呆然とする両面宿儺の表情は、無であった。
完全なる停止、戦闘中にはありえないほどの緩急が出来るのは両面宿儺がそれを可能とする強者であるからだ。
まぁ、端から見たら何も分かってなさそうでネタにはされそうな行動である。
「チッ」
「十指穿弾!」
夏油は両手を使い、指の第一関節を飛ばす。
NARUTOから着想を得た骨による攻撃、最高密度の骨は鋼となる。
「NARUTO+スティール・ボール・ラン+血界戦線」
「何だそれは……詠唱か?」
「ジャンプさ」
疑問符を浮かべる宿儺の眼前に、回転の加わった骨が強烈な血液によって射出された。
肉体操作というシンプルな能力しかない夏油の応用、骨を固くし、肉体の操作による回転、高圧縮した血液の射出、それは銃弾となる。
「忌々しい」
「やるねぇ!」
常人では避けきれない速度、タイミング、通常ならば思考放棄の末に貫かれる骨の銃弾を前にして、宿儺の取った行動は着弾点を予測しての一点集中の呪力操作。
それは、額を貫く筈だった骨をぶつかった瞬間砕く程に額を固くした。
意外、それは避けない!
「術式が焼き切れたくらいで調子に乗るな」
「呪力しか纏えない呪霊が舐めるなよ」
夏油の腕が巨大化する。
そして、さらに赤黒くなり高温を発する。
「ワンピース+鬼滅の刃」
「さっきから、なんな――」
「+テラフォーマーズ!」
宿儺の顔が拳に押し潰され、ぐしゃぐしゃになる。
速度にして秒速25メートル、およそ時速80キロの速度で殴られたのだ。
「君の知らない敗北の味、どうだい?」
「知らんと言われると些か不愉快だ」
剥き出しの顔面、それを反転術式で治しながら宿儺が復帰、立ち上がる。
その顔には嫌悪感が浮かんでいた。
「虫か……昔、似たようなことをした阿呆がいる……ガハッ!?」
「私は、私の攻撃に血を混ぜている。受肉はさせない、細胞を蝕む猛毒だ」
「チッ、小癪な真似を」
「反転術式を使いながら肉体の損傷も直し、そして呪力の防御を用いなければ死ぬ、強化しなければ逃げ切れない、指2本ではこの程度か。他の指を取り込まれると困るんでね」
吐血しながら膝を着く両面宿儺に対し、引導を渡すべく夏油が近付く。
だが、それは悪手であった。
悪意から生まれた呪いを見誤ったのだ。
宿儺が立ち上がり気味に攻撃を放ったのだ。
「はぁ?」
「前提が間違っているぞ」
夏油の胸に腕を突き刺し、その心臓を握り潰し、肉体を単純な呪力操作によって強化した腕力で脊髄を引きずり出す。
それは夏油の予想していない一撃、短時間で治せて攻撃してくるとは想定外であったのだ。
「治さず、守らず、逃げなければ、何も問題ない」
「おいおい、死ぬ気か」
「まだ18本あるのでな」
その宿儺の腕はぐじゅぐじゅに溶けていく。
バクテリアの毒を喰らい、壊死する肉体のように、極小の呪霊による毒は宿儺の腕を分解していく。
だが、夏油は上半身と下半身を真っ二つに引き裂かれて瀕死となった。
腕一本で敵を葬る、命があるなら腕の一本くらい安いもの、平安時代的な蛮族思考を現代生まれの夏油は想像できてなかったのだ。
「敗北の味とやらはどうだ?」
「不愉快だよ」
吹き飛ばされ上半身だけでも生存している夏油に、立場が変わった宿儺がトドメを刺すべく近付いていく。
背後には下半身が倒れており、出血死は時間の問題だ。
だが呪霊となっている夏油の生命力を考慮するなら、必ず息の根を止めておきたい。
故に、近づいたのだ。
だから、宿儺もまた見誤った。
人間の底知れない悪意、それを学んでいなかったのだ。
「ッ!?」
「勝ったと、そう……思ったな……」
「貴様ァ……」
「その油断が、命取りさ」
夏油の首を刈り取ろうとした宿儺の背後に、五体満足な夏油がいたのだ。
その夏油は背後から宿儺の身体を貫き、心臓を握っていた。
振り返ろうとする宿儺、その身体に蹴りが叩き込まれる。
正面にいた夏油が五体満足になり、蹴りを放ったからだ。
宿儺の正面と背後に、夏油傑が二人いた。
「面白いな、意識があるのか」
「元より私は呪霊の集合体」
「分裂したところで、私は私だ」
夏油がしたことはシンプルであった。
分たれた上半身と下半身を呪力で治し、復活しただけだ。
ただ、通常ならば倍の呪力消費量に高度な呪力操作が前提であり、唯我独尊であるが故に自分と並び立つ存在を想像出来ない宿儺の思考の盲点、自身の複製という可能性に至れなかった。
呪霊であるが故に少ない呪力で高効率に肉体を治してくるとは考えていなかった。
呪霊として想定していなかったのだ。
「チッ、人間染みた呪霊め」
「人間だよ、私は私の意志ある限り人間だよ。人間とは、魂の、心の、意志の生き物だからね」
「どうせ借り物の言葉だろうに……」
「そういう君は、呪霊のくせに人間染みたミスをするね」
「舐めるなよ小僧、俺は呪いだ」
夏油は、もう一人の夏油に触れて融合していく。
最初の消耗が嘘のように完全回復した姿だ。
それに対し、宿儺は満身創痍であり、心臓を治す素振りを見せれば隙となる。
絶体絶命、両面宿儺にとって初めて敗北という言葉が脳内に浮かんでいた。
初めて会った時、何だこの猿と思った。
脆弱で、牙も爪もなく、何やら喚いているだけだった。
俺の横には半身がいて、半身は首を傾げていた。
まぁ、コイツは俺達より弱いから守ってやらなきゃいけないかと思ったのだけは覚えてる。
いい匂いだし、弱いし、半身も気に入ってる。
猿には兄妹がいた。
こっちも弱いし、多分俺らの守る対象だ。
よく分かんねぇけど、守って欲しい気がするからだ。
猿は絵を描いたりじゃれてきたり、走り回っては泣き喚いて、随分と不可解だった。
身体が燃えたり、相棒が影に落ちたりしたこともあった。
そして、俺達は守れなかった。
気付けば命令されるがままに、敵に向かって噛みついた。
そっから俺達だけの生活が始まって、狩りで生活することになった。
いつしか相棒は夕方にしか会えなくなったが、いつだって俺達は一緒だった。
それが縛りであることも俺達は理解していた。
ご主人にはいつしか友達も出来た、変な奴らだが悪くはない。
あんなに弱々しかったのに、いつの間にか俺達くらいに大きくなってゴツくなって、でも怪我ばかりで相変わらず守ってやらなきゃいけない。
会える時間は少なくなったが、美味いもんを喰えるようになったし、悪くねぇ、悪くねぇ時間だった。
『悪く、無かったんだけどな……』
「あぁ?ここどこだよ……海?」
『もう守ってやれねぇんだ……』
だけどよ、死ぬ訳じゃねぇんだ。
頭が良くなった今なら分かるが、俺達は元から1つだ。
術師が式神の継承を知る為に、最初に与えられる式神として分けられた存在だ。
調伏の儀、そこで調伏出来ずに式神を喪失した際に1体だけの式神では、その力を渡す先がなくなってしまう。
何もかも失わないように、どちらかに引き継がれる前提で生まれたのが俺達だ。
「シロ?クロ?何これ、回想シーン?不思議空間?」
『よぉ』
浜辺で俺を探す姿が見える。
だが、もう俺は俺として会うことは出来ない。
「いるんだろ、なにこれ無人島?おい!気配で何となくいんの分かってんたぞ!」
『恵のこと、頼んだぜ』
縛りも何もかも全部持ってくがよ、力だけは置いてくぜ。
だから、後のことは頼むな。
「おい!生得領域なんだろ、出てこいって!おい!」
『馬鹿ね、最後くらい自分の言葉で伝えなさいよ』
ったく、厳しい奴だぜ。
もう時間がねぇってのに、仕方ねぇな。
「……じゃあな、恵」
「シロ?……おい、ふざけんな!思い出したぞ、待て!」
眼の前に、浜辺から俺に向かって手を伸ばす恵がいた。
俺は、俺達は、浅瀬に立っていた。
また会おうぜ、次は新しい式神としてな。
「待てよ!消えんなよ!俺を、置いていくなよ!」