【悲報】下江姉、エッチを知らない   作:スラバヤサトゥ

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首にまくモノ締めるモノ

薄いオレンジ色の夕陽が、カーテン越しに部屋の壁を染めていた。

定例の業務報告会は無事に終了し、今日も特に大きな事件はなかった。

春の夕暮れ。日が長くなってきたせいで、少しだけ気が緩む。

 

室内には、数人の委員が残っていて、それぞれが今日の報告をまとめたり、個人装備のメンテをしていた。

そんな中、シオリは自分の席で小さなホチキスと格闘していた。

中々針が貫通しない…ホッチキス機関銃なら余裕で使えるのに…と、くだらない妄想が浮かんだ。

アレの射撃音好きなんだよね。

 

バチン

 

「よしっ…これで報告書は全部っと…」

 

小さく息を吐いてから、視線を上げる。

隣の席にはイチカちゃんの姿。今もポケットサイズの手帳をいじりながら、ふんふんと鼻歌まじりに何か書いていた。彼女も仕事終わりが近いらしい。

 

そんな彼女の首元に、ふと目が留まる。

 

(……あれ?)

 

黒い、細身のチョーカー。

光沢を抑えた素材に無地…そんなシンプルな一品。

委員の制服に溶け込むようにデザインされていて、これまであまり意識してこなかった。

 

シオリは自分の首をつかむように触るが…何も無い。

 

「ん…?…!?ちょっ!」

 

そんな動作を手帳からふと顔を上げたイチカが目撃した。

彼女のトレードマークと言える細い目がかっぴらき、慌ててシオリの奇行を止めるべく手を伸ばした。

 

「イチカちゃん!?どうしたのそんな急に」

 

「いやいやいや、どうしたもこうしたも無いっすよ!ナニ自分の首絞めようとしてるんすか…!」

 

「首を絞める?」

 

シオリは相手の発言の意図が読めず、目を点にしながら固まったが数秒後『あぁ~』と声を上げ笑う。

 

「大丈夫大丈夫、ちょっと触ってただけだよ。心配性だな~」

 

「…そんな両手でガッといく必要性…」

 

「私は急に窒息しようとするほど狂ってないって」

 

「怖いなぁ…で、なんで首なんか触ってたんすか?虫にでも刺されたとか?」

 

「あぁ…それなんだけどさ…」

 

シオリは少し頬をかきながら、言葉を選ぶように視線を泳がせた。自分でもちょっと変なことを言い出すのは自覚している。

 

「……そのチョーカーって、いつからつけてる?」

 

イチカは「えっ?」という顔で首を少し傾け、自分の首元に手を添えた。

 

「あーこれ? 委員会の支給品のやつっすよね。入った時から……っていうか、皆つけてない?」

 

「……え? 私、つけてないよ?」

 

「え? マジ…ってホントだ。なんか自然すぎて逆に気づかなかったっす…無し派ってやつ?」

 

「無し派って……そもそも派閥があるの?」

 

冗談っぽく聞き返すが、内心では少しざわついていた。

つけていないのは自分だけ、という事実にようやく気がついてしまった。

 

「え、てっきり好みで外してるのかと思ってたっす、そういうスタイルなのかって。てか、あれ“任意”って通達に書いてあったっすよ?チョーカー、支給って」

 

「そういえば……なんか貰った気がする……?でも、あの時いろいろ入ってて確認してなかったかも……」

 

言い訳じみた口調になる。

イチカはというと、シオリの反応にちょっとだけ困ったような笑みを浮かべた。

 

「いや、まぁ義務じゃないっすけど……でも何ていうか皆つけてるしって空気で? 自然と」

 

「で、伝統って奴?」

 

「そんな感じすかね?あと、制服の一体感っていうか、“うちら正実っす!”みたいな? 記念品的なノリもあるし」

 

「そんな……そんなの知らなかったよ……」

 

全ての事柄が説明される訳ではないって奴。

 

「まぁ別に所属は制服あるし…私達に至っては腕章があるからそこまで気にしなくても…」

 

「いやでも、皆つけてるじゃん…考えてみればハスミ先輩もツルギ委員長もつけてるし…!」

 

「ツルギ先輩は…なんかすごく刺々しいヤツだったっすね…あ、そう言えば」

 

イチカは自分のスマホを取り出して、先日の活動写真をサッと開く。

そこには制服姿の委員たちが並んでいて――皆、確かに黒いチョーカーをしている。

しかも一年生。

 

「あぁ…みんな優秀な一年生だね…って!わざわざ見せないでよ!虚しくなるじゃん」

 

シオリは写真を覗き込みながら、思わず唇を尖らせる。

 

「あはは!………かわいそうすぎるっすね」

 

「笑わないでよぉ……」

 

そう言いつつ、顔がわずかに赤らんでいる自分を感じる。

 

「首元ノーガードのシオリって二つ名がすぐそこっすね」

 

「イヤだよそんなの…もし二つ名を付けられるなら『戦術兵器』だとか『走る閃光弾』とかそういう感じがいいよ」

 

「私はどっちも遠慮しとくっす」

 

「むぅ…」

 

自分だけ足りないパーツがあるような、そんな感覚が今さらになって湧いてきた。

今まで目立ってきたのかなぁ…後輩達に『なんでこの先輩…』みたいに思われてたんだろうか。

そうなるとますます心がザワついてくる。

体の中に虫がいて、走りまわっているような気分。

 

後輩…後輩……あ。

 

「コハルもちゃんとつけてた…」

 

イチカの前でぽつりと漏らすように言ったその言葉は、自分でも驚くほど静かで、どこか寂しげだった。

 

「あぁ…そう言えば」

 

イチカが返すその声は、曖昧ながらもどこか気を遣うような色を含んでいる。

 

最初は愛する妹の笑顔がシオリの頭の中に浮かんでいた。が、彼女の注目は記憶の中の「ある一点」に吸い寄せられる。

すぐに折れちゃいそうな細くて綺麗な首…そこに通る黒い線。

それは規則でも強制でもない。だけど、妹は自然に、それを「当たり前」のように受け入れている。

 

そして自分はどうか。

 

今日まで、それすら知らずにいた。

 

「…姉より妹の方が優秀説…私が証人になれるよ…」

 

つぶやく声はどこか遠くを見つめるようで、内容のわりにトーンが平坦だ。

そして今にでも机に突っ伏しそうな姿勢の悪さ。

 

虚ろな目をし、ブツブツ言い始めたシオリの姿が見るに堪えなくなってきたのかイチカは頬杖を突きながら言う。ぐりぐりと眉間をこすりながら、聞きたくなかったセリフを処理するように大きく息を吐いた。

 

「はぁ…じゃあシオリもつけ始めたらいいじゃないすか?」

 

「……っ!」

 

虚ろだった目に、唐突に光が差し込む。

桃色の瞳が輝き始めた。

 

「…そうかも! そうだよ! つければいいじゃん!単純な話だ!」

 

バチッと何かのスイッチが入ったように、シオリが立ち上がる。椅子がガタンと音を立てて後ろに引きずられ、同室の委員たちがチラッと視線を送ってくる。だが、彼女はそれに気づかない。

 

「私は正義実現委員会の一員!制服の一部が抜けてるなんて、ありえないよね!?」

 

「イヤ…制服の一部って訳じゃないすけど…気にするならって話っすよ」

 

「むしろ、今まで気づかなかったのが不覚だった!先輩として姉としての威厳がぁぁぁ……!」

 

「あぁ、もうなんか切り替わっちゃった」

 

頭を抱えるイチカ。

やっぱりこの友人はどこか狂気が見え隠れする…が、人の事言えないか、と小さく息を吐いた。

その横で、シオリは何かを決意したように胸の前で拳を握る。

 

「よし、今日帰ったらすぐに探す!一年の時の支給品の中にきっとあるはず!」

 

「いや、それ見つからなかったら?」

 

「多分ある!」

 

「答えになってないっすよ」

 

一体何が彼女を突き動かしているのか全く分からなかったが、シオリらしい言動に、イチカは半ば呆れ、半ば楽しげな表情を浮かべた。

 

「よーし、今日は帰ったら大捜索だ。待ってろよ、ナカマサ!」

 

「急に苗字で呼ばれるとなんかビビるんすけど…」

 

イチカは疲れたのかスマホをいじりながらやけにふやけた声でエールを送った。

 

 

 

 

 

 

夜の室内は、静かだった。

シオリの部屋の明かりだけが、マンションの一角でぽつりと灯っている。

廊下にはコハルの足音もない。

さっき寝室へと消えていった妹は、おそらくもう毛布に潜り込んでいる頃だろう。

だが、シオリの動きはまったく止まる気配がなかった。

 

「うーん、これじゃないし……これも違う……って、なんでこんな所に……中学時代の自由研究……?」

 

引き出しをひとつ開けるたび、出てくるのは懐かしいガラクタや記憶のかけら。

それをひとつひとつ脇へよけながら、シオリは押入れの奥へと身を乗り出す。

 

スマホのライトを起動し、特殊部隊がクリアリングをする用に光を照らす。

奥の方、中にはいくつもの段ボールや収納ケースが積まれていた。

 

着なくなった服、昔にやってたゲーム機の空箱、古い教科書…なぜかコハルの小学生時代のアルバムも混ざっている…目的品ではないがこれは見つかって良かった、あとで見よ。

 

「うわぁ……蜘蛛の巣が…」

 

そうは言いつつも、探し出すまで諦めるつもりはない。おしゃれも兼ねた「身だしなみの一環」「正実としての自覚」「先輩としての威厳」なのだ。

 

ひとつ、またひとつと箱を開けていく。

でてくるのは過去のノートや、読みかけの文庫本、今は使っていない銃の整備セット。

今の私は、探検家か、はたまた考古学者か――そんな気分だった。

 

「…見つけてやる…っ!」

 

押入れの最奥、埃をかぶった段ボール箱の山を手当たり次第に引っ張り出していたそのとき――

 

「……お姉ちゃん?」

 

ひょっこり、ドアの隙間から顔を出したのは、パジャマ姿のコハルだった。

 

「んわっ!?」

 

唐突な来訪者に、シオリはバランスを崩し、頭を押入れの天井にゴンとぶつけた。

 

「いったぁ……コハル? どうしたの、もう寝たんじゃ……」

 

「寝たよ~……けど、大き目のガサガサ音がしてたから見にきたの。何してるの?」

 

髪がふにゃっと乱れたままの妹は、目をこすりながらも、じっと押入れの前に座り込む姉を見つめていた。

 

その問いに、シオリは一瞬だけ口を閉ざしたが――

 

「チョーカー、探してた」

 

「へぇ…珍しいね、いつもつけてないのに」

 

「ちょっとね…気づいたら、委員会の皆がつけてたからさ。自分だけ無いってなんか……変な感じしちゃって」

 

「あはは、別に誰も気にしてないよ?」

 

「……私は気にしちゃうの」

 

ぽそりと漏らした姉の言葉に、コハルは一瞬だけ目を細めたが、すぐにあくびを一つ。

 

「そっかぁ……じゃ、頑張って。……おやすみ」

 

「うん、おやすみ」

 

妹はそれ以上なにも言わずに部屋を後にした。廊下の先で、扉がしまる音がした気がする。

 

 

それから数分後。

まだシオリは押入れと格闘していた…が彼女の前に一つの箱が現れる。

 

「ん……ん?あ、これ……?」

 

一番端の段ボール。

 

「委員会のマークが貼られてるし……支給品かな?……たぶん……うん、きっとそう」

 

何故こんな奥に眠っていたのかは見当がつかない…大掃除した時の名残だろうか。

中を開けると、整然と畳まれた黒のスペア制服と共に、小さな透明袋に入ったアイテムが目に入った。

黒く、細い……けれど――

 

「……あれ?」

 

チョーカーにしては、ずいぶんとごつい。

黒い帯状の革に、しっかりしたバックル、そして小さく金属のプレートらしきものがついている。

だが他に目立った装飾は無いシンプルなデザインだ。

 

「えっと…これは?」

 

首輪だった。

どう見ても、『チョーカー』ではない。どちらかというと――

 

「ワンちゃん用…?いやでも飼ってないし…あ、なんかバンドの人とかこういうのつけてた気がする、アレも結構ごつかったし」

 

これ以外にないか箱の下まで覗くが、それらしきモノの姿はない。

 

「…」

 

そのチョーカー首輪もどきを手にしながら少しだけ眉を寄せる。

イチカには『ある』と言ってしまったため、つけていかないなんて選択肢は選べない。

 

「…黒いし、素材は悪くないし、シンプルで主張しすぎないし…なんかロックだ」

 

覚悟を決めてそれを手に取る。

 

「……結構いいかも」

 

 

 

 

朝の空気はまだ少し冷たく、カーテンの隙間から差し込む光が部屋の床にまっすぐな線を描いていた。

 

「ふぁぁ……あれ、お姉ちゃん……?」

 

洗面所に顔を出したコハルが、パジャマ姿のまま不思議そうにシオリを見つめた。

鏡の前で制服の整えている姉の姿。どこか違和感がある――そう思って、目をこらす。

 

「……お姉ちゃん、それ……」

 

「うん!気づいた? ついに、私も今日からチョーカーデビューだよっ!」

 

シオリは自信満々な顔で首をみせる。

黒い、それはもうどこからどう見ても“それ用”の、存在感が強すぎる首輪が見えた。金属のプレートが、朝の光を受けてキラリと輝いている。

 

「……えっと……」

 

コハルはしばし口を開けたまま固まる。首を傾げたまま、なぜか少し視線を逸らすようにしてから――そっと言った。

 

「お、お姉ちゃん……それ……ほんとに、チョーカー?」

 

内心で絶対に違うと分かってはいたが聞いてみた。

 

「首輪っぽいけど、ロックで黒だし制服にも合うし…どうどう?似合ってる?」

 

「ろっく……う、うん……似合ってるよ。……すごく」

 

嘘は言っていない。似合ってはいる。とても、よく似合っている。だがそれは――そういう意味ではなかった。

 

「まぁ分かっていたけどちょっと締め付けがあるね」

 

「…す、すぐ慣れると思うよ…」

 

目を泳がせるコハル。

 

(いや、誰か教えてあげて……いや、私か?いやでも教えない方がお姉ちゃんの為…?でもこのまま登校しちゃったら…)

 

コハルはそのまま何も言わずに洗面所を去った。妹なりの姉への尊重と、ちょっとした逃避である。

ふと彼女の足がリビングに向かう途中の廊下で止まる。

 

(……お姉ちゃん、あれがどう見てもただのチョーカーじゃないことは、薄々気づいてるはずなんだよね…首輪っぽいって言ってたし)

 

コハルは唇を噛んで考える。

姉の無垢さには一時期絶望したが、それは一応受け入れた。

 

生活していて表に“そう言う情報”が飛んでくる事はほぼ皆無…こういってはアレだが…多分ソレを姉が理解する事もこの先ないだろう。

だが、今回のような――神様のいたずらか…危ない状況に自ら近づいて行ってしまう場合がある。

 

(知識が無いのは仕方ない。でも……一度はおかしいかもしれないと感じたのに、そのまま受け入れちゃうのは、どうなんだろう)

 

『首輪っぽいけど、ロックで黒だし制服に合うし』

 

そう言った姉の言葉を思い返す。

 

(違和感を感じたはずなのに、それを逆にこれでいいって思っちゃうなんて……発想が飛びすぎだよ……ロック…?えぇ?)

 

 

事の発端は『周りがチョーカーをつけている状況でしていない自分が浮いているのでは?』と言う危機感的なモノだったハズだ…そう言うのは気にするのに、首輪に対する違和感に対してはほとんどスルーなのが不思議でならない。

やはりどこか飛んでいると言うしかない。

 

アレは首輪だ、百人に聞いて百人が首輪と答えるだろう。

普通、人間がつけるモノではない…つけるとしたら、特殊な遊びをしているのみに限る。

あんなのを日中につけて人前に出たら『あぁ行為の途中なんだ』と勘違いされて色々終わるに決まってる。

もしくは変な人に…あんなことやこんなことを…

 

「……ま、守らなきゃ…」

 

姉の背中を思い浮かべながら、コハルは小さく呟く。

再び足を動かし、リビングへ。

焼きあがったトーストを皿にうつし、バターを塗る。

 

さて、かじろう。そうした時――その首元に朝陽を受けてわずかに光る、再び黒い線を思い出す…すると『とある事』に気が付き体中から冷や汗が滲み出てきた。

 

「…………あ、あれ私が前に買ったやつだ…」

 

一瞬目の前が真っ白になった。

興味本位で買ったが結局…我に返り、使わずにしまったヤツ…なぜ姉の部屋の押入れ…しかも委員会の箱に?

昔の私がヤバかったのかはたまたお姉ちゃんがヤバったのか…是非ミレニアムの人にはタイムマシンを作って欲しい。

 

「…」

 

考えて見れば、遠回りに姉妹でそういうプレイ的な事をしてしまっている訳だ。

罪悪感と絶対に感じてはいけない背徳感で朝からグチャグチャになるコハル。

 

沸きあがった頭を必死でリセットしながら、冷静になろうと努めた。

 

(他人ならすぐ指摘できるのにお姉ちゃん相手だと中々言えない…)

 

『エッチなのは駄目、死刑』

 

最近開発してしまったこの言葉……イヤ開発何て大層なものではなく咄嗟にでた言葉だけれども。

 

姉に死刑なんて言えないし、『エッチ』なんて概念がそもそも欠如している可能性があるので意味がないかもしれない。

 

すぅ…

 

大きく息を吸う。

 

「…とにかく今日はお姉ちゃんを見張らないと…」

 

そうコハルは決め、トーストをかじった。

 

 

 




一応、PVのモブでチョーカーをつけていない正実の娘は確認できるんですけど…過剰反応しているのが姉さんです。


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