ダンジョンロボ(仮)   作:トシアキウス

5 / 19
一層攻略二日目

24

 木田技研製中探索機MSXが、小刻みにスラスター光を散らせてテクニカの脇を通り過ぎていく。

『ちょっとそこ通りますよ』

 続けてニッセンのホライゾン、中島探機のマキシム、サトウのサムライが駆け抜けて行った。

「かっこいいぜ」

 いずれも大手メーカーの主力機だ。それにあのパワーを見るに四層以降向けにチューンされている。深層探索者の機体であった。匍匐飛行気味に洞窟内を高速で移動している。マナの薄い浅層であのペースなら三層に到達する頃にはマナ切れとなるだろうが、向こうのベースキャンプで補給するのか、あるいは自前の修理ロボをアイテムボックスに収納でもしているのだろう。

 手を振って見送ると最後尾のサムライが、

『気張れよ、ルーキー』

 と返してくれた。

 古武道向けに設計されたというこの機種は格闘戦主体の探索者のみならず、日本式甲冑のような見た目から海外でも受けが良い。サムライという安直な名付け自体、外人に売りつけて開発費をペイするためだといわれている。

 遠ざかる背中には野太刀がマウントされていた。もしかしたら威圧スキルを再現した猿叫システムも搭載されているかもしれない。薬丸自顕流なんかは探索者向けの流派として、今では一躍メジャー剣術になっている。俺の通っていた小学校でも講演と体験学習があったくらいだ。その後しばらく校内で猿叫や打ち廻り稽古がちょっとしたブームとなったが、近所迷惑や骨折者が出たことで全校集会で禁止された。ちなみに同時期の中学ではテレビの同性愛ゴリ押しを真に受けたことも重なって、念友文化が花開いてしまったらしい。負傷した男子中学生たちは皆一様に、尻餅をついたら偶然入ったと医師に報告したという。健康保険適応のためである。親父は世も末だと言っていた。

 しょうもないことを思い出してしまったが、おかげで思考をリセットできた。花沢さんも河合青年も、それから柿本さんも個性的な人だったので、頭の片隅に焼き付いた強烈な印象をぬぐい去るにはちょうど良かった。

 

 二層ゲートへの最短ルートからルートを変更することにした。深層探索者と思わしき彼らの通り道なら、モンスターは掃討されているだろう。遭遇するには再出現を待つか、別なルートを進むしかない。

「いい機会だ。マッピング練習もやっておこう」

 今回はモニターのマップ及びマッピングアプリは使わない。電子機器の使えない深層攻略に備えて一から手書きで行う。一層の洞窟は入り組んだ三次元構造をしているので骨だが、空間認識能力を鍛えることにもなる。

 コックピットに据え付けられた多層マッピング台を確認する。レターケースのように引き出せる構造になっていて、それぞれの段にマッピング用紙が固定されている。アナログにもアナログな3Dマッピングシステムである。洞窟は入り口ゲートから上には行かない構造なので、一番上の段の用紙に高度を0と記入した。

 

 しばらく進んで立ち止まり、用紙に書き込む。ホワイトアントを撃ち殺して魔石を集めると、鉛筆を持つ。ゴブリンを唐竹割りした。スタミナポーションをアンプルケースに入れながら、高度が下がったのを思い出し、引き出しを切り替える。

 止まって書く。倒して書く。思い出して修正しつつ書いていく。

 地図を見たり書いたりしながら戦うわけにはいかないので、空間認識能力以上に記憶力、想起力を含めたそれが鍛えられる。

 始めはせわしなかったが、続けていると立ち止まる頻度が減り、一度に書き込む量が増えて行った。記憶力自体に変化はない。洞窟という環境への順応にマッピング作業が結びつくことで、感覚が馴染んだのであろう。

 何度か戦闘を繰り返した後、小休憩を兼ねてすらすらと鉛筆を動かす。こうなる頃にはもはやマッピングにかかる時間は、手書きする手間の分を除けばアプリ使用時とそう変わらなくなっていた。

 

 方向感覚にもぶれはない。わざわざ地図を見なくても入り口ゲートの方角を指させる。それができる下地が俺にはあった。

 幼稚園児の頃、ドライブに行くといつも親父と方角当てクイズをやっていた。俺は俺たちの乗る自動車がカーブした回数やその度合いをいちいち思い出すことによって方角を導き出していたが、親父は俺が時間をかけた答えを、あっという間に出していた。当時の俺は大人って凄いと素直に感心し、親父みたいになれるよう常日頃から方向感覚を鍛えていた。そうしていつしか、いついかなるときでも正確な方角を把握できるようになったが、親父が時計の針と太陽で方位を調べていたことを知ったのも同時期である。

 大人ってずるいと当時の俺は思ったものの、徒労に終わったその努力の成果が、今はこうして役立っている。

 

 一層の中間点に差し掛かったので、アプリを起動してマッピングした地図と比較してみる。細かい違いはあるものの、全体像はほぼ一致していた。

「なにこれすごい、すごくない?」

 計算によらない感覚測量の結果である。女子みたいな自画自賛の言葉が出た。我ながらよくできたと、思わず誰かに見せたくなったが、見せる相手がいないのに気が付くと、すぐにその熱は冷めていった。

 

 先へ進む。ゴブリン三体パーティに遭遇した。本日二回目だ。先ほどはヒリューズ軽機関杖での目潰しという黄金パターンを採用したが、今回はブレード一本で試してみる。

 位置取りを調整しつつ、速度をなるべく乗せるようにして回り込む。薬丸自顕流で思い付いた、移動しながらの攻撃だ。虚空に描く一筋の斬線に、重ねるように撫で切りした。足を断ち、腹を割き、頸動脈を切り裂いた。致命傷は二体、いや、一体だ。こぼれ出る腸を引きずりながらも棍棒を離していない。餓鬼に似たぽっこり腹は皮や脂肪が薄い分、ちょっとした切腹耐性があるのだろう。片足を無くして立てないゴブリンの首を刎ねた後、内臓を水風船のように蹴り潰した。

「一振りでしとめるにはパワーが足りないか」

 次に見つけたゴブリン二体は、運動エネルギーを確保するため、戦闘機マニューバでいうところのハイ・ヨー・ヨーもどきを試してみる。高さがあるのでちょうど良い。匍匐飛行から地を蹴ってかなり手前で跳躍すると、姿勢制御とスラスターでパワーダイブし、ぎりぎりで水平飛行に移行しつつ、ブレードを横一文字に振り切った。胴体を二体まとめて、一太刀で断ち切れた。

「パワーは出たが馬鹿食いしたな」

 マナ消費量は目潰し=撫で切り<まとめ斬りいった塩梅だ。安全性なら目潰しだが、弾代を考えれば撫で切りが一番安く済む。まとめ斬りは一層では効率が悪いだけだが、二層ならば役に立つ。二層ではゴブリンが集団で出現するので、手早く倒せるこの技は多用することになるだろう。

 

「っと、このあたりは合流地点か」

 だいぶ奥まで進んでいた。二層ゲートに近付いたことで、最短ルートと合流していた。時計を見る。このくらいの時間経過なら、モンスターは再出現しているに違いない。

 推測通り、伸縮ミラー棒越しにウォーターワームの姿が見えた。

「うん? 視認距離はそんなでもないのか?」

 ミラーを動かしてみたがそれらしい反応はない。

 ウォーターワームはのんびりと地べたで体をくねらせていた。猫や馬のように砂浴びをやっているのである。

「ちょうどいい。試してみるか」

 頭部をフォトンバレットで打ち抜くという、前回失敗した奇襲に再挑戦する。

 

 スラスターを吹かして突撃すると、頭がぐいんとこちらを向いて、魔法陣を展開させた。

「距離は分かった」

 視認距離は覚えておくが、今回はもう反応されたので使えない。

 間もなく放水砲が来る。距離はあまり詰められなかった。放水砲の発射に合わせて横移動に切り替える。

「同じパターンなら」

 ウォーターワームが回頭して、放水砲が薙ぎ払いに変化する。切り返し、側転跳躍で飛び越えて、今回は着地せず、バレルロールに移行した。

 右手にヒリューズ、左手にブレードを構えている。ブレードをエルロン代わりに用いることで機動を変化させ、スラスターの工夫を合わせて捻り込むように斜め後方へと回り込むと、空中で制止しつつ射撃姿勢をとった。

 ロボットアニメで決めポーズをとって銃撃する場面があるが、あれは外連味というばかりでなく、精密射撃をするにあたっては理にかなった仕方でもある。

「っ……!」

 無詠唱で、フォトンバレットを二連射した。

 ウォーターワームが頭を下げる。

 一発目は襟を削ぎ、未来位置を狙った二発目は首から下の胴体が、盾になることで防がれた。

 影に隠れて当てられないのはわかっていた。

「だがそれは、予測できるということだ」

 射撃直後に俺は、空を蹴るように機体を空中でくるりと回し、滑らすような軌道を描いていた。ウォーターワームが頭を下げる動作に、フォトンバレットの間隔分、遅れて動いたといえるだろう。しかしそれでもなお、()()のおかげで間に合った。振り向きざま突き出したヒリューズの銃口が、フォトンバレットを逃れた頭部と鉢合わせる。

「フォトンバレット」

 距離は銃口からごくわずか、ほぼゼロ距離射撃で光弾が突き抜ける。解体場のおじさんに脳の位置は聞いてあった。

 

 ウォーターワームがゆっくりと倒れ込む。

「あっけなくはあったが……」

 戦闘時間が短かったおかげでスラスターを多用した割にマナ消費は許容範囲で済んだ。けれども一日に使えるフォトンバレット八発のうち、三発を消費してしまった。

 感知能力の高さゆえかウォーターワームの頭部の回避能力は高い。フォトンバレット一発で仕留めるには、弱らせてからでないと難しいだろう。あるいは視認距離外からの狙い撃ちだが、現在のスキルレベルでは射程も弾速も少々頼りない。

 ウォーターワームの死体が光となって消失する。ドロップはビー玉サイズ、水量にすれば50リットルほどの水玉がじゃらじゃら出た。数があり、使いやすくもあるだろうが、売却しても大した金額にならない。

「現段階では、ウォーターワームは美味しくないな」

 経験値効率も今回の水玉ガチャの結果と同じで、戦闘による消耗を踏まえれば、レベル2の時点ではゴブリン三体のほうが上だろう。

 それはそうと、俺は外部スピーカーのスイッチをオンにした。

「なぜ見てるんです」

 戦闘中、広間入り口の物陰から、じっとこちらを見つめていた機体があった。

 昨日ストレッチゾーンで無言の挨拶を交わした紫のヴェルサスである。

 参戦するでも声をかけるでもなくただ見ているだけというのは、却って気になって仕方なかった。

 

 

 

25

 白鷺(しらさぎ)重工製の探索機は、癖が強いといわれている。

 再生装甲やネイキッドフレームといった先端技術をいち早く盛り込む一方で、探索機業界に参入した当初は他の大手メーカー、トミタや木田と比較してマナカーボン成形技術が未熟で、構造が独特なこともあり、整備工場に持ち込むと「シラサギか……」と敬遠されることが多かった。

 シラサギユーザーはバリ取り技術が必須といわれたのも今は昔で、工作精度も追い付いた(というよりトミタと木田が当時としては異常に高かっただっただけで、シラサギ探索機の品質は業界全体でいえば平均的なものであった)が、いまだにかつてのイメージを引きずっている。

 操縦性に癖はあるが使いこなせば高性能で、デザインも凝っている。流行に迎合せず独自路線を突き進む姿勢もあって、男は黙ってシラサギだという熱烈な愛好者がそれなりにいる。

 

 ヴェルサスも、シラサギらしい性能をしている。特殊装置としてスキル再現のマジックブースターを搭載した世界初の機種であり、魔法増幅武器の杖と併用すればすさまじい瞬間火力をたたき出す。一方で同時期の中探索機と比較して、(パワー)が物足りない。かといって魔法特化というには魔攻の数値もずば抜けて高いわけではない。機体の基礎ステータスというのはわかりやすいカタログスペックであるが、マジックブースターの使用を前提としているためか、それが中途半端であった。

 マジックブースター起動中はマナの消費量が跳ね上がる。極めて燃費の悪いその状態でなければ、魔法特化機体として運用できない。シラサギらしい癖の強さといえるだろう。

 ヴェルサスのロールアウトから左程間を置かず、他社もマジックブースター搭載機種を次々と発表した。それらは基礎ステータスと燃費で勝り、ヴェルサスより使いやすかったが、男シラサギの意地とでもいうのか、マジックブースターの強化倍率だけは第一位の座を譲らなかった。けれども、ヴェルサスの天下は長く続かなかった。

 中国メーカーが重探索機、射爆龍を売り出したのである。射爆龍のマジックブースターはヴェルサスのそれより燃費が悪いが強化倍率が高く、その上固定武装として実弾装備、機関砲を多数搭載していた。とかく武装を盛り盛りにするという中国機の設計思想によってヴェルサスの瞬間火力を大幅に上回り、しかも販売価格は関税抜きならヴェルサスよりも安かった。

 白鷺重工の探索機部門の経営陣は職人気質だといわれている。

「二位じゃ駄目なんでしょうか?」「駄目です」

 というやりとりがあったかはわからないが、シラサギはヴェルサスの生産を終了すると発表した。更に時を同じくして米国のタライスラーが中探索機ゴルドバをロールアウトした。黄金に輝く対マジックコーティングが特徴的なゴルドバは、ヴェルサスと同等のマジックブースターを標準装備しつつ、基礎ステータスにおいても同世代の中探索機でトップクラスを誇っていた。いわばヴェルサスの完全上位互換であった。

 

 以上のような経歴から、シラサギ・ヴェルサスはわずかな期間だけ頭角を現し、そして消えていった不遇の名機としてシラサギ愛好者に語り継がれている。彼らによるとデザインや特化した性能以上に、その不遇さがシラサギらしくて素晴らしいとのことである。

 

 

 シラサギユーザーの探索者はその機体と同じく癖が強いといわれている。ダンジョンで出くわしたら決まり文句のように「シラサギか……」と呟かれている。何せシラサギ乗り同士でも「シラサギか……」と反応し合うくらいである。

『その声はやはり、あのときの少年かい?』

 声優のような特徴的な声色は、スピーカー越しでもよくわかる。柿本さんであった。癖が強い。

『おっと質問に質問で返すのはよろしくないか。いやなに、テクニカにしては恐ろしく動きが良いと思ってね、観戦させてもらっていたのさ。気を散らせて邪魔をしたのは済まなかった……それはそうと少年。ひどいじゃないか、ロビーのボクらを放置してしれっと去って行くなんて』

 一応俺も当事者になるのだろう。無責任といわれても仕方ない。

『まあ君の振る舞いは最適解ではある。あの女みたいな人種は、ひと言でも言い返せばますます元気になるからね。関わるつもりがないのならシカトするのが一番だ』

 花沢さんと柿本さん、一方の肩を持つにはどちらも怖い。対面なら苦笑いで有耶無耶にできるが、機体に乗った状態では返答は沈黙になってしまう。

 互いに無言の気まずい時間が流れる前に、柿本さんから切り出した。

『……あらためて自己紹介といこうじゃないか。柿本(むらさき)、四層探索者だ』

 ヴェルサスがふわりと足を浮かせると、すいーとそのまま近付いて来た。この前一般販売されたばかりの重力低減ホバースカートだ。スラスターも静音性に優れた良いものを使っている。重力低減システムは常時マナを食う反面、スラスターの消費が減ると聞くが、使い心地はどうだろう。例によってシラサギ製カスタムパーツなので様子見が多く、現状は購入した人柱からの報告待ちであった。

「相葉勝。見ての通りルーキーです」

 お互いに握手のために手を差し出す。中探索機と軽探索機では、大人と少年くらいの身長差がある。ヴェルサスが軽く腰を屈めていた。

『相葉君は親しみを込めてムラサキさんと呼んでくれ』

「よろしくお願いします。柿本さん」

『うん、そう。初対面で名前呼びなんてはしたないもんな』

 試すようなことを言う。ならば機体での触れ合いははしたなくないのかというと、ロボット同士の握手はカッコイイので問題ない。

 マニピュレータは共通規格だ。ブッピガンと音を立てて握り合う。この音を出すのにちょっとしたコツが要る。ロボット乗りとして()()()()いる側かどうか、探り合える探索者の挨拶であった。

 

 

 

26

 お互いダンジョンアタック中である。雑談をしている暇はない。柿本さんのヴェルサスも四層仕様なら、立ち止まってやりとりしている間でさえマナが減少し続けていたであろう。

 花沢さんのようにしつこく絡んでくることなく、柿本さんはあっさりと、

『では失礼するよ。待合室で会う機会があったのなら、今度はジュースを奢ってやろう』

 と言い置いて、広間の先へすいすいと進んでいった。

 

 機体を降りてビー玉サイズの水玉を拾い集めながら、はたと気が付く。柿本さんが一足先に行ったなら、この先のモンスターは彼女に倒されてしまうことになる。

 とはいうものの無駄足というわけではない。そう思い直した。

 一層の洞窟は二層ゲートの場所の先にも広がっていて、そこを進めば、同じく二層へ行けるサブゲートがいくつか見つかるだろう。いわばこの先のゲートは最短距離のメインゲートとして現在使われているだけであって、地形変動で塞がれば、サブゲートが切り替わりでメインゲートとして扱われるようになるのである。

 サブゲート周辺は探索するには良い場所だ。通り道でないのでモンスターが倒されずに沢山いて、頻繁な地形変動のおかげで手付かずの小ダンジョンや、探索機サイズの宝箱なんかが見つかる可能性もある。難易度は一層で一番高いといわれているが、そろそろ物足りなくなってきたので、むしろ望むところである。

 機体を起動し直したとき、目立つ紫色の機体がふよふよと引き返して来た。

『きぁ……か考えてみたがルーキーの得物を横取りするのはよくないね、うん。えっとあの、少年が先に行ってくれたまえよ』

 こちらとしてはありがたいが、出戻り行為が恥ずかしいのか吃ったうえに少し声が震えていた。

 この人、キャラ作ってるなと俺は直感した。

 

 中二の夏休み明け、委員長の原村さんと友人の小杉君が様変わりしたのが思い出された。三つ編みだった原村さんはパーマでもかけたのか大人っぽい洒落た髪型をして、こっそりピアスもつけていた。小杉君はまっ金金に髪と眉毛を脱色していた。他の女子の話では大学生の彼氏ができたとのことで、原村さんはずいぶん垢抜けていた。小杉君はというとクールに振る舞うようになりつつも、女子相手にはやたらと積極的に話しかけていた。いずれも夏休みデビューのキャラ変更というやつである。

 柿本さんのファッションや言い回しは同じ女性の原村さんよりも、どちらかというと小杉君のキャラ作りを連想させた。プリン頭のカラメル部分の広がるころには、小杉くんは元のお調子者に戻っていた。ようは付け焼き刃であり、大人っぽくなったまま戻らなかった原村さんとは違っていた。

 余談だがその後の原村さんはというと、妊娠したはいいが父親がわからなくて色々と揉めた末、三年になった頃には学校に来なくなった。中学生の考える大人っぽさ、その極点に達したわけだ。委員長がどのような結末を迎えたかは、三年の途中で俺自身が不登校になってクラスメイトとの連絡を絶ったのでわからない。時折メールでやり取りする小杉君に尋ねるのは酷だろう。彼は幼なじみの原村さんに気があったのである。一年の臨海学校、夜の恋バナでそう聞いた。

 

 いうなれば深層探索者デビューだと、柿本さんに対する違和感の正体に察しがつき、あの頃の小杉君のことを思い出すと気後れする気持ちが段々と薄れていく。

 大人の女性と身構えず、普通に接することができそうだった。

「お気遣いありがとうございます。先行かせてもらいます」

『どうぞどうぞ』

 早歩きと小走りの中間、競歩くらいの足取りで進んで行く。機体MPの計器の針が動かない巡航速度であり、足元にも周囲にも警戒しすぎない、一層における俺なりに一番効率の良い移動速度がこれだった。足を動かすのはテクニカなので力んでいても疲れない。どしんどしんと衝撃が響いてくるのにももう慣れた。

 ちらちらとペリスコープで背後を気にすれば、ヴェルサスが浮いては立ち止まり、浮いては立ち止まりしてこちらの後をついてくる。歩幅がどうにもかみ合わないのだろう。いっそ追い越せばいいのにとも思うが、先に行かせるという言葉を律儀に守ってくれている。

「あの、重力低減ホバーですよね、最新式の。軽探索機の速度域だと進みにくくはありませんか?」

『な、なあに、かえって慣らしにはちょうどいいものさ。お気になさらず結構結構こけこっこー、だよ』

 制御に気を取られてキャラぶれしたのか、古風な言葉が口を衝いた。

「日光東照宮はともかく、こちらの都合なんですし、追い越してもかまいませんよ」

『君いくつだい? なんでこのネタわかるのさ』

 十五歳だが、親父から英才教育を受けている。二十代という年齢を考えれば柿本さんこそ大概だろう。

 

 伸ばしたミラーを突き出して急勾配をゆるゆる降りると、ゴブリン四体を発見した。ハンドサインで告げると、ヴェルサスが頷いた。

 奇をてらわずに手早くいく。右にヒリューズ、左にブレードでいいだろう。

 スラスターを軽く吹かして着地し、腰だめで三点バーストを四回、それぞれの顔面に向けて放つ。片手打ちにも慣れたもので、四体とも狙い違わず命中した。まずは一体、丸めた背に回り込み、遠心力を効かせたブレードで背骨ごと両断する。勢いを殺さずに翻しつつ地を蹴って袈裟で斬る。体重移動に気を遣えば、片手の振りでも両手のそれと同等の威力が出る。二つの敵意がこちらを刺す。どうやら片目しか潰せなかったらしい。右手を上げてトリガーを引くと、入れ替えるように左手を突き込んだ。横に寝かせた平突きだ。ブレードの幅がちょうどの太さで首を刎ねる。最後のゴブリンは二度目の目潰しで動けない。そのまま胴を薙ぎ払った。

 

 ドロップしたスタミナポーションをアンプルケースに収めていると、

『……少年は、いつもこんな感じなのかい? ってまだ二日目だったか』

「ヒリューズの目潰しが効くから一層のゴブリンは楽ですよね。二層じゃこうはいかないんでしょうが」

『おおぅ……これがあの、オレ何かやっちゃったいました? かぁ……リアルで見るの初めて』

「はい?」

 小声でほとんど聞き取れなかった。

『ああうん。普通普通、みんなやってる。ヒリューズをちゃんと使えば一層のゴブリンなんていくらいようとちょちょいのちょい。ざこざこざーこ雑魚モンスターだよ……そんなにひょいひょい当てられたらだが』

 今度も尻窄まりで最後まで聞こえなかった。

『ところでその剣さ、結構いいやつ、使ってる?』

「ヒゴノガード社の片刃です。頑丈で使いやすくていいですね」

『……がっつりノーマル、ドノーマルじゃん……なんであんなにスパッと切れてるの?』

「柿本さん? スピーカーの調子大丈夫ですか? さっきから音が小さいんですが」

『ああごめんごめん、ボリュームを絞っちゃってた。そうだな、あれだよ、袖が引っかかったのさ。フリフリだから』

 深層探索者なのに大丈夫かこの人、派手な服装はいいけれど腕まくりとかしないのかと思ったが、今いる場所はたかが一層である。深層探索者だからこそ一層ではあえて気を抜いているのかもしれない。

『さあ、少年。次行こう次。ルーキーのダンジョンアタックを見せてくれ……うーんRTAを見ている気分。こいつは面白くなってきたぞ』

 またボリュームが小さくなった。どうにも残念な感じが否めないが、深層探索者にアドバイスをもらえるかもしれない貴重な機会でもある。

 ダンジョン二回目のド新人と深層探索者だ。手の内を晒してどうこうという段階に至るには、こちらはまだまだ未熟に過ぎる。俺なりに技を工夫したつもりでも、向こうからしてみれば学芸会のようなものだろう。

 

 

 

27

 マナ残量に余裕があれば、戦術にも余裕ができる。二層ゲートのある部屋へと続く道と、サブゲート方面へと向かう道、その分岐点となる広間に陣取るウォーターワームとの戦いは、ブレードだけで終わらせた。

 最初から弱点の頭部は狙わない。放水砲を掻い潜って接近し、ステップとスラスターを駆使して纏わり付くように至近距離、ブレードの刀圏内の間合いを保つ。そうするとウォーターワームが振り払おうと暴れるので、その体当たりに合わせてカウンターの剣閃を幾度となく走らせる。ウォーターワームは暴れれば暴れるほど体節が傷付けられ、激しい動きの反動で体液の抜けた体節が皺となり、しだいに動きが鈍っていく。不意に環帯、ハチマキ部分を斬り付ける。向こうは回避しようと体を捻るがぎちりと動きが強張って、そのまま切っ先を差し込まれた。

 すかさず離脱し、あえて仕切りなおしの距離を取る。魔法攻撃が再開された。放水砲と間欠泉が絶え間なく放たれるが、もはや脅威ではない。放水砲は首の損傷で射角が制限され、間欠泉は魔力照射で事前にわかる。位置取りを調整すると、機体を大きく跳躍させた。バレルロール機動によってスラスター光で螺旋を描く。構えたブレードに気流を纏い、剥離と同時に振り抜いた。失速(ストール)のタイミングで剣を振るのがコツだと動画でも言っていた。機動剣術のスパイラルカットである。昨日と違い手応えあった。すれ違い、反転すると、ウォーターワームの首が滑り落ちた。

『胴体を鈍らせてから襟を狙い、襟を鈍らせてから本命の首を狙う。たしかにセオリー通りといえばセオリー通りさ。真っ向勝負をするならね……できるならね』

 距離があったため終わりの方の呟きは聞き取れなかったが、セオリー通りということは俺のやり方は正しかったということだろう。

 

 直径8㎝弱、水量約2トンの水玉がいくつもドロップした。給水車の容量に対応しているこのサイズは、国が備蓄用水として積極的に集めているので、それなりの買い取り価格で安定している。たしか一個で二千円札だった。数えてみると二十個あるので合計四万円になる。水玉ガチャはやや当たりといった感じだろう。

『手伝おう』

「ありがとうございます」

 弁当箱を片手に、マニピュレータの指でひょいひょいとつまんでは入れてゆく。

 透過装甲キャノピーは外部からは装甲にしか見えないので、操縦者の仕草に機体の頭部を追従させぬよう気を付ければ、視線をごまかすことができる。

 俺は作業を続けながら柿本さんのヴェルサスの動作を盗み見た。危なげがない。熟練の手つきである。精密動作性は慣れの影響の方が大きいといわれるが、手元ではなく腕の動きの()()を見るに、同調率は80%以上ありそうだ。そう考えていると向こうからもちらちらと見られている気がした。

 俺は気まずくなる前に謝罪した。

「すみません。手伝ってもらっているのに不躾でした」

『ふぇ? あー、うん。いや、こちらこそすまないね。ちらちら見ちゃって。それになに、上を目指す探索者なら見て盗むなんて基本だよ、基本。深層探索者の技術は学園じゃ学べないからね。相手がよほど狭量でもないかぎり気にしなくていいさ。どんどん見て盗むといい』

「器が大きいんですね、流石です」

『そうそう、そんな感じにどんどんよいしょしてくれたまえよ』

 第六感とでもいうのか、自分が装甲越しに視線を感じられるように、他の探索者もそうなのだろう。見るともなしに見るという、道場の師範から教わった八方目の技術をあらためて学ぶ必要がありそうだ。

『……エスパーかな?』

 聞こえない声で何やら呟いている柿本さんのように、他の探索者が優しいとは限らない。

 

 洞窟を進むとやけに細長い部屋に出た。どん詰まりになっていて、モンスターはいなかった。計器を見るとマナ濃度がひどく薄く、回復量はそれこそテクニカの稼働(アイドリング)状態の消費量と、ぎりぎり釣り合うくらいである。

 部屋の奥、どん詰まりのやや手前には、直径十メートルほどの巨大な黒い渦があった。

「これが階層ゲート、でかいですね」

『横から見ると平べったいよ。だからか、正面から潜らないと転移しない。それに大きすぎてもすり抜ける。ゲートのサイズはまちまちだから気を付けるといい。場所によっては人間サイズのゲートなんてのもあるからね』

「転移ということは、ワープゲートなんですよね」

『そうとも。ダンジョンのゲートはいわゆる旅の扉なのさ。本物の異世界へと繋がるね。まあ学者先生方はこっちよりか、シームレスにダンジョンに繋がる地上ゲートのほうが不可思議だーなんて言ってるがね』

 ダンジョンは階層が違えば別世界だといわれている。それは難易度が跳ね上がるというばかりでなく、文字通りの意味を含んでいる。

「二層はたしか、地下世界でしたか」

『二層はまだ、チュートリアルの直後なせいか、一層の洞窟をスケールアップした程度だよ。本番は三層からさ。空があって、太陽と昼夜があって、四季もある。本当の異世界なんだ。それに四層なんてそれこそ――っと、お喋りはそろそろ止そう。なんとなくここまで一緒に来たが、少年もこれから二層へ行くのかい?』

「いえ、行けそうだから来てみただけで、もうしばらくは一層で活動する予定です」

『さすがの少年でもアタック二回目じゃレベルもあまり上がっていないか……まあ、慎重なのはいいことさ』

 ゲート見物という目的は果たした。柿本さんとの臨時パーティはこれにて解散ということだ。テクニカの姿勢を正して礼をする。

「色々とありがとうございました、柿本さん」

『ボクにも収穫があったさ。少年が期待の新人だといち早く知れたんだ。年齢なんて関係ない。大型ルーキーと呼ぶに相応しい実力が君にはある。月刊ダイバーのグラビアモデル連中よりよっぽどね』

 社交辞令であろうが、実績のある人に著名人より上だと評価されると嬉しくなる。

 

 そういえば親父が亡くなってから人に期待されたのは初めてだ。周囲の大人や友人たちにはただひたすら心配され、探索者になってからも花沢さんたちには無謀な子供扱いされた。

 我ながらチョロいと思う。幼いとも思う。

 しかし俺は探索者としての俺を、このとき初めて、真っ直ぐに肯定されたのであった。

 咄嗟にスピーカーのスイッチを切って鼻を啜った。深呼吸する。大丈夫だ。物理的にも心情的にも、スイッチを入れ直した。

「……自分がこのゲートを潜ることはおそらくないでしょうね。そろそろ地形変動で埋まる時期でしょうから」

『周期を見るにそうなるだろう。他の地形変動は不定期で場所もランダムなのに、メインゲートに関しては狙い澄ましてくるから。ダンジョンの創造者は意地悪だ。楽をするのは許さーんって言いたいのかもね』

「地形変動を目の当たりにしたことはないんですが、通路が突然崩落したり、部屋が土砂で埋まったりするんですよね。あれって生き埋めにされる危険はあるんでしょうか」

『一層の場合はあるといえばある。ないといえばない、だね。一層の洞窟は隠し通路でもないかぎり基本的に繋がるような構造になっているんだ。だから道が埋まって閉じ込められたりはしないよ。こういう行き止まりの部屋でも代わりに別な道が開通したりするから、詰みの状態になるなんてことはまずない。部屋が埋まるときだって、出口の道は開いたままだ。埋まる前に脱出する余地はある。創造者は意地悪だが、ある程度は公正でもあるのさ。まごまごしたり機体が行動不能だったりすれば生き埋めになるが、油断したらやられるのはモンスター相手でも同じだろう?』

 油断はできないがそこまで心配することでもない。機体が正常な状態なら、余程運が悪くないかぎり問題ないという認識でいいだろう。

『それに余震があるからね。モンスターも戦闘を中断するんだ。戦闘中だろうと身構えて、変動に備えるくらいはできるのさ』

 洞窟全体がぐらぐらと揺れ始めた。

『おや余震だ。ちょうどいいタイミングだね』

 天井からぱらぱらと砂粒が落ちる。

『この揺れは……結構近いかな?』

 砂礫が装甲を滑るからからという音が、間もなくかんかんという音に変化する。細かいが落石であった。

 

 部屋の入り口を振り返る。通路の天井に亀裂が走り、そうかと思えば音を立てて砕け散った。

 するとそのまま、通路を構成する岩全体がはじめから細かくひび割れていたかのごとく、がらがらという音を立てて上と左右から崩れ落ち、あっという間に塞がってしまった。そこにはもはや土砂しかない。

『そうそう、一層の通路はこんな感じに崩落するんだ。天井の割れた後、ちょっぴり猶予があるんだよ』

 左右を見る。巨大な何かがぶつかる音がして砂塵が舞い、壁と床の付け根の隙間からしみ出るように。小規模ながら土石流が押し寄せてきた。

「入り口、塞がりましたね」

『塞がっちゃったね』

「密室ですよね」

『密室だね」

「出られませんよね」

『出られないね』

「このままだと埋まりませんか」

『埋まるね』

「やばいですね」

『やばいねぇ……ってまずいぞ! 例外のパターンだ! ゲートが出口扱い! くぐらなきゃ塞がるぞ!』

「っ……!」

 地面が揺れて走りづらい。どうにか地を蹴り、匍匐飛行に移行する。土石流の規模と流速がぐっと増した。ゲートまでの道幅は土砂に埋まってぐんぐん細まり、ゲート自体も狭まりつつある。

『少年! 飛べるか!? 手を!』

「行けますから先行って!」

 手を伸ばされるがルーキーの俺などより、命の価値は彼女のほうが高いのだ。こちらを放って先へ行くよう叫ぶ。あくまで保険だ。俺だって死ぬつもりはない。落石が機体を揺らした。衝撃で速度が落ちたがぎりぎり間に合う。問題ない。

『推進力はこっちが速い! いいからつかんで!』

 言われてつかんだ。スラスター光が顔を照らす。一瞬のうちに景色が流れ、目標地点に到達すると、視界が黒く染まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。