ダンジョンロボ(仮)   作:トシアキウス

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田中次郎財団との取引

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 テクニカはもはや満身創痍だ。左肘から先と左膝から下が欠損し、フレームHPは200を切っている。貧弱な体付きなので一本ダタラというよりもからかさ小僧だろう。

 パージしたバックパックが無事な状態で見つかったのは僥倖であった。転がり歩きやケンケン歩きで一層を横断するのは流石にきつい。

 腿の装甲を外してフレームのハードポイントに義足パーツを接続する。板状の足に伸縮式の金属棒を付けただけのものに過ぎないが、足首部分のボールジョイントはマナカーボンでできていて同調できるようになっているので、膝は曲げられないものの最低限の踏ん張りは利く。左手用の義手はないが、これ以上パーツが脱落しないようシートを巻いておいた。

 応急修理が済めば、機体とモンスターの残骸を回収する。武者ガンヘッドの残骸とエアマンティスの死体、そしてエビルガンヘッドである。

 俺の持つアイテムボックス一つでは収まりきらないが、蒼也さんのアイテムボックスを拝借することにした。二層ベテランというだけあって機体用に加え、受肉モンスターの死体回収用で二つのアイテムボックスがクレードルに収まっていた。

 これで使えるアイテムボックスは三つである。

 エビルガンヘッドのファイアボール乱射の余波で焼け焦げたエアマンティスは、ハリガネムシの抜けた腹部が萎んだおかげで、どうにか一つに纏めて死体回収用アイテムボックスに収納できた。

 武者ガンヘッドの残骸と食い散らかされた遺体は、お墓替わりといっては頭がおかしく聞こえるものの、なるべくかき集めて機体用アイテムボックスに入れておいた。遺族に直接渡せば卒倒されかねないが、そこは協会に任せれば上手く処理してくれるだろう。

 エビルガンヘッドは俺のアイテムボックスだ。田中次郎式永久機関を思わせるような無尽蔵のマナを発した機体である。しかもおそらく、死んだのはパイロットの役目をする元花沢さんともいうべき生体パーツ部分だけで、その無限マナエンジンともいえる機関自体はまだ生きている。物品としても情報としても恐ろしく危険な代物である。慎重に取り扱わねばならないし、素直に協会へ提出するのも考えものだ。事によってはもみ消されるだけならまだしも、お前は知りすぎたというふうに俺ごと処分させかねない。俺はどちらかというと勘のいいガキなので、隠し事をする大人たちには嫌われやすいのである。

 ゲート前基地に着いたらアイテムボックスが故障したと言って機体を置いたままダンジョンを出て、おやっさんと連絡をとるべきだろう。あの人は上級国民資格をとったらもの凄い不名誉になるようなやんごとない家系の出身だ。探索機いじりの仕事は半ば趣味でやっているに過ぎない。頼み込めば財団との繋ぎに加え、こちらの命の保証も得られる。威を借るのは心苦しいが利用できるものは利用すべきだ。

 エビルガンヘッドとともに収納するために、テクニカのダイブレコーダーからレーザーディスクを抜き取った。そしてアイテムボックスにパスワードを設定する。間違えようが機能停止はしないものの、正解かどうかは展開時間を待たねばわからないので、総当たりを試すには非常に時間がかかる。普段はまず使わない、いわば嫌がらせのセキュリティ機能でしかないが、念のためだ。

 

 アイテムボックスの展開前に闇収納スキルのほうも試してみる。

 

 MP 40/215

 

 MPポーションを二本飲んで回復すると、エビルガンヘッドの前腕に手を翳し、スキル名を唱えた。

「闇収納」

 魔力の通りは感じるが、何も起こらない。

「オラッ! 収納! 収納解除! 収納!」

 繰り返し叫んでも同様である。やり方が間違っているのだろう。検証が必要だ。

 

 しかしそうしている時間はなかった。天井から土石が落ちて、ウォーターワームが顔を出したのである。

「まずい」

 広間のマナ濃度は徐々に下がっているがまだ高い。このままここにいてはモンスターに囲まれかねない。ゴブリンやホワイトアントならまだしも、隻腕かつ義足のテクニカで複数のウォーターワームを相手にするにはフレームHPが心許ない。

 展開を中断したアイテムボックスとレーザーディスクを回収してテクニカに乗り込むと、ブレードを手に取った。エビルガンヘッド第一形態に浸食されて放棄したが、戦闘後に回収した愛用の片刃ブレードである。見た目は禍々しいものの手にしても異常がなかったので、間に合わせの武器として使うことにした。武者ガンヘッドに使ったナイフ二本も、蒼也さんの脇差しもファイアボールに巻き込まれて駄目になっていたため、使えそうな武器はこの仮称エビルブレードだけであった。

 

 テクニカを倒れ込むようにして加速させる。ウォーターワームはちょうど身をよじって天井から抜け出たところであった。着地際を狙いスラスターで匍匐飛行しつつ地を蹴った。

 

フレームHP 193/1500

機体MP 209/720

同調率 128.9

力  245

防御 216

魔攻 223

魔防 118

早さ 14

 

 力の値はレベル1のときに比べ80近く上昇している。無改造であるにもかかわらず、今ならば蒼也さんの武者ガンヘッドと力比べできるくらいだ。これは俺の尖ったステータス数値以上に、上がり続ける同調率の賜物である。早さなんかは既に機体係数0.8を相殺し、生身と遜色なくなっている。いずれ生身以上に機敏に動けるようになるだろう。

 

 出会い頭、バレルロールによる機動剣術のスパイラルカットが頭部の襟に吸い込まれた。

 手応えがひどく軽い。成長したこちらの腕力を考慮してもそうだった。反転すると、一足遅れでウォーターワームの頭がずるりと滑り落ちた。

 原因はエビルブレードである。刃の研ぎの甘さ自体は変わりないのに、いかなる作用によるものか凄まじい切れ味を発揮していた。ブレードの刀身を見ると、血管状の溝に入った体液が光となって吸い込まれた。ウォーターワーム本体はまだ消えていない。

「浸食されて進化した? 花沢さんとガンヘッドみたいに、お前、やばい剣になったのか?」

 エビルブレードが応ずるように脈動した。花沢さんの末路を思うに、あまり使いたくない武器に変じてしまっている。性能自体は凄まじいが、エビルガンヘッドの残骸と一緒にしかるべきところへ預けたほうがいいだろう。

 

 機体を一旦降りて、あらためてアイテムボックスを起動した。立方体ラインの投影された収納開始までの待ち時間に、ウォーターワームが二度出現したが、エビルブレードの性能のおかげでいずれも一太刀でしとめることができたため、収納が中断されることはなかった。

「こんなもの使っていたら駄目になる」

 やはり強力過ぎる。野球の高反発バットみたいなものだ。使い続ければブレードの切れ味に反比例して、使い手の腕が鈍って行くだろう。

 吐き捨てると、不満そうにエビルブレードの重心が上下に揺れた。

 しかも意思らしきものがある。不思議と恐れは湧かない。けれども少し腹立たしい。愛犬がマウンティング(腰振り)にドハマリしたとでもいうような心境であった。親父がここにいたならば、愛剣だけに、と付け足したろう。

 

 

 

 

83

 広間を出る。焼け残った触手の切れ端があちこちに残っていたが全て回収してはいられない。サンプルとして大きめのものを幾つか回収したものの、それ以外は放置せざるを得なかった。もはやただの肉塊に過ぎず、エビルブレードでつついても反応はなかった。けれども元は寄生虫だ。拾い食いする人間はさすがにいないだろうが、財団か協会に処理班を派遣してもらうべきだろう。

 

 立体的に入り組んだ洞窟を進んで行く。来たときとは違い、かなりの数のホワイトアントが湧いている。天井にびっしり張り付いているところもあって、迂回したほどである。ヒリューズ抜きに相手をするのはぞっとしない。狭い場所で今の機体の状態では、群がってくるホワイトアントはウォーターワームより厄介だ。

 

 ホワイトアントの群れを避けるよう進んでいると、マナ濃度が急激に下がり、道を曲がった先の通路の真ん中に黒い二層ゲートが開いていた。そうしてちょうどそこから、中探索機が出現した。

 木田技研工業のフラッグシップ機、MSXだ。以前からシラサギおじさんなんかには無難だの無個性だのといわれ、最近では木田党にすら新型のデザインがダサいだのハイエンド機のくせに内装が安っぽいだのとケチをつけられているとはいえ、木田らしい堅実な造りをしている名機である。

 MSXの肩には『I♥ JT』のマークがあり、MSXの後に続いてゲートから出てきた数機のテクニカにも同じマークがあった。田中次郎財団所属機のエンブレムである。MSXはカラーリングを黒にしただけのノーマルであるが、テクニカはいずれもカスタムが施されていた。手持ち武装やバックパックはそれぞれ異なるものの、ケープ型追加装甲と黒地に金のエングレービングという機体本体の見た目は共通している。いうなれば財団親衛隊仕様である。

 MSXもこちらに気付いて、スピーカーで声をかけてきた。

『すいません。こちらのゲートを()()()が通ったとの情報があったのですが、何か変わったことはございませんでしたか?』

 その声には聞き覚えがあった。田中六十四郎氏である。僥倖だ。協会への報告に先立って、どう財団に接触しようか考えていたところである。

「エアマンティスのはぐれですよね」

『おや、もしや……』

 片手片足欠損でいかにも応急修理を施したという機体状態なら説得力もあるだろう。

「どうも田中六十四郎さん。昨日お会いした相葉勝です。二層ゲート崩壊の報告で、柿本紫さんと一緒にいた」

『その声、その頭部。すいません。確かに昨日、お目にかかりましたね』

「エアマンティス自体はもう倒したので問題ありません。ですがこの件について報告があります。かなり際どい情報なので、可能ならば田中さん、あなたと二人きりでお話したいのですが」

『……なるほど、わかり――』

 六十四郎氏が了承しかけたところで、財団テクニカの一機がずいと一歩踏み出した。

『――そのような機体であれを倒したと? 虚言癖ですか? 深刻ぶって構って欲しがる年頃なのはかまいませんが、私たちを巻き込まないで下さい。面倒です』

『ヒフミ、弁えなさい』

『兄さんがそう仰るなら。ですが忠告はしました。下がりますよ、あなたたち』

 ヒフミと呼ばれた女性が、他の財団テクニカを促して引き下がる。きつい物言いにしてはやけに素直だと思ったが、こういうときのために示し合せていたのかもわからない。他の財団テクニカが俺に抱いた反感の気配が、このやり取りを経たおかげで僅かに和らいでいた。

 

 六十四郎氏のMSXに先導されて手頃な小部屋に入る。小部屋の中にいた十匹ほどのホワイトアントはMSXが装備したヒリューズによって掃討された。一発一中のセミオート射撃である。

「MSXのような機体がヒリューズというのも、違和感がありますね』

『浅層はマナ管理が厳しいですから、アント系にはやはりこれがベストです』

 かつて中探索機には標準装備として対小型モンスター用に内蔵型ヒリューズとでもいうような機関砲が搭載されていたが、現在は手持ち武装として外付けするのが主流である。ミサイル万能論ならぬスキル万能論とまではいわないが、低威力の内蔵火器で機体の内部スペースを圧迫したり設計が制限されるくらいなら、いっそ撤廃したほうが効率が良い。コックピットで専用のガンレバーを握って『バァァァルカン!』と威勢良く叫ぶのも今は昔というわけだ。

『っと、すいません。この辺りならしばらくは大丈夫ですね。さて、降りましょうか』

 直接顔を合わせるべく、互いにコックピットハッチを開けて機体から飛び降りる。インバネスを翻して音もなく着地したのはやはり田中六十四郎氏だ。

 向こうも同じように着地した俺を見て「ほう」と感心したように声を上げた。

「すいませんが凄まじいですね。男子三日会わざればといいますが、たった一日でそれほどとは。単純な身体能力だけでも三層探索者クラスですか。しかしまあすいませんが納得しました。それでしたら技量とスキル次第ですが、テクニカでエアマンティスも倒せそうですね、ええ、すいません」

 昨日とは明らかにこちらを見る目と気配が違う。一挙手一投足を観察し、いつでもナイフを抜けるよう重心を整えている。自分は警戒していてそちらは警戒に値する相手であると、あえて知らせているのである。これは親切心だ。本当に警戒するなら分かりやすい臨戦態勢などとらず、隙があるよう見せかけるだろう。俺ならそうする。

「えっと、まずは、そうですね……」

 どのみち証拠としてダイブレコーダーのコピーを提出するつもりなので、とくに誤魔化すことなく説明することにした。

 

 小ダンジョンから出た後、ダンジョン一層留年生と思わしきボコボコテクニカから情報を得たらしい花沢さんと蒼也さんに襲撃されたこと。決闘となって勝利した直後、エアマンティスが現れたこと。蒼也さんを犠牲にしながらもどうにか倒したこと。しかしその後、エアマンティスの死骸から出てきたハリガネムシが花沢さんのガンヘッドに突き刺さり、融合なのか寄生なのかは知らないが、触手まみれのエビルガンヘッドに変化したこと。エビルガンヘッドが繭となり、探索機寄りの体と花沢さんと蒼也さんの人格を持つエビルガンヘッド第二形態に進化したこと。そうしてそれを殺したことを、順々に説明していった。

 我ながら激戦続きである。小ダンジョンでのマンアント集団に続いて、強敵との三連戦だ。今日だけでレベルが7から16へと、9レベルも上がっている。

 

 六十四郎氏は途中で質問を挟むことなく、時折相づちを打ちながら、俺のへたくそな説明を最後まで聞いてくれた。エビルガンヘッドへの推測も素人質問で恐縮ですがと言われたら、コミュ障の俺は言葉に詰まっていたであろう。

「現物があるので確認して下さい」

 俺はテクニカに乗り込むと、アイテムボックスではなくバックパックに入れておいた説明用のサンプルを取り出した。

 エアマンティスの足、エビルガンヘッドの触手、ついでに触手に浸食された元ブレードことエビルブレード、そうしてエビルガンヘッド第二形態の前腕と生体パーツの断片を、六十四郎氏の前に並べていった。

 六十四郎氏の目の色が変わったのは、エビルガンヘッドの片腕を見たときである。

「まさか、魔人器だと……?」

 どうやら彼は、何かを知っているようであった。

 

 機体を降りた俺に、食ってかかるように問いかけた。

「本体は!? 神核は無事いや、回収したのか!? できたのか!?」

 目がぎらついていた。口調を荒げ、すいませんを付け足すのも忘れていた。

「アイテムボックスにあります」

「だったらそれを! っ……すいません。いやほんと、すいませんね、すいません」

 豹変した様子を見せてしまったのに自分でも気付いたのであろう。三度謝罪して、直ちに落ち着いて見せた。

「取引を、しましょう」

 俺は切り出した。

 

 

 

 

84

 義務教育すら途中でやめた俺のような無学な子供が、真っ当な大人を相手に交渉で優位に立てるわけがない。大切なのはとかく謙虚であることだ。高く売りつけようと色気を出したり、侮られまいと虚栄心を起こしたりしてはいけない。ややもすると痛くもない腹を探られることになる。

 今の俺は悪運に恵まれただけの中卒ルーキーに過ぎない。魔人器だの神核だの、いかにも物々しい単語の意味について探るつもりは毛頭無い。どう考えても機密情報だ。偉大なる探索者になる以上いつかは知るべきであろうが、現時点では火遊びにしかならない。情報を欲しがりません勝つまではというやつだ。ちなみに戦時中の標語には質素倹約の推奨と同じくらい、防諜の呼びかけが多くあったという。現代は言わずもがなである。

 

 畢竟俺が欲しいのは幾ばくかの金銭と、人並みの自由だけだ。後者は場合によっては非常に高くつくだろうが、これはそのための賭けでもである。

 俺は俺の望みを正直に話した。協会所属の受付嬢から被害を受けた以上、協会はもはや信用できないので立ち合ってほしい。身内を殺した以上、恨みを買うであろうから遺族とのやり取りも代行してほしい。レベル16という三層に行けるレベルになった以上、中古でもかまわないので中探索機を買えるくらいのお金が欲しいと、売り込みを兼ねておねだりもした。

 その代わりにアイテムボックスの中身を全て渡す。協会ではなく財団にだ。あれだけの食いつきを見せた物品が、五層探索者にとっての端金と、ちょっとした権力の行使で手に入るのである。そちらにとっても悪い話ではないと思いますが、とはさすがに口には出さない。ふざけて機嫌を損ねれば、殺してでも奪い取るのが手っ取り早いと判断される。

「……今ここであなたは私に、生殺与奪の権を握られていると、理解しておいでですか」

「下手に賢しく立ち回るより手間がないと判断しました。こちらにとってもそちらにとっても」

 直接協会に届けるにせよおやっさんを経由するにせよ、エビルガンヘッドの存在はどのみち財団に知られるのである。

「その佇まいならたとえ殺しにかかられたとしても、一矢報いる自信があると?」

「試すような方なのですか?」

 漫画なんかでは実力を見るため刃の応酬をしたりするが、現実でそんなことをすれば今後の関係に支障をきたす。一度であろうと暴力を振るわれた恨みというのは、振るい返さないかぎり忘れられないのである。

 

 しばしの沈黙の後、六十四郎氏が口を開いた。

「……いいだろう、気に入った」

 命懸けの覚悟を示した上での交渉は効果的であった。しかし効果的に過ぎた。

 中探索機と軽探索機、親子連れのような横並びで洞窟を歩きながら、パーティ用無線機で会話をする。

外面(そとづら)というやつだよ相葉君。私はな、この名の通り半端者だ。探索者全体で見れば上澄みであるが、上位の兄弟たちには及ばん凡人である。ゆえにだ、自己肯定感に飢えていて選民意識ってやつが強いのさ。差別感情もな。何年も二層ごときで燻る連中はカスだと見下しているし、そいつらのベテラン面もルーキー面も気に食わん。我々深層探索者を御せると思い込んでいる協会職員どももだ』

 打って変わった口調について尋ねたら、そんな答えが返ってきた。

『だが二層キャンプの責任者としてはそのような本心を表に出すわけにはいかん。父の子の責務として、一人でも多くの探索者を一人前に育て上げねばならんのだ。暴言は彼らのパフォーマンスが落ちる。口に出さずとも態度もそうだ。近頃話題の不機嫌ハラスメントというやつか、あれはやる側もやられる側も卑しくなる。だからへりくだるのさ。二層探索者どもに気持ちよく仕事をしてもらうためにな。すいませんすいませんなどというアホな口癖は自己暗示のためのルーチンだが、とりあえず謝っておけば格好もつくだろう? 鞭なしの飴だけだが躾けはダンジョンがしてくれる。それで調子に乗って死ぬようならそれまでだ』

 露悪的な物言いだが、それだけ礼儀正しいということだろう。

『上位の兄弟のように最前線に立てぬがゆえにせめて苦労を買って出たが、それが功を奏すとは。これで財団により多くの貢献ができる。相葉君のおかげでな。協会を出し抜いて魔人器の現物を……と、これは言わない約束だったな』

「知るべきではないと、そう判断して下さったんでしょう?」

『五層いや、せめて四層に至ってからだな。現時点の実力でかかわるべきではない。だが君ならそうなるのも遠くないさ。たった三日で16レベルとは前代未聞である。父がもし今の時代にデビューしたなら、それくらいの記録を打ち立てていたかもしれん。小ダンジョンも済ませたのだろう? ヒフミにも見習わせたいところだ。あいつは相葉君のように才能があるくせにやる気がなくてな。未だに三層で遊んで、と』

 当の田中百二十三郎さんの乗ったテクニカの姿が見えた。前もって言われた通り、財団パーティ用の周波数に切り替える。

『ヒフミには他のメンバーを引き連れて現場の処理を頼みたい。記録したら一切合切回収して痕跡を消せ。私は相葉君を送っていく』

 はっきりと舌打ちが聞こえた。

『また面倒な……いつものクソザコ敬語はどうしました? 兄さん』

『必要ない。相葉君は今日から同胞、とまではいかないが仲間である。才能があって素直なんだ。誰かと違いな』

『私と同じですね。特殊清掃なんて面倒な作業はいやです。はぐれがいないのなら帰還してかまいませんか? 積み本を消化したいのですが』

 クールな語調で素直に自分の望みを口にした。

『マップを手渡す。動くなよ』

 ロクヨンさん――そう呼ぶよう言われた――はMSXのハッチを開けて、百二十三郎さんのテクニカの首元へと飛び移った。彼女の舌打ちとともに無線が切られ、テクニカのハッチが開く。

 頭と腕を突っ込んでのやり取りはしばらく続いた。俺のマップの写しを手渡しするばかりでなく、相談や説得に手間取ったのであろう。

『いいか、相葉君は問題なかったようだが、まだ危険があるかもしれん。真面目にやるように』

『はぁ』

『返事ははいだ』

『はい……相葉勝、その名前、覚えましたよ。面倒事を増やしてくれたこの恨み、いつか晴らしますからね』

『こら』

『はい、すいません。ちっ、すいません』

 百二十三郎さんは不機嫌ハラスメントを俺にやって去って行った。すいませんを繰り返したのもロクヨンさんへの当てつけだろう。

 

 

 

 

85

 ゲート前基地に着くと、一般用ではなく財団用の駐機場に機体を停めた。

『すみませんが洗機と回復は後回しです。先に報告と取引を済ませましょう』

 全てのアイテムボックスを持って機体から降りる。アタッシュケース三つで三十キロ分の体重増加だ。今の俺のステータスなら飛び降りたところで足を痛めることはないだろうが、念のため装甲の段差を伝って降りた。

 アイテムボックスを背嚢に一つ、両腕に二つと、買い物帰りのような有様でしばらく待機すると、インバネスコートに制帽の財団職員が駆け寄ってきた。武装している。

「すいません。機体の警備をお願いします。あくまで防犯のためですので、死守ではありません」

 ロクヨンさんは職員にそう告げると、

「準備ができるまで、休憩室で一服しましょうか」

 と、俺を先導した。

 

 でかでかと『I♥ JT』と書かれた建物の中に入る。ガラス扉だが自動でなく手動ドアだ。協会の施設と違い監視カメラはない。妖精(グレムリン)対策に電子機器を減らすというのもあるが、映像データの流出を警戒したのだろう。受付もない。代わりに田中次郎の肖像画が掲げられている。中国の天安門が思い出された。

「新興宗教みたいでうさん臭いだろう?」

 反応に困る。当の田中次郎教最高司祭にそう言われても、無礼打ちを警戒してしまう。

「父は父だ。神じゃない。真っ当な反応を返したって構わんよ。私とて気違いめいてると思ってるさ。こんな馬鹿げた宗教ごっこは父の信奉者への気遣いだが、協会との差別化のためでもある。我々はあくまで民間組織である。うさん臭い組織であれば、民衆は協会に取って代わってもらおうとは思わないだろう?」

 探索者協会の不祥事が発覚する度「財団に引き替え協会は……」という声が上がるが、合併や成り代わりを望むのは急進的な人間だけに留まっている。

「しかし宗教政党……でしたっけ、そういうのもあるでしょう?」

「我々が与党に、第二のナチスになり得ると? 馬鹿馬鹿しい。そうなるなら社会そのものが狂っているということさ」

「……上級国民制度はそうでないと?」

「ふむ」

 思わず声に感情が乗ってしまい、ロクヨンさんが俺を見据えた。彼は上級国民だ。

「権力者による人権侵害。上級国民制度とはその不文律が明文化されたものに過ぎないが、相葉君には思うところがあるのか」

「……父が殺されました。上級国民に」

「制度を利用している側としては何も言えん。が……」

 ロクヨンさんが背を向けて歩き出す。

「父親の仇を野放しにする社会なんて、たしかに狂ってるだろうよ」

 独り言のようにそう言った。田中次郎氏は生死不明である。父親を喪った者同士、共感があるのかもわからない。

 

 職員とすれ違うたび「お疲れさまです」挨拶を交わし、休憩室にたどり着いた。カップ自販機の他、喫煙所も兼ねているのか、灰皿と分煙機が置いてあった。

「福利厚生で無料だよ。私は砂糖増し増し特製コーヒーだが、相葉君は何がいい?」

「では同じものを」

 そして手渡されたのはカップに少しだけ入ったドロドロのコーヒーである。溶け残った砂糖が顔を出している。

 甘くて濃い。身体中に染み入るように感覚された。

「スタミナポーションは便利だが、こういう自然な疲労回復効果も悪くないだろう? 煙草いいか?」

「ええ、どうぞ」

 ロクヨンさんが缶ピースを取り出した。唇に咥えると、オイルライターで火を付ける。肺に吸い込むのではなく吹かすような吸い方だ。口内喫煙というやつだろう。

「探索者には喫煙者が多いんでしょうか」

「多いな。身体の健康より心の健康というやつだ」

 未成年に言うのも何だが、と前置きして煙草の蘊蓄や効能を色々と語られたが、喫煙者の言い分である。鵜呑みにはできない。かといって世間一般の嫌煙家のように人格否定の種にするつもりもない。モンスターとの殺し合いという殺伐とした日常の中でのささやかな楽しみであろう。それを頭ごなしに否定して別の楽しみを見つけろと言い放つのは、妊娠のリスクがないからと同性愛を勧めるようなものかもしれない。

 まあそれはそれとして体に少し臭いがついた。

 

 三十分ほど過ぎたあたりで休憩室の扉が開かれる。財団職員に連れられて、大きなトランクを手にした協会職員が入室した。頭頂部の肌色が部屋の照明を反射する。

「来たか、六郎(ろくろう)兄さん」

「なるほどやはり、相葉さんでしたか」

「田中さん……?」

 ロクヨンさんが六郎兄さんと呼んだ人物は、受付の田中さんであった。田中チルドレン疑惑がありただ者ではないとは思ったが、まさか六郎、一桁ナンバーだとまでは思わなかった。

「田中六郎氏ともあろう方が、なぜ協会の受付を? 財団の幹部ではないのですか?」

「人材交流というやつですよ」

「よく言う。協会に寝返ったくせに」

「心外ですね。財団だけのために行動するつもりがないだけです」

「中立気取りは蝙蝠野郎というんだよ」

「後ろ暗い取引を引き受けてやってる実の兄に向かってひどい言い草ですね。弟が迷惑をかけませんでしたか、相葉さん」

「いえ、ですがお二人には遺伝上の繋がりが?」

 思わず顔を見比べる。顔の作りがどこか似ていることに今さらながら気が付いた。見比べる視線を僅かに上げた。今まで気が付かなかったのは、髪型というか生え際の違いが印象の違いとなったからだろう。

「何とは言いませんが私はポーション未使用です」

 ふさふさの髪を隠すかのようにロクヨンさんが制帽をかぶった。つまり彼はダンジョンアイテムによって遺伝的要因を否定したということだろう。

「私を貶すことによって優位に立とうというならそうはいかん。相葉君はこちら側である。協会の過失だからな」

 田中さんが含み笑いした。

「相変わらずかわいいですね」

「気色が悪い。さっさと格納庫へ行くぞ」

 実の弟の跳ねっ返りとはいえ、大人の男を指してかわいいと発言するのは、たしかに気色が悪かった。

 

 

 

 

86

 だだっ広い格納庫へと案内される。人はいない。追い出したのだろう。ハンガーにある機体のうち、いくつかが整備中のまま放置されている。

「清掃が不十分のようですが」

 乱雑な格納庫には田中さんの言うとおり、盗聴器や監視カメラを仕掛ける余地は十分にある。

「スパイの元締め当人を前にして、防諜に手間などかけていられんよ」

 田中さんが肩をすくめるのを無視して、ロクヨンさんは格納庫中央の展開スペースへと向かった。床を汚さないためか、財団ロゴ入りのシートが敷いてあった。

「ここだ。例の物を出してくれ」

 俺は頷くと、シートの中央でアイテムボックスを起動した。

 五分以上の待ち時間であるが、雑談をするような雰囲気ではない。ロクヨンさんは展開中のアイテムボックスをじっと見つめて腕を組み、田中さんも幾分か表情は柔らかいものの、同じように腕組みをして黙っている。実の兄弟であるからか、立ち姿が似通っていた。ロクヨンさんが田中さんに対抗して重心の取り方に気をつけたというのもあるかもしれない。

 

 空気が押し出され、エビルガンヘッドの残骸が出現する。

「おお」

「これはこれは」

 二人の声に続いて、俺も少し息を飲んだ。明るいところで鮮明に見るとやはり印象が変わる。装甲の有機的な形状や、桃色がかった白色という趣味的な色合いはともかく、上半身の断面から覗くうどん玉のような生体部品がグロテスクであった。

「……素晴らしい。変異とはこういうものか」

 ロクヨンさんが一瞬で距離を詰め、下半身の装甲に手を伸ばしていた。

「シームレス関節はなるほど、皮のように軟質素材の膜を張っているのか」

 膝関節をなで回して目を輝かせ、

「兄さんならサーチスキルを使えたはずだ。エンジン回りにやってくれ」

「直接触るなんて迂闊でしょうに、仕方のない弟ですね」

「いいから早く」

 田中さんが手を翳すと淡い光のラインが照射され、エビルガンヘッドの残骸をなぞっていった。

「どうだ」

「人力CTですよ? 急かさないで下さい」

 二度三度と角度を変えて繰り返す。

「……あるようですね。休眠状態の神核らしきものが」

「らしきもの?」

「父ではあるまいに、魔人器の受肉体なんてサーチしたことありませんよ。らしきものとしかいいようがないイレギュラーです」

「成果だけでは片手落ちか。経緯を確認しなくてはな。相葉くん、LDを貸してくれ」

 必要なこととはいえ、当事者の前で上映会をするらしい。

 

 エビルガンヘッドをアイテムボックスに収納し直す。元のアタッシュケースではなく、重要物資輸送用らしきアイテムボックスだ。収納体積は変わらないがセキュリティ性能とマナバッテリー容量が強化されているらしい。見た目からして物理的にも強そうだ。

 そうして事前に準備してあったろう上映スペースに移動した。モニターに繋がれたLDダブルデッキは300倍速の高速ダビングが可能な機種だ。ディスクサイズが直径30㎝でそれぞれ両面対応――レーザーディスクにはA面B面がある――なので非常に大きい。通常の倍サイズのビデオ(VHS)デッキを二つ重ねたようなアナログモンスターマシンである。しかも探索者かオーディオマニアくらいにしか需要がないため、価格も桁が一つ違う。

 その通称クソ高クソデカレコーダーにディスクをセットして、早送りしていき、ガンヘッドコンビと遭遇した場面で一旦等速に戻した。

 二人とのやり取りを田中さんに確認してもらい、こちらが襲撃を受けた側だということは証明したが、

「戦闘は飛ばしていいですか?」

「いや、観たい」

「せっかくですからね」

 モニターから自分の声が響いてくる。映像で確認すると、蒼也さん相手に我ながら過激なことを口走ってもいる。

「ふむ」「おや」「上手い」「ほうほう」

 証拠映像として提出するつもりなので手札を暴かれるのは承知の上だが、目の前でいちいち反応されると気恥ずかしい。

 武者ガンヘッド戦とエアマンティス戦が終わり、問題の場面となった。

 エアマンティスの死骸からにゅるりと出たハリガネムシが、花沢さんのガンヘッドを浸食する。

「なるほどな。はぐれのオーガの腸が、痩せていたのはこいつのせいということか」

「新種ですね。三層の水没が関連しているかもしれません」

「はぐれの発生自体はおそらく世界樹崩壊前だぞ? 矛盾する」

「相変わらず頭が固い。ダンジョンのモンスターですよ? 前もって進化しておく程度のことはやってのけます」

 話しているうちにガンヘッドの胸部装甲が吹き飛んで、おぞましい触手の怪物へと変異を遂げた。

「これはまた……」

「エログロというやつですね」

「貴様、同僚だぞ」

「失礼しました。ですがこの時点でもはや彼女は亡くなってます」

「死者だからこそ、冒涜するなと言っている」

「んふ。立派になって、兄としては誇らしいです」

 あっけらかんとしている田中さんの様子に疑念が深まる。やはり彼は、そういうことなのだろう。

 なんともいえない兄弟のやりとりが始まったことにより、花沢さんだったものはその狂態を言及されぬまま、ナイフの刃で引きちぎられて繭へと変ずる。

「本番はここからですね」

「変態、いや、再誕か」

「魔人化の再現ならばそうでしょう」

 際どい会話が始まったので、

「あのそれは、自分が聞いて大丈夫な話なんです?」

 と口を挟むと、

「そうですよ」

「ではないな」

 正反対の答えが同時に返ってきた。田中さんとロクヨンさんとでは、真っ当な俺の味方はロクヨンさんのほうだと考えたほうがよさそうだ。

 画面がホワイトアウトしたような光の後、蓮花ガンヘッド、もといエビルガンヘッド第二形態が姿を現す。

「まさしく魔人器ですね」

「にしては妙に中途半端な強さではないか? 魔人の技量を抜きにしてもだ」

「元となった機体性能もそうですがイレギュラーなことも影響しているんでしょう。完全な魔人ではない。おそらくバグの産物です」

 田中さんは続けて出現した蒼也さんの人格付きの人面瘡を指し、

「だから異常が伝播して、資格を持たない者すらも巻き込んでいます」

「俗物どもには垂涎の情報だな」

「神核の継承が起きなかったのもそのせいでしょう」

 田中さんが流し目に俺を見た。現段階では深掘りしたくない会話である。

 

 画面の映像は爆煙と斬線が入り交じって目まぐるしい。俺の立ち回りの分析か、あるいは花沢さんの狂乱ぶりに圧倒されたのか、しだいに二人は会話を止め、ダイブレコーダーの記録した戦闘映像に見入っていた。

『しあわせに……なりたかった……だけなの……に』

 フォトンセイバーの光が収まり、戦いが終わった。ロクヨンさんが黙祷するように目を瞑った。

「素晴らしい、素晴らしい戦いぶりでしたよ相葉さん! 意志があって素質があって技量がある!」

 田中さんがうきうきした声音で賞賛する。その目はぎょろりと見開かれていた。

「現時点でこれほどの完成度、まさしく父の後継者と呼ぶに――」

「止めろ兄さん。人が死んでいるんだぞ。取り繕うくらいはしろ」

「随分とぬるいことを仰る。()()()()の価値がわからないのか? しみったれた感傷なんぞに浸って見せるよりも、賞賛すべきでしょう。それとも何です? あなたも足を引っ張る手合いですか」

「六郎兄さんは興奮しているのか?」

 豹変したようにまくし立てる田中さんにロクヨンさんが困惑している。俺はとある疑念を口にすることにした。今このときならばロクヨンさんという味方となる第三者がいる。

「花沢さんを煽りましたね、田中さん」

 彼の浮かべた笑みが、捕食者のごとく深まった

 

 

 

 

87

 インバネスが翻ることなくかき消える。次の瞬間には打撃音が響くと同時に、ロクヨンさんが田中さんの胸ぐらをつかみ上げていた。打撃音はおそらく空歩スキルで生み出した障壁に打ち付けて出したのであろう。いうなれば虚空壁ドンだ。一見ふざけた曲芸に思われるものの、衝撃の逃げ場がない凶悪な技といえる。

「貴様はっ、まだあんな不毛な真似をしていたのか!」

 打撃と詰問を受けてなお、田中さんは堪えた様子もなかった。けろりとした顔の上部の肌色が、格納庫の照明を反射した。

「私は何もしていません。信じて下さい」

 俺を見つめてそう言った。協会の職員らしく、目には誠意が満ちている。満たせている。つまりは当てにならないが、何もしていないという言葉に関しては本当だろう。彼は花沢さんの暴挙を止めなかった。待合室で騒ぎを起こした翌日に、謹慎中の彼女が機体を持ち出して、しかも対人戦慣れした彼氏付きでダンジョンに向かうのを見過した。それだけだ。ある種の職務怠慢だが、たしかに何もしていない。世界樹崩壊の影響で多忙だったという言い訳もつく。

「相葉さんは初日で偶然、花沢さんの目に留まった。翌日に偶然、柿本さんとともに義経を討伐して彼女のトラウマを刺激した。そして今日、偶然お二人に見つかって戦闘となり、そこへ偶然エアマンティスが現れて、さらに偶然にもそれが新種のモンスターに寄生されていた。偶然に偶然が重なった末、悲劇に繋がったというわけです。確率でいうならそれこそ万に一つでしょう?」

 万に一つ、小数点以下の確率を引き当てるのがダンジョンだ。田中六郎ともあろう者なら、その法則性を熟知していてもおかしくない。

「信じます」

 俺はそう答えるしかなかった。

 

 ロクヨンさんが舌打ちをして田中さんを開放する。

 部外者の俺を田中一族の込み入った事情に立ち入らせたくないのだろう。俺も立ち入りたくはない。

「ああそうです」

 と思い出したかのように田中さんがロクヨンさんに切り出した。

「例の寄生ハリガネムシですがね」

「重複語だ」

「細かいですね。寄生ハリガネムシですが、協会には、今回の件は伏せた上で報告します」

 わかりやすさを重視したのか、言い直すつもりはないらしい。

「浸食に融合能力だぞ? 危険に過ぎるのではないのか」

「いいえ。あくまで私の推測ですが、あれは本来、あのような能力は持たない、単なる虫系モンスターでしかないのでしょう。おそらくは寄生虫という概念が悪さをした。彼女がああなれたのは、彼女が花沢佐奈、花沢聖琉の姉であったからに他なりません。つまりはこれも偶然です」

「……バグの産物とは、そういうことか」

 内輪で意味深なことを並べ立てられても部外者の俺にはわからない。だいたい、花沢聖琉なる人物は死人であったはずである。

「巻き込まれた河合蒼也さんは残念なことになりましたが、今回のこれで彼は資格を得たともいえます。ダンジョンは彼を知り、彼自身はダンジョンに、確かな意志の力を示した」

 田中さんは俺のほうを向くと、

「相葉さんがダンジョンに挑み続けるというのなら、あれほどの執着です、いずれ彼とは再会するかもしれません。姿形はおそらく変わってしまうでしょうが」

 と、死者蘇生を示唆するようなことを言った。俗物どもには垂涎の情報だと、つい先ほどロクヨンさんも言っていた。

「いい加減喋りすぎだ」

「ですが相葉さんには資格がある。覚悟の準備をしておいて下さいと口にする、その必要があると見ました」

 そろそろわざとらしい機密情報の漏洩は止めて欲しいと、それが顔に出てしまっただろう。

「ダイブレコーダーのコピーも終わったようですし、そろそろ私はお暇しますね」

 と田中さんが続けた。

「協会及び遺族に対する手続きはこちらで全て済ませておきます。賠償金に関しても同様に。支払いはだいぶ後になりますが、相葉さんと接触することのないよう取り計らいますのでご安心を」

 そして一瞬後にはその口が俺の耳元に寄っていた。身体能力ではなく技術だろう。間合いを盗むそれである。

「悪いようにはしませんよ。私はあなたのファン(フアン)ですから」

 囁くと去っていった。生ぬるい吐息が耳朶に絡んで残ったような心地がした。

「我が兄ながら気色の悪い真似をする」

「……田中さんは、いったい何がしたいんです」

「端的にいえば、奴は第二の田中次郎を求めている」

 なんとなくそういう感じはしていたが、

「財団は違うと?」

「司祭が神を仕立て上げたら、それは異端というものだろう? 父の代わりなどどこにもいないさ」

 生みの母親がしゃしゃり出て新しいパパよと世迷い言を抜かしたら、たしかに俺もぶん殴るに違いない。

 

 

 売却作業などを済ませる間、ロクヨンさんの好意に甘え、テクニカの洗機と検査をしてもらった。エビルガンヘッドの肉片チェックも兼ねている。

「外装はキャノピー以外まあ問題なしですが、深層探索者がぶん回しでもしたんですかね? 特に左腕は、肩から下の残った部分も完全に死んでます。他のメインフレームは許容範囲のようですが、サブフレームがだいぶ劣化してました。関節の摩耗も相当です。それにあくまで簡易検査なんで、地上の整備工場でCTかMRIにかけることを推奨します。ほぼ確実に歪みが出ているでしょうから」

 整備員から検査結果を受け取ると、機体に乗り込んで財団所有の修理ロボから補給と修理を受ける

 

フレームHP 875/1500

機体MP 720/720

 

 HPがこれ以上回復しないのは、欠損分と劣化分、最大HPが減少しているからだろう。

「お疲れさま。とうとう人殺しになってしまったが、お互い生き残ったな」

 ゼリー飲料で栄養補給を済ませながら、コックピットで愛機に向かって語りかけた。

 フェダーインゼリー、その名の通り戦士のゼリーだ。高カロリーかつ高価格、スタミナポーションとの相性も良いので、祝杯代わりには充分だろう。

 その祝杯も十秒で完了した。感傷に浸っている暇はない。戦士であるならば次の戦いに備えて行動しなければならない。行動し続けねば、ならないのである。

 

 

 

 

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