隻眼ウマ娘(中二に非ず)   作:アンノーン

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第6話

「また頭がぶれてきてるぞ!集中しろ!」

「ハイッ!すみません!」

「兎にも角にもまずは体幹がないと始まらないんだ、力じゃなくバランスを意識しろ!」

「ハイッ!トレーナー!」

 

「ニンブル、もう一周行けるか?」

「いけます!」

「よし、じゃあ…行くぜッ!」

「あっちょっナカヤマさ…あれほんとにタイヤ引いてるスピード…?」

 

「(ターンさん、あれ完全に寝落ちてるよね…?)」

「(起こしてあげたほうがいいのかな…あっ)」

「やあニンブルターン号、いい夢は見れたかな?」

「あ、あはは~…おはよう、ございます?」

「ああ、おはよう…目が覚めたならさっさと顔洗ってそのよだれを落としてこい!」

「ご、ごめんなさ~い!」

 

「うーん…もうそろそろ寮に戻る時間じゃない?」

「おねがいします、先生、あと30分だけ」

「トレーナーさんとの約束でしょ」

「…そうでした!ごめんなさい先生、”休むこともトレーニング”ですね?」

「そうよ、”休むこともトレーニング”です」

 

「たーちゃんお帰り!」

「ただいま、ひーちゃん」

「今日はどうだった?」

「うーん、まだまだこれからって感じだなぁ」

「そっか…精霊眼は手強いもんね…」

「うん…ん?なんて???」

 

あれから、一週間と少し。

私は新しい毎日のルーティーンにも慣れてきた。

早朝はジョギング。

放課後には担当トレーナーやナカヤマさんとのチーム練習、そして模擬レース。

そして、寮の門限までの時間は先生との特訓。

周りと比べてもかなりトレーニング漬けの生活らしく、クラスメイトはドン引きしてた。

でも、私は自分がいかに置いて行かれているかわかっている。

選抜で勝てたのだって、正直偶然と火事場のバ鹿力、あと…こうは言いたくないけど、周りも自分と同じくらいに弱かったからだ。

あと何か月もしないうちに私は、"選抜一発組"と戦わなければならない。

そのためには、私は何をすべきか。

とにかく練習がしたいと、私は言った。

人より多くのトレーニングを積みたいと。

初めトレーナーは、オーバーワークを怖がってそれに否定的だった。

それを解決したのは、先生の存在だった。

私の走りの現状を知っていて、なおかつ教員という立場。

トレーナーが事務作業のためいなくならざるを得ないチーム練習後の練習監督を、彼女は買って出てくれたのだ。

 

そういえば、先生はトレーナーと最近連絡をよく取っているらしく、いつの間にかかなり仲良くなってきているようだ。

今日も飲みに行くとか、そんな話をしてたっけ。

まこと、仲良きことは美しきかな、である。

 

○○○○○○

 

「かんぱーい!」

 

「乾杯!」

 

「乾杯、今日はよろしく頼む」

 

男は最近、酒を飲むことが増えた。

理由は簡単。

飲みに行く人が増えたからである。

ではなぜ飲みに行く人が増えたのか。

それはまさしく、男が新しく担当をつけたからに他ならない。

それも超ド級の大物ウマ娘を。

男は資料を提出した日のことを思い出し、遠い目をした。

 

『…なんて言いました?』

『ニンブルターンさんですよ!本当にうれしいです、以前全体会議でお伝えしたので覚えていらっしゃるかとは思いますが、後遺症で少し体が不自由な彼女は少々、いえかなり立場が危うかったので…でもトレーナーさんなら安心です!』

『…え、ええ!俺はあの娘にそれ以上の才能を見出したんです!』

 

覚えてるわけねぇだろ。

男は心の中で突っ込んだ。

男には、そのウマ娘の抱えるものは予想外すぎた。

粗削りな走りが面白いと思った。

必死に駆けるその顔に可能性を見た。

だが、中堅トレーナーの男をして、それはあまりに責任が重かった。

男の頭痛は止まらない。

 

なんだよ片目が見えないって。

感覚が狂ってうまく走れないって。

そんな奴の育成方法なんて俺は知らんぞ。

担当を増やす気がなかったとしても、ちゃんと聞いておくべきだった。

ああいや、でも。

もし覚えてたとしても、きっと俺は彼女に声をかけたんだろうなぁ。

 

男は、そんな自分のトレーナーバカ具合にもう一度ため息をついた。

男は驚いた。

驚いたし、盛大に頭を抱えた。

だが、それでも、後悔はしなかった。

 

彼女への期待は消えなかったから。

 

ウソはついていない。

ただ、認識の前後関係か逆転しただけで、男は確かにあの日、"身体的不利以上の可能性"を彼女に見出したのだ。

故に、ケガの事を知ってからの男の行動は早かった。

 

「で、今度は何が聞きたいのさ?」

 

「ああ、最近気づいたんだがあいつはどうも…」

 

トレセン学園は教職員と一口に言っても、その専門がそれぞれ多岐にわたる。

男のような"トレーナー"はレースがそう。

ニンブルターンの"先生"は基礎的なスポーツ生理学と情操教育がそう。

そして男の目の前に座る、同年代の彼のような"養護教員"は。

治療と、()()()()()()()()()がその専門である。

 

男は彼と同期である。

しかし、以前からあまり彼との関りがあるほうではなかった。

担当をつけてからは一層忙しく、関係はほぼないと言っていい状態ですらあった。

それでも男は、迷いなく彼に話しかけた。

片目の少女を教え導くには自身の知識では足りないと、そう直感したから。

彼は、そんな男のまっすぐな姿を好んでいた。

 

「ああ、なるほどな…」

 

男が話しかけたのは彼だけではなかった。

担当の度重なる故障を経験した、年上のトレーナー。

スポーツ工学に精通した、非常勤のトレーニング器具の整備士。

果てには、初等教育の経験のある新人トレーナーにまで。

慣れない体や不自由な動きを矯正するためのノウハウを持った人々に、男は教えを乞うて回った。

飲みに誘ってみたり、麻雀に誘ってみたり。

教員の間で、そんな男の姿は名物となりつつあった。

ただ、それと同時に。

それだけ男が必死になれるウマ娘はいったいどんな大物なんだろうかと。

そんな疑問を多くの教員たちは抱えていた。

 

○○○○○○

 

「クソッ!クソッ!」

 

暗い部屋。

ウマ娘、ハイラインは暴言とともに強く壁を殴りつけた。

こと此処、トレセン学園においては廉価品と言わざるを得ないその体は、それでも同年代のウマ娘からすれば上澄みも上澄みである。

彼女の力強い拳はそのチーム小屋を揺らし、天井から少しばかりの埃を降らせた。

あのレースの後、ハイラインはスカウトを受けた。

それも中規模の、なかなかの経歴を持ったチームに。

当然、何故かと思った。

彼女は負けた。

完膚無きまでに。

故に問うた。

『なんで、私?』と。

ああ。

聞かなければよかった。

彼女は頭をかきむしる。

あの日の答えが、いつまでも彼女の頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。

それはまるで、呪いのように。

そしてそれこそを彼のトレーナーが求めたという事実が、一層彼女を蝕んだ。

 

『お前が、ロジックで走るウマだったからだ』と、男は言った。

さらに、男はこう続ける。

『ロジックで走るのに、それを押しつぶすほどの雑念がお前には見えたからだ』

『俺も、俺の担当たちもロジックを好む"タチ"でな』

『運命とか因縁とか根性論とか、そういう再現性のない非効率的なものが嫌いなんだ』

『だが俺は、時折気になるんだ』

『"感情"がどこまで、何を成し得るのかが』

 

「クソがぁぁぁぁっ!!!!!」

 

男は科学者だった。

職業としてではなく、その性質そのものが。

悪意はなく、純粋に、そしてどこまでも無遠慮に。

レースという不定形の怪物こそが、男にとっての研究対象だった。

男のチームは徹底したデータ主義だった。

故に強く、揺るがない。

確かにそのチームは、合理的にウマ娘を育成することに適していた。

ともすれば、そこらのウマ娘を重賞バにまで育ててしまうほどに。

 

「アタシは何のために走らされてる?アタシは、アタシはッ!!!!!!!」

 

男は、暗にこう言っていた。

どれだけ効率的に育てようが、このウマ娘では例の隻眼娘には勝てない。

故に、恨みという不確定要素が齎す()()()()が見たい。

男にとって身体的な有利不利は一つのデータでしかなかった。

育成方針、ウマ娘同士のかみ合わせ、レース展開。

蓄積されたデータにより、結果は予測できるものだ。

 

だからこそ、男はどこまでも、彼女に期待していた。

"ロジック"と"感情"が混在した、そして理論上は絶対に隻眼娘には()()()()()()()()に。

データを持ってレースを操作しうる彼でさえ予測ができなかったあの隻眼の異分子に、自身の育成論がどこまで対抗できるのか。

そして、自身のレース観を破壊したあのウマ娘と同じ"気持ちの力"とやらが、何を齎すのか。

 

しかし、彼女からすれば、それは自身に一ミリも期待してはいないも同義であった。

満足のいく育成はしてもらえている。

実力はめきめきと伸びている。

それでも、自身は負けるための駒として育成されている。

それがどうしようもない事実であった。

 

同期でデビューするチームメンバーと距離が、目標レースが被った。

どうすべきかと、目標を変えるべきかと彼女は男に聞いた。

男は、別にそのままで構わないと言った。

 

常識として、チームメンバーを競わせるトレーナーはそう居ない。

どちらかが勝てばもう片方が負けるのだから、どちらも強ければ別の重賞に出してしまったほうがそれぞれで勝ちを重ねられる。

それはつまり、男にとって彼女の負けは必然であるという事だった。

ただ、とあるウマ娘を超えうるかの実験材料。

それが、彼女に与えられた意味だった。

 

そして、彼女をさらに苦しめているのが、彼女自身も、あの日勝った己をどうしても想像し得なかったという事だった。

 

──────待ったは、聞かないからね?

 

うるさい。ほらまた転けた。やっぱり無理だったんじゃない。怖い顔で凄んじゃってさ、黙って言うことを聞いてればよかったのに。ほら追い越した。ざまあみろ。

…?なに、それ。嘘だ。ずるい。おかしい。なんで、そんなに速くなかったじゃない。ああ!待って、行かないで!なんでだ!なんで追い越される!なんでそんなに速いのにまだ此処に?負けたら終わる!私の夢が!待って!止まって!

 

…ああ、まただ。いつも強者(あなたたち)弱者(私たち)を踏みにじる。

 

「違う、違う!アタシは逃げてない!諦めてない!」

 

彼女はヒステリックに叫んだ。

獲物だと思っていた少女がいつの間にか捕食者に変わっていた、その事実を認めたくなくて。

彼女は問い続ける。

己は、何のために走る。

与えられた役割に抗うように、問い続ける。

かつて在った、今は消え去った己の夢の欠片を探して。

あの日折れた彼女の心は、未だ治ってはいなかった。

 

「…ああ、お前はまだ負けちゃいねェ」

 

それを決めるのは、これからだ。

 

小屋の外、ドアの前で佇むウマ娘も、それを静かに聞いていた。

彼女は認めていた。

苦しむ、自身の同期の少女を。

その、傷だらけの負けん気を。

 

彼女は以前、トレーナーの男に何度も反発した。

冷静を欠いたまま、誰かの影におびえてトレーニングをすることは効率的でない。

ケガのリスクもある。

そもそも彼女の精神を追い込むような情報をわざわざ与えたのは、何故なのか。

何の利益を齎したのか。

男を睨みつけ、ロジカルに彼女は指摘した。

それは偏に、少女への憐れみからだった。

 

男は言った。

『アレはきっと、恨みを忘れてしまえば走れなくなる…少なくとも、今のままでは』と。

 

男は研究者であったが、決して悪人ではなかった。

男が刃を持って少女を傷つけたのは確かに。

少なくとも男にとっては、少女のためであった。

走る意味を失った、心が折れた少女の夢を取り戻すため。

傷つけることを男は選んだ。

 

そして、彼女の心配に反して少女は…ハイラインは苦しみながらも耐え抜いて見せた。

実力を身に着け。

戦法を身に着け。

一か月以上も、成長しては適応し続けて見せた。

 

その事実は、彼女が心のどこかでハイラインを侮っていたということを、彼女自身に自覚させるには十分だった。

 

故に、彼女もまた、己に問う。

オレは、何のために走る。

 

○○○○○○

 

「はぁっ…はぁっ…!またっ…負けたっ…!」

 

「お疲れ、ニンブル」

 

「ありがとうございます、トレーナーさんは?」

 

「アッチでなんか打ち合わせ中だとよ」

 

模擬レースを終え、多くのウマ娘たちが各々のチームメンバーやトレーナーと言葉を交わす中で。

ナカヤマフェスタと会話するニンブルターンを、少し離れた場所からトレーナーと同僚の男は真剣な顔で見つめていた。

 

「…なるほど」

 

「なあ、お前の目から見てどう思う?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()、そういう感じ」

 

「…どういうことだ?」

 

「あの子は本気で走ってるよ、だがケガへの恐怖か何かが…全力を出すことを拒んでる」

 

「その結果として、本気で走ってないから汗をかかない…疲れてないってわけだな」

 

男は鋭い瞳でトレーナーを見つめた。

『見て取った情報だから正確かはわからんぞ』と続ける男に、トレーナーは頷いて『ああ』と短く返した。

 

男は、トレーナーから相談を受けてこの場に足を運んでいた。

その相談とは、『担当が汗をかかない』ということ。

トレーナーが相談した理由は、ケガの後遺症で発汗などに問題がある可能性を考えたからだった。

しかし、男はそれに迷わず『それはない』と切って捨てた。

そのような病徴があった場合、退院できるわけがない…特に、ウマ娘たちはアスリートとして復帰する前提のため検査が厳しいというのが男の意見だった。

 

であれば、なぜ彼女は汗をかかないのか。

それは、トラウマからくる身体の強張りか何かが、彼女の有り余る体力を無理やり()()()()()()()()()()()から。

平衡感覚の不調、レース感覚の混乱もこの"強張り"で説明がつく。

それが男の見解だった。

 

「…どうすればいい」

 

「こういった自覚のないPTSDの克服は、"熱中"にあると聞いたことがある」

 

「熱中?」

 

「ああ…集中して取り組むことで、まずは自覚させるんだよ」

 

その行為を怖がっている、自分自身をね。

トレーナーはその言葉に、嫌そうな顔をして頭をかいた。

PTSDを意図的に起こさせる。

それは、少女を苦しめるものではないか。

だがそれでも、やらねばならないとも理解した。

彼女に、レースに熱中させる。

それこそが、現状を打ち砕くカギになると。

思えば、"あの日"の爆発力を、レースへの情熱をその後の彼女に見ただろうか。

いや、無い。

真剣ではあったが、それだけだった。

そうか、熱中か。

それが、彼女の勝利につながる次の一手なんだな。

 

「…そういえば、それに関連してってわけでもないんだけどさ」

 

「なんだ?」

 

「あの子の目標は、何なの?」

 

──────────。

 

「ん?おいおい、聞いてないわけないよね、てか無いって事はないよね?」

 

──────────。

 

「目標レースは…あの子は何のために走るのさ?それがわかんなきゃ熱中しようもないよ?」

 

俺は、必死こいて慣れない育成をしようとしてばっかで、忘れてたのか?

いや、思い出せ。

何かあったはずだ。

話した記憶が、なんとなく──────────。

 

「たーちゃんの、ため…?」

 

「…?なにそれ、人のために走ってるってこと?目標レースがどうだとか、こういう走りをしたいだとかじゃなく?」

 

そりゃまるで、自分自身には走る理由がないみたいだね。

 

()()()()()()()()その答えに、男は冷たくそう言った。

梅雨のじめじめとした湿気の中で。

メイクデビューを目前に、子ウマたちは自問する。

これから踏み出す勝負の世界で、一体己は何をすべきかと。

 

"始まり"まで、あと一週間。




次かその次あたりからはついにデビューです。
こっからはレースに出始めるのでどんどん原作のウマ娘出てくると思います。
キャラぶれ等々注意しますが、どうぞ温かい目で見守ってやってください。
あと、作中の多くはゲーム版トレーナーじゃないです。
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