隻眼ウマ娘(中二に非ず)   作:アンノーン

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第9話

”Cak...Cak...”

 

冷たいコンクリートの音。

控室に続く道。

さっきまでの喧騒が嘘のように、静かな世界。

ああ、ここ行きも通ったなぁ。

 

「…あっけない」

 

なんて、あっけない。

私は負けた。

デビュー戦、着外。

やはり私は何者でも無かった。

何者かに成ろうとする事もおこがましい。

 

あぁ、ただ。

 

「ねぇ、アンタ」

 

「…どうかした?ブルーピューマさん!」

 

「その気持ち悪い作り笑い…じゃなくて、ねぇアンタ、アンタさ」

 

「バカにしてんの?」

 

「…?なんのことかな?」

 

「テキトーに走って、6着取って満足?"やってる感"なら他所でやってくんない?」

 

「…私は、本気で走ったよ」

 

「…は?」

 

「よくわからないけど、少なくとも私は本気で走ったよ」

 

「…ッ!ふざッけんな!気づかないとでも思ったワケ!?アンタ最後まで汗一つかいてなかったくせに何が…、何が"本気"だよッ!」

 

「余裕持って走ってもこの順位ですってか!?」

 

「本気出したら1着でしたってか!?」

 

「私らのことバカにすんのも、大概にしなよッ!!!!!!!」

 

…そっか。ごめんなさい、不愉快にさせて」

 

「二人とも何してんの!レース終わったのにカリカリしないで…ッ!ピューマ!ねぇ落ち着いてよ!どうしちゃったの!?」

 

「退きなよシエル!アンタは何も思わないの!?」

 

「…ッ!でもダメだよ、ピューマ!」

 

ただ。

 

こんなにも必死な"ウマ娘"たちの華々しい初勝利を。

 

()()()()()になる機会を、奪わずにいられたことには。

 

なんだか少し、安心した。

 

○○○○○○

 

ヒリつく時間。

 

彼女は、この静寂が苦手だった。

掲示板を見つめて、誰もが息を飲んで。

ざわついていたレース場にふと、凪のように訪れる空白。

 

誰が勝った。

 

誰が選ばれた。

 

誰が成し遂げた。

 

教え子の勝利を願う彼女は、手汗を握りしめ掲示板を睨む。

その時、掲示板に数字が映った。

 

「ああっ…!」

 

そこに映ったのは、自身の願った結果ではなく。

彼女は強く手すりを握り締めた。

 

レース前は、不安で押しつぶされそうだった。

日課の夕方練の最中も。

不安で。

罪悪感で、圧し潰されそうだった。

だからこそ。

彼女は、虚を突かれた。

そのレースに、胸が痛くなるほど熱中してしまった。

 

自身の教え子たる、儚くて幼い、小さなウマ娘に。

 

「悔しい…悔しいねっ…」

 

噛み締めながら、彼女は呟く。

 

凡走。

 

正直に言ってしまえば、少女の"それ"はこの一言に収まるものであった。

可もなく不可もない。

そんな走り。

でも、その意味を知る者は、学園で…いや、世界で彼女を含め数人だけであった。

十分すぎるほどに、少女は成長した。

 

入着を競った。

あの、拙かった少女が。

 

悔しいと思えた。

少女の敗北を。

 

メイクデビュー、勝利ならず。

ここからは未勝利をいつまでに抜け出せるかの泥沼勝負になる。

そして、苦しい現実(期待されないこと)と向き合う期間でもある。

パドックで初めて実感したであろう、"評価されるということ"の恐ろしさとその理不尽さと。

ウマ娘たちはこれから、その理不尽と戦っていかねばならない。

 

それでも彼女は、悔し気に顔をゆがめながらも、少し笑ってみせた。

 

がんばれ。

胸の中で、彼女は呟く。

いずれ自分は、不要になる。それも近いうちに。

ただの一般科目の教師でしかない彼女は、それを理解していた。

故に願う。

近く、届かない場所へ行く教え子の未来を。

その旅路に、幸多からんことを。

 

「よっしゃああああ!」

 

その時、ひときわ大きな声が響いた。

その声に一瞬びくりと体を震わせた彼女は、声の主を探し視線をさまよわせる。

その先にいたのは、一人の若い男。

彼女はその男になんとなく見覚えがあった。

そして、気づく。

彼と、その近くにいる何人かに。

厳しい顔で掲示板を睨む者。

余裕のある顔つきの者。

それから、嬉し気に声を発する者。

ああ、彼らは。

 

トレーナーだ。

 

一見すると、服装が誰しもスーツというだけで纏う空気感はバラバラ、席も離れていて全員が全くの無関係に見える。

それでも、トレセン学園で教師を務める彼女には確信があった。

彼らは間違いなくトレーナーだ。

だって。

誰も彼も、あんなにもキラキラとした目をしている。

結果に向ける感情、表情とは別に、ただ純粋に今のレースを楽しんでいた、その余韻が目に残っている。

 

では、何故彼らのレース結果へのリアクションはそれぞれ違うのか。

 

それは、見事に勝利をおさめ出世街道に乗ったウマ娘の、担当トレーナーであったり。

あの枠順でなければ十分勝ち得たと確信している、次を見据えた担当トレーナーであったり。

敗北を、静かに受け止めている担当トレーナーであったり。

 

彼らは、このレースでひとつの()()を得た者たちなのだ。

 

リアクションの差。

それは結局のところ、勝者と敗者の違いに他ならないのであった。

 

○○○●●●

 

「よう、盛大に負けたな」

 

ウイニングライブ後。

控室のドアを開けた私に、彼はにやりと笑い話しかけてきた。

トレーナー。

私に、何かを求めている人。

今日はずっと、心を乱されてばっかりだ。

なんで、嬉しそうにしているの?

私は負けた。

入着すら、しなかった。

貴方は私に、勝ってほしかったんじゃないの。

 

「…次は勝ってみせます!」

 

怒りは顔には出さない。

笑顔で、でも少し悔しそうに。

()()()()()()()()()()()()()()

 

「うわべだけの悔しさなんて捨てとけ」

 

──────────?

 

今、なんて…?

 

「なあニンブルターン、()()()()()()()()()()()()()?」

 

覗き込んできたその顔を見た時、胸の奥がカッと燃えた。

 

そんな、気がした。

 

なんだ。

何が言いたい。

分かったような顔で笑うな。

 

「勝ちたかった…ことに変わりはないんだよな?」

 

やめろ。

私の目を覗き込もうとするな。

貴方が()()()()んだとしても、それはダメだ。

 

「でも、勝たなくてよかったとも思ってる…マジか、矛盾だらけだな」

 

私の心を読んだつもりか。

言ったことがあってるかなんて判断つかないじゃないか。

適当を言うな。

 

「勝ち負けとかは置いとけよ、なぁ」

 

うるさい。

うるさい。

うるさい。

 

うるさいッ!!!

 

「今日のレースは楽しかったろ?」

 

「言ったところでッ!それが本当かなんてどうわかるッ!」

 

声を荒げたのは、初めてだった。

 

一瞬の静寂が、私たちを包んで。

最高潮に達した怒りは、一瞬で過ぎ去っていった。

少しずつ、胸が冷えてくる。

大声を出した自身に、鼓動が早まる。

トレーナーは怒った?

恐る恐る、俯いていた顔を上げる。

 

トレーナーは優しげな顔をしていた。

 

「きっといつか、強くなれ」

 

それがさらに、私の胸をかき乱す。

 

「堂々と楽しかったと言えるほどに」

 

なんで。

 

どうして怒らない。

 

こんなに生意気に口答えをしたのに。

さっきから、見透かすような顔をして。

どうしてそんな顔ができるんだ。

 

「わかるさ、今日の君は雄弁だからね」

 

ああ、まただ。

また見透かされている。

レース前の、あの時のように。

胸が、頭がぐちゃぐちゃになる。

雄弁?

私は何も、言っちゃいない。

貴方は私の何を見てる。

 

何を!

 

…?

 

「トレーナー…?どこ、見てるの…?」

 

ふと、私は気づいた。

トレーナーの目が、私を見ているようで見ていないことに。

視線の先を負う。

そこにあったのは。

 

「…ぁ」

 

私の、強く揺れる尻尾だった。

 

何、これ。

 

左手で強く押さえつける。

 

先端だけが、せわしなく揺れる。

 

トレーナーに見られている。

 

気づくと同時に、毛が逆立った。

 

「何これっ!!!!!」

 

「…?何って、君が十数年共にしてきた君の体の一部だろう?」

 

睨みつけるようにトレーナーのほうを勢いよく向いたその瞬間。

奥のガラスに、自分の顔が…頭が、映った。

毎朝の鏡で見た時とは、まるで違う。

後ろに倒すようにして、左右の耳が潰れていた。

それはまるで。

 

ウソをつき続ける私を、あざ笑っているかのようで。

 

「…これで全部、オミトオシってわけ?」

 

呆然としながら、私はそう呟いた。

 

気にして、いなかった。

いや。

気にしているつもりに、なっていた。

 

ケモ耳。

ケモ尻尾。

 

可愛い、アクセサリーのようなもの?

 

違う。

 

そんなものじゃない。

 

「私の、何もかもわかるって?」

 

じゃあ、私は何のために彼女のふりをしているの。

なんで必死になって走ってるの。

もしかして。

私は、()じゃないとバレてしまったの。

 

じゃあ、彼女じゃない私の居場所は、どこにあるの。

 

「こんな体になんて、成りたくなかった………え?」

 

私、わたしは。

 

私は今、なんて言った?

 

ああ。

 

ああ、嘘だ。

 

違う。

 

本心じゃない。

 

違う、違うの。

 

奪い取った体に、私は今、なんて。

 

「…きもちわるい」

 

きもちわるい。

きもちわるい。

視界がゆがむ。

呼吸が浅くなる。

手の先が痺れる。

 

「お、おい…大丈夫か?」

 

私の身体じゃない。

これは、あの子のものだった。

 

「きもちわるい、きもちわるい、きもちわるい…」

 

一瞬、考えたりもした。

もしかしたら、自分は記憶喪失になった彼女自身なのではないかと。

または、彼女自身が作り出した別人格なのではないかと。

 

今わかった。

やっぱり私は、彼女なんかではなかった。

だって、こんなにも。

 

この体(耳と尻尾)を、気持ち悪く感じてしまったのだから。

 

「おい!ニンブルターン…しっかりしろ!おい!」

 

○○○○○○

 

「…で、何やらかしたんだ」

 

仏頂面で睨むナカヤマフェスタを前に、男は正座のままもう一回り小さくなった。

 

「わからない、わからないがきっと…」

 

───────俺は彼女のコンプレックスを、刺激しすぎたんだ。

 

そう話す男を、彼女はさらに厳しい視線で見つめるのだった。

ナカヤマフェスタはちらりとベンチを見る。

控室に備え付けられたそれには、小さな黒毛の少女が青白い顔で横になっていた。

椅子を持ってそこに近づき、その顔を男から隠すように間にドカリと座りこんだ彼女は、自身が控室に来た時のことを思い出していた。

 

彼女は、トレーナーとではなく学園の友人であるウマ娘たちとともにこのレースを見に来ていた。

それぞれ、お互いの後輩の応援のために。

誰が勝つか賭けてみたり。

自慢合戦が始まったり。

なんだかんだとワイワイ騒いで、ひと段落ついたので労ってやろうと控室に顔を出したら。

 

「おい!ニンブルターン…しっかりしろ!おい!」

 

これである。

白目をむく少女と、必死に肩をゆするアホ。

その後頭部を彼女がどつくまでに、そう時間はかからなかった。

 

そして、詳しい状況説明の後。

 

「フゥン…そんなことがあったわけか…」

 

『耳とか尻尾とか普通に動かせたのかよ!』

 

『トランプの時まじで一ミリも楽しんでなかったんだな!?』

 

そう突っ込みたくなる気持ちを必死に抑えて、ナカヤマフェスタは努めて冷静を保った。

少しだけ傷つきながら、ナカヤマフェスタはちらりと後ろの少女の顔を見る。

自身の体に戸惑い。

それを指摘されて、気絶した。

まるで自分の尻尾に驚く子猫のようだと、ナカヤマフェスタはそう感じた。

 

ただ。

 

「こいつは、今日のレースを楽しんでたのか?」

 

「ああ…誰が見てもわかるくらい、マジになってたさ」

 

「…そうかよ」

 

───────なら、いいさ。

 

仏頂面を少し崩して、彼女は小さく笑った。

 

なんとなく。

何か事情があるのだと、彼女は感づいていた。

トレーナーは事情を知っている何かが、少女にはある。

数年間を共にしたトレーナーの変化に気づかないほど、彼女は鈍くなかった。

きっと言わないのは、言えないからだ。

なら、聞かない。

 

ナカヤマフェスタは、自身が蚊帳の外であることを、少しムッとしながらも受け入れた。

もとより、手のかかる後輩なことは知れていた。

そのうえで連れてきたのは、彼女自身である。

 

当たるも八卦当たらぬも八卦。

 

少女の抱えるものを彼女が邪推したところで、何が変わるわけではない。

故にナカヤマフェスタは踏み込まず。

ただ、後輩の成長を喜んだ。

 

「お前は、面倒見がいいんだな」

 

ぽつりとつぶやくトレーナーの男に、にやりと笑って彼女は返した。

 

「だって、ワクワクするだろ?こんな型破りなやつ、他にいないぜ?」

 

「…ああ、違いない」

 

男もまた、曇った表情を緩めてにやりと笑った。

兎にも角にも、結果は出てしまった。

メイクデビューは大敗北。

入着ならず、未勝利戦の幕開けだ。

嘆いている暇はない。

男は、両の頬を強く叩いて気合を入れなおした。

 

「…よし!ニンブルターンの明日からのトレーニングを見直したい、お前にも協力してもらうメニューがあるから、話がしたいんだが…どうだ?」

 

「ああ、勿論!」

 

雛鳥よ、大きく育て。

大いに守られ、挫け、躓け。

いつか羽ばたくその日まで。

 

メイクデビュー。

Result、ハナ差6着。

未勝利へ移行。

総合戦績、ゼロ勝1敗。

 

さあ、長い長い旅路のはじまり。




各視点からの、リザルトでした。
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