ダンジョンロボ(仮)   作:トシアキウス

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決壊

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 シート脇のポーションケースから引き抜いたアンプルの首をぺきりと折り、ぐいと飲んでダストボックスに放り込むと、次のアンプルを引き抜いた。スタミナポーション、ヒールポーション、HPポーションMPポーションというふうに、立て続けに飲むちゃんぽん飲みだ。ポーション中毒を()()中と略すように、ポーションの連続使用は探索者用語でちゃん()()キメるといわれている。

 今俺のしているちゃんポンはいずれも下級ポーションなので副作用はほぼないが、50ml×4本で200mlの水を飲んだのと同じになる。ポーションは体内で効果を発揮し終えるか、空気に一度触れて効能が揮発するとただの水に変わる。なのであまり飲み過ぎるとお腹がたぷたぷになってしまうのである。無論お手洗いも近くなる。

 ポーション使用を前提とした探索者の継戦能力は胃の容量に比例する。深層探索者が割高な高濃度ポーションや上級ポーションを用いるのはそのためで、一本分の効果が大きいほど服用やお手洗いの回数を減らせるのである。ポーションの抜け殻はただの水なので、下級ばかり飲むがぶがぶ君と呼ばれる(コストパフォーマンス重視の)探索者などはコックピットにエチケットタンクを設置していたりもする。探索者にとって人間ポンプは実用的な特技というわけだ。いざというときに備えて俺も一応修得していた。とはいえ今はそうではない。水分補給の範疇だろう。

 

 ファンタジーな薬効が行き渡り、身体の調子が回復したので、探索者手帳を出してステータスを確認する。

 

レベル 7

HP 63/78(+30)

MP 27/94(+38)

力  54(+19)

防御 20(+6)

魔攻 52(+18)

魔防 23(+5)

早さ 13

スキル

 フォトンバレット Lv.1

 デコイLv.1

 

 HPは10と50で計60、MPは20がポーションでの回復分だ。HPが残り3の状態では、義経が潔くなかったら死んでいたかもわからない。これからは戦闘中でもこまめにステータスオープンしてポーションを飲む癖をつけたほうがいいだろう。

 反省はさておきステータスである。

 防御と魔防がようやくレベル1の平均値に追い付いたものの、力の上がり幅は三倍以上だ。全力機動のたび血反吐を吐くのは変わっていない。生存率を重視するなら非常に良くない傾向といえるだろうが、それを代償に格上に通用する攻撃力が確保できたと考えればいっそ歓迎すべきだろう。義経ゴブリンを倒せたのも尖ったステータスのおかげではあった。

 レベル5を経由して得たスキルはデコイ、補助系だ。わずかな質量を持つ分身を生み出すスキルである。ニンジャ漫画の影分身のように分身で殴りかかるといった直接攻撃には使えないが、その名の通り囮としては有用だ。

 けれども評価が別れるスキルである。消費MPが15と多く、応用が利く反面でその操作には並列思考を要求される。いうなれば脳波コントロールの遠隔機動端末のようなもので、そのくせ攻撃力が全くない。しかも咄嗟のイメージが足りないと風船人形のような分身になってしまうので、バルーンだとか、ダッチ風船(?)と呼んで外れスキル扱いする探索者も多数いる。

 なぜオランダ風なのかはわからない。機会があれば柿本さんにでも聞いてみることにして、機体ステータスチェックのモニターに目を移す。

 

フレームHP 334/1500

機体MP 194/720

同調率 102.6

力  194

防御 196

魔攻 177

魔防 98

早さ 10

 

 同調率100%の壁をあっけなく越えていた。100%に近付くほど伸び悩むといわれているが、俺の場合は非常に運が良かったのであろう。あるいは義経ゴブリンとの激戦が影響しているのかもわからない。同調率はパイロットとしての壁を超えるたびに大きく伸びるといわれてもいる。100%未満の探索者は俺以上の激戦を俺以上に重ねているに違いないが、俺は下駄を履いている分、壁を越える回数が少なくて済んだだけというわけだ。所詮は技術も経験も伴わない、佐久間先生(30代)のセーラー服のようななんちゃって100超えボーイに過ぎないのである。調子にはとても乗れない。

 

 スラスター光を感じて振り向く。

『ただいま』

 柿本さんのヴェルサスが帰ってきた。ドロップ品と俺の装備の回収に行ってくれたのである。

 ヴェルサスが探索機用グランドシートを敷くと、その上にアンプルケース、直江ゴブリンのドロップした愛の字の前立て、ウマゴブリンの蹄鉄(?)やぼろぼろの胴鎧に槍の穂先、それから俺のバックパックをはじめとした装備を並べていく。一度見せたからには隠す必要がなくなったのか、いずれもアイテムボックススキルで次々と取り出していた。シートはミリタリー風の落ち着いたデザインだが、よく見ると有名なロボットアニメの主人公勢力のロゴが入っている。これも痛車ならぬ痛機装備になるのだろうか、ダンジョンという異世界に挑む探索者は、広義では地球連邦軍の一員と解釈できなくもない。

『ごめんよ。スタポだけじゃなくてHポもMポもあったけど、半分以上割れちゃってた』

 頻繁に使うポーションは略称で呼ばれることもあって、少し間抜けな響きだが、それぞれスタポ、ヒルポ、(エチ)ポ、(エム)ポである。

「二層は乱戦なんですから仕方ないですよ」

 長さ18㎝程度のガラスアンプルだ。探索機の戦闘に巻き込まれたらひとたまりも無い。割れるばかりでなく土砂に隠れてしまうのもしょっちゅうなので、二層の戦闘ではその損失は織り込まなければならない。むしろ半分も回収できれば儲け物である。

「それより装備の回収ありがとうございます。助かりました」

『……とりあえず先に手、くっつけちゃおっか。手伝うよ』

 機体を横に寝かせてから、機載工具を手にコックピットを出る。無理矢理引っこ抜いてのつけ外しも可能であるが、ジョイントが痛むので緊急時でもなければやらない方が良い。

 

 工具で前腕の装甲をてきぱきと取り外す。剥き出しとなったフレームの調整ネジを回して接続を緩める。これで人間の力でも外せるようになったが、

『抜き差しはボクがやるよ』

 言葉に甘えてその場を離れた。

『安全確認ヨシ』

 ヴェルサスが半壊のマニピュレータをきゅぽんと抜いてシートに置き、バックパックから出してあった予備マニピュレータを手に取った。

『左右間違いないね、少年』

 腕で丸を作って返事する。

『ダブルチェックおっけー。ほいさ』

 奥まで押し込むと、カチっという音がした。

『おお、最新ブロックで、しかも新機となればスムーズだね。悔しいが流石はトミタ。カッチリ感も分かりやすい』

 調整ネジを締め直すとコックピットへと向かう。装甲を付ける前にジョイントの固さと接続に異常が無いかを確認しなければならない。

『それにしても手際がいいね』

「練習しましたから」

 テクニカが納機されてからマニピュレータの交換や義足の取り付けを何度か練習した。親父に付き合い、おやっさんのところで手伝いをさせてもらった経験もある。

 運良くあたりは一発で付いたので、すぐに機体を降りて装甲を付け直した。最後にハンマーで装甲を叩いて異音がないかをチェックして、手首交換は完了だ。

『壊れたやつは代わりに入れておいたよ』

「あ、はい」

 機体を立ち上がらせると、ヴェルサスがバックパックを抱えて接続部をこちらに向けていた。困惑しているとくいくいと動かして、背中を向けるよう促している。たしかに一人でやるよりはやりやすいし効率も良い。けれどもいざそうされるとどうにも照れくさかった。小学校の初登校、ランドセルの調整を親父に手伝ってもらったことが思い出された。

 

 

 

43

 義経ゴブリンの死体は、他のドロップ品も含めて柿本さんがアイテムボックススキルで運んでくれることになった。

 ドロップの売却は協会を通して行う以上、俺と柿本さんとでは力と信用度にはっきりと差があるため、よからぬ事を企んだところで意味がない。アイテムボックスの容量を圧迫せぬよう俺だけ帰還して清算は協会を通すというのでも良かったが、聞けば柿本さんも今回はアタックを中断して帰還することにしたという。

『ゲート部屋崩落、はぐれオーガ襲来、おまけに現れたる義経公だ。三つも偶然が重なった。運の偏りとでもいうのかな、流れが良くない。どうにも嫌な予感がするからね、出直すことにしたんだよ。何、レベルダウンには半月くらい余裕があるさ』

「すみません。自分のせいで」

『逆だよ少年、君のおかげで流れに気づけたと、ボクはそう思ってる。くたびれ儲けだったとしても良くあることさ、恨んだりしない。だから気に病まずともいい』

 最後の最後にものをいうのは運である。探索者は運の流れというものに敏感だ。お寺や神社に頻繁に通う者もいれば、機体のカラーリングに風水を取り入れる者もいる。協会前で営業する昔ながらの易者なんかは結構繁盛しているようだ。俺もテクニカの納機後には神社でお祓いをしてもらった。

 ちなみに引退後に出家する探索者も結構いるらしい。まるで昔の武士のようだが、ダンジョンとはいえ殺生を繰り返す生活が死生観に影響を与えるのかもわからない。伝手のない一般人が僧侶になるにはお金がかかるが、探索者の収入なら問題ない。現役の頃のお寺通いで伝手ができる探索者もいるらしく、寺社業界バブルともいわれている。新興宗教あたりは探索者と絡むと公安にマークされるので、以前に比べて羽振りはむしろ悪いらしい。

 

『ところで少年。さっきの戦闘、二度目の目潰しの投げナイフだけど、なんであんなにあっけなく当てられたんだい。見えてるから、避けられると思ったんだがね』

「ああ、あれは――」

 盲点を突いたことを説明する。

 元は鹿島裏七流のとある流派の霞太刀(かすみだち)という奥義であり、本来は相手を隻眼に限定せず、二刀で繰り出す技である。一刀で片目の視界を遮り、もう片目の視界からもう一刀の攻撃を消すという消える魔剣だ。盲点実験で顔の前に指を立て、盲点がわかった段階でもう片眼をあけ、立てた指を前後すると再現できる。この奥義の真価は刀身を視界から消すこと自体ではなく、剣の()()()の瞬間を消す、いうなれば擬似無拍子を可能とすることにある。極めれば視界妨害ばかりでなく視線誘導による斜視の誘発を交えて、それこそ一刀一刀が無拍子になるという。使い手の天性に頼らない型の芸術だと師範が評していた。

 とはいえそこまでは解説しない。師範が盗んできて、こっそり教えてくれた術理である。一般的なマリオネット盲点の説明で留める。

『ねぇねぇちょっとやってみて。石ころくらいならぶつけてもいいからさ。片目を瞑ればいいんだね?』

「わかりました」

 小石を拾い、向こうの視線に集中しながら間合いを調整する。

「視線がぶれてます。どこか一点で止めて下さい」

『ごめんごめん』

 透過装甲キャノピーからユニコーンヘッドの角に視線が注がれたので、そっと放った。放られた石が当たって落ちる。

『えっ? 今投げた? 見えなかったんだけど、本当に』

「投げました」

『もっかい。もう一回やってみせて。今度は違うところ見るから』

 柿本さんにせがまれて、マナの回復を待つ間、何度も投げる羽目になった。

『これさ、一つ目のサイクロプスとかなら通用するんじゃないかな』

「解剖なりなんなりで、視神経乳頭? とかいうやつの位置がわかればですけれどね」

 柿本さんは既知でなかったが、おそらく既に試されているだろう。知られていないのは秘匿されているか、そもそもイカやタコのように盲点自体が存在しない可能性もある。

 

 

 その後、道中の戦闘は、

『そろそろボクも働かなきゃだね』

 ということで柿本さんが担当した。とはいうものの、

『オラッ! ライボル!』

『ライボル解除、と見せかけてもっぺんライボル!』

『シラサギダブルライボール!』

『ヒャッハー! ライトニングボンバー!』

 と、だいたいライトニングボルトだけで終わった。わざわざアイテムボックスから放電針ウイングを取り出して、特化装備に換装までしている。

『ぶっひゃっひゃひゃひゃ、クソ雑魚相手に無双するのは楽しいねえ。なーんにも考えずにボクTUEEができる。最高だぜ』

「それだけの火力があっても、深層は厳しいんでしょうか」

『三層は敵が硬い。四層はクソゲーだよ。広域のライボルなんてマジックブースター抜きじゃ牽制にしかならないさ。こんな風に雑魚をこつこつ倒すだけで強くなれたらいいんだけれどね』

「レベルキャップがありますからね」

 または維持限界レベルと呼ばれている。その数値は一層が10、二層が20、三層が30と、階層×10と考えれば分かりやすい。例えばレベル25の探索者が二層で活動を続けると、どんどんレベルが下がって行き、ついには二層でいくらモンスターを倒そうと20レベルまでしか維持できなくなる。21レベル以上に上げるには三層のモンスターを倒す必要がある。

 そして地上は0層だ。0×10は0、すなわち維持限界レベルはゼロであり、ダンジョンに潜らないでいるといずれレベルが0となり、ステータスを失ってしまう。どれほど凄い探索者も引退すればただの人になるわけだ。

 

 たとえレベルが1だろうとステータスの恩恵というものは素晴らしい。スキルが使える、ヒールポーションが利く、交通事故などで死ににくくなる、酷使の仕方によっては24時間働ける。そしてテクニカに乗せて護衛付きでホワイトアントでも狩らせれば、老人や中高生であろうとレベル1になるのは難しくない。

 けれども一ヶ月も経てばレベル0に戻ってしまう。一ヶ月ごとに全国民をレベル維持のためダンジョンに潜らせるとするなら、莫大なコストがかかるだろう。ゆえに国民皆探索者の政策は現実的ではないのである。米国のとある州が試したこともあったが破綻した。それこそかつてのパソコンや携帯電話のように、国民が一人一台探索機を持てる時代を待たねばならない。

 とはいえ業種によってはレベル1を維持する準探索者と呼ばれる人々も存在する。高度な身体能力を要求される一部の肉体労働者をはじめとして、探索機メーカー職員、探索機競技やエクストリームスポーツのアスリート、場合によってはダンジョンに潜らねばならない探索者協会職員、そして探索者学園の教師と学園生たちである。ちなみに学園生たちは全員一度は実習でレベル1になれるものの、それを維持させてもらえるのは選ばれた成績上位者だけだという。レベル1がエリート生徒で、レベル2がクラス主席級、レベル3は学園トップの十傑と、探索者とはまた別な世界観があるらしい。

 

 一層ゲートにたどり着いた。回収係としてドロップ品は大量に拾ったが、柿本さんがアイテムボックススキルに収納してくれたので、バックパックは軽い。流石は最優スキルである。マジックアイテムの方のような不便がない。ぱっと入れてぱっと出せる。

 広間の端、くり抜かれたような岩室に、白い渦が浮かんでいる。メインゲートであったそれよりやや大きい。

「崩れるときは一瞬で埋まりそうですね」

『いやいやさすがにそれは……』

 たっぷり数十秒待ってから、あらためて口を開いた。

『良かった。フリじゃない。ダンジョンさんも、まさかの天丼はしなかったね。一応、念のため、少年が先に通りたまえ。いやカナリアじゃないからね? 不測の事態があってもボクならどうにでもなるからさ』

「わかってますから、では先行かせて貰います」

 テクニカで踏み出すと、視界が白く染まったと思えば、見慣れた一層の洞窟に足を踏み入れていた。

「距離が短い?」

『ああ、なぜかは知らないけど上りと下りで違うんだ。下り、深い階層へ行くときだけは闇の中で距離を歩く。上りは一瞬だけどね。ちなみに下りの距離は階層が増えるほど長くなる。三層から四層だと、歩いて一分くらいかな?』

「なるほど、知りませんでした」

『ゲート内の真っ暗闇にやばいモンスターが出るなんてホラーな噂もある。本当かどうかは知らないがね』

 ゲート内部にはマナがない。長時間の検証は難しいだろう。

 

 

 

44

 フレームHPが心許ないので一層の探索はしない。崩落したゲート部屋前を経由して最短ルートを通れば、モンスターとの遭遇が最小限で済むのですいすいと進んで行ける。

 すれ違う探索機にメインゲートが崩落したことを伝えると、探索階層にかかわらずアタックを中断する探索者が時折いた。たかが一層のルート変更でロスも一時間程度とはいえ、ケチが付いたと考えて今日の仕事は休みにする。気分が乗らないから働かない。昔の偏屈な職人のようで現代の社会人にとっては万死に値する心構えであるが、これはこれで合理性がある。モンスターとの殺し合いも職人の仕事も失敗すれば命や矜持を失う一発勝負である。コンディションの見極めは重要で、例えばまともな家を建てるには、施主側が大工さんの機嫌を伺うのが常識とされた時代もあったという。

 そんな気分屋の探索機を一機、また一機と引き連れた結果、地上へのゲート施設に着く頃にはちょっとした集団になっていた。先頭は俺だった。迂闊に年齢を答えたら、面白がられてどうぞどうぞと一番前へと押し出された。いわゆる若者いじりである。ミドルティーンを相手にすれば、二十代三十代の若者であろうとおじさんおばさん気分になるようだ。外部スピーカーで散々茶々を入れられる。

『テクニカのちっちゃなお尻がカワイイね』

『飴ちゃんあげる。だから二人でお話しよ? 何もせんからいやマジで』

『彼女いる? 童貞線ってほんとにあるの?』

 セクハラ発言はいずれも女性の声である。柿本さんはというと同行者が増えるにつれ言葉少なに、ついには無言となってしまった。

 もはやマナを温存せずとも良いので、巡航速度を維持する必要はない。興が乗ったおじさんおばさんたちを振り切るとはまではいかないが、結構速度を出していた。それですわ討ち入りかと勘違いされたのであろう。警備の機体に銃口を向けられてしまい、全機、ホールドアップ状態でお説教を受けることとなった。

 

 買取受付で合流すると、柿本さんは元通りになって話しかけてきた。

『馬鹿どもに絡まれて災難だったね。同業者は全部が全部、あんなんじゃないから誤解しないでくれたまえよ』

「個性的な方々でしたね」

 気紛れな探索者ばかりが集まったがゆえに、あんなことになったのだろう。機体越しのひと言二言とはいえ、知り合いができたのは喜ばしいことではある。不気味な中卒探索者として遠巻きにされるよりは余程良い。

 

 一層で得た成果はそのまま当人が、二層からの分はパーティとして折半する。ポーションは全て売らず、必要分を均等に確保した。売却額と購入金額に差があるので、自分で使う分は少しずつでも売らないで貯めておく。ポーションの在庫はあればあるほど良いのである。

 

 魔石などのドロップ品の売却を済ませると、義経ゴブリンの死体を出すため解体場に向かう。太刀や大鎧もセットである。

『義経の刀、本当にいらないのかい?』

 中々の業物で、使おうと思えば使える。面倒な拵えの整備も、現代素材の簡粗なものに取り替えれば、切れ味は多少落ちる――武器としての剣の切れ味はグリップの構造にかなりの割合を依存している。一部の軍刀が由来の割になまくら扱いされたのも、拵えが良くなかったためだといわれている――ものの問題ないだろう。

 けれども俺は断った。戦闘スタイル変更の手間もあるが、今はお金が優先だった。なるべく早く、中探索機を買う費用を貯めたかったのである。

 義経ゴブリンとやりあって感じたが、軽探索機のテクニカでは性能が足りない。いくらチューンしようと限界がすぐに来るだろうと、ダンジョンアタック二回目にしてそう思ってしまった。この先の戦いにはついてはいけないというやつだ。テクニカは親父の形見であるがいつまでも乗ってはいられない。むしろ親父の形見だからこそ、乗り潰すわけにはいかなかった。

「クソデカ美術品としての付加価値があるんですよね。だったら売ります」

『強敵と書いてともと読むとか、そういう思い出はどうなんだい?』

「経験値として血肉にしましたから。なるべく早く三層へ行きたいんです。今は報酬が優先です」

 機体に乗ったまま解体場に入ると、事前に渡された義経ゴブリンの生首を「これ、義経です」と言って解体用のテクニカに手渡した。

『げろっ!? って義経だと? 久しぶりに見たぜ。相変わらずうむ、イケメン。目は潰れちゃいるがそれ以外に余計な傷は無し。首チョンパも鮮やかだ。やったのはそっちの、ヴェルサスなら柿本の嬢ちゃんは、剣でも使うようになったのか?』

 聞き覚えがある声は、昨日と同じ白マッチョおじさんだ。

『いいや、やったのはこっちの彼。ボクは足止めしただけさ』

 と、ヴェルサスがテクニカの肩に手を乗せる。

『そういや昨日の坊主か……うん? 坊主が? 義経を? ルーキーだぞ?』

『クソヤバがつくね。ところで少年、君は名誉と実利、どちらがほしい?』

「今は実利ですね」

『というわけで白根(しろね)おじさん。隠蔽工作よろしくね』

「隠蔽するなら内々で済ませても良かったのでは?」

『プロの解体人は鑑識だよ? 抱き込んでおくに越したことはない』

 

 ライトニングボルトの後始末でドロップ拾いをしているとき、柿本さんにさりげなく忠告されていた。

 ネームド級のモンスターを倒せるほどの実力があって、それがルーキーならたかりに目を付けられる。悪意ある万年二層探索者も珍しくない。レアスキルや当たりステータス、高同調率のいずれかを持っているなら、三層探索者になるまで隠すべきだとのことである。

 俺は頷いていた。柿本さんは詮索しなかったものの、スキル運は並みだが早さ13で同調率100オーバーと、三つのうち二つも当てはまっている。これほどの幸運に恵まれれば俺でなくても義経ゴブリンは倒せたに違いない。義経ゴブリンに苦戦させられた二層探索者にしてみれば面白くないのは当然のことといえた。ダンジョンには交番も監視カメラもない。ダイブレコーダーを壊しさえすれば、完全犯罪も不可能ではないのである。殺人に至らずとも、いわゆる新人リンチ、洗礼やらかわいがりやら騙して悪いがといった、様々な呼び名の物騒な伝統すらあるという。

 

『わーったよ。深層探索者様の命令だ。義経は嬢ちゃんが仕留めたってことにしといてやる。報酬の割り当てで若いツバメに貢いでるって邪推されるだろうが、それでもいいんだな?』

『もちろんさ』

 柿本さんはためらわずにそう答えた。お人好しなのだろう。

 

 

 

 

45

 無料の洗機ブースに入る際、一旦別れるつもりで「お先失礼します」と声をかけたが、なぜかヴェルサスも付いてきた。

『こうして誰かと入るのは初めてなんだ。優しくしておくれよ』

 と冗談めいたことを言う。柿本さんのヴェルサスはホバー移動ばかりで戦闘も一方的だった。埃を被ったプラモデル程度の汚れなら、有料ブースを利用するほどでもないということだろう。予洗いのエアシャワーだけでも十分そうな感じであったが、

『せっかくだからね。互いにやったほうが洗いやすいだろう?』

 と、水洗いもするらしい。

 ガンロッカールームでヴェルサスのスラスター口やインテーク、重力低減ホバースカートの積層プレートなどに、ライムグリーンのマスキングパテをぺたぺたと貼り付ける。柿本さんがアイテムボックスから出した私物で、べたつかず食いつきも悪くない。このグレードの中探索機は全領域対応なのでシャワーを浴びる程度なら気を遣う必要はあまりない。けれどもシラサギ製である。マナ漏れはマナが満ちている証拠と、かつてはいわれていた。シラサギ乗りの習性でこういうケアは念入りにしてしまうのであろう。

『ン、ありがと。お礼にこのボクが背中を流してあげようじゃないか』

 男女が一緒にシャワーを浴びる。混浴であるが、サービスシーンといえばロボットフェチ向けのものくらいであろう。

 

 なだらかな曲面にブラシを這わせるように優しく磨く。流線的な装甲で、塗装肌も滑らかだ。

「すべすべですね。トップコートは何を?」

『対物コートだね。上塗り厚塗りOKなやつ。ペーパーの方が負けるから、ぼってりするのは妥協しなくちゃだめだけど』

 たしかに注視すると所々に塗膜のムラが見つかった。補修するたびに上塗りしたのであろう。

『恥ずかしいからあんまり見ちゃやーだよ。さ、今度は少年の番だ。背中を向けたまえ』

「お願いします」

 しゃこしゃこしゃことブラシが上下する。撫でるようで力がほとんどこもっていない。他人の機体で価格相応に塗膜も弱い。気を遣っておっかなびっくりになってしまったのだろう。

「削れるくらいの力加減でも大丈夫ですよ。味が出ますので」

 小学生がシールでランドセルをカスタマイズしたがるのと同じで、ルーキーの中には己の機体の塗膜をわざと荒らす者もいるという。ぴかぴかなのはむしろ恥ずかしいというわけで、いわば歴戦風のウェザリングだ。ちなみに俺は事故防止用の反射シール以外はランドセルに貼らないタイプだった。

『お客様-、おかゆいところはございませんかー』

「膝裏がちょっと」

『はいはーい、っと。魔石のカスが出てきたよ。あれだけばんばんキックしたなら、こんなエクストリームな巻き込み方もするんだね』

 師範にもお前は足癖が悪いとよく言われた。親父との喧嘩でも腕で殴ったより、足蹴にした回数のほうが多い気がする。子供の体格で大人を相手にしてばかりだと、身軽さを活かす戦い方を多用してしまう。今はまだいいが、身体の成長に合わせて修正すべき悪癖といえるだろう。

 

 

 洗機の後は昨日と同様、修理ロボにフレームHPと機体MPを回復してもらう。

『直結するよーがっちゃこーん』

 昨日と同じお姉さん(?)の修理ロボだ。

『今日で二回目なんだ-。こんな減ってるならぁ、頑張ったんだねぇ』

 二日続けて声を聞いて子供だと見抜いたのか、気安そうにあれこれ話しかけてくる。

 別な修理ロボのところで補給を済ませた柿本さんは、

『へぇ、姫とのお喋りはずいぶん弾んだようだけど、君も親衛隊入りするのかな』

 と、少し不機嫌そうだった。どうやら邪推されてしまったらしい。

「偶然ですよ。というか、有名な人なんですか」

『受付嬢上がりのやり手だよ』

 修理ロボは非常に高価であり、協会所属の修理ロボ乗りというのはある種の花形ともいえる。引退したプロ探索者でも相応の信頼があったり、かつての大型ルーキーで広報に携わっていたりと、そういった人物が任される仕事である。受付嬢から成り上がったならば、たしかにやり手といえるだろう。

『あとガチレズ』

「ん?」

『さあ次はラジオ体操だ。ストレッチパワーはヒトにもメカにも有効さ。原点にして頂点、究極至高の機体検査ともいえるね』

 ただならぬ単語が出た気がしたが、聞き返す前に行ってしまった。

 

 

 俺も柿本さんもアイテムボックスのアタッシュケースを持ってダンジョンを出た。柿本さんは二つ積んだキャリーカートを引いている。ヴェルサスと予備機のゼフィロスを収納したアイテムボックス二個持ちだ。駐機場やショップ、整備工場で機体を出す際には、スキルを使わずに他の探索者と同様にアイテムボックスを展開するという。だからダンジョンへ向かうときよりも機体をスキルに収納している休日中のほうが、即応力は高いとのことである。

「テロリストが来ても安心だ」

 見方を変えればいつでもテロを起こせるということでもあるが、アイテムボックススキル所持者は今のところ、国に登録を義務づけられてなどはいなかった。

 下手にそうするよう誰かが要求して通ってしまったら、他のスキルにもそれが及ぶ可能性がある。レアスキル持ちを妬みはするものの明日は我が身というわけだ。一般社会からの締め付けがこれ以上きつくなってはかなわない。なあなあの現状維持が一番良かった。

 ちなみにアイテムボックススキルにアイテムボックスを収納するといういわゆるマトリョーシカ収納は、異空間同士で干渉するのかできないようになっている。

 

 

 清算が終わるまでの待合室での待ち時間、柿本さんはお洒落なバッグに手を突っ込むと、次々と雑誌を取り出して俺の前に並べた。鞄から取り出したと誤魔化せるアイテムボックスの応用だ。雑誌は月刊マシン()ゴーレム()のバックナンバーで、いずれも白鷺重工特集の号であった。布教である。近くにいた探索者が哀れげに一瞥して離れていった。

 俺は探索機メーカーにこだわっていない方だが、強いて言うなら四菱党だ。言われるがままにページをめくりながら、それを言うか言うまいかタイミングを計っていた、その時であった。

 漢シラサギ乙女シラサギのキャッチコピーに影が差す。覚えのある気配だが、ただならぬ感情が乗っていて、顔を上げるか少し迷った。

「柿本ぉ……っ!」

 花沢さんであった。今にも掴みかからんばかりのすさまじい形相で、柿本さんと、ついでに俺を睨め付けていた。

「ひぃっ、な、なんです急に」

 柿本さんが怯んでがたりと椅子を倒す。彼女ですら思わず敬語になって跳び退くほどの凄みに、俺も思わず腰の柄に手を伸ばしてしまった。

 良くないことだが臨戦態勢は解除しない。今の気配で気付いたが花沢さんはステータス持ちだ。元探索者なら準探索者としてレベル1を維持していてもおかしくない。ステータス持ちならスキルもある。それが攻撃魔法なら、銃を持っているのと同じであった。気違いに刃物とまではいわないが、現代人というものは病んでいる。ハンガーを投げつけられた程度で逆上して殺人を犯すくらいだと親父が言っていたので、備えは怠らない。

「あてっ、当て付けのつもりかしら」

「……少年のことなら偶然だよ。たまたま会ってパーティを組んだだけさ」

「そっちもだけどそっちじゃない! よしっよっ、義経ェ!」

「は?」

「わざわざ勝君を捕まえて? 二層まで連れ回して? 義経をハンティング? ふざっ、ふざけんじゃないわよ!」

 俺を心配したにしては、憎悪の感情の切れっ端が俺の方にも引っかかっている。

「いや意味わかんないんだけど」

「とぼけないでよ! 五年前を忘れたなんて言わせない! 義経があの子を殺した! あんたが逃した義経が!」

「えっ? ……あー、そっちかぁ」

 柿本さんには全く意表外のことだったらしく、数秒間首を捻ってようやく思い当たった様子であった。

「舐めてんのふざけてんの当て付けてんの? 私は人生が台無しになったけど、自分は順調だからってさぁ……人が死んでるのよ! マウントとりに利用すんな! 整形クソ女が性根の方も取り繕って、勝君を巻き込んだんでしょう? たしかに彼は何も知らないものね。あんたが陰キャの底辺だったことも、あんたのせいで私の弟が死んだことも! 過去を知らない子供相手に頼れる綺麗な先輩ごっこ、さぞ楽しかったわよねえ! 陰険な自尊心は満たされたかしら?」

 花沢さんの言っているあの子とは彼女の弟のことらしい。

 花沢さんの口振りや、顔の筋肉の微妙な強張り、それから時折見えるキャラ作りの痕跡で、柿本さんの容姿と性格が劇的な変貌を遂げていることは、なんとなく察していた。それ自体は見て見ぬ振りをするのが礼儀であったが、花沢さんの発言を鵜呑みにするとしたら、柿本さんは花沢さんの弟の死に関わっているそうだ。

 

 表情から真偽を探るべくそっと視線を向けてみる。だがそれがいけなかった。

「ちっ違、わたっ、ぼ、ボクそんなつもりじゃ……」

 俺と目が合うと、柿本さんは疑われたと思ったのか取り乱してしまう。更にその弱々しい姿が、逆に花沢さんの逆鱗に触れた。

「此の期に及んでぶりっ子して! そんなつもりだってのよ!」

 魔力を感じて身体が動く。ビンタをするように花沢さんの手が持ち上がる。

「当て付けなんて生意気なのよこの陰キャ! 人殺しめ!」

 無詠唱のファイアボールであった。花沢さんが放っていた。柿本さんの惚けた瞳に、円形の炎の光が映り込んだ。

 

 銀閃で断ち切った。

 俺は二人の間に立っていた。片手剣を血振るいするように振ると同時に、炎の球の残骸が霧散する。ステータスを乗せてスキルの核を正確に両断すれば、理論上、魔法の無効化は不可能ではない。咄嗟にやったら実際できた。腕は少し焦げ臭いが、続けて剣を振るには問題ない。

「どういうつもりです。傷害未遂ですよ」

 花沢さんに剣は向けない。どうせ柿本さんのステータスなら、当たっても大した傷にはならなかった。頭のおかしい女児にじゃれつかれたようなものだろう。

 あくまでこれは俺の出しゃばりだ。敵とみなして話し合いを放棄するにはまだ早い。

「なんでよ。なんでそいつを庇うのよ! 聖琉 (さとる)!」

(まさる)です」

 こちらの名前を間違えるほどである。花沢さんは、既に少し錯乱している様子であった。

 

 

 

 手っ取り早い無力化といえば脳震盪狙いであるが、今やるとなれば博打になる。

 大幅なレベルアップで力の値が今朝の30から今は54と、1.8倍となって、まだ馴染みきっていない。こんな状態では力加減を間違えて顎を砕きかねない。美人な顔を伊達にしたいわけではないのである。かといってステータスを行使せず生身でやるのも難しい。防御が抜けるかわからないのに加え、もし向こうもステータスを切っていたなら、その場合も大怪我をさせてしまう。視線に殺意は乗っていない。相手は妙齢の女性で、錯乱しているだけである。

「黙ってないでなにか言いなさいよ!」

 金切り声が耳の奥を刺激する。先ほど柿本さんに奢ってもらったカップ自販機のメロンソーダが、まだ半分ほど残っていたはずだ。

 ひとまず頭を冷やさせるかと、配置を確認したときであった。俺と花沢さんとの間に、黒い影が降り立った。

「そこまでですよ、花沢さん」

 肌色がてらりと照明を反射する。くたびれたスーツ姿に、その頭頂部は大昔の修道士を思わせる。田中さんであった。準探索者であろう身体能力で割り入っていた。その登場の仕方にはどこか既視感があった。田中繋がりであるものの、田中という苗字自体はありふれている。

「……で、でもっ」

「花沢さん」

「……ひっ」

 田中さんが語気を少し強めると花沢さんは、親に知らない家へと連れてこられ子供同士だからと放置された人見知りの子供のように大人しくなってしまった。比喩の長さはさておき、一瞬垣間見えた威圧の鋭さで、何郎かは知らないが、田中さんの田中疑惑が深まった。

 花沢さんを黙らせた田中さんがこちらを向いた。

「相葉さん、柿本さん。どうでしょう? ここは一つ、見逃していただけないでしょうか」

「自分は別にかまいませんが」

 反射的にそう答えてはみたものの、俺は田中さんの対応に不自然を感じた。人に向けてスキルを放ったのである。いくら探索者社会が世間一般にダンジョン村と揶揄されるくらい大らかな閉鎖社会であったとしても、それなりの処罰はあってしかるべきである。しかも衆人環視の待合室だ。なあなあで済ませるなど、常識的に考えればありえなかった。

「柿本さん?」

「え、ああ、はい」

 柿本さんはどうやらぼんやりしていたらしく、田中さんにもう一度名前を呼ばれた後に返事をした。

「ボクもそれでかまいません。急にヒスられて驚いたけど、わざわざ訴訟だの傷害罪だの、今さらこんな女にかまってやるほど暇じゃない。アウトオブ眼中ですよ」

「本当にありがとうございます。花沢はこのまま会議の後、懲戒処分を下したいところでしたが、つい先ほどです。状況が変わって、柿本さんの仰る通りに、協会も暇ではなくなりました。もはや彼女にかまってなどいられません。テレビをご覧下さい」

 そういえば修羅場見物をしていた探索者たちの目が、待合室のテレビの方を向いている。テレビでは緊急特番をやっていた。

「三層の世界樹が崩壊しました」

 そう言うと、田中さんがリモコンで音量を上げた。

 

 

 世界にダンジョンは何個あるか、答えは一つである。世界に計二千ヶ所以上、うち日本国内に二十七ヶ所あるそれは、あくまでダンジョンの多数ある入り口に過ぎない。一層二層は入り口の数だけある。しかし三層以降は集束する。三層にある二層ゲートは日本国内に二十七あるダンジョン二層へと繋がっていて、四層にある三層ゲートは世界各地にある百八のダンジョン三層へと繋がっている。食物連鎖のピラミッド、あるいはトーナメント表を想像すると分かりやすい。五層は別の惑星の四層、六層は別の星系の五層、七層は別の銀河の六層、八層は別の宇宙の七層に繋がっているといわれているが、あくまでそれは俗説で、五層以降の情報は詳細が公表されていないのである。

 ちなみに公的な最高到達記録は米海兵隊の七層である。田中次郎をはじめとしたずば抜けた探索者の到達階層は八層とも九層ともいわれているが、八層以降はそもそも帰還者がいないので、それが正解かどうかは誰もわからない。

 

 ともあれ今、テレビに映っている三層は、日本国内全てのダンジョンにとっての三層であり、崩壊ともいわれるような大規模な地形変動がそこで起きたとすれば、日本のダンジョンそのものがそうなったに等しい。緊急特番が組まれるのは当然のことであった。

 ダイブレコーダーのアナログ映像が流されている。テレビ局側で補正をかけたのか、クリアではあってもところどころ違和感がある。

 世界樹は一本の木というよりも、無数の巨木が蔦のように絡み合いながら天へと伸びた塊である。折り重なって所々隙間が見え、少々グロテスクな感じもする。

 高度一万メートルあたりで一斉に広がる枝は、伸ばすというよりも空そのものに根を這わして抱えるような形をしていて、あちこちから琥珀色の果実らしきものが虫の繭のように垂れ下がり、しかも微かにうごめいている。

 

 地上の森の深緑とは裏腹に、世界樹そのものには葉が無かった。老木であった。

 根元から土煙が上がり、遅れて轟音が響いてくる。

 世界樹を構成する巨木の一本に亀裂が入り、崖崩れのように滑り落ちる。その巨大さゆえに、ゆっくりとした速度であった。

 一つ落ちると別の一つが、二つ落ちると別な二つがというふうに、それぞれ重力加速による落下運動の完了を待たず、解けるように連鎖して崩壊していく。

『崩落! 崩落です! 世界樹が、我が国の世界樹が今、崩落して行きます!』

 アナウンサーが実況しているが、これは探索者によって持ち込まれた記録映像である。とはいえ最新映像だ。時差と解釈すれば、放送者側にとってはリアルタイムといえなくもない。

 映像がズームする。撮影者が何かを見つけたらしい。拡大され、崩れて行く世界樹の幹に、スラスター光が幾つも点る。崩落に巻き込まれた探索機であった。

『ああっ!? 探索者です! 探索者が、そこっ、後ろっ、駄目だ! ああ!』

 岩塊のような巨木の破片、あるいは崩れる巨木そのものに、次々と飲み込まれていき、ついにはスラスター光が見えなくなった。

『飲みっ、飲み込まれました! 我が国の探索者たちが、崩落する世界樹に、たった今、ああクソ』

 撮影者も生き残りを探しているのか、更に映像が拡大され、目まぐるしく視線を移動し、あちこちの土煙を映し出している。

 

 生存は絶望的かと思われたそのときであった。真紅の光が貫いて、瓦礫ごと土煙を消滅させた。

『フレアバスター!? 熱量砲! あれはゲイエム・フリゲート!?』

 ゲイエム社製中探索機フリゲートが、同じくゲイエム社製の大砲身、スーパーメガバスターカノンを構え、脱出路を切り開いていた。そして同じ装備の同じ機種がもう二機、同じように火属性砲撃魔法フレアバスターを続けて放つ。彼らの後に続くのは先ほど飲み込まれた探索機たちであった。

『ゲイエム来た! ゲイエム来た! ゲイエム来た!! ゲイエム来た!! ゲイエム来た!!! ゲイエム来た!!!』

 米国ゲイエム社の回し者かとでもいうようなゲイエム連呼であった。

『抜け出すか!? リバティエコード!』 

 中島探機のリバティと木田技研のエコードが広域シールドスキルを展開するが、瓦礫を受けてフライトユニットの翼が歪み、フリゲートの軌道が揺らぐ、

『ゲイエム! ゲイエム! ゲイエムが! わずかにゲイエムが……!』

 けれどもそのまま三機のフリゲートを先頭に、探索機たちは崩壊する世界樹を突き抜けて、空へと舞い上がった。ズームアウトすると、幾状ものスラスター光が伸びて行く。

『凄い苦しい離脱ですが……うっ! わずかに、瓦礫直撃ではありませんが、わずかに落ちかけた感じがいたしましたが、無事全機、脱出に成功したようです』

 画面が再び拡大する。撮影者のモールス信号に反応したのであろう先頭のフリゲートがサムズアップをした。

 良い広告映像ともいえた。このテレビ局のスポンサーの探索機ディーラーはゲイエム社の機体を扱っている。撮影者は狙っていたのであろう。高く買い取ってもらえたに違いない。

 

 アナウンサーが居住まいを正した。

『ただ今、新たな映像が届きました。こちらは四時間前の映像です』

 世界樹の崩落は進んでいた。けれどもそれ以上に、地上部分の変化のほうが大きかった。世界樹の根元から延々と湧き続ける鉄砲水によって、森の一部が水没していたのである。

 今度はアナウンサーではなくダンジョン専門家が解説する。

『これはおそらく世界樹地下の水鉱石、水玉の原料とされる鉱石ですね、その水鉱石が連鎖崩壊したのでしょう』

『全て崩壊したらどれくらいの水量になるのでしょうか?』

『世界樹は誕生以来、その地下で馬鹿げた量の水鉱石の鉱脈を生成し続けていたんです。その量、五百億トン。六百万倍ですから三百万立法キロメートルになるでしょうね。わかりやすくいうなら、カスピ海の四十倍の水量です。ちなみにカスピ海の大きさは日本の国土とほぼ同じです』

『日本沈没、四十回分じゃないですか。でしたら広大な三層といえど?』

『間違いなく水没しますね』

『となると、我が国のダンジョン産業は……』

『しばらく停滞するのはたしかです』

 待合室がざわついた。

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