今回もよろしくお願いします。
ピコン、と軽快なモモトークの通知音がベッドルームに響く。
「あ、お姉ちゃんから連絡きた」
コハルがスマホを手に声を上げると、その場にいた全員が手を止めた。
どうやら、カーペットを敷いた床でトランプ――しかも大富豪の真っ最中だったようだ。
「あら、シオリちゃんはなんと?」
ハナコが興味深そうに身を乗り出す。
コハルはスマホの画面を覗きながら、眉をひそめて読み上げる。
「えっと……『今、玄関前なんだけど、なんでクレイモアが仕掛けてあるの?』……だって」
一瞬、空気が凍りついた。
ゆっくりと、誰ともなく視線がひとりの人物へと集まる。
アズサは無表情でトランプを扇状に持ちながら、静かにカードを見つめていた。
「先生、『2』が一番強いんだっけ?」
「う、うんそうだね……ジョーカーって言う例外もあるけど…えっと、アズサ?」
アズサに大富豪のルールを教えながらプレイしていた先生がそっと声をかける。
「そうか…ジョーカーは抑止力になるわけだな…ならここは…」
「アズサ…あんたねぇ…」
「む?」
アズサは小さく首を傾げて、ようやく皆の視線に気づいた様子だった。
「どうかした?」
と、のんきな声でアズサが振り返る。手にはトランプの束を持ったまま、眉ひとつ動かしていない。
「どうかしたじゃなくて……あんた、玄関に地雷仕掛けたの!?」
コハルが腰に手を当て、もう一方の手で勢いよくアズサを指さす。
その表情は半分怒り、半分呆れ、そしてちょっぴり心配が混じっていた。
「地雷……ああ、クレイモアのことか。うん、仕掛けたけど。別に、そこまでのトラップじゃない」
アズサは悪びれる様子もなく、さらりと答える。
その無感情な口調が逆に不安を煽る。
「シオリちゃんがいま、玄関でそのトラップと睨めっこしてるらしいのですが…」
ヒフミが青ざめた顔で口を挟んだ。
コハルのモモトークには、シオリからの「ねえ、なんでクレイモアあるの?」という困惑のメッセージと、設置された爆薬の写真まで添付されていたのだ。
「……あのシオリなら回避できるレベルの罠だ。あれは仕留める用じゃない。侵入者の出鼻をくじくための地雷にすぎない」
「いやまぁ……お姉ちゃんならなんか平気そうだけど…それでも地雷は地雷でしょ!?」
コハルの声がひときわ大きくなる。
ベッドの端で聞いていたハナコが、トランプを手から離して口元を押さえて笑いをこらえていた。
「……っていうか、なんでそんなにお姉ちゃんに自信持ってるのよ? あんた、出会ってからまだ一ヶ月も経ってないでしょ」
コハルがジトっとアズサを睨む。
その一方で、アズサは静かに答える。
「……一度、交戦したからわかる。あれは、優秀って」
一瞬、室内が静まり返った。
「補習に送られるような人間とは思えない。実戦では冗談抜きで手を焼かされた。動きも、判断も……並じゃない」
彼女は少し目を細めて、記憶を掘り起こすように呟く。
まるで、その時の光景が今でも鮮明に残っているかのように――。
「ふぅん……」
コハルは複雑そうに眉を寄せ、腕を組んだ。
姉を褒められるのは嬉しい。だけど、それが地雷の正当化に繋がっているとなると、どうにも納得がいかない。
「……って言ってる間に、もう中に入ってきてるみたい」
モモトークを確認していたコハルが、スマホの画面を皆に見せる。
そこには『よくわかんないけど怖いから回収しておくよ〜』というメッセージとともに、笑顔でクレイモアを抱えたシオリの自撮り写真が添えられていた。
だが、その表情の明るさを台無しにするほど、写真はブレブレで画角も滅茶苦茶だった。
「シオリちゃん、写真映えが悪いですね……いやこれはそれどころの話じゃないかもしれません」
「なんとなーく、色の感じでシオリ…って判別できるね」
「げ、現代のスマホのブレ補正を貫通するとは……」
「な、慣れてないからあの人…」
そう呟いたコハル自身も自撮りに不慣れな自覚があり、妙な共感が込み上げてきて複雑な顔になる。
「次はもっと気づきにくいように仕掛けよう」
アズサが当たり前のように呟くと、コハルは深いため息をついた。
「もうやだこの合宿……」
そのまま顔からベッドに突っ伏したちょうどその時、部屋の扉が音を立てて開かれた。
入ってきたのは――案の定、シオリだった。
「遅れてごめんなさい! 着きました〜って……ちょっと、なにこの空気?」
荷物を肩から下ろしながら、シオリは部屋を見渡して不思議そうに首を傾げる。
微妙に表情が引きつっているのは、玄関前で地雷と睨み合った名残かもしれない。
「では、シオリちゃんも合流しましたし……全員そろったということで」
ヒフミがぱんっと手を叩くと、場の空気が少しだけ引き締まった。
「改めて確認しましょう。ナギサ様からのご指示の通り、私たちは一次試験に落ちてしまったため、この別館で一週間の合宿を行います」
「ナギサ様って……あのティーパーティーのえら〜い人だっけ?」
シオリが首をかしげながら問いかける。
「はい、そうです。どうかしましたか?」
「ううん、別に。ただ、そんなお偉いさんがわざわざ私たちの補習にまで関わってくるって……すごいなーって。個人的な感想だから、気にしないで。ごめん、続けて?」
「えっと、はい……分かりました」
ヒフミが少し戸惑いながらも頷く。
ハナコはふっと息をついた。
「第二次試験まではここで過ごすことになります。建物自体はしばらく使われていなかったようですが設備に問題はなさそうです。お風呂場もこの部屋から直行できるみたいですし、中々便利です!」
「文明的な生活に溺れられるってわけだね!」
シオリの言葉に全員がぽかんと目を丸くする。
「……深い意味はないよ…ちょっとカッコつけてみただけ…」
「そういえば、偵察中にプールを見た。……汚かったけど」
「さすがトリニティ、でしょうか」
「地下には食堂設備もありましたし、車両もあるから、いざとなれば中央方面まで買い出しに出られますね。お腹を空かせる心配はなさそうです。事前に用意したのか冷蔵庫には食材がぎっしりでした。驚いたのは……冷凍食品やカップ麺あたりがなかった事ですね…なんだかこだわりを感じます」
「あら…料理は当番制にします?」
ハナコが微笑みながらそう提案すると、その場に一瞬、緊張のような静けさが走った。
「……いいですね。みんなで順番にごはん作って、食べて……それも合宿っぽくて楽しそうです」
ヒフミが頷きながら答えると、アズサも「合理的だな」とあっさりと賛成した。
「いいね!ついでにみんなの夜食も作ろうかな~」
シオリがどこか得意げに胸を張ると、みんなの視線が自然と残るひとり、コハルへと向いた。
「コハルちゃんも合意と言う形でいいですか?」
ヒフミの穏やかな確認に、周囲の目線もふわりと集中する。
「えっ!?」
コハルは肩を跳ねさせ、小さく声を上げた。
(ま、まずい……! 料理なんて、パンケーキとトーストとか…料理って言って良いのか微妙なメニューしか作ったことないし……火加減とか全然わかんないし……でもここで『できません!』なんて言ったら私だけ落ちこぼれ扱いに……それだけは、ぜっったいにイヤ!)
「も、もちろんよ! 料理くらい、朝飯前ってやつよ!」
コハルは強がるように胸を張り、どこか空回り気味な笑顔を浮かべて見せた。
「そうなの?コハルの料理…パンケーキぐらいしか食べた事ないよ?しかも焦げ焦げの」
シオリが横からぽつりと呟いた。
「ぐっ……!?」
コハルの表情が一瞬で引きつり、笑顔の端がピクピクと震える。
完全に忘れていた。ここには同居している実の姉がいる事を。下江家の食卓は姉が司っている事を…コハルの胃は完全にシオリによって掌握されている事を……
「前におにぎり作ったときも、なぜか全部中身なしの塩むすびだったし……あれ、おにぎり型で握ってたよね?」
「おおおお…お姉ちゃん!?そ、それは業務の効率化であって…塩は体に大事な物だしっ…!」
コハルは額に汗を浮かべながら必死に言い訳を繰り出すが、他のメンバーの表情はだんだんと察しの色に染まっていく。
「あら……なるほど」
ハナコがくすっと笑いを漏らす。
「大丈夫ですよ、コハルちゃん。料理以外にも大切なお仕事はいっぱいありますから」
ヒフミが優しく言葉を添える。
「……っく……くぅぅ……」
コハルは赤くなった顔をうつむかせ、小さく唸るような声を漏らした。
「じゃあ折角の機会だし…コハルも料理を学ぼうよ、教えてあげるからさ!大丈夫大丈夫、お料理アプリの指示に従うだけである程度のモノはできるよ」
シオリが妹の頭を優しくなでながらそう言うと。
コハルは顔をそむけながらも、少しだけほっとしたように息をつき、こくりと頷いた。
「うふふ、お勉強の項目が増えましたね」
「む?調理も試験範囲か?」
「あ、アズサちゃん!大丈夫です、それはないですから!」
「じゃあ初日は私とコハルでつくるよ!」
シオリが張り切った様子で宣言すると、自然と拍手が起こった。
「頼もしいです!」
「献立は何になるんだ?」
「うーん、私はまだ冷蔵庫を見てないから分からないけど…がっかりさせる事はない…とだけは言っておくね!」
「わぁ~素敵です!まるで理想のお姉さんですね」
ハナコが目を輝かせた。
「褒めても何もでないよ~えへへ」
冗談めかして胸を張るシオリ。その横でコハルはちょっとだけ誇らしげに目を細めた。
「あ!…先生の分もしっかり作るんで、大丈夫ですよ?」
「まってまってまって!そんな目で見ないでよシオリ!私も当番の中に組み込んでくれて大丈夫だから!」
「ご、ごめんなさい……ヒフミちゃんから、先生はいつもコンビニのお弁当とか、コッペパンばかり食べてるって聞いてたので……てっきり、その……えっとぉ……」
シオリは気まずそうに目を泳がせ、両手の指先をもじもじといじりながら、小さく縮こまるように言葉を続けた。
「ひ、ヒフミ……?」
先生がやや引きつった笑みを浮かべながら視線を向けると、ヒフミがぴくりと肩を揺らして反応した。
「えっ!?あっ、す、すみません!ユウカさんから聞いたんですっ!」
「……ユウカ。ユウカね……なるほど…当番の情報網って事かぁ」
小さく、だが明瞭に名前を噛みしめるように何度か繰り返し、先生はすぐそばに置かれたタブレットを手に取った。
ちょちょっと操作した後、先生は渋い顔をして画面を見つめ始めた。
だが、やがて先生はふっと表情をやわらげ、タブレットをテーブルの上に戻すと、生徒たちを見回して優しく微笑んだ。
「ま、皆にだけ料理させて、私だけタダでお腹を満たすわけにもいかないからね。ちゃんと作るよ。私だって、それなりに包丁は握れるつもりだから」
その言葉に、どこか張りつめていた空気が緩み、ほっとしたような空気がベッドルームに広がる。
「あら、それは頼もしいですね。毎日の食事が楽しみになります♡」
「ちなみに先生の得意料理は何なの?」
「えっとね…PB&J*1…かな」
「????」
「あ、シオリちゃんのベッドはそこでいいですか?」
ヒフミがそう声をかけて指差したのは、部屋の入口から見て右側、窓際から数えて二列目のベッドだった。
そのすぐ隣のベッドには、黒を基調にピンクのアクセントが入ったキャリーケースが置かれている。持ち手には、丸みを帯びたカタツムリのキーホルダーがぶらさがっていた――コハルのものだ。
姉妹が隣同士になるように配置されているのは、ささやかだが、確かな気配りの現れだった。
「うん、大丈夫。ありがとう、ヒフミちゃん」
シオリがにっこりと微笑み、荷物を降ろすと、ヒフミは手を叩いて場の空気を引き締めた。
「では、決めることも決めましたし……早速ですが、勉強に取りかかりましょうか」
ヒフミが両手を胸元で組みながら、いつもの柔らかい調子でそう切り出した。
だが、その言葉を受けて一歩前に出たのは、ハナコだった。軽やかな足取りと共に、手をすっと挙げて静かに口を開く。
「ヒフミちゃん。まだです」
「えっ、ハナコちゃん?」
不意の制止にヒフミがきょとんと目を瞬かせる。その横で、予感を感じ取ったのか、コハルがわずかに顔をこわばらせた。
「まだやることがある……とは思いませんか?」
ハナコの口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。
薄く開いているまぶたの下でグリーンの瞳をコハルの方へと向けていた。
「な、何よ……」
思わず一歩下がり、シオリの影に半身を隠すように動く。何を言い出すのか、どんな角度から突飛な攻撃をしてくるのか――警戒心が全開だ。
「ふふふ。まず――お掃除をしませんか?」
「……え?」
肩透かしを食らったのは、コハルだけではなかった。
「お掃除……ですか?」
「そーじぃ?」
ヒフミとシオリが顔を見合わせ、まぶたをぱちぱちと瞬かせる。目の奥にほんのりとした困惑が浮かんでいた。
「掃除って……はああぁ……身構えて損したぁ……」
コハルがふぅっと大きく息を吐きながら肩の力を抜くと、安堵と疲労が同時ににじみ出る。
がそのあとすぐに警戒態勢に戻ることとなった。
「あら、コハルちゃん。どうしたんです?」
とぼけたような声色でじりじり近づいてくるハナコの笑みは変わらない。だが、どこか狙いすましたような動きに、コハルは直感的に危険を感じた。
「こ、このピンク!来ないで!!!ぜ、絶対に良からぬことする気でしょう!」
「そう言うけど、コハルも色の雰囲気は同じだろう。なんならこの補習部、五人中三人がピンクな気がするけど」
アズサが淡々と指摘すると、コハルの頬がみるみるうちに赤く染まる。
「う、うるさい!!」
コハルはぴしゃりと声を上げ、勢いよく振り返って叫んだ。
「コハル……ハナコちゃんは何もしないって。確かに水着で歩き回った過去はあるけど……」
おずおずとシオリがなだめるように言葉を挟むが、それが逆効果だった。
「それよ! それがあるから怖いの!! 過去は消えない!!! お姉ちゃんは前科者に優しすぎ!!!」
そう叫びながら、コハルはハナコとアズサを交互に睨みつけた。
ヒフミが苦笑しながら部屋の隅にあるドレッサーへと近づき、その表面を指でそっとなぞる。指先には思いのほか厚く積もった白い埃がまとわりついた。
「……思ったより埃が溜まってますね。ベッドは変えてくれたみたいですけど、細かいところは手つかずのままのようです」
「いくら豪華な建物でも、使われてないなら掃除しようとは思わないよね……予算のつごーってのもあるだろうし」
シオリが肩をすくめながら言うと、ハナコがふわりと手を挙げた。
「このまま過ごすのも、健康にはあまり良くありませんし……今日はまずお掃除から始めて、空間が綺麗になった後で、爽やかな気分でお勉強に取りかかるのはどうでしょうか?」
「それは……確かに。最初に整理整頓しておかないと、途中で気になっても、勉強優先で手をつけられなくなりそうですから」
ヒフミがうんうんと頷く。
「私も賛成する。衛生環境は士気に直結する。整えられた空間での学習は集中力も上がるだろうし」
アズサも当然といった表情で口を開く。
「勉強する前って、なんか無性に掃除したくなるんだよね……!」
シオリの言葉に先生が「わかるぅ…」と深く頷いた。
「では…皆さん!大掃除を始めましょう!」
ヒフミがぱんっと手を叩いて号令をかけると、
「おー!」
と元気よく返事が返ってくる。
「汚れてもいい服装に着替えて、10分後に玄関前へ集合です!」
「了解だよ!」
「はい~」
「分かった」
「えっと……体操着でいいのかな……?」
と首をかしげるコハルの声に皆が頷きながら、それぞれの荷物へと向かっていった。
「私も着替えてくるね~」
ひらひらっと手を振り、先生は退室した。
ブルアカの生徒って、ある程度の飯は作れそうで良いですね。
まぁ例外は…いますが。