキを当てているような思い切りの無さが付き纏い、元虐待児パイロットの乗る探索機が怒鳴り声で縮こまるのと同様に、踏み込みをためらう肉体側の反応が同調する機体側にも反映されていたのである。
我が身を守るというというだけなら別段問題とはならない。護身というのは大抵、危険の避け方こそが第一だ。道場に護身術を学びに来たのに殴り方より逃げ方を教わってがっかりする人は沢山いるが、それは暴力を教えて下さいと正直に言わなかったせいである。
職業探索者なら護身術の精神で問題ない。安全第一だ。河合青年はむしろ素質があるといえるだろう。だが彼が深層探索者を目指すというなら、その素質は仇となる。
「空閃は無力化して、マナ切れもそろそろ近くなってるでしょう?
『見直してやったからといい気になって! こまっしゃくれたオスガキがァ、舐めるんじゃないよこの僕を!』
互いに踏み込み、スラスター光と火花を散らして斬り結んだ。
69
鍔迫り合いの姿勢となったそのときに、武者ガンヘッドはほんの僅かに硬直すると、覗き込むように兜頭を突き出した。一つ目玉に似た砲口に光が灯る。マズルフラッシュである。至近距離の不意打ちで、頭部砲が放たれていた。
「散弾だろうとっ」
発砲より一瞬先に、押される力を転換力にして射線を躱していた。事前硬直があったのでわかりやすい。ガンヘッドの頭部砲のトリガーはコックピットの頭上レバーだ。機体の動作と生身の動作とが上手く並行できないと硬直が生じてしまう。咄嗟にレバーに手をかけたのであろう束の間が、硬直という予備動作になっていた。
ブレードで刀をすり落としながら、発砲の反動で再硬直した横っ面に掌底を打ち込んだ。
「隙にもなる!」
『ぐぬっ』
武者ガンヘッドが仰け反りながらも斬り上げる。しかし刀は空を切った。テクニカは兜頭をつかんだまま逆立ちに跳躍していた。コックピットで真上を向くと、そのまま振り子のように半回転して膝蹴りを叩き込んだ。兜頭を引き寄せる腕力とスラスターの推力、それから機体の全体重、更にガンヘッド自身が立ち直ろうとする体幹力をも合わせた一撃である。
フレームHP 1420/1500
反動でフレームHPが減少し、ガンヘッドの頭部がひしゃげた。追撃はせずに飛び退る。互いに剣を構え直すが、
『このっ、ガバガバなアメリカ製のポンコツがっ』
悪態とレバーを何度も引く音が聞こえた。
「その状態でいじりすぎると暴発しますよ。気難しい女性のように」
『ガバガバ? 暴発? 佐奈さんのことか!? 貴様ぁーッ!』
軽口でうっかり逆撫でしたのではない。狙っていた。精神が肉体を凌駕するには、怒りで我を忘れさせるのが手っ取り早い。俺も修行の一環で「お前の母親は淫売のクソ女」とよく囁かれていた。
ガンヘッドが躍りかかる。スキルもスラスターもその存在を忘れたかのように、怒りにまかせてひたすら刀を振り回す。
薄暗がりでぎらりと煌めく刀を躱す。受け流す。弾いて逸らす。起こりに合わせて殴って落とす。刃筋はいちいち通っていない。剣閃というより、もはやただの金属棒の軌道である。
実のところ剣術の体を成しているときより、この状態のほうがやりづらかった。動作が予想しにくい分、腕力で圧倒されかねないのである。平常の所作とは違って理性で取り繕われていない。動物的な本能にしたってあれはあれで理性的で、動物の夫婦仲なんかは少なくとも現代人のそれより穏やかだ。理性を取っ払った感情の波を読まねばならないのは、中々に骨が折れるといえるだろう。
『女の子を淫らなジョークで愚弄するなど!』
「女の、子?」
だがそれも十合もすれば慣れてくる。剣光をすり抜けてブレードを差し込んだ。当たる直前に刃を返す峰打ちだ。ヒゴノガード社製片刃ブレードは刀と違って峰打ちに耐えられる構造をしていて、打撃武器としても使えるのである。
『それは事実だが紳士としてっ、躾けてやぶぇっ』
甲冑装甲は抜けない。しかしパイロットとフレームHPにダメージを負わせた。河合青年が舌を噛み、息継ぎまでの数瞬間、ガンヘッドが硬直する。
絶好の隙である。肘、肩、バックパックと、テクニカの装甲の打撃を連続で当てて仰け反らせ、コックピットに後ろ蹴りを叩き込んだ。武者ガンヘッドの足が浮く。次の瞬間の反応が分水嶺だ。このまま倒れ込んだならマニピュレータを切り取って戦いを終わらせる。
果たして河合青年は、
『まだだァッ!』
と、叫びともにスラスターを点火した。下がりかけた武者ガンヘッドが前進する。組み付くような勢いだ。日本刀の物打ちを当てるには間合いが近い。ガンヘッドが柄頭を突き出した。腕で払ってすれ違う。
『終われないッ! こんなんじゃ僕はまだァッ!』
振り返りざまの剣閃が鋭角を描いて伸びた。スキルではない。太刀遣いの鋭さが、純粋に増したのである。
ガンヘッドの剣が
『勝つんだ! 勝つ! 勝ってやる! 勝たなきゃ僕は変われない! どいつもこいつも佐奈さんも! 聖琉はとっくにくたばったろ! あんなやつより僕が上だ! 他の男もだ! 僕を雑魚オスと見下すやつは、ぶった切ってやる今度こそ!』
当たり所が悪かったのか意識が朦朧として、感情がむき出しになっている。同調を切らない限り、それでも動くのが探索機の面白いところだ。人格という余計なものが分離されたことで探索機という第二の肉体が最高効率で動いている。蓄積された戦闘経験が急速に馴染んでいることだろう。太刀遣いが一振りごとに洗練され、スラスターのそれも同様である。
『聖琉は地獄の隅っこで、羨んでればいいんだよ! 死んだんだからさ! なあ、おい、聖琉ぅ!』
とはいえその急成長も間も無く打止めであろう。細かい挙動が人体のそれに近づき過ぎて、そろそろ同調率との齟齬が生じる頃合いである。このまま放っておいたらよくない癖がつく。夢うつつに花沢聖琉扱いされるのも居心地が悪い。
成長の過程を見るのは剣を見切ることでもある。袈裟斬りを切り落すように逸らしながら回し蹴りを頭部に当てた。
武者ガンヘッドがよろめいて膝をつく。
『え、あ、僕はいったい……?』
気付けのフィードバックで意識がはっきりしたのであろうが、戸惑っている。
「続けましょう。深く踏み込む感覚は、今ので馴染んだはずですから、今度はこちらから行きますよ」
戦う相手をわざわざ強くするなんて愚かな行為に違いないが、せっかくの対人戦だ。昨夜観た探索機競技のような経験ができる希少な機会である。どうせ戦うなら強い相手のほうが良い。
70
ブレードを両手持ちして八相の構えをとった。刀と同じように使う。あまり得意ではないが、向こうからしてみればこちらの方がやりやすいだろう。
探索機、それもテクニカの足の構造は人体より簡略化されている。指は無く、ボールジョイントの足首に爪先の二軸可動くらいである。すり足をやろうとすると爪先をつつと動かす感じでなく、ずずずと地面を削ることになる。足指を利かせられないので足運びが読まれやすい。しかし人体には無い機能もある。足腰の
これは道場稽古に慣れた者ほど引っかかりやすい。河合青年は二重に虚を衝かれて反応が遅れた。
『うっ!?』
スラスターの推力だけなので、足で踏み込むよりも当然ながら浅くなる。間合いがやや足りない。放った袈裟斬りが空振りする。けれどもフェイントなのでそれでいい。続けて踏み込む。巨体の
ガンヘッドは跳び退いて斬り上げを躱したが、平突きの放たれた瞬間は足が地から離れていていた。スラスターの点火も間に合わない。
『ひっ』
コックピットの河合青年は眼前に迫る切っ先を認識したのであろう。情けない声を上げた。
はっきりと殺気を乗せたブレードはそのまま透過装甲キャノピーへと、突き刺さりはしなかった。
柄受けである。ブレードの切っ先は、咄嗟に胸元に引き寄せた刀の柄によって逸らされていた。河合青年は怯んだままだ。しかし武者ガンヘッドは動いていた。人格を得た相棒ロボが助けてくれたとかそういうのではない。河合青年本人の無意識による行動である。
指落としをするべく刀身を滑らせるが、同時に向こうも柄からぱっと片手を離した。至近距離で一瞬向き合う。お互いに剣を振るには近すぎる。テクニカの腰を捻り、左肩のスパイクを突き出した。反応したガンヘッドも大袖を盾にする。
当然だがパワーの差でテクニカが押し負ける。しかしその慣性をスラスターと足運びで変換してブレードに乗せる。その巻き打ちの斬撃は、ガンヘッドの構え直した刀身とかみ合った。
『なんでだ?』
鍔迫り合いながら、河合青年が戸惑ったように呟いた。押されるのに合わせて身体ごとブレードを引く。刀が振り切られたのでがら空きの上段を狙う。
剣閃が半ばで途切れて火花が散った。戻した刀に受けられていた。元より単純な腕力で、操剣の速さ自体は向こうが上なのである。
『なんで僕は動けている?』
掻き消えるようにその身がぶれて、無数の銀光が宙を走った。
『身体が軽い! 剣が伸びる! 思い通りに機体が動く!』
この瞬間の不利を悟り、剣風を掻い潜って刀圏内から脱出する。
『どういうことだい勝さん? 僕はいったいどうなってる?』
構えを元の左片手剣に戻す。これ以上はこちらも危うい。
「それがあなた本来の実力ですよ。ステータスとか経験とかが、かみ合ったというやつです」
咄嗟の迷いや余計な思考、いざというときに踏み込みきれない防衛反応、それらが無くなってしまえば、こうも伸び伸び剣を振るえる。
『この感覚……そうだ思い出した。学生時代の感覚だ。こう見えてね勝さん、僕は学園生の頃はブイブイいわせていたんだよ。女の子にもモテモテだった。全部断っちゃったけど』
河合青年はおそらく無心のほうが上手くやれる本能型だ。安全第一というダンジョンアタックの心構えが、本来の才能を阻害していたのであろう。
先ほど同様に、足を動かさずスラスター加速のみで間合いを詰めてブレードを跳ね上げた。
武者ガンヘッドが斬り払う。
『不意打ちありがとうね! なるほど僕はこっちの方が動けるのか! 実戦だから、ダンジョンは命がけだからとはいえ、佐奈さんに言われて、染みついてしまっていたということか!』
語りながら無数の斬撃でもって反撃する。今度は舌を噛まない。構え自体は以前より雑になっている。しかしその斬線の柔軟性は格段に増している。空閃スキルを使っていないにもかかわらず、切っ先が伸びていると錯覚するほどだ。
最小動作で避け続けるが、数瞬後には回避空間を塗り潰されると直感した。引かずに踏み込む。抱き合うような間合いに詰める。体当たりと見せかけてナイフを抜き放った。
『うおっ』
脇腹狙いが防がれた。二度目の柄受けである。先ほどので会得したのであろう。同時に跳び退く。跳び退きながらテクニカはナイフを、ガンヘッドが刀を閃かせた。手の内でくるりと回って跳ね上がった刀が、ナイフを弾き飛ばしていた。
今のはかなり危なかった。ナイフを一本失ったが、咄嗟の防御の代償としては安いものだろう。
距離をとりながら追撃を迎え撃つべくブレードを構え直す。が、武者ガンヘッドは向かってこない。
『ちょっとタイム。タイムを下さい。確認タイム』
「……認めます」
戦闘中だというのに、なんとなく許可してしまった。ブレードの構えを解く。河合青年は何やらぶつぶつ呟きながら刀を振っている。どうもさっき行った跳び退きながらの切り上げが、気になってしまったらしい。
『……こうか? 違うな。どうにも強張る』
「マニピュレータの出っ張りで転がすような感じにしては?」
『なるほど……おお! できた! すごい! 僕すごい! いや勝さんがかな? ありがとう勝先生』
「……いえ」
何をやっているんだと我ながら思うが、素直にお礼を言われると毒気が抜かれてしまう。とはいえそれも束の間だ。
『さあ続きを始めましょう。あなたと斬り合えば斬り合うほど、僕は強くなれるんだ。今の僕はオーガに、いや、義経にだって勝てる!』
構えとともに戦意が叩きつけられる。成長の高揚感もあってか、晴れ晴れとした剣気である。以前のような衒いはない。勝敗を度外視して、ただ剣を振るい合いたいという気持ちだけが伝わってくる。
こういう相手は時々いる。負けたとしてもやけに嬉しそうで、マゾヒストの変態さんではあるまいかと思われるような面倒な手合いである。人によっては後々しつこく絡んでくるので個人情報は教えないようにしているが、河合青年がそうでないのを祈るばかりだ。花沢さん経由で自宅を突き止められでもしたらたまったものではない。俺は恋愛をする気はないが、同性にモテたくもないのである。
立ち上がりは静かであった。今度は互いにじりじりと間合いを詰める。ステータス差ゆえにこちらがカウンター主体の戦法を取らざるを得ないと見抜いたのであろう。後の先の取り合いである。
刀圏同士が重なった。スピーカーは音声として捉えていないが、装甲越しに息遣いを感じる。鼻息がやや粗い。やはりちょっと気持ちが悪い。
早撃ち勝負のような状況を動かしたのは、横合いから飛来した銃弾であった。
銃声の届くより一瞬先に、ブレードを射線に置く。刀身が最も厚くなる角度で受け、斜面効果で衝撃を逸らす。鎬を戦車の傾斜装甲のように用いるのが銃弾受けの基本である。こうすれば30㎜弾頭とはいえブレードを左程痛めることなく弾くことができる。
銃弾は二発あった。セミオートで連射されて、同時に武者ガンヘッドも動き出していた。けれども俺は迷わなかった。保険のためにブレードを射線に置き直すくらいであった。
割り込むように伸ばされた日本刀が二発目の弾丸を弾いた。河合青年の戦意はもはや俺に向いていない。刺すような敵意を闖入者に向けていた。
『どういうつもりだ、佐奈さん』
花沢さんのガンヘッドである。頑張って拭ったのであろう胸部装甲の大半はまだ黒ずんでいるが、狙いを付ける分には問題ないらしい。30㎜ライフルをこちらに向けて構えていた。
『ソウ君こそどういうつもり? 援護なのだからやっちゃいなさいよ! 敵でしょうに!』
『ふざけるな! 勝先生を敵にしたのは佐奈さんだろう!?』
さん付けから先生呼びにランクアップして、しかも喧嘩腰であった。すわ修羅場かと俺は思った。
71
河合青年はフー、フーと、息を荒げたと思えばすんとなった。
『っとすまない。今のは思わず言ったけど、僕も共犯だった以上は自分勝手な発言だった。勝先生の前なんだ。それはよくない。とりあえずまず今は佐奈さんの魂胆を問いただすつもりはないさ。聖琉がらみは僕らにとってはデリケートな問題だし、どうせあなた自身も自分が何をしたいかなんてわかっちゃいないだろうから……だが!』
花沢さんのガンヘッドに刀を突きつける。
『今は男同士の濃密な時間なんだ。受付嬢は挟まってこないでくれ』
咄嗟の言葉選びなのだろうが、少し寒気がした。花沢さんも同様だったろう。
『……挟まるな? ソウ君は誑かされた? この中卒の子供がよくもっ! 陰間育ちの手練手管を――』
『先生を愚弄するな! 佐奈さん程度が下らないちょっかいをかけるのが、もうおしまいだと言っている! 女らしゅう下半身でものを考えるのは止せ! ……失敬、女性差別だったな。だが佐奈さんも探索者だったならわかるだろうに。勝先生は聖琉なんかとは比ぶべくもない。相手をしてもらえるのは本当に貴重な時間なんだ。万金に値する。僕の成長を思うなら、そのまま何もしないでいてくれ』
『さっきからわけのわからないことを一方的に、ソウ君は錯乱しているのよ。一対一で互角なら二対一でやれるじゃない。やらずに後悔よりやって後悔私はする! 猪口才でしょうと所詮は子供、上下関係さえ植え付ければ、貴重な時間も安上がりよ!』
花沢さんがライフルの引き金に指をかける。その一瞬前に武者ガンヘッドの刀が閃く。空閃である。極小の斬撃波が地を走り、花沢さんのガンヘッドの足下で噴き上がった。裂空閃の変化と思わしきピンポイント斬撃である。肘関節を断ち切って、こちらを狙ったライフルが腕ごと地面に落下する。
『えっ……?』
暫し呆然とした後、花沢さんの悲鳴が上がる。
『腕がっ、私の腕がぁ!?』
痛みはないだろうが欠損のフィードバックはある。怖気とともに肘から先が失われる感覚は、花沢さんにとっては刺激が強すぎたらしい。
『気概はよろしい。だが弱き者の自覚がない。汝の名は女なりって意味じゃない。レベルロストした準探索者のくせに、現役気取りでいることがだ。アドバイザー面が長かったから弁えてないんだよ佐奈さんは』
淡々とした声音であった。
『次に余計な真似をしたら足を斬る。なあに問題は無い。帰り道は二人乗りしようじゃないか。今後のことをじっくり話し合いながらね』
『ひっ』
花沢さんのガンヘッドが、ぺたんと女の子座りした。無難なカスタムのおかげか足の付け根の可動域はちゃんと確保してあるらしい。
『さて先生』
武者ガンヘッドの歪んだ頭部がぐるんと回ってこちらを向く。俺は少し怯んでしまった。やべーやつを目覚めさせてしまったかもしれないのである。
『すみませんでした。見苦しい男女のやりとりを見せつけて。ドン引きしたでしょう? ですがね、今の僕は頭がスッキリしすぎて、無敵の人みたくなっちゃってんです。言いたいことが言えてしまう。やりたいことがやれてしまう。どうにもブレーキが利きません』
安全第一のブレーキとともに人間関係のブレーキも壊れてしまったのかもしれない。
「花沢さんは恋人なんでしょう? DVみたいな真似をして、後で気まずくならないんですか?」
『良いんですよ。遅かれ早かれです。正式に付き合ってもらえたのも半年足らず。佐奈さんにとっては結局僕も他の男と変わらない。相互売淫とは柿本紫女史も良いことを仰る。月替わりの貞操に責任だなんだのと滑稽で白々しい。売女に入れ込む純情ボーイみたいだ。でも僕は吹っ切れた。先生のおかげで本当の望みに気付いたんです』
テクニカのユニコーンヘッドに視線を感じた。
『僕はっ! 生涯僕だけを愛してくれる黒髪巨乳目隠れ義妹をお嫁さんにしたい! 深層探索者なら! 上級国民に成り上がれば! その望みだって叶う! 選り好みできるんだ!』
とうとう親父みたいな拗らせたことを言い出した。もしかしたらこの親父デザインの専用頭部は、親父の念が込められた呪いの装備なのかもしれない。
『そして今ァッ! そのための力を得る! 先生との戦いを通してだ!』
武者ガンヘッドがパイロット同様、弾けたように躍りかかった。
次々と繰り出される斬撃を見切って躱す。切り返しの間際にブレードを当て、合気の要領でガンヘッドの機体を回転させる。こちらの力は使わない。向こうのパワーを利用した。突然天地が逆さまになったように感じたであろう混乱の束の間に、蹴りと掌底と柄尻打ちを連続で叩き込む。ダメージを浸透させる打撃である。
「花沢さんが哀れだとは思わないんですか! 結婚資金を貯めたんでしょう!?」
『恋愛を教えたのが佐奈さんなら、成長を阻害したのも佐奈さんだ!』
空中で姿勢を整えるべく、ガンヘッドのスラスターに光が灯る。しかしそのベクトルに合わせて間断なく打撃を打ち込んだ。
剣術から格闘術への切り替えに、果たして河合青年は対応した。
『お説教が先生の愛の拳というのなら、応えてみせるさ!』
宙に浮いたままのガンヘッドが空歩でその身を転換した。足で空を蹴ったのでない。肩である。空歩スキルで作り出した足場を、多重関節の可動範囲を活かして肩で殴ったのである。そしてその運動力は足のそれよりもダイレクトに刀へと伝達され、空中回転斬りとなって放たれた。
「んなもんないです!」
しかし意表をつかれはしない。覚醒した河合青年ならそれくらいはやれると確信していた。関節可動範囲を最大限に活かすアクロバティックな動きである。甲冑装甲の隙間が空いて、一瞬ながらもフレームが剥き出しになる。武者ガンヘッドの軌道に置くよう密かに投擲してあったナイフが、腰関節に突き立った。
ナイフに可動を阻害されて姿勢制御を乱したガンヘッドが墜落する。鞠のように弾みつつ回転力で地面を削り、砂塵を巻き上げて停止した。自らのパワーと勢いによって自滅したのである。
武者ガンヘッドがぎこちない動きで立ち上がった。
『……まだだ』
ナイフを抜く。可動軸までは刺さっていない。強度は落ちたが動く分には問題ない。
『HPは削られたが、まだ半分残っている。戦いはここからだ』
「マナはどうなんです」
『うっ』
意識混濁の急成長の時点で既に三分の一になっていたろう。そこから激しい剣戟を繰り返したのである。もはや100を切っていたとしても不思議ではない。
『……ばれていたか』
「マナ管理の重要性は身に染みています。花沢さんをひどくぞんざいに扱って、別れるような意味のことを言ったのは、こちらの意識をマナ残量から逸らすためでしょう? 危うく騙されるところでした。黒髪目隠れ云々だなんて、突拍子がなさ過ぎますし」
『……そ、そうだ。その通りだよ。うん』
もしやこいつと俺は思ったが、数拍後に、気配の緩みが霧散する。
『たしかに僕にはもう勝ち目はない。だが最後に、最後の一撃だけは受け止めてくれないか? 純剣士としてではない。超剣士としての成長を先生に伝えて……いや、違うな。破れかぶれの全力で傷を残してやりたい。僕という探索者が存在した証を、勝先生、あなたに刻みつけたいんだ』
豹変ぶりを見せつけられて十分精神的負傷になっているが、それでは満足できないらしい。
「かまいません。どうせ乗りかかった船です」
こういった手合いは未練を残せばしつこくなる。頷くしかなかった。
72
武者ガンヘッドが刀身をなぞる。
『エンチャントファイア』
唱えると、その全身が炎上した。魔法スキルの炎である。揺らめく炎を甲冑装甲がてらてらと照り返す。己が生ごと燃やし尽くさんと炎を纏う、いかにも心底しびれる立ち姿であるが、別段そのまま焼死するなんてことはない。フォトンバレットの光片と同様、自傷ダメージを負わないタイプのスキルである。
『これが僕の最後のスキル……全部だ。全部をあなたにぶつけてみせる』
その名の通り火属性付与スキルであり、物理攻撃に火属性の魔法攻撃力を付与することができる。二層の武将ゴブリンの中には非常に硬いが魔法攻撃に極端に弱い甲冑を装備したタイプがいて、マッチョマンアントなんかも同様だろう。そういった相手に有効なのがエンチャント系スキルである。火属性ならばウォーターワームにも相性が良く、そのしぶとさを発揮できぬまま一撃で仕留められることになるだろう。
河合青年のスキルはこれですべて判明した。防御のシールド、超剣士の空閃空歩、攻撃に火魔法を付与するエンチャントファイアと、バランスの良く隙の無いスキル構成である。シナジーも高い。得手の突撃近接戦法ばかりでなく、シールド持ち機動火炎砲台なんかにもなれる。刀一本でソロ探索もパーティ戦もこなせるというわけだ。
武者ガンヘッドが天を突かんとばかりに刀を振り上げる。身に纏う炎もまた、天へと向けて立ち上る。河合青年が宣言した。
『
いわゆる剣ビーム、超剣士の奥義である。一振りで無数の空閃を同時発動することで、あたかもビームのごとく斬撃波が放たれ続ける。六十四郎氏のしていた空歩の多段発動に近いが、斬撃と見なされるよう剣を振るという空閃の発動条件を踏まえれば、相当に無理のある技といえる。
超剣士たちはそれを点の斬撃という発想で解決した。ジークンドーのゼロインチパンチや中国拳法の寸勁や空手の寸打、それらの斬撃版の無寸剣である。一本の線が無限個の点の集まりであるように、点の斬撃を無限に重ねて一刀と成す。無限回の無寸剣とはあくまで比喩に過ぎないが、超剣士的な理屈の上では、万の斬撃、万の空閃を一振りに込められるらしい。ゆえに万空閃である。若者や外国人には、エクスカリバーとも呼ばれている。
『どうかそのまま受け止めて下さい。僕のエクスカリバー』
距離があって大振りで、軌道もタイミングも分かりやすい。躱すのは容易だろう。河合青年の口調もどことなくねっとりしている。けれども俺は真っ向から迎え撃つことにした。困難を乗り越えるには知恵も工夫も大切だが、その場凌ぎを成し遂げて得意顔をするばかりでは、いつまで経っても自分自身が強くなれない。
ブレードをひゅるんと回して握りを確かめると、脱力した構えをとる。足場も足腰も問題ない。これから放つのは足を前後に踏み換える飛び違い斬りだ。全身の転換力を乗せて剣速を出す。そうでもなければこれから放たれるであろう無数の空閃の核を一振りで断ち切れない。
一つの空閃を無力化しても別の空閃が、複数無力化しても一つでも残っていればこちらに届く。しかもエンチャントファイア済みである。透過装甲キャノピーに穴でも空けば火炙りになるか、あるいは直接斬撃を受ける羽目になる。軽探索機相手には過剰威力で、殺意の高い攻撃だ。剣を振り直す暇はない。一振りで全ての空閃を無力化しなければ、テクニカはともかく俺自身は防御も魔防も低いがゆえに、即死しかねないのである。生身で探索機の火力を受けるなどぞっとしない。
魔力と焔が刀身に集束する。河合青年の裂帛の気合いが響く。言霊というのは重要だ。人は意識するより先に己の声で反応する。スキル詠唱や技名叫びは探索者の作法というばかりでなく、河合青年が技名を叫ぶと気合いが入ると言ったように、実用性もあるのである。
『紅蓮万空、ディアボリックデスバースト!』
だから超剣士的なセンスの技名にも意表を突かれはしなかった。超剣士と戦う機会があると思って下調べ済みである。
放たれる。目を凝らす。炎を纏う無数の斬撃波が一息に撃ち出される。その形状は巨剣の剣尖の如くであり、昨日観たゲイエム・フリゲートのフレアバスターが連想された。
魔力感覚と動体視力で感知した核の数は二十三だ。配置は弧を描いている。袈裟に下ろした軌道そのままなので、鏡合わせに振るえば良い。だがしかし、剣の軌道は問題なくとも、剣速が足りないと直感した。腕力差、スペック差である。真っ向勝負だからこそ大きく影響していた。
ゆえに切り札を一つ切る。オーバーライド、フレームHP消費の超過駆動である。
オーバーライドはフレームHPを代償に機体性能の限界を突破するという都市伝説的な探索機操縦技術であるが、その存在を確信したのは、昨日、レベル7になって同調率が100%を超えたときだった。生身以上に機体を感じられるようになったことで気が付いた。人体の筋力と同様、探索機のフレームを駆動させる念動力にもリミッターがかけられている。脳のリミッターの付け外しは修行で慣れ親しんでいた。なので直感できた。
昨日の帰還後、修理ロボのお世話になる直前にこっそり試してもいた。モニターのステータスチェックを起動した状態で、筋力のリミッターを外す感覚を応用し、肘を高速で曲げ伸ばししてみたのである。力の値にエラーが出た上に、HP計器の針ががくんと回って少し焦った。自宅整備の際は肘関節の摩耗が発覚し、保護材のマナマットバーニッシュの初使用ともなった。
以前にも全力機動のたびちょくちょく似たような現象は起きていたのであろうが、同調率100%超え後のそれは反動がよりいっそう凄まじい。実戦で使えばHPがマナ以上の早さで減少するであろうし、それ以上にフレームの寿命がぐんぐん減る。通常の全力機動が人間でいう酒や煙草やマリファナだとしたら、オーバーライドはクロコダイルだとかの危険ドラッグである。余程追い詰められない限り使うべきではない。
そしてその、余程のときが今であった。
脳のリミッターを外し、その感覚を機体の側へと拡張する。暗示やルーチンは必要ない。却って隙になるからと、瞬時にできるよう散々訓練させられた。
機体全身の関節が軋む。マナカーボンに亀裂を入れようと各所でかかる負荷は、マナカーボン自体の特性によって全体へと分散され、それがフレームHPの減少となって現れる。セッティングによって先にダメージが集中するのはメインフレームではなく、各所に配置されたサブフレームだ。装甲とメインフレームの間を埋めるよう付け足されたそれが、巨大プラモデルたる探索機ががらんどうでない所以である。探索機はメインフレーム、サブフレーム、装甲と、大まかにいえば三重構造となっているわけで、メインフレームが内骨格で装甲が外骨格なら、サブフレームはいうなればお肉だろう。HPを強化するチューンも基本的にはサブフレームの交換で行なわれ、先に駄目になるのもサブフレームである。最初に犠牲になるからか、欧米では
筋肉や骨から嫌な感覚がするように、サブフレームの数カ所に微かなクラックが入るのを感じた。修理ロボや回復魔法で見かけ上は修復できるが、一度クラックの入った部分は脆くなる。テクニカの最大HPが減少したのは確実であった。
ブレードを振り切って炎の残滓を突き抜ける。武者ガンヘッドに肉薄した。向こうも構え直している。だが遅い。既に斬り上げている。
左手の指を落とし、鎬で鍔をかち上げた。日本刀が宙を舞う。脇差しに伸びた右手を蹴飛ばして、ブレードの切っ先をコックピットハッチへと突きつけた。
武者ガンヘッドはゆっくりと腕を持ち上げ、そして下げた。急に脱力したからか、がたんという音を鳴らした。
俺は告げた。
「俺の勝ちです」
『……ああ、僕の負けだ』
晴れやかな声でそう言うと、武者ガンヘッドがぐったりしてよろめいた。マナ切れのパワーダウンであろう。立っていられずに倒れ込みかけたので、テクニカの腕で支えてやる。男同士触れ合うような仲ではないが、ばっちいもののように避けてしまってはかわいそうだろう。
しかし俺の鋭敏な聴覚が、こっそり犬のようにくんくんと鼻を鳴らす音を捉えてしまった。
『先生の腕はあったかいな』
離そうかと俺は思った。