トリニティ総合学園 ― 西第四グラウンド
体育の授業や部活動など、一般のカリキュラムでも日常的に使われているこの運動場。
手入れされた青い芝生にしっかりとしたタータンで整備された陸上トラック…そしてどこまでも広がる開けた空。
まさにお金持ちのマンモス校らしく、美しく、堂々とした設備だった。
――そんな場所、今日…静けさはどこにもない。
ズガガガガッ!
ズドン!
響き渡るのは、声援でもスパイクの擦れる音でもホイッスルでもない。
重々しい金属の跳ね返る音と、耳をつんざくような銃声。
白昼の広場が、銃火と硝煙に包まれていた。
仮設されたバリケード。その影から射出される訓練用弾が、空気を切り裂く。
「左!バリケード越えてきます!」
「カバー入った!援護お願い!」
金属の反響と怒号。広々と整備された芝を駆ける生徒たちの姿には、遊びや余裕は一切ない。
これは正義実現委員会の訓練だ。
学園設備を一時的に借りて行われる模擬戦――特別訓練。
試験期間も終わり、勉学に集中していた体を平常モードへ切り替えるために行われる伝統的な訓練。
その最前線を突き進むひとつの影。
「シオリ先輩、また出た!あれ突っ込むつもり!?」
「やる気まんまんだなぁ…いや、ちょっと待って、避けない気か!?」
「あの人、病み上がりなのによくやるよ…」
「お、お姉ちゃん!頑張って!」
――そんな声が訓練を見守る外野から漏れる中、シオリは一直線に突き進んでいた。
「来るぞぉ…機関銃!機関銃だ!」
「了解!シオリっち…覚悟!!」
バイポットを展開し、軽機関銃が伏せ撃ち体勢に入る。
ドゥカカカカカ!
リズミカルな轟音と共に閃光がはしる。
給弾ベルトは打ち上げられた魚のようにうねり、中身を飛ばした金色の筒が次々と排出されていく。
流石、拠点防衛用の機関銃だ…すさまじい弾幕を生み出している。
普通なら被弾を避ける為、身を隠したりその場に伏せたりなどの対策を講じるだろう…しかしシオリはその選択をしなかった。
弾幕に容赦なく身を投じる。
着弾音も、飛び交う弾も、まるで気にする様子はない。
更には肌をかする弾も、もろに腹に命中した弾の事も…少し眉を傾ける程度の反応しか示さない。
まるで『痛いけど、まぁそんなもんだし』とでも言わんばかりの涼しい顔。
体の頑丈さを十分に生かした戦法、手持ちの
最短距離での猛進撃―その姿はまさに「突破用戦力」そのものだった。
「シオリ、無茶しすぎだよ!」
背後から飛んできた声に、彼女は振り返りもせずに笑って応える。
「大丈夫!いつもこんな感じだし!」
その軽すぎる返答に、仲間は呆れたように苦笑するが、それでも彼女の援護を怠らなかった。
視界の隅で味方の銃口が火を吹く。進路を制圧するかのような行進射撃。前線を押し上げるための“支援”は、信頼の証でもある。
シオリが相手方の陣地まで数十メートルまで接近した時、ぴたりと弾幕がやんだ。
「どうした!速くリロードしてってば!」
「オーバーヒートだよ!これ以上撃ったらジャムる…!」
その隙を逃さず、一気にシオリは距離を詰める。
シオリは構えたSMGを跳ね上げるように連射しながら、着弾点を微調整。
響く中、彼女の足取りはまったく鈍らない。
障害物をひょいと飛び越え、地を蹴って転がり、跳ねるように敵陣に滑り込む。
その間に衝撃手榴弾を二発放り込んだ。
相手チームが混乱している間にリロードを済ませ、一番近かったライフルマンにフルオートの拳銃弾をお見舞いした。
「っし、取った!」
スマートに一人目の撃破。
だが休んでいる暇はない。
狙撃手が物陰から体を起こし、ライフルを構えかけたのを見逃さなかった。
シオリの脳内には一年の頃に言われたハスミのセリフが再生されていた。
『スコープの反射を見逃さない事です』
確かにスコープに日光が反射し輝いている…これはもう撃ってくれと言っているようなモノだ。
シオリは一気に距離を詰めながら、足を滑らせるように低姿勢。地面すれすれを駆け、視線の下から弾を三連射。狙撃手の構えが崩れる――瞬間、彼女は狙撃手の右側へ踏み込み、銃口を脇腹に突きつける。
「あ…あはは…やっほ…シオリちゃん」
「やっほ!」
ニコッと返答しながら引き金を引いた。SMGの発射音が狙撃手の叫びをかき消す。
二人目の撃破。
しかしすぐに――
「逃げ場は無いぞ下江!!!」
声と同時に、ショットガンを抱えた三人目が障害物の影から飛び出してきた。表情に躊躇はない。間合いを見切り、一直線に銃口を向ける。
シオリも咄嗟に、銃を向けるが…
「くそっ…弾が…しくじった…!」
シオリのSMGは虚しくカチン、と音を立てて沈黙した。
弾切れだ。
必要以上にトリガーハッピーした仇がここで彼女を襲った。
弾倉を変えている時間は無い。
絶体絶命の瞬間。
だが、シオリは即座に判断を切り替えた。
「終わりだ、下江シオリ!!」
「私はまだ舞えるよ!」
迷いなくSMGを投げ捨て、腰のホルスターから.45口径の大型拳銃を引き抜く。重みと共に手の中で馴染む感触。
やはりもしもの時の為に持っておいてよかったと安心し、過去の自分を褒めちぎった。
瞬時にスライドを引き、弾をチャンバーに叩き込む。
同時に身を沈め、銃口を逸らすようにステップを踏む。
ドン――ッ!!
相手のショットガンが火を噴いた。
至近距離での一撃。だが、その弾丸はシオリの頭上をかすめ、後ろの金属製バリケードに派手な音を立てて突き刺さる。
「チィ!」
悔しがるも次弾の装填は欠かさず、低く飛び込みながら発砲。一発、二発と銃声が鳴る。
至近距離から放たれた散弾は、シオリの肩と腹部を容赦なく撃ち抜く。
強烈な12ゲージ弾の痛みに片目を瞑り、唇を噛み締める。
「ま…まだまだッ…!」
しかしシオリはその場に踏みとどまるどころか、翼を大きくはためかせ、低く飛び込みながら発砲。一発、二発――乾いた銃声が間断なく響いた。
拳銃弾が、鋭い軌跡を描いて相手の腹部にめり込む。衝撃に相手がわずかにのけ反るが、まだ動きを止めない。
「こんにゃろッ!!」
お返しにもう一発12ゲージのスチール弾を…!と再び銃口を向け発砲する。
だが――シオリは先に動いた。
左手で相手の銃身をがっちりと掴み、勢いのままに狙いを無理やり逸らす。
発射された散弾は大きく逸れ、外野で観戦していたとある三年生の肩をかすめながらその後ろにあった鉄柵を無意味にゴミに変身させた。
「ぅぐっ……!」
掴んだまま、左腕に全力で力を込める。
軋む金属音と共に、シオリは相手の手からショットガンを奪い取り、反動の勢いそのままに明後日の方向へと放り投げた。
「……もらったッ!」
すかさず右手の拳銃を引き上げ、弾倉に残っている三発を撃ちこむ。
銃声が三度、乾いた音を立てて鳴り響いた。
だが――それでも倒れない。
「っ…」
相手の目がぎらりと光る。歯を食いしばり、肉体だけで応戦するつもりだ。
「…ッ!」
相手のフックを上体を反らせてかわし、その反動を利用して肘を振り抜く。
肩口をとらえたが、相手もひるまない。脇腹を狙った蹴りを跳ね返し、踏み込みながらカウンターの拳が飛んできた。
シオリはそれを前腕で受け流し、懐に潜り込む。
拳銃のグリップを逆手に取り、相手の顎下に思いっきり叩き込む。鈍い音と共に相手の頭が仰け反った。
「せいっ」
続けざまに腹部へ肘打ち、膝を合わせて鳩尾を狙う。
体が二つ折れになる。
「くっ……が……!」
相手の呻き声が漏れた瞬間…シオリは素早く背後に回り込み、体勢を崩した敵にとどめの蹴り。
ごうん――と低い音。砂埃が舞い上がり、その場に倒れた。
呼吸の荒さを抑えるように深く息を吸い込み、シオリはゆっくりと立ち上がった。
その制服は傷だらけで、彼女の髪には砂埃が絡まっていたが――その目にはまだ戦意が宿っていた。
「こ、これで……三人目、制圧完了」
勝利の余韻がまだ空気に残る中、シオリは額から汗を拭いながら、あらためて視線を巡らせた。
(ん?…まてよ、今回は10人編成のチーム戦…)
「って事は、まだ残ってッ!」
彼女の独り言は、どこか震えていた。胸の奥がズキンと疼く。冷や汗が首筋を伝い、さっきまでの昂ぶりが一気に冷めていく。
(やっば…私…)
そう思った瞬間、背中をぞわりと冷たいものが這い上がった。握った拳銃の冷たさがやけに現実的だった。だがその時——
「シオリ! 残りは制圧済み、全員確保!」
味方の一人の声が後方から飛んできた。台の物陰から、ライフルを掲げて手を振っている。
「はぁ〜〜……」
シオリは全身の力を一気に抜き、深く息を吐いた。
思わずその場に腰を落とし、尻もちをつきそうになるのをなんとかこらえる。
「もう……心臓に悪いって……」
だが安心する暇もなかった。すぐ後ろから、三年生の先輩が血相を変えて駆け寄ってくる。
「おいシオリ! ツッコミすぎだっての!引くことも覚えろ、バカ!」
彼女は額にうっすら汗をかき、怒っているのか心配しているのか分からない顔で立ち尽くしていた。
「す、すみません! つい……楽しくなって……」
頭をポリポリかきながら笑うシオリ。
「…たのしくねぇ…」
先輩はそう呟き、大きなため息をついて、呆れ顔を見せた。
「ほんと、あんたの体が丈夫で助かったよ……普通、あの距離でショットガン食らったら終わりだ」
「あはは…」
午後の陽射がグラウンドを照らす中、観戦ベンチに座る正義実現委員会の面々は、先ほどの模擬戦の終幕を静かに見届けていた。
砂煙がまだわずかに舞っているその向こうで、勝利チームのメンバーたちが安堵と興奮の混ざった表情で声を掛け合っている。だが、観戦側の空気は、いささか落ち着いたものであった。
「私は知らないっすよ…救護騎士団の人に怒られても…」
イチカは肩をすくめ、観戦ベンチの上で頭を抱えるようにして呟いた。額にうっすら浮かんだ汗が、いかに心配しているかを物語っている。
その隣で、ハスミは静かに顎に手を添え、整った眉をわずかにひそめた。
「私も一度は止めたのですが……『身体を動かしたいんです!』と、目をキラキラさせて懇願されたので、つい……」
「ついって……」
イチカが、心底呆れたような声を漏らす。
「……あのぉ、言っていいか分かんないんすけど……ハスミ先輩って、シオリっていうか……下江姉妹に、甘いというか……お熱というか……その、まぁ……ね?」
言葉を選ぶように眉をひそめ、恐る恐る吐き出したイチカの指摘に、観戦席の一段上にいた三年生が食いつく。
「確かに。ゲヘナであった会議にもシオリを連れて行ったし、妹の方には直接、狙撃の手ほどきをしてるって聞いたぞ」
「何か理由でもあるんですか?」
まるで水を得た魚のように、周囲の者たちが次々とハスミに疑問を投げかけていく。
「いや……その……」
ハスミは珍しく口ごもった。冷静沈着を常とする彼女の困惑に、場の空気が一瞬ふわりと浮き足立つ。
そして――
「どうなんだ、ハスミ」
ツルギが、片肘を膝に乗せながらにやりと笑った。
その一言で、観戦席は静かに湧いた。
ハスミの視線が、どこか遠くを見つめるように泳いだ。
「き、期待しているんですよ…それ以上もそれ以下もありません!言っておきますが、これは贔屓ではないですからね!」
ハスミは、頬を赤らめながらも凛とした声で言い切った。
背筋は伸び、どこか決意すら感じられる姿勢だった。
「お~言った言った」
イチカがニヤリと笑いながら茶化す。
周囲からもくすくすと笑い声が漏れる。
「まぁ…シオリを委員会に誘ったのはハスミだって話だからな…まぁ責任もって見ているって事なら筋は通っている」
「そうです!」
ハスミが力強く頷いたそのとき、静かに口を開いた者がいた。
「……ハスミ…そうは言うが、シオリのヤツに直接戦闘指導したのはどちらかといえば私だ」
声の主はツルギだった。
表情は落ち着いている時の彼女がする無表情に近いが、どこか勝ち誇ったような雰囲気があった。
「……シオリ先輩があんな突っ込む理由って…ツルギ委員長の教えだったんですか!?」
マシロが対物ライフルを抱きしめながらかなりの声量で言った。
「なるほど…なるほど……へぇ……初耳っすね…いや、鎮圧の時とかにっぽさは感じてたっすけど」
イチカが思わせぶりに頷きながら、視線をハスミへと戻す。
ハスミは目をそらし、僅かに唇を引き結んだ。
「そりゃあんなぶっ飛んだ行動をとる訳だ」
髪の毛をくるくる回しながら呆れたように三年生がふんぞり返った。
「アイツは成長してる…"色々"な意味でな…」
ツルギの目が一瞬だけ泳ぎ、顔が赤くなったように見えたがほんの僅かの変化だった為、気にする者は一人もいなかった。
「わ、私の戦術はもう少し後方支援を重視していたはずなのですが…作戦の立て方も教えましたし…どうしてあんな…」
「まぁ…シオリ先輩は
目が前髪で隠れた一年生がぽつりと冷静に分析を口にする。
その無機質な語り口が、ハスミの胸に深く突き刺さった。
「………もしかして最近、妹の直接指導にお熱なのってシオリに教えられなかった事の反動?」
「そ、そういう訳ではありません!」
ハスミは若干語気を強めて否定するが、周りの生徒達は容赦ない。
「姉はもう成長しきったから、妹の方をって訳かぁ…」
「いや、ですから…それは違……」
「子犬は可愛いけど成長したら興味がなくなる的な?」
「下江シオリは…味のしなくなったガム…」
「やめろお前ら」
バシッとベンチの板を叩いて、ツルギが静かに制止をかけた。
その瞬間、さすがに行き過ぎたと感じたのか、三年生達は一様に肩をすくめて目をそらし、こくこくと小さく頷いて謝意のポーズをとった。
「………」
「……」
ツルギの一言でその場の空気が少し落ち着きを取り戻すと、再び静かな時間が流れる。
誰もがなんだか気まずそうに目を伏せる中、ハスミだけが静かに息を吐いた。
「…あの子達に、特別な感情…とでも言えばよいのでしょうか…確かにそのようなモノが沸くのは事実です」
ベンチに腰かけたまま、ハスミは自分の膝の上で指先を組んだ。
その指はなんどもせわしく擦れあう。
冷静さを保つようにしていたが、その声にはかすかに揺らぎがあった。
「似ていないようで似ている姉妹…ちょっとした失敗、言葉選びの甘さ…見ていて危なっかしい部分が多々あり…放ってられないんです」
ハスミは視線を遠くへと向けた。
視線の先…下江姉妹の触れあい。
目を輝かせ、前のめりで姉を見上げるコハルと、笑顔で妹の頭を撫でるシオリの姿があった。
「…それって」
イチカがぽつりと呟きかけたが、ハスミはつづけた。
「……副委員長として委員会全体を見なけれならないのは重々承知していますし、それを全うしているつもりです。ですがそれとは別の枠で私はあの二人に何かを…保護欲というのでしょうか…私はそれをあの姉妹に感じているのかもしれません」
静かに、しかししっかりした声だった。
「別に、どちらが上だとか、可愛いだとか…そう言うのではなく…見ていると、自分の中に手を伸ばしたくなるものがあるんです…」
その言葉には、ハスミなりの誠実さが滲んでいた。
照れたように目を伏せる彼女の頬はうっすらと赤い。
「へぇ…」
イチカが口元を指で押さえながら、小さく笑った。
「…ハスミ…急に癖を語るなんて…ここは修学旅行先の宿じゃないのよ?」
「へ…癖?ですか?」
「イヤなんでもない……なんか胃が重いや…やっぱあなたといると胃薬が役に立つわね…」
「え?それってどういう…」
三年生の一人がお腹を抑えながら、席を立った。
ハスミは言葉の意図が読めず、目をパチクリさせる。
「……話を聞いていたら疲れた…シオリと模擬戦をしてくる」
「いってらっしゃいませ~」
ツルギはそう言い残し、愛銃のショットガンを二丁だらんと持ちながら模擬戦場の方へと歩いて行った。
「…」
「…」
「…」
妙な沈黙が観戦ベンチに漂うが、雷にでも撃たれたように全員が一瞬で表情を変える。
「まずいまずいまずい…!!!!」
「疲れてるのに、何故戦う!?」
「誰か救護騎士団を呼べ!!!!団長以外…いやもう団長でもいいから呼べぇぇぇ!!!!」
「というか…またシオリ先輩がまた救護のお世話になりますよ!」
「………すぅ…」
「ツルギ委員長に破壊された後に、あのミネ団長に救護されるのはもう……考えたくもない…」
そう慌ただしく委員達が動き出す。その間にも運動場の中央から銃声と爆発音が聞こえてきた。
しばらくするとそれは止み、次はどこからか救急車のサイレンの音が近づいてくる。
夏間近、ある日の夕方の話だった。
残念ながらツルギにボッコボコにされて目が覚めたら目の前にセリナさんがいるシオリさんです。
あ、ハスミは健全な目で見ています、皆さんも、どっかの妹さんもご安心ください。