【悲報】下江姉、エッチを知らない   作:スラバヤサトゥ

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お疲れ様です。よろしくお願いします。


会議はゲヘナで

「エデデンデンデデン条約?」

 

「エデン条約です。そんなアクション映画の曲じゃないんですから」

 

少しふざけて返してみたら普通にハスミ先輩に突っ込まれた。

というかアクション映画のって瞬時に分かるのか…まぁ有名だし、名作だもんね。

あ、2が好きだけど1は本当に偉大だし…4も捨てがたい…3もまぁね。

 

「エデン……って、なんかお花畑っぽい名前ですね。天国みたいな…いやそのものですかね?」

 

「……例えとしては間違っていません。実際、平和の象徴として名付けられた条約ですから」

 

そんな会話を二人は委員会の休憩室、しかも防音の個室で繰り広げていた。

机の上にはペライチの資料とカップに注がれたアールグレイ。

甘い糖分の塊は何処にも見られなかったが、ハスミと対面で二人きり…どこかデジャヴを感じているシオリだった。

 

「エデン…条約…噂と言うか、話は聞いてましたよ?えーっと正直、特に気にしてませんでしたね…」

 

「はぁ…確かにあなたは政治に疎そうとは思っていましたが…少しは気にしてください」

 

「あはは…はい」と目を泳がせながら紅茶を啜るシオリ。

目の前の事で精一杯の為、見えもしない政治の世界などにリソースを割けるほど彼女には余裕が無かったのだ。

あの連邦生徒会長が失踪していたという大ニュースにさえも「へぇ~」と答えるだけ。

連邦生徒会に特殊な部活が新設され、そこに『先生』なる人物が着任した話には…流石に「先生?珍しいね~」と軽く反応を示したが、それ以上はなかった。

 

「エデン条約…簡単に言えばトリニティとゲヘナ間にある因縁とも言える対立関係を取り除き、全面戦争…地獄のような総力戦の危機を回避する為の構想…」

 

「あぁ…不可侵条約ってヤツですか?」

 

「はい、そうなりますね…ですが!」

 

「ですが?」

 

シオリが小首をかしげ、聞き返す。

 

「歴史上で破られなかった不可侵条約がありますか!?しかも相手はあのゲヘナ!一方的に破棄される可能性も」

 

ハスミは怒号とも言える言葉を羅列しながら、拳を握り机を叩く。

衝撃で紙と茶器は飛び上がり、紅い液体は大波をつくるどころか宙を舞う…ほとんどが無事に着地するが数滴は場外へと飛び出し、机を濡らした。

 

「流石にそこはゲヘナもわきまえるんじゃ…」

 

「…」

 

「……平和になることが一番なんですよね?」

 

シオリは慎重に言葉を選びながら、ハスミの怒りをなだめようとする。

 

「もちろんです。だからこそ、私はこの条約の意義を理解していますし、成功を祈っています!しかし、警戒を怠るわけにはいきません」

 

深呼吸をして、少し落ち着いた様子で答える。

 

先輩は――まぁ、正義実現委員会の中でも筋金入りの「ゲヘナ嫌い」で知られている。

 

その嫌悪っぷりたるや尋常じゃなくて、あのツルギ委員長が何度もなだめに入るレベル。

ゲヘナ産の紅茶やお菓子なんて絶対に口にしないし、話題にするだけでも顔が曇る。

……もっとも、観光に来たゲヘナの生徒をいきなり撃ったりはしないから、そのあたりの線引きはしているらしい。正義実現委員会、そういうとこはちゃんとしてる。

ちなみに、先輩がそこまでゲヘナを嫌う理由は、分からない。

 

「……シオリ。あなたの持つゲヘナへのイメージは何でしょうか?」

 

唐突に、ハスミが尋ねる。

面接の始まりみたいな空気に、思わずシオリの背筋が伸びる。

気づけば手はきちんと膝の上――完全に受け答えモードだ。

 

「え、えーと……」

 

「……」

 

「か、かなーり…治安が悪いってのと……すっごく強い人がいる…みたいな……」

 

「なるほど」

 

「なんて言いますか……生まれてこの方、ゲヘナの人と深く関わったこともなくて……観光客を遠目に見るくらいです。ゲヘナ自治区に足を踏み入れたことも……一度もありません」

 

それは本当に、正真正銘の話。

観光客が他の自治区で暴れまわるなんて話も聞かないし、私の担当区域は学園中央だから対ゲヘナ戦なんて無縁。

戦闘が起きるのは、学境付近くらいだと聞いている。あそこは自警団とか地元の住民が対応しているらしい。

 

……そもそも、トリニティの生徒がゲヘナ自治区に行くこと自体が珍しいと思う。

ほとんどのことはトリニティの中だけで完結するし、わざわざゲヘナを観光先に選ぶ人も少ない。

いくとしたら百鬼夜行、山海経、ミレニアム…あとウィンタースポーツ好きならレッドウィンターとかだろうか。

 

そもそも移動が大変。

列車は…ハイランダーの人には申し訳ないけど色々微妙だし、高速道路は車やバイクがないと不便。

あ、そういえばゲヘナの高速って速度制限がないから、スピード狂って言うのかな?そんな一部には人気らしいけど――私にはまったく関係ない話だ。

まぁ車と戦車の免許はとったけど…結局使ってない、いずれ軽でいいから自家用車は欲しいな。

 

「大体…分かりました、本題に入ります」

 

「はい」

 

「……再来週、ゲヘナでその条約に関する会議が開かれます。私はそこへ出席する予定です」

 

いつもの冷静な口調ではあるものの、そこには明確な警戒心が滲んでいた。

 

「あぁ…いってらっしゃいませ」

 

シオリはシンプルにそう答え、紅茶を啜る。

 

「それで、あなたにも同行してもらいます」

 

「ごぶっ…!!!!」

 

思いっきり、液体が気道に侵入し、逆流したものは口外へと飛び出る。

机を汚す事は無かったが、彼女の口元とハンカチはびしょびしょだ。

息が荒くなり、涙がこぼれる。

 

「えっ!? 私なんですか!?」

 

慌てて立ち上がりかけたが、ハスミの冷静な視線に押し返され、座り直す。

その様子は、まるで授業中に突然当てられた生徒そのものだった。

 

「え…えぇ?」

 

冗談かと思ったけれど、ハスミ先輩の表情は真剣そのもの。

あの隙のない顔に、冗談の文字は一切浮かんでいなかった。

 

「はい。会議への随行者は、あなたに任せます」

 

「そ、そもそもそう言う会議って普通ティーパーティーのお偉いさんたちが行くんじゃ…」

 

混乱して視線を泳がせると、ハスミ先輩は静かに息をついて、ほんのわずかに目を伏せた。

 

「今回の会議は条約締結後の治安維持に関する話ですので我々が行くことになりました」

 

「…じゃあ会議の相手はゲヘナの風紀委員会ですか?」

 

「いいえ、ゲヘナの生徒会…万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)ですね」

 

シオリはすぅーっと空気を吸う。

 

「……ならこっちもティーパーティーが行く方がいいんじゃ…?その方が対等な感じがしますし」

 

「生徒会は多忙な上、現在は少々混乱状態だそうです。例の事件といいますかそれもありますしね」

 

例の事件…えーと、ティーパーティーの生徒会長の一人が療養に入ったって話だっけ?

確か百合園様だったハズ…

 

え?その言い方だと生徒会長が何人もいるみたいだって?いや、実際そうなんだもん。

トリニティの生徒会「ティーパーティー」は、三つの派閥からそれぞれ選ばれた三人の生徒会長で構成されていて、その中で「ホスト」と呼ばれる最高責任者が一定期間ごとに交代する仕組み。この制度は、派閥間のバランスを保つためのものだけど、実際には派閥同士の争いや駆け引きが絶えないみたい。

まぁ私には一生縁がない話だ…前線で撃ち合ってる方が性にあうし。

 

「よって、今回は生徒会からの出席はありません。私一人では対応しきれない場面も想定されます。だから、補佐が必要なのです」

 

「…な、なら私よりもっと適任な人がいるんじゃ…?イチカちゃんとか…最近だとマシロちゃんとか…他の三年生の先輩方とか」

 

「イチカは後輩の教育が、マシロはまだ一年生です。三年生よりかは二年生に経験を積ませた方が良いかと思いまして」

 

「で、でも……私、会議とか初めてで……! というかそもそも、トリニティの代表って……!」

 

「あなたが代表になるわけではありません。あくまで“同行”です。言い換えれば、私の目と耳として、場に立ってもらう」

 

「め、目と耳……って、それって責任重大じゃないですか……!」

 

「責任があるからこそ、あなたに頼んでいるのです。正直、今の正義実現委員会の中で、最も中立的な立場に立てるのは、あなたしかいません」

 

最も中立的って…えぇ…私ってそんな風に見られてたの…?

いやまぁ確かにどっかの派閥に入ってるみたいなのは無いし…そもそも派閥があるかどうかもしらないし…

 

シオリはしばらくの間、口をパクパクさせていた。

理解しようとしても、すぐには受け入れきれない。

けれど、ハスミの瞳は誠実で、揺るがない信念を宿していた。

 

「あと一番の理由として、スケジュール的な話が」

 

「あぁ…なるほど」

 

遠回しに『いつでも暇』って言われている気がしたが流石に考えすぎか。

 

「……でも、ゲヘナって、危ないんじゃ……?」

 

「危険はあります。しかし、正規の会議です。少なくとも、形式上は安全が保証されるはずです」

 

「“はず”って……」

 

「あなたは十分力がありますし…必要であれば、私が守ります。だから、信じてついてきてください。……お願いです、シオリ」

 

その言葉に、不思議な重みを感じた。

ハスミ先輩が「お願い」と言うなんて――それだけで、断る理由が見当たらなくなってしまう。

そして「私が守ります」だなんて…やっぱこの先輩カッコいいや…

 

「……わ、わかりました。全力で頑張ります。……たぶん」

 

「その“たぶん”を“確かに”に変えていきましょう」

 

どこか満足げに微笑むハスミを前に、シオリはそっとため息をついた。

 

(……私、ほんとに行くのか……ゲヘナに……)

 

カップの紅茶はもう冷めていたが、それでも一口啜り、ようやく喉の奥の緊張をほぐす。

 

(…お土産何がいいかなぁ…)

 

 

 

鋭い回転音を立てながら、白塗装の輸送ヘリがゆっくりと高度を下げていく。

機体横には大きくトリニティの校章が刻まれていた。

 

眼下には、黒と赤を基調とした不穏な都市区画が広がっていた。

 

「……目的地、視認。間もなく到着します」

 

コックピットからの通信が頭に付けたヘッドセットに流れる。

数秒後、機体がヘリポートに軟着陸すると、ドアがスライドし、パイロットが振り返った。

 

「羽川殿、下江殿!到着です、お二方に主のご加護があらんことを!」

 

幼い顔をしたパイロットは、どこか冗談めかしながら叫んだ。

 

「ありがとうございます!では三時間後にまた!」

 

ハスミはそうこたえ頷き、既にヘリから降りる体勢に入っていた。一方、シオリは…青白い顔で座席に固まっている。

 

「……シオリ?」

 

「……あっ、はい!今行きます……!」

 

シオリは震える手でシートベルトを外し、ぎこちなく立ち上がった。

 

「酔いましたか?」

 

「…車酔いや船酔いはしないんですけど………」

 

「魔法瓶にお茶があります、後で飲みましょうか」

 

「ありがとうございます…」

 

シオリは両頬をぺちんと叩き気持ちを入れ替えた。

 

二人が降り立った瞬間、周囲の視線が集中する。軍服味がある制服からして万魔殿…その護衛部隊か何かだろう。

皆一様に正義実現委員会の制服、そしてトリニティの校章に視線を向けていた。

その目は、好奇でも歓迎でもなく——敵意とも、あるいは不信感とも取れるものだった。

 

「やはり……歓迎されているようには見えませんね、そっち側から呼んでおいてこの対応ですか」

 

ハスミの冷静な一言に、シオリは乾いた笑いを浮かべた。

『お前らより、私の方が強い』——心の中でそう繰り返しながら、シオリは自分が無双する妄想を展開する。

授業中の小学生さながらの空想劇だったが、少しわいていた恐怖心を払うにはちょうど良かった。

 

なにより、怯えた表情を見せると「舐められる」とハスミにきつく言われていた。

だから、今だけは平静を装わなければならない。

 

シオリはそっと深呼吸をひとつ。

内心の不安を胸の奥に押し込み、顔の筋肉を引き締めた。

 

目元をほんのわずかに細め、真っ直ぐに相手を見据える。

唇は軽く一文字に結ばれ、余計な感情を漏らさぬように。

顎をわずかに引き、背筋をすっと伸ばす。

 

(私は、強い。私は、正義実現委員会の一員——)

 

 

 

視線の弾幕を浴びつつ到着したゲヘナ生徒会庁舎の入口。

まるで要塞のような建物だ…至る所に垂れさがっている赤黒白とゲヘナ学園の校章…トリニティとは違うなんとも重々しい空気。

 

重厚な扉の前で、二人は立ち止まる。

警備係らしき生徒たちが出迎え、軽く一礼すると手短に伝えた。

 

「入室前に、所持品検査を行います。武装の解除にご協力を」

 

ハスミは何も言わず、無表情でライフルを机の上に置く。

シオリも倣って、肩にかけていたSMGのスリングを下ろし、ホルスターに納めていた自動拳銃も外した。

武器を渡すという行為に、何ともいえない無防備さを感じる。

キヴォトスじゃ銃を持っていない状況なんて全裸よりもひどい。

 

「OK…次、そっちのピンク」

 

係員の一人がシオリに近づき、ボディチェックを始める。

バシバシと体を触り、何か隠し持っていないかを確認する。

荒々しく翼をめくり、その下も隈なくチェック。

 

(…手入れ大変なんだからもう少し加減してよね…まったく…)

 

そんな不満を抱きつつも、この人たちも仕事だから仕方ないかと心の中でため息をつくシオリ。

ハスミもシオリも特に怪しいものは持っていない様子だった為何事もなく開放された。

 

とある係員がゆっくりとシオリを見つめる。シオリもその視線に気が付いたのか二人の目があった。

薄暗い照明の下、ゲヘナ生の瞳には挑発的な光が宿っていて、何も言わずに右手を持ち上げる。

指先がゆっくりと唇へと近づき、そして——ぬるりと、その一本を口の中に滑り込ませた。

咥えた指を、彼女はわざとらしいほどにねっとりと舌でなぞる。くちゅ、と濡れた音が静寂に滲む。その仕草に何の照れも戸惑いもない。ただあるのは、確信犯的な艶やかさ。

 

そんな行為を、ぽかんと口を開けて見つめるシオリ。

 

「シオリ、行きましょう」

 

「えっ?あっはい」

 

「あの、ハスミ先輩…さっきのあの人、指を舐めてましたけど、あれって何か意味があるんですか?」

 

ハスミは一瞬だけ眉をひそめ、すぐにいつもの冷静な表情に戻る。

 

「知らなくていいことです」

 

「えっ、でも…」

 

「シオリ、今は会議に集中しましょう」

 

「…はい」

 

シオリは納得できないまま、もやもやとした気持ちを抱えつつ、ハスミの後を追った。

 







GW二週目行ってきます。
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