ぱひゃひゃ
キヴォトス歴…ⅩⅩⅩX年○月□日…時刻は午後13時05分…正義実現委員会に一通の通報があった。
『所属不明のオートマタが多数暴走中』
すでに被害者多数。
もちろん委員会は行動を開始した。
『アベニュー
電子音にまぎれるようにして、怒号にも似た指示が全委員の無線機に叩き込まれた。
アベニューⅣ…正式名称は「トリニティ・アベニュー
飲食関連の店舗が連なる地域だ。自治区を見渡せばそんな場所どこにでもあるが、Ⅳ号は食べ歩きに特化する事で他と差別化を図っている。
おかげでトリニティ在住の者は勿論、観光客にも人気だ、なんせ駅が近い。
そんな繁華街で、オートマタの暴走――。
委員会にとっては、規模も位置も最悪な案件だ。
『了解、急行する』
『スタッグハウンド*12台を投入、すぐ向かわせる!』
『発砲を許可!繰り返します、発砲を許可!』
各方面に散らばる仲間達の通信をイチカとシオリはベンチに座り、ハンバーガーをもう数センチでかじれる位置で腕を固定しながら聞いていた。
間抜けな顔をし、しばらく見つめ合う二人。
「…」
「…」
しばらく沈黙が流れた…が
「やばいやばいやばい!」
「何なんすか!人がお昼食べてる時に!」
慌てて立ち上がろうとしたシオリとイチカ。
だが、勢いがつきすぎて――
ガタンッ!
二人が乗っていたベンチが見事に後方へとひっくり返った。
「アラーッ!!」
「痛っ!?」
尻もちをつき、ハンバーガーは無惨にも空中を舞う。
ベチャッという哀れな音と共に、芝生の上に落下した。
(あーあ…私のクワトロチーズバーガーが…!)
シオリは、地面に手をつきながら絶望の叫びを心の中であげた。
だが、そんなことを気にしている暇はない。
このハンバーガー以上に悲惨な事が現場では起きている。
「し、指令きちゃったっす!急がないと!」
「バーガーはまた今度…うぅ…」
互いにボロボロの姿のまま、素早く起き上がり、装備を整え始める。
――その時だった。
「お姉ちゃん!!」
駆け寄ってくる小さな影。
走る際の揺れのせいか…帽子は斜めにずれ、左肩を大幅に晒しつつライフルを抱えながらコハルが走ってきた。
その後ろには、委員会所属の一年生たちが数名、ゼエゼエ言いながら続く。
「はぁ、はぁ……無線聞きました!合流指示出てました!」
「た、たしかアベニューⅣですよね!」
「現地、まだ鎮圧されてないって……!」
「ナイスタイミングっす、みんな!」
イチカが指で「集合」の合図を送ると、全員がビシッと整列する。
流石、教育係…一年生の『扱い』って言うと道具みたいで響きが悪いが…そう言うのが上手い。
私は…一年生に慕われてるのかなぁ…?コハルを通じて~みたいな事もできない訳ではないが、それだと先輩としても姉としても大事な何かをドブに捨てるような気がするのでやめておこう。
「とりあえず急行!現場で状況確認っす」
「「了解です!!」」
「コハル!行こう!」
「うん!」
キヴォトスの青空の下。
災害現場へと走る、正義実現委員会のメンバーたち。
(はぁ…クーポン使わなければよかったなぁ…)
シオリは小さく心で呟き、汗ばむ額をぬぐいながら、走り続けた。
――そして、すでに事態は「想定外」の方向へと進んでいることなど、まだ誰も知らなかった。
息を切らしながら、シオリたちはアベニューⅣに到着した。
しかし、そこに広がっていたのは――
「……え」
思わず、声が漏れた。
飲食店の看板やパラソルは倒れ、ところどころに煙をあげる残骸…真っ二つに千切れた車はハザードランプを点滅させながら、オイルを垂らしている。
壁に大穴を空けた建物は人気のクレープ屋だが…今は何とも無残な姿になり果てていた。
想定していた状況よりも遥かに酷い有様。
しかし、暴れるオートマタの姿はどこにもない。
「は、ハリケーンでも通ったの?」
コハルは肩をびくつかせながら呟いた。
「天気予報もあてにならないっすね~」
背中にライフルが突き刺さり、うつ伏せで倒れているオートマタの頭部を少し持ち上げながらイチカが冗談交じりに言う。
(…銃剣がついていないのにライフルが刺さってる!?)
これが、機械であるオートマタではなく生身の人だったらどうだろうか…考えたくもない。
地面にはキラキラと輝く何かが沢山散らばっている…割れたガラスと空薬莢だ。
シオリは足元に落ちていた金色の筒と赤い筒を拾いあげ、その手の中で転がした。
「……5.56に12ゲージ…軍用ではなく民間品だ、コンビニで売ってる一般的なヤツと特に変わらないかな」
そうと知れば、用は無い…ぴーんと指で空薬莢を弾き捨てた。
回収は専門の業者がいるのでそれらに任せればいい。
「とにかく進もう」
「そうっすね…皆警戒っす!伏兵がいるかもしれいっすから」
「了解です!コハルちゃん!私はコッチ側を見るから反対側をお願い!」
「う、うん!任せて!」
静かな繁華街を見回しながら進むが、特に気配を感じる事は無い。
通報は誤情報?いやでも、この残骸やらを見るに『何もありません!』なんて説明はできない。
「イチカちゃん…報告しとこう…」
「っすね…『あーあー…こちら仲正…えーと、アベニューⅣ…っすけどぉ…落ち着いたって感じっす』
『えぇ?もうか…?…あぁ…なるほどな、分かった…今、副委員長が向かってる…処理は副委員長に任せよう…オーバー』
「…困惑してますね…」
一年生がそう漏らした。
そりゃそうだ…移動時間に現地での戦闘時間をプラスしたら、普通こんな短時間で事が片付くなんて事はありえな…………くないや。
「ねぇ…イチカちゃん?もしかしなくてもさ」
「あぁ~大丈夫っす。それ以上言わなくても」
心がつながってるのか、イチカちゃんがエスパーなのか…どちらにせよ考えてる事は一緒だ。
一度、息を吸い…言う。
「「ツルギ委員長」」
一切のずれ無く二人は一人の先輩の名前を口にした。
「これしか考えられないっす」
「うん、これ以外考えられないよ」
今になって考えてみればそうだ。
オートマタでも生徒でも…どれだけ暴れたとて、ここまで酷い光景にはならない。
もし、中々の手練れだったとしても壁にヒビか凹みを与えるレベルが限界だろう。
しかし、今ここではどうだろうか…?壁にはヒビを超えて、穴が空き…風通しが良くなってる…リフォーム屋もひっくり返るだろう。
そして車は、饅頭でもちぎったみたいに綺麗に真っ二つだ、オープンカーどころの話ではない。
こんな状況を短時間で作り出せる人なんかキヴォトスでも数人しかいない。
両手の指…いや片手の五本でも足りる気がしてきた。
「あっ…あの背中は…」
「ん?」
しばらく歩いてから、もう少しで大きな交差点に差し掛かろうとしていたその時、一年生の一人が声を上げ、通りの向こうを指さした。
催眠術にでもかかったように全員の視線がその指先に向く。
「…やっぱり…」
答え合わせだ。
視線の先…ただ一人、通りのど真ん中に、委員長――剣先ツルギの姿があった。誰も何も言わない。ただ、空気が重たくなった。
ツルギは長く艶のある黒髪と刺々しい翼を火薬臭い風に靡かせている。
彼女の鋭い眼差しは、ただ立っているだけで周囲の空気を引き締め、飲食街の喧騒すら一瞬で霧散させる。
正実の黒い制服は、返り血かなにか…所々赤く染まり。他の委員とは一線を画す姿になっていた。
――まるで、戦場の中にぽつんと投げ込まれた“戦略兵器”
各方面から恐れられる、キヴォトス最強の一角。
そんなツルギが、今、アベニューⅣのど真ん中で、無言で立ち尽くしていた。
暴走したオートマタたちは、彼女の周囲に残骸だけを残して沈黙している。
瓦礫、煙、焦げたにおい…たった一人で地獄を作ってしまった。
異様な静寂の中、シオリたちが現場に到着した瞬間、彼女の背中から放たれる「すでに全部終わっている」という無言の圧が、肌に刺さった。
(……なんか遅いのが悪いみたいな空気ださないで欲しいっす…)
イチカは無言で心の中で突っ込みながら、現場の凄惨さとツルギの圧倒的な存在感に、ただ小さく肩をすくめたのだった。
(やっぱり……ツルギ委員長、桁違いだ……)
シオリは震えていた…恐怖と興奮…その両方。
委員長の力は知っていた。噂でも、訓練でも、目の前でも。
それでも、改めてこうして「現実」を見せられると、寒気すら覚える。
普段は結構優しい人なのだけれど…いざ戦闘が始まれば完全な別人だ。
委員長は、こちらに気づくと、ほんの少しだけ首を傾げた。
「あ゛ぁ゛?」
唸るような声。
一応、全然普通に話せるが…戦場では戦い方も、声もカイブツのようなモノになってしまう。
意図的なのか、自然にでるのかは…本人にしか分からない。
ツルギは到着した後輩達の元へ、いつもの前傾姿勢のまま、つかつか歩いていく。
そして彼女たちの目の前に立ち止まり、戦闘時とは違う、無表情のまま口を開く。
「……終わった」
短い、けれど強い言葉だった。
それを告げるだけで、彼女は再び視線を外し、何事もなかったかのように辺りを見渡す。
残されたオートマタたちの残骸と、焦げた空気がその成果を物語っていた。
シオリは思わず、ぎこちなく笑った。
「あ…その、流石ですね」
「すごいっすね……オートマタが、カスも残ってない……」
イチカも苦笑しながら周囲を見渡す。
無惨な残骸の山。それが、たったひとりの少女によって成されたという事実。
その時――
「ツルギ!!」
後方から、慌ただしい足音そしてエンジン音と共に、制服の袖を乱したハスミたち、正義実現委員会本隊が駆けつけてきた。
その顔には安堵――ではなく、明らかな怒りが浮かんでいる。
「……またですか!あなたには出撃命令は出てませんでしたよね!?」
ハスミの声は、普段の静かなトーンを残しつつも、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
停止したトラックと装甲車からは続々と委員が下車し、現場の状況確認…報告書製作の為の行動を開始し始めた。
「何もここまでしなくても…!」
ツルギはそんな彼女の叱責にも、無表情のままだった。
「……危険だった。だから、排除した」
ただそれだけ。
そのあまりにも簡潔な言葉に、ハスミはこめかみに手を当て、大きくため息をついた。
「……戦闘は、最小限の被害で抑えるのが原則です…何度も言っているでしょう!」
言葉を選びながらも、遠回しにはできなかった。
周囲に残る焦げた建物、破壊された屋台、道路のひび割れ――
それらすべてが、ツルギひとりの戦闘の結果だった。
(委員長…、強いのはいいんだけど、いちいちスケールが違うんだよなぁ……)
シオリは心の中でそっと思った。
コハルが言った『ハリケーン』もあながち間違いなかったのかもしれない。
無線にて『発砲許可』がおりる前にもう、委員長はひとりで一瞬にして敵を更地にしていたのだろう。
その姿は確かに格好いい――けれど、それ以上に恐ろしさがある。
「…ここまでくると、ティーパーティーからのお達しが…」
「……問題ない」
「大ありですよ!予算と行動に制限がかかるかもしれないんですよ!?」
「………救護騎士団がまだそうなっていないんだ、ならウチも大丈夫だ」
ツルギはまったく気にした様子もなく答える。
彼女にとっては、戦って勝つことこそが最も重要であり、報告書や処分などは些事にすぎないのだ。
それは1、2年生から同じ…経験を積んだ事によって3年目で一種の究極生命体が完成した。
おかげでハスミは胃を痛める…ちなみに食べ過ぎで胃を痛めたことは無い、何にも得意不得意はあるものだろう。
そんな二人のやり取りを、コハルはそっとシオリの後ろに隠れながら見守っていた。
ハスミは良くお世話になる相手だがツルギとはあまり接点が無かった…少し訓練を見てもらった事があるぐらい。
「お、お姉ちゃん……ツルギ先輩って、ほんとに人間……?」
「うーん……一応、人間だと思うよ……たぶん」
シオリの返事は、どこか頼りなかった。
しかし、誰よりも先に現場を鎮圧し、誰よりも早く事態を収めたその姿に、誰も文句は言えない。
――ただし、後の処理が地獄であることを除けば。
静かな夕暮れの中、正義実現委員会は、また一つ“穏便じゃない”事件を収めた。
ふいにツルギが、じっとシオリを見つめた。
焦げた空気を裂くようなその視線に、シオリは思わず背筋を伸ばす。
「シオリ、ちょっとこい」
ぽつりと落とされた一言。
え、え? と、シオリが間抜けな顔でまばたきをしていると、ツルギはさらに一歩、彼女に近づいた。
「付き合え」
「私!?」
完全に思考停止するシオリ。
イチカは「お、お疲れっす~!それじゃ私、帰りの任務が~!」と全力でフェードアウトしていった。
コハルも「あわわわ…」と小動物のように姉の背後に隠れる。
シオリはハスミの方をちらりと見たが…どうやら書類と睨めっこ中だ。
次にマシロと目があった、しかし微妙な顔をされ、目をそらされる。
「私も、報告書の作成をしなければ…と」
シオリは一応、抵抗してみた。
別にツルギ先輩が嫌と言うか恐ろし…みたいなのではない。
先輩には感謝しきれないほどお世話になっている。
何せ、接近戦での格闘術はツルギ委員長直伝だ…まぁ完全に自分のモノに出来たかって言われたら…ノーになってはしまうけれど。
(う…うーん…)
経験からすると先輩と二人きりになった時は必ずと言っていいほどトラブルに巻き込まれるジンクスがあるのだ…私はそれを回避したいだけであって…
「その…委員長…」
ツルギはシオリの言葉を遮るように、無表情のまま人差し指をシオリの額にちょんと当てる。
「ハスミかイチカにでも回せ…コハル、シオリを借りるぞ…後の動きはハスミに聞け」
「は、はい!」
「…いくぞ、シオリ」
「ひゃい……」
情けない声をだし、こうしてシオリはツルギに拉致――もとい、お付き合いすることになったのだった。
ツルギ委員長は相当慕われてる気がします…強いし、案外冷静ですからね…あと褒めるのうまそう。