生暖かい目でご覧ください。
春の目覚め
──昼のトリニティ総合学園。
ランチタイムで表通りの賑わいは最高潮。
「何にしようか」や「美味しかった」などと生徒達が談笑する。
それと比べてとあるレストランの裏…食欲がそそられる匂いがダクトから漏れ人気のない空間に充満していた。
そこに人影がいくつか…今そこで学園のルールを破る「取引」が行われようとしていた。
「その、ホンモノなんでしょうね?」
「信用して。ちゃんと入手ルートは確かめたんだから」
小さな声が交わされる。
数人の生徒が集まり、紙の束がそっと取り出された。
── 試験問題のコピー。
ティーパーティーの管理下にあるはずの試験問題が何者かによって盗み出され、不正に売買されようとしていた。
どれだけ技術が発展しようともテストは結局ペーパーに落ち着くがそれがこんな事態を招く時もある。
「こ、これさえあれば…」
「まぁそういう事よね」
「ヨシッ…
人差し指と親指をこすり合わせる。
誰もが笑い合う。
悪いことだと分かっていても、誘惑には抗えない。
手っ取り早く楽をしたい──そんな浅ましい欲望がこの場に渦巻いていた。
──だが。
「お話し中のところ、申し訳ありません…ちょっとよろしいでしょうか」
静かに、けれど確実に響く声。
「なッ!?」
肩をびくつかせ生徒達が振り向くと、そこには黒を基調としたセーラー服を纏った少女が、まるでパイプを溶接した様な見た目のSMGを構え、射撃準備を完璧にして立っていた。長めの桃色の髪と黒っぽい小さな翼を風になびかせる。
「な、なんですかあなた…」
「そう言われましても…この制服を見れば…分かるのでは?」
見せつけるような形で、赤いリボンの位置をなおす。
「正義実現委員会の下江シオリと申します。学園の秩序を守るため、ご同行を」
彼女の口調は穏やかだった。
けれど、その目はまっすぐで決して揺らぐことはない。
「ッ…」
「!」
一人がホルスターに手をかけた瞬間、ピストルを引き抜くスピードより速くSMGの引き金を引く。
当然の如く弾丸は発射されみぞおちにクリーンヒット。
そのまま流れるようにもう二人にも当てる。
「にっ…逃げよう!」
「往生際の悪い奴らだよ…『こちらパトロール中の下江、コード415…例の取引です、すでに三人はダウン…残りは逃走中、追撃します』
『了解。小隊が3分で現着します、オーバー』
『感謝です、アウト』
慌てて路地裏を飛び出す生徒達。
追うために続けて飛び出るシオリ。
その後を追う小さな影には、まだ誰も気づいていなかった。
ズガガガガ
金切り音が通りによく響く。
「きゃぁ!」
「なっ…なに?!」
「正実よ…何かあったんだわ」
「最近忙しそうだよね」
突然の銃声に混乱が広がる表通り。
人々が慌てて走り回る中を走り抜けていく姿が見える。
乱射はできない…SMGを単発に切り替え冷静に構え、逃げる背中にそれぞれ5発ずつ命中させダウンさせる…が一人を取り逃し路地に逃げ込んだ。
「落ち着いてください、すぐに委員が駆けつけますのでその人たちには触れないでおいて!」
「はっ…はい…」
そう叫び、路地裏に飛び込む。
「……すごい……!!」
そして、その光景を物陰からこっそり覗いていた少女がいた。
下江コハル。
シオリの妹であり、普段は内気で人見知りな少女…なのだが…彼女は今日、偶然姉が取り締まりに向かうところを見つけ、「ちょっと見てみようかな」と好奇心でついてきただけだった。
追うように路地裏に近づくが、姉と逃走犯が対峙している状況をみて慌てて隠れる。
胸が高鳴る。
姉の毅然とした態度、揺るぎない信念、そして圧倒的な強さ──。
(かっ…かっこいい…!)
背中と頭の翼をパタパタ動かしチラリと覗く。
追い詰められた相手は逃げるのに必死になり、ライフルのチャンバーに弾を送り込む事さえしていない。
反撃はできない…殴りかかる?鉛弾の雨を喰らうか銃床が飛んでくるかだ。
レンガ造りの壁に背中をくっつけ歯を食いしばっている。
「うっ嘘でしょ…よりによって行き止まりなんて」
「ここら辺は多いんだよ、こんな感じの路地がさ。ほら…銃捨てて、てぇ挙げて」
旗振りのような事を言いつつジリジリと迫り、こっそりフルオートに切り替える。
降伏さえしてくれれば痛い思いはさせないと伝えるが中々動かない。
まだ抵抗するつもりか恐怖で体が動かないか…それとも他の理由か。
(お…おぉ…)
その光景に夢中になり片目だけで見ていたのが前のめりになっていくコハル。
「すごいなぁ……私も、お姉ちゃんみたいになりたい……」
思わず、コハルは呟いた。
──そして、その瞬間。
ズルッ!!
「きゃっ!?!?」
バランスを崩し、コハルは派手に転んだ。
そのまま物陰からダイナミックに飛び出してしまう。
「……えっ?」
「……ん?」
姉と逃走犯…二人の視線がコハルに集中する。
「え、えーっと……」
コハルは冷や汗をかきながら、必死に言い訳を考えた。
脳をフル回転させる。
目がぐるぐる回る。
涙も溢れてきた。
「こ、これはそね……えと……」
「…………」
「た、たまたま通りかかりました!!!」
嘘である。
「か、買い物途中なの…!!」
大嘘である。
「えっ?!こ、コハル」
驚く姉…呆気に取られている犯人。だがどうやら犯人の彼女は思ったより切れ者だったらしい。
「このぉ!」
「ッ…!」
隙を見つけ。咄嗟にライフルのチャージングハンドルを引きシオリを狙うが…その金属音を拾い、片手でSMGを乱射した。
バラまかれた弾丸を全身に浴び、相手は伸びてしまった。
意識を失う数秒間でトリガーを引いたのか、数発の5.56ミリ弾が空へと消えていく。
落下地点に人がいない事を祈るばかりだ。
シオリは『ぴゅーい』と唇をふく。最近やっと口笛ができるようになったのでカッコつけてみたくなった。
念のため、ポーチからマガジンを取り出し差し替える。
残りがいないか周囲を警戒。一拍置いて…妹に向き合う。
「ななんでここにいるの…!」
「え、ええと、ち…違くて……!」
ーーーーーー
「お手柄ですねシオリ」
「捕縛は成功しましたが…いえその…表通りに混乱を招いてしまいました…お昼時なのに」
「大丈夫ですよ」
先輩がチラリと気絶したまま連行されていく生徒達を見て小さく何度か頷く。
「一般生徒に被害は無し、壁に弾痕も無し、モノも回収。非はありません、正しい事をしただけです。これで我々の仕事はひと段落ですが…生徒会の仕事は増えましたね」
「一から問題の作り直しですからね…まぁ茶会の方々ならすぐに何とかできそうですが」
「ふふ、確かにそうですね。とにかく、後は引き継ぎます」
「お願いします!」
「そう言えば…先輩方も期待しているそうですよ、いいルーキーがいると」
そう言われ照れくさそうにうなじをかく。
「本当ですって」
「そ、そんなにですか?」
「えぇ」
そんなことはないと、鼻をこすりながら笑う。
同期にはすごい人がもっといるから。
「羽川先輩こそですよ、次期委員長か副委員長と噂されてますが…実際どうなんです?」
「ふふっ揶揄わないでくださいよ、まだ分かりません」
なるほど…と頷く。
「あぁ~その報告書なんですが…」
後ろで申し訳なさそうに座っている妹の事を見る。
今から死刑にでもされるのではないかというレベルで顔面蒼白だ。
「大丈夫です、明日出してくれれば構いません。では私はこれで…何かあったら連絡してください」
「了解です、お疲れ様でした」
一礼をし、先輩と別れた。
さて…お話の時間だ。
妹の元にゆっくり歩いていく。
「コハル」
「えっ…とその」
「お腹は空いてる?」
「え?」
口もとについたパンくずをハンカチで拭う。
古い複葉機の刺繍が入った愛用品。
「……それで、コハル。」
姉であるシオリは、カフェテリアのベンチに座りながら、隣にいる妹を見つめた。
コハルはサンドイッチセットを平らげ、お腹が膨れている。
「なぜ、取り締まりの現場にいたのか……説明してもらえるかな?」
「え、えーっと……」
コハルは目を泳がせながら、必死に言い訳を考える。
「……ちょっと、その……お姉ちゃんの仕事を見てみたかっただけで……?」
「ふーむ」
シオリは腕を組み、じっとコハルを見つめる。
「なるほどねぇ、”興味本位でついてきた”って事?」
「うっ……」
図星を突かれて、コハルは肩をすくめる。
「まあ、それ自体は悪いことじゃないよ」
シオリはため息をつきながらも、優しく微笑んだ。
レモンアイスティーに口をつけ、氷をストローで回す。
「だけど…もしあの場で本当に危険な状況になっていたら、どうするつもりだったの?」
「え、えーっと……逃げる?」
「できればいいけど…うーん、そのヒマもなかったら?」
「そ、それは……」
「私だってまだ下っ端…勝てない相手もいるんだよ」
言葉に詰まるコハル。
確かに、今日の取り締まりは比較的穏やかなものだった…気がする。
だが、もし相手がもっと危険な存在だったら──?
(……お姉ちゃんの言うとおり、あの場にいるべきじゃなかったかも……)
少し落ち込んだ表情を見せるコハル。
しかし──その直後。
彼女の中に、ふと新たな感情が芽生えた。
(でも……。)
──それでも、今日見たお姉ちゃんの姿は本当にかっこよかった。
信念を持って悪を裁き、堂々と立ち向かうその姿。
(私も、お姉ちゃんみたいになりたい。)
その思いが、コハルの心に強く刻まれる。
「……お姉ちゃん!」
コハルは勢いよく立ち上がった。
「私、正義実現委員会に入りたい!」
「…………わお」
シオリは一瞬驚き、素っ頓狂な声が出てしまった。
しかし、すぐに冷静な表情に戻り、妹の目をじっと見つめる。
「……コハル、本気?」
「う、うん!」
「えっとぉ…どうして?」
「えっと……その……お姉ちゃんみたいに、正義を守りたくて……!」
コハルの言葉に、シオリはゆっくりと目を閉じた。
なんか話が飛躍している気がするが…そこまでまっすぐな目を向けられると…すっごい答えにくい。
唇を噛み、なんどか頷く。
「いいよ、応援する」
「やった!」
「でもね…?」
「?」
「まず…こ、高校生にならないと…ね?」
「あ…」
ポカーンと口を開けた妹の肩に手をポンと置き、もう片方の手で頭を撫でた。
エッチの気配はまだ無いようだ