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ルーキー向けの冊子には、初めてレベルが上がった後はアタックを止めて帰還するよう書いてある。
通常、力や防御といったステータスはレベルが上がるごとに平均3弱上昇するが、レベルが0から1になるときだけは0の状態からステータス初期値に、つまりは初期値分がそのまま、平均20も上昇することになる。この上がり幅は7レベルアップ分に相当する。
大幅に強化された身体能力に慣れぬままダンジョンアタックを続けるのは危険である。ステータスというのは下手なドーピングより余程馴染みやすく、身体の
たとえ余裕があってもアタックを中止すべし。可能な限り無理はしない。ここはあえて引くべきだ。踏みとどまる勇気を持とう、と、くれぐれもダンジョンに深入りせぬよう、舞い上がったルーキーを引き止める文章が繰り返されている。
冊子を閉じる。表紙には『安全第一』と大書してある。
「さて、行くか」
俺はアタックを続けることにした。ここで安全策をとれるような人間なら中卒で探索者になるわけがない。単にダンジョンで食っていく、職業探索者を目指すだけなら他の若者と同様、今頃は探索者学園で青春を謳歌していただろう。
だが俺の目指すのは無理無茶無謀を押し通せる超スーパーグレートなダンジョン探索者だ。不利な状況、不測の事態は、むしろ望むところだった。
洞窟を小走りで進みながらコンソールを操作する。でこぼこの足場にはもう慣れた。
「ステータスチェック」
フレームHP 1316/1500
機体MP 652/720
同調率 90.4
力 168
防御 187
魔攻 155
魔防 91
早さ 9
最大HPと最大MP以外の機体ステータスが更新されている。
元の数値はこうだ。
同調率 89.3
力 150
防御 180
魔攻 140
魔防 80
早さ ‐
数値が上昇しているのは、パイロットである俺自身のステータスが機体のステータスに上乗せされたからだ。
パイロットのステータスが機体性能に反映される。これが探索機が通常兵器と違う点だ。純粋な操縦技術とは別に、パイロットが物理的に強化されれば機体も物理的に強化される。力が上がればパワーが上がり、防御が上がれば装甲が硬くなる。ロボットアニメでよくあるパイロットの違いによる量産機の性能変化現象、名無しの一般兵が乗ればやられメカなのにメインキャラクターが乗った途端に活躍する、あの現象が現実に起きるのである。
俺の力が25なのに機体の力の上昇値が18なのは、同調率に加えて機体性能の能力係数が影響しているからだ。
ちなみにテクニカの能力係数は、
力 0.8
防御 0.8
魔攻 0.7
魔防 0.8
早さ 0.8
とバランスが良い。パイロットのステータスにこの能力係数をかけ、さらに同調率をかけたものが上昇値となる。
この機体ステータス上昇は、主従が転倒した例えだが、探索機がパイロットという強化パーツを装備したと考えればわかりやすい。
そして、ステータス×能力係数×同調率、という式から察せられるように、その強化パーツの性能は同調率に比例している。操縦性のみならず機体性能にも直接影響するなら、探索者社会で初期同調率の数値が才能と同一視されるのも仕方のないことかもしれない。思うところがなくもないが、これに関しては持つ側の人間がどうお気持ちを表明しようと嫌味にしかならないだろう。
ミラー越しにゴブリンを発見した。結構足音を立てたつもりだが、向こうはまだ気付いていない。何やらしゃがみ込んでいる。ゴブリンの視線の先には人が入れるくらいの横穴があり、その付近には土やら細かい岩やらがこんもりと盛られ、ちょっとした山が出来ている。少し待つと穴からホワイトアントが顔を出した。顎に咥えた土塊を山に詰み足すと引き返し、すれ違いで別なホワイトアントが穴を出る。
共生関係で警備を担当しているにしては穴の側しか見ていない。したがって、ゴブリンはホワイトアントの穴掘りを観察しているだけだろう。でかい蟻の地道な作業はたしかに興味深い。俺だって見る。不意を打つに絶好の機会だった。右手にヒリューズ軽機関杖を、左に片刃ブレードを構えた。
踏み込むと同時にスラスターを吹かし、なかば匍匐飛行するような形で急速に接近する。ゴブリンが振り向くと、その顔面にヒリューズの三点バーストが直撃した。ゴブリンが顔を押さえて悲鳴を上げる。そこに回り込みつつ、ブレードですくい上げるように切り抜けた。重さと速度がほどよく乗った斬撃は、左程の抵抗もなくゴブリンの身体を分断する。
穴側に転換しながら着地すると、ブレードを機体の脇に突き立ててヒリューズのフォアエンドに手を添えた。セミオートに切り替え、射撃姿勢でその場にとどまり穴を狙う。ホワイトアントが這い出るたびに撃ち殺して死体を作る。ゴブリンが観察していただけあって、狙いやすい位置だった。一発一発一匹一匹、着実に頭部へと撃ち込めた。まもなくそのゴブリンの死体が、ブレードに付着した血液とともに光の粒と化して消える。ホワイトアントの死体も、順々に消失した。
穴からはもうホワイトアントは出てこない。しばらくは警戒したが、打止めのようだった。
ドロップアイテムを回収する。ホワイトアントのドロップはいつもの500円魔石なのでちまちま拾って弁当箱に放り込む。ゴブリンのほうはポーションをドロップしていた。
スタミナポーションである。青みがかったこの液体は大昔の栄養ドリンクのような50mlの特大アンプルに入っている。飲むと元気が出てHPが少し回復するが、怪我自体は治らない。それと甘くて美味しい。探索者にとってはエナジードリンクのようなものだが、この体力を回復するという大ざっぱな薬効は、探索者以上に医療現場で重宝されている。患者が手術に耐える体力をつけるためであったり、当人の快復力を高めるためであったり、とにかく頻用され、しかも保険が利く。何より医療従事者自身がその激務ゆえお世話になっている。協会の買い取り価格は補助金込みで現在一本七千円だ。年々低くなってはいるが、それだけ国によるポーション供給が安定してきたということだろう。おかげで祖父母も長生きできる。
ガラスアンプルなので弁当箱ではなく専用のアンプルケースに収めなければならない。大きさは探索機の指の第二関節まであるかないかで、マニピュレータの操作精度に自信がなければ機体を降りて回収作業をする必要がある。力加減を間違えれば、七千円がおじゃんである。俺は自信がある。生卵だってつまめる。
十分後、神経をすり減らしてどうにかアンプル回収を済ませた俺は呟いた。
「降りたほうが早いな、これ」
マニピュレータ操作に集中するにせよ生身で回収するにせよ、作業中はどのみち無防備になるといえる。モンスターに襲われるリスクはいずれも大して変わりない。
7
ホワイトアントの出入りしていた穴を見る。
巣穴なのか坑道なのかは入ってみなければわからないが、大抵、その内部には採掘ポイントがあったり宝箱が出現していたり、あるいは特殊なモンスターが待ち受けていたりする。ダンジョン内ダンジョンともいえるこのような場所は、小ダンジョンと呼ばれている。
小ダンジョンは狭い。探索機では入れないので探索者は生身で探索しなければならない。モンスター側も中型以上のモンスターは活動できず、基本的には、小型モンスターしか出現しない。
武具を身につけた人間が常識的なサイズのモンスターだけを相手にするといえばいかにも普通なダンジョン探索に思えるが、その難易度は総じて高い。第一層における小ダンジョンの推奨レベルは5以上で、第二層の推奨レベルと同じである。当然のことだが探索者本人の戦闘能力が要求される。探索機での戦闘と違い、機体性能の高さや操縦技術でゴリ押すことができず、
探索機と違って人体は死にやすい。リスクの大きさはいうまでもないが、小ダンジョン攻略によって得られる利益は、そのリスクに見合うものでもある。生身で小ダンジョン攻略に専念している歩兵探索者と呼ばれる猛者たちがいるくらいだ。
小型モンスター相手なので経験値は少ないものの、小ダンジョンでは運が良ければレアアイテムが得られる。そのなかには、希少鉱物や金塊、高価なモンスター素材に毛生え薬等の換金性の高いもののみならず、有用なマジックアイテム、高性能の武具にアクセサリー、ステータス永続強化薬やスキルオーブなども含まれている。
金銭はともかく、装備も力もスキルも得られ、漫然とレベルを上げるより強くなれる。それが小ダンジョンだ。
つまり探索者としてより高みを目指すなら、小ダンジョン攻略は避けては通れないものといえた。
俺の前にはその小ダンジョンの入り口がある。俺は小ダンジョン攻略のため機体を――降りなかった。
「まだ早い」
先の戦闘で穴の中のホワイトアントが全滅したとも限らない。出待ち狙撃で無害化できる程度なら、小ダンジョンの危険性はああも喧伝されていないだろう。
今の俺が四匹以上のホワイトアントに囲まれて生き残る。そのイメージが湧かなかった。一対一なら無傷で倒せる。一対二なら立ち回りでなんとかなる。一対三はぎりぎりやれる。一対四は運任せだ。イメージから自惚れ分を差し引けば、二匹相手が精いっぱいかもしれない。
レベルが足りない。背丈も足りない。ステータスを得た身体の慣らしも足りていない。
俺は歯噛みしつつ、行動の優先度を再確認した。
今すべきことはレベルを上げつつ実戦慣れ、俺の戦闘スタイルをステータス傾向に合わせて整えることだ。ダンジョンアタックを長引かせているのは、己の能力を検証しつつ戦闘経験を得るためだ。ダンジョンの奥へ奥へと向かっているのは、より多くのモンスターと遭遇するのに、それが一番効率が良いからだ。
小ダンジョンへの挑戦は、今すべきこと、今冒すべきリスクじゃない。命が惜しいわけではなく、自殺行為は愚かだからだ。
それは怯懦から来る妥協であった。口惜しいが背を向けて、俺は機体を駆けさせた。
探索を続けると、坂を登り切った正面にゴブリン二体を発見した。計器で残りMPを確認する。
機体MP 590/720
位置取りがちょうど良いので、今回の戦闘ではスキルの検証を行う。ゴブリンが二体揃って向かってくるのを、足を止めて迎え撃った。
手始めに一体の目元を三点バーストで狙い撃つ。ゴブリンが目を押さえてのたうち回り、足止めに成功した。
機体MP 575/720
ヒリューズ軽機関杖の消費は一発あたり5MPと、弾代が100円だ。ゴブリン相手の15MP300円の目潰し狙撃は、安定して命中させられるなら安全かつ高効率といえるだろう。実包と違って威力はないが、その分弾代が安く済む。この蟻撃ち用の豆鉄砲が、第一層におけるメインウェポンとして使われ続けている理由の一つがそれであった。
そしてもう一つの理由は、銃ではなく杖としての使い勝手だ。
無事な方のゴブリンが負傷した仲間を気遣うように振り返るが、すぐに向き直るとぎろりとこちらを睨め付けて、憎悪の唸り声を上げる。
棍棒を振りかざして駆けて来るゴブリンに、ヒリューズの照準を向けた。
「フォトンバレット」
スキル名の詠唱により、魔法スキルが発動する。俺自身の魔力の抜ける感覚がすると同時に、その魔力を核として機体のマナが引き出され、魔法発動体――ヒリューズ軽機関杖に内蔵されたそれへと送り込まれる。
銃口手前の虚空に青白い光弾が現れ、現れたと思えばその瞬間、不可視の力によって射出された。
探索機の握り拳大の光弾はヒリューズの照準通りに放たれて、弾道の残像を残しながら、ゴブリンの胸に命中する。
音とともに光が弾け、収まると、ゴブリンがばたりと倒れた。
一撃で死んでいる。光弾の威力は心臓に達していた。胴体の半ばまでえぐり取ったかのような凄惨な肉体破壊の痕跡がそこにあった
機体MP 543/720
「ステータスオープン」
MP 27/32
計器とステータスの数値に目をやりつつ、目潰ししておいたもう一体にも銃口を向け、スキルを放つ。
「フォトンバレット」
今度は頭を弾けさせた。首無し死体が消えていく。
機体MP 511/720
MP 22/32
フォトンバレット一回あたりの消費MPは、機体MPが32、俺自身のMPが5だ。
スキル発動には使用者本人のMPが必要なので、たとえ機体MPが潤沢にあろうと、 今の残りMPでは、4回しか使えない。
機体MPに関しては、今のところ余程の激戦でもしないかぎり、残量に気を遣う必要はあまりない。探索機はあらゆる行動で、それこそ起動状態にあるだけでも機体MPを消費するが、マナエンジンがダンジョン内のマナを取り込んで常時回復してもいる。巡航速度以下で移動するか待機するかしていれば、自動回復量が消費量を上回るため、じわじわ回復していくのである。
一方で人間のMPは、一応探索機と同様に回復するものの、その回復量には雲泥の差がある。例えばダンジョン第一層における回復量は一時間あたり1MPと、実質的に限られたリソースといっても差し支えない。ちなみに現実的な回復手段としてはMP回復ポーションを使用するか、睡眠をとることだ。ぐっすり八時間睡眠で全快するといわれていて、六時間睡眠では半分、四時間睡眠では二割ほど、「俺寝てないわ」とアピールする人はほぼ回復していないといえるだろう。
フォトンバレットの威力はゴブリンをほぼ一撃で仕留められる。魔法発動体としてのヒリューズ軽機関杖との相性も良い。照準通りに撃てるし、ヒリューズ自体の射撃を射弾観測にもできる。このように強力かつ使いやすく、しかもビームライフルみたいで格好良い。
だがその使用回数は余力を考慮すれば残り二回が限度だろう。その二回にしても、受肉ゴブリンみたいな強力なモンスターと遭遇したときのため、温存しなければならない。
「ひとまずは封印だな」
アンプル拾いに慣れるためマニピュレータでポーションを回収すると、俺は機体を先に進めた。
8
ダンジョンアタックは続く。モンスターとの遭遇は何度もあった。
ゴブリン単体。ホワイトアント三匹。
これが何度か続いたあと、ゴブリンコンビ、十匹ほどのホワイトアントの群れ、ゴブリン単体にホワイトアント数匹といったふうに、パーティを組んだモンスターと毎回出くわすようになった。
第一層の中間地点、第二層へと転移する転移ポイントまでの道のりの半ばほどに差し掛かると、ゴブリン三体のパーティが現れるようになった。
一対多だが、ゴブリンは棍棒しか使わないのでランチェスターのなんとか法則は働かないのだろう。苦戦はしなかった。テクニカの機動力で翻弄できたのもあるが、ヒリューズの目潰し戦法が強力に過ぎたのもある。敵を怯ませ一方的にブレードで攻撃できる。高い同調率ゆえの射撃精度ありきのやり方だが、これを続けていれば行動がワンパターンに、思考が硬直するのが危惧された。
なので俺は弾倉を交換したヒリューズをウェポンラックに収めると、フォトンバレットのスキル同様、使用を禁止することにした。
ブレードとナイフだけで複数の敵と戦う。探索機、ひいては生身での格闘戦能力を鍛えるにはうってつけだった。
始めに覚えたのは装甲で受けるということだった。
探索機にとっての装甲とは、武士や騎士にとっての甲冑のようなものである。
敵の攻撃は一々武器で受けずとも、装甲で受けて逸らせば良い。とはいえゴブリンは鈍器使いだ。直撃すると身体の芯に響くような衝撃とともに、フレームHPと俺自身のHPが減少する。攻撃を弾いて逸らす、先んじて当たりに行って芯を外す。そういった受けの感覚が必要で、ゴブリンの棍棒はそれを学習するにちょうど良い教材といえるだろう。
次に覚えたのは装甲を武器として使うことだ。全身甲冑とは、換言すれば全身が金属製の鈍器である。殴るだけ、ぶつけるだけでも、生身で受ければ硬くて痛い。十分な遠心力に装甲の角を乗せれば、武器なしでも重傷を負わせられる。高級機の一部にはバキバキに尖らせたエッジ装甲なるものが装備されているという。高コストだが高攻撃力で見栄えも良い。格闘戦主体の探索者にとって装甲攻撃は基本技術といえるのだろう。
俺のテクニカの左肩にもショルダータックル用のスパイクが装備してある。身長の低いゴブリンには使いづらいが、至近で不意にしゃがんで脳天打ちしたり、そこから横跳びで速贄のように喉に突き刺したりと、ものは使いようであった。
近接戦闘を繰り返すうち、ブレードの太刀筋も馴染んできた。俺の近接戦の主体は片手剣術とナイフ術だ。親父と一緒に道場に通っていたが、日本剣術よりそちらのほうが向いていると師範に勧められた。親父に付き合い探索者を目指すというので、道場では対人戦より単純な剣の振り方、身体の使い方を主に習った。
ナイフ術は親父の趣味だ。友人の米国人――母親の浮気相手の一人で、浮気発覚のごたごたの際に知り合い、なぜか意気投合して友人になったという。ちなみに俺との血縁はない――から教わったらしい。休日にはキャッチボールの代わりに、親父と模擬ナイフでの対戦をよくやっていた。
ゴブリンの行動パターンや位置取りの見極めに慣れてくると、三体が相手でもナイフ一本で問題なくなった。
フレームHP 1033/1500
機体MP 319/720
フレームHPの減少は装甲受けを頻用していたときのもので、今はほとんど減少せず、減るとしても一桁だ。機体MPが半分以下なのは、絶えず激しく動いたことに加え、連戦が続いたためだろう。第一層はダンジョンの奥へ行くほど戦闘間隔が短くなる。
コックピット備え付けの機械式時計を見る。結構長時間のアタックをしていた。マップでは四分の三くらいの位置に到達しているが、この時間は決して短いとはいわれない。むしろ長い方だ。
ダンジョンの内部構造は頻繁に変化する。一応、最新のマップは入手してあるが、行き止まりや新たなルートが結構あった。
それでマッピングをしつつのアタックであることと、戦闘経験を求めての寄り道が多かったこととが重なり、こんな時間になったのである。ちなみにベテラン冒険者が第一層から第二層へ向かうまでの所要時間は二時間ほどで、これは地形変動によるルート変更を踏まえての時間だ。
俺の戦闘能力は初アタックのルーキーにしては高いものといえるだろう。操縦技術はさておくとして、同調率の高さによる高ステータスのおかげで、ゴブリン複数相手でも容易く圧倒できている。
だがそれだけだ。戦う以外のあらゆる能力が、他のルーキーを下回っている。
実際にダンジョンアタックをして自覚した。
中学出たての十五歳の子供には、教養も判断力も身体のタフさも足りていない。若さは武器だが、若すぎることはハンデである。受付の花沢さんが俺を止めたのも当然だ。
だがそれでもやると決めた。
今の俺は慣れないダンジョンアタックで疲労が重なり、少しネガティブになっている。しかし決意自体は揺らいでいない。
学校で学べないなら、代わりにダンジョンで学べば良い。人間的な成長はどうでもいい。探索者として成長する。
フレームHP三割減、機体MPは半分を下回った。連戦の高揚感が静まり、あらためて確認すると、そろそろ引き返す頃合いだった。
しかし引き返そうという思いより、第二層への入り口を見たいという気持ちがまずあった。あと四分の一の道程を行きさえすれば到達できる。決して無理なことではない。
初アタックで第一層を踏破した。金にも経験値にもならないだろうただ誇れるだけのその成果は、小さな勝利の記憶として俺の中に根付いて、未来の俺が今日のことを思い返すにつけ、ささやかな喜びをもたらしてくれるだろう。
「このまま行くか行かないか、それが問題だ」
感情は「行け」と言い、理性は「慎重に行け」と言っている。理性なんてそんなものだ。一度判断を下せば、それを煽るしかしない。
思い悩む時間は無駄だ。
「次の戦闘で決める」
コイントス代わりのモンスター占いだ。次の戦闘の消耗如何によって、行けるかどうかを決定する。
景気付けにゴブリンから得たスタミナポーションを飲む。七千円のエナジードリンクだ。甘い。美味しい。HPが満タンになる。疲労がポンととれるこの感覚には、値段相応の価値がある。ポーション中毒、ポン中と呼ばれるヘビーユーザーが生まれるだけのことはあった。
心機一転して奥へと進む。
そうして俺が出会ったのは、
9
モンスターのいない広間を通り過ぎようとしたところ、機体の頭上に小石か何かがこつんと落ちた。すわ落石かと跳び退いて距離をとれば、見上げた天井から何やらうねうねしたものが、土石とともに飛び出した。それはぶら下がったまま何度か身をよじると、穴が広がり引っかかりが外れたのか、響きを立てて落ちてきた。
「ウォーターワームか」
土埃の舞う中で、巨大ミミズの影がうごめいていた。見たところ太さは2mほど、体長は、30m以上あるかもしれない。でかい。太い。質量は相当なもので、軽探索機では力負けせずとも重さ負けするだろう。
視界が晴れるより先に、光の図形が浮かび上がった。
「魔法陣? っ……!」
舌打ちしつつスラスターを吹かして横っ跳びする。元いた位置に数瞬後、水柱が突き刺さった。
暴徒鎮圧の放水砲に似た水属性魔法攻撃である。ウォーターワームの頭の前に展開された魔法陣から放たれ続けている。地形の損傷具合を見るに装甲を貫通するほどではなく殺傷能力自体は低い。けれども直撃すれば吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられるだろう。
それに持続する、いわゆる照射タイプの砲撃だ。回避したこちらを追って薙ぎ払うように放水の射線が動く。
回頭速度は遅い。こちらの横移動に追い縋るが追い切れていない。テクニカの機動性ならこのまま振り切れるだろう。だが距離はとらない。むしろ近付く。不意に切り返して水柱を側転跳躍で飛び越えると、着地の反動をばねにして踏み込んだ。
「頭をぐいと突き出すなら、弱点を見せつけてるってことだろう」
ウォーターワームの生命力は、ミミズと同じで非常に強い。半分に千切れても生きているくらいである。だが頭部――環帯、いわゆるハチマキから上部分、心臓を含む主要臓器の詰まったそこに深刻なダメージを受ければ、いかに他の部分が無事であろうと死んでしまう。言い換えれば、弱点の頭部以外をいくら傷付けようが殺しきれないということでもあった。
接近したが正面からでは魔法が邪魔で狙えない。こちらを跳ね飛ばそうと胴体が迫る。地面すれすれの匍匐飛行でくぐり抜けつつ背面姿勢に機体をロールし、急上昇した。
かなり無茶をした機動だが、これにより、ウォーターワームの背後に回り込み、かつ頭部を正面に捉えることに成功した。とはいえこの状態は数秒間も続かない。虎の子のフォトンバレットを直撃させたいが悠長に狙いを付けている暇はない。ヒリューズを片手持ちのままフルオートで放つ。
体液を散らす弾痕が、機体の腕の動きに合わせ、胴体から頭部へと登って行く。大きく出っ張った環帯に差し掛かるや否やスキルを、
「フォトンバ――位置が悪い!」
放とうとしたところで、頭部がぐにゅんと下がって環帯の
この戦闘でフォトンバレットを使えるのは二回だけ、一か八かでも無駄打ちはできない。奇襲失敗と割り切った。
割り切ったが、その失敗自体が隙となる。ウォーターワームのくねらせた下半身が背後から迫る姿をペリスコープが捉えた。
無防備な空中、スラスターと四肢の振りを駆使した姿勢制御で紙一重だが回避しようと試みた。しかしその紙一重がいけなかった。ウォーターワームの体表に生えた剛毛が装甲に引っかかり、機体が回り、視界も回り、波打つ胴体に打ち付けられる。
「こなくそっ」
ヒリューズを捨てて両手にナイフを抜き放ち、回転させられる勢いのままに斬り付ける。手応えあった。巨体がびくつき離れていく。姿勢を整えて着地すると、どうしてかウォーターワームはこちらに背を向けていた。
なぜ逃げるのかと疑念を抱きつつ息を整えると、コックピットにブザーが鳴った。
「魔力照射警報? まさかっ」
足元に魔法陣が現れるのとそこから跳び退くのとは、ほぼ同時のことだった。
地面に敷かれた魔法陣から、間欠泉のごとく水柱が噴き上がる。回避が間に合わねば機体を跳ね上げられていただろう。空間指定型の魔法であった。
遠隔発動できるこの種の魔法は厄介だが欠点もある。発動ごとに空間座標を指定しなければならないのと、座標指定のための魔力照射から発動までにタイムラグがあることだ。
ゆえに回避の余地は十分あるし、身を隠すなり視界から逃れるなりすれば盲打ちさせられる。
そしてウォーターアームは背を向けていて、頭をこちらに向けていない。振り向いたとしても己の巨体が邪魔となって視界を制限するだろう。ならばその死角を利用して懐へ――と、なったところで、はたと思い当たった。
ミミズに目はない。目見えずが転じてミミズであり、光の強弱は表皮にある感光細胞で判別していると、生き物図鑑に書いてあった。
再び魔力照射警報が鳴る。
「ミミズだから、皮でこちらの位置が見えている?」
一拍置いて発動した間欠泉魔法の水柱を背に、ウォーターワームを追う。ウォーターワームは逃げるように距離をとったかと思えば、不意にこちらに頭を振り向けると、今度は放水砲魔法を発動した。
魔法の狙いは正確だった。これで確信した。向こうはいかなる体勢でもこちらをはっきり視認している。
感光細胞の分布やら精度やらはわからないが、自然界の働き者な益虫と違い、ウォーターワームはモンスターである。殺戮に特化した結果、全身これ視覚器といってもいいかもしれない。
となれば、人間やゴブリン相手にするような視線誘導は通用しない。フォトンバレットをぎりぎりで中断させられたのも偶然ではないだろう。背後に回って攻撃をしかけるこちらの位置を正確に把握した上で、ウォーターワームは弱点の頭部への射線を遮れるよう絶妙に姿勢を変えた。ヒリューズの観測射撃がなくとも、おそらく結果は同じだったろう。
認識を改めれば、視られていると、そう感じた。
俺は理解した。ウォーターワームとの戦闘で最も警戒すべきは魔法でも巨体でもない。それらを十全に活かす感知能力だ。
生半な奇襲は対応される。近付けば巨体による体当たりが、離れれば強烈な水魔法が、それぞれ高精度で繰り出される。
ミミズ同様の生命力と頑強さを持ちながら、こうも隙がない。
弱点は頭を潰せば死ぬことだが、それは大抵の生物がそうなので、弱点とはいわれない。
一応別な弱点、おそらく真っ当であろう攻略方法は思い浮かぶが、今の俺にはそれを実行する手段はなく、そもそも実際に通用するかもわからない。
俺は対応力を鍛えるために、ウォーターワームの詳細な情報はあえて調べていなかった。
命がけのネタバレ防止といえるが、たかが一層で初見の敵にやられるようでは探索者として大成できない。大成できないのは死ぬのと同じだ。調べずに今死ぬか、調べておいて後で死ぬか、余計な時間がかからぬ分、前者のほうがお得だろう。
ウォーターワームはタフで隙のない強敵だ。弱点を突かずにそういう相手をどう倒すか、ルーキーであろうとベテランであろうと、答えは変わらないだろう。
畢竟、地力で上回るより他はない。
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マナ残量を確認する。
機体MP 209/720
そろそろ200を切りそうだ。
ウォーターワームの攻撃に殺傷力は左程ない。体当たりは質量差で突き飛ばすだけといった感じで、魔法攻撃も装甲を抜けないだろう。ミミズらしいとでもいうのか、爪牙の鋭さを持たないのである。たとえ直撃しようが転がったり吹き飛ばされたりする程度で済む。にもかかわらずウォーターワームが初心者狩りと呼ばれる所以は、おそらくこの機体MP、マナ消費の激しさにある。
体当たりも放水砲も攻撃範囲が広く、大きな回避動作を強いられてスラスターを多用させられる。動きを止めれば足元に間欠泉魔法を仕掛けられる。絶えず激しく動かされ、マナを消耗し、マナを回復しようにもその隙を与えられない。
威力がないならと魔法を装甲で耐えようとしたら、それこそ向こうの思うつぼだ。押し出しに特化したであろう魔法は踏ん張るのが難しく、機体を岩壁や天井に叩きつけられることになる。一時の機体ダメージだけでは済まず、衝撃で目を回したりまごついたりしてしまえば、そこを延々と追撃されてしまう可能性もある。
探索機は常時マナを回復しているのでマナ残量が0になったところで機能停止することはないが、早歩きくらいが精いっぱいとなる。決定打を与えられぬままじわじわとマナを消耗し、動きの鈍ったところをやられる。あるいは魔法によってバスケットボールみたいにされて機体かパイロットが駄目になる。ウォーターワームとの戦闘におけるルーキーの負けパターンを推測するなら、こんなところだろう。
そして俺はというとマナ消耗の負けパターンに陥っていた。連戦してろくな休憩もないまま先へ先へと進んだ結果がこれだった。
「マナ管理の重要性か……」
なるほど、思い知った。思い知ったので、全力で動くことにした。
撤退はしない。持久戦にも切り替えない。全力が通用しなければそこまでだ。
親父の幻影も「逆に考えるんだ。やられちゃってもいいさと考えるんだ」とささやいている。
機体MPは今の俺の命数だ。良い具合に少なくて、死を恐れず、ためらわずに戦えるかの試金石になる。俺という人間の窮地における精神性、それを知る機会がこんなにも早く訪れてくれたのは僥倖だった。
放水砲の発射に合わせ、這うような前傾姿勢で踏み込んだ。スラスターは地を蹴る瞬間だけ吹かす。推力を上乗せするというより、機体を地面に押し付けて踏み込みを深くするためだ。重力、脚力、噴進力、三つからなる水平方向への合力は、殺人的な急加速をもたらした。
すさまじいGが俺の身体を軋ませる。その甲斐あって振り切った。水柱は機体後方へと伸びたまま、敵は反応できていない。
マナを節約するために軌道修正は脚力だけで行う。一歩、二歩、三歩と地を蹴り、速度を殺さぬよう鈍角で多角形を描きつつもやや急に、旋回半径は小さめにとる。今回は回り込まない。斜め正面からの攻撃を試みる。とはいえ可動範囲の範疇だ。向こうが反応、回頭すれば、それに合わせて水柱がこちらを薙ぐだろう。反応までの束の間では、距離を詰め切るにいささか足りない。
ウォーターワームが鎌首をもたげると、俺はスラスターを全開に跳躍した。迫り来る水柱を飛び越えるように空中回転する。側転跳躍というより、前進速度が乗った分、戦闘機のマニューバでいうところのバレルロールに近い。そして翼代わりにブレードが構えられている。慣性と揚力が上乗せされた斬撃は、機体ごと螺旋を描いて敵の首へと吸い込まれた。
スパイラルカット――探索機機動剣術の技である。通信教育とまとめ動画で覚えた。
手応えに舌打ちする。
「浅いかっ」
断首のつもりで環帯を目安にしたのがよくなかった。
傷口から体液を、身じろぎの度にぶしゅりぶしゅりと散らすものの、動きはあまり鈍っていない。今現在も懐に入り込んだ俺を排除すべく、激しく体をくねらせている。だが体節が一つ潰れて可動範囲は減っている。このまま至近距離を保つなら、放水砲はもう警戒しなくて良いだろう。
体当たりを避けながらブレードで斬り付ける。回避動作は最小限だ。体節が多いためか攻撃の
ウォーターワームが裏返るほど大きく蠕動したと思えば跳び上がる。のし掛かりから続けざまに、尻尾を振り回して、幾度も叩きつけてくる。ダイナミックな攻撃だ。尻尾の先端速度は相当なものだろう。しかし来ると事前にわかっている攻撃など止まっているのと変わりない。攻撃範囲でない空間に、機体を入れればいいだけだ。
のたうつ体を浅く切る。断ち切ろうという色気は出さない。全身を蠕動させ暴れ回ってる最中に、体節に刃が食い込んでしまえばその勢いでブレードが持って行かれかねないからだ。
かといって体力切れを待って止めを刺す、というつもりもない。
機体MP 98/720。
弱らせるなら自分の手でという気持ちもあるが、それ以前に持久戦ではこちらが先に息切れするという理由があった。スラスターはマナを食う。回数も出力も最小限にはしているものの、攻撃よりも回避のほうが消耗が大きい。
体表を切り裂く度に敵は怯む。暴れるのだってその反応の一つだ。
「痛みを感じているのなら、畳み掛けることだってできる」
ギアを上げる。攻撃回数を増やしてゆく。右にブレード、左にナイフの変則二刀流で、刃の間合いに入るや否や、その体節に斬撃を浴びせて行く。
避けつつ斬る。斬って避ける。斬る。斬る。避けて斬る。避けずに斬って、斬って斬る。
ウォーターワームは反応できず、反撃できない。いつしかこちらが一方的に攻撃する状況に至っていた。
こちらの剣速や移動速度に変化はない。動きが格段と洗練されたというほどでもない。切り裂かれるごとにその体節が可動不能になるというのはたしかに理由の一つではある。
しかしそれ以上に大きいのが、行動回数の差であった。
向こうが一動作する間に、こちらは二度三度、あるいは四度も攻撃する。攻撃できる。できてしまう。
強敵とみなした相手を行動回数で圧倒する。この不可解な状況に至った原因を問うなら、それはステータスだった。ここに来てようやく十全に発揮されたステータスの
11
力、防御、魔攻、魔防、早さ、と、ステータスには五つのパラメータがある。
この中でも
純粋なスピードが力によって決まるのなら、早さは何に影響するのか。それは、行動回数だといわれている。
早さ10の人間が10回行動する間に、早さ11の人間は11回行動できる。極端な例では早さ5の人間と早さ10の人間とでは、行動回数が倍違う。まるで非ターン制RPGゲームのシステムのような現象だ。とはいえ、スピード自体は筋力依存である以上、目に見えてわかる違いというのはあまりない。例えば早さの異なる人間に素振りをさせてみれば、筋力が同じなら振り下ろしにかかる時間も同じなので、素振り回数も結果的に同じとなる。わかりやすい差が生じるのは細かい動作であるといわれている。例えば瞬きだ。5回瞬きするのと同じ時間で、10回瞬きする。同じ二人にゲームのボタンを押させたなら、一秒間に8連射と16連射の差が生まれる。瞼も指もそれぞれの動作速度自体は変わらない。けれども多い側は閉じた瞼を開ききらず、指をボタンからほとんど離していない。物理的な辻褄をそのようにして合わせている。
意識の周波数だとか神経伝達速度だとか本当は
武器を振ろうとして取りやめる。回避行動をキャンセルしてカウンターに切り替える。ダンジョンアタックで刹那刹那の行動選択を迫られる探索者にとって、早さは非常に重要なパラメータといえるだろう。レベルアップによって他のステータスが増強され、超人的な速度域になるほどその影響は顕著になる。それこそ数値そのままの行動回数となって現れる。それでいてレベルアップでは上がりづらい。人権ステと称されてマウンティングの種となっているのも納得できる。
機体ステータスの早さは、パイロットの早さ×同調率×機体の能力係数で算出される。
俺の早さは13。早さ13×同調率90.4%×係数0.8=約9.4、小数点以下は切り捨てられて反映されないので、早さ9が俺の乗るテクニカの早さとなる。平均的な探索者の早さが10だとすると、生身の彼らと比較してわずかに鈍い程度で済む。探索機の巨体にもかかわらずだ。
ならばその平均的な探索者の乗るテクニカの早さはどのくらいか。同調率は40%と仮定すると、早さ10×同調率40%×係数0.8=3.2で、早さ3。俺の乗るテクニカの早さ9とは三倍もの差があるということになる。通常の三倍だ。赤い塗装はしていないが、頭に角を生やしていても伊達とはいわれないだろう。
ちなみにルーキーの場合は探索者学園の推薦条件同調率30%を当てはめるとすると、2.4で早さ2、差は四倍以上となる。
ウォーターワームが動く度、無数の傷口からぶしゅっぶしゅっと体液を飛ばしている。体液の勢いは内圧によるものらしく、出し切った体節は腐った果物みたいにしぼみ始めていた。動けば動くほど体液が失われ、体液を失った体節は機能を果たさなくなる。傷が一つなら体節の仕切りのおかげでその箇所だけの被害で済むが、傷が無数なら無数の箇所が駄目になる。
こちらが手当たり次第に刻んだ結果、傷は頭を除いたほぼ全身にあった。その動きは鈍く、もはや萎えかけていた。
普通のルーキーなら一進一退の攻防を繰り広げるであろう相手に、四倍以上の
行動そのものにかかる時間がある以上、実際は四回行動とはならず、小回りを意識して二回半といった塩梅だが、それでも極端に有利であったのには変わりない。
勝てて当然の相手だった。にもかかわらず強敵と見なしてしまった。ステータスの実態を把握せぬままでいた迂闊さと、経験不足、それから俺自身の取り繕えぬ臆病さが、この失態をもたらした。そう、失態である。
俺が無様を晒した様子は、誰も見ていない。ダンジョンなので神様だって見ていない。だが己自身に見られている。自戒のため処罰は必要だった。
しかしここはダンジョンだ。迂闊な行為はしてはならない。それに、ウォーターワームだってまだ殺しきっていない。
「勝ったつもりでいるなんて、迂闊だぞ、俺」
量刑を重くしておく。
斬り付けながら考えている間にも、ウォーターワームは身体中に傷を負い、ぐったりして、頭と尻尾の先だけをちろちろ動かすという有様になっていたが、しかしまだ生きていた。既に虫の息――もとから虫だという指摘はさておくとして、見るからに死にかけだが、たとえこのまま放置したところで死ぬかどうかは半々だろう。ミミズの生命力とはそれほどのものである。
機体MP 28/720
こちらのマナ残量はぎりぎりだった。後半になるほど消費が減少し、そのおかげでどうにか持ったといっても良い。全身運動を減らしたり、脱力で機体の重さを利用したりと細かい工夫を色々覚えた。
継戦能力が上がったとはいえ、とどめの一撃を繰り出すのに多めの消費が要るのを踏まえれば、残量はかつかつだろう。
ナイフをしまうと、ブレードを片手にだらりと構える。フォトンバレットの威力検証はMPが足りないので次の機会だ。ウォーターワームの頭部のほうへとゆっくりと歩み寄る。
魔力照射があった。最後の足掻きだ。
警報は鳴らない。ワンテンポ早く動いたからだ。戦闘中に散々浴びせられたおかげで、機体のセンサーより先に察知できるようになっていた。
数瞬後、脚力だけで跳躍した俺のテクニカは天井で逆さまに着地していた。見上げる先にはウォーターワームの頭がある。向こうもこちらを見上げていた。やはり反応が早い。意表をつくのは難しかったろう。ミミズの頭に目はないが、視線と視線が絡み合った。だからこそ力技が有効だ。最初に戦ったゴブリンが、教えてくれた技を使う。腕力+重力+ジャンプ力、洞窟という地形を活かした逆さ斬りだ。
自由落下の始まる直前、フレームがごうんと軋む。フレームHPと機体MP、それを示す計器の針ががくんと傾く。
空気の壁を突き破った。
高速で動く視界に銀線を走らせれば、目と鼻の先に地面がある。俺のテクニカは膝立ちで片手をついて着地していた。ヒーロー風の三点着地も探索機では実用的だ。フレームHPへの追加ダメージはほとんどない。装甲も痛んでいないだろう。勢いの大半は刀身伝いに相殺した。
顔を上げるとウォーターワームの横顔があった。斜め上を見上げた姿勢で
大量の体液が地面と機体にふりかかる。透過装甲キャノピーもぬらぬらで視界不良だ。
首無しでびくびくうごめくウォーターワームから離れると、「ハンカチは」とバックパックに思わず手を伸ばしかけ、止めた。
しばらく待つ。するとキャノピーの汚れがぼんやりと光を帯びて消失した。見ればウォーターワーム本体も光の塊と化し、あちこちに飛び散った体液に少し遅れて消えていった。
そして、コックピットの俺の身体が熱と光を帯び始めた。ウォーターワームを倒したことで、レベルアップしたのである。
12
ステータスの確認は後にする。現状把握とドロップの回収が先だ。
ひとまずは周囲を警戒しつつ、機体を地べたに座らせた。立ちっぱなしでいるより少しはマナの回復が早まるだろう。
フレームHP 885/1500
機体MP 6/720
マナ残量だけでいうならぎりぎりの勝利といえる。フレームHPは150ほど減少したが、ウォーターワームの攻撃で受けたダメージといえば表皮に機体を引っかけて転倒したときのものくらいで、ほとんどは無茶な操縦で機体に負担をかけたことによる自傷ダメージであった。とりわけとどめの逆さ斬りは80近いHPを消費した。
高い同調率とステータスの早さとが相まって、機体強度の限界を超えた機動ができてしまったのだと思われる。限界突破という響きだけなら格好良くはあるものの、兵器のパイロットとしてみるならば恥でしかない。未熟さを喧伝しているようなものだ。
眉唾だがスキルを使わずにフレームHPを消費して限界以上の性能を引き出す、オーバーライドと呼ばれる高等技術が存在するらしく、超一流の探索者はそれを使いこなしているともいわれているが、仮にその噂が事実であるにせよ、彼らのそれは俺のした破れかぶれのものなどよりずっと洗練されているに違いなかった。
マナが少しは回復したので機体を立たせると、戦闘中咄嗟に投げ捨てたヒリューズ軽機関杖を探して回収する。
「これはこれで結構高価だものな」
本体価格は結構するが、長く使えば全体費用は実包のマシンガンに比べ数分の一で済む。弾薬価格の高い日本において気安く弾をばらまけるほぼ唯一の銃なので、本体価格の高さと威力の無さをルーキーに貶されつつも使われ続けている、それがヒリューズ軽機関杖であった。
見た感じ多少の汚れはあるが損傷はない。ウォーターワームの巨体に踏まれた様子はなく、魔力の通りも問題ない。念のため適当な土くれを狙い撃ってみる。無事命中した。
「ヨシ」
照準にずれはない。
ドロップアイテムを拾いに向かう。ウォーターワームの頭部の落ちたあたりに、半透明な水色の球体が転がっていた。近付くと、直径は50㎝ほどあった。
「大物の
壊すと大量の水に変わるアイテムである。みず
50㎝のこれならおよそ400トン、学校の25mプールを満たすくらいだろう。壊すとそれほどの水が溢れるとすれば、見ようによっては危険物であり、事実危険物といえるが、落としたくらいでは壊れない構造には一応なっている。半透明の球体の真ん中にある小さな窪み、そこだけがガラスのように壊れやすく、そこ以外はアクリルのように頑丈だ。銃弾、センターファイア式の弾薬に例えるとわかりやすいかもしれない。リムの中心位置にある雷管を撃針で叩かないかぎり発火しないが、かといってぞんざいに扱うのもよろしくない。水玉も窪みに直接衝撃を与えなければ安全に扱えるものの、探索機の握力で握りつぶしたり、癇癪玉のように叩きつけたりすればその限りではない。
水資源に恵まれた日本人にはピンと来づらいが、水は魔石と並ぶ主要なダンジョン資源の一つであるといわれている。
水玉は輸送しやすく、しかも腐らない。水道インフラに取って代わるほどではないが、備蓄はあればあるほど良い。用途はそれこそ無限にあり、昨今ようやく再開された宇宙開発などにも利用されている。夏場の香川県ではうどんを茹でるのに使われて、水玉うどんという名物にもなっている。
このように社会に欠かせぬものならば、探索者の水玉集めは殿様商売、安定収入の手段になりそうなものの、水玉の売却価格はどうにも安定しなかった。大サイズの水玉が生み出すと同じ水量分の水道料金より高いときもあれば、安いときもある。中卒の俺に詳しいことはわからないが、投機の対象となったり水メジャーがらみのごたごたがあったりするらしい。
水玉はペットボトルなどのように水を少しずつちょろちょろ出すといったことができない。一度割ったら容量そのまま、大量の水が一挙にその場に出現する。なので大きすぎても用途が限られる。大は小を兼ねないが、多数の小は大を兼ねるといった塩梅だ。個人用と事業用とでもいうのか、直径10㎝、容量3トン前後を境目に価格設定が切り替わり、小サイズは需要に応じて、大サイズは容量あたりというふうに、さらに世界的な水玉相場が加味されることで、水玉の価格設定は何ともややこしくなりがちだった。
海外のあこぎな民営水道社を相手にしていると考えればわかりやすいかもしれない。同じ水商売でも、浄水器で細々稼ぐ日本のそれとは桁が違う。日本は違うが水玉をただ同然で供出させられる国もあるそうだ。
ウォーターワームは決まって水玉をドロップするが、その売却価格は安定しないので水玉ガチャと呼ばれている。
先ほどビギナーズラックと口にしたように、今回の水玉ガチャは当たりだった。今は時期が悪いが、400トン級の水玉なら五万円以上にはなるだろう。時期が悪いというのは4月の今から夏にかけて、日本では新卒ルーキーがダンジョン浅層に集中して水玉が大量に供給されるからだ。協会の価格設定はそれを見越してのことなので、ルーキーの張り切りぶりや脱落具合の目安になるともされている。
ちなみに売らずにとっておいて価格が戻った後に売る、といったことはできない。探索者が大容量の水玉をため込んだり個人売買するのは禁止されている。何となれば水玉はテロ利用もできるからで、屋内での数百トンの水玉開放は、ある種クリーンなテロ手段として過激活動家が頻用している。それこそアイスバケツなんたらの延長といった感じで、殺意少なめだからセーフという理屈らしい。一方本職のテロリストはというと、彼らはちゃんとレベルを上げてスキルを使って事を為す。お国柄もあってか水玉は決してテロには利用しない。
直径50㎝の水玉は、探索機のマニピュレータなら片手でもなんとかつかめる大きさだが、ボールと違ってずっしり重く、成人男性一人分はある。探索機に積む荷物としては重いといえば重いといえるし、軽いといえば軽いといえる。アイテムボックスを使うか悩むところだ。バックパックに積んだところで、バラストの範疇に収まるので機体の動作に影響は左程ない。
フレームHPに目をやる。四割減だ。
「切り上げる頃合いではある、か」
手にした水玉を観察すると気泡があった。ひっくり返してみると、とろとろと遅い速さで上昇する。水玉に封じられた水は、粘性を帯びたようになるらしい。
不意に学校のプール掃除が思い出された。
「これ一つで十万円もするんだぞ」という先生の言葉も思い出された。お年玉でも買えないとおののかされたその品を、今こうして、機体越しに手にしている。あれから二年も経っていない。
「帰還しよう」
初アタックでの一層踏破は名残り惜しいが、そう決めた。
13
ステータスオープンで見えた数値を探索者手帳に鉛筆で記入していく。
レベル 2
最大HP 44(+6)
最大MP 43(+11)
力 30(+5)
防御 13(+2)
魔攻 29(+4)
魔防 17(+1)
早さ 13
スキル
フォトンバレット Lv.1
括弧内は上昇値だ。ステータスオープンは現在の数値しか表示しないので、自分の成長傾向を把握するには記憶力かメモに頼らなければならない。メニュー操作やヘルプといった便利機能もない。大昔の不親切なRPGゲームのように、スキルの効果を知るのにもいちいち使ってみるか調べるかする必要があった。
スキル詳細解説機能付きの公式ステータス管理アプリなんかもあるが、あれは個人情報を盗られるので現役の探索者は大抵でたらめを入力している。昔に色々あったらしい。現在でも一応、アプリへの入力は義務付けられたままではある。探索者協会の統計によれば日本で所持者の最も多いスキルは、レアスキル、エターナルフォースブリザードであるそうだ。六割以上の探索者がそのスキルを覚えているらしい。レアスキルなので実在するかはわからないが、アプリAIによればその効果は『一瞬で相手の周囲の大気ごと氷結させる、相手は死ぬ』であり、報告内容のぶれの無さから確度の高い情報であると判定されている。
探索者の伝統的なおふざけはともかく俺のステータスはというと、MPがHPより多く上昇し、早くも追い付きかけている。力と魔攻に比べて防御と魔防の上昇値が低い。何とも危うい成長傾向といえるだろう。
書き込んでいるうちに機体のステータスチェックも終了する。
フレームHP 885/1500
機体MP 48/720
同調率 91.6
力 171
防御 189
魔攻 158
魔防 92
早さ 9
同調率が90.4から1.2上昇した。91.4(+1.2)と手帳の欄に書くと、ふと思い付いたことがあったのでポケット電卓を出して叩いた。
計算結果によればこの調子ならあと4レベル分、レベル6になれば同調率が96.2となり、早さが9から10に上がるかもしれない。皮算用だが魅力的だ。楽しみが一つ出来た。
視界に表示されたままの俺自身のHPとMPを見る。
HP 30/44
MP 22/43
最大値が上昇したら上昇分回復するといった都合の良いことはない。器の中身と一緒で入れ物が大きくなっても内容量はそのままだ。
HP38からの減少分は機体のそれと同じく、無茶な機動の反動によるものだろう。今のところ痛みや違和感は感じないので、低めとはいえ防御のステータスが働いてくれたのか、怪我にはなっていないと思う。HPもMP同様、ぐっすり眠れば回復するので問題ない。
マナ回復を待つ間に小休止も済ませる。とはいえ、できるのは身体を軽くほぐすのと行動食のゼリー飲料を飲むことくらいだ。ゆったりとトイレ休憩などをしたいならマナ濃度の低い安全地帯を探さねばならないが、そこではマナが回復しない。
空間中に漂うマナは、モンスターにとって空気のようなものである。マナが無い、あるいは薄いところに出ると、窒息したようになってしまう。これがモンスターがダンジョンから出られない理由であり、濃度の高い階層から濃度の低い階層へと来られない理由でもある。
そうしてそれは探索機も同様だ。マナのないダンジョンの外ではみるみるうちにマナ切れで行動不能になってしまう。この運用のしづらさから、現在でも地上の軍隊の主力は戦車や戦闘機のままである。
ルーキーがはじめから高性能機、中探索機や重探索機に乗らないのも、浅層ではマナ回復が追い付かず継戦能力が不足するからである。いかに資金力があろうとルーキーは皆、低燃費低出力の軽探索機を使わざるを得ない。機体性能はレベルとともに上げて行く。借金持ちでもないかぎり、ある種の平等さがあるといえるかもしれない。ダンジョン創造者にそういった思惑があるかわからないが、
飲み終えたごみをダストボックスに捨てると、ヒリューズの銃身を脇の下に潜らすように振り向きつつ発砲した。ゴブリンであった。奇襲しようとして撃たれ、目を押さえてひっくり返っている。
帰り道はマナ節約も兼ねてヒリューズ目潰し戦法を積極的に使うことにする。
「行きはよいよい、帰りはどうだか」
俺はゴブリンにとどめを刺すべく、右手にヒリューズ、左手にブレードを持って歩いていった。銃と剣の変則二刀流、両利きと片手射撃の訓練だ。利き腕が馴染みすぎたと感じたら、左右を交換すれば良い。
来た道を引き返す。マッピングした最短距離を通り、道中のモンスターを全て片付けていたこともあってか、モンスターとの遭遇回数もその規模も、行きより少なくて拍子抜けした。
ゴブリン三体パーティは一度しか出なかった。しだいにゴブリンすら出なくなり、ホワイトアントばかりになる。ゲートにだいぶ近付いたあたりでようやくゴブリンが再び出た。
これが最後の戦闘だろう。MPが余っているのでスキルで使い切っておく。スキルレベルを上げるためだ。
棍棒を目茶苦茶に振り回しているゴブリンとの間合いを保ちながら、すっと銃口を向けた。フォトンバレット、と口には出さない。無詠唱で、連射のほうも試してみる。光弾が飛んで棍棒ごと腕を弾く。次弾が放たれ膝から下を吹き飛ばす。続けざまの三発目が肩口を消失させ、最後の一発が下あごから上をえぐり取った。
やってみた感覚としてはボルトアクションを撃つくらいの間隔だ。魔力の通りがもう少し早まればセミオートくらいになるだろうが、魔力抵抗とでもいうのか、発動間際のもたつきがどうしてもある感じなので、発射速度をこれ以上上げるには練習だけではなく、スキルレベルを上げる必要があるだろう。バレット系魔法はスキルレベルアップで主に弾速と射程が向上するといわれている。発射速度もそうかもしれない。MPが満タンでも8発しか使えないので連射することはそうないが、強敵相手の切り札としてものにしておいたほうが良さそうだ。どうせゴブリン相手には使わない。次にウォーターワームと戦うときにでも試してみることにする。
そうこうしているうちにゲート施設の光が見えた。武器をしまって片手を上げると、警備の機体も片手を上げた。
「ただいま戻りました」
「お帰り、ルーキー」
こうして俺、相葉勝のファーストアタックは終了した。