隻眼ウマ娘(中二に非ず)   作:アンノーン

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第5話

「あー、申請書類どこにしまったっけか…」

 

「チラチラこっち見られたって私が知るわけないだろ」

 

「だよなぁ…はぁ、事務室行ってくるか…ああ、ニンブルターンのこと頼むぞ」

 

今さっき連れられて来たプレハブ小屋のドアを、肩を落としながらトレーナーが出て行った。

そう。トレーナーである。

まさか、一発で釣れるとは…なんて言い方は良くないか。

ともかく、私は一回目の挑戦にしてトレーナーをゲットした。

まずは一安心である。

 

…にしてもここが私のこれからの拠点になるわけだな。

 

「お、おおー…レースカレンダーだ…それっぽい…」

 

私はキョロキョロと周りを見渡し、レース関連の物を見つけてはいちいち感動していた。

蹄鉄の手入れ用らしき備品。

ロッカーに金庫付きの棚。

献立らしきものが貼り付けられた大型の冷蔵庫。

自動雀卓。…自動雀卓?

何か不純物が混じっていた気がしたが、置いておこう。

やはり授業や自室のものとは訳が違う。

やけに年季の入った様子のそれらを、私はおっかなびっくり見て回っていた。

 

「別にウデ食われる訳じゃねぇんだ、見てるだけじゃなくて触って良いぞ」

 

後ろから声をかけられ、ハッとする。

ちょっとはしゃぎすぎたかも。

私は顔が少し熱を持った気がして、パタパタと手で仰ぎながら振り返った。

ナカヤマフェスタ先輩。

まだこの学園について詳しくなりきれていないため、誰がどんなすごいウマ娘で…とかはよくわからないが、それでもわかる。

おそらくこの人は、強い。

私よりもずっと。

きっとこのチームのリーダーで…って、あれ?

 

「えっと、ナカヤマフェスタ先輩「ナカヤマでいい」…ナカヤマ先輩」

 

「なんか用か?ああ、先輩とかもいいぞ、堅っ苦しいのは肩が凝る」

 

「…わかりました」

 

「それでえっと、確かトレーナーさんって担当ナカヤマ…さんだけですよね?ってことはチーム作るには足りないのに…何で部屋が?」

 

「ああ、それか」

 

ここは私たちのトコじゃない、借り受けてんだ。

ナカヤマ先ぱ…ナカヤマさんはそういうと、少し困ったように笑った。

誰から?どうして?

喉から疑問が出かける。

でも、何故かはわからないが、今聞くことではないような気がした。

私は一先ず()()()()()をして、口を開いた。

 

「じゃあナカヤマさんは一人で部屋借りられちゃうくらい凄いってことですね!これは…なかなかのトレーナーさんにスカウトされちゃったみたいです!な、なんちゃって…」

 

「…ああ、そうだな」

 

おちゃらけて誤魔化せる訳もないか。

気まずい沈黙が私たちを包む。

数秒の間そんなふうにしていると、あー、とかうー、とか唸りながら、彼女は頭をボリボリと掻いて口を開いた。

 

「悪りぃな、私もこういうの得意じゃないんだ」

 

「えっと、すみません…」

 

「謝んなって…あークソ…よし!なあ、ニンブル!」

 

「は、はい!」

 

いきなり大声で呼ばれ慌てて前を向き直すと、ナカヤマさんとバッチリ目があってしまった。

反射的に顔を少し右にそらす。

バレてないかな、左右の目。

鏡でよく見るとやっぱり結構違うんだけど…。

彼女はニッと笑うと、散らかった机をかき分けてドンッと勢いよく何かを置いた。

それは…。

 

「トランプ?」

 

ああそうだ、と彼女は頷く。

それはなんの変哲もないシンプルなトランプだった。

やっぱこれだな、と呟いた彼女はトランプをケースから取り出し、慣れた手つきでシャッフルをすると改めて私の前に置く。

再び、目が合った。

こっちを見たな、とイタズラが成功したように笑った彼女は、どこか野生的で。

さっきまでとは雰囲気の違うその顔でこう言った。

 

「なぁニンブル…ポーカーのルールは、知ってっか?」

 

○○○○○○

 

「ぐあああああ!また負けた!」

 

「カカ、まぁ流石に今日ルールを覚えた奴に負けちゃあ勝負師の名が廃るってモンだな」

 

ナカヤマフェスタは、恨めしそうに机のトランプを睨みつける目の前のウマ娘を面白そうに眺めて笑った。

あれから1時間と少し。

2人用の簡易的なルールでポーカーを楽しんだニンブルターンは緊張がある程度取れて来たように見えた。

 

(しかし、コイツがなぁ…)

 

もう一回!と張り切ってトランプをシャッフルし始めるニンブルターンを見つめ、ナカヤマフェスタは小さく首を傾げる。

もっさりとした、肩より少し下まで伸びた黒の癖っ毛。

クリクリとしたアーモンド色の瞳。

活発な声に、幼げな顔立ち。

コロコロと変わる表情。

平均よりもむしろ少し高めの身長でありながら細身なその体型も相まって、彼女はまさしく天真爛漫で幼い、後輩ウマ娘といった様子だった。

だが…いや、だからこそ、か。

絶対に合わない目線とぴくりとも動かない耳と尻尾が、どこまでも彼女の違和感を際立たせていた。

 

「ナカヤマさん、どうかしました?」

 

「ああいや…なんでもない」

 

それでもナカヤマフェスタは、わざわざ聞きはしなかった。

事情の一つや二つ、誰にでもあるものだ。

彼女はそれを理解していた。

そう。

何故楽し気に振る舞っているのかも。

何故そんなにもレースに慣れていないのかも。

何故全力で走らなかったのかも。

今は一旦置いておこう。

 

「お前は、今はそれでいいさ」

 

レースという場は、彼女にとって最も楽しく最も刺激に溢れた場所だった。

だから、レースで全力を出さないことは彼女には全く理解できなかった。

きっとレースを共にしたならば、なめてるのか?と怒り狂ったに違いない。

それでも、選抜レースで見た泥だらけで走るニンブルターンの顔は、どこまでも必死だったように彼女には見えたから。

故に、ナカヤマフェスタは疑問を胸にしまった。

 

「…?さあ!次こそは勝ちますよ!」

 

今はただ、新しくできたこの手のかかる後輩を可愛がってやろう。

彼女はそう、胸の中でつぶやいた。

 

〇〇〇〇〇〇

 

たーちゃんに、トレーナーがついた。

 

夜、窓から差し込む月光に照らされる部屋でヒズリリベルは独り言ちた。

彼女が思うのは、横ですやすやと眠る同室の少女の事。

幼げで、天真爛漫で、どこまでもレースが好きな少女が、ヒズリリベルは大好きだった。

 

「たーちゃんは何も教えてくれないんだね」

 

寂しげに笑い、ヒズリリベルはつぶやいた。

トレーナーがついたことを秘密にされた?

否、少女はトレーナーができたことを、誰よりも早くに彼女に報告した。

では、彼女はいったい何を告げなかったというのか。

それはきっと────────。

 

『初めまして!()()()の名前はニンブルターン!ねぇ、貴女の名前も教えて?』

 

少女とヒズリリベルの関係はそこまで長いものではなかった。

ほんの数か月前の、世間一般の入学シーズンに近いころ。

少女は、形式上は編入という形で学園にやってきた。

この学園のウマ娘は二つのパターンに分かれる。一つは、本格化前に入学シーズンに合わせて学園に入学し、本格化に向け学園でトレーニングをするパターン。

そしてもう一つは、本格化に突入したウマ娘がその才能を買われて時期を問わず編入してくるパターン。

本格化を迎えたウマ娘はそれ以前とは別の次元の実力を発揮する。

試験の基準も、その後の扱いも入学か編入かで大きく異なる。

ゆえに、その季節が入学のシーズンで、入学生たちとともに入寮してきたとしても。

形式上は編入であるその少女は、同じく編入生のヒズリリベルにとって唯一の同期で…ライバルだった。

 

()()()の勝負服はね…』

 

少女は誰よりもレースを愛していた。

自分をまっすぐ見つめて夢を語る、きらきらとしたアーモンド色のその瞳がヒズリリベルは大好きだった。

少女はよく日記をつけていた。

上手くいったは楽し気に、振るわない日は不満げに。

そんな少女の横顔を眺めるのが、ヒズリリベルは好きだった。

日記をつけると客観視につながる。

そう語ったのはいつかの授業の、レース心理学の先生だったか。

日記をつける時の少女の顔は、その追い詰められていく環境のせいか、時期が経てば経つほど暗く曇っていった。

大丈夫?と声をかけたかった。

一度、日記をやめるべきだとも言いたかった。

だが、ヒズリリベルは声をかけなかった。

 

トレーナーのついてしまった自身の声が、少女に届くとは思えなかったから。

 

どこか、後ろめたさがあった。

抜け駆けをしてしまったように感じていた。

ヒズリリベルは、四苦八苦するニンブルターンよりもずっと早く、トレーナーがついたのだった。

それでも、ヒズリリベルは何とはなしに思っていた。

どんなに辛くとも、ニンブルターンは乗り越えられる、大丈夫だと。

そして、あの事故が起きた。

 

()、何でここにいるんだっけ』

 

あの日からニンブルターンは変わった。

どこかと言われればその一つ一つは些細なもので、気のせいと言われてしまえばそれまでの物だったとしても。

確かに変わったと、彼女には分かった。

目が、合わなくなった気がする。

どことなく、寂しげな顔をすることが増えた気がする。

レースを走る時の雰囲気が変わった気がする。

歩き方が変わった気がする。

笑い方が変わった気がする。

 

それに、あの日から日記をつけるところを見ていない気がする。

 

今日、レースを見て。

ヒズリリベルの中のその予感は確信に変わった。

 

『何、あれ…』

 

混乱の中でヒズリリベルは少女を見ていた。

勢いよくスタートした少女がドタバタと我武者羅に手を振り、突き進む。

逃げるウマだったか?

いや、違ったはずだ。

曲がるときはその遠心力に負けるように、足をもつれさせて大きく転がり泥にまみれる。

彼女は曲がるのがあんなにも下手だったか?

むしろ、得意だった。

勢いよく起き上がり、歯を食いしばって再び加速する。

異常なペースで進んでいた全員を、それでもなお抜き去る。

落ちていく後ろに対し、少女はさらに加速した。

ヒズリリベルは俯き、呟いた。

 

『やっぱりおかしいよ、たーちゃん…』

 

ヒズリリベルは確信してしまった。

少女の身に何かがあったことを。

奇跡的に何の問題もなかった?

そんなわけない。

あんなに走るのも曲がるのも下手じゃなかった。

何かケガをした後遺症があるんじゃないのか。

それに。

残酷なことだが、確かな事実として。

 

ニンブルターンはこんなにも、強くはなかった。

 

ヒズリリベルは問い詰めた。

唯一事情を知っているであろう、一人の教員のもとに。

しかし彼女は何も教えてはくれなかった。

ただ、病院での生活で勘が鈍っただけだと、彼女はそう言った。

一週間ちょっとで勘が鈍って、人は走り方を忘れるのか。

そんなわけない。

ウソをついていると、ヒズリリベルは一瞬でわかった。

それでもヒズリリベルには何もわからなかった。

不調は、ケガを隠していればそれが原因だ。

納得がいく。

 

では、ニンブルターンはなぜ、()()()()()

 

教員の彼女は、何か知っているのだろうか。

いくら考えても、彼女にはわからなかった。

仕方のないことだ。

その秘密を知っているのは、この世界でも、目の前で眠る少女ただ一人で。

そしてその秘密とは、あまりにもリアリティの無い、人格の憑依などというオカルトなのだから。

 

しかし彼女は答えを求めた。

少女の友人として、受け止めてあげたかった。

少女がどんな秘密を抱えているのか。

思い悩んでいないか。

ヒズリリベルのスマホの検索履歴は、気づけば頭のケガにまつわるもので埋め尽くされていた。

そして。

 

「これだ…」

 

暗い部屋、スマホの明かりに照らされたヒズリリベルはその顔をうれし気に歪めた。

それはなんというべきか、所謂…少しイタめの学生が運営していた数年前のブログの、いたってまじめな口調で書かれた自伝に含まれたある一文。

 

「『私はケガで脳の本能的なストッパーが取れた』…これだッ!」

 

ヒズリリベルは幸運にも…いや、不運にも。

ネットの海に埋もれていた『それ』を見つけてしまった。

沈黙は金、雄弁は銀。

この言葉は、以前は銀のほうが価値が高かったことから逆の意味だったのでは、などと説かれることがあるらしいが。

こと今回においては確かに、少女は雄弁であるべきだったのかもしれない。

 

「『全てが脆く見える、この力が苦しい』…そっか、たーちゃん、力の調整がうまくできないんだ…!いきなり体が変わっちゃって、怖かったよね…」

 

秘密主義の少女が隠した多くの出来事が玉突き事故のように連なり。

 

「『死の淵を彷徨い、精霊と繋がった眼』…?…ああ、そっか!だからたーちゃんは…!」

 

とあるウマ娘の黒歴史が静かに掘り起こされることで、ここに一つ、不幸な勘違いが生まれた。

 

○○○○○○

 

「…?何だろ、メールに通知が来て…?ほぇ…う、ウマブロッ!?」

 

それは彼女にとって最悪と言っていい目覚めだった。

すでにすっかり忘れていた、過去の遺物。

ネットに初めて触れ、ウマーバブログに出会ってしまった頃の、若さを全開にした黒歴史。

それが、どこかの誰かに掘り起こされたのだ。

 

「こ、コメントッ…!私は今、確かに『観られている』ッ…!」

 

彼女は戦慄した。

今思い出しても鳥肌の立つ、自身の書き残した武勇伝(妄想)の数々。

それを数年越しに掘り起こして、一体誰が、どのようにボロクソに言っているのだと。

しかし彼女はそれ以上の驚きに包まれ、また、ウマ娘オタクの正しい姿を問われることとなる。

 

「『私の友人がまさにこうなってしまって、どうしてあげるべきか悩んでいる』…!?う、ウマ娘ちゃんからのコメントです!?」

 

彼女は頭を抱えた。

()()()のは、コメントしたウマ娘なのか、それとも件の友人なのか。

確実に黒歴史となる『これ』を、先人として止めるべきなのか。

楽しんでいるウマ娘ちゃんに水を差すという行為への抵抗感と疼く自身の『傷跡』の間に挟まれ、彼女は寮のベッドの上でのたうちまわった。

 

「と、とにかく…返信を…」

 

震える手で、彼女はスマホを操作し始めた。

画面越しのウマ娘を思い、定期的に顔を崩壊させながら。

朝6時。

奇声を発するにはあまりにも早い時間。

珍しく声量を取り繕う余裕すらない彼女の様子に、叩き起こされた同室の少女はしばらく珍獣を見るような目を向けていたが、次第にいつもと対して変わらないことに気づき二度寝に入った。

 




日常の中で変化するもの。
それは得てして、ひどく些細で、どこまでも致命的なものだ。

「ひーちゃんは…まだ寝てるか、よし!今日からチーム錬がんばるぞー!」

何も知らない隻眼の少女は、張り切って朝練に繰り出していくのだった。
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