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はぐれオーガ戦の観戦後は、そのまま予定度通り一層ゲートへ向かうことになった。トイレ休憩は食事の後に済ませているのでベースキャンプに戻る必要はない。出発前に機体を降りてルート選定の打ち合わせをしたが、
「さしずめ二層体験コースだね」
と、柿本さんの好意で最短ルートではなく、ある程度遠回りさせてもらえることになった。
連続跳躍の巡航機動で巨大洞窟を進んで行く。この洞窟の形状は地面の平らな馬蹄形ではなく全体の丸いパイプ形であり、パイプ自体が緩やかに曲がりくねっているせいか平衡感覚が狂いやすい。水平に着地したつもりが傾いていたり、壁を床だと思い込んだまま進み続けたり、天井に足を着こうとしてしまったりと、探索機は戦闘機以上にGの変化が目まぐるしいこともあって、こうした空間では空間識失調に陥りやすいとされている。なので姿勢指示器――ジャイロスコープを使用した機械式のもので、故障に備えて二つ設置してある――の頻繁な確認が必要である。
自分の感覚より計器を信じろともいわれているが、今のところ計器と自分の感覚とで差違は生じていなかった。同調率の高さによるフィードバックが良い方向に働いているのであろう。差違が一割以下なので感覚の主体を己の身体から引き離して機体の側へと委ねやすい。
この状態に馴染みすぎた場合のデメリットは体型やサイズ感の齟齬による機体酔いだ。生身でも探索機での感覚を引きずってしまい、数メートル以上の高さの物に触れようと手を伸ばしたり、階段を全段飛ばしで上り下りしようとしたりする。しかも探索者はステータスを行使できるので、それらのうっかり行動を実際にやれてしまう。いかにも歴戦なおじさんが駅員やお巡りさんにへこへこ頭を下げているという時折目につく光景は、大抵機体酔いによる危険行為が原因である。同調率が高いほど陥りやすく、特に地上では気を抜くのでふとしたときのついうっかりを起こしやすい。機体酔いは深層探索者の職業病ともいわれている。
ともあれ、今気をつけるべきは機体酔いより空間識失調だ。機体酔いはやむを得ないものと割り切っている。
ペリスコープに目をやると、後方のヴェルサスは機体を水平に保ったまま壁沿いを進んでいた。あの状態なら空間識失調にも陥りにくいだろう。重力低減システムの恩恵の一つといえる。シラサギ製が初出なせいか現在は際物扱いされているが、いずれは標準装備として普及するかもしれない。常に水平を保てるというのはそれくらい革新的なことだと、俺は個人的に思っている。
敵を発見した。ハンドサインで制止する。
「ホワイトアントの群れです。数は五十ほど、横穴もいくつか見えるので増援があるかもしれません」
パイプの断面図、時計の針で例えると2時から10時あたりにかけて、ホワイトアントの集団がずらりと待ち構えていた。二足歩行のゴブリンと違ってホワイトアントは壁面がでこぼこしていればひっつくことができる。戦闘中に真上まで登って奇襲してくることもあり得るだろう。
『いきなり大群だね。一人でやるかい?』
「やってみます」
蟻撃ちだ。ヒリューズ軽機関杖が真価を発揮する場面ではあった。装弾数100発の弾倉は新しいものに交換済みで、予備弾倉もバックパックから取り出して各所にマウントしてある。
離れたところからフルオートで一方的にひたすら撃つ。ベテラン二層探索者ならそれだけで片付くだろう。しかし俺の場合はそうはいかない。
機体MP 717/720
ヒリューズのマナ消費は一発5、一マガジン使い切れば500になる。ノーマルエンジンのマナ容量では心許ない。残弾数に気を遣うばかりでなく、合間合間のマナ回復が必要だ。そうしないとあっという間に枯渇する。二層出たてのルーキーが蟻の群れに飲まれて死ぬのはそのせいだ。焦りから巡航機動できる最低限すら維持できず、マナ残量が0のままその場から脱出できなくなるのである。
蟻に食らい付かれたら引き金から指を離せともいわれている。なんとなれば打ちっ放しでは回復分をヒリューズ側にとられて機体本体のマナが溜まらない。
パニックの一例として協会が公開している動画の一つに、蜂球ならぬ蟻球のようになった機体が、パイロットの絶叫とともに、曲がった腕であらぬ方向へ向けてフルオート射撃を続けているというものがある。擱座した機体がギ酸と顎でぼろぼろになって行き、ついに透過装甲キャノピーに穴が開いて、絶望したパイロットの顔が露出する場面まで映されている。ちなみに公式動画なので無論人死には出ていない。演者は深層探索者である。迫真の演技をした後、群がっていたホワイトアントを生身で全て殴り殺した。その様子はインタビューとともに別動画に収録されている。
明日からは当初の計画通り、ダンジョンアタックは一層で行うつもりだ。二層での戦闘、このようにモンスターの群れを相手にする機会は、当面訪れないだろう。しかも今は護衛兼コーチ付きという貴重な機会だ。試せることはなるべく試しておきたい。
まずはスタンダートな射撃戦をやってみることにした。ヒリューズとブレードを手に、手頃な射撃地点に機体を飛ばす。洞窟断面の一番下、6時の箇所は水平で安定するが囲まれやすいのでよろしくない。傾斜して多少動きづらいが、壁を気持ち背にできて、かつ右利き持ちで構えるので8時のあたりがいいだろう。
近接戦に備え斜面にブレードを突き立ててから射撃姿勢をとるのと、群れが反応してこちらに向けて動き出すのは、ほぼ同時のことであった。
人間大の白い蟻が一斉に動く光景は壮観である。しかし眺めてばかりもいられない。アタレセレクターがレの字にあるのは確認済みだ。フルオート射撃を開始する。
近い位置に来た集団から、撫でるように弾幕を浴びせていく。生死確認をいちいちしている暇はない。進行速度であたりをつける、そのつもりであったが、
「弾幕が薄いのか?」
あまり出端を折れていない。命中自体はしているものの、致命傷になっているのは初弾の一匹ずつばかりで、一層のホワイトアントよりタフなせいか、腹の銃創や足がもげた程度では進み続けるのを止めなかった。
弾幕を濃くする。一集団当たりの投射量を増やせば、生み出す死体がぐんと増え、その死体が邪魔をして進行速度もはっきり鈍る。しかし俺は舌打ちした。
「弾を食う……!」
一匹殺すのに五六発も使っている。フルオートの反動が原因だ。どうしても狙いがずれてしまうのである。
「振動でぶれるのならっ」
集中する。腕力で御そうとするのは却ってよくない。フォアエンドは添えるだけ、
「よし覚えた」
命中率が向上し、二三発で致命傷を与えられるようになった。
殲滅速度が倍になったといえるだろう。しかしそれでも効率が悪い。
三点バーストは三百円の弾代だ。魔石一個五百円なので儲けはたった二百円だ。探索者は個人事業主としての思考を止めてはいけない。コストカットの余地がある。
「まだだ、もっと改善できるはずだ」
曳光弾が出て弾切れが近いのを知らせた。弾倉を交換すると、アタレセレクターを単射のタ、セミオートに切り替える。
どうせなら400円の利益を狙う。とはいえ一回一回照準をつけていては時間がかかる。照準移動は決して止めずに、ホワイトアントの頭の位置を、それぞれ通るようなぞっていく。タイミングを合わせて引き金を引くのである。これなら弾を無駄にしない。一回、二回、三回と繰り返すごとに、照準移動の速度、すなわち射殺速度が上がっていったが、
「っ、これ以上は無理か」
すぐに限界が訪れる。セミオートだ。ファニングできるシングルアクションリボルバーとも違う。いちいち引き金を引く、その動作速度で頭打ちとなる。
「こういうときは発想の転換だ」
セレクターをフルオートに戻す。
先ほど覚えた集弾技術と今覚えた
人間の意識の帯域幅は16ビット毎秒とされている。五感で得た膨大な情報量を、百万分の一以下に圧縮しているのである。これはZIPでくれどころの手間ではない。脳の処理能力をもってしても相応の時間が必要だ。そのため意識する、という行為自体に、0.5秒以上かかってしまう。したがって狙いをつける、あるいはつけたと意識したその時点で、既に五発発射されていることになる。
よって意識する、頭で考える、ということによって生ずる間隔は省かねばならない。無意識的行為という表現は意味の幅が広すぎるが、ようは頭ではなく、手足にものを考えさせるのである。
学習に頭脳を介さず、手足の感覚にひたすら頼り、意思決定すら委ねてしまう。いかにも野蛮に聞こえるが、青年は股間でものを考え、中年は胃腸でものを考えるといわれるくらいだ。少年の俺が銃を持つ手でものを考えたくらいでは、非文明的とはいわれない。
無心でトリガーを引きながら銃身を薙ぐ。命中率は三割ほどだ。
二度目を試す。四割当たった。
「なるほどこうか」
三度目九割、四度目で十割と、コツをつかめばすぐだった。
射線に触覚を乗せて、フルオートの発射タイミングに合わせれば良いだけだ。
一発一中のフルオート狙撃というものは、それくらい単純かつ簡単なやり方で実現できたのである。ステータスで強化された探索者なら、誰でもできるかもしれない。
こうなるともはや照準器は必要ない。射線は腕の延長線だ。剣や槍と同じである。
フォアエンドを離して片手で薙ぎ払う。全弾頭部に命中した。ぶれ自体にぶれがない。ヒリューズの癖のなさを実感する。火薬を使わないおかげだろう。
ここからは射撃効率ばかりでなく、群れをこちらへと近付かせぬよう考えながら殲滅していく。死体を障害物として利用した足止め戦術である。死体の消えるタイミングを見極めて優先度をつける。近付く集団から順に処理するばかりでなく、あえて進ませて進路を重ね、集団を集団の死体でせき止めるというパターンもあった。
二度目の弾倉交換をしつつ、マナ残量を確認した。
機体MP 86/720
打ちっ放しではなく、ちょくちょく回復を挟んだが、それでも600以上下がっていた。弾の消費は二万円分だ。
けれどもそれらと引き替えに、また一つ成長できた。
五十匹のホワイトアントはほぼ殲滅したが、横穴から増援がわらわらと出てきている。今度は単純な進撃ではない。こちらから見た横方向はもちろん、真上の方に登って行く蟻もいる。包囲しようというのだろう。蟻球攻撃の前兆だ。ざっと数えたが、現時点で百匹以上いるかもしれない。
俺はヒリューズをウェポンラックに収めると、ブレードを引き抜いた。ナイフは抜かない。片手はあえて空けてある。
今度は白兵戦だ。レベルアップの光とともに、白い群れへと躍りかかった
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探索機とホワイトアントとでは、人間と猫くらいのサイズ差がある。
無論俺はキレた十四歳ではなかったので猫を虐めたり殺したりした経験があるはずもないが、戦いにくいということくらいは想像がつく。野生の身体能力や愛くるしさ以上に、犬猫くらいの体高が相手では攻撃手段が限定されるのである。
立った状態で可能かつ、ホワイトアントに有効な隙の少ない近接攻撃は、下段斬り、ローキック、踏みつけくらいであった。畑作業のように腰を曲げたりしゃがみ込んだりしてはいけない。攻撃可能範囲が狭まって回避動作も一拍遅れる。重心が下がった分だけ隙になるといえるだろう。ましてや相手は大群だ。一度足を止めたらその足に、四方八方から食いつかれる。
背筋を曲げずに足を止めず、低い位置を攻撃する、し続けるとなれば、踊るように動き回りながら下段に剣を振り回すのが無難だろう。
切っ先を差し込むように袈裟で斬り、返す刀でもう一匹を跳ね上げるように斬り上げる。転換力をそのままに切っ先を、後方に迫った蟻の頭部へ落とす。落としながら地を蹴ると、ブレードの柄を支点に爪先蹴りで、奥にいた蟻の頭を蹴飛ばした。続けて後転すると、その勢いでブレードを抜き、縦方向の回転斬りを連続し、数体のホワイトアントの頭を割った。一息つく、そうする間もなく横から足に顎が迫り、足をどけて倒れ込むようにブレードを突き立てた。すると今度はギ酸である。立ち上がって尻を前方に突き出す格好で身体を丸めると、尻の先端から体液を飛ばして来た。びゅーびゅーという小便のごとき射出である。しかも数匹同時であった。しかし射線は読みやすい。掻い潜って接近し、不埒な蟻どもを斬り捨てた。
ここでスラスターを噴かして群れから一旦距離をとると、今度こそ一息ついた。レベルアップの結果を確認しておく。
「ステータスオープン」
レベル 3
HP 48/48
MP 32/56
力 35
防御 14
魔攻 34
魔防 18
早さ 13
スキル
フォトンバレット Lv.1
どうやらダンジョンは俺を殺したいらしい。防御と魔防が1しか上昇していない。HPも4だけだ。13のMPに対し、三分の一以下の上昇値だ。
ちなみにMPが時間経過で少々回復し、フォトンバレットの残り使用回数が6回になっている。
事前に開始してあった機体ステータスチェックの結果もモニターの方に表示される。
フレームHP 1457/1500
機体MP 291/720
同調率 93.2
力 176
防御 190
魔攻 162
魔防 93
早さ 9
注目すべきは同調率だろう。前回1.2上昇したが、今回は1.8もだ。上昇値が1.5倍になっている。紙装甲は脱せられないが同調率は調子が良い。ステータス運が良いのか悪いのかわからない。
ともあれ今は、あれこれ考えている暇はない。僥倖にもこの辺りはマナ濃度が高いおかげで、マナ管理に余裕がある。戦闘中の回復量は一層でのそれと比較したら、体感として三倍以上あるだろう。多少気を遣えば格闘戦のさなかでも回復していられる。
ならばもう少し思い切ったやり方も試せるはずだ。先ほどのやり方ではいずれ処理が追い付かなくなる。
踊るようにくるくる回る格闘戦は、殺陣のようで見栄えはいいが手間がかかって隙もある。あれは生身でもできる人間用の戦い方だ。マナ節約であえてそうしていたが、今度は探索機の戦い方、探索機だからこそできるやり方をやってみることにする。
機体を地面とほぼ並行に、パイプ状の壁面全体を地面と見立てた匍匐飛行に移行する。見上げれば同じ高さにホワイトアントの頭がある。いわば腹這いでホバーしている状態だ。四つん這いの亜種、水泳姿勢、ウルトラな巨大ヒーローの飛行ポーズともいえる。これならば屈んだり下段に振ったりしなくともブレードが届く。腕や肩の装甲攻撃も使えるだろう。
寝かせたブレードの峰に手を添えて、ホワイトアントの群れの中へと突撃した。
真っ直ぐ轢く。すれ違いざまに斬り付ける。ロールして肩アーマーのスパイクで、通りすがりに串刺しする。装甲の角で頭を潰す。十匹も倒せば運動エネルギーが心許なくなるので、群れから逸れて匍匐飛行で壁を登り、ある程度まで行ったら緩やかにターンして推進力を補充した。
この一撃離脱戦法もどきを何度か繰り返してみたが、やはりマナ消費が大きいらしく、機体MPがじわじわと減っていた。消費と回復の釣り合う長期戦向けの格闘戦術、いうなれば巡航格闘戦術には、息継ぎ用の立ち戦闘が必要だった。
立ち戦闘をしている間は機体のマナを回復し、一撃離脱をしている間はついでにパイロットの神経を休ませる。これを繰り返す。
繰り返して、それなりに有効だったがふと思った。いちいち分ける必要はないかもしれない。同時にできそうならそうすれば、殲滅速度だって向上する。最終的にマナ消費の釣り合いがとれていれば問題ないのである。
二本足で立たねばならぬというのも固定観念だ。スポーツ格闘技ではないのである。立ち続ける必要はない。腕で踏み込む。肩で地を蹴る。膝で殴る。上に落ちて下に登る。スラスターの推力を活かせばそういう動きだってできる。
匍匐飛行でブレードを薙ぎ払う。切り抜けて流したブレードを背面飛行で切り返す。推力偏向で後転して直立すると、倒れ込むように踏み込んだ。ブレードを担ぐように背中に回した回し打ちで三方向を同時に斬り、転換力で足を伸ばして続けて蹴る。背中を反らしてギ酸を躱し、スラスターを噴かして真後ろの蟻の頭を肩アーマーで撥ね飛ばす。マニピュレータで地面を押して横回転でひっくり返ると、這うように低い姿勢で突進した。ブレードは逆手に持ち替えてある。一匹、二匹、三匹と刃を食い込ませ、数瞬後に来るであろうギ酸の盾にするべく三方向へと放り捨てた。そのまま後ろへと倒れ込みながらの回転斬りで二匹の頭を両断した。
そのとき視界の片隅に赤い色がちらりと見え、俺は咄嗟にブレードを虚空に向けて振り抜いた。
焔が散る。魔法の火を切り払った、その痕跡である。
「レッドアント? 新手の中に潜んでいたのか?」
跳躍して見渡せば、白い群れの中にちらほらと、赤、青、黄、緑、の蟻が数匹ずつ紛れていた。いずれもホワイトアントの色違いで、ギ酸や牙を持たない代わりに、魔法スキルを使うモンスターである。
レッドアントは火属性魔法のファイアバレット、ブルーアントは水属性魔法のアイスバレット、イエローアントは地属性魔法のストーンバレット、グリーンアントは風属性魔法のウインドバレットと、いずれもバレット系魔法を使用する。
一発一発の威力は生身の人間の使う魔法と大差ないので、探索機の魔防の高さなら左程ダメージにはならない。けれどもそこはアント系らしく、頭数を増やして弾幕を張るのが真価である。今回は数が少ないので顔見せといったところだろう。
白赤青黄緑、五色揃ってゴレン蟻と、日曜朝の戦隊もののごとくであるが、二層のアント系モンスターはもう二色存在する。女王蟻の
宙に浮いたこちらを狙い、一斉に四色アントのバレット魔法が放たれる。弾道を見るかぎり回避動作をとる必要はない。バレット系魔法は自力で狙いをつけねばならないからか、命中精度はそれほど良くはなさそうだ。先ほど切り払いをさせられたのはまぐれ当たりであろう。
滅多に当たらないとはいえ鬱陶しいのには変わらない。さっさと排除すべく、ウェポンラックからヒリューズを取り出した。
空中で回りながら引き金を引く。あえて技名をつけるならローリングヒリューズライフルだ。バスターはつかないが、フルオート狙撃で広域殲滅を実現できる。
一周、二周、三周と回転軸を変えて放てば、いくらかのホワイトアントを巻き添えにしながら、色つきアントは全滅した。
やはりヒリューズは良い。蟻撃ち限定だが近接戦闘と比較して殲滅速度が格段に早い。
あまり遊んで柿本さんを待たせるのはよくないので、ここからは射撃を交えて戦うことにする。ブレードの切り返しや旋回の合間合間にフルオート狙撃を挟めば、残りを全て倒すまでそれほど時間はかからないだろう。
事実そうなった。
『……いろいろとツッコミどころはあるけれど、うん、まあ、少年はそのままでいいと思うよ? ……ボクはお口チャックのできる女なんだ』
戦闘終了後に意見を求めたところ、柿本さんはそうコメントした。
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戦闘よりも戦闘後、ドロップの魔石拾いのほうが手間だった。
ちまちまと拾い歩くものの、戦闘の余波で砕けていたり砂利や土に紛れていたりと、とてもではないが全回収は不可能である。広大な洞窟で一粒一粒拾っていては地下ではあるが日が暮れる。
『あの数が相手なら普通の二層探索者は頭数を揃えるんだがね……ほら、ソロだと弾切れとかあるだろう?』
柿本さんは片手に持った弁当箱に、斜面に引っかかった魔石をからんからんとほじり落としながらそう言った。
はじめは固辞されたがドロップ品の所有権は折半ということで納得してもらえた。思いやり予算としていっそ全てを渡したかったが、さすがにそれはルーキー搾取になるからと断られてしまった。深層探索者の稼ぎ出す金額を時間給換算すれば、どのみち慈善事業であるのは変わりない。
「こうしている時間だけでも赤字なんじゃないんですか?」
『さすがにそこまでお高い女じゃありませんよ。むしろ安全に稼げる浅層だからこそ、もったいないお化けは気になるのさ』
探索階層より浅い階層は安全に稼げるが、時間経過でレベルが下がるというリスクがある。だからこそ無駄にできないと、そういう考えなのだろう。職業探索者にはレベルが上下することを前提に階層を行き来する者もいる。
『しかし箒とチリトリが欲しくなるね』
「掃除用具ですか? ショップにはそういう装備はありませんでしたが」
『今みたいな二層の蟻戦限定な、特殊装備のカテゴリだからね。だいたいが通販だよ。中華製の令和最新グッズが嫌なら、さっき行ったベースキャンプで頑丈なのが売ってるよ。万年二層にはルーキーとパーティを組んで回収係をやらせてるのもいるけれど、あれはあれで搾取とは言い切れないね。マナ奴隷より時給はいいし、学ぶ機会にもなっている』
「でも蟻ですよ? 自分で倒せば丸儲けじゃ」
『二層は対集団戦だよ。一層とは勝手が違うのさ』
「そういうものですか」
本格的に二層で活動するときは、俺もパーティを組まねばならないかもしれない。
『ああいや、ソロで行けるなら行けるまではそのままで良いからね。経験値効率が段違いだから、上を目指すなら浅層は、むしろソロを貫くべきだよ。学園で教えているのとは逆なんだけどね』
ひとまずはこのままで問題ないというわけだ。花沢さんの振る舞いもあって俺のような中卒探索者は人間関係の構築に不利だというイメージが付き纏っていたので、パーティ結成が必須だといわれなくて安心した。
「このあたりにしておきますがいいでしょうか」
『だね』
弁当箱はぎちぎちだが、回収率は七八割といったところだろう。地面のあちこちできらきらと目につくのは大抵が砕けていて、ちゃんとしたのも時折混じってはいるものの、それまで気にしていてはいつまで経っても終わらない。
作業中に機体MPは完全回復している。先へ進むべきだろう。
『マナ回復の時間がとれるのは利点と言えば利点だね。こっちも元気いっぱいだぜ』
今の戦闘でかなり消費したせいで、ヒリューズの残弾数が心許ない。柿本さんのヴェルサスが前に出ることになった。
『次、蟻に出くわしたらライボル――ライトニングボルトで殲滅するよ。ボクの実力を目の前で見せてあげたいところだが、電子装備がいかれると悪いからね。合図をしたら二百メートル以上離れてくれ』
ライトニングボルト、ライボルは略称である。電撃だが風属性魔法に分類される。そもそも雷属性という属性自体が存在しない。攻撃魔法スキルの属性は、火地風水と闇光だ。
ライトニングボルトは非常に自由度の高いスキルで、使いやすさでいうならフォトンセイバーの対極に位置している。RPGゲームで例えれば単体攻撃グループ攻撃全体攻撃を、これ一つで賄えるといってもいい。デメリットは電子機器への影響だが、地上でテロに用いる場合は逆にそれがメリットとなる。
ネット掲示板のスキル強さ議論スレでは、ライトニングボルトは最も使い勝手の良いスキルの一つに数えられている。使用者の技量次第で応用が利くために、ライボル職人たちが様々な技を生み出し続けている。専用の放電針ウイング(シラサギ製)を用いたライトニングボンバーという必殺技は有名だ。ちなみに最強スキル論争は今も昔も泥仕合の様相を呈しているが、最優スキルはアイテムボックスということで意見が一致している。
少しわくわくしながらヴェルサスの後を追うが、出てきたのは十匹程度の群ればかりである。経験値稼ぎということで戦闘を任せてもらうと、ヒリューズのひと撫でで終わってしまった。
『階層序盤であれだけの大群だ。この辺りに残っているのはぼっちグループ、群れに馴染めなかった追放組だけかもしれないね』
「アント系モンスターにはそんなのがあるんですか?」
蟻の階級社会にも学級カーストのような世知辛さがあるのなら、役立たずと追放されたグレー蟻が受肉で特殊スキルに覚醒し
『えっとごめん、例えというか冗談だよ。少年がこないだまで学生だったなら、わかりやすく合わせようかと思っちゃって、その……わざわざ学生ネタを持ち出すのは逆におばさん臭い、いかにも勘違い女っぽいよね、ごめん』
「そんなことはないです。気を遣っていただいてるとわかります」
勘違いしたのは俺であって彼女ではない。少し面倒な反応も、親父相手で慣れている。
「それにモンスターの愉快な生態でしたら、ここ二層なら実際にありますよね。自分はそれで真に受けてしまったんですよ」
『あっそうか、そうだよね。動画でも定番だった。そういえば少年は運がいいかもししれないね。ここの地方はいまちょうど――」
タイミング良く前方にモンスターを発見した。ゴブリンの集団である。一層と違い武装している。
『見てごらん、ゴブリンの装備が戦国時代になっている』
ゴブリンたちは胴鎧をつけ陣笠を被り、長槍を構えていた。いわば足軽ゴブリンである。足軽ゴブリン集団の後方には指揮官らしき鎧武者姿のゴブリンがいて、その兜には一筆書きの
『歴女でないボクでも知ってる。直江なんちゃらだろう? 有名どころなら騎士階級、いわゆる武将ゴブリンだ』
四つん這いのウマゴブリンに騎乗した直江ゴブリンが刀を抜き、足軽ゴブリンたちが
まるでふざけたコスプレだが、これが二層のゴブリン、文明の利器で武装したゴブリンたちの姿であった。
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ダンジョン創造者が多様性やナショナリズムに配慮したのかもわからない。ファンタジーに登場するゴブリンの武装といえば中世ヨーロッパ風が定番であるが、そういったゴブリン戦士が出現するのはヨーロッパのごく一部の国のダンジョンだけであった。
二層のゴブリンは日本なら日本風、大陸なら大陸風、アメリカならアメリカ風というふうに、そのダンジョンのある土地々々、国々に応じた格好をさせられていた。重装歩兵ゴブリン、ヴァイキングゴブリン、イェニチェリゴブリン、コサックゴブリン、インディアンゴブリン、ジャガーゴブリン、ナチゴブリン、AKゴブリンと、時代を問わず、歴史上の戦士たちを模している。
土地や住人の記憶を読み取ったともいわれていて、歴史的事実よりも流布されたイメージが優先されているため、歴史資料としてはまったく役に立たない。
倒すべき相手が祖先や偉人の姿を真似ている。しかも醜いゴブリンだ。ダンジョン創造者は民族文化を平等に尊重しているというより平等に愚弄しているといったほうが正しいかもしれない。
格好は各国ごとに様々だが、階級や役割自体は共通している。
兵士ゴブリンは一層のゴブリンとほぼ変わらず、その装備も張りぼてに近い。俺の今いるダンジョンでは、足軽ゴブリンがこれにあたる。
騎士ゴブリンの身体能力自体は兵士ゴブリンを多少鍛えた程度だが、その装備がまともになり、知能が高く、指揮官としての能力を持っている個体もいる。武将ゴブリンがこれだ。
英雄ゴブリンは、王として群れを率いるタイプと単独で行動するタイプがいる。前者の身体能力は騎士ゴブリンとそう変わりないが、軍勢を自在に操るので非常に厄介だ。後者はというと指揮能力が乏しい代わりに、直接戦闘能力に特化している。いずれもネームドモンスターである。ここではゴブリン大名として、それぞれ勢力を率いている。
司祭ゴブリンは魔法スキル特化型である。一般的な日本人のイメージが変に影響してしまったのか、ゴブリン一向宗としてなぜか軍勢に混じっている。
まとめると、雑兵の足軽ゴブリン、小隊指揮官の武将ゴブリン、王であるゴブリン大名、魔法使いのゴブリン一向宗、以上四種が、二層に出現するゴブリンとなる。
ちなみに今ここのダンジョンは戦国時代である一方で、他県のダンジョンは鎌倉時代であったり幕末であったりするが、ゴブリンに被せられる歴史のガワは勢力の興亡や地形変動によって変化する。変化の順番は日本史通りとは限らない。源平合戦の後に大日本帝国軍もどきが現れることもあれば、幕末の後に江戸時代が始まることもある。
甲冑姿の巨人の軍勢に、ロボットが立ち向かう。歴史好きの動画視聴者にとってはエンターテイメントだが、探索者にとっては命がけの殺し合いだ。ふざけてなどいられない。
『援護はウインドバレットでする。長機は少年だ』
ヴェルサスが虚空に手をかざすと、高射砲の本体部をそのまま手持ち武器にしたような巨大武器が出現した。レーヴァテインMk-Ⅹ、英国製の長杖である。魔法増幅率が調整可能で、最大値の高さはもちろん、それを1以下にもできるため、見た目に反して小回りも利く名杖である。柿本さんは生身でも機体でも武器を携帯せず、拳ダコもなかったので薄々察していたが、やはりアイテムボックスのスキル持ちだったらしい。さておき今は戦闘中で、詮索もマナー違反だ。
「とりあえず指揮官狙いで、雑魚は牽制で目潰しします、外したのからやってください」
直江ゴブリンがウマゴブリンを乗り捨てた。ひとまず降りて戦うらしい。
直江ゴブリンの指揮によって足軽ゴブリンが石を投げる。弓矢持ちは武将の直江ゴブリンだけだ。投石は射程が短く威力も低いが、質量差ゆえにヒリューズの弾丸では撃ち落とせない。装甲で防がれて殺傷能力に乏しくとも、そのストッピングパワーは厄介だ。戦国時代のメインウェポンなだけはある。
右手にヒリューズ、左手にブレードを構えて正面から突撃する。投石はいちいち避けるより切り払ったほうが早い。戦闘機でいうところのヘッドオンだ。向こうも当たるがこちらも当たる。ブレードを振り切った勢いのままヒリューズを突き出して薙ぎ払った。
「っ、これでも高いか」
目に当たったのは半数ほどで、もう半数は打ち下ろしの形になって陣笠に当たってしまった。陣笠は張りぼてなので貫通するが、それでも弾が逸れてしまう。匍匐飛行かつ腰だめで、なるべく射撃位置を低くしたつもりであったが、距離の分、射角が甘かったのだろう。
即座に、直江ゴブリンが何やら叫ぶと足軽が一斉に陣笠を下げた。目潰しに対応された。足軽の目が見えずとも、長槍の一斉攻撃なら指揮官の統制でなんとでもなる。反省と修正は次の機会だ。後は柿本さんに任せる。
長槍の間合いに入る直前で跳躍したが、向こうは二段構えである。後方の足軽が立てた長槍を叩きつけてくる。しかしこちらも二段構えだ。時間差で起動したスラスターによって一拍の空中停止でやり過ごし、ブレードごと身を翻して槍衾を回り込んだ。
直江ゴブリンが咄嗟に放った矢を切り払う。それとほぼ同時に後方から、幾条もの不可視の弾丸が放たれた。
足軽たちの全身が吹き飛ぶ間も無く破裂して、張りぼて防具と肉片が砂塵に混じって巻き上がる。柿本さんのウインドバレットである。グリーンアントのそれはもちろん、俺のフォトンバレットと比較しても威力が段違いだ。弾速も連射速度も速い。目潰しで呻いていない足軽だけを次々と正確に射貫いて、否、すりつぶして行く。この殲滅力なら指揮官ごと一方的にやれるだろうに、花を持たせてくれているのだ。直江ゴブリンが弓を捨てて地面に刺した刀を抜く。俺は期待に応えるべく、空中からブレードで斬り結んだ。
ゴブリンのまがい物とはいえ、元が偉人なだけあってその能力は優秀だ。半ネームドといっていいくらいはある。腕力は素のテクニカに匹敵し、パイロットステータスの強化分こちらが有利だが、空中では踏ん張りが利かず、加速不足もあって剣圧では押し負けてしまう。けれどもそれは織り込み済みだ。踏ん張らないということは自由が利くとも換言できる。ブレードが通常ではあり得ぬ軌跡を描く。バインドから滑らすよう剣閃が閃くと、左手指と右手首が同時に落ちた。篭手ごと断ち切れたのはスラスターの推力を乗せたのである。面頬の奥の瞳が呆然としているが、着地はまだしない。回転力は残っている。両足で頭を挟んで首を折った。
直江ゴブリンの目から光が消えるのを見届けて、残った足軽を片付けようと背を向けたときだった。ペリスコープに影が映り、直江ゴブリンの首が刎ねられた。同族殺しの新手であった。
柿本さんが叫ぶ。
『義経だ! 殺せ!』
ゴブリンにしては美男子の大鎧の武者がそこにいた。太刀から血を滴らせ、
現れ出たる義経公、時代設定に関係なく出現するネームドモンスターである。突然現れて成果をかっ攫っていく経験値泥棒としても知られていた。