大神ポセイオスに勝利した喜びの裏で、蠢く影が一つあった。

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大神ポセイオスの残片

 大神の力を取り戻したポセイオスとの激闘を制した夜、王城では盛大な宴が開かれていた。

 誰もが勝利の余韻に浸り、祝いの酒に酔い、暗躍する影に気付く者は一人もいなかった。

 

「――鬼刃姫様は?」

 

「予定通り、王城で開かれている祝宴に参加しているでござる。セツナとタチバナは鬼刃姫様の護衛に」

 

 王城の外、鬼刃水軍の船を係留している港に、闇の中から般若面の男が現れた。

 大妖怪酒呑童子の娘、鬼刃姫に忠誠を誓う忍者集団、鬼刃衆である。

 港の一角に設営した野営地の、焚火の前に座す忍者に問いかけながら、鬼刃忍は対面に腰を下ろした。

 

「よし、ならば今こそが絶好の好機……これが! 大神ポセイオスの残片だ!」

 

 どうやって納めていたのか、鬼刃忍は重装兵が扱う大盾程もある大きさの風呂敷包みを、懐から取り出した。

 風呂敷を紐解くと、巨大な魚の鰭らしき物が姿を見せ、周囲の忍者から歓声が上がった。

 大神としての力を取り戻したポセイオスは、巨大な人魚のような姿と化しており、鬼刃衆は激闘のどさくさに紛れて、ポセイオスの体の一部を手に入れていたのだ。

 

「これを煎じて飲めば、更なる力を得て、鬼刃姫様の御役に立つことが出来よう!」

 

「しかし……拾い食いは、厳に禁じられているでござるぞ? もし、鬼刃姫様に知られたら……」

 

 一度は喜びの色を見せたものの、鬼刃姫のお仕置きを思い出したのか、忍者達はやや尻込みし始めた。

 

「ふん、臆することはない。確かに魔神の欠片の力を取り込むことは禁じられたが、これは大神の欠片だ。鬼刃姫様の禁には当たらぬ」

 

「そ、そうでござろうか……?」

 

「何より、これまでは王子たちが倒した魔神の欠片を、裏から搔っ攫……もとい、忍の技を駆使して手に入れていたが、此度は違う! 我らも水軍を率いて参戦した以上、これは何ら恥じることのない、歴とした戦利品なのだ!」

 

「言われてみれば、確かに……?」

 

 鬼刃忍の畳み掛ける屁理屈に、忍者達も丸め込まれそうになっていた。

 いや、元より力を求める集団なのだ、自らの行いを正当化する言い訳を欲していたのだろう。

 

「では、早速これを煎じて……!」

 

「あいや待たれい、一つ考えがあるのだ。今回は趣向を凝らしてみようと思ってな」

 

 逸る忍者を制止し、鬼刃忍はポセイオスの残片を焚火で炙り始めた。

 じりじりと焼ける音と共に、周囲に得も言われぬ匂いが漂い始めた。

 

「うむぅ……? 臭いような、美味そうな、何とも言えぬ匂いでござるな」

 

「よし、これを酒に浸して……出来たぞ! 大神ポセイオスの鰭酒だ!」

 

 東の国に伝わる、安酒も特上の味に変えると謳われる飲み方であるが、大神の力を取り込む過程として必要なのだろうか。

 

「では早速……ゴクリ、ゴクリ。……うっ」

 

「如何なされた!?」

 

 忍者の疑問を他所に、一息に酒を飲み干した鬼刃忍は、呻き声を漏らして動きを止めた。

 

「美味い! これは美味いぞ!」

 

 鬼刃忍は興奮した様子で、焚火の側で焼かれていた、串焼きに目を付けた。

 此度の激戦の戦功を称えられ、デモシェフ商会から差し入れられた、特上の王国産霜降り牛肉だ。

 

「素晴らしい! 舌に残った脂を酒が洗い流して、鈍った味覚を目覚めさせ、何度でも最上の美味さが味わえるぞ!」

 

 串焼きを一息に頬張り、再び酒を呷った鬼刃忍は、更に興奮を増して叫んだ。

 鬼刃忍の様子を見て、他の忍者達も我先にと酒と食料に手を出し始めた。

 

「魚介とも相性抜群でござるな! ややもすれば残りがちな生臭さを酒が抑え、魚介と酒が互いの旨味を引き立て合って、全く飽きが来ない!」

 

 帰りの道すがらに仕留めたクラーケンやサラタンの肉や、浜辺で見つけた毒々しい色の貝に手を伸ばし、大食いで名の知れた王国の重装砲兵もかくやとばかりに、鬼刃忍たちは備蓄の食糧までにも手を付け、瞬く間に全て平らげてしまった。

 

「ふぅ……実に美味かった。これほど美味い食事は、いつ振りだろうか」

 

「至福の時でござったな……ところで、何か忘れているような……?」

 

「んん……? はっ! そうだ! ポセイオスの力は取り込めたのか!?」

 

 酔いが回って働かない頭を必死に回転させ、暴食と暴飲のせいですっかり忘れていた、当初の目的を思い出すことが出来たようだ。

 

「我は何も感じぬが……。どうだ? そちらは何か変化があったか?」

 

「いやあ、某も何も……強いて言えば、食い過ぎで腹が重いぐらいでござろうか」

 

 泥酔した忍者はガハハと笑いながら答え、地面に横になった。

 力の抽出方法が間違っていたのか?

 やはりいつも通り煎じて飲むべきだったのか、それとも欠片を砕いて粉薬にでもすればよかったのか。

 いや、そもそも大神の力を取り込むこと、それ自体が不可能だったのでは?

 鬼刃忍の頭の中に、反省点が目まぐるしく駆け巡るが、解決策だけは一向に浮かばなかった。

 

「むぅ……ともあれ、今回は失敗という事か……。仕方あるまい、また新たな力の源を探さねば……」

 

 悔恨の言葉を漏らしながら鬼刃忍は立ち上がり、手洗いに行くと言い残してその場を後にしようとしたが、深酒のせいか足を滑らせ、波止場から海に転がり落ちてしまった。

 酔っているとはいえ、厳しい修行を乗り越えた鬼刃忍である。

 忍者達はさした心配もせず、鬼刃忍が落ちた場所へと様子を窺いに向かったが、一向に浮いてくる気配がない。

 流石に助けに行くべきかと狼狽え始めたが、酒に酔った状態では、自分達も溺れてしまう可能性が高い。

 見捨てるしかないのか、と諦めかけたその時、鬼刃忍が水面から勢いよく顔を出した。

 

「おい! そなたらも海の中に入れ! これこそがポセイオスの欠片の真の力か! 水中でも地上と変わらず呼吸が出来るし、まるで翼を得たかのように体が軽いぞ!」

 

 にわかには信じられず、怪訝な視線を向ける忍者達に痺れを切らしたのか、鬼刃忍はイルカの様に水面から勢いよく飛びあがり、海中へと引き摺り込んだ。

 忍者達は水中で藻掻いたが、鬼刃忍の言う通り溺れることもなく、地上よりも力が漲っていることに気付いた。

 

「こ、これは……なるほど! ポセイオスの欠片の力は、海の中でこそ発揮される物だったのでござるな!」

 

「うむ! 更に素晴らしい事に、もっと深い場所に潜れば潜るほど、力が増すぞ!」

 

「おお! では、鬼刃姫様の御役に立つ力を得るためにも、いざ行かん! 更なる深みへ!」

 

 その言葉を合図に、鬼刃忍たちは昏く深き海の底へと消えて行ったのだった。

 

―――――

 

「――という事がありまして、帰らぬ人となった先輩たちの捜索に、助力をお願いしたいっす」

 

 王城の執務室で書類の束と格闘する王子に、美しい銀色の髪の少女、鬼刃忍シロガネが、いつもと変わらぬトーンで事も無げに話した。

 

 ――それは非常に重大な事件なのでは? 

 王子は戸惑いを覚えたが、シロガネの立ち振る舞いを目にして、特段慌てる必要の無い、些細な出来事なのかと錯覚していた。

 

「ええと、それは……鬼刃衆さんの遺体を回収して欲しい、という事でしょうか?」

 

 王子の隣で執務の補佐をしていた政務官アンナが、困惑しながら尋ねた。

 頭領の鬼刃姫にとっては家族に等しい存在であり、それが喪われたとなれば、さぞ悲しみに暮れる事だろう。

 そして、仲間が悲しみに沈む姿を目の当たりにすれば、王子も非常に心を痛めるに違いない。

 頻繁に問題行動を起こす鬼刃衆だが、王国の仲間として戦っているのも事実である。

 諸々の事情を鑑みて、アンナは複雑な表情を浮かべた。

 

「や、それがっすね、先輩たちはざんね――ごほん、幸いなことに、まだ生きてるっす」

 

 シロガネが口を滑らせかけた部分は聞き流し、鬼刃衆たちが生きていると確信できる理由を尋ねた。

 

「いやあ、髭のオッサンの出汁を飲むとか、ちょっと気持ち悪かったんっすけどね。先輩たちが余りにもウメーウメーって騒ぐもんだから、自分も気になって少し飲んじゃったんっすね。そしたら、なんか大神の力の影響なのか、同種の存在を感知出来る繋がりが出来ちゃったみたいでして。詳しい位置までは特定出来ないんっすけど、まだ生きてるのだけは分かるっす。それもまた結構気持ち悪いんっすけど」

 

 愚行を一切恥じることなく語るシロガネに、アンナと王子は頭を抱え、唸り声を上げた。

 捜索するにしても、広大な深海の何処に目星をつければいいのか、そしてその人員をどうやって集めるか。

 鋼の国のアクアナイトたちは、激戦を終えたばかりで、装備のメンテナンスのために一時帰国している。

 クラールフとオオワタツミの軍勢も、疲弊している事だろう。

 山積みの問題点に閉口していると、執務室を通る水路が水飛沫を上げた。

 王国に協力する魚人や人魚の移動の助けになる様にと、王城内に張り巡らされた水路だが、そこには海巫女のハルフゥが上半身を覗かせていた。

 頭から水を浴び、濡れた書類の束も気にせず、嫌な予感を感じ取った王子とアンナは、無言で顔を見合わせた。

 

「った、大変です王子様! 一大事です! クラールフ様から言伝なんですが、ポセイオスに似た魔力が、ポセイオスを封印した地に向かっているそうです!」

 

 大方の事を察したアンナは、鬼刃衆がポセイオスの残片から力を取り込んだことを伝え、恐らく封印を破り、海溝に沈んだ肉体から、更に欠片を得ようとしているのだろうと予測を述べた。

 世界創造に携わった神である上、魔力が底をついて仮死状態にも関わらず、夢の中にまで干渉する力すら残している、恐るべき存在である。

 このまま鬼刃衆の凶行を捨て置けば、災厄の火種が再び解き放たれてしまうだろう。

 

「こうしてはいられませんね。王子、一刻も早く鬼刃衆の皆さんを連れ戻しに行きましょう!」

 

「自分は鬼刃姫様に報告してくるっす。ポセイオスの力がまだ残ってて、海には入れないっすからね。そんじゃ、先輩たちの事よろしくお願いしますっす」

 

「…………(こくり)」

 

 王子は力強く頷き、遠征の準備を始めるのだった。

 

―――――

 

「海は海でも、なーんで海の底なんですかぁー。折角水着に着替えてきたのにぃ」

 

「これも仕事だろ。ぶつくさ言うなよ」

 

「何しに来たんだお前は……」

 

 王国と同盟関係にある白の帝国から出向中の騎兵メーアが不平を言い、王国の兵士長ユリアンが窘め、山賊のモーティマが呆れた溜息を吐いた。

 王国への出向を、左遷の憂き目に遭ったと嘆く者や、皇帝への忠誠や帝国の威容を示す機会だと意気込む者がいる中、メーアにとっては恐ろしい上官の目を逃れて羽を伸ばす命の洗濯となっていた。

 

「はぁ、こんな事ならサボって昼寝してればよかった」

 

「そう不貞腐れんなよ。地上に戻ったら、俺が浜焼きでも作ってやるから、機嫌直せよ」

 

「私は王子殿下と遊びたいんですよ!」

 

 モーティマが宥めるが、メーアの不満は止まず、弓兵のソーマと癒し手のアリサが苦笑いを浮かべた。

 気の抜けたやり取りを横目に海底を進み、不意に亜神メシナが口を開いた。

 

「皆さん戦闘準備を。封印の場所は、すぐそこですわ」

 

 岩陰から覗き込むと、封印を取り囲む鬼刃衆の姿が見えた。

 目には怪しげな光が宿り、聞き慣れない呪文の詠唱が僅かに聞き取れた。

 力尽くで封印を破るものだと予想していたが、どうやら封印を解く儀式を行っているらしい。

 しかし、鬼刃衆が何故そんな術を使えるのだろうか?

 王子を始め、全員の頭に同じ疑問が浮かんだ時、忍者の一人が一行に気付いた。

 

「グワッハッハッハ! もう嗅ぎ付けてきおったか! 暫し待っておれ、すぐに封印を解くのでな! 今度は夢の中などではなく、現実で再び剣を交えようではないか!」

 

 普段とは違った口調の話し方と、鬼刃衆の声に重なって聞こえる別の何者かの声に、メシナが正体に気付いた。

 

「その声と話し方……まさか、お父様!?」

 

「むむ、拙いですわね。どうやら鬼刃衆は、ポセイオスの力を取り込んだまま本体に近付いたせいで、体を乗っ取られたようですわ」

 

「通りすがりのシャルロットさん!」

 

 冷静に分析する声の方にアンナが顔を向けると、魔法剣士シャルロットが海亀の魔物の背に跨っていた。

 シャルロットが叩きのめしたのか、魔物は所々傷を負っている。

 

「鬼刃衆を元に戻す方法は、ただ一つ。無力化して魔力を打ち消すしかありませんわ」

 

 そう言うと、王国随一の精神支配の専門家は、海亀の背に跨ったまま去って行った。

 

「あ、一緒には戦ってくれないんですね……。と、ともかく、皆さん! シャルロットさんの仰った通りです! 鬼刃衆を無力化してください!」

 

「はいはい、結局いつも通りってことですね。さっさと終わらせて、帰って昼寝しますよっと!」

 

 アンナの言葉を合図に、メーアが一番槍で飛び出した。

 が、鬼刃衆は鼻で笑い、両手を打ち鳴らした。

 地上ではつむじ風を起こす鬼刃衆の技だが、海底では海水が渦を巻き、止まることのない勢いは渦潮と化してメーアを飲み込んだ。

 

「ひぃやぁあぁぁ~! 助けべべがぼがぼごぼごぼ」

 

 渦潮に呑まれたメーアは、そのまま何処かへと流されて行ってしまった。

 

「本当に何しに来たんだあいつは!」

 

「いけない! あの方角は古代種深海ザメの巣窟ですわ!」

 

「マジかよ、このままじゃメーアがサメの餌だ! 助けに行くぞ、モーティマのおっさん!」

 

「言われるまでもねえ! 王子! 鬼刃衆は任せるぞ!」

 

 メーアの救出に向かうユリアンとモーティマを妨害されないよう、鬼刃衆と対峙しつつ二人を送り出すと、忍者の半数は封印解除の詠唱を続け、残り半数は鬼刃衆の援護へと向かってきた。

 

「封印を解くのにかかる時間が伸びてしまうが、仕方あるまい。少し遊んでやるとしようかのう!」

 

 鬼刃衆は吼えると同時に両手を打ち鳴らし、渦潮を連続で発生させた。

 ソーマが弓で狙うが、放った矢は全て渦潮に飲み込まれ、鬼刃衆の眼前にすら届かなかった。

 忍者達はまるで魚の様に機敏に泳ぎ回り、渦潮を避けながらでは王子の剣も決定打に届かなかった。

 

「私が渦潮を打ち消します! その隙を突いてください!」

 

 メシナが膨大な魔力を放ち渦潮を打ち消すが、鬼刃衆は即座に渦潮を作り出し、更に渦潮の合間を縫って、意思を持った生物の様に手裏剣が襲いかかってきた。

 千日手にも思える攻防が続いたが、メシナが渦潮を掻き消す速度が僅かに上回り、王子と刃を交える忍者にソーマの矢の援護が加わって、少しずつ王子たちに形勢が傾き始めた。

 しかし、全員の目に少しずつ焦りの色が浮かんでいる。

 時間を掛ければ鬼刃衆全員を無力化することは可能だろうが、ポセイオスの封印を解かれてしまう恐れがある。

 

「もうお止めください、お父様! 既に決着はついたではないですか!」

 

「グワッハッハッハ! 私はまだ滅んではおらぬぞ! 二度と復活できぬよう、完全に息の根を止めてこそ、初めて決着がついたと言えるのだ。我が娘でありながら甘い事を言いおって、とんだ見込み違いだったわ。どれ、もうすぐだぞ王子! 封印を解いた暁にはこやつ等の命を食らい、復活の第一歩としようぞ! その次は乾いた地の人間どもだ!」

 

 鬼刃忍はメシナの訴えを一笑に付し、綻びが生じ始めた封印を見て高笑いを上げた。

 王子たちの焦りが更に色濃くなった時、ハルフゥに連れられ、遅れて馳せ参じた鬼刃姫の声が轟いた。

 

「遅くなっちゃってごめん! 助太刀に来たよ! 鬼刃衆のみんなも、悪ふざけはいい加減にしないと……滅っだよ?」

 

 低めの声で咎める鬼刃姫の声を聞き、鬼刃衆が金縛りにかかった様にピタリと止まった。

 

「嫌だ……お仕置は嫌だ……」

 

 ポセイオスの支配から脱した忍者達は、震えながらぶつぶつとうわ言の様に繰り返した。

 鬼刃忍は忍者達を一望し、合点がいったらしく、再び高笑いを上げた。

 

「グワッハッハッハ! 下等生物らしく情や絆だなどと言うかと思えば、なるほどな、恐怖と暴力で支配しておったか! 我が娘と違って見所のある小娘ではないか! ……む? 何だ……これは……」

 

 鬼刃忍を支配するポセイオスが言い終わると、鬼刃忍の目から怪しげな光が消え、代わりに狂気にも似た怒りの炎が宿った。

 

「キサマァァァァァアアアア! 鬼刃姫様を愚弄する気かああああああああああ! たかが神ごときが鬼刃姫様を侮辱するなど、その罪たるや万死なお軽い! 待っていろ、今すぐ封印を打ち破り、貴様の肉体を食らい尽くしてくれるわ!」

 

 深海の海水すらも沸騰しそうな怒りを身に纏い、鬼刃忍は封印の方角に向けて振り返った。

 鬼刃忍が背後を見せたのを好機に、鬼刃姫が飛び出して一気呵成に金棒を振り抜いた!

 

「滅っ!!!」

 

「げぼぉぉぉおおおおっ!」

 

 常人ならば背骨が粉砕され、二度と歩けぬ体になるであろう鬼刃姫の一撃を受け、鬼刃忍は錐揉み回転しながら吹き飛び、口から淡い光を放つ、豆粒ほどの大きさの石を吐き出した。

 

「あっ! あれは結晶化したポセイオスの魔力です! あれを破壊してください!」

 

「私にお任せを!」

 

 ハルフゥが指差した結晶にソーマは狙いを定め矢を放ち、並みの腕では掠らせることも不可能な標的を、正確に射抜いた。

 砕けた結晶は海流に乗って散っていき、海水に溶け込んで完全に消滅した様だった。

 

「滅っ! 滅っ! 滅ーーーっ!!!」

 

 動きを止めた他の忍者達を、訓練場の木人の様に金棒で殴り倒し、吐き出された結晶をソーマが次々に破壊していき、遂に事態は収束した。

 鬼刃姫の護衛で付き添ってきたセツナとタチバナは、戦闘に参加することなく、鬼刃姫の雄姿に惚れ惚れとしているだけだった。

 

 ――数時間後、王国の軍船と、護衛を務める海賊船が洋上を進んでいた。

 甲板の上では、正座して項垂れる鬼刃衆に鬼刃姫の説教が続き、サメの噛み傷だらけのユリアンとモーティマは、溺れて意識を失ったメーアに治療を先に譲って、寝転がって空を眺めていた。

 王子とアンナは、ポセイオスの残片の処理方法について相談しているが、一向に決まらなかった。

 と言うのも、厳重に保管したところで、懲りない鬼刃衆が盗み出す恐れがあり、火山に投げ込むのも、溶岩から生まれる魔物に影響を与える可能性が考えられる。

 クラールフに託し封印してもらうか、残存した魔力の浄化を頼むのが最良に思えるが、海底都市に運ぶまでに、ポセイオス配下の残党から襲撃を受ける懸念も拭えないうえ、残片から漏れる魔力に海洋生物が支配される恐れも考えると、海中に持ち込むことも危険だと思われる。

 

 悩みに悩んだ末に王子が一つの案を出し、アンナが正気を疑う様に眉を顰めた。

 

―――――

 

 数日後、王城の広間で酒宴が開かれていた。

 広間の中心には大きな樽が置かれ、溢れんばかりに満たされた中身は、なんとポセイオスの鰭酒だ。

 王子を始め王国軍の人員や、鬼刃衆までもが混ざり、美酒に酔っていた。

 

「これで万事解決……なんですかね、本当に……」

 

「私も反対したんですが……他に良い案もありませんでしたからね……」

 

 水路から上半身を出したハルフゥと、沈痛な面持ちのアンナが苦々しく言葉を交わした。

 王子の出した案は、いっそ残片から魔力が完全に無くなるまで抽出し、自然消滅を図ろうという物だった。

 条件としては、酒を飲んだ者は海に入ることも航海に出る事をも禁止し、ポセイオスの魔力が消えるまで毎日検査を受け、更に監視も付けるということだった。

 海の平和を脅かすポセイオスも今はなく、海底での戦いが起こる心配も無い以上、これが一番安全な方法だと力説し、遂にアンナが折れたのだった。

 無類の酒好きである王子はシロガネの報告を聞いて以来、ポセイオス酒の味が気になっていたため、内心では小躍りしていた。

 酒好きで知られる酒呑童子の娘である鬼刃姫も、気にはなっていたようだが、鬼刃衆の手前、酒を飲むのをぐっと堪えて見張りに徹していた。

 

「まあ、私も一人でポセイオスの残片を運ぶ勇気は無いですけど……ともかく、事の顛末をクラールフ様に報告してきますね」

 

 そう言うとハルフゥは水路に身を沈め、泳ぎ去って行った。

 アンナは心苦しく思いながらハルフゥを見送り、祭りの様に騒ぐ王子たちに目をやり、小さく溜息を吐いた。

 

「ふう、ちと手洗いに……」

 

 鬼刃衆が立ち上り席を外そうとしたが、酔って覚束ない足取りで水路の脇に来た時、とうとうバランスを崩してしまった。

 

「あっ! 危ない! ぅわっ、きゃーっ!」

 

 水路に落ちそうになった鬼刃忍の腕を、鬼刃姫が慌てて掴もうとするが、その手は虚しく空を切り、鬼刃忍諸共水路に落ちた鬼刃姫は、そのまま流されて行ってしまった。

 

「たっ、大変っす! 鬼刃姫様をお助けするっす!」

 

 水路に落ちた鬼刃姫を目の当たりにした残りの鬼刃衆たちは、世界の危機が訪れたかのような、真剣極まる面持ちで次々に水路に飛び込んで、やはりそのまま流されてしまった。

 残った者たちは余りに急な出来事に硬直し、広間に静寂が訪れた。

 眉間に皴を寄せたアンナが大きく溜息を吐き、静まり返った広間に虚しく響いた。

 

 鬼刃姫と鬼刃衆が海へと投げ出され、再び深海に消えて行ったとハルフゥが大慌てで知らせに来るまで、王子はアンナに対して必死に頭を下げ続けるのだった。


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