ダンジョンロボ(仮)   作:トシアキウス

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エビルガンヘッド

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 光が収まるのを待たずにポーションケースへ手を伸ばす。ヒールポーション、HPポーション2本、そしてMPポーション6本と計9本、450mlの液体を胃に流し込んでいく。総額50万円というまさしくポン中のごとき乱費であるが、危機的状況で気にしてはいられない。このような死ななきゃ安いと割り切ることの繰り返しが金銭感覚の麻痺、ひいては探索者の破産に繋がるのだなと、のんきなことを思いつつ、神経を尖らせた。

 テクニカはパワーダウンで動けない。今襲われたらなぶり殺しに遭うだろう。いざとなったら機体を捨てて生身で逃亡するために、回復は可能な限り済ませておかねばならなかった。

 エアマンティスは倒したものの、脅威は去っていないのである。恋人を失った花沢さんの精神状態は非常に危うい。虚脱を続けず元気になって、戦闘中に不意打ちしてきたような口封じを続行しないとも限らない。その場合は八つ当たりもできるので一石二鳥だ。ともかく行動が読めない。

 そして花沢さん以上の不確定要素がある。エアマンティスの分かたれた下半身に、ほんの微かな気配を感じ取った。ぐったりとした上半身からは何も感じられない。有精卵と無精卵のように比較したうえで直感頼りで初めてわかる気配である。

 エアマンティスはカマキリ型のモンスターで、こちらのレベルアップが始まっても死体が残っている。残された下半身の腹部ははち切れんばかりに膨らんでいるが、受肉モンスターなら卵くらい抱えていてもおかしくない。三層には小型モンスターとしてエアマンティスの幼虫が出現する。赤ちゃんとはいえ人間サイズだ。侮れるものではない。ホワイトアントのように大量に群がり、個々の戦闘力も獰猛さもホワイトアント以上である。母親の死体の腹を食い破って出てくるくらいの生命力と早熟さも備えている。ヒリューズ抜きで相手をするのはかなり厳しいと言わざるを得ないだろう。

「だが……」

 ここで昨日見たオーガの死体が脳裏をよぎる。腹の中が空洞みたいになって、内臓自体は押し退けられたように退化していた。浅層へのゲート潜りという異常行動はこのエアマンティスと共通している。カマキリ、腹の膨らみ、空きっ腹、異常行動と連想したところで、花沢さんのガンヘッドが動きを見せた。

 

 ひっくり返ったエアマンティスの下半身にふらりふらりと幽鬼のような足取りで近付くと、ライフルをゆらりと向けた。

『……しなさいよ。ソウ君を返しなさいよ!』

 発砲する。腹の膨らみにばいんと弾かれ跳弾する。30㎜とはいえ、当て方が甘いと一発では外骨格を抜けない。探索機用にマナ動力化し装甲を施したGAU-8、インナーアームアヴェンジャーなら引き裂くように破壊できるだろうが、そのような実弾装備を運用している探索者など日本には殆どいない。

『こ、この、虫けらの死骸風情が生意気――』

 ライフルで撃つのを止めて蹴りつける。

『きゃっ』

 全力を込めたはいいが思いの外弾力が強かったのか、姿勢を崩して転んでしまった。

 

 花沢さんは怒りで我を忘れている。声をかけたらとばっちりを食うだろう。しかし蒼也さんがここにいたら、せめて彼女を生きて帰らせてくれと願うはずだ。

「死体から離れて下さい花沢さん。まだ危険です。刺激するのは駄目です」

『ええそうね! 人食いの化け物だろうと、胃洗浄を済ませれば、立派な素材ですものね! せっかくレアなドロップ品、無駄に傷をつけたなら査定が下がると仰りますか。これはこれは優秀で才能溢れる探索者様は大変非常にロジカルですこと! お年玉、ちゃんと貯金してたのかしら? 中卒なのに金勘定がお上手ね。あはっ、そうねたしかに、ソウ君はもういない。ぐちゃぐちゃになって洗い流されてしまう、そんな物になっちゃった。解体場の(ごみ)ソウ君。処理場に骨壺を持ち込まなきゃだわ……あんたのせいでね! こいつが殺してあんたが死なせた! 人が死んで金勘定を気にするなんて、心がないなら死んでしまえ!』

 ブレードを振り抜いて弾丸を斬り払う。極限状態で勘を取り戻したのか、咄嗟かつ片手での発砲にもかかわらず、ちゃんとコックピットに当たる弾道であった。

 

機体MP 15/720

 

 機動はできないものの、跪いたまま片腕でブレードを振り回すには問題ない。恋人を失った癇癪を受け止めるくらいの余裕はあるけれども、それをするには彼女自身が今現在、危険に晒されている。

「今はそこから離れて下さい! そちらの死体から、気配を感じるんです!」

『気配ですって? 現実の人間がそんなもの感じられるわけないじゃない! お年頃のお電波なたわごとで、私をまやかすつもりでしょう! ソウ君みたいに!』

 連射される弾丸を弾く。散々酷使したブレードには罅が入っている。エアマンティスに放ったような全力の一撃にはもう耐えられないであろうし、振るごとに違和感が僅かずつ大きくなって行く。

 けれども銃声はすぐに途絶えた。弾切れである。

 弾倉をとろうと片腕が動くが、肘から先が無い。

『あっ、えっ』

 ライフルのストックを脇に挟んでどうにか片手で弾倉交換を試みるものの、想定していなかったのであろう、あたふたした末にライフルを落としてしまった。

 咄嗟に拾うべく屈んだそのときであった。ガンヘッドの背後、横たわったエアマンティスの下半身がうごめいた。

 

 尻の先から黒い尖ったものが出た。出たと思えばにゅるりと伸びた。ウォーターワームより細長く硬質なそれは、

「ハリガネムシか!」

 先ほどの連想が繋がった。寄生虫型モンスターだ。

「後ろ避けて! 振り向かずスラスター!」

 しかし彼女は振り向いてしまった。

『なにっ』

 振り向く動作が隙となり、言葉が遮られる。巨大ハリガネムシの動作は素早く、そして精密であった。爪楊枝のように尖った先端が、ガンヘッドの胸に突き立った。

『あっ、ぎっ――』

 絶叫は放たれる前に遮られる。湿った音とばたつく音がスピーカーと通信で二重に響く。巨大ハリガネムシは激しく身をよじりながら掘り進むようにガンヘッドの内部へと入り込んで行く。

 人差し指を立ててフォトンバレットを発動する。マナが13消費され、再びパワーダウンに陥った。光片が散って舌打ちする。体表で弾かれたのである。

「こいつ硬いぞ」

 舌打ちには己の迂闊さを含んでいる。

 ガンヘッドが痙攣する。ハリガネムシの浸食によるものか花沢さんとの同調によるものかはわからない。どのみちろくでもないことになるのは明らかだ。金属とカーボンのメカが有機体に変化しつつあるのか、ガンヘッドの胸部装甲から血管や葉脈のような筋が広がっている。

 こんな場面で俺は迂闊な真似をして行動不能になってしまった。しかしできることはまだある。

「っステータスオープン」

 

レベル 11

HP 101/101(+16)

MP 145/166(+35)

力  67(+10)

防御 26(+4)

魔攻 78(+19)

魔防 27(+3)

早さ 13

 

 レベルは3レベル上昇して11になった。つまり10レベルを経由してスキルが増えたということだ。

 

フレームHP 425/1500

機体MP 3/720

同調率 113.6

力  210

防御 203

魔攻 202

魔防 104

早さ 11

 

 追加のMPポーションをあおりながらステータスチェックのモニターに視線を走らせ、ステータスオープンに表示された新たなスキルについて思いを巡らし、

「そういうことかよ」

 と吐き捨てた。

 

 びちびちと後端を振り回しながらハリガネムシの全身がガンヘッドへと入り込む。つんと仰け反って硬直したと思えば、脱力して前のめりになった。痙攣が止んだ。脈が全身に広がって塗装がひび割れ、両腕をだらりと下げて立っている。通信もスピーカーももはや機能していない。しかし鈴を転がすような笑い声が聞こえた。

 肉声であった。くすくすともけたけたともとれるような、歓喜と嘲りの入り交じった声音である。小学校高学年の生意気盛り、同級生の女子たちが「ざぁこざぁこ」と用務員さんをからかう声が思い出されたが、その音の大きさは探索機のスピーカー並みで、人体が発せられるものでは決してない。

 

機体MP 60/720

 

 計器の針が時計の秒針のように回り出した。

 

機体MP 115/720

 

 少女めいた笑い声の大きさに合わせるかのように、マナ濃度が跳ね上がっていた。

「マナを生み出しているとでも?」

 マナを発生させるモンスターはいないわけではないが、周囲のマナ濃度をここまで高めるほどではない。

「――田中次郎式永久機関」

 ふと連想した。

 

 田中次郎式永久機関は人が念じると一定の熱量を発し続けるだけのマジックアイテムだ。いわば超高性能かつ劣化しない懐炉である。それがお湯を沸かしてタービンを回す装置の約三百メートル以内では、専門の起動員たちが一時間交代で常時念じ続けている。起動しろと念ずる者が誰もいなくなれば、発電が停止するのである。ある意味では人力発電といってもいい。単純かつ高給取りの仕事だが、プレッシャーの中、念じ続けることで精神を病む者も相当いて、杜撰な管理体制による発電停止や下請け起動員の使い潰しが問題となっている。

 田中次郎式永久機関はこのように起動員の精神的疲弊と引き替えに日本の消費電力の半分をまかなっているが、実のところその仕組みは明らかにされていない。提供者の田中次郎自身が決して分解しないようにと忠告し、分解した瞬間に周囲を巻き込み消失するとも付け足していた。実際に周囲半径一キロメートルのクレーターを作り出した。日本に一、米国に一、中国に三ヶ所である。日本は政権交代のどさくさで手を付けて、米国は日本が譲渡した複数のうちの一基を実験に使ったことで、中国は手間暇かけて盗んだ二基に時間差で自爆機能が働いて、後にどうにか譲渡してもらえた二基のうち一基にもリバースエンジニアリングを試みてしまったという。

 そんなわけであるから田中次郎式永久機関の構造は未だ謎に包まれている。様々な憶測があるが、最も有力な説は、人の思念で起動することからマナエンジンの亜種であるというものだ。マナを熱量に変換する仕組み自体はごく基本的なものなので、マナを無限に生み出す機能を持つマナエンジンがあるとすれば、セーフティと合わせてそれに付け足すだけで良い。

「まさかな」

 思い付きを否定する。田中次郎式永久機関の原材料という可能性はこじつけられなくもないが、三層のモンスターが元になったとはとても考えられない。ありえるとしたら深層、それも六層以降だろう。

 マナ濃度が跳ね上がったとはいえそもそもの出力が足りていないし、何らかのリソースを消費している可能性だってある。

 

機体MP 390/720

 

 戦闘可能な状態までマナ残量が回復した。けれども俺は動けなかった。耳朶を打つ少女のような笑い声と、ガンヘッドの異様な佇まいもあるが、向こうの戦闘力が全く不明である以上、先制攻撃はせずに、退却を実行するための間合いを維持しておきたかった。ようは出たとこ勝負である。

 

 そして間も無く、

「――せまいじゃま」

 と、くぐもった肉声の後、ガンヘッドの胸部装甲が吹き飛んだ。

 コックピットの内部が露わになる。

「ン、ぁん、あはぁ……空気がおいしい。お空きれい。マナが高まる。力が溢れる……もう、最っ高ぉ」

 花沢さん、いや、かつて花沢さんだった存在がそこにいた。

 

 

 

77

 ライダースーツ型のぴっちりとしたパイロットスーツの前面は大きく開かれていた。チャックをそのまま下ろしたのではなしに引き裂いたように露出してあって、その度合いはセクシー系ハリウッド女優のVネックドレスどころではない。胸元から臍で止まらずに切れ目が続いていた。けれどもその下半身はというと巨大ハリガネムシと同質の触手の束に変じている。逆に上半身がそこから生えていると言い換えてもいいかもしれない。

 そして胸の谷間の中心には、黒い瘤のようなものが根を張って、脈打っていた。巨大ハリガネムシが突き刺さった位置である。

「はぁ、ん、あっはぁ……気持ちいい」

 どこか扇情的な溜め息を漏らしながら、胸を抱くように肘を寄せ、手の平で顎から下へと身体の凹凸をなぞって行く。ガンヘッドの腕が一拍遅れで連動し、覆うように動いたマニピュレータが彼女の身体にぶつかった。

「……なによ紛らわしい。これもういらなぁい」

 二の腕から下が音を立てて弾ける。血肉が飛び散ったが骨はない。元から触手の束に変化済みで、それが肥大化したのである。女性らしい細腕の肉付きは、もやは着ぐるみの()のようなものといえた。触手と化した前腕がぎゅるんと伸び、コックピットのレバーの名残に覆い被さって同化する。機体側からも触手が生えて絡みついた。白い肌とは対照的な黒い根が、首筋を伝って頬へ、脇を伝って乳房へと、ひび割れのように這う。腕と腰を機体に埋め込んだような格好になった。

「えいえいおー、ダブルピース。うん、硬いのがちょっぴりぎゅうぎゅうするけれど、思った通りちゃんと動く」

 まさしく人機一体というような機体の腕の動きであった。探索機は通常、軸回転を組み合わせて捻り動作を行うが、こちらは触手を束ねて筋肉を再現したのか、内部が柔軟に伸縮し、装甲を甲殻のように軋ませている。

 花沢さんとハリガネムシとガンヘッド、この三つが同化して、新種のモンスターが生まれたということだろう。

 黒々とした有機体がメカを浸食したいかにも悪に堕ちたような見た目から、デビルガン――は増殖やら進化やらしそうで縁起が悪いので、エビルガンヘッドと仮称することにした。

 

 エビルガンヘッドは両手を組んで背伸びをすると、こちらに顔を振り向けた。

「あらまだいたの?」

 今のところこちらは眼中にない様子だが、通常のモンスターとは違い人間的な人格はあるようなので、探りを入れてみる。

「……そんな破廉恥な格好をして、何をしようというんです」

「はいそれセクハラ。エッチなのは駄目だってお姉ちゃん言ったでしょ、聖琉」

「勝です」

「そうだったかしら?」

「花沢佐奈さん、で合ってますね? 受付嬢の」

「何をお馬鹿な、私は私よ。見ればわかるじゃない」

「イメチェンにしては変わりすぎです。水が恋しかったり、卵を産みたくなったりしませんか?」

「女の子を虫扱いするなんて、あんた学校でもそんなイジメやってるの? モテなくなるわよ。女子ってみんな根に持つから、さっさと謝っちゃいなさい」

 ハリガネムシの性質は持たず、花沢さんの人格は一応保っているようだが、俺を弟と錯覚したままである。

「はじめの質問に答えてください」

「えっと、なんだったかしら」

「これから何をするつもりですか」

 受け答えがどうにも怪しい。酩酊や夢見心地に近いのだろう。理性を介さず感情や衝動がそのまま出力される、いわば動物的な状態といえる。

「そうね。まずはお日様を浴びたいわね。ここでも星は見えるし空気は澄んでいるけれど、やっぱり伸び伸びできないもの。今日はお仕事お休みだから、久々にお買い物……いや、食べ歩きしたいわね。何でかしらないけれど、お腹がぺこぺこなの」

「そんな図体でショッピングモールを歩けるんです?」

「はぁ? 当たり前じゃない。店員さんだってこっちのほうが食べやす、うん? えっ、ちが、私……」

「花沢さんって家庭的ですよね。やっぱり子供が好きなんですか」

「それはもちろん。子供って純心で、とっても美味しそうよね。ぷにぷにお肉にぷりぷりホルモン、骨も柔らかいのかしら……あ、ああ……!」

 人食いのモンスターの思考である。エビルガンヘッドが頭を抱え出し、花沢さんの生身のほうは俯いた。

「……殺す……食べたい……犯したい……違う、試練……霊長に試練を与えることこそが我らの使命であるならば……うるさいうるさいうるさい! 私は私よ! 食べればいいんでしょ、犯せばいいんでしょ、踏み躙って嗤ってやれば! だからもう喚かないで。目の裏をかき回さないで。お願いします。私を私のままでいさせて……」

 花沢さんが顔を上げる。その目はひどく血走っていた。血液の色は赤ではなく黒であり、眼球にボールペンでぐちゃぐちゃに書き込んだようになっていた。

「聖琉……じゃない。勝、君。お姉ちゃんを助けてよ。私に、あなたを、食べさせてェッ!」

 ガンヘッドのかざした片腕が膨れあがる。装甲がひび割れて分割され、弾けるように触手の束が伸びるのと同時に、俺はスラスターを全開に跳び退いた。

「質量保存の法則はっ」

 触手が地面に衝突して砂塵が上がる。砂塵の中で二股に分かたれると、一方はひゅるんとしなって空中の俺を追い、もう一方は地面の中へ木の根のように潜り込んだ。

「どこやった!」

 触手は更に空中で分割され、四本の触手が絡みつくように追い縋る。スラスターだけでは加速力が足りないので、岩壁沿いでの壁面跳躍を織り交ぜた機動をした。どうにか振り切ったと思えば、前方の地面と壁から触手が生える。最初に分かたれた触手が掘り進んで来たのである。ブレードで斬り払った。

「硬いか!」

 エアマンティスの外骨格ほどではないが、義経ゴブリンの肉体くらいの強度がある。今の力のステータスと最効率身体操作ならどうにか一撃で両断できる。触手自身の速度を乗せるカウンターで、一本、二本、三本と、続けて断ち切る。しかしそれで打止めだった。ブレードに違和感を感じて目をやった。

「なにっ」

 耐久力の限界が訪れたのではない。ブレードの刀身に触手の肉片がこびり付き、そこから脈が広がりつつあった。浸食されていたのである。数秒もせずに黒々とした脈が刀身の半ばを覆い、柄のほうへと伸びてきた。

 舌打ちして投擲する。ブレードは壁沿いの触手の束を縫い止めるように突き立ったものの、別な触手が眼前に迫っている。ナイフを抜き放ち、機体を回転させながら幾重もの銀光を走らせた。

 

 触手の包囲網を抜けてナイフを確認する。体液はついているが脈は走っていない。どうやら振りが速ければ浸食されずに済むらしい。

 とはいえ残りの武装はこれを含めてナイフ二本だけである。蒼也さんとの戦闘で使ったもう二本は、位置は一応把握しているが回収するのは難しい。

 それに切り払い続ければいずれブレードと同じく浸食されるであろう。姿勢制御も兼ねて血振るいしたが体液の落ちる気配がない。使い切る前に倒すなら、一撃で決めねばならないだろう。

「前から思ってたんだけど、勝君ってつれないわよね。お姉ちゃんが抱き締めてあげようとすると、いつもするりと避けるんだもの」

 記憶の捏造は弟の思い出とまぜこぜになったからで、今の彼女にとっての俺は相沢まさとる君とでもいうような存在なのだろう。

「愛情を込めるなら、やっぱりハグは両手でなくっちゃ……駄目よねぇええ!」

 エビルガンヘッドがもう片腕を突き出した。五本指のマニピュレータが膨脹し、五本の触手に変化する。先端は指先のままで、それぞれにマナカーボンの欠片がへばりついた触手たちが、一斉にこちらに向かって射出された。

 好機である。俺はデコイを発動した。

 

フレームHP 383/1500

 

 オーバーライド無しの総身脚なのでHPダメージは軽微だ。それでもその加速力は、触手の群れを掻い潜り、虚を衝いて接近するには充分であった。

「これがハグの距離ですよ」

「えっ」

 そう告げながら花沢さんの生身へと、俺はナイフを振り下ろした。

 袈裟懸けである。パイロットスーツの肩口を切り裂き、ふるりと揺れる脂肪を割りながら背骨を断つ。

 生身と機体部分との接続で結構な応力がかかっていたのであろう。斜めに分かたれた身体がゴム人形をちぎったかのごとく、ばつんと跳ねた。

 内臓が内圧でぶちまけられ、首付き胴体がコックピットの外にぶら下がる。接続されたままの触手の腕がロープの役割を果たしていた。

 

 機体が傾き、襤褸切れのようになった身体が揺れる。

「……おっぱい触った。このエッチ! ドスケベ! 変態……じゃないわねむしろ健全だもの」

 死体の口が動いていた。

 

 

 

 

 

78

 すかさずフォトンバレットで消し飛ばした。

 気配は消えない。触手が人型を形作ろうとするので、エビルガンヘッドの機体を切削するように光弾を連射しながら気配を探った。

「人形は本体ではないのか?」

 半裸の花沢さん部分は発声器官を兼ねた疑似餌のようなものなのだろう。

 フォトンバレットでの破壊速度を触手の増殖速度が上回ったため、跳び退いた。鉄砲水のように黒いうごめく血肉が周囲に広がり、そうかと思えば纏まって、繭に似た形状となった。触手が糸玉のようになって硬化する。フォトンバレットを当てるが光片がその表面で拡散した。一発当たり二三本分の()()()である。威力が足りない。

 距離を取り、MPポーションを三本飲んでMPを満タンにする。

「一か八か試してみるか」

 しかし先に、繭の側に変化があった。硬化した触手の糸玉部分が光となって消失する。通常モンスターのそれと同様の現象であるものの、レベルアップは始まらない。なんとなれば繭という不要部分の自切である。

 

 光の中から現れたのは探索機の機体と同じ人型であった。黒々とした触手の名残はもはやないが、その形状自体はガンヘッドの面影を残していた。ややスリムな流線型となった装甲は桃色がかった白色をしていて、胸部装甲のあたりは女性的なラインを描き、頭部パーツの砲口はのっぺらぼうに置き換わっている。探索機デザイナーがガンヘッドを有機的かつ女性的にリファインしたといった塩梅だろう。頭部砲は男性的に過ぎるので排除したといわれれば納得できる。

 バックパックの名残に燐光を帯びた分割線が走ると、花弁が開くかのごとくウイング状に展開される。

 同時に頭部ののっぺらぼうがずずずとうごめき、人の顔面が浮かび上がる。目のぱっちりした美人さんだ。花沢さんの顔である。

 

 唇が動いた。

「蓮はね、汚泥の中から花を咲かすの」

 そう発声する。なるほど、花弁のような装甲形状と桃色のグラデーションは蓮の花をモチーフにしたのであろう。蓮花(れんか)ガンヘッドとでもいうのか字面はお洒落でなくもないが、蓮華(れんげ)と書けばチャーハンの食器のほうが連想されるので、仮称はエビルガンヘッドのまま、その第二形態としたほうが良さそうだ。

「汚らしい私だったものを全部殺してくれてありがとう。おかげで生まれ直せたわ」

 ウイングの縁の溝からスラスター光を放ってホバリングする。重力制御といった不思議機能はなさそうだ。

「今ならわかるわ。なにもかも」

 エビルガンヘッドが天を仰ぐ。

「なぜ聖琉が死んだのか。どうしてあたしがママのセンセイに、ひどいことをされたのか」

 自分自身をかき抱くように腕が動く。

「あらゆる苦難も屈辱も、一切はこうして、私が生まれ変わるためにあった。不用となった肉の檻を捨て去って、この美しい、完璧な、穢れ無い私になれた。忌々しい男どもの吐きだした染みなんて、もうどこにも存在しない、本当の私に」

 俺を見下ろす。その仮面づらは、慈愛を湛えたふうに形作られていた。

「すべては一つで一つはすべてよ。空間も時間も幻想なの。一足す一は二なんていう窮屈な因果律が、大いなる意志との触れ合いを邪魔している。そして相葉勝君。あなたも大いなる流れのうちにある」

 母性的とでもいうような、ひどく優しい声音である。本心から諭してあげようという気持ちが伝わってくる。

 しかし俺には覚えがあった。忌々しい実の母の口調である。この手の輩は相手に直接嘘はつかない。自分自身に嘘をつく。だからこそ情に訴えかけるのに長けている。

「悟ったようなことをしたり顔で並べ立てて、哲学ごっこは二十歳(はたち)で卒業できなかったんですか」

 能面が歪んだ。

「この期に及んでまだ反抗期を続けるのね。私はね、勝君。神様みたいな無限のパワーを手にしたの。照れ隠しとはいえ口答えするのは、愚かしいと思わない?」

「モンスター受付嬢の発言を真に受けるほど、俺は夢見がちじゃありませんよ」

 俯いて震え出す。

「うふふふふ……あはははは……ハーッハッハッハ!」

 段階的な笑い声とともに、ウイングの表面にぷつぷつと蓮の実に似た窪みが幾つも形成され、実の部分が蜂の巣の幼虫のようにうごめいた。見続けるとさぶいぼが出そうである。モンスターの本性が現れている。

「女神の業火よ! 反省なさい! ファイアボール!」

 視界いっぱいに、無数の炎弾が放たれた。

 

 スキルである。斬線を延ばすように複数纏めてナイフで無効化して突き抜ける。真正面である。のっぺらぼうに膝蹴りを叩き込んで空中に離脱した。浸食はない。触手まみれのときとは違い、向こうの気配ももはや不定形めいてはいない。探索機と同様に倒せるということだ。

 とはいうもののその性能は凄まじい。

「女神を膝で殴るなんて!」

 鼻を凹ました顔面が眼前にあった。ウイングスラスターの瞬間加速で追い付かれたのである。

「お尻をぺんぺん躾けてあげ――」

 つかみかかってくる腕を小手返しして投げ飛ばす。エビルガンヘッドが激しく回転しながら地面に衝突し、こちらも天井で受け身をした。

 

フレームHP 383/1500

 

 向こうのパワーが大きすぎて力の流れを操作しても反動を相殺しきれない。

「なんで? どうして? パワーはこっちが上なのに、なんで私が汚れているの」

 土石をぼろぼろ落としながらエビルガンヘッドが立ち上がる。

「私だって探索者なのに! 理不尽すぎるじゃない!」

 癇癪を起こして地団駄踏み、腕を目茶苦茶に振り回して周囲の岩塊を破壊する。

 自ら視界を荒らしてくれるのでその隙を突こうと思ったが断念した。振り回された腕装甲の鋭角から、斬撃波が放たれたのである。地面や天井に斬線が刻まれて、岩柱や岩壁の瘤が斜めに切れてずり落ちる。空閃スキルであった。

 

 花沢さんの顔が虚空を見上げて呟いた。

「……ソウ君? そこにいたのね?」

 妄言ではなかった。

「そうとも、愛する二人はいつも一緒さ」

 頬の部分がずずずとうごめいて、新たな顔が浮かび上がっていた。花沢さんにくっついた人面瘡のような小さい顔は、河合蒼也のものであった。

「すべては一つで一つはすべて。私はあなたであなたは私。一つになってわかり合う。これが本当(ほんと)の愛なのね」

「そうだよ佐奈さん。君の愛が僕を甦らせてくれた。良い気分だよ。最高だ。君を感じる。力があって愛もある。もう寂しくない。永遠に。だからさ」

「ええそうね。ソウ君のお気に入りを仲間はずれはかわいそうよね。早く肉体から解放してあげないと」

 エビルガンヘッドが俺を見た。河合蒼也の目もこちらを向いた。

「一つになろう勝君。この感覚はセックスより、ずっとずっと気持ちが良いぞぉ」

 俺は己の顔が歪むのを自覚した。

 

 

 

79

 二つの顔面がスキル名を詠唱する。

「エンチャントファイア」

「ファイアボール!」

「空閃」

 炎を纏った斬撃波と炎弾が怒濤のごとく乱射された。ナイフで無効化し続けるには手数はともかくリーチが足りない。

 スキルそれぞれの未来位置を把握して、俺はナイフを投擲した。軌道が弧を描くよう回転をかけてある。続けてもう一本も投げてしまう。さしずめダブルナイフブーメランである。

 二本のナイフはスキルを幾つか無力化すると、炎に飲まれて消失した。けれども丸腰になったのと引き替えに、炎の海に一筋の道が出来る。道の先はエビルガンヘッド本体ではない。その斜め後方だ。スラスターを全開にして駆け抜けた。

 

 通り過ぎた道を新たに放たれた炎が飲み込んでいき、テクニカに覆い被さるように追い付いた。俺は柄をつかんでいた。次の瞬間、幾筋もの斬線が虚空を舞う。炎が火の粉となって散り、真っ直ぐな刃文が瞬いた。地面に突き立っていた武者ガンヘッドの日本刀である。

「良い刀だ」

 片手振りでも剣閃の走りが良い。繊細な振りを要するが剣速はブレードより数段上だ。押し寄せる炎のスキルを一閃ごとに纏めてなぎ払う。機体に剣閃を纏うようにして機動する。

 

機体MP 690/720

 

 マナ濃度のおかげでスラスターは使い放題だ。機体の負担にさえ気をつければ多少無茶な機動を連続したところで、激しいGによって俺自身のHPはすり減るものの、それ以外の消耗はほぼ無しで済む。

 スキルを無力化しながら、片足を欠いた手足の振りによる不規則な鋭角軌道を描くことで、エビルガンヘッドに肉薄した。

 手の内で回転力を上乗せした逆手二重回転斬りが、エビルガンヘッドの片翼を半ばで切り落した。

「このっ、人のものをとったら泥棒よ!」

「駄目だよそれ僕のだぞ」

 空中戦である。エビルガンヘッドが姿勢制御で立ち直ると同時に頭上をとった。向こうのスラスター出力は有り余っているのか、片翼でも問題ないらしい。

 斬撃波を腕に纏い振りかざす。俺はデコイを真横に纏っていた。加減した総身脚による空中スライド移動である。回避しながらカウンターとなる形で、柄を手の内で転がしながら持ち替えて斬り上げた。

 逆袈裟の傷が胸部装甲に走るものの、浅い。続けざま顔面を蹴って離脱する。

「またおっぱい!」

「足蹴にもした!」

 一瞬前にいた空間が爆発した。ファイアボール同士をぶつけ合った空間攻撃であろう。あまり長く接近していては巻き込まれる。日本刀による斬撃も効果が薄い。こちらのパワー不足だ。エアマンティスと違い中身も頑丈であろうから、オーバーライドの突撃斬りでも命には届かない。それに加え反応速度自体がかなり早い。主体が花沢さんであるためか活かし切れていないが、大振りの一撃は土壇場で対処されかねないだろう。一撃で仕留めきるには兎角虚を衝く必要がある。

 

 ファイアボールを切り払いながら問いかける。

「蒼也さんであるのなら空歩スキルを使ったはずです!」

「なんだと!?」

「技術がない! スキルだけ! その人格は見せかけでしかないんでしょ!」

 エアマンティスが捕食した死体をハリガネムシが同化したのであろう。エビルガンヘッドの花沢さんと同様と考えてもいいが、彼の死体は全てではなく、あくまで頭部と胴体の半分ちょっとだけである。人間は脳だけではなく、身体でもものを考える。人体全てが揃ったうえで、一つの人格といえるのである。そのことは中国で行なわれた回復魔法を利用した脳交換実験によって既に証明されている。

 そして意識という16ビット毎秒の情報の羅列など、見せかけだけならば容易に再現できる。その一方で全身の記憶の要る身体操作技術や戦闘勘は、まったく再現できていない。エビルガンヘッドの頬についた人面瘡は、お年寄り向けテレビ通販で売られている愛犬ロボと左程変わりないのである。

「ソウ君をまやかさないで!」

 しかし俺はあえて説得を試みた。あの強烈な変貌ぶりを見せた人格が、脳だけになったとしても大人しくなるとは思えなかった。

「俺を先生と呼んだあなたなら、言いなりには甘んじない! 自分だけの黒髪巨乳目隠れ義妹をお嫁さんにするって、花沢さんはそうじゃないでしょ! あなた以外の男の手垢がついている!」

「は?」

「むむっ」

 花沢さんの顔が口をあんぐり開けて固まって、蒼也さんが俺の頭上、ユニコーンヘッドの角を凝視した。

 日本刀を振りかぶるのに反応して、エビルガンヘッドが手刀を繰り出す。

 打ち合いの軌道を途中でひるがえし、肘関節を狙った。

「っシールド!」

 花沢さんが口にする。発動しない。断ち切った。

「んなぁっ!?」

「目が……覚めたぞ先生!」

 蒼也さんの人面瘡が、目玉をぎょろりと見開いた。

「身体が、動か……」

 エビルガンヘッドの四肢が硬直し、スラスター光が途切れて墜落して行く。

「エクスカリバーを、食らう!」

 十字を切るように万空閃を自らに向けて放つ。十字架型の斬撃光が地上で炸裂した。

 

 空閃スキルはMP消費が少ないものの、修練が必要だといわれている。なんとなれば自傷ダメージを負うタイプのスキルである。

 土埃が晴れると、寝転がるエビルガンヘッドの胸には十字傷が刻まれていた。内部には達していない。万空閃といえども手首と指の振りだけでは、威力が足りなかったということだろう。

「ソウ君よくもっ、よくもソウ君……!」

「僕たちは死人なんだ。死んでなきゃ駄目なんだよ、佐奈さん……勝先生ェ! 引導を渡して下さい! あなたの手で、あなたの手であるからこそ! 僕が抑えているうち――」

 接近のために急降下を開始すると同時であった。エビルガンヘッドの腕が霞む。

「もういらない」

 蒼也さんの顔のあった頬を、ぐしゃりと殴り潰していた。千載一遇の好機を逃したのに気付いて機体を急旋回させる。

 エビルガンヘッドの両肩アーマーに、蓮の実型の魔法発動体がぷつぷつと形成された。

「ファイアボール」

 投げやりな呟きとは裏腹であった。機関銃のごとく連射されたファイアボールがそれぞれ空中でぶつかり合い、爆発が空間を塗り潰す。

 岩陰に潜り込むのが遅れたら巻き込まれていたことだろう。

 装甲の突起で煙の糸を引きながら、爆煙の中から、エビルガンヘッドが上昇して現れる。片腕の断面と十字傷にマナの燐光が煌めいていた。

 

 

 

80

 ファイアボール同士をぶつけ合っての擬似爆発魔法は、見た目は派手であるものの、対処自体は左程難しくない。接触直前に纏めて斬れば無効化できるし、剣が届かない距離であれば、爆発範囲から退避できる。ぶつけ合うという条件があるうえにファイアボールの爆発自体もあくまで副産物に過ぎず、範囲攻撃魔法として見た場合の威力は大したものではない。

 もしもエビルガンヘッドの性能で繰り出されるスキルがファイアボールではなく純粋な爆発魔法のエクスプロージョンであったら、その余波だけで全身を強く打って撃墜といった有様になっていた。花火の如く炎弾が広がるベスビオスであったなら、回避も無効化もしきれずに火達磨である。

 ファイアボールはたしかに良いスキルである。弾速はやや遅いもののそれなりの威力がある上に、僅かながら追尾性を持たせたり爆発させずに跳弾させたりと応用が利く。そもそも火属性自体が強い。いうまでもないがあらゆる生き物は火に弱いのである。そして何より、MP消費がたったの4だ。

 ファイアボールは最もコストパフォーマンスの良いスキルだといわれている。しかも応用性があるゆえに、攻撃魔法スキルはこれ一つで十分だと豪語するファイアボール信者さえいる。

 しかし結局のところ、いくらコストパフォーマンスが高いといっても、ファイアボールは低消費スキルに過ぎない。ライトニングボルトを広域攻撃として放てば火力が数段落ちるように、ファイアボールもいかにリソースの配分を調整したところで、低消費スキル相応かつ、効果自体も格段に減少する。

 むしろ下手に応用なんかせずプレーンな使い方のままのほうがずっと効率が良い。俺のデコイの使い方と同様だ。MPを15も食うにもかかわらず、足場としての強度は消費2の空歩に劣る。

 

 畢竟、エビルガンヘッドの爆発攻撃乱発への行動パターン変化は、蒼也さんの見せたような急成長には当てはまらない。むきになって攻撃を当てようとしているだけで、まるで成長していないのである。

 エビルガンヘッドの脅威性はその高スペックによる一撃死しかねない攻撃力にあったのに、低威力の爆発に拘泥するために、怖さがなくなった。爆風がこちらの機動力の足しになるくらいである。

 しかしエビルガンヘッド自身は上機嫌であった。きゃははははと笑い声すらあげている。

「はじめからァ、こうしていれば良かったわァ。ソウ君なんてもういらない。他の馬鹿な雄どもも! もう男なんか、男に頼らなくったって、私は幸せになれるんだ!」

「幸せになると、そんな有様で!」

「口の利き方ァ!」

 仰け反って吹き飛ぶように爆風に煽られる。そういう機動を続けていた。油断を誘うためである。

「この身体は染み一つない純潔のォ、無限のパワーと永遠の美しさよ! 台無しになった人生をやりなおして、私自身で咲き誇れる! あの女、(むらさき)のように!」

「なぜ柿本さんが」

「私と違って無くさずにぃ、力も美しさも手に入れた! 羨ましかった! 憎かった! でも今はむしろ好き! 同じ綺麗な存在に、生まれ変われたからかしら……あっ、湧く。湧いたわ。マナと一緒に愛おしさが滾々と。これが本当(ほんと)の恋なのね!」

「カミングアウトされても困ります!」

 憎さ余って可愛さ百倍というやつか、その豹変ぶりは蒼也さんと似た者夫婦といえるかもしれない。同性に執着し出すのも共通している。

「性欲性癖最優先の、薄汚い虹色どもと一緒にしないで! 性を超越したからこそ!  私はもう汚される側じゃない! 汚す側に立てる! 紫! ああ紫! あなたを目茶苦茶にした後は生涯の恋人にしてあげたっていいわ! いや、する!」

 即座に前言と矛盾するひどい告白であった。修理ロボのお姉さんと古志野さんに続けて三人目だ。柿本さんからは妙なフェロモンでも出ているのかもしれない。

「そしてェッ! 愛しい人に色目を使う雄どもは、みんなみんな二本足にしてやる!」

 人類のマナーである二足歩行の指南でなく、男性の真ん中の足をちょん切るという意味である。これまでの発言から察するに奥床しい喩えというより、それだけ見慣れて忌々しかったということだろう。

 

機体MP 603/720

 

 高めを保ったマナ残量を確認しつつ合間合間にMPポーションを補給すると、隙を見て背後へと回り込んだ。策を組むに当たって、最終確認のためである。

 エビルガンヘッドの首がぐるんと百八十度回転し、花沢さんの顔面がこちらを見据える。

「けれどでも安心なさいな勝君。あなたはァ、あなただけは見逃してあげたっていい」

 これで確定した。喋っている間も視線誘導や、斜視の誘発を試してみたが、エビルガンヘッドは人間同様、二つの目で見てこちらを認識している。ウォーターワームのように感光細胞で感知しているのではない。おそらく五感は人間同様で、花沢さんを象ったのっぺらぼうも飾りではないというわけだ。

 

 なぜモンスターの優れた知覚能力ではなく、あえて人間の不便な五感を再現しているかというと、花沢佐奈という人格を維持するためであろう。

 空閃やシールドのスキルは、蒼也さんの意識が生じて使用可能になり、いらないからと潰された途端、使用不能になった。

 スキルを行使するのはあくまで人間的な人格であって、それがなければスキルを行使できないのだと思われる。

 そして人格とは単純な意識ばかりではない。百ページに及ぶ散文と同等の内容が五七五の句に含蓄されるように、五感で得た膨大な情報を百万分の一以下の16ビット毎秒の意識に圧縮する過程、その無意識の工程も含まれている。

 人間のように感じて人間のように思う。そうでなければ別の存在に成りはててしまう。見えないものが見えて聞こえないものが聞こえてしまえば、それはもはや花沢佐奈とはいえない。不思議ちゃんだ。触手まみれのエビルガンヘッド第一形態は人格が不安定かつ、スキルも使っていなかった。第二形態は人格とスキルの使用権を得たのと引き替えに、人間的な知覚と思考という縛りができてしまったということだろう。だからこそ第一形態のときよりも攻撃パターンが読みやすい。そしておそらく生命力もだ。直感でしかないが、真っ二つにするなりすれば命を奪えるという確信があった。

 生まれ変わった花沢さんは女神を自称していたが、逆である。神話のごとき怪物から、人間に戻ったのだ。違いはその身体が血肉でできているか、機械でできているかに過ぎない。

 そして思えば俺自身も、無意識のうちにそれがわかっていたのであろう。第一形態ではためらいなく花沢さんの人体を破壊したにもかかわらず、第二形態との戦闘では何度か仕留める好機が訪れたのに、そのたびに取り逃していた。スキルが厄介だとか一撃で倒せる確信がないとかは全て言い訳だ。人殺しをする覚悟が俺に無かっただけである。

 だが自覚した。自覚したならば、臍を固めることができる。どのみちいつか、親父の仇をとるのである。避けられないことが早まっただけに過ぎない。

 

 機体のマナは十分、MPも満タンだ。あとはタイミングを計るだけだ。

「だってあなたは私と一緒で、性的虐待の被害者だもの。仲間意識ってやつ?」

 殺しかけていた感情が熱を帯びた。

「一昨日依頼して今朝報告が届いたの。あなた父親と血が繋がってないんですって? 命知らずなのも自分の汚れた身体が大切じゃないからでしょ? 女でしくじったから少年愛。そうでもなきゃ托卵児なんて育てないものね! 相葉(たける)は孤児院通いのジジイとおんなじ屑野郎ね。死ねば良いのに、ってもう死んじゃってるか。ざまあ見なさい天罰よ!」

 エビルガンヘッドがぶひゃひゃひゃひゃと汚い笑い声を上げた。愛する柿本さんを真似たのであろう。

 

 

 

81

 無論事実無根である。

 その発言に憎悪の念を抱くより、下劣な発想することに慣れてしまうような向こうの生涯を哀れむべきだろう。

 あるいはこちらを思い切らせるために心にもない挑発をしたのかもわからない。表には快楽(けらく)を装いというやつで、本心では怪物ではなく人間として、一刻も早く殺されたがっている。

 斟酌し、介錯してやるべきだ。

「手足をちょんぎれば持ちやすくなってェ、紫へのお土産にしてあげる! 覚悟なさい!」

 覚悟はした。状況に流されてではなく、己の意志で命を奪う覚悟である。

 

 無数の火球がテクニカを追尾する。ファイアボールの弾幕にミサイルのような誘導性を持たせたのであろう。一つ一つ回避するのは手間である。糸を引っ張るように軌道をある程度纏めると、木の葉落としで捻り込み、絡めるようにぶつけ合わせた。爆発が連鎖する。一拍置くと、誘爆しなかった火球を剣閃で無効化しながら反転し、その爆煙を突っ切った。向かう先は広間の入り口である。距離があった。直線軌道で速度も左程稼げていない。スラスター光を巨大な花弁のように噴出させたエビルガンヘッドが背後に迫っていた。

「逃がしちゃ――」

 蓮の実型の発動体がうごめいてファイアボールを同時発射する。宙返りでやり過ごしつつガンヘッドに向き直るが、ペリスコープに映った炎球はそのまま突き進むと、軌道を拡散させて入り口周囲に命中した。

「――あーげないっ!」

 轟音とともに入り口が瓦礫で埋まる。地形変動を誘発しないためであろうか、探索機一機通れるくらいの隙間は残されているものの、通り抜けるには隙が大きい。

 俺をここから逃がさぬために、ちゃんと考えて戦っている。

 

HP 42/101

MP 166/166

フレームHP 291/1500

機体MP 609/720

 

 ファイアボールもその爆発も直撃はないが、余波や無茶な機動の反動でフレームHPは着実に減少している。持久戦を続けるだけでなぶり殺しにできるのである。しかも向こうから見ればこちらの攻撃手段は日本刀とフォトンバレットだけだ。無防備に食らったところで命には届かない。それだけのスペック差がある。

「汚い大人のおもちゃにされてかわいそうな子! でも大丈夫、紫に見せつけたらお姉ちゃんと一つになりましょう! ソウ君みたいな馬鹿しなきゃ、ずっとずぅっと、とっても気持ちくしたげるわァ!」

 だが俺にも考えがある。エビルガンヘッドが妄言とともに撃ち出すファイアボールを捌きながら、その回数を数えていた。

 戦闘が長引いたおかげでその動作を見切るとともに看破していた。エビルガンヘッドのファイアボールには一定回数ごとに数秒間のインターバルがある。どうやら無尽蔵のマナを持つくせに、世迷い言と違ってスキルを垂れ流し続けてはいられないらしい。おそらく探索機と同様、スキルの行使にはマナ以外にもパイロットMPのような別のリソースが要る。こちらがMPポーションをいちいち飲み込まねばならないのと同じで、息継ぎを入れてそれを回復しなければならないわけだ。

「聖琉の代わりの才能を私のために使えばいい! そうすれば不幸な子供のあなたでも、幸せになれるんだから!」

「……人を不幸と決めつけるなよ阿婆擦れが」

 俺は幸福だった。子供には罪はないという言葉は、正義の反対は別の正義という言葉と似たようなものでしかない。相葉勝という赤ん坊は畢竟、罪深い男女の快楽の結果である。にもかかわらず親父は俺を息子と見做し、その努力をしてくれた。祖父母にも孫として扱ってもらえた。そして義経ゴブリンやエアマンティスのときと同様、勝利のための手札が今も揃っている。

「乙女になんてこと言うの! お姉ちゃんでしょォォッ!」

 魔力糸を延ばす。ファイアボールの連射は途絶え、位置取りは整った。

 スキルを発動させる。

「助けに来て! くれたんですね紫さん!」

 そう叫びながら踏み込んだ。

「紫? えっ紫? むらっ、紫ぃぃいい!」

 エビルガンヘッドが俺の背後、入り口の瓦礫の隙間を凝視する。紫色のヴェルサスがそこにいて、じっとこちらを見つめている。デコイの幻像である。前面だけの張りぼてだが、実際に目にした立ち姿なので再現度は高い。

 これまでデコイスキルは総身脚の足場として利用することはあっても、本来の用途、囮の幻像として使ってみせることは一度もなかった。ファイアボール乱射への対策に有効であるにもかかわらずである。足場にする際も別なスキルか特殊装置と勘違いしてもらえるようスラスター光に偽装していた。

 全てはこういうときのためであった。デコイが使えると知ったなら、こうも素直に食いつかない。エビルガンヘッドの視線がヴェルサスに集中する。距離があるので幻像を維持できるのはほんの数秒間だが、それでも十分に過ぎる。

 

 スラスターを噴かしながら地を蹴って間合いを詰める。マニピュレータの砕けた左腕を、向かい合うエビルガンヘッドの右目、その視界の盲点の位置に入れる。この時点では見えたままだ。オーバーライドは直前まで使わない。パワーより精密動作性を優先する。反応して視線が動く。視線に合わせてこちらも動く。ヴェルサスに集中した時点で視線を捉えてかみ合わせていた。

 右腕の刀を斬り上げる形で振るった。タイミングが微かに早い。届かずに鼻先で空振りとなるであろう間合いであった。しかし右目側の盲点に重なるよう、左目の視界の僅かな範囲を、その刀身で遮っていた。

 そして二刀流の型のように、右剣が閃くのに合わせて左腕が動き出す。第三のスキルの発動によって光を帯びていたが、向こうからはその動作自体が見えているのに見えていない。単に隠れていたり死角にあったりで見えないなら警戒できる。しかし視界の中にあって消失し、それを脳が補完してしまえば予測も認識もできなくなる。あるいは目以外の感官が危機を感知したとしても、視覚と齟齬があるゆえに最終的な判断を意識に委ねねばならなくなり、そのための意識が生ずるまでの数瞬間が隙となる。

 

 そのスキルが一瞬の溜めを必要とすることは実際に見てわかっていた。だからこそ確実に当てるための小細工を重ねた。

 ()()()を消す。不可知とする。そして意識のトリガーを引かせて隙を作る。デコイスキルで視線を一旦捕捉するという事前準備は必要だったが、奥義の再現には成功した。

 スキル名と共に唱える。

「フォトンセイバー霞太刀(かすみだち)

 秘剣と組み合わせた最大威力の光の剣が、エビルガンヘッドの胴体に斬り込んだ。

 

MP 108/166

 

 ステータスオープンで表示したMPの数値が減少して行く。

「なんの、光?」

 呆然と口が動く。動かすだけの余裕がある。硬かった。フォトンセイバーでも一息では断ち切れない。

 

MP 83/166

 

 胴体の三分の一まで斬り込んだ。

「紫、どこ? ぃイヤァアアア!」

 デコイが時間切れで消失する。エビルガンヘッドが無事な片腕でこちらを殴ろうとする直前に、日本刀を脇に食い込ませた。手放すと前腕が刀身をひしゃげさせる。しかしつっかえ棒のようになって、それ以上曲げられない。

 

MP 53/166

 

 テクニカの左腕から放たれ続ける光の剣が胴体の半ばに至った。

「私はァッ!」

 エビルガンヘッドの頭部が変形し、額に砲口が出現した。ガンヘッドの代名詞はちゃんと内蔵してあったらしい。

 顔面がひび割れて砲口に光が灯る。マズルフラッシュではない。魔力光だ。モンスターのブレス系攻撃と同じ魔力砲であろう。しかし放たれる直前には、テクニカはエビルガンヘッドの胸の下で、のけぞりながら身体を寝かせていた。斬り込んだフォトンセイバーとスラスターのホバリングで身体を支えていると、コックピットの眼前を光の束が通り過ぎた。

 強力な魔力砲であるが不意打ちに使うには機会を逸していた。首の可動範囲もあるが、前に突き出た胸部構造が邪魔になってこちらには届かない。

 

MP 42/166

 

 魔力砲撃が途絶えるのに合わせて、フォトンセイバーをねじりながら機体の姿勢を元に戻す。

 砲身が花弁のように破裂し、エビルガンヘッドの顔面は口元を残してどろどろに溶解していた。

 オーバーライドを発動し、フォトンセイバーを真上へと斬り上げた。

 

 MP 19/166

 

 スラスターと片足立ちの脚力に押された光の剣が垂直に胸を断ち、のど元をなぞっていく。

「しあわせに……なりたかった……だけなの……に」

 その呟きをかき消すように顔面を両断すると、抵抗をなくした機体が切り抜けて飛翔した。MPがゼロになるのと同時であった。

 

 エビルガンヘッドに背を向けたまま右手をついて着地する。左手を横に払うと光の残滓が散るとともに、前腕フレームが崩壊し、肘関節から先がばらけて落ちた。

 消費MP150以上かつ消費マナ400近い一撃を魔法発動体無しに放ったのである。テクニカのフレームではその負荷に耐えきれなかったらしい。エビルガンヘッドも同様だ。振り返る必要は無い。

「さよなら、花沢さん」

 ペリスコープのなかで、エビルガンヘッドが轟音を立てて倒れ込む。胴体脇から頭にかけて直角に切断された上半身がその反動で分離する。コックピットのあった部分には、脳味噌とも(はらわた)ともつかないうどん玉に似た生体部品の残骸があった。

 大半がフォトンセイバーで消失している。もはや生命の気配は感じない。この脳味噌もどきが生まれ変わった花沢さん、すなわちパイロットだったということだろう。

 

 エビルガンヘッドを殺しきった証拠に、レベルアップの発光が始まった。

 

レベル 16

HP 40/137(+36)

MP 0/215(+49)

力  93(+25)

防御 35(+9)

魔攻 93(+15)

魔防 37(+10)

早さ 14(+1)

スキル

 フォトンバレット Lv.1

 デコイ Lv.1

 フォトンセイバー Lv.1

 闇収納 Lv.1

 

 レベル16は二層探索者の上澄みで、三層探索者にだってなれるレベルである。しかも三つ目のフォトンセイバーに続いて覚えた闇収納という四つ目のスキルは、今まで聞いたことがない。おそらくレアスキルであろう。更に加えて数十レベルに一度といわれる早さの上昇まであった。

「人殺しで成長か」

 自嘲しながらも心が浮ついてしまうのは、俺という人間に人でなしの素質があるからかもわからない。

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