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見た目が非常に格好良くてサプライズ性もあることから、義経ゴブリンは動画視聴者の受けが良い。二層モンスターの中ではゴブ
義経ゴブリンは何度かフィギュア化されるくらい一般人に人気があるが、探索者には毛嫌いされている。無駄にイケメンなのや二層トップクラスの戦闘力の高さもあるが、それ以上にその性質が厄介なのである。得物を横取りしたり奇襲を仕掛けたりしてこちらに損害を与えるや否や、即座に撤退、逃げ出してしまう。
現れ出たる義経公、さしたる用もなかりせば、これにて御免というわけだ。さっと出てさっと引っ込むのである。ゲリラ戦士の戦い方だ。ダンジョンは日本人の判官贔屓の伝統をそのように解釈したらしい。アメリカの二層探索者がチェ・ゴブリンに手こずっているのと同じで、日本の二層探索者は義経ゴブリンに悩まされているのである。
義経ゴブリンが直江ゴブリンの乗り捨てたウマゴブリンに、良い馬だな少し借りるぞと言わんばかりに跨がって頭を撫でる。ウマゴブリンは従順で新たな主人にすぐ懐いた。ゴブリン同士字面だけなら変態だが、顔と武者振りの良さでなぜだか様になっている。とはいえ隙は隙である。俺はナイフを投擲していた。
大袖に弾かれるのは想定済みだ。ナイフを囮に死角へと回り込んでブレードを馳走する。兜ごと頭を割るべく脚力と推力と機体重量を乗せた一撃が放たれた。
「ちぃっ」
衝撃波で砂塵が舞い、地表には地割れのような刀痕が刻まれた。しかしゴブリンの姿はそこにはない。ブレードを振り下ろした俺の背後で、義経ゴブリンは軽い音を立ててウマゴブリンを着地させていた。
斬撃の触れる直前、ブレードの側面に篭手を当てて逸らしたのである。反撃しなかったのは余裕の表れか、ウマゴブリンの操作性を確かめたかったのか、あるいは自分のほうがもっと速いと見せつけたのかもわからない。
義経ゴブリンがねぎらうようにぽんぽんと新たな愛馬の首を叩く。そしてこちらを見てフッと笑うと、ウマゴブリンの腹を蹴って駆け出した。どうやら俺は眼中に無いらしい。向こうは技量もそうだがブレードを逸らされた瞬間の体幹の具合からして、素のテクニカの倍近い膂力がある。侮られるのも当然であった。
しかしここには彼女もいる。
『ここで会ったが百年いいや五年目だ! あのときの借りをぶっ殺してやる!』
慣用句が乱れるほどの殺意である。柿本さんもかつては二層探索者だった。義経ゴブリンに辛酸をなめさせられたことがあるのだろう。
魔法の邪魔にならぬよう最大速度で後退する。
『ドロップと経験値と修理代! 今返せほら返せオラ返せ! 死んで返せや糞イケメン!』
流星のごとく不可視の弾丸が降り注ぐ。義経ゴブリンの進路にいた生き残りの雑兵が巻き添えとなり、地表とともに耕された。モンスター消失作用で土砂に混じった血煙が蛍のように瞬いた。
けれどもそこに彼らはいない。ウマゴブリンは地ではなく、空を縦横無尽に駆けていた。空歩スキルである。
『小癪なっ、八艘飛びのつもりか!』
そうして壁面に取り付くと、坂道を駆け下りるように加速して行く。壁面をぐるりと伝い、天井をも足場にしている。洞窟のパイプ地形を活かしたバレルロール疾駆である。無限斜面加速とでもいうのか、逆落としの逸話の応用かもしれない。
ウインドバレットが次々と放たれるが、いずれも義経ゴブリンの後方に一拍遅れで着弾していく。もはや追い縋るような状態だ。ジグザク回避のロスの分、今のところ距離はそれほど離れていないが、しかしこのままでは逃げ切られるだろう。
『舐めるな雄豚ァっ』
ヴェルサスが光と化して加速した。スラスター光が重力低減システムに干渉し、鋭角の光の軌跡を宙に描く。いわゆるUFO機動であった。数瞬後には義経ゴブリンの前方でレーヴァテインMk-Ⅹを構えていた。深層探索者の本気である。
『ライトニングボルトっ』
稲光が空を伝って直撃する。初速と誘導性に特化させたスキル行使で、俺が同じことをすればヒリューズ程度にしかならないが、彼女のヴェルサスの性能なら二層モンスターには十二分な威力が出る。
ウマゴブリンの肌が沸騰して一瞬後に爆散した。咄嗟に離れた義経ゴブリンも纏わり付く電撃で肌を焼かれながら墜落する。
『げほっ、おぇっ、ふぅ……おとっ、大人げないがせっかくのレアモンを、このボクが逃がすわけがないだろう? 今じゃ落馬は競争中止だ。それともお兄さんの死因かな? ともあれそろそろ観念したまえ』
無茶な機動で咽せたようだが、取り繕おうとする程度には冷静になったらしい。
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飛び散った肉片が瞬いて、ヴェルサスの姿をぼんやりと照らし出す。ウマゴブリンの命の光が散る前で、義経ゴブリンはよろよろと立ち上がった。
『じゃあ、死のうか』
ヴェルサスが突き出したレーヴァテインMk-Ⅹのレバーを引く。モード切替であろう。
それを見ると、義経ゴブリンが弓矢を地面に投げ捨ててヴェルサスに背を向けた。一見降参の仕草に見える。あとは武士らしく首を切りやすいよう座って項垂れるだけで良い。けれども彼はそうしなかった。太刀を抜き鞘を捨てて、前方へと突き出した。
その切っ先が指しているのは俺であった。
『相手を選んで悪あがきかい? 侍気取りがリアルだね』
義経ゴブリンはどのみち死ぬなら斬り合って死にたいと、俺のテクニカとの一騎討ちを所望したのである。
ヴェルサスにそうしなかったのは剣を持っていないからか、柿本さんの言った通りせめて勝てそうな相手を選んだのか、あるいはスピーカーの声を聞いて「なんだ女か」と思ったのかもわからない。
義経の目が「
己の死を受け入れたうえで、武人としての終わりを望む。その覇気は道場の師範のような好き者にはたまらないだろう。ゴブリンの物真似であろうと義経は義経だ。男ならついふらふらと立ち合いたくなる。
『付き合わなくたっていい。パンピーに煽てられようと所詮はゴブリン、こいつの性根はカスなんだ。それにどうせ受肉済みだ。接戦を演じたところでレア泥率が上がるわけじゃない』
柿本さんは女性である。無意味な決闘を求められればリアリストとして振る舞うのは当然であった。
けれども俺は前に出た。
「やらせて下さい」
『こいつはダンジョンのモンスターでコスプレ会場の烈○王じゃないんだぞ? 危なくなってちょいタンマなんてあり得ない、殺し殺されの実戦だ。いくら少年とはいえアタック二日目のレベルで、テクニカだってほとんどノーマルと変わらない。二層でもネームドなら三層並みだよ? 一対一でやり合うならスペックが全然足りてないじゃないか』
「探索者はスペックで上回る相手を倒せねばならないと、そう柿本さんは言ってましたよね」
『言ってない』
「たしかに、おっしゃいました」
『うぐっ……」
あくまで話の流れで、深層探索者の強さを言い表すための比喩に過ぎなかったろう。言葉尻を捕えるのは良くないが、ここではあえてその負い目を利用する。
『……わかった。けど言っておくが漫画じゃないんだ。近接戦のスピードに咄嗟の援護が間に合うなんてことは滅多にない。本当の本当に生きるか死ぬかの命がけだ。それでもかい?』
「承知の上です。自分だって探索者ですから」
ヴェルサスは上空に移動するとレーヴァテインを横に払い、複数の魔法陣を生み出した。いざというときのためスキルの事前展開であろう。おそらくミサイルのような誘導魔法が準備されている。
義経ゴブリンを逃がさぬためでもあろうが、過保護に過ぎる。
「優しいんですね」
『くそぼけ』
苦笑すると叱られた。
シート裏のレバーを引いてバックパックのロックを外す。いまいち格好つかないが、ドロップ品が入っているのでパージ機能は使わない。いそいそとウェポンラックごと地面に下ろす。
ヒリューズは持たない。目潰し攻撃も義経ゴブリンが相手では、隙にしかならないからだ。たとえ運良く目に当たったとしても、武士ならば瞬きせずに攻撃を続行するくらい普通にやる。道場の高弟がそうだった。目打ちを当てても怯まなかった。
機体を軽量化し、手持ちの武器はブレード一本である。二刀流はあえてしない。不意打ちのためにナイフはまだ抜かないでおく。
「またせたな」
と語りかけるように向き合うと、義経はにっこりと頷いて、懐から巾着袋を取り出した。
中に入っていたのはアンプルの束である。巨人のゴブリンにとってはきなこ棒サイズのそれを、義経はまとめて口に放り込んだ。
ぱき、ぺき、かりりと噛み折る音が響くと、甲冑の下の肌が淡い光を帯びる。
「ヒールポーション?」
同族殺しやドロップの横取りでため込んでいたのであろう。光が収まると火傷の跡が消え失せていた。義経はぺぺっとアンプルの残骸をはき出すと、癒えた身体の調子を確かめるように肩を回して首をこきこきと鳴らした。
『殺すね』
「だめです」
ポーションとはいえあくまで人間用だ。ゴブリンの巨体には複数使おうが効果が足りず、治っているのはほとんど見た目だけである。まだ万全でないのは筋肉を透かして見れば一目でわかる。
機体軽量化という事前準備はこちらもしている。その程度では卑怯とはいわれない。お互い卑劣に振る舞うのは、直接斬り合い始めてからである。
義経ゴブリンが太刀を真っ直ぐ地面に置き、やや下がって蹲踞をした。
『はっけよい?』
「鞍馬流か」
柿本さんの言った通り、お相撲さんのそれに似ている。ピースのように伸ばした両手の二本指を地面につけているのが特徴的だ。鞍馬流の礼法で形稽古の際にするポーズである。他流研究と称して師範の相手をさせられたこともあって、にわか知識だが知っている。
鞍馬流は現存する古流剣術で、現代剣道に大きく影響を与えたといわれている。師範に見せられた剣捌きはたしかに現代的で、剣道に通ずるものが多くあった。
源氏武者が剣道のような太刀遣いをするというのはどうにもちぐはぐだが、おそらく伝承をそのままに該当する流派の形稽古をダンジョンがインストールしたのであろう。二重の意味で適当だった。
ともあれ礼には礼をだ。太刀と切っ先同士を重ねるようにブレードを置いて間合いを開け、蹲踞をして目礼する。目と目を合わせたまま体を大きく開いて前に進む。ほとんど真横を見合ったような格好で柄を取った。
『ボクは一体何を見せられているんだ』
作法を乱した側に負い目ができるという、ある種の前哨戦だ。滑稽に見えるなら軍隊の細々したそれだってそうだろう。効果があるから続いているのだと、こじつけめいているがそういえる。
蹲踞のまま中段に構えて剣を合わせる。仕合開始の合図はない。意識の
機体と身体を無意識にまかせて思考する。意識に身体を邪魔させない、過負荷と呼ばれるスポーツのテクニックだ。
真っ向から斬り合って勝てるかといえば否である。向こうは剣道でこちらは我流だ。不意を打つといった点では有利だが、そもそも剣道自体が強い。現代の若者らしく集合知を信仰するわけではないが、一対一、一足一刀の間合いにおいては剣道は最強の剣術だといわれている。
義経が蹲踞から立ち上がり、そうしようという意識を読んで、テクニカのブレードが一瞬先に振るわれた。スナップを利かせた頸動脈狙いの跳ね上げであったが手応えはなく、開いた身体の内側に飛び付くように踏み込まれていた。間合いは近い。太刀は振れない。しかし代わりに柄尻が、ハンマーのように落とされる。透過装甲キャノピーがべこんと歪んでそのまま千切れ、コックピットにいる俺を、太刀の柄が圧し潰した。技術云々いう以前に、身体能力が圧倒的に負けていた。がっしぐちゃりと俺は死んだ。
という想像が脳裏を横切ると同時に、機体と身体が反応し、スラスターを全開に跳び退いていた。怪力で振り下ろされた柄尻がクレーターを作り出す。
戦法は決まった。探索機ならではのダンジョン時代の最新剣術なら、剣道といえど対応策がないであろう。機動剣術、すなわちガン逃げ戦術である。
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バレルロールで描いたスラスター光の螺旋を、突き抜けるように鎧武者が直進する。テクニカが推進力で空を飛ぶのに対し、義経は空中を足場にして駆けている。いずれも三次元機動だが軌道は違う。弧を描いて空を滑るテクニカと、角を描いて空を走る義経である。スケート選手と陸上選手がそれぞれ三次元的に動き回っていると考えるとわかりやすい。
曲線と直線が交差するたび火花が散る。交差は一瞬だ。この速度域では込み入った剣の応酬をする余地はない。間合いに入れば一撃一撃、お互いにひたすら打ち込むばかりである。そうやって打ち合いで運動エネルギーを消耗すれば、段々と速度と高度が下がってくる。速度が下がれば威力が落ち、技を差し込まれる隙も増える。先にそうなった方が死に体となる、いわばエネルギー戦である。
戦闘機のそれとの違いは直接の打ち合いですさまじい頻度でエネルギーが減少する点であろう。運動エネルギーを変換してため込んだ位置エネルギー、すなわち高度もあっという間にゼロに近付き、気が付けば頭上に地面があるという、空間識失調との合わせ技も十分あり得てしまう。
そしてこの観点から見てもテクニカは不利であった。スラスターでじわじわとしか運動エネルギーを稼げないテクニカと比べ、義経の運動エネルギーは蹴り足一つで瞬時にして増大する。高機動近接戦闘において空歩スキルが必須といわれる所以がよくわかる。
墜落を避けるために速度を引き替えに高度を上げる。運動エネルギーは先手で逃げて稼いだ分は使い切り、つい先ほど追い付かれた。これ以上差を広げられる前に流れを変える。天井近くでお互いふわりと滞空し、その瞬間に剣を向け合う。互いに停まり、真っ当な斬り合いができる速度域になっていた。自由落下の始まった直後、その重力を乗せて合わせて滑るように加速した。
一撃の威力において、片手剣が両手剣に必ずしも劣るわけではない。体重移動と切っ先落としの工夫があれば、剣は片手で振っても速いし重い。
俺は渾身の一撃を繰り出した。義経の怪力とも打ち合えて、鎧越しであろうとまともに食らえばただでは済まぬ威力の剣だ。
手応えはあっけない。にもかかわらず受け止められている。それは力ではなく技であり、次の瞬間、ぐるりと巻かれてすり落とされた。その際に太刀の反りも使っている。
鞍馬流の変化、剣道の巻き落としの原型である。こちらが力めば力むほど剣のコントロールを奪われて、それで剣先の逸れたところで、捻りながらの平突きが鳩尾に差し込まれるのである。鳩尾は探索機にとっても急所である。何せパイロットが入っている。他の急所を狙わないところを見るに、この義経は中の人の位置がわかっているのであろう。ネームドモンスターの危険性で最たるものは、パイロットという探索機の弱点を戦闘経験から学習していることであるともいわれている。
とはいえこちらもこの技は、師範のおかげで学べている。
義経の平突きが空を切った。
剣を逸らされて抵抗が生じる最大の要因は、地面に立って身体を支える足腰だ。けれどもここに地面はない。剣の流れに逆らわない脱力もやりやすかった。巻き落とされる剣に合わせた空中回転のみならず、スラスターの推進力をも上乗せして、カウンターの回し蹴りを叩き込んだ。
こめかみを足で打たれた義経がたたらを踏む。倒れまいと咄嗟に空歩を発動し、却ってダメージを増したのである。
「やはりか」
単純なエネルギー戦という空中戦には対応できても、空中
「無駄なリアリティが裏目に出たな」
歴史のアイドルであっても、否、アイドルだからこそ空中戦じゃ分が悪すぎるというわけだ。余計な情報を詰め込まれて発展性が阻害されている。
高度を下げて速度に転換し、ドッグファイトへと再び誘う。そろそろ目も慣れてきた。高速域では斬撃を置くようにブレードを振れば良い。その仕方なら太刀筋の精度も出る。
爆発的に加速した義経ゴブリンが背後を取って打ち掛かる。俺は翼代わりのブレードをほんのわずかに傾けた。気流剥離の失速により、滑り降りるようにスライドする。そして再びブレードに気流を纏い、こちらを追い越した義経ゴブリンの背後へと回り込みながらそれを振るった。
「木の葉落とし」
かの零戦のマニューバを受け継いだ機動剣術で、ユニコーンヘッドの角をも使った空力制御がコツである。
「浅い」
というより硬い。鎧の薄い部分を狙ったが、その肉体自体が頑丈で、ゴムを斬り付けたような手応えであった。
「ならば」
再開されたドッグファイトで斜め後方をとると、今度はブレードを持っていない左手のマニピュレータを、チョキの形で突き出した。
「フォトンバレット」
二連射である。一発は牽制で、未来位置を狙った二発目が本命である。
手持ちの魔法発動体がなくてもスキルは発動できる。フレームが剥き出しの箇所、それ自体がフレームであるマニピュレータなどでなくてはスムーズに発動できず、しかも発動できてもヒリューズほど狙いやすくはない。指鉄砲そのままと考えるとわかりやすい。けれども俺は、先だってアントの群れとの戦いで感覚的に射撃を学習したおかげで、指先の射線くらいなら触覚を乗せられるようになっている。速射性は損なわれるものの空中戦の合間に使う程度なら問題ない。
果たしてフォトンバレットは命中した。命中したが、
「っ、これもか」
よろめいたくらいで大したダメージにはなっていない。魔法防御力も高いというより、むしろ魔法防御力の方が物理防御力より高いのだろう。
それを貫通した柿本さんとヴェルサスの魔法攻撃力のすさまじさが窺える。
「さてどうする」
格上殺しの難しさかとにもかくにも攻撃力が足りていない。今のところ空中戦ではこちらの技量が上回っていて、剣自体もそろそろ見切れる。けれども幾度目かの交差の後、ステータスオープンを唱えて俺と機体の状態を確認すれば、
HP 28/48
MP 22/56
フレームHP 821/1500
機体MP 314/720
消耗が激しかった。HPはGによる自傷ダメージ、フレームHPは怪力と打ち合ったことで、機体MPはスラスターだ。
加えてほぼ半減のそれらより先に、集中力の限界が近付いている。
今はこうして飛び回っているが本来探索機での空中戦とは、中探索機がフライトユニットを装備したうえで行うものである。軽探索機のテクニカは空中戦、ましてやドッグファイトなどそもそも想定されていない。空力特性もスラスターの数と出力も足りていない。ブレードを翼代わりにすることで辛うじて成り立たせているだけである。
綱渡りの連続で自覚はなくても神経は確実にすり減っているだろう。
打開策を見出だすのが先か、こちらの限界が訪れるのが先か、迫る死の予感に奮い立ちながら、義経ゴブリンの袈裟斬りを迎え撃った。
切り落としが完全に決まったが指すら落とせずすれ違う。すると軽く込み上げるものがある。操縦を阻害せぬよう慣性を利用して吐きだした。血液だった。
「やばいな」
エンドルフィンを増やして誤魔化していたが、とうとう内臓が損傷したのかもしれない。ここに来て防御の低さが響いている。
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ウォーターワームとの初戦のときのように、劇的な改善は見込めない。分析も順応も進んでいるが、工夫や慣れでは覆せないスペックの差というものが横たわっている。これ以上長引かせたところでずるずると一方的な消耗戦になるだけだ。無論こちらが消耗する側である。
僥倖にもゴブリンは人型モンスターだ。一層の弱いそれとはいえブレード越しに散々触れたおかげで、その構造が人体とそう変わりないのはわかっている。対人戦ということならいくらでもやりようがある。
義経ゴブリンの袈裟斬りを身体の裏に回り込むようにして受け流し、後頭部に回し蹴りを叩き込む。
フレームHP 603/1500
これだけでHPが減ったが、墜落させるのには成功した。ほとんど匍匐飛行の高さである。一度よろめいたら地表に鎧を突っ掛けて、鞠のように弾んで落ちる。
土埃の舞う中、機体を静かに着陸させた。速度は乗っていたが高度は低く、落下ダメージは左程ではないだろう。ゆらりと立ち上がる影が見える。俺は土埃の前に立って晴れるのを待った。
己を翻弄した空中戦をこちらから中断したのを見て、義経ゴブリンはきょとんとしたが、ブレードの切っ先を向けると微笑んだ。今度は地上戦の誘いである。嬉しいのであろう。
そういえばイメージを守るためか、義経ゴブリンは戦闘中、ゴブリンらしい醜い憤怒の表情を浮かべることは決して無かった。あるいは苦戦させられるのも含めて戦いという行為そのものが愉しいのかもわからない。
義経ゴブリンが正眼に構えてすり足で間合いを詰め、こちらもブレードを下げるように持って千鳥足で間を窺う。
地上戦の土俵に立ち敵を戦いやすくしたのはたしかである。しかし先ほどとは状況が違う。
とはいえ向こうの攻撃力は地に足が着いたことで増している。こちらの装甲をダンボールとまではいかないが、安アパートの壁くらいには容易く貫通するだろう。綱渡りなのには変わりない。
掻き消えるような踏み込みとほぼ同時に、幾重もの剣閃が宙に走った。一挙手一投足に対応していては間に合わぬ。根本的な筋力、そこからもたらされる速さが違う。最小限、最小回数の動作で銀線の網を掻い潜った。時間を引き延ばして刹那刹那を刻むように動くとわかる。
攻撃を当てやすいのが型のせいなら、それが致命へと至らないのも型のおかげである。神髄には決して至らぬ御仕着せ剣法とはいうものの、それでもなお、古流の強さが発揮されていた。急所を避ける。防具を活かす。あらゆる状況で粘り強い。一見不合理に見える動作も、実戦の場では最適解として通用する。
幾度斬撃を浴びせようと鎧を断てない。攻撃力自体は一応足りているが、守りを抜けるであろう万全な攻撃が放てない。その隙がない。
よって俺は奇策に出た。ブレードや腕を折られぬよう打ち合うのを避けていたがそれを止める。受け流しはするものの、剣同士を重ね合った。
一度打ち合い、二度打ち合い、手の内の感覚が心地良いのか宿敵と直接触れ合うのが嬉しいのか、義経ゴブリンの笑みが深まる。
三度目の打ち合いの直前で、ブレードの柄から手を離した。投剣ではない。取り落としたのでもない。自らぱっと手放したのである。
刹那に困惑する中で、義経ゴブリンがそのまま太刀を振り下ろす。その太刀をマニピュレータで俺はつかんだ。
真剣白羽取りは大道芸やフィクションの技だと言われているが、敵の刃を直接握って止める、あるいは柄の代わりに刀身を握って振るうといった
とはいえ今のように、全力で振り下ろされる白刃を止めるために用いられることはほとんどない。なにせ失敗すれば手ごと斬られ、あるいは止めることに成功しても指が落ちる。死なずに済んだところで剣士としては死んでしまうという、リスクの高い技といえる。
だがそれはあくまで人間の話だ。探索機は違う。マニピュレータが破損しても交換できる。消耗品として量産されているからか複雑かつ精密にもかからわらずそれなりに廉価であり、自動車の予備タイヤのように俺のテクニカのバックパックにも予備マニピュレータが収まっている。
トミタ純正マニピュレータの税抜き九万八千円、リスクはたったそれだけだ。人間の指を繋ぐよりずっと安くつくといえるだろう。
親指の付け根に深々と食い込んだ太刀を握って外へと逸らす。力では敵わない。刃取りの時間は一瞬だ。だがその一瞬があれば良い。
事前に密かに後ろ手で、左手にナイフを抜いてある。真っ直ぐ突き込むのではなく、逆手持ちであえて逆側の左目へと突き立てた。
すかさずその場を跳び退くと、義経ゴブリンが顔を歪めて太刀を目茶苦茶に振り回した。あれに巻き込まれてはかなわない。
義経ゴブリンが目に刺さったナイフを抜く。この手の痛みは予想外なのか、ゴブリンらしい鳴き声を初めて発し、叩きつけるようにナイフを捨てた。
しかしそこはもどきでも義経である。すぐに取り澄ますと、調子を確かめるように太刀を振るって構え直した。その顔は元のような微笑みを湛えているものの、残った右目には憎悪の炎が宿っている。
右のマニピュレータは半壊で武器は持てないが、スキルを使うくらいはできる。スラスターを全開に機動しながらフォトンバレットを連射した。
一発、二発、三発と、視界の利かない左目側へと回り込んで放って行く。一発目は飛び退り、二発目は切り払い、三発目は体を傾けて回避した。紛いなりにも源氏武者なだけあって、目が見えずとも気配で感知しているらしい。だがそれでいい。それがいい。
新たなナイフを左手に構えて正面に立つ。小細工は止めたのかと、義経ゴブリンが目で問うた。
腰を落としてじりじりと間合いを詰めるテクニカに、正眼の構えで対峙した。小細工はここからだが顔に出さない。そもそもコックピットなので向こうには見えていないが、機体の頭部の動きに表情が乗る可能性もあるので無表情は保っておく。
数歩ごとにナイフの構えを変更する。視線誘導を交えて攻め方を窺っているように見えたろう。向こうは視線を無駄に動かさず、見るともなくこちらを見ている。いわゆる観の目の触りも、鞍馬流の型とともに修得させられているのであろう。けれどもそれが仇となる。
重要なのは呼吸よりも、目線と距離と角度である。
一足一刀の半歩前で、俺はナイフを投擲した。指と手首だけで押し出すように放たれたそれが、残った右目に突き刺さった。義経ゴブリンは全く反応できなかった。
盲点突き――眼球の構造を利用した技である。
いわゆる消える魔球や消える剣、この場合は消えるナイフだ。向こうには突然突き刺さったとしかわからない。
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盲点とは何か、言葉で説明するよりも実際に見た方がわかりやすい。
PV ★
左目を閉じ、右目でPVの文字を見つめながら顔を近づけたり離したりしていると、ある一定の距離で★が消えてしまう。それが盲点だ。左目の場合は★を見つめて同じようにすればPVが消える。
見えているのに見えなくなる、たしかに存在しているはずなのに認識できないという、ある意味悪夢のような現象だが、これは脊椎動物の眼球の構造上、仕方のないことである。
とはいえ日常生活で盲点に悩まされることはまず無い。なんとなれば人間には目玉が二つ付いていて、それぞれが常時、盲点による視覚の欠損を補完しあっているからである。
しかし先ほどの義経ゴブリンの場合は違う。右目のみの隻眼となり、欠損を補うはずの左目が潰れていた。テクニカの顔は見えていても、彼から見た右側、テクニカが左手に持ったナイフが、盲点に入り込んで見えなくなっていた。
盲点の角度は視界の中心部から外側(耳側)へだいたい15か16度で、その範囲は5度ほどだ。
どの間合いでどの位置や範囲かになるかの計算は、三角比のタンジェントを使うとやりやすい。間合い×タンジェントだ。
tan15°から16°は大ざっぱに0.28として、例えば間合いが10メートルなら、10×0.28、2.8メートル外側が盲点に入り込む位置となる。
そして盲点の範囲も同様に計算できる。間合い10メートル×tan5°、10×だいたい0.09で、0.9メートルすなわち90センチが盲点で隠れる範囲となる。
10メートルの間合いにおける盲点は、2.8メートル外側の90センチの範囲というわけだ。
ちなみに今のは探索機の間合いだが人間用の間合い、例えば一足一刀の2メートルに当てはめれば五分の一で、外側に56センチで範囲は18センチと、腕を軽く横に伸ばせば、ちょっとしたナイフくらいなら見えない凶器に変えられるとわかるだろう。
この盲点の算出法を道場の師範に習ったときに知ったが、世の高校生ならみな、この三角関数とやらを使いこなしているらしい。つまり高校生は敵の片目を封じてしまえば、盲点を突き放題なのだろう。高校生ってすごいと思ったのを覚えている。
このように計算できるとはいうものの、実戦の場ではいちいち暗算や電卓叩きなどしていられない。視線を感じる感覚を拡張し、敵の視線にその盲点が追従しているというふうに、頭ではなく身体に覚えさせるほうが手っ取り早い。
テクニカの腕の長さとナイフの大きさを考慮して、無理の無い姿勢で放てるよう距離を詰めた結果、向こうが斬りかかるぎりぎりの間合いになってしまった。
しかし成功した。義経ゴブリンは反応できなかった。気配自体は感じていたかもしれないが、視覚のほうを信用してしまった。フォトンバレットの布石が利いていたのもある。見えないところ、死角である左目側から攻撃するだろうと印象づけて警戒させ、気配探知の重心を左目側へと偏らせた。右目は見えているのだから見たままに反応すれば問題ない。盲点が存在しなければそれで良かったろう。見えているのに見えていない。そんな攻撃が来るとは思いも寄らない。
いっそ両目が見えていなければ気配探知に注力できて結果は違っていたかもしれない。けれども片目が残っているせいで、却ってそちらを頼ってしまった。いじめられっ子が最後に残った友達を、無条件に信頼するようなものである。
ここまでは予定通りで、ここからは博打になる。義経ゴブリンが座頭市のように盲目に適応しないとも限らない。
一本目は弾かれて、二本目は左目に使い、三本目は今投げた。格好つけのデッドウエイトとショップのおやっさんに評されながらも装備しておいてよかった。四本目、最後のナイフを抜き放つ。
地を蹴る瞬間にスラスターを全開で噴射する。ウォーターワームとの初戦で行った擬似ダウンフォースによる急加速である。相変わらず殺人的で、今回はマナのみならずフレームHPまで減っている。軋む身体と唸る機体が空気の壁を突き破った。
瞬間瞬間を捉えられるよう意識を
一瞬目は義経ゴブリンが潰れた目でこちらを
二瞬目で裂帛の気合いとともに太刀を振るった。
三瞬目にはキャノピーを隔てただけの眼前に白刃が迫っていた。
テクニカが膝をつき、義経が振り返った。
「その太刀筋はさ、見切られてるとわかったろうに」
義経はこんこんと血の湧き出る首筋を押さえながら、ゆっくりと膝を落とした。俺のナイフにより負った頸動脈への致命傷である。
フレームHP 334/1500
機体MP 4/720
こちらも満身創痍だ。ダメージを伴う機動による反動とマナを使い切ったことで、一時的に機体がパワーダウンしている。義経が悪あがきしたら、柿本さんに助けて貰わねばならなかった。
義経が立った。覚束ない足取りでこちらへと、太刀を片手に歩いてくる。
上空から魔力照射の気配を感じて見上げた。柿本さんである。義経も上を見上げて立ち止まり、するとなぜか頭を微かに横に振る。傷が開いて血が散った。
そして、太刀の柄をこちらに向けて突き出すと、潰れた目で俺を見つめて頷いた。
テクニカのパワーダウンが収まった。立ち上がり、ナイフをシースに納めると、義経へと近付いた。
『止すんだ少年。殊勝に見せた卑劣な罠だ』
「大丈夫です。対応できます」
柄をつかむ。義経の太刀はあっけなく俺の手に収まった。
空いた手で義経が己の首をとんとんと叩く。首級を取れと言いたいらしい。
介錯の練習は道場で何度かさせられているので問題ない。テクニカが軽く太刀を振ってから頷くと、義経は背を向けて正座した。
俺は太刀を振り上げた。
「御免!」
太刀の切れ味は良かった。転がり落ちた義経の首は、穏やかな微笑をたたえていた。自害ではなく、武士として討ち死にできたのである。少しだけ羨ましかった。
ヴェルサスが降りてきた。
『死んだ? 死んだね。ヨシ死んだ。死に際の異常行動はさておき、うん、ヨシ、鎧の損傷はそんなになくって、太刀も壊れず残っているか。いいね、義経装備は高く売れるよ。体のほうもゴブリンなのに
「……柿本さんもですよね。最初に逃がさず、弱らせたんですから。そちらはいつでも倒せたでしょうし、むしろ自分の所有権はいらないくらいです」
『それは駄目。せめて半々。倒したのは少年なんだ。ただ働きはする方もさせる方もカスなんだよ、探索者の世界でもね。というかさ、今さらながら、それに任せてしまったボクが言うのもアレだけれど、なんで倒せたの? 倒せるの? 二層とはいえネームドだよ?』
「頑張りました」
機体ばかりでなく身体も痛んでいる。血尿なんかは慣れたものだが、ヒールポーションを使った上で、念のため医務室へ行った方がいいかもしれない。
『あえてマナー違反を承知で言うがね少年。たった二回目のアタックなんだ。少年のレベルはせいぜい2、多く見積もっても3くらい? テクニカだって、ぶっちゃけ中身はノーマルだろう?』
身体の光がようやく収まった。義経ゴブリンの首を落としてから四回目の発光であった。
「今、レベル7に上がりました」
『はぁ? ってそりゃ上がるだろうさ、くっそ格上なんだから』
黙っていても良かったが、義経ゴブリンと戦えたのは柿本さんのおかげである。誠意となるかはわからないが、俺だけが得てしまった成果なので伝えておくことにした。